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『[ちいさい・おおきい・よわい・つよい 118]こどもの「ちがい」に戸惑うとき』

石川憲彦北村小夜熊谷普一郎・山口ヒロミ・山田真 20180125 ジャパンマシニスト社,192p.

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last update: 20181006

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石川憲彦北村小夜熊谷普一郎・山口ヒロミ・山田真 20180125 『[ちいさい・おおきい・よわい・つよい 118]こどもの「ちがい」に戸惑うとき』,ジャパンマシニスト社,192p. ISBN-10: 4880499188 ISBN-13: 978-4880499185 1,600+税 [amazon][kinokuniya]

『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』(『Chio』)

■内容

【帯文】「発育や発達に障害があっても。みんないっしょに過ごした人から学ぶ幸せのはぐくみ方。」

 → http://japama.jp/chio118/
 → http://karaimo.exblog.jp/29192108/

■目次

◆山口ヒロミ「ここで生まれて、ここで生きた――植物状態といわれた娘・天音の社会性」(pp.18-47)
山田真「ぼくたちは「みんないっしょ」をめざした――障害児教育の歴史をひもとく」(pp.48-99)
◇こんなふうにこどもを分けてきた
‐ ぼくが小学生のときのこと
‐ 「特殊学級」・「盲・聾・養護学校」とは
‐ 障害児教育の始まり
‐ なぜ「分けて」「特別」が必要?
‐ 戦争に向かう時代のなかで
‐ 「養護学級」「養護学校」の登場
‐ 戦後の幕あけ
‐ 「能力に応じて」が意味するもの
‐ “分離的障害児教育”の完成へ
【コラム】障害児はつくられる!?
◇障害児は「普通」をのぞまなきゃいけないの?
‐ 養護学校義務化への反対運動
‐ 「発達保障論」ってなに?
‐ 「発達保障論」に反発した理由
‐ なにかを成し遂げてこそ、認められる
‐ 就学猶予・免除のメリットは?
‐ 「授業についていく」という発想
‐ 転級で問題になること
‐ 話は部落解放運動へつながります
‐ 自分の出生や出身地についてふれられたくないということ
‐ 「解放の学力」ってなに?
‐ 学校で身につけるべきは「生きる力」
北村小夜「「いいところ探し」は【傍点:きり】がない――別のどこか・なにかに期待しない暮らし」(pp.100-128)
石川憲彦×熊谷普一郎「「ちがい」をこどもの世界から見つめれば――ずれている大人の論理」(pp.136-164)
山田真「最後に――障害をもつ娘・涼がたどってきた道」(pp.165-174)

 → http://japama.jp/chio118/

■引用

「みんなとちがうこと。
 弱くて、小さくて、おそいこと。
 そこに、希望や幸福はないのか。
 今号は、障害をもつこどもといっしょに暮らしてきた、過ごしてきた、また自身が障害をもつ、五人の方にご登場いただきます。」(〔編集部〕p.6)

「「一人ひとりのニーズにあった、丁寧な教育を」、そういわれたら、親として、やっぱりありがたいと思うのです。|でもそのうたい文句のもと、こどもを分けて、排除していっているとしたら……。そんなふうに始まった企画でした。」(奥田直美「編集後記」p.187)

山田真 20180125 「最後に――障害をもつ娘・涼がたどってきた道」『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』118: 165-174
「当時、保育園で障害児を受け入れるところは少なく、滋賀県大津市で「すべての障害児を保育園へ」という動きが始まって注目されるという状況でした。|[…]田無市ではまだ障害児保育が始められていませんでした。|そこで田無市の職員組合に「障害児保育を始めてほしい」と求めました。職員組合は「さっそく検討を始めます」といってくれたのです。しかし、その準備には時間がかかりそうでした。そこでつれあいは自分たちで保育所をつくろうと思い立ちました。そして、共同保育所「にんじん」を立ちあげました。涼が三歳のときです。|二年ほどして、田無市立の保育園での障害児受け入れが始まりました。」(p.169)
「涼が地域の普通学級に入学したのは「養護学校義務化」がおこなわれた翌年のことで、当時東京のあちこちで「養護学校へ強制的に行かされることに反対し、地域の普通学級をめざす」障害児とその保護者の闘いが始まっていました。そういう情況であったことも幸いして、涼はあっさり普通学級に入学できました。|そして、その後九年間、養護学校や特殊学級へ移ることもなく普通学級ですごしました。」(p.171)

石川憲彦×熊谷普一郎 20180125 「「ちがい」をこどもの世界から見つめれば――ずれている大人の論理」『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』118: 136-164
「〔熊谷:〕私みたいな見えやすい障害は、そんなにはちがわないのに、ものすごくちがうようにあつかわれて排除されたり、あるいは、少しでもちがいを減らそうと療育がエスカレートしたり。|一方で、本人だけは「なんかちがう」と強い違和感を抱えているけれど、まわりからはなにもちがわないように見えて、過小評価されるちがいもありますね。一生懸命適応する努力をして、ようやく普通に見えているのに、まわりからはそれがわからないような発達障害の子だとか。|過小評価された場合、社会に対して本人の異議申し立ての方向は「もっとちがうんだ」となりますし、逆に過大評価される場合は、「もっと同じなんだ」となります。」(p.139)
「〔石川:〕このお母さんもふくめ四人の話から、どうも大人がこどもの「ちがい」を強調するのはやばいことだと思うようになった。大人の論理で語ってはいけない。こどもの側が感じる「ちがい」に立たなければならないと思うようになりました。」(p.142)
「熊谷:このふたつの世界、こどもたちが横並びでつくる「ちがい」の世界と、そこを上から目線で親や教師や支援者が「ちがい」をめぐって紡いでいく物語は、まずずれているんだというのをスタート地点におかないといけないと思います。」(p.145)
「〔石川:〕いま、その同調圧力のかたちがすごく変わりつつある。三〇、四〇年前に感じた同調圧力は、実体のはっきりした「あるべき姿」を求めるという幻想があった。|[…]ところがいま、「おたくの子、ちがうよ」っていわれたときに、その「ちがう」っていう言葉自体が、なにを基準にしているのかはっきりしないわけです。」(p.154)

北村小夜 20180125 「「いいところ探し」は【傍点:きり】がない――別のどこか・なにかに期待しない暮らし」『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』118: 100-128
「私が「ちがい」にひっかかるのは、日本の障害児教育、昔だったら特殊教育といわれたものは、だいたいが「ちがい」探しだったから。こどもを分けるための「ちがい」つまり「障害」探しが、文部科学省が、文部省の時代からやってきた特殊教育、障害児教育の筋道のような気がするんです。」(p.102)
「差別感や、学校でのいじめが生まれるのは、「分けた」ことが原因だと思います。」(p.109)
「地域の学校は、地域のこどもが来る「普通」のところ。地域に道路があり、公園があるというように。特別なところではないのだから、そこに来てはいけないというのはおかしいでしょう。」(p.117)
「私は、いまいるところをよくしようとするとりくみでなけりゃいけないだろうと思う。「あそこにいいところがある」じゃ、しょうがない。「いいところ」を探していると、結局、施設に行くことになってしまうと思う。」(p.120)
「迷惑か迷惑じゃないかという関係をつくるのは、学校であり、クラスであり、クラスの担任であるわけでしょう。[…]こどもたち一人ひとりにとってみれば、いつだって障害児が迷惑になるわけじゃない。」(p.127)


■書評・紹介


■言及



*作成:村上 潔
UP: 20181006 REV:
子/育児  ◇障害者と教育  ◇家族 family  ◇『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』(『Chio』)  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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