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『荷を引く獣たち――動物の解放と障害者の解放』

Taylor, Sunaura 2017 Beasts of Burden: Animal and Disability Liberation,The New Press,272 pages.
=20200910 今津 有梨 訳,洛北出版,443p.

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last update:20201029

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■Taylor, Sunaura 2017 Beasts of Burden: Animal and Disability Liberation,The New Press,272 pages.=20200910 今津 有梨 訳 『荷を引く獣たち――動物の解放と障害者の解放』,洛北出版,443p. ISBN-10: 4903127303 ISBN-13: 978-4903127309 2800+ [amazon][kinokuniya] ※ ds. ae

■内容

紀伊国屋書店HPより

もし動物と障害者の抑圧がもつれあっているのなら、もし健常者を中心とする制度と人間を中心とする倫理がつながっているのなら、解放への道のりもさらに、交差しているのではないか。壊れやすく、依存的なわたしたち動物は、ぎこちなく、不完全に、互いに互いの世話をみる―本書はそのような未来への招待状である。アメリカン・ブック・アワード(2018年度)受賞作品!

■著者等紹介

テイラー,スナウラ[テイラー,スナウラ] [Taylor,Sunaura]
1982年生。画家であり作家、そして障害者運動と動物の権利運動の担い手。アメリカ合衆国のアリゾナ州ツーソンに生まれ、ジョージア州アセンスで、アンスクーリング(学校に通わず子ども主導で学習する教育)によって学びながら育つ。カリフォルニア大学バークレー校で、美術修士号を取得する。著書『荷を引く獣たち』は、2018年度のアメリカン・ブック・アワードを受賞した

今津有梨[イマズユリ]
一橋大学大学院言語社会研究科修士課程を、森崎和江の「非所有の所有―性と階級覚え書」についての研究によって修了する。その後、「動物」というテーマと出会うなかで、現在は、韓国の延世大学文化人類学科修士課程に在籍中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

■目次

プロローグ
1 いくつかの閃き
 1 奇妙だけれどほんとうの
 2 障害とは何か?
 3 動物の不具たち
2 動物倫理を不具にする
 4 話すことのできたチンパンジー
 5 健常者中心主義と動物
 6 動物とは何か?
 7 覚えていたチンパンジー
3 わたしは動物だ
 8 猿みたいに歩く子
 9 動物侮辱
 10 動物を主張する
4 すべて自然だ
 11 生まれながらのフリーク
 12 あらゆる動物は平等だ(だがもっと平等な動物もいる)
 13 新たな団欒に向けて
 14 肉の浪漫化
 15 肉という天災
5 相互依存
 16 必要の衡突
 17 種と能力を超えるケア
サービス・ドッグ

■引用


■書評・紹介


■引用

プロローグ
1 いくつかの閃き
 1 奇妙だけれどほんとうの
 2 障害とは何か?
 3 動物の不具たち 53
 「数年前、関節拘縮症〔四肢の障害が硬くなり関節可動域の制限が生ずる障害〕の狐こまつわるある物話を知った。この障害は、むたし自身が先天的に抱えるものでもある。カナダの野生動物保護管理機関であるカナダ野生物健康センター協同組合によると、近隣住民が狐を撃ったのは足つきが異常で病気に見えたからだつた。狐には確かにかなり大きな障害があったらのの、筋肉量は標準的で、お腹の消化済みの食べものがたくさんあったという。」([53])
 「動物を利用したこれらの産業において生み出された障害、すなわち種差別(人間以外の動物に対する人間の優越性に対する信念)と残虐行為から生まれた障害は、障害に対するわたしの△086 考えを複雑にさせてきた。残されたのは、苦しみといラ問題だ――これ#、障害を政治的に理解するのに関心があるたくさんの人びとが、正当にも取り除こうとしてきた主題である。障害運動家および研究者たちは、障害と苦しみを等号で結ぶことに対して、数十年にわたって異議を唱えつづけてきた。わたしたちの多くは、障害をめぐる苦しみのほとんどが健常者中心主義に由来すると論じてきた。すなわち、障害をもつ人びとが直面する差別や周辺化においてだ。
 障害運動家たちが苦しみにかんする語りを遠ざけてきた一方、苦しみをめぐる言及は、動物倫理研究の随所に見出せる。動物運動家たちは、動物たちは苦しむことができるというごく単純な事実を証明するために、膨大な量の仕事をしてきたのであり、なぜ人間がこの事実を鑑みるべきなのかを解き明かすために、さらに多くの仕事がなされてきた。」([86-87])
 「動物を利用したこれらの産業において生み出された障害、すなわち種差別(人間以外の動物に対する人間の優越性に対する信念)と残虐行為から生まれた障害は、障害に対するわたしの△86考えを複雑にさせてきた。残されたのは、苦しみという問題だ――これは、障害を政治的に理解するのに関心があるたくさんの人びとが、正当にも取り除こうとしてきた主題である。」

2 動物倫理を不具にする
 4 話すことのできたチンパンジー 92
  手話 アリストテレス 97
 5 健常者中心主義と動物 106
 「わたしのように関節拘縮症〔→53頁〕であろうと」(107)
 「障害運動家たちは、障害者が障害にもかかわらず価値があると論じているのではない――むしろ価値は、障害によって生じる身体の、認知の、そして経験の多様性にあるのだ。障首は欠乏と無能の要素を含むかもしれないが、それはまた、知り、存在し、そして体験する異なった仕方を育むものでもある。障害の文化が動物の正義をめぐる議論にとって大いに重要なものになるのは、こうして異なることへ、異なった仕方で行為し、存在することへと価値を付与するためである。」([111])
 「動物倫理を不具にする企図は、健常者中心主義がいかに種差別主義に加担しているかを明らかにするのと同時に、健常者中心主義がいかに動物権のコミニュティに浸透しているかを検討する試みをもともなう。たとえば、人間の健康に焦点を定めたヴィーガン・キャンペーンにおいて、障害はいつも恐怖を煽る比喩として用いられる。なかでも最悪の例が」(112)牛乳を飲む→自閉症 112
 このような排除と慈善の歴史ゆえに、「声なきものたちのための声」になろうとする動物擁護家の後見人のような口調を好ましく思えない障害運動家もいることは、十分理解できる話だ。例えば、スティーブン・ドレイクはこのように語る。「動物権擁護は、人間と動物の相互関係を位置づけるべき一連の原理を定義および擁護することによって機能する大義だ。けれども△116 このことを要求するのは動物たち自身ではない……〔動物権の〕擁護家および運動家たちこそ、動物に対する権利擁護の言葉を定義できるのであって、かれらは決して、動物たちについて自分たちが誤って理解しているのではないかとか、動物たちが自分について自分で語りたいのではないかといったことについて、心を悩ませる必要はないのだ」※。
 ドレイクの指摘は動物擁護運動に対する批判としてはありふれたものだ。作家およびジャーナリストのマイケル・ボーランもまた、類似した点を『雑食動物のジレンマ――ある四つの食事の自然史』において提起している。いったい運動家にどうやって動物の望みがわかるというんだ? 動物のために語るのは、単に恩着せがましく温情主義的なパラダイムを強化するだけだ。けれども、ドレイクとボーランの議論における問題は、〔二人のように〕動物を利用し搾取する人びとは、動物たちのためにいっそう破壊的なかずかずの選択をしているということだ――動物を投獄と死に至らせる、そうした選択を、だ。動物が利用される実質的にあらゆる環境において、動物たちには、その檻から抜け出したり、屠殺されるのではない生を選ぶ能力も、〔そのための〕自由も与えられてはいないのだ。
 ドレイクとポーランはまた、動物たちは人間に自分の望みを伝えていないとする点でも間違っている。ロイの言葉、すなわち「選択的に傾聴されない」というのがずっと妥当だ。動物たちは、絶えずみずからの選好について声をあげ、自由を要求している。痛みで叫び声をあげるとき、あるいは突き棒、電撃棒、ナイフ、そしてスタンガンから逃れようとするとき、かれ△117 らは日々、わたしたちに語りかけているのだ。動物たちは、檻の外に出たいと、家族と再び出会いたいと、あるいは死が待ち構えているシュットには行きたくないと、わたしたちに絶えず訴えかけている。」(Taylor[2017=2020:116-118])

※Pollan, Michael 2006 The Omnivore's Dilemma, Penguin Books, 450p.=20091105 ラッセル秀子訳,『雑食動物のジレンマ――ある4つの食事の自然史 (上・下)』,東洋経済新報社,302+302p. ISBN-10:4492043527 ISBN-13:978-4492043523 [amazon][kinokuniya]・ISBN-10:4492043535 ISBN-13:978-4492043530 [amazon][kinokuniya]
 「動物が自分の解放を求めて行動を起こすことができ、また実際にそうしてきたという事実にはまた、驚くほどたくさんの証拠がある。」(Taylor[2017=2020:118])
 ★「限界事例からの論証」([125])
 ★デリダ([157-158])
 6 動物とは何か?
 7 覚えていたチンパンジー

3 わたしは動物だ
 8 猿みたいに歩く子
 9 動物侮辱
 10 動物を主張する

4 すべて自然だ
 11 生まれながらのフリーク
 12 あらゆる動物は平等だ(だがもっと平等な動物もいる)
「もしシンガーが、感覚力にもとづいた平等な配慮の原則という、もっと単純な論旨で議論を終えていたならば、『動物の解放』は並外れて反健常者主義的な本になっていただろう。彼は、認知能力を特定の存在の価値を測る尺度として用いることの危険性に警鐘を鳴らす議論△215 を展開することもできたのだ。だが、シンガーはそうしなかった。感覚力に焦点を合わせたにもかかわらず、彼は最終的には、人格の裁定者としての理性に再び王座を譲り渡す。完全な人格をもった生は、そうでない生よりも価値があると主張することによってだ――完全な人格を有する生の場合は、死ぬと頓挫してしまう利害関係および欲望があるが、人格を欠いた生の場合には、そんな欲望や利害関係そのものをもつことができないからだ。シンガーは種はいう壁に果敢に挑んでいるにもかかわらず――ここで人間と非人間を分かつ線は彼にとって道徳的に重要ではない――このような主張は、特定の力量をもつことのない動物たちに対して、明らかに好ましくない帰結をもたらす。これはまた、知的障害者にも間違いなく悪影響を及ぼす。こういった枠組みのなかでは、このような人びとは不可避的に、より価値の小さい存在として判断され、カテゴリー化されてしまうからだ。」(Taylor[2017=2020:215-216])
 13 新たな団欒に向けて
 14 肉の浪漫化
 15 肉という天災

5 相互依存
 16 必要の衡突
 17 種と能力を超えるケア
サービス・ドッグ

 「二〇一二年にシンガーがバークレーを訪れた際、私は彼と直接出会う機会を得た。子ど△223も頃に憧れていた人物と面を向かって話をするのは、アンビバレントな経験だった。とりわけ彼は非常に親切で楽しく対話する術を心得ている人だったからだ。ジョンソンでさえ、立場上の違いとは裏腹にシンガーのことが気に入ったと語ったほどだ★20。
 […]
 会話がかなりつづいてから、わたしはついに、長年彼に聞いてみたかった質問を投じた――ピーター・シンガーは、障害が社会と個人に及ぼす肯定的効果が少しでもあると考えてるのか?[…]
 わたしの質問に興味をそそらろた様子のシンガーは、こう答えた――自分の考えでは、一個人の次元で、あらゆる人は克服すべき障害が必要であり、こうして難題に立ち向かうことが人格を高め、満足感を与えることもあると。そしてもしかすると、障害のなかにはこのようにし△224て充足感を与えるものものあるかもしれなと。けれどもシンガーは、障害が社会一般に及ぼす肯定的効果にかんしては、認めるのにより消極的だった。[…]△225  「あなたやあなたの子どもの障害を治癒する、たった二ドルで副作用も皆無であることが保証された錠剤を誰かがくれるとしても、あなたはそれを飲まないということですか」、と。[…]「さて、どうでしょうか。親のほとんどはその錠剤を使いたがるでしょうけど、大部分の障害者自身は使わないと思いますよ」。わたしは自信たっぷりに答えた。/「というかとは、あなたは使わないんですか?」明らかにシンガーは仰天していた。」([223-226])

■言及

◆立岩 真也 2022/**/** 
『人命の特別を言わず/言う』,筑摩書房


*頁作成:安田 智博立岩 真也
UP: 20201019 REV: 1029, 20210923, 1213
殺生  ◇障害学(Disability Studies)  ◇動物実験 Animal Experiment  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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