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『反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー』

Scott, James C. 2017 Against the Grain: A Deep History of the Earlest States, Yale Uinversity Press=20191219 立木勝訳,みすず書房,312p.

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last update: 20220802


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■Scott, James C. 2017 Against the Grain: A Deep History of the Earlest States, Yale University Press=20191219 立木勝訳,『反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー』,みすず書房,312p. ISBN-10:4622088657 ISBN-13:978-4622088653 [amazon][kinokuniya]
 *ジェームズ・C・スコット

内容(「BOOK」データベースより)
豊かな採集生活を謳歌した「野蛮人」は、いかにして古代国家に家畜化されたのか。農業革命についての常識を覆す、『Economist』誌ベスト歴史書2019。
著者について
ジェームズ・C・スコット(James C. Scott)
1936年生まれ。イェール大学政治学部・人類学部教授。全米芸術科学アカデミー
のフェローであり、自宅で農業・養蜂も営む。東南アジアをフィールドに、地主
や国家の権力に対する農民の日常的抵抗論を学問的に展開した。ウィリアムズ大
学を卒業後、1967年にイエール大学より政治学の博士号を取得。ウィスコンシン
大学マディソン校政治学部助教授を経て、1976年より現職。2010年には、第21
回福岡アジア文化賞を受賞。著書『ゾミア――脱国家の世界史』(佐藤仁監訳、み
すず書房)ほか。

立木勝(たちき・まさる)
翻訳家。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
スコット,ジェームズ・C.
1936年生まれ。イェール大学政治学部・人類学部教授。農村研究プログラム主宰。全米芸術科学アカデミーのフェローであり、自宅で農業、養蜂も営む。東南アジアをフィールドに、地主や国家の権力に対する農民の日常的抵抗論を学問的に展開した。ウィリアムズ大学を卒業後、1967年にイェール大学より政治学の博士号を取得。ウィスコンシン大学マディソン校政治学部助教授を経て、1976年より現職。第21回(2010年)福岡アジア文化賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

■引用

 「わたしたちの家畜化
 わたしたちは種としての自分たちを、飼い馴らしの物語の「行為主体」として見がちだ。わたしたちがコムギやコメを作物化し、ヒツジやブタやヤギを家畜化してきたのだ、と。しかしほんの少し角度を変えて見てみれば、家畜化されたのはわたしたちの方だともいえる。作家のマイケ一・ポーランは、庭いじりをしていて突然、忘れがたい瞬間に、この見方が閃いたと記している。ジャガイモが元気よく育っている周囲の雑△081 草を抜き、鍬で士を掘りながら、ふと、知らないうちに自分がジャガイモの奴隷になっているように思えてたのだという。自分はここで、手をつき膝をつき、来る日も来る日も、雑草を抜いたり、肥料をやったり、絡んだ蔓をほどいたりと、あれこれ守ってやりながら、周囲の環境を、ジャガイモという植物が期待するユートピアに作り変えてやっている。この角度から見たとき、誰が誰の命令を実行しくいるのかは、ほとんど形而上学上の問題だ。作物化した植物がわたしたちの助けなしに繁栄できないのだとすれば、わたしたちもまったく同じように、種としての生き残りを一握りの栽培品種に依存してしまっているではないだろうか。
 動物の家畜化についても、ほぼ同じ視点で見ることができる。誰が誰に奉仕しくいるのかは単純な問題ではないが、ウシをはじめとする家畜動物は、育てられ、牧場に導かれ、飼い葉を与えられ、保護されている。エヴァンス=プリチャードは、究極の遊牧民族であるヌエル族に関する有名なモノグラフで、ポーランがジャガイモについて抱いたのと同じ洞察を、アエル族と家畜について抱いている。

 ヌエル族はウシの寄生虫ではないかといわれている。しかし同じ強さで、ウシがヌエル族の寄生虫なのだとも言えるだろう。ヌエル族の生活はウシの福祉を確保するために費やされている。ウシが居心地よく過ごせるように、小屋を造り、火を熾し、囲いを掃除する。ウシの健康のために、村から野営地へ、野営地から野営地へ、そしてまた野営地から村へと移動する。野生動物を寄せ付けないように保護してやる。装身具で飾ってやる。ウシは、ヌエル族の献身のおかげで、のんびり、だらだら、のろのろと一生を過ごしている。

 読者はこの思考の道筋に異議を唱えるかもしれない。事実を見れば、最後にはポーランはジャガイモを食べ、ヌエル族はウシを食べている(交易し、交換し、皮をなめしている)ではないか、と。たしかに最終的な処△遇について疑いの余地はない。しかしそれだけでは、生きくいるあいだのジャガイモやウシが、その健康と安全を守るための細やかな、骨の折れる作業の対象になっていたという事実を見過ごしにしてしまう。
 というわけで、わたしたちの脳と辺縁系が家畜化によってどう形作られたかという大きな疑問についてはまだ決定的なことは言えないが、後期新石器時代の生活が、飼い馴らされた動植物との関係によってどう形されてをたかについては、それなりのことが言える。」


■書評・紹介・言及

◆立岩 真也 2022/12/20 『人命の特別を言わず*言う』,筑摩書房

★09 「人類と家畜とか、家畜(化)の歴史といったものを人は好むようで、そこそこの数の本があるようだ。また、人が人のために動物を家畜化していったというのだが、そんなことをしている人間自身が家畜のようになってきていることが、いくらか嘆かれながら、言われる。以下のような書籍があった。 『ペット化する現代人――自己家畜化論から』(小原秀雄・羽仁進[1995])、『人類の自己家畜化と現代』(尾本恵市編[2002])、『家畜の文化』(秋篠宮文仁・林良博編[2009])、『家畜化という進化――人間はいかに動物を変えたか』(Francis, Richard C.[2015=2019])、『善と悪のパラドックス――ヒトの進化と〈自己家畜化〉の歴史』(Wrangham, Richard[2019=2020]),『ヒトは〈家畜化〉して進化した――私たちはなぜ寛容で残酷な生き物になったのか』(Hare, Brian & Woods, Vanessa[2020=2022])。また本の題にはその語はないが『反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー』(Scott, James C.[2017=]2019)でも「自己家畜化」について記される。ペットについてはさらに夥しい数の書籍ほかがあるだろうが、略す。
 家畜には食べられるための家畜がいる。それらは必ず殺されるのだが、殺されるまで――殺されるだけの大きさにされるまでの無理やりなことがなされ、命を短くされていることが批判されるのだが――は生きており、餌が――それがひどいものであると批判されるのだが――与えられる。野生でいるのと比べてどうかといった問いが、その問いが成立するのかという問いとともに、ある。それを人が考える時に、例えば飼いならされた生よリも野生を、といった選好が介在することはあるだろう。」


*作成:立岩 真也 
UP: 20220803 REV:20221229
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