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『顧みられない熱帯病と国際協力――ブルーリ潰瘍支援における小規模NGOのアプローチ』

新山 智基 20140910 学文社, 178p.
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last update:20151218

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『顧みられない熱帯病と国際協力』表紙画像


新山 智基  20140910 『顧みられない熱帯病と国際協力――ブルーリ潰瘍支援における小規模NGOのアプローチ』,学文社,178p. ISBN-10:4762024732 ISBN-13:978-4762024733 4104 [amazon][kinokuniya]

出版社HP(学文社):http://www.gakubunsha.com/book/b241970.html

*本書は、「独立行政法人日本学術振興会 平成26年度科学研究費助成事業(科学研究費補助金・研究成果公開促進費)課題番号:265277」の助成を受けて刊行された書籍です。

■内容

内容(学文社HPより)
顧みられない熱帯病のひとつであるブルーリ潰瘍を素材とし、感染症に対する地球規模での取組み(国際協力)の現状とグローバルな感染症対策ネットワークの構築可能性について明らかにする。
加速する人的移動のグローバル化や温暖化問題による熱帯地域の拡大は、熱帯病の流行を招く恐れがある。
全人類の問題に対し地域レベルから世界レベルに至るまでどのような取り組みが必要か、ブルーリ潰瘍を取り上げることで、ネットワークの構築や医療と教育・生活全般にわたる総合的(包括的)支援のあり方を考察する手がかりとする。
多層的な国際支援ネットワークの構築という視角から、小規模NGOの可能性とその実行可能性条件を理論的・実践的に解明。

■目次

序章
第1章 感染症(熱帯病)を取り巻く議論と国際的な対策
 1 熱帯風土病のグローバル化
   (1) グローバル化と感染症
   (2) 環境問題と感染症
 2 WHOによる「顧みられない熱帯病」概念の提起
   (1) 顧みられない熱帯病とは
   (2) 共通の特徴
   (3) ミレニアム開発目標との関わり
 3 感染症をめぐる国際協力とNGO
   (1) 感染症をめぐる国際協力
   (2) NGOの関わり
   (3) ネットワーク構築の意義
第2章 ブルーリ潰瘍の現状と取り組み
 1 ブルーリ潰瘍の歴史と医学的現状
 2 WHOとブルーリ潰瘍イニシアティブ会議
 3 感染流行地域の社会事情とブルーリ潰瘍の現状
   (1) 西アフリカ地域の概観
   (2) ガーナ共和国
   (3) ベナン共和国
   (4) トーゴ共和国
 4 ブルーリ潰瘍問題におけるNGOの位置と役割
第3章 感染地域の社会経済的問題とWHOの医療中心型援助の限界
 1 国際医療機関としてのWHO
 2 ブルーリ潰瘍をめぐるWHOの動向
 3 WHO援助の限界
 4 社会経済的問題
 5 医療従事者の都会集中と頭脳流出
第4章 神戸国際大学ブルーリ潰瘍問題支援プロジェクト(Project SCOBU)の役割
 1 支援に至るまでのプロセス
 2 支援活動の具体例
   (1) 医療的な分野を超えた支援
   (2) 教育的な視点からの支援
 3 Project SCOBUの活動分析
 4 小規模NGO支援の可能性
   (1) 小規模NGOの特徴
   (2) 資源の効果的活用
第5章 感染症対策ネットワークの構築可能性:ブルーリ潰瘍問題からの模索
 1 ブルーリ潰瘍の連携モデル
   (1) WHO、政府、WHOの役割
   (2) 連携モデル:ガーナ・ベナン型とトーゴ型
 2 感染症対策ネットワークの構築と小規模NGOの役割
終章
参考文献
参考資料
写真でみるアフリカ
初出一覧
あとがき

■関連情報

現在、顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases)は17の疾病が対象となっている。対象となっている疾病は以下の通りである。

 ・Buruli ulcer  ブルーリ潰瘍
 ・Chagas disease  シャガス病
 ・Cysticercosis  嚢虫症
 ・Dengue/dengue haemorrhagic fever  デング熱
 ・Dracunculiasis (guinea-worm disease)  ギニア虫症(メジナ虫症)
 ・Echinococcosis  包虫症
 ・Endemic treponematoses (yaws, pinta, endemic syphilis…)  トレポネーマ症
 ・Foodborne trematode infections  食物媒介吸虫類感染症
 ・Human african trypanosomiasis  アフリカ睡眠病
 ・Leishmaniasis  リーシュマニア症
 ・Leprosy  ハンセン病
 ・Lymphatic filariasis  フィラリア病
 ・Onchocerciasis  オンコセルカ症
 ・Rabies  狂犬病
 ・Schistosomiasis  住血吸虫症
 ・Soil-transmitted helminthiasis  土壌伝播寄生虫症
 ・Trachoma  トラコーマ

■引用

■書評・紹介

・下村 雄紀 「≪書評≫ 新山智基著(2014)『顧みられない熱帯病と国際協力:ブルーリ潰瘍支援における小規模NGOのアプローチ』学文社」『神戸国際大学紀要』 神戸国際大学学術研究会 第89号 pp.39-40 2015年12月18日
・浜田 明範 「≪書評≫『顧みられない熱帯病と国際協力―ブルーリ潰瘍支援における小規模NGOのアプローチ―(新山智基著、学文社)』」『アフリカ研究』 日本アフリカ学会 第88号 pp.53-55 2015年12月31日

■言及

■関連企画

・「顧みられない熱帯病と医療支援の実態:西アフリカの事例」 日本アフリカ学会関西支部 2014年度第1回例会 於:神戸大学 2014年11月1日

■著者関連書籍・論文等のページ

・新山 智基 『世界を動かしたアフリカのHIV陽性者運動――生存の視座から』 生活書院 2011年12月1日[amazon][kinokuniya]
・新山 智基 顧みられない熱帯病・ブルーリ潰瘍問題調査(2009年度)
・新山 智基 「グローバリゼーションと顧みられない熱帯病」 Multiculturalism and Social Justice Working Paper Series, No.6, 2008年
・新山 智基 「顧みられない熱帯病・ブルーリ潰瘍問題における医療NGOの展開――市民社会を手掛かりとして」『生存学』 立命館大学生存学研究センター 第2号 pp.238-248 2010年3月20日
・新山 智基 「トーゴ共和国における顧みられない熱帯病・ブルーリ潰瘍と国際協力」『日本ハンセン病学会雑誌』 日本ハンセン病学会 第82巻第3号 pp.99-105 2013年12月25日
・新山 智基 「アフリカ医療・感染症レポート――三大感染症・顧みられない熱帯病・エボラ出血熱を知る」新山智基編『アフリカの病・医療・障害の現場から――アフリカセミナー『目の前のアフリカ』での活動を通じて(生存学研究センター報告23)』立命館大学生存学研究センター Vol.23 pp.68-97 2015年3月25日
・新山 智基 「顧みられない熱帯病対策の動向:日本およびグローバルな視点から(研究ノート)」『神戸国際大学紀要』 神戸国際大学学術研究会 第89号 pp.25-38 2015年12月18日



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■序章(全文公開)


 本書の目的は、「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases)」のひとつである「ブルーリ潰瘍(Buruli ulcer)」を素材とし、感染症に対する地球規模での取り組み(国際協力)の現状とグローバルな感染症対策ネットワークの構築可能性について明らかにしていくことである。

 人類の歴史は感染症との闘いの歴史ともいわれている。かつてハンセン病、コレラ、梅毒などは、戦争や商業活動のために広範囲に移動するようになった人間とともに感染地域を拡大してきた。とくに、地球規模の産業発展や開発に拍車が掛かった20世紀後半になると、エイズやSARSのように、それまで地域的に封じ込められていた一定地域内の疾病(風土病)が感染症として地域外にも脅威をもたらすまでになった。世界保健機関 (World Health Organization:WHO) の報告書(“Strategic and technical meeting on intensified control of neglected tropical diseases: A renewed effort to combat entrenched communicable diseases of the poor” A report of an international workshop 2006)で指摘されているように、とくに熱帯での感染症(いわゆる熱帯病)が驚異的な猛威をふるっていることは明らかであり、その危険性については、近年、報道等でも注目され、世界的な対策の重要性が認識されはじめてきた。例えば、2007年にはアメリカ合衆国のブッシュ政権もHIV/AIDS対策費の増額を連邦議会に呼びかけるまでになっている。しかし、実際に対策がとられているのは世界で流行している感染症のごく一部に過ぎず、その多くは手付かずのままである。本研究で取り上げるブルーリ潰瘍も注目されることがなかった熱帯病感染症、すなわち「顧みられない熱帯病」のひとつとして、十数年前から一部の専門家によって問題提起がなされてきたものである。

 顧みられない熱帯病対策の特徴は、Neglected Tropical Diseases, Hidden successes, Emerging opportunities(World Health Organization、2006)で示されているように医学的問題に留まらないところにある。緊急の対応を迫られている地域がサブサハラ(サハラ以南アフリカ)のような熱帯貧困地帯に多く、インフラが十分に整っていないことも問題を複雑化させている。都市部ではある程度の対応ができる感染症でも、地方部では公衆衛生のネットワークの鍵となる保健所の配置さえも不十分で、交通網の整っていないことも相まって、健康・栄養面での指導も困難を極めている。すなわち、開発途上国特有の社会経済的問題が感染症への効果的対応を遅延させる重要な要因となっているのである。つまり、この問題へは社会・経済的要因に加え、歴史的、研究開発的、文化的、政治的、自然環境・生活環境要因など多岐にわたる問題が複雑に絡んでいるため、これらに配慮した対策が必要とされているのである。

 国際連合は、こうした世界的な諸問題の解決に向けての取り組みとして、2015年までに一定の数値目標を達成することを目標とした「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals)」を採択した。これには、貧困や教育、また感染症の分野などが取り組みの対象として挙げられ、「顧みられない熱帯病」も含まれている。ミレニアム開発目標を達成するためには、政府や国際機関だけでなく、国際NGOのような支援団体の協力が不可欠となっている。政治・政策的に介入しにくく、対応が遅れてしまいがちな分野での国際NGOの活動の重要性は開発途上国地域において著しく、今やNGO無しでは国際社会が要請する包括的な支援を実現することは不可能となっているのである。

 とはいえ、NGO/NPOが提供できる支援は、対象や支援の規模において限定的であることも事実である。個々の支援団体が熱帯病対策に必要な多岐にわたるニーズに応えることは難しい。NGO/NPOに期待すべきことは、むしろ、複数の異なる特徴をもつ支援団体が国際機関や被支援国家の政府の協力を得ながら、最も効果的な支援を実現することではないだろうか。

 このような問題関心から、本書では次の5つの構成となっている。第1章では、グローバルな感染症対策ネットワークの構築可能性の論議に向け、先述したような感染症を取り巻く状況やミレニアム開発目標などの動向に加え、NGOの関わり、ネットワーク構築といった先行研究を検討する。例えば、1960年代以降確立していく発展途上国に対する国際的な援助は、デビット・コーテン(David Korten)にみられるような問題認識や担い手、対象、支援期間などによるNGOの活動・発達段階理論や戦略理論を構築させた。

 また、顧みられない熱帯病が顧みられるようになったひとつのきっかけには、1980年代から1990年代にかけてのアフリカの民主化の動きが挙げられる。この時期には、開発援助や国際NGOなど、発展途上国を援助する傾向が高まった時期でもあり、多くの援助国のNGO活動が国や地域への社会・経済に与える影響は大きく(例えば、道路整備による流通網の拡大や上下水道、排水路などの整備による公衆衛生の向上など)、国家財政が乏しい地域では社会を担う(支える)存在となった。また、グローバル化の加速による交通網や通信網の発達は、今まで鎖されていた世界の実情を全世界に発信した。このことによって、今まで地域の問題として捉えられ、注目されていなかった問題が急速に世界に拡大・配信され、世界規模の問題として表面化していくのである。

 グローバルな感染症のなかでも、顧みられない熱帯病・ブルーリ潰瘍問題に焦点を当てて議論を展開し、ネットワークの構築と小規模NGOの役割を明らかにするために、上述した先行研究を考察することは必要不可欠である。

 第2章では、顧みられない熱帯病・ブルーリ潰瘍問題が抱える問題を明らかにすることである。現在、ブルーリ潰瘍は西アフリカ・中央アフリカ諸国、東南アジアなどの地域で、最低でも32の国や地域で流行しており、熱帯・亜熱帯地域を中心に発生が確認されている。発病すると、痛みのない丘疹と呼ばれる虫さされのような潰瘍が初期症状として現れ、これが広がると患部(手足に現れることが多い)の切断、あるいは切除の手術が必要となる。発病の原因となる病原菌は、マイコバクテリウム・アルセランスであることが解明されているが、感染源や感染経路はいまだ研究段階にあり、完全には解明されていない。

 加えて、支援ネットワークの構築には次のような問題もある。日本などの先進国では、国全体(各地域)が通信網や流通網がネットワーク化されており、全国どこへ行っても同じ情報・医療サービスを享受できる。しかし、アフリカなどの発展途上国では、各集落単位での孤立した特異な社会を形成しているケースが多く、それが情報や医療サービスの浸透を妨げる結果ともなっている。ブルーリ潰瘍の組織病理学の先駆者のひとりであるウェイン・M・マイヤーズ(Dr. Wayne M. Meyers)博士は、Tackling Two Global ScourgesU.S. Medicine Information Central, 2005)で、この問題を解く鍵が医学的な要素よりも既存する社会経済的問題の解決にあると示している。また、フランソワズ・ポーテール(Françoise Portaels)博士もBruli Ulcer (Mycobacteriology Unit, Institute of Tropical Medicine Antwerp)において同様の見解を示している。

 治療に関する研究は、現在、抗生物質の研究が進められ、早期に発見されたものは潰瘍が縮小することが研究段階で明らかとなっている。だが、感染による致死性は低いものの、発症した場合の自然治癒率が低いため、多くの症例は抗生物質を使用した場合でも、最終的には外科的治療法による患部の切除や切断に頼らざるを得ない状況である。

 発見を困難にさせている原因として、経済的・宗教的な理由で医療にかかれないことや、医師の知識不足からブルーリ潰瘍患者と特定できないこと、インフラの不整備から医療施設を利用できないなど多くの問題が点在している。また、医療を受けることができても、治療後には肉体的な障害や差別・偏見などの精神的な痛み、治療費の支払いが行えないなど、社会復帰を阻害しかねない多くの困難が待ち構えている。

 第3章では、第2章で明らかにする問題に対して、どのような対策・支援が実施されてきたのかを調査に基づき検討する。とくに、これまでブルーリ潰瘍問題に取り組んできた国際機関(WHO)、政府(被援助国)、NGOの3者を取り上げ、考察する。顧みられない熱帯病として位置づけられているブルーリ潰瘍問題への取り組みは、WHOをはじめ、(感染流行国の)政府、NGOが協同しながら、問題解決に向けた対策および研究が進められている。一連の活動が本格化したのは、1998年に医療専門家で構成されるグローバルブルーリ潰瘍イニシアティブ(Global Buruli Ulcer Initiative:GBUI)が設立されたことが契機となった。以降、1998年に採択されたヤムスクロ宣言(Yamoussoukro Declaration)や、2004年に世界保健総会(World Health Assembly)で採択された研究と治療の確立を加速させるための決議(WHA57.1)(注1)、そして、2009年3月にベナン共和国(以降、ベナンとする)開催の国際会議で採択されたコトヌー宣言(Cotonou Declaration)に至る10年間の成果が挙げられる。

 この間、WHOのリーダーシップの下で、流行国現地での実際の支援活動はNGOなどの各国の支援団体が行い、重要な役割を果たしてきた。アネスヴァッド財団(ANESVAD Foundation、スペイン)や日本財団をはじめとするGBUI設立当初から国際会議の運営や流行国政府のブルーリ潰瘍対策プログラム(National Buruli Ulcer Control Programme:NBUCP)全体に関わるマクロ規模の支援に携わる団体から、罹患者の治療、治癒後の個別支援に携わるミクロ規模の支援団体が存在する。

 ブルーリ潰瘍問題もNGOの協力を得て、ここ15年の間に徐々にその存在と脅威が認知されるようになった。例えば、ガーナ共和国(以降、ガーナとする)では、GBUI発足当初から積極的な助言を受け、NGOの資金提供によって、現在では国家的な保健システムのひとつとしてNBUCPが確立しつつある。このように医療NGOの支援事例として、ガーナなどのブルーリ潰瘍問題を取り上げながら、支援の実態やNGOの役割を明らかにする。

 第4章では、支援団体のなかでも日本で数少ないブルーリ潰瘍支援団体である「神戸国際大学ブルーリ潰瘍問題支援プロジェクト(以降、Project SCOBU:Save the Children from Buruli Ulcerとする)」(注2)を取り上げる。Project SCOBUは、小規模NGOでありながら、現在までにガーナ、ベナン、トーゴ共和国、コートジボワール共和国、カメルーン共和国(以降、トーゴ、コートジボワール、カメルーンとする)などの西アフリカ地域を中心として、施設建設補助から罹病した子どもの教育に至るまでの多様な視点から包括的な支援を提供している。

 Project SCOBUの活動のなかで特徴的なものとして、ガーナやトーゴ、ベナンへの支援がある。ガーナでは洗濯機寄付などの支援を行っている。現地では巡回診療が主になっているため、携帯用の器具が必要であるが、ガーナの病院(アフリカの多くの病院)では包帯等が不足しており、包帯は手洗いなどによって再利用されている。そのため、清潔さや時間の効率化などを考えると、包帯を再利用するためには専用の洗濯機が必要とされていた。ところが、政府等の公的な支援は医療品等の直接的なものに限られるため、医療関連周辺の支援まで行き届かない。このようなことを考慮し、病院本来の機能を果たせるような支援として、洗濯機や巡回診療に必要な携帯用簡易外科セットの寄付など間接的な医療支援にも携わってきた。これは、支援対象を固定化していない国際支援団体が試験的に行うことで、より広義な支援の必要性と有効性を喚起した支援ケースである。このケースは、WHOブルーリ潰瘍対策専門家会議(WHO Annual Meeting on Buruli Ulcer)で発表され、WHOや他のNGOに大きな影響を与えることになった。

 また、ベナンへの「ブルーリ潰瘍こども教育基金」は、「ベナン共和国保健省ブルーリ潰瘍対策プログラム(Programme National de Lutte Contre l'Ulcere de Buruli)」へ基金提供を行い、ブルーリ潰瘍を含む感染症で入院を余儀なくされている子どもたちの病院内教育や治療後の就学復帰を支援するために用いられている。ブルーリ潰瘍は他の病気より治療費がかかるうえに、治療・入院中の食事をはじめとする身の回りの世話はその家族が行っているため、家族が負う経済的負担は大きい。そのことが、子どもたちが就学復帰する際の大きな足かせともなっている。また、ブルーリ潰瘍を患った子どもたちの多くは、手や足の機能になんらかの後遺症をもつことが多く、学校教育とともに機能訓練を受けることで将来の経済的自立を図る必要がある。これらの点に着目し、病院内教育とその延長上で障害となり得る修学復帰支援を実施している。

 さらにトーゴでは、ベナンと同様に「ブルーリ潰瘍こども教育基金」を実施し、加えて、早期発見・治療を実現できるように、フィールド・オペレーターと呼ばれる移動医療監視員(注3)への支援、理学療法技術支援プログラムや専門書の寄付などの支援を展開してきた。

 このような取り組みは、ブルーリ潰瘍や顧みられない熱帯病、また今後起こりうる感染症などの様々な問題に対して、小規模な非医療団体であっても必要かつ有効な国際支援活動を行えることを実証している。ブルーリ潰瘍問題へ取り組んでいる他の団体との大きな違いは、小規模NGOでありながら、医療分野だけでなく、教育や経済分野への援助を行っているところである。ブルーリ潰瘍問題は、その病状・病変がハンセン病と類似していたことから、ハンセン病に対する医療活動を行っていた多くの人々が、その研究や医療に関わってきた経緯がある。そのため、ほとんどの支援が医療分野に集中しているのである。

 WHOは、保健・医療を中心とした機関であるため、性質上、他分野への支援を実施することは困難といえるだろう。WHOがイニシアティブをとる報告書や国際会議においては、機関の性質上、医療・保健分野に特化した政策・対策が目立ち、他の分野への政策・対策を作成することは難しく、包括的なアプローチを実行することは困難である。WHOのブルーリ潰瘍に対する国際的な取り組みは、1998年から現在をみる限り、依然として医療を中心とする傾向がある。医療だけでなく、貧困や教育を含めた包括的なアプローチが必要であるというのはWHO自身の基本認識でもあったはずである。しかし、疾病の蔓延している現地では、医療分野だけでなく、その医療を受けるための資金、また治療後の就学問題など多くの問題が残されているため、このNGOが果たしている役割は大きい。

 とりわけ当プロジェクトが実践しているニーズや援助手段に関する情報収集・分析方法、当事者や他機関とのパートナーシップの形成方法に焦点を当てながら、小規模NGOの利点と役割に関して明らかにしていく。今後さらに拡大する恐れのあるブルーリ潰瘍問題や顧みられない熱帯病問題に対して、Project SCOBUのような小規模NGOがどのような形で展開することが可能なのか、その組織や活動のあり方をも考察していきたい。

 第5章では、以上のようなことを踏まえ、これからブルーリ潰瘍問題に対して、今後どのような形での支援を展開していくことが必要なのかを考察する。発展途上国(アフリカ)地域の個別性に配慮した多層的な国際支援(政府・国際機関・NGO(小規模NGO)をつなぐ)ネットワークの構築可能性を追求していくことで、ブルーリ潰瘍問題のみならず、他の顧みられない熱帯病や、今後拡大する恐れのある感染症(風土病・熱帯病)に対する普遍的なネットワークモデルを模索・構築することが目的である。ブルーリ潰瘍などの感染症に対して有効な対策をとるためには、アフリカ各国が抱える厳しい政治・経済・社会情勢に加えて、植民地支配時代の残響や多民族・多文化共生など地域の歴史的・文化的個別性に十分配慮した研究を実行していくことは急務である。実際にこのような地域での支援活動を通じて、各地域の個別的状況を明らかにしながら、また、国際機関、政府、NGOの3者の性質・性格、役割、問題点を明確にしながら、ネットワークの構築可能性を実証的に検討する。

 以上が本書の構成である。本書を書き上げるにあたっては、ブルーリ潰瘍や顧みられない熱帯病に関する既存の文献研究に加え、7度のアフリカへの現地調査(2006年3月ガーナ、2007年3月ベナン、2009年3月ガーナ・トーゴ、2010年3月トーゴ・ベナン、2011年8月ガーナ、2012年8月トーゴ、2013年8月トーゴ)を通じて、ブルーリ潰瘍の実態とNGO活動の実状把握に努めた。調査では、WHOの医療ガイドラインの分析やWHOの担当者また流行地の政府担当者・地方政府担当者へのインタビュー、現地の病院訪問、集落調査などを実施している。

 また7度、ブルーリ潰瘍の国際会議であるWHOブルーリ潰瘍対策専門家会議への参加・報告を通して、WHOの感染症部門ブルーリ潰瘍問題主任(Coordinator, the Global Buruli ulcer Initiative, Communicable Diseases)であるキンスリィ・アシエドゥ(Kingsley Asiedu)博士や当時ベナン厚生省の担当官であったクリスチャン・ジョンソン(Christian Johnson)博士と交流する機会をもち、本書の基礎となるヒントを得ることができた。それは、異なる特徴をもつ支援団体が国際機関や被支援国家の政府の協力を得ながら、効果的な支援ネットワークを展望する手がかりともなった。また、日本で数少ないブルーリ潰瘍問題への支援活動を実施しているProject SCOBUの活動に密着しながら、研究を展開してきた。

 「顧みられない熱帯病」の問題は、潜在的な人類全体への脅威となる可能性が高い。現在、加速する人的移動のグローバル化や温暖化問題による熱帯地域の拡大は、熱帯病の流行を招く恐れがある。このような全人類の問題に対して、地域レベルから世界レベルに至るまでどのような取り組みが必要なのか、本研究では「顧みられない熱帯病」問題のひとつである「ブルーリ潰瘍」を取り上げることで、ネットワークの構築や医療と教育・生活全般にわたる総合的(包括的)支援のあり方を考察する手がかりとする。本研究は、国際機関、政府、NGOの3者の役割を明らかにし、評価・課題の分析を丹念に行うことで、様々な問題を抱えるアフリカ支援のひとつのモデルを提供することにある。モデルの中核には筆者自身が実践的に参加してきた小規模NGOが据えられる。本書の意義は、多層的な国際支援ネットワークの構築という視角から、小規模NGOの可能性とその実行可能性条件を理論的・実践的に解明する点にある。ブルーリ潰瘍問題は、発展途上国や熱帯地域に存在する特有の疾病ではなく、日本にも症例が確認されている疾病である。日本国内においては、2013年末現在までに47 件の症例(注4)が確認され、近年増加傾向にある。このように、全世界へと拡大する恐れのある潜在的な人類全体への脅威となる可能性が高い疾病に対して研究を進めていくことは重要であろう。


(注1)Resolution WHA57.1. Surveillance and control of Mycobacterium ulcerans disease (Buruli ulcer). In: Fifty-seventh World Health Assembly, Geneva, 17-22 May 2004. Resolutions and decisions, Annexes. Geneva, World Health Organization, 2004 (WHA57/2004/REC/1).
(注2)神戸国際大学ブルーリ潰瘍問題支援プロジェクトは、難病に苦しむアフリカの子どもたちを支援するために、1999年にキャンパスNGOとして発足し、その後今日に至るまで小規模ながら活発な活動を続けている。本プロジェクトについては、<http://www.kobe-kiu.ac.jp/~buruli/index.html>を参照のこと。
(注3)各地域・集落などを巡回し、病気を発見し治療を受けるように促すことや、啓発活動を通じて正しい知識・情報を提供する役目を担っている。
(注4)「国立感染症研究所」http://www.nih.go.jp/niid/ja/bu-m/1842-lrc/1692-buruli.html 2014年5月1日 閲覧・取得


*作成:新山 智基
UP: 20140903 REV:20140915, 1002, 1111,20151218
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