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『羅針盤としての政策史――歴史研究からヘルスケア・福祉政策の展望を拓く』

猪飼 周平 編 20190220 勁草書房,280p.

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last update:20220812

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猪飼 周平 編 20190220  『羅針盤としての政策史――歴史研究からヘルスケア・福祉政策の展望を拓く』,勁草書房,280p.  ISBN-10: 4326701080 ISBN-13: 978-4326701087 3200+税  [amazon][kinokuniya] h01 m i01 sm ※
『羅針盤としての政策史――歴史研究からヘルスケア・福祉政策の展望を拓く』

■内容

 歴史的時間の中で構造的に変容しながら基盤レベルで流動化・不安定化する社会において有効な政策を支える羅針盤的知識とは。 実務的世界と連携するアカデミズムの構築。
 ヘルスケアをめぐる政策史研究の意義は、制度がどのような経緯と社会的背景から生まれてきたものであるか、現在私たちはどのような社会に進みつつあるのか、 これらの認識に基づくとき政策がいかにあるべきか、について有効な知見を与えうることである。政策的インパクトを有する優れた政策史研究のあり方を示す論文集。 (「BOOK」データベースより)

■著者略歴

1971年生。2001年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、博士。佐賀大学経済学部助教授を経て、一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻教授。 (「BOOK著者紹介情報」より)

■目次

序章 ヘルスケアと社会福祉における政策史の可能性  猪飼 周平

1 ヘルスケアと社会福祉における政策史の貧困
2 現在に焦点をおく政策史
3 羅針盤的知識を生み出すものとしての政策史
4 社会科学と政策史
5 歴史観の改訂
6 歴史的トレンドの発見
7 政策史の構想力

第1章 日本における精神病床入院と生活保護――過剰病床数と長期在院問題の淵源  後藤 基行

はじめに
1 先行研究はどう語ってきたか
2 精神病床入院の3類型
2.1 精神病床の3つの機能
2.2 医療費支払区分と病床機能
2.3 精神病床入院の3類型の認識利得
3 類型別の入院
3.1 「社会防衛型」――精神病者監護法の公費監置と私宅監置の過大評価
3.1.1 20世紀前半期の公費入院
3.1.2 精神病者監護法(公費監置)から精神衛生法(措置入院)へ
3.2 「私費・社会保険型」――「治療型」精神病床入院
3.2.1 20世紀前半期における私費入院
3.2.2 「国民皆保険」下での社会保険入院の拡大
3.3 「公的扶助型」――「社会福祉型」精神病床入院
3.3.1 救護法における収容
3.3.2 救護法から生活保護法へ
4 3類型別の精神病床入院の長期統計
5 医療費支払区分別の在院期間
5.1 『患者調査』にみる在院期間
5.2 東京都における医療費支払区分別の在院期間
おわりに

第2章 戦後日本における病院の福祉施設的利用  間 沙織

1 病院の福祉施設的利用
2 社会福祉費の老人医療費への傾倒
2.1 国の社会福祉費における老人医療費
2.2 老人医療費無料化運動と社会福祉による老人医療費無料化実現の背景
2.3 小括
3 戦後の病院の供給と福祉施設の供給
3.1 医療と福祉の施設整備費
3.2 医療と福祉の運営費
3.2.1 医療法人病院の運営
3.2.2 社会福祉法人特養の運営
3.3 病院と特養での処遇状況
3.3.1 病院での処遇状況
3.3.2 特養での処遇状況
4 戦後史からの示唆と課題

第3章 薬剤師の職能史――医療システムの変容と薬剤師の再専門職化  赤木 佳寿子

1 薬剤師のアイデンティティ・クライシス
2 戦後における薬業の世界史的概観
2.1 Drug Information(DI)
2.2 Clinical Pharmacy
2.3 Pharmaceutical Care
3 日本の病院薬剤師の職能形成
3.1 指導的立場の病院薬剤師
3.2 DIの導入とパンチカード
3.3 Clinical Pharmacyと医療薬学、病棟実習
3.4 医療品の適正使用と病棟業務
4 薬局薬剤師の職能形成と医薬分業
4.1 日本における薬局薬剤師の創成期の職能
4.2 薬事衛生の担い手としての薬局薬剤師
4.3 乱売事件と適正配置
4.4 医薬分業の始動と第二薬局問題
4.5 1990年代の医薬分業の進展と病院薬剤師の職能変化
4.6 薬局薬剤師(保険調剤薬剤師)の職能変化
4.7 「医療に関わること」の意味
5 薬局薬剤師の職能変化と社会的期待とのギャップ
5.1 医薬分業の歴史的位置づけ――目的から手段へ
5.2 医薬分業の実態の変化
5.3 薬局薬剤師の職能と医療への関わり
5.4 病院薬剤師が果たしたパラダイムシフト
5.5 かかりつけ薬局・薬剤師、健康サポート薬局の課題

第4章 知的障害者像の偏りから生まれた典型的な生活――なぜ日本の知的障害者は親元から作業所に通うのか 原田 玄機

1 日本における知的障害者処遇の特徴がなぜ生まれたか
1.1 知的障害者の典型的な生活パターン
1.2 先行研究の検討と視角の提示――知的障害者処遇に関する4象限
1.3 本章の意義
1.4 本章の構成
2 開かれていた問題系――1960年代の知的障害者処遇構想
3 より重度の知的障害者への関心の集中
3.1 学校教育の「重度化」
3.2 小規模作業所の増加
4 家族を前提とした処遇の形成
4.1 福祉施設による限定的な包摂
4.2 親の負担による小規模作業所の拡大
5 1990年代以降の変化と今後の展望

第5章 海図なき医療政策の終焉  猪飼 周平

1 医療政策の時間尺について
2 治療医学の時代としての20世紀
3 病院の世紀における医療供給システムの3類型
4 病院の世紀における日本の医療供給システム
5 病院の世紀の終焉と包括ケアシステム
6 基本デザインを構想する思考

あとがき

■関連書籍

◆猪飼 周平 201003331 『病院の世紀の理論』,有斐閣,330p. ISBN-10:4641173591 ISBN-13:978-4641173590 \4000+税 [amazon][kinokuniya]
後藤 基行 20190117  『日本の精神科入院の歴史構造――社会防衛・治療・社会福祉』,東京大学出版会,216p.  ISBN-10: 4130564013 ISBN-13: 978-4130564014 5200+税  [amazon][kinokuniya] ※ i05m2. m
西沢 いづみ 20190331  『住民とともに歩んだ医療――京都・堀川病院の実践から』,生活書院,352p.  ISBN-10: 4865000933 ISBN-13: 978-4865000931 3200+税  [amazon][kinokuniya]
窪田 好恵 20190430  『くらしのなかの看護――重い障害のある人に寄り添い続ける』,ナカニシヤ出版,287p.  ISBN-10: 4779513804 ISBN-13: 978-4779513800 3200+税  [amazon][kinokuniya] ※ n04. w03. j01. i05

■関連論文

◆猪飼 周平 20100301 「海図なき医療政策の終焉」『現代思想』38-3(2010-3)「特集=医療現場への問い――医療・福祉の転換点で」 青土社,245p. ISBN-10: 4791712099 ISBN-13: 978-4791712090 \1300  [amazon][kinokuniya] ※

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■引用

 

序章 ヘルスケアと社会福祉における政策史の可能性  猪飼 周平

 
1 ヘルスケアと社会福祉における政策史の貧困
 本章は少なくとも日本的な文脈においては、ありふれていそうでいて、実のところ限られている研究についての序説である。 その研究とは、ヘルスケアおよび社会福祉領域における政策史研究のことである。(p.001)

 [……]ヘルスケア領域および社会福祉領域に関する限り、政策史研究の蓄積は非常に薄いと言わざるをえない。 ヘルスケア領域についていえば、歴史研究の伝統があるにはあるのだが、プロフェッショナルな歴史研究はごく限られており、 また近代に限定してみると従来ほとんど研究の蓄積がなかった。 近年では、社会史的観点からの医療史や公衆衛生史に関する水準の高い文献が徐々に増えてきており、そのこと>002>自体は喜ばしいことなのだが、 こと政策史としてのヘルスケア史については、いまだ研究は限られているといわざるをえない。(pp.001-002)
 
2 現在に焦点をおく政策史
 これに対し、政策史とは、基本的には焦点を現在の説明においている。現在とは、事実を一応確定できる最前線のことである。 [……]>005>そして、現在とは高い事実性を認定しうる最も未来よりの地点である。(pp.004-005)

 他方で、政策史による政策的貢献は、すぐあとで議論するように、基本的には長期的な展望によるものであるので、知りたいのは未来である。 したがって、政策史とは、過去から現在までと、未来とを区別した上で、過去の「事実」を固めることによって、未来への「展望台」を構築する作業といってよいだろう。 そしてこの「展望台」こそが現在にほかならない。(p.005)

 [……]ただし、政策学者との場合、政策への貢献というプラグマティックな目的があるために、現在への照準は、研究者の選択によるというものよりも、 学問的要請となっている。(p.005)
 
3 羅針盤的知識を生み出すものとしての政策史
 本書に収録されている5本の論文は、いずれも羅針盤的知識を生み出すことに焦点を当てて書かれているが、とりわけ、 猪飼論文(第5章)が、著書から羅針盤として機能する含意を取り出して述べたものとなっているので、この点を理解していただくのによい論文であろう。◆2(p.008)
◆2 猪飼周平『病院の世紀の理論』有斐閣、2010年。
 
4 社会科学と政策史
 [……]比較研究といえば国際比較を思い浮かべる読者が多いと思われるが、決して国際比較だけが比較研究なのではない。 原理的には異時点間比較も、比較という意味ではまったく同じ方法的位置を有している。
 たとえば、歴史を単に時間軸に沿った物語として記述するのではなく、現在の社会において自明視されているさまざまな社会的要素が、過去に>012>おいては、 まったく別の形で存在していたりする。そこから、現在の社会の自明性を突き崩し、なぜ現在の社会においてそのような社会的要素が存在するのか、 あるいはなぜそのような社会的要素が自明視されているのかをのである。これは、比較の方法がもつ「問い」を生成する機能を、 異時点間比較に適用した場合の典型的な手法であるといってよい。(pp.011-012)

 原田論文(第4章)は、知的障害者福祉に関して、異時点間比較の視点を活用した論考の例であるといえるだろう。
 今日、知的障害者福祉においては、発達障害その他の「軽度」に分類される人びとの処遇に関心が集まっている。 2000年代に入って、たとえば刑務所や風俗産業など従来周辺領域とみなされてきた社会領域に相対的に軽度の知的障害者が存在していること、 また膨大な数の発達障害者が存在していることなどが知られるようになってきている。 この時代においてこのような知的障害者が「発見」されたことにどのような政策的な意義があるのだろうか。 この問いに対して、原田は、伝統的な福祉システムが、このような近年の軽度障害者への関心とは異なる異なる〔ママ〕眼差しのベクトルを有してきたことを発見する。 これは、過去の時点と現在とを対比させる効果をもつ。(p.012)

 これに対し、原田によって見出された1970年代―80年代までの知的障害者福祉においては、そもそも軽度の知的障害は政策課題としての認識に乏しく、 また重度についても、教育部面を除けば、政策対応の必要性があまり認められなかった。 ここから、このような政策的転回はなぜ生じたのか、従来的な政策の偏り(たとえば施設ケアの貧困)などは、政策上の転回にどのような影響を与えているのだろうか、 といった問いをさまざまに派生させることができる。 さらに、諸外国における発達障害についての関心の動向などと比較することによって、異時点比較と国際比較を組み合わせることで、 さまざまな比較軸を交錯させて新たな論点を抽出することもできる。
 原田論文自体は、慎重な書きぶりで議論していることから、さまざまな論点の派生を明示的に論じているわけではない。 だが、論文はそのような論点の派生を引き起こすような異時点比較の構図で描かれており、それが本論文の価値に結びついているといえるだろう。(p.013)
 
5 歴史観の改訂
 政策史はこのような歴史認識の改定〔ママ〕に関わることによって、政策に新しい地平を開くことができる。 後藤論文(第1章)は、まさにこのような観点から政策への貢献を引き出そうとする政策史研究の好例であるといえよう。 著者は、従来日本の精神医療史を「公安主義」「営利主義」と規定してきた通説的理解に対して、 機能に違いのある医療費支払いの財源の歴史的変遷を丹念に追うことによって、日本の精神医療の供給構造は、通説が理解しているよりも複雑であり、 かつ戦前と戦後で転回があることを見出している。(p.014)

 [……]後藤は、安易に結論を引き出すことに慎重な立場を維持しつつも、後藤が「社会福祉型」と呼ぶ救護法、 生活保護法に由来する精神医療の機能部分がこの点を理解する鍵となりうること、そしてそれは患者を支える家族の問題とつながっていることを指摘している。 (p.015)

 赤木論文(第3章)も、薬業史の領域において、後藤論文に近い方法を採用している。 明治期以来日本の薬業界にとっての悲願が、医薬分業であったことは間違いのないことである。[……] このため、薬業史の主題は、いつでも医薬分業に関する闘争におかれてきたのである。 だが、医薬分業が一通り進展した今日において、薬業に関する長期的な政策的課題は、 いかに薬剤師や薬局が日本のヘルスケアや福祉に貢献的な役割を果たしうるかに移ってきている。
 赤木論文の冒頭で示されているように、現在多くの人びとが、医薬分業の成立によって、かつては病院などで併せて入手することができた薬を、 今は薬局まで受け取りにゆかねばならない、という意味で不便にな>016>ったと感じている。 とするならば、薬剤師や薬局は、その不便さを超える便益を社会や患者に還元する必要があるということになるのだが、 現在の薬業界は、自分たちが何によって社会に貢献すべきかについての自己定義ができない状況に陥っている。
 この自己定義の困難は、端的にいって薬業史の貧困さに由来している。 従来の薬業史の正史たる医薬分業史は、単に薬剤師の念願がかなったという形で現在を描き得るのみであり、その結果、 薬業界は、自分たちの自己定義をするための歴史認識を喪失してしまっているのである。赤木はこの現在の薬業界の課題に応答するような歴史認識を、 従来の医薬分業史とは違う形で描き出すことによって、再構成しようとしている。
 赤木は、医薬分業という業権をめぐる闘争史と一定の関わりをもちつつ、 もう一つの流れとして薬剤師に求められる「職能」が時代とともに変遷していったことを指摘する。[……] 日本でも、病院における薬剤師を衷心としてこの歴史的職能変化の潮流の影響を受けてきたのである。
 赤木は、この観点から、羅針盤的知識を次のように引き出そうとしている。 すなわち、薬剤師は、チーム医療の一員たる臨床家として機能する方向へ、さらに進んで、 人びとの療養生活そのものを支える視野をもった存在となる方向へ進んでゆくことが長期的に求められることになる、というものである。(pp.015-016)
 
6 歴史的トレンドの発見
 政策史の一つのやり方として、歴史的トレンドを研究の成果として提示することもできる。歴史的トレンドの提出の仕方として最も強いものは歴史法則の発見であろう。 マルクス主義的な歴史学が隆盛していた時代においては、まさに資本主義に関する歴史法則の発見こそが、歴史学の使命であり、歴史の科学化の意味であった。 [……]ここで重要なことは、歴史的トレンドによる政策学への貢献の可能性はさまざまなものがあり、 マルクス主義的な意味における歴史法則が失敗したからといって、それらのすべての可能性に希望が失われたのではまったくないということである。(p.017)

 また、歴史の中には一定の方向に変化していくトレンドの他に、歴史から、ある社会の中に時間軸を通じて一貫して変化しないトレンド、 すなわち「通奏低音」的な要素を発見することもできる。 間論文(第2章)は、戦後とりわけ1970年代以降の高齢者医療と高齢者福祉の関係性にこのような一貫性を見出している。
 1970年代以降の医療供給政策において最大の課題とされてきたものが、いわゆる「社会的入院」問題であったということは、おそらく衆目の一致するところであろう。 [……]>019>にもかかわらず、日本の医療と社会福祉のバランスは、いまだに望ましい均衡に達していないようにみえる。それはなぜだろうか。
 間は、このいわゆる「社会的入院」問題を、より根底的なレベルで、そもそも資本投資の段階で、 医療と福祉のバランスが医療に偏っていることを問い直そうとしている。[……]
 興味深いのは、2000年代以降もこの傾向が継続しているという間の観察である。[……]
 このことは、私たちの医療と社会福祉についての常識に再考を促すものであるといってよいだろう。すなわち、2000年に成立した介護保険制度によって、 社会福祉領域は独自の大きな財源を確保したのであり、 それによって医療から福祉へのバランスのシフトは少なくとも財源的に>020>はかなり達成できたと私たちは考えてきた。だが、間の丹念な検討が示すように、 そのような見かけ上の変化の裏側に、一貫して変わらない医療優遇の構図があるということがわかる。 もし日本社会において今後社会福祉をより充実させてゆくということを考えるとするなら、 この医療優遇の構図がなぜ存在するのかを問わねばならないだろう。間論文は、その問題の存在を示すものといえよう。(pp.018-020)

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第1章 日本における精神病床入院と生活保護――過剰病床数と長期在院問題の淵源  後藤 基行

 
はじめに
 本章の目的は、このような20世紀後半期における入院に傾斜した日本の精神医療供給構造が、いかにして作り上げられたのか、 ということについての新しい視角を提示することである。この点に関して本章のみならず本書全体の目的と構成にとって重要であるのは、 歴史的検証こそ、日本の精神医療供給構造の性格を決定づけた長期的なダイナミズムが何によって生成されたのか、という問いに答える唯一の道だということで>027>ある。 現代の政策課題の原因は、過去に胚胎するのであり、歴史しかそれを示してくれないのである。(pp.026-027)
 
2 精神病床入院の3類型
2.1 精神病床の3つの機能
 本章では、こうした先行研究を参考にしつつ、精神病床入院の3種の機能について「社会防衛型」、「治療型」、「社会福祉型」として整理する。 本章ではこの3タイプについて以下のように定義している。

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第2章 戦後日本における病院の福祉施設的利用  間 沙織

 
1 病院の福祉施設的利用
 本章の目的は、戦後日本の「病院の福祉施設的利用」を医療及び福祉供給の展開から歴史的に考察することで、 これからの医療・福祉・介護政策への示唆を究明することである。
 本章における病院の福祉施設的利用とは、「病院が患者の治療の場として利用されるだけでなく、処遇のあてのない人々を長期的に収容する場、 すなわち、ある種の受け皿として利用される状況」を指す。しかし、なぜ、これからの医療・福祉・介護政策への示唆を導出する作業として、 戦後日本における病院の福祉施設的利用を議論する必要があるのだろうか。本章が病院の福祉施設的利用に敢えて着目するのは、以下の2点からである。
 第一に、今日においても病院が福祉施設のように利用され続けている〔下線は傍点〕というのは、とりわけ日本的な特徴だからである。 もともと「病院(ホスピタル)」というのは、「キリスト教世界では……宗教施設であり、聖職者が維持する避難場所でもあり、 巡礼をもてなす場でもあったが、貧者のための施設でもあった」といわれている。 ゆえに、日本でも病院が福>074>祉施設のように利用されるというのはありふれたことのようにもみえる。(pp.073-074)

 第二に、病院の福祉施設的利用は、国際的にみて特殊であるだけでなく、国内の政策課題の一つとして残り続けているからである。 それは、概して「社会的入院」の問題として今日に至るまで提起されてきたものだが、日本でまず取り沙汰されたのは、 1980年代初頭の高齢者〔下線は傍点〕の社会的入院であった。そこで物議を醸したのは、単に入院加療が必要といえない状態の人々が入院を継続し、 病院が処遇のあてのない彼らの居場所となったことだけではなく、 「寝かせきり」や「薬漬け」、「検査漬け」などそこでの処遇の質と、長期入院によってかかる費用についてであった。 今日ではその時代の反省から、病院からの早期退院が促され、>075>介護保険によって病院外で療養するサービスが拡充している。 しかし、病院からの退院後の受け皿の見つけにくさ、介護施設や在宅サービスの質などについて利用者と家族の悩みは尽きることがない。(pp.074-075)

[……]今日においても児童から高齢者までさまざまな人々の社会的入院が問題として指摘されるなかで、 病院と病院外を含めて彼らをどのように処遇していくかを検討していくためには、改めて医療と福祉その双方の供給の歴史に目を向け、 戦後日本では医療と福祉という名目でいったい何がなされてきたのか、それらの間にはどのような関係があったのかが詳らかにされる必要がある。 そのため本章では、従来、社会的入院という概念を用いて医療に重きをおいて説明されてきた状況を、医療のみならず福祉をも射程に入れて議論していくために、 改めてそれを「病院の福祉施設的利用」という概念に置き換えて検討していくことにしたい。(p.080)
 
4 戦後史からの示唆と課題
4.2 政策的示唆
 最後に本章の課題について言及したい。[……] 本章の目的は、これまで先行研究で医療に重きをおいて語られてきた病院の福祉施設的利用という現象を、医療だけでなく福祉の供給も踏まえて紐解くこと、 そして、戦後日本の医療と福祉の供給の関係性を詳らかにすることであった。しかし、本章はあくまで高齢者領域のみに焦点を当て議論を進め、 児童や障害者領域等の医療と福祉の供給の問題は議論できていない。(p.129)

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第3章 薬剤師の職能史――医療システムの変容と薬剤師の再専門職化  赤木 佳寿子

 
1 薬剤師のアイデンティティ・クライシス
 今日の薬剤師業界は、大きな戸惑いの中にいるといえよう。 業界的には悲願であった医薬分業の進展(図3-1)によって調剤権を手中に収め、 また専門職としての地位を高めるであろうと考えられる薬学教育の6年制についても実施に漕ぎ着けることができた。 その意味では、この四半世紀の薬業史は、躍進の時代として振り返ることができるといってもよいはずである。 にもかかわらず現在の薬剤師は、深刻なアイデンティティ・クライシスに陥っているようにもみえる。(p.133)

[……]医薬分業のメリットが国民に感じられていない。そこ>137>で提起されたのは、薬剤師という職業がいかなる職能を有するのかについての疑問および不審であった。 そしてより興味深いことは、それに対して薬剤師側から明確な反論ができなかったことである。 これが示唆しているのは、薬剤師自身による自分たちが何者であるか=アイデンティティについての認識を喪失していることと、 上記のような薬剤師の新たな危機が密接に結びついているということに他ならない。
 なぜ、このようなことが起こったのだろうか。 その最大の理由は、薬剤師自身の薬業の歴史に対する認識が医薬分業をめぐっての薬業・薬剤師の立場の変化にとらわれ過ぎていたことである。 いうなれば、医薬分業史を正史としてきたことに起因している。
医薬分業史は基本的に薬剤師側から描かれた運動史である。医薬分業運動は調剤権という業権をめぐる医師と薬剤師の専門職の争いであった(表3-2)。(pp.134-137)
*p.135、p.136は表3-1で本文なし。

 本章では日本の近代薬業史を、薬剤師の職能の変遷という観点から再構築することによって、このアイデンティティ・クライシスに対して、 政策的な展望を提示することを課題とする。すなわち、薬業全体のあり方を俯瞰するという目的のために医薬分業史によって描かれてきた薬剤師の歴史を 「薬剤師の職能の変容に基づく薬業史」として描き直すことを試みる。 つまり、薬剤師の「職能」という観点で歴史を見直すことによって統一的な解釈を行い新しい歴史を描き出すことで戦後の薬業を歴史の到達点として説明し、 そこから今後の政策的含意を得ることを目標とする。
 なお、本章では「職能」について、薬剤師の職務・仕事として社会的に期待または承認されたものという意味で使用する。 たとえば病院薬剤師は医薬分業が普及する前から調剤を病院薬局で行っていたので調剤は病院薬剤師の職能と言ってよいであろう。 その後、病院薬剤師が病棟に進出してベッドサイドで患者に接するようになるが、この仕事は職務>142>として病院内でも認められ、 さらに保険点数上の報酬がみとめられたことからも、病院薬剤師の病棟業務も職能ということができるであろう。 反対に医薬分業が実施される以前、開局薬剤師たちが調剤は薬剤師の仕事であることを主張して医薬分業運動を展開したが、認められなかった。 この時期の開局調剤師の調剤は職能ではないということである。(pp.141-142)
 
5 薬局薬剤師の職能変化と社会的期待とのギャップ
 本章の目標は日本の近代薬業史を薬剤師の職能変化という観点から再構築することによって、 近年批判の対象となった薬局薬剤師のアイデンティティ・クライシスに対して政策的な展望を提示することであった。
 [……]医薬分業にとらわれ過ぎた歴史観での認識や条件付きの“医薬分業”に対する独特な理解をもつ薬局薬剤師は批判を受けそれに対して 反論できずアイデンティティ・クライシスを起こしている。 批判が社会的期待とのギャップだとすると、この歴史観や独特な理解がその要因である可能性が考えられる。
 もしそうだとすれば、その歴史観や独特な理解がなぜ社会的期待とのギャップを生み出すのかを明らかにする必要がある。 そのために医薬分業の歴史的位置づけをどうするべきか、独特な理解は何を意味するのかについて考えてみたい。 そして、薬局薬剤師に比して批判対象とならなかった病院薬剤師が果たしたパラダイムシフトについて考察する。 その上でこれからの薬局薬剤師に望まれる姿として取り組みの始まった、 かかりつけ薬局・薬剤師、健康サポート薬局の課題について考察しこれか>186>らの薬剤師に求められるものを明らかにしたい。(pp.185-186)
 
5.1 医薬分業の歴史的位置づけ――目的から手段へ
 医薬分業の歴史的位置づけの見誤りこそが薬剤師の医薬分業史への傾倒によって引き起こされたアイデンティティ・クライシスの本質である。 見誤りとは薬剤師の職能の変化の必要性が医薬分業の促進要因の一つであったことを見逃している点である。 見逃しの要因は薬剤師が医薬分業を100年の推進運動の末に勝ち得たと考えていることである。 調剤権という業権獲得のために薬剤師が戦っていた〈目的としての医薬分業〉の時代と1974年に進展を開始した〈手段としての医薬分業〉の時代とは分けて考えるべきで、 医薬分業は手段となって初めて進展したということを認識しなくてはならない。
 1974年から進展を始めた〈手段としての医薬分業〉には「物と技術の分離」という目的があった。[……]〈手段としての医薬分業〉は1990年代に転換期を迎える。 それ以降に医薬分業の目的となったのは「医薬品の適正使用」である。(p.186)

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第4章 知的障害者像の偏りから生まれた典型的な生活――なぜ日本の知的障害者は親元から作業所に通うのか 原田 玄機

 
1 日本における知的障害者処遇の特徴がなぜ生まれたか
 
1.1 知的障害者の典型的な生活パターン
 本章は、日本の知的障害者の生活が親元から作業所など福祉的就労の場に通うというパターンになっていることが、 重度の知的障害者への着目と家族の負担の大きさという知的障害者の処遇の特徴によってもたらされたものであるという視角を提示し、 この視角から戦後の知的障害者処遇の歴史を素描することで、この視角の妥当性を示すことを目指すものである。(p.201)
 
1.2 先行研究の検討と視角の提示――知的障害者処遇に関する4象限
 [……]典型的な生活で想定される家族像と知的障害者像が、2つの意味で偏りがあるものであることがわかる。
 第1の偏りは、その家族像である。障害者家族に関する研究も福祉的就労の成立に関する研究も、家族(とりわけ母親)に負担がかかっているという認識をもっている。 [……]>206>
 第2に、知的障害者像が障害程度がより重度に顕著に偏っている。[……]
 ここで、2つの偏りを、家族が知的障害者の処遇を担うことができる可能性という次元と知的障害者の見守りの必要の程度という2次元として把握し、 この2次元を組み合わせると、論理的に4つの領域があると整理できる。これを図式化したのが図4-1である。(pp.205-206)

 この課題を検討するために本章では、以下の3つに分けて議論したい。(a)もとはさまざまな象限にわたって、問題が認識されていたこと、 その後、(b)障害程度がより軽度の知的障害者からより重度の知的障害者への注目の移動(図4-2のIの下向きの矢印)が起きたこと、 (c)家族が知的障害者の処遇を担うことができる可能性が小さい知的障害者ではなく、 より可能性が大きい知的障害者への注目の移動(図4-2のIIの左向きの矢印)が起こったこと、の3点である。
ただ本章のような小論では、検討作業に可能な紙幅は限られている。そこで本章では、精神薄弱者福祉法が成立する1960年代から、 福祉的就労の場が知的障害者の活動場所として確立する1980年代末までを>209>主たる検討の時期とする。(pp.209-210)

 
4 家族を前提とした処遇の形成
 
4.2 親の負担による小規模作業所の拡大
 本節の知見をまとめると次のようになる。児童にしても成人にしても、福祉の供給能力は小さかったため、福祉の側は、 家族に問題を抱えていた知的障害者を優先して施設入所させていった。未成年については学校教育が全員就学を担う一方で、 家族が処遇を担うことができる可能性が大きいとされた知的障害者は、成人になったときの通わせる場所がないという状況が生まれ、 小規模作業所の増設を親が積極的に引き受けていったといえるだろう。(p.239)

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第5章 海図なき医療政策の終焉  猪飼 周平

 
1 医療政策の時間尺について
 [……]すなわち、第一に、日本の近視眼的医療供給政策を永らく有効なものとしてきた条件とは何かを明らかにすることである。 そして、第二に、その短期的思考によって、医療供給システムのいかなる変動が不可測なものとして隠されてきたといえるか、 ということをあきらかにすることである。(p.253)

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■書評・紹介

北村 健太郎 20200131  「猪飼周平編『羅針盤としての政策史――歴史研究からヘルスケア・福祉政策の展望を拓く』(勁草書房、2019年)」 『保健医療社会学論集』30-02(2020),日本保健医療社会学会,pp.97-98
https://square.umin.ac.jp/medsocio/cover/30-2.htm

■言及



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*作成:北村 健太郎
UP:20220808 REV:20220812
医療社会学  ◇医学史・医療史  ◇精神障害/精神医療  ◇生活保護  ◇知的障害  ◇施設/脱施設  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK

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