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箱田徹 『フーコーの闘争――〈統治する主体〉の誕生』

 20130920 慶應義塾大学出版会,320p.
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■20130920 箱田 徹 『フーコーの闘争――〈統治する主体〉の誕生』,慶應義塾大学出版会,320p. ISBN-10: 4766420667 ISBN-13: 9784766420661 \2500+税 [amazon][kinokuniya] ※

『フーコーの闘争』表紙イメージ


■内容一覧


■内容紹介

「闘いのとどろきを聞かなければならない」 ミシェル・フーコー

 フーコーの権力論は1970年代半ば、『監視と処罰』と『知への意志』で頂点に達する。だが『狂気の歴史』に始まり、六八年五月を経て深化した、ラディカルな思索は、運動の退潮に伴い、権力と抵抗の二元論として受容された。闘争や抵抗は、その事実ではなく可能性のみが語られるようになった。しかしこの時期、フーコーの思索には新たな展開が生じていた。〈統治〉概念の導入を契機に、権力論が再構成され、倫理、自由、主体化、パレーシアの概念を軸に、独自の主体論が立ち上がる。そして〈統治〉する〈主体〉が姿を現す。
 後期フーコーは「権力があるところに、抵抗がある」には留まらない。権力関係を成立させる〈自由〉に賭けるのだ。自由を用いる統治する主体は、「主観的な」真理によって、自己と他者の振る舞いを導き、他者から導かれる。
 闘争とは、既存の導きのあり方を問い、導きの向きを変えることだ。それは絶えることのない、他者の導きへの叛乱であり、自己への反逆である。後期フーコーにおける生の美学、自己の倫理、自由の実践は、自己と他者への統治的なはたらきかけを指す。統治論が問うのは「いかにこのように統治されないか」である。現在性の哲学、現代統治性批判としてのフーコー思想は、この地点からこそ読まれるべきだ。

※出版社のページ:https://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766420661/

内容一覧

■目次

序 章 フーコー統治論をめぐる状況
 1 はじめに
 2 後期フーコーと統治論はいかに論じられてきたのか
 3 本書の構成

第1章 誘惑される権力――抵抗の先行性と不可能性をめぐって
 1 概念としての抵抗の不在
 2 監獄情報グループと〈耐えがたさ〉の政治性
 3 誘惑する権力―― 「汚辱に塗れた生」の権力論
 4 権力と抵抗から導きへ

第2章 規律訓練とエロスの技法――〈導き〉のキリスト教型権力モデル
 1 権力装置のタイポロジーとその特徴
 2 性の科学とエロスの技法――二つの真理モデルと二つの主体化
 3 エロスの技法と自己の主体化
 4 規律訓練権力論から〈導き〉へ
 5 性の科学とエロスの技法の不可分性から統治概念へ

第3章 司牧権力の系譜学――新自由主義批判から自己と他者の統治へ
 1 司牧権力概念の確立
 2 世俗的司牧権力としての国家理性論
 3 政治経済学の誕生と自由主義型統治性
 4 新自由主義の統治性――社会そのものに介入する統治
 5 統治分析の一般的射程

第4章 イスラーム的統治は存在しない――政治的霊性としての〈対抗導き〉
 1 「イラン革命」という出来事
 2 ジャーナリスト・フーコーのイラン情勢分析
 3 イスラーム的統治と政治的霊性
 4 〈対抗導き〉としてのイスラーム的統治
 5 イスラーム的統治は存在しない

第5章 用いる者と用いられるものは別である―― 一九八〇年代統治論の展開
 1 司牧から統治と導きへ
 2 統治実践としての自己への配慮――プラトン 『アルキビアデス』
 3 ヘレニズム哲学による〈倫理的な〉主体としての自己
 4 主体論と権力論の統合としての自己への配慮

終 章 抵抗と権力から統治する主体へ
 1 権力と主体の二元論から一元的な統治概念へ
 2 啓蒙による自己への反逆
 3 パレーシアの倫理的転回と倫理的政治

あとがき

参考文献

内容一覧

■書評など

◇2013年2月1日 図書新聞 書評

「後期フーコーの解釈において、新たな「闘争」の方向性を示す――主体の「自由」によってベクトルを逆転させるフーコー」
松葉祥一(哲学・倫理学)
http://www.toshoshimbun.jp/books_newspaper/

 フーコーは「使える」哲学者だった。権力者の姿を隠すことによってかえって被支配者の内面に強い拘束力を生み出すという「一望監視装置」モデルは、象徴天皇制の分析に最適だった。また、被支配者の告白によって「真理」を独占する「牧人司祭型権力」の概念は、管理社会批判に有用だった(特定秘密保護法の予示!)。「規律・訓練型権力」の概念も、学校・病院・国家の分析に不可欠であった。こうしてフーコーの権力分析は、一九七〇年代以後の反権力闘争にとって、なくてはならないツールだった。しかし、一九七六年の『性の歴史』第一巻出版から約一〇年間、フーコーは沈黙したように見えた(……)。

◇2013年12月8日 京都新聞 「新刊の本棚」

 二十世紀後半のフランスを代表する思想家ミシェル・フーコーの後期思想を「権力/抵抗」の二元論ではなく、「自己を導くと同時に他者を導く〈統治する主体〉」の概念から捉え直した。思想史研究の専門書だが、社会運動に新たな視座を示す「闘争の書」として読むこともできる。
 例えば著者は、フーコー統治論を現代社会の分析に使うことには否定的だ。「よりましな」統治の提示にとどまるから。そうではなく、統治=導きと読み替えて「いかに、このように統治されないか」を問うべきだという。それは、他者の統治に対する反乱であるとともに、既存の自己への反逆でもある。「闘争する主体」の誕生だ。
 立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員による初の単著。(慶應義塾大学出版会・2500円)

◇2013年10月27日 毎日新聞 「今週の本棚」

http://mainichi.jp/feature/news/20131027ddm015070034000c.html

今週の本棚・新刊:『フーコーの闘争 <統治する主体>の誕生』=箱田徹・著

毎日新聞 2013年10月27日 東京朝刊
(慶應義塾大学出版会・2625円)

 思想家、ミシェル・フーコーの権力論を、パリ五月革命など「68年」以後の政治経験の理論的到達点として描いた。著作が待たれてきた若手フーコー研究者による初の単著だ。
 たとえば、近年の脱原発運動を「国家や資本の権力対民衆の抵抗」的な素朴な枠組みに当てはめることはできよう。だがそれだけでは、社会変革の歴史的なダイナミズムは読み切れない。1970年代後半以降、フーコーは「統治」という概念を権力論に導入した。昔から人々は、国家などの権力を利用したり、その権力に取り込まれてきた。他方、革命など権力の意志からの逸脱や反作用も必ず生じてきた。本書の描くフーコーは、この総体を「権力と抵抗」の二元論ではなく、本来的に自由な主体それぞれが自他を統治し合い、互いの「真理」に導き合う動きの積み重ねだと、一元的かつ動的に理解する。日本の研究者らは、フーコー由来の概念を社会システムなどの堅固さを強調する文脈で使いがちだが、その正反対の議論とも言える。
 フーコーがイラン革命を取材し、解釈した例なども刺激的。社会運動関係者やジャーナリストにもヒントを与える本である。(生)

内容一覧

■関連企画


◇『フーコーの闘争』合評会(2014年1月11日、京都市中京区)

生の技法と統治する主体は、自由をどう使うのか?
箱田徹『フーコーの闘争――〈統治する主体〉の誕生』合評会

コメンテーター:
稲葉振一郎(明治学院大学)『リベラリズムの存在証明』、『「公共性」論』ほか
酒井隆史(大阪府立大学)『自由論』、『通天閣』ほか

日時:2014年1月11日(土) 14時〜17時(13時30分受付開始)
場所:立命館大学朱雀キャンパス203教室
 (JR・地下鉄「二条」駅徒歩2分、阪急「大宮」駅徒歩10分)
 http://www.ritsumei.jp/accessmap/accessmap_suzaku_j.html
※事前申し込み不要・参加費無料
※ご来場には公共交通機関をご利用ください。

 『フーコーの闘争――〈統治する主体〉の誕生』(慶應義塾大学出版会、2013年)は、ミシェル・フーコー(1926-1984)の思想について、1970年代半ば以降の「後期フーコー」と呼ばれる時期の展開を、「統治」の概念を軸に読み解く、意欲的な試みです。
 フーコーをめぐっては、権力と抵抗の図式の「行き詰まり」が議論される一方で、現代的な医学・生物学的管理への関心から、生政治や生権力という概念に注目が集まっています。
 後期フーコー思想は、現代の知的・社会的状況と向き合う上で、どのようなインパクトを持つのか?
 酒井隆史氏(大阪府立大学、社会思想史)と、稲葉振一郎氏(明治学院大学、社会倫理学者)をお迎えして、箱田氏の著作の合評会を行います。
みなさま是非ご参加ください。

主催:立命館大学生存学研究センター
問い合わせ先:立命館大学生存学研究センター事務局
TEL: 075-465-8475 FAX: 075-465-8245
E-mail: ars-vive [at] st.ritsumei.ac.jp

関連企画内容一覧

◇『フーコーの闘争』合評会(2013年12月16日、神戸市灘区)

日時:2013年12月16日(月) 17:00-19:30
場所:神戸大学鶴甲第1キャンパス(国際文化学部)
   A棟4階 中会議室(A403号室)

報告:箱田徹(立命館大学衣笠総合研究機構)
著書:『フーコーの闘争:〈統治する主体〉の誕生』(慶應義塾大学出版会、2013年)ほか
訳書:ジャック・ランシエール『アルチュセールの教え』(航思社、2013年、共訳)ほか

コメント: 松葉祥一(神戸市看護大学看護学部)
著書:『哲学的なものと政治的なもの――開かれた現象学のために』(青土社、2010年)ほか
訳書:ジャック・ランシエール『不和あるいは了解なき了解――政治の哲学は可能か』(インスクリプト、2005年、共訳)ほか

井上弘貴(神戸大学大学院国際文化学研究科)
著書:『ジョン・デューイとアメリカの責任』(木鐸社、2008年)ほか
訳書:J・ギャスティル、P・レヴィ―ン編『熟議民主主義ハンドブック』(現代人文社、2013年)ほか

問い合わせ先:上野成利 研究室ueno☆people.kobe-u.ac.jp
(送信の際は☆を半角の@に変えてください)

関連企画内容一覧

◇公開研究会「闘争、抵抗、絶望、真理――後期フーコーをめぐって」(2013年11月23日、神戸市中央区)

http://deauro.blogspot.jp/2013/11/20131123.html

報告者:
・廣瀬 純(龍谷大学、映画論・現代思想)
・佐藤嘉幸(筑波大学、哲学・思想史)
・箱田 徹(立命館大学、社会思想史)

日 時:2013年11月23日 15:10〜17:30
場 所:元町映画館 2F(神戸市中央区元町通4-1-12 )
    http://www.motoei.com/access.htm
最寄駅:JR・阪神「元町」、阪急神戸高速「花隈」、地下鉄海岸線「みなと元町」歩5分
※事前申込不要・入場無料
ビラのPDF版ダウンロード http://goo.gl/X0S9FV

 ミシェル・フーコー(1926-1984)の思想の今日性とは?
 1970年代半ばから1980年代にかけての10年あまりのあいだに、彼の思想が遂げた独自の展開を、どう捉えるべきだろうか。
 本研究会では、『フーコーの闘争:〈統治する主体〉の誕生』(慶應義塾大学出版会)を、この9月に上梓した箱田が、同書の内容を踏まえ、フーコー統治論を「真理ゲーム」の観点で考察する。
 『新自由主義と権力:フーコーから現在性の哲学へ』(人文書院)で、ネオリベラルな「環境介入型権力」の批判を行った佐藤は、後期フーコーの主題のひとつ、自己統治と抵抗の問いとの関わりを論じる。
 映画論でも知られる廣瀬は、近著『絶望論:革命的になることについて』(月曜社)のタイトルにも用いられた「絶望」と「革命的になること」の問いからフーコーを捉える。

主 催:文部科学省科学研究費(若手研究B)「真理の争いとアーカイヴ:ミシェル・フーコーの歴史研究に関する思想史的考察」(研究代表者:箱田徹)

cf. 「公開研究会:フーコーめぐり 神戸・元町映画館で箱田徹さんら」(毎日新聞 2013年11月14日 大阪夕刊)

 フランスの現代思想家、ミシェル・フーコー(1926〜84年)について議論する公開研究会「闘争、抵抗、絶望、真理 後期フーコーをめぐって」が、23日午後3時10分、神戸市中央区元町通4の元町映画館で開かれる。『フーコーの闘争』(慶応義塾大学出版会、2625円)を出した箱田徹・立命館大専門研究員のほか、佐藤嘉幸・筑波大准教授、広瀬純・龍谷大准教授が登壇する。

 フーコーらとその思想に影響を与えた社会運動との関係は、日本ではさほど注目されないが、箱田さんは、研究と並行して自らミャンマー民主化支援運動もする珍しい存在だ。申し込み不要。問い合わせは箱田さん。【鈴木英生】

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UP: 20130901  REV:20131003, 28, 1104, 25 20140203
身体×世界:関連書籍  ◇BOOK


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