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『福祉+αC 生活保護』

埋橋 孝文編 20130330 ミネルヴァ書房,277p.

last update: 20140613

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■埋橋 孝文編 20130330 『福祉+αC 生活保護』,ミネルヴァ書房,277p. ISBN-10: 4623065405 ISBN-13: 978-4623065400 ¥2800 [amazon][kinokuniya]

■内容(ミネルヴァ書房HPより)

「働くことが割に合う」社会の実現をめざして

2012年度に入って生活保護をめぐる議論と改革に向けた動きが活発化している。いままさに、生活困窮者の生活支援のあり方を見直し、社会保障制度の抜本的な再編が求められている。このような状況をふまえて、本書では経済的・政治的・社会的に注目される「生活保護」に対して、多面的なアプローチを試み、その現状と問題点を解明するとともに、今後の改革の方向性を提示する。

[ここがポイント]
・生活保護の不正受給の問題など関心が高まるなかで、タイムリーな一冊。
・国内だけではなく海外の事例も盛り込んでいる。

■目次

総論 生活保護をどのように捉えるべきか――本書のねらい [埋橋孝文]1-17

第T部 生活保護に分析のメスを入れる
 第1章 生活保護への四つの批判――研究からの反論 [阿部 彩]21-35
 第2章 生活保護改革論議の課題――法学の視点から [嶋田佳広]36-46
 第3章 公的扶助への社会学的接近――生活保護と家族モデル [菊池英明]47-54
 第4章 生活保護における社会福祉実践は、如何に可視化・評価されるのか [森川美絵]55-65
 第5章 生活保護の歴史を概観する――受給動向と雑誌記事から [岩永理恵]66-74
 第6章 「自立支援」による生活保護の変容とその課題 [桜井啓太]75-88

第U部 生活保護の受給者と行政の取り組みから考える
 第7章 生活保護世帯の家計・生活構造――母子世帯を中心に [室住眞麻子]91-108
 第8章 住宅困窮問題と生活保護および住宅政策 [小田川華子]109-120
 第9章 障害者の生活と生活保護制度 [山村りつ]121-133
 第10章 「食わせて寝かせる」から四〇年――救護施設と「最低基準」 [松木宏史]134-146
 第11章 医療ソーシャルワーカーが取り組む経済的相談――医療扶助を中心に [野村裕美]147-154
 第12章 「自立支援」は生活保護をどのように変革(転換)したか――希望をもって生きる釧路チャレンジを通じて [櫛部武俊]155-164
 第13章 何を考えてケースワークしているのか――反省も込めて [石橋和彦]166-176
 第14章 生活保護と就職困難者――埼玉県「生活保護受給者チャレンジ支援事業」のデータ分析 [四方理人]177-186

第V部 諸外国の経験を視野に入れる
 第15章 イギリスの公的扶助制度の展開と課題 [所 道彦]189-200
 第16章 フランスの公的扶助――ワークフェア・積極的連帯手当(RSA) [都留民子]201-213
 第17章 ドイツにおける最低生活保障制度――社会的扶助と求職者基礎保障を中心に [森 周子]214-223
 第18章 スウェーデンの社会扶助受給者像と今日的課題 [岩名(宮地)由佳] 224-233
 第19章 フィンランドの公的扶助制度と課題 [石川素子]234-243
 第20章 韓国の国民基礎生活保障制度――現状と問題、そしてその特徴 [金 成垣]244-257

文献案内 258
あとがき 270
索引

■書評・紹介


■言及


■引用

第1章 生活保護への四つの批判――研究からの反論 [阿部 彩]21-35

 1 四つの批判(21-22)

「なぜ、人びとはこれほどまでに生活保護を嫌うのか。その理由は、次の四つの意見に集約される。@生活保護の受給者がこれほど増えるはずはない。増加の背景には、不正受給や受給要件の甘さがあるではないか【受給者数の問題】。<0021
2 生活保護の受給者数は多すぎるのか(22-)

(1)生活保護の受給者は人口のどれほどになるのか(22)

「一つ目の批判は、生活保護の受給者数に関するものである。[…]被保護人員数は平成七年(一九九五)年の八八万人を最低とし、最新値である平成二四年(二〇一二)年三月には二一一万人となっている(平成二四年三月速報値。厚生労働省二〇一二)。この数値は確かに、データが始まる昭和二(一九五一)年以降」最高の値となっている。
 しかしながら、この数値はあくまでも人数を示しているのであり、人口が変化する中ではあまり意味をもたない。[…]全人口に占める生活保護受給者の割合は一・六五%(平成二四年三月速報値)であるが、これは一九五一年(二・四二%)から一九六五年(一・六五九%)に比べると低いので、「戦後最高」というのは間違いである。逆にいえば、一九六〇年代の急成長を迎えるまでは、日本においては現在以上の割合の人びとが生活保護を受給していたのである。」(阿部2013:22)

「年齢層別に見ると、保護率の一番高いのは七〇歳以上で二・三八%、次が六〇代で二・一三%である(国立社会保障・人口問題研究所HP)。保護率が最も低いのは二〇〜三九歳であり、一九九五年以降上昇しているものの、当該人口の〇・四七%である。保護率は、年齢と共に上昇し、四〇代では〇・九%、五〇代では一・四三%である。この現役年齢層の受給者の多くは母子世帯の母親と考えられるため、母子世帯でない勤労世代においては、生活保護を受給する人は極めて少ないことがわかる。」(阿部2013:22)

「生活保護の受給者を年齢層別にみると、七〇歳以上が二九・三%、六〇代が二二・六%と高齢者が過半数を占め、二〇歳未満の子どもが一五・二%となる(図2)。近年、生活保護の受給者に働く世代(現役世代)が増えているという印象があるが、二〇歳から五九歳の受給者は全体の三二・八%、三分の一に過ぎない。[…]生活保護が高齢者に偏った制度であることは変わりがない。」(阿部2013:22)

(2)受給率は高すぎるのか(22-24)

「とはいえ、1980年代以降、約三〇年間にわたって一%未満であった保護率が、一・六五%まで上昇したことは事実であり、受給者数二〇〇万人というのは、他の低所得者に対する制度、例え<0022<0023<ば、低所得の母子世帯に対する児童扶養手当の受給者数(一〇六万世帯)や雇用保険の受給者数(六五万人)に比べると大きな制度であることは間違いない(二〇一〇年度、国立社会保障・人口問題研究所HP)。」(阿部2013:22−24)

「この一・六五%という保護率は高すぎるのであろうか。
 この問に対する、明確な答えはない。保護率はあくまでも貧困率や世帯構造(頼れる家族がいるか)などの社会経済環境、その上に、どのような人に対して生活保護の門が開かれているかという運用や受給要件が重なった結果としての数値だからである。しかし、参考のために他の先進国諸国の公的扶助の需給率を見てみよう(表1)。」

「日本の生活保護制度は、生活に困窮する国民すべてを対象としているが、多くの国では、高齢者、障害者、求職者(失業者)、有子世帯、ひとり親世帯など、対象者が異なる制度が併存している。例えば、高齢者に対する制度は公的年金制度によって貧困の高齢者の生活保障(e.g.最低保障年金等)が行われている国においては、そもそも高齢者は公的扶助の対象とならない。対して、日本のように、公的年金が高齢者の最低生活を保証していない国においては、生活保護のような公的扶助制度がその役割を担っている。[…]多くの国では、日本の生活保護制度のように、一つの制度が生活費、住宅費、医療費などすべてをカバーするのではなく、それぞれ別々の制度が最低生活保障の一端を担う設計になっている。例えば、アメリカにおいては、表1にあげた食料補助プログラムは最低生活の食費だけをカバーしている[…]。
 […]日本は、公的扶助の国民に占める受給割合が極端に少なく、貧困率は高い。換言すると、一・六五%という受給率は決して驚くほど「高い」数値ではないのである。むしろ、この程度で留まっていることの方が「驚くべき」ことであろう。」(阿部2013:24)

(3)生活保護の水平的効率性と垂直的効率性(24-25)

「経済学においては、生活保護の水平的効率性と垂直的効率性を論じることがある(橘木 二〇〇〇)。水平的効率性とは、保護を受ける資格がある人のうち、どれほどの割<0024<合の人が実際に保護を受けているかという指標である。これは、一般的には「捕捉率」という指標である。垂直的効率性とは、保護を受けている人の中でどれほどの割合の人が保護を受ける資格があるのかという指標である。すなわち、水平的効率性と垂直性効率性の議論は、漏給と濫給の議論である。」(阿部2013:24-25)

「水平的効率性(捕捉率)を、完璧に測定することは不可能に近い。何故なら、ほどの受資格の有無を確実に測定するためには、所得はもとより、貯蓄や資産といった金銭的情報のみならず、労働能力の有無や扶養が可能な親族の有無など、保護認定の審査に関わる全ての情報を入手しなければならず、これを大規模調査で行うことは困難だからである。しかし、所得と貯蓄などの限られた情報をもとに捕捉率を測定した試みは存在する。厚生労働省自身が推計したものとしては、二つの公的調査を用いて三二・一%から八七・四%という大きく異る二つの数値がある(厚生労働省 二〇一〇)。この推計は、所得のほかにも、貯蓄額が最低生活費の一ヶ月未満であるなど、実際の保護行政の受給要件に近いものの、かなり厳しい条件をつけた推計となっている。研究者による推計は、古くは江口(一九九一)の金字塔的研究から、長い歴史がある。所得のみを用いたものが殆どであるが、近年の分析においては、概ね一〇%程度から二〇%の捕捉率を推計している(和田・木村 一九九八、駒村二〇〇〇、小川二〇〇〇、駒村二〇〇三、橘木・浦川二〇〇六)。」(阿部2013:25)

「垂直的効率性の推計は、捕捉率ほど問題視されていないこともあり、学術的にはごくわずかな検討しか行われていない。橘木(二〇〇〇)は、「貧困層への過剰移転額が限りなくゼロに近く」「貧困層への移転額は多くない」であろうと推測しており、「我が国の垂直的効率性はかなり高い」としている。制度が完璧に機能していたとすれば、漏給は不可能であるはずであり、垂直的効率性は一〇〇%であるはずである。しかし、実際には、所得や資産を隠したり、必要ではない医療サービスを受けるなど、いわゆる「不正受給」が発生していること確かである。不正受給の議論については、後に再度触れることとする。」(阿部2013:25)

(4)受給者が増加する理由は何か(25-26)

「しかしながら、国民の多くは生活保護受給者の増加を納得していないのが事実である。メディアにおいては、「派遣村」以降、制度の運用が「甘く」なったのではないか、受給するべきでない人が受給している、いわゆる「不正受給者」が増加しているのではないかなどと、さまざまな憶測が<0025<飛び交っている。ここでは、生活保護率の上昇の要因について考えてみよう。」(阿部2013:25-26)

「周・鈴木(二〇一二)は、生活保護率の変動を、このような景気循環に左右される部分と、そうでない部分に分解して、それぞれの傾向を分析している。用いられたデータは、一九六三年一月から二〇一二年一月までという長期の生活保護率の時系列データである。彼らは、生活保護率の前期からの差(増加または減少分)を景気循環による一時的要因(temporary component)と、それ以外の恒常的要因(oermanent component)に分解し、どちらの要因の方がより大きいかを検証している。恒常的要因とは、「リーマン・ショック以前から続く高齢化や離婚率増加、労働市場の非正規化の進展といった構造的要因や、リーマン・ショックを機に変更された政策。制度的要因」を<0026<指す(周・鈴木二〇一二:一九九)。この二つの要因の識別は重要である。なぜなら、生活保護率の上昇が一時的要因によって説明される部分が大きいのであれば、景気が回復すれば生活保護率は自ずと減少するはずであるからである。しかしながら、周・鈴木(二〇一二)の結果は、これと反対の結果を示している。すなわち、一九九六年三月以降の生活保護率の上昇は、一時的要因よりも恒常的要因によって説明される割合が大きい。[…]一九九五年以降の保護率の増加については、高齢化の影響が大きいと考えられる。Suzuki and Zhou(2007)においては、二〇〇四年までの上昇については高齢化の要因が大きいとの結果となっており、高齢化率のさらなる上昇を考慮すると、二〇〇四年以降も高齢化の影響が大きいことはほぼ間違いないであろう。実際に、年齢層別の被保護人員数を見ても、増加が最も著しいのは六〇歳代である(図4)。」(阿部2013:26-27)

3 生活保護の急増は財政破綻を招くのか(27-30)

(1)生活保護制度にはどれくらいお金がかかるのか(27-28)

「生活保護に関する第二の批判が、生活保護制度にかかる費用の財政への圧迫である。生活保護に費やされる実績総額は、二〇〇九(平成二一)年に三兆円を突破し、平成二四年度の予算案額は三・七兆円である。この数値だけを見ると、四兆円近い金額は途方もなく大きな費用と感じられる。[…]しかしながら、生活保護費の増加が、日本の財政破たんを招くという論説は、いささか飛躍している。」(阿部2013:27)

「まず、社会保障給付費に占める生活保護の大きさを確認しておこう。二〇〇九(平成二一)年における社会保障給付費は約100兆円、うち、生<0027<活保護は約三兆円である(国立社会保障・人口問題研究所 二〇一一)。すなわち、生活保護費は社会保障給付費の約三%に過ぎない(図5)。生活保護をいくら引き締めても、五〇兆円を越える年金や二九兆円の医療費(国立社会保障・人口問題研究所 二〇一一)にメスを入れない限り、社会保障給付費の膨張を止めることはできない。
 このように、国全体の財政規模から見ると、生活保護制度にかかる費用はさほど大きいわけではない。しかしながら、生活保護費の四分の一は地方自治体の負担となっており、特に高い保護率の地域を抱える自治体にとっては生活保護費が財政の大きな比率を占める費目となっている。例えば、自治体歳出に占める生活保護費の割合は、最も高かった東京都台東区では二〇%を超えている(平成一九年度、林 二〇一〇)。そのため、生活保護費の抑制は、自治体にとっては、ひとつの大きな課題であることは間違いない。」(阿部2013:27-28)

「生活保護にかかる費用がたとえ国にとっては小さいものだとしても、税金で賄われている以上、無駄があることは国民的感情では許され難いことである。生活保護費に関わる批判では、その大きさよりも、むしろ不正受給や過剰診療が問題視されている面もある。具体的には、受給する資格がない人が受給していること(例えば、財産や所得を隠して受給しているケースなど)や、所得収入の一部をケースワーカーから隠して所得認定をしないケース、必要でない医療サービスを受けている過剰医療のケースなどである。」(阿部:28)


 第3章 公的扶助への社会学的接近――生活保護と家族モデル [菊池英明]47-54

「そもそも、わが国の救貧制度の歴史を見ると、扶助(経済的給付)を通じて家族に介入することにより、労働や扶養がなされなくなることを危惧する「惰民養成論」がことあるごとに持ち出され<0047<てきた。そしてこのような背景のもと、制度から給付を受けることができずに困難に直面している人びとが大勢いる歴史も続いてきた。だとすれば、受けにくい(受けられない)公的扶助(救貧制度)にいかなる存在意義があるのか、という問いがまずは浮かぶことになるだろう。極めて限られた人に対する「最後の拠り所」としての給付機能だけなのだろうか。あるいは、別の隠れた機能があり、それこそが公的扶助の特質である、ということはないだろうか。
 また、この種の指摘はかねから行われており、生活保護改革の必要が叫ばれてから久しく、格差の拡大や無縁化などが問題となってきたにもかかわらず、なぜ今日まで六〇年以上、生活保護の基本構造が維持されてきたのか、という問いも浮かぶ。
 本章では、これらの不思議な現象について、明治期の救貧制度にもさかのぼりつつ、「家族モデル」あるいは(家族規範)を補助線として、社会学の立場から暫定的な解答を与えていきたい。」(菊池2013:47-48)

「生活保護制度を家族政策の一つして位置づけて論じた牧園清子は、生活保護が「経済的機能の援助・強化をはかる家族政策」と、「規範的統制機能をもつ家族政策」の二つの機能を一つの制度が内包しているとする(牧園 一九九九:八)。前者は金銭やサービスなどの経済的給付であるのに対し(以下給付機能とよぶ)、後者は望ましい家族や人生のあり方についてのモデルを提示する、文字通り規範的な機能(以下規範的機能とよぶ)である。
 ただし、厳密に言えば、規範的機能は生活保護法本体というよりは民法が担っている。家族に関する法規範を定めているのは民法であり、生活保護法はその第四条(保護の補足性)で「民法に定める扶養義務者の扶養」を優先する、という形で民法を参照する構造をとっているためである。また、金銭やサービスの機能も、歴史的に見れば、生活保護の枠内だけでなく、その枠外で経済的給付を伴わない形で実施されるものでもあった。したがって、<0048<本章では、公的扶助(生活保護)を三つの要素・機能からなり、家族に働きかけるシステムとして定義する。より詳しくいえば、給付機能を担う公的扶助法・救貧法という要素、規範的機能を担う民法、ケースワーク機能を担う現業員・民生委員という要素である。
 このように公的扶助をシステムとして見ることによって、公的扶助法・救貧法を眺めるだけでは見えなかったもの――たとえば、生活保護の枠外でのケースワークの実例――が見えてくるというメリットがある。[…]
 以上のような枠組みを提示することで、以下の事実が際立ってくる。すなわち、我が国の公的扶助システムを歴史的に見ると、給付機能を抑制し、その代わりに規範的機能やケースワーク機能を強く作動させてきた。後で述べるとおり、基本的には自律した領域と見なされた家族に対して経済的給付を行うことによって、その自律性が失われること――例えば、世帯員が保護に依存して勤労や扶養をしなくなること――が極端に恐れられた。介入の対象は、何らかの点において欠落・欠損のあるとされた家族を基本としていたが、それにあたっては経済的給付が行われるとは限らず、規範的な統制――あるべき受給者(あるいはあるべき人生や家族)のモデルを提示すること――を行い、ケースワークを通して誘導することが好んで行われてきたのである。
 さらに言えば、公的扶助システムがもつこれらの機能は、わが国の近代化の推進にとって重要なものであった。明治期以降、労働力の再生産の責任(市場に労働力を供給するための生活保障などの様々な責任)は家族が担うこととされてきた(山田 一九九四:四四−四五)わけだが、そのことによって、明治維新期に農業国であったわが国が、工業化をはじめとする近代化を果たす上で、適合的な労働力を、家族を通して獲得することができたのである。」(菊池2013:48-49)

「その後、工業化と都市化が進んだ一九二〇年代前後に救貧システムとその周辺で大きな変化があった。以下で具体的に見ていくことにしよう。
 第一に、第一次大戦後に都市の労働力の生活水準が全体的に上昇するとともに、従来の家とは異なる、都市の新中間層的な新しい家族モデルが多くの人々の心をとらえるようになった。[…]<0049<[…]。
 第二に、都市化に伴って家制度が一定程度揺らぎを見せたことにより、従来の家概念とは区別される「世帯」概念を導入した救貧制度が創設された。[…]
 第三に、方面委員の創設を通した、都市下層に対するケースワーカー機能の導入である。方面委員は一九一八年に大阪で設置され、のちに全国化した名誉職であり、救護法導入後は補助機関と位置づけられた。彼らの多くは、来往者(地つきではない)であり、比較的成功した都市自営業者を中核としていた(伊賀 一九八四:一四〇―一四一)方面委員は、救護法の受給者であるかを問わず、担当地域の貧困者に継続的に家庭訪問を行った。その目的は、「『家庭訪問』という実践によって、〈近代家族〉的価値規範としての『家庭』」を下層家族に伝達すること(鈴木 一九九八:二二五)、すなわち新中間層的な家族モデルを伝達することにあった。」(菊池2013:49-50)

4 いま、社会学は生活保護に何を言えるか?:日本の「第二の近代」と公的扶助(菊池2013:52-53, 第四節)

「生活保護の受給者は、戦後の混乱期をピークとして、その後はおおむね減少を続けてきたが一九七四年の一三一万二三三九人を底に増加に転じた。その背景として、雇用や家族の不安定化が指摘できる。例えば、一九七〇年代以降、離婚件数が大幅に増加した影響で、母子世帯の生活保護受給者も増加した。生活保護を受給する母子世帯指数を、一九七五年度を一〇〇・〇(七万二一一世帯)とした場合、一九七〇年度は九二・五(六万四九二〇世帯)だった。これが年々急増し、ピークの一九八四年度には一六四・二(一一万五二六五世帯)に達した(「厚生省報告例」)。[…]しかし、当時において、個人化傾向(やその萌芽)=従来の家族モデルの揺らぎを踏まえた、公的扶助システムの改革は一切行われなかったと言ってよい。逆に、戦後日本に定着した片稼ぎの家族モデルを前提に、それを維持・保守することを目指した公的扶助システムの運用が行われた。その背景にあったのは、母子世帯の受給者が増えることによる財政問題だけではない。注目すべきは、道徳的な問題、すなわち生活保護の存在が離婚を増やすとともに、妻子の扶養をしない不心得者を増やす、という批判の高まりであった〈脚注6〉。具体的には、就労指導・扶養照会の強化を通した、生活保護への流入の抑制と既に受給している者の自立助長である〈脚注7〉。
 その効果はてきめんであり、1985年以降、それまで微増を続けてきた被保護世帯・被保護人員が急減する。母子世帯数がピークであったのは一九八九年度(一一万五二六五世帯)であったが、一九九六年度には五万一六七一世帯とほぼ半減し<0052<た。生活保護に残されたのは、高齢者世帯、傷病・障害者世帯といった、稼働能力がないか低く、自立可能性の低いものばかりであった。」(菊池2013:52-53)

「〈脚注6〉
 この種の批判の事例は枚挙にいとまがないが、例えば、『週刊新潮』の「激増する『離婚』で亭主の代わりに生活費を負担する『国民』」(一九七九年三月二九日)という記事の冒頭には次のようにある。
 厚生省の最近の調査によれば、生活保護を受けている母子家庭の八割強が、離婚、あるいはサラ金被害による夫の蒸発などによるものだという。身勝手な男たちの後始末をさせられてたまるか、といいたいところだが、目下、国会で審議中の来年度の生活保護費の総額、約一兆円・・・・・・。
〈脚注7〉
 母子世帯の受給者の増加を踏まえて、厚生省は一九八三年以降、生活保護事務の指導監査における重要課題として「母子世帯に対する指導・援助の充実」を掲げた(厚生省社会局監査指導課 一九八三:八)。これは母親本人に対する能力活用(就労)要求と、前夫への扶養照会である。」(菊池2013:54)

「その後、生活保護の受給者は、雇用や家族の不安定化や、社会保険制度の機能不全などを背景に、一九九〇年代半ばを底にして、現在まで増加を続けている。二〇一一年には二〇〇万人の大台に乗り、現行制度下では最多で、戦後の混乱期並みの水準となった。もっとも、これは全人口の一・六%程度であり、生活保護制度を受給しているのは低所得者のうちごく一部である。また、受給者の増加にしても、格差社会批判や東日本大震災の発生などを背景に、とりあえず収容する、ということに過ぎず、家族規範そのものが変わったわけではないのである。
 ここで、社会。経済状況が変わったにもかかわらず、生活保護制度は変わらなかった理由について、暫定的な答えを提示できる。社会・経済構造が変わっても、家族にまつわる規範は、同時には変わらないためである。これらのズレは、生活保護システムへのバックラッシュの形で現れ、制度の改革を進めるエネルギーというよりは、受給者をある種の逸脱者としみなし、制度やその依拠する家族規範を順守させるようはたらきかけるようなエネルギーとなり、時代にあった形での制度改革を止めてきたのである。
 わが国では、公的扶助給付による経済的給付が家族の自律性を崩すことへの危惧が、いかなる家族モデルが指示されている時期においても繰り返し表明され続けていた。失業や離婚などによる生活困難に直面している人がいたとして、その人たちを救うよりも、制度が失業や離婚を増やすことをまず恐れるという図式であり、さらには困難に直面している人がものの考え方や生き方を改めれば、問題は解決する、という処方箋である。
 その結果、一九二〇年代や戦後においては外側でのケースワークが、一九八〇年代については生活保護からの排除や流入防止が実施されたことは既に述べた。そのことが、多くの貧困者が公的扶助の外側に放置されるとともに、公的扶助制度をより積極的な方向に改革することを押しとどめていると思われる。既に述べた通り、社会・経済構造が急速に変化しても、人びとの頭の中(あるいは公的扶助に関する規範)はなかなか変わらない、ということなのである。
 本章の範囲で、代わりの制度について提言するゆとりはない。しかし、社会学の立場から、これだけは言える。すなわちわれわれは自分たちのものの考え方について、一歩立ち止まって考えなおしてみる必要がある、ということである。公的扶助の歴史を見ると、経済的給付が、家族の自律性を崩す、という批判が繰り返し表明されてきたが、これは本当なのだろうか。そもそも、公的扶助システムが(あるいはわれわれ一人一人が)考える家族に関するモデル(あるいは家族に関する「あるべき論」)は、はたしてまっとうなものなのだろうか。制度改革への道は、これらの問いに冷静に答えることから開けるであろう。」(菊池2013:53)



*作成:中村亮太 UP: 20140613 REV: 20140618
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