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『私たちの津久井やまゆり園事件 ―― 障害者とともに<共生社会>の明日へ』

堀 利和 編 20170901 社会評論社,279p.

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last update:20170914

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堀 利和 編 20170901 『私たちの津久井やまゆり園事件 ―― 障害者とともに<共生社会>の明日へ』,社会評論社,279p. ISBN-10:4784524061 ISBN-13:978-4784524068 1800+ [amazon][kinokuniya] ※ ds/ds

■内容

[出版社サイトより]

堀 利和

植松被告は津久井やまゆり園の重度重複知的障害者を殺したが、われわれはすでに彼らを地域社会から抹殺していた。

植松被告は津久井やまゆり園の重度重複知的障害者の命を殺したが、親・兄弟姉妹は彼らの名前を抹消した。

われわれの善意と恥の意識が、津久井やまゆり園の重度重複知的障害者を、被害と加害の関係性の中で殺した。

津久井やまゆり園のこの事件は、殺した者が殺され、殺された者が生き還るという輪廻の世界を打ち立てた。

1973年、1年と9か月に及ぶ府中療育センター闘争があった。それは、東洋一といわれた病院に併設された重症心身障害者の都立収容施設の入所者からおきた。

外出も外泊も自由ではなく、プライバシーはなく、女性の入浴介護も同性介護の原則とはほど遠い男性職員による介護、処遇困難を理由に女性は髪を短く切られ、それが障害者の「ため」の収容施設である。他の収容施設では、処遇困難から子宮摘出が行われたりもした。これが60年代中葉から始まったコロニー政策であった。それは、「拝啓 総理大臣 殿」の水上勉の手紙、この1通の手紙が国を動かした。こうして、コロニー政策が本格化していった。障害者の「ため」の。

府中療育センター入所者の反乱、それは時代が生みだした障害者の1つの反乱であった。彼らは、「鳥は空に、魚は海に、人は社会に」と訴えた。施設から地域社会へである。

テント闘争は都庁第一庁舎本館前で行われた。美濃部革新都政の時代である。

美濃部知事が選挙に出た時、右翼は都庁の屋上に赤旗が立つと宣伝を行ったが、屋上にではなく、都庁第一庁舎本館前のテントの脇にそれは立った。

美濃部革新都政に対してのテント闘争には、革新の側からの批判がなかったわけではない。だが、それがたとえ革新都政であっても、府中療育センター闘争は行われなければならなかった。障害者の尊厳と自由と人間性の復権をかけて──。

「母よ! 殺すな」。これは、神奈川県青い芝の会の闘争の、告発運動の原点であった。

母親による障害児殺しの事件に対して、地域住民は母親の減刑嘆願運動を始めた。事件の原因は福祉の貧困にあるとして、それにより、母親への同情がそのような減刑嘆願運動になったのである。犠牲は母親に向けられた。殺された障害児にではなく──。

殺された側の障害児に付与された論理、「やむを得ない」「仕方がない」「無理もない」、すなわち合意の犠牲の論理である。これに対して、母親には同情の犠牲の論理が寄せられた。それは、善良な市民の論理である。

「母よ! 殺すな」。青い芝の会は減刑嘆願運動に抗議した。殺された障害児の存在に、自らの存在を重ねた。重度脳性マヒ者は健全者に殺される存在。だが、青い芝の会のこの告発運動は、必ずしも多くの市民に理解されたわけではない。それを津久井やまゆり園の事件と重ね合わせてみると、どうなるか。母親と植松被告、障害児と重度重複知的障害者、この両者の不一致の関係性にぶつかる。これを一体どう理解すればよいのであろうか。

殺された障害児に同情はなく「やむをえない」、殺した母親に同情の「減刑嘆願」VS犠牲になった重度重複知的障害者に哀悼、殺した植松被告に「措置入院者批難」。福祉の貧困と優生思想。福祉の貧困も優生思想も、実は犠牲者は通底している。福祉の貧困も優生思想も、そこでは正当化されるのである。それらを根源的にひっくり返そうとしたのが、障害者性への主体の確立であった。青い芝の会の主体性の確立なのである。それは、告発糾弾闘争を原理とした「行動綱領」に体現される。それを意味する重要なキーワードとしては、「健全者幻想解体」である。健全者になろうとする、近づこうとする、だがなれない。幻想は苦しくも自己否定につながる。だからその幻想を捨てて、自ら脳性マヒ者として、障害者として自己肯定的に生きていくことを意味する。

全国青い芝の会総連合会行動綱領(1975年)
一、われらは、自ら脳性マヒ者であることを自覚する。
一、われらは強烈な自己主張を行なう。
一、われらは愛と正義を否定する。
一、われらは健全者文明を否定する。
一、われらは問題解決の路を選ばない。

われらは以上5項目の行動綱領に基き、脳性マヒ者の自立と解放を掲げつつ、すべての差別と闘う。

津久井やまゆり園事件の原点はこの70年代にある。津久井やまゆり園の再建問題は、脱施設の府中療育センター闘争にあり、津久井やまゆり園の重度重複知的障害者の殺傷事件は、障害児殺しにある。この2つの問題は、70年代初頭と2016年7月26日とに重なる。

府中療育センターに収容されていた重症心身障害者と、元通りの大規模施設の建て直しを求める家族会、しかしそこには決定的な真逆の対立がある。他方、殺した母親への「減刑嘆願」運動と障害児殺しの思想、「保護者の疲れきった表情」「障害者は不幸を作ることしかできません」(植松被告の手紙)と障害児殺しの思想、70年代はまだ終わっていない。70年代と2016年7月26日の間にどんな断絶があったのか、なかったのか。

80年代は国際障害者年とノーマライゼーション。欧米の自立生活運動の導入。90年代はバリアフリー運動。2000年代は障害者権利条約批准運動。たしかにこうしてみるとすでに70年代は歴史の置き土産になっていった感もあるが、それをただ世代論や時代論にしてしまってよいのであろうか。というのも、言い換えれば、自立生活運動も障害者権利条約の理念も実は70年代にその萌芽があったといえるからである、欧米より先に。だが、残念ながらそれを政策化することを許さない時代情況であった。せいぜい、生活保護制度に「全身性介護人派遣事業」を新設させたぐらいである。いや、初めて介護制度をつくらせたという点ではきわめて画期的なことである。

ワイツゼッカー大統領は、第2次世界大戦終戦40年を記念する演説で、「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる」と述べた。私は言う。70年代に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる、と。

そして、精神病者の状況についても同様である。70年代に保安処分体制粉砕闘争が若手精神科医から起きた。先進的な医師らによって解放病棟がつくられていったのもこの時代である。治安対策の色濃い精神医療、精神病院の実態がそこにあった。

天皇が地方に行幸する際、警察が事前に当該地域の精神病者のローラー作戦を行っていた。こうした警察行為は精神病者に不安と恐怖を与え、かつ、差別と偏見を助長した。

いずれにせよ、70年代はまだ終わっていない。それを、この津久井やまゆり園事件は物語っている。重度知的障害者に施設は必要か、あるいは精神障害者・措置入院者に警察関与の監視体制が必要か。

再びわれわれはその「論争」に向き合うこととなった。

■目次

プロローグ 津久井やまゆり園事件と私たちの原点 堀 利和


〈資料〉衆議院議長に宛てた植松被告の手紙

第I部 重度知的障害者の生きる場をめぐって

第1章 被害者も加害者も社会から他者化された存在 堀 利和

第2章 障害をもった子どもが家族にいることをなぜ隠すのか 尾野 剛志

〈資料〉第七回神奈川県障害者施策会議専門部会議事録
津久井やまゆり園「早く元に戻して」(福祉新聞)

第3章 重度知的障害者の生きる場さがしの人間模様
──5・27津久井やまゆり園事件を考える相模原集会

【講演1】息子の自立生活を実現して 岡部耕典
【講演2】津久井やまゆり園を一旦再建してから 尾野剛志
【全体討論】
【参加者の声】「共に学ぶ」運動をしている立場から 名谷和子

第4章 地域にこだわり地域に生きる

津久井やまゆり園再生──共生の明日へ 平野泰史
悩みこんでいる自分 岩橋誠治
自治体・地域を変えて 施設からの出発(たびだち) 伊藤勲
誰もがともに暮らせる社会をめざすことが地域生活移行だ! 佐瀬睦夫
真犯人は「隔離収容施設」である 斎藤縣三
「教育」の場から、優性思想を問わねばならない 高木千恵子

第5章 入所施設は重度知的障害者の生きる場か──日本とスウェーデン 河東田 博



第II部 措置入院者への警察の関与を問う
──治安対策としての精神保健福祉法の改悪

〈資料〉安倍晋三内閣総理大臣通常国会施政方針演説
二〇一七年四月一一日参議院厚生労働委員会議事録
自由民主党こころ 石井みどり議員

第6章 社会がつくる精神障害 藤本 豊

第7章 措置入院という社会的障壁 池原 毅和

第8章 精神保健福祉法改正の過程から見える問題点 長谷川 利夫

第9章 相模原事件から精神保健福祉法改正まで──抵抗の軌跡 桐原 尚之

第10章 精神科病院からの地域移行──現状と課題 山本 深雪

【海外比較コラム】精神科病院の脱施設に関する情報 浜島 恭子

第11章 当事者は輝いている

非自発的措置入院の体験と今を語る──人間のリカバリーとは? 人間の幸福とは? 藤井 哲也

人間らしく下町で 加藤真規子

したたかに生きまっせ 高橋淳敏


エピローグ 再び「共生」を問う 堀利和

■引用

■書評・紹介

■言及



*作成:岩ア 弘泰
UP:20170914 REV:
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