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『忘れられる過去』

荒川 洋治 20030700 みすず書房. → 20111230 朝日新聞出版(朝日文庫),298p.

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last update:20160914

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荒川 洋治 20030700 『忘れられる過去』,みすず書房.  → 20111230 『忘れられる過去』,朝日新聞出版(朝日文庫),298p.  ISBN-10: 4022646438 ISBN-13: 978-4022646439 780+税  [amazon][kinokuniya]

■内容

現代詩作家の著者が生活の風景、人間模様、ことば、文学などについて端正な文章で綴ったエッセイ集。 発表時大きな話題をよんだ、文学には激しい力があり社会生活に実際に役に立つのだという力強い宣言(「文学は実学である」)、 ある夜にふとやる気になり、設定で格闘しながらメールを開通させた喜びをユーモラスにつづったもの(「メール」)、 イプセン「人形の家」のせりふを一つずつとりあげ、そのすばらしさを丁寧に論じたもの(「家を出ることば」)など、多様なテーマの全74編が並ぶ。 生活の風景を描いたやわらかいことば、やさしい味わいの随筆から、文学や言葉を通じ鋭い視点からの社会批評まで、本を読むことの喜びを心から感じさせてくれる一冊。 たしかめながら、著者のことばを反芻しながらゆっくりと読み、そしてまた何度でも味わいたくなる傑作随筆集。第20回講談社エッセイ賞受賞作品。

■目次

   I
たしか
会っていた

本を見る
畑のことば
芥川龍之介の外出
社会勉強

秩父
読書のようす
一族
「文芸部」の時代
青年の解説
ひとりの文学
遠い名作
吐月峠
遊ぶ
忘れられる過去
家を出ることば
清涼
ぼくのたばこ
コーヒーか干柿
郵便
クリームドーナツ
途中

   II
おとなのことば
すきまのある家

鉄の幸福
メール
「恋人」たちの世界
作家論
短編と短篇
『島村利正全集』を読む
生きるために
まね
何もできない文学散歩
注解
踊子の骨拾い
朝の三人
ことばの孤独
読めない作家
小さな黄色い車
文学は実学である
歴史の文章
落葉
詩集の時間
場所の歳月
長い読書
きょう・あした・きのう

   III
暗い世界
ひとり遊び
他の人のことなのに
どこにいる
見えない母
なに大丈夫よ
きっといいことがある
文学の名前
空を飛ぶ人たち
お祝い
太郎と花子
「詩人」の人
朱色の島
生きてゆこう
価格
詩を恐れる時代
手で読む本
びっくり箱
どれにしよう
鮮やかな家
指の部屋
一つ二つ
話しながら
今日の一冊

あとがき
文庫版のあとがき

初出一覧
解説  川上 弘美

■引用

   II
 
文学は実学である
 この世をふかくゆたかに生きたい。そんな望みをもつ人になりかわって、才覚に恵まれた人が鮮やかな文や鋭いことばを駆使して、ほんとうの現実を開示してみせる。 それが文学のはたらきである。
 だがこの目に見える現実だけが現実であると思う人たちがふえ、漱石や鴎外が教科書から消えるとなると、文学の重みを感じとるのは容易ではない。文学は空理、空論。 経済の時代なので、肩身がせまい。たのみの大学は「文学」の名を看板から外し、先生たちも「文学は世間では役に立たないが」という弱気な前置きで話す。 文学像がすっかり壊れているというのに(相田みつをの詩しか読まれていないのに)文学は依然読まれているとの甘い観測のもと、 作家も批評家も学者も高所からの言説で読者をけむにまくだけで、文学の魅力をおしえない。語ろうとしない。
 文学は、経済学、法律学、医学、工学などと同じように「実学」なのである。社会生活に実際に役立つものなのである。そう考えるべきだ。 特に社会問題が、もっぱら人間の精神に>153>起因する現在、文学はもっと「実」の面を強調しなければならない。
 漱石、鴎外ではありふれているというなら、田山花袋「田舎教師」、徳田秋声「和解」、室生犀星「蜜のあはれ」、阿部知二「冬の宿」、梅崎春生「桜島」、伊藤整「氾濫」、 高見順「いやな感じ」、三島由紀夫「橋づくし」、色川武大「百」、詩なら石原吉郎……、となんでもいいが、こうした作品を知ることと、 知らないことでは人生がまるきりちがったものになる。
 それくらいの激しい力が文学にはある。読む人の現実を一変させるのだ。文学は現実的なもの、強力な「実」の世界なのだ。 文学を「虚」学とみるところに、大きなあやまりがある。 科学、医学、経済学、法律学など、これまで実学と思われていたものが、実学として「あやしげな」ものになっていること、人間をくるわせるものになってきたことを思えば、 文学の立場は見えてくるはずだ。(pp.152-153)

 
歴史の文章
[……]事実しか書けないので文章は平板になる。でもこれ以外の叙述はまずありえないし、認められない。それが「歴史を書く」ことだ。
 文学は変化を書いてもいいが、停滞した状況を書いてもかまわない。むしろ停滞のほうで、世界をつくる。歴史は「変化」を書くのだから、同じところにとどまれない。 極端にいえば>155>文章が存在してはならないのだ。「歴史を書く」ことは文章の死に、なれしたしむことだから、人間にとっても、文章にとっても、とてもつらいことなのだ。
 近年そこにひとつの「変化」があらわれた。歴史家網野善彦の登場である。[……]「歴史を書く」文章としてはとても新しいものだった。(pp.154-155)

 「歴史を書く」人たちは、一行の「歴史を書く」ために、知っていることの大部分を切り捨てなくてはならないが、その切り捨て方には独自の流儀がはたらく。[……]
 それにしても知らないことばかりだ。[……]辞書にないことばも多い。歴史を知ることのむずかしさをことばのうえからも知ることになる。(p.157)
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■関連書籍

荒川 洋治 20020205 『日記をつける』,岩波書店,169p. ISBN-10: 4007000166 ISBN-13: 978-4007000164 古書  [amazon][kinokuniya]  → 20101116 『日記をつける』,岩波書店(岩波現代文庫B179),210p. ISBN-10: 4006021798 ISBN-13: 978-4006021795 860+税  [amazon][kinokuniya]
荒川 洋治 20041200 『詩とことば』,岩波書店.  → 20120615 『詩とことば』,岩波書店(岩波現代文庫B202),210p. ISBN-10: 4006022026 ISBN-13: 978-4006022020 860+税  [amazon][kinokuniya]

■書評・紹介

■言及

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*作成:北村 健太郎
UP:20160914 REV:
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