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『保守とは何か』

福田 恆存(つねあり) 浜崎 洋介 編 20131020 文藝春秋(文春学藝ライブラリー),395p.

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last update:20150824

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■福田 恆存(つねあり) 浜崎 洋介 編 20131020 『保守とは何か』,文藝春秋(文春学藝ライブラリー),395p.  ISBN-10: 4168130029 ISBN-13: 978-4168130021 1470+税  [amazon][kinokuniya]

■内容

人は「保守」的にしか生きられない。過去にたいする信頼の上に生きている人間に「見とほし」は必要ない。「自分が居るべきところに居るといふ実感」、 その宿命感だけが人生を支えている――。福田恆存(つねあり)の思想のエッセンスを凝縮したアンソロジー。

■著者略歴

1912(大正元)年、東京本郷に生れる。東京大学英文科卒業。中学教師、雑誌編集者、大学講師などを経て、文筆活動に入る。評論、劇作、翻訳の他、 チャタレイ裁判では特別弁護人を務め、自ら劇団「雲」(後に「昴」)を主宰し、国語の新かな、略字化には生涯を通じて抗した。 1956(昭和31)年、ハムレットの翻訳演出で芸術選奨文部大臣賞を受ける。1994(平成6)年、逝去。

■編者略歴

1978年生れ。文藝批評家。東京工業大学、日本大学非常勤講師。

■目次

I 「私」の限界
一匹と九十九匹と――ひとつの反時代的考察
近代の宿命
ロレンス I

II 「私」を超えるもの
民衆の生きかた
快楽と幸福
絶対者の役割

III 遅れてあること、見とほさないこと
私の保守主義観
伝統に対する心構――新潮版「日本文化研究」講座のために
言葉は教師である

IV 近代化への抵抗
世俗化に抗す
伝統技術保護に関し首相に訴ふ
偽善と感傷の国

V 生活すること、附合ふこと、味はふこと
消費ブームを論ず
附合ふといふ事
自然の教育
物を惜しむ心
生き甲斐といふ事――利己心のすすめ
続・生き甲斐といふ事――補足として
言論の空しさ

編者解説 「近代」と「伝統」との間で(浜崎 洋介)

■引用

III 遅れてあること、見とほさないこと

私の保守主義観

 私の生き方ないし考へ方の根本は保守的であるが、自分を保守主義者だとは考へない。革新派が改革主義を掲げるやうには、保守派は保守主義を奉じるべきでないと思ふからだ。 私の言ひたいことはそれに尽きる。
 普通、最初に保守主義といふものがあつて、それに対抗するものとして改革主義が生じたやうに思はれがちだが、それは間違つてゐる。なるほど、 昔から仕来りや掟を重んじ守る人はゐた。が、同時に、さういふものに縛られることを厭い、現状に不満を感じる人もゐたのである。ただどちらの場合も、 さういふ自分をあまり意識してはゐなかつただけの話だ。最初の自己意識は、言ひかへれば自分を遮る障碍物の発見は、まづ現状不満派に生じたのである。 革新派の方が仕来りや掟のうちに、そしてそれを守る人たちのうちに、自分の「敵」を発見した。
 先に自己を意識し「敵」を発見した方が、自分と対象との関係を、世界や歴史の中で自分の果す役割を、先んじて規定し説明しなければならない。 社会から閉めだされた自分を弁解し、>181>真理は自分の側にあることを証明して見せなければならない。かうして革新派の方が先にイデオロギーを必要とし、 改革主義の発生を見るのである。保守派は眼前に改革主義の火の手があがるのを見て始めて自分が保守派であることに気づく。 「敵」に攻撃されて始めて自分を敵視する「敵」の存在を確認する。武器の仕入れにかかるのはそれからである。したがつて、 保守主義はイデオロギーとして最初から遅れをとつてゐる。改革主義にたいしてつねに後手を引くように運命づけられてゐる。それは本来、消極的、反動的であるべきものであつて、 積極的にその先廻りをすべきではない。
 それは過去の保守主義だと言ふ人がゐるかもしれぬ。最近、英国保守党の「新保守主義」といふ本が飜訳出版された。 が、そこには別に新しい保守主義の宣言があるわけのものではない。保守主義とは昔からああいふものであつた。労働党の社会政策を取入れたからといつて、 それは新しい保守主義の誕生を意味するものではないし、労働党の先手を打つてゐるわけでもない。労働党や革新派がとくの昔に考へてゐたことを、 自分流に取入れただけのことである。
 保守主義とは昔からさういふものであつた。さうでないと思ふのは、保守派がつねに現状に満足し、現状の維持を欲してゐるといふ革新派の誤解である。 戦術的誤解でなければ希望的観測である。日本の保守党すら、明治以来今日に至るまで、たえず進歩と革新を考へてきた。その「業績」は欧米の革新政党などの及ぶところではない。 戦後の保守党でさへ、公平に言つて、掌中の一羽、あるいは半羽は与へてきた。なるほど未来の藪の中には何が隠れてゐるか解らない。が、革新派がいくらその不安を説いても、 保守党の人気は落ちない。革新派の人気が高ま>182>らぬことはなほさらである。保守党が国民大衆の犠牲において自分たち支配階級の利害しか考へず、 さういふ利己心から進歩や改革を欲しないのだといふ革新派の宣伝は、日本においても古すぎるし、効果もない。
 蟹は自分の甲羅に似せて穴を掘るといふが、人間は相手の甲羅に似せて穴を掘る。 日本の革新派は保守派の水準の低さを嘲笑ふ(あざわらう)がその水準は革新派の水準によつて定つた(さだまった)もので、軽々しくそれを笑ふことは出来ない。 革新派がさういふことに気づかぬかぎり、少く(すくなく)とも私は革新派を支持できない。もちろん、そのことは逆にも言へる。保守派の水準が低いために、 革新派の水準が低くなつたのだとも言へよう。が、それはさうも言へるといふだけの話で、さう言つてすませるべきではない。革新派の方が先に自己意識に目ざめるべきなのだ。 といふより、それが革新派の身上なのだ。
 進歩や改革にたいして洋の東西を問はず、保守派と革新派とが示す差異は、前者はただそれを「希望」してゐるだけなのに反して、 後者はそれを「義務」と心得るといふことにある。保守派にとつて「私的な慾望」に過ぎないものが革新派にとつては「公的な正義」になる。 進歩は人間のごく自然な「現実」でありまた広汎(くわうはん)な人間活動の「部分」であり「手段」であると一方は考へるのだが、他方はそれを最高の「価値」に祀りあげ、 それこそ生存の「全体」であり「目的」であると考へる。保守派は進歩といふことを自分の「生活感情」のうちに適当に位置づけておけばよいのだが、 革新派はそれを「世界観」に結びつけなければならない。
 要するに、最初に言つたやうに、保守派は進歩を欲する動機や気もちを、あるいはそれを欲>183>しない気もちを説明する必要がないのに反して、 革新派はそれをつねに説明して見せねばならない。世界を空間的にのみならず、過去から未来にわたつて整然と説明して見せねばならない。したがつて、 改革主義は合理主義の上に立たねばならないし、それに救ひを求めねばならないのだ。何かの改革が問題になったとき、保守派がそれを拒否する理由を説明できなくとも、 必ずしも不名誉ではないが、革新派が改革した方がいい理由、改革せねばならない理由を説明できぬのは不名誉である。政治の場合でも、一般国民が保守党にたいして、 より寛大である理由はそこにある。また革新党が相手のさういふ弱点を突いても、国民がついてこない理由はそこにある。
 保守派が合理的でないのは当然なのだ。むしろそれは合理的であつてはならぬ。保守派が進歩や改革を嫌うのは、あるいはほんの一部の変更をさへ億劫(おくくふ)に思ふのは、 その影響や結果に自信がもてないからだ。それに関するかぎり見す見す便利だと思つても、その一部を改めたため、他の部分に、 あるいは全体の総計としてどういふ不便を招くか見とほしがつかないからだ。保守派は見とほしをもつてはならない。人類の目的や歴史の方向に見とほしのもてぬことが、 ある種の人々を保守派にするのではなかつたか。世界や歴史についてだけではない。保守的な生き方、考へ方といふのは、主体である自己についても、 すべてが見出されてゐるという観念をしりぞけ、自分の知らぬ自分といふものを尊重することなのだ。
 さういふ本質論によって私は日本の保守党の無方策を弁護しようといふのではない。むしろ逆なのである。保守的な態度といふものはあつても、 保守主義などといふものはありえないこ>184>とを言ひたいのだ。保守派はその態度によつて人を納得させるべきであつて、イデオロギーによつて承服させるべきではないし、 またそんなことはできないはずである。おそらく革新派の攻勢にたいするあがきであらうが、最近、理論的にそれに対抗し、 保守主義を知識階級のなかに位置づけようとする動きが見られる。だが、保守派が保守主義をふりかざし、それを大義名分化したとき、それは反動になる。 大義名分は改革主義のものだ。もしそれが無ければ、保守派があるいは保守党が危殆(きたい)に瀕するといふのならば、 それは彼等が大義名分によつて隠さなければならぬ何かをもちはじめたといふことではないか。
 保守派は無智といはれようと、頑迷といはれようと、まづ素直で正直であればよい。知識階級の人気をとらうなどといふ知的虚栄心などは棄てるべきだ。常識に随ひ、 素手で行つて、それで倒れたなら、そのときは万事を革新派にゆづればよいではないか。
(「読書人」昭和三十四年六月十九日)
(pp.180-184)

■書評・紹介

■言及



*作成:北村 健太郎
UP: 20150824 REV:
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