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池田 敬二「電子出版に日本型ビジネスモデルを――クロスメディア時代の出版印刷・29」

2011/07『プリバリ印』2011年7月号, 日本印刷技術協会.

last update:20110920

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  クロスメディア時代の出版印刷 29
  池田敬二
  電子出版に日本型ビジネスモデルを

 電子出版の未来像を考える時、制作におけるフォーマットと流通におけるビジネスモデルが大きな2つの課題といえる。米国のネット企業が日本の電子出版市場へ本格進出する直前である今、制作と流通に携わる日本企業はどのように対抗すべきなのかを考察する。

  「黒船」来航の脅威とは
 米国のアマゾン、アップル、グーグルといういわば「黒船」が、日本の電子出版市場に本格進出してくることは間違いない。本国ではアマゾンは Kindle、アップルは iPhoneや iPadといったデバイスを自らが掌握することによって、コンテンツ市場をも独占してしまっている。デバイス、プラットフォーム、コンテンツといったレイヤーすべてが同一の企業によって供給される現状では、他の企業が参入することの困難な垂直統合型のビジネスモデルが市場を完全に支配してしまっている。
 この現象は日本にとってどんな意味を持つのか。ユーザーの視点からは、安いコンテンツが便利なデバイスで入手出来ればハッピーであり、そうした潮流に追いついていけない企業、業界は退場すれば良いという意見もある。しかしその結果、製造・流通面で日本企業が衰退してしまうとすれば、そこには深刻な危険性も含まれている。海外の私企業が、自分たちの意にそぐわない出版コンテンツを販売させないことだって出来てしまう。
 実際これまでにも、不明瞭な判断基準によってApp Storeから排除されたタイトルは存在した。日本で最も多く紙の本を売っているのは、今やオンライン書店アマゾン・ジャパンとなってしまったが、電子出版さえもその流通が米国企業に独占されるとすれば、表現の自由、出版文化の健全性といった観点で問題が生じるかもしれない。

  電子出版の未来像に水平分業型モデルを
 筆者が出向している一般社団法人 電子出版制作・流通協議会(通称 電流協)主催のセミナー「電流協が考える電子出版の未来像」が5月18日に如水会館で開催された。
 電流協の設立趣意に「垂直統合モデルによるグローバル企業による電子出版制作・流通モデルとは異なる、オープンな水平分業型の日本独自の事業モデルを推進する」とあるように、当初から日本型ビジネスモデルの確立は我々の大きなテーマであっ
た。制作・流通における標準化、効率化を推進してどんな企業でも参入しやすい水平分業型のビジネスモデルによって業界全体が成長拡大していくことが狙いである。
 セミナーは二部構成になっており、セッション 1が「制作の視点から見た理想的なフォーマットとプラットフォーム」として主に制作面、技術面にフォーカスを当てた。セッション 2では「電子出版ビジネスモデルのあるべき姿」と題して流通面から日本での在り方についてディスカッションした。

  日本型ビジネスモデルの確立のためにすべきこと
 今回のセミナーで特に印象的だったのは、ビジネスモデルをテーマにしたセッション 2だった。コーディ


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ネーターに迎えたのは、『アマゾン、アップルが日本を蝕む』(PHPビジネス新書)という著書で米国ネット企業が日本の電子出版市場を独占する未来に警鐘を鳴らした慶応大学大学院教授の岸 博幸氏。電子書籍配信事業のライバル社である、ブックリスタ(ソニー、凸版印刷、KDDI、朝日新聞社で設立)の今野敏博社長と、トゥ・ディファクト(NTTドコモ、大日本印刷、丸善CHIホールディングスで設立)の小城武彦社長がパネラーとして登壇したため大きな話題となった。
 凸版印刷vs.大日本印刷、KDDI vs. NTTドコモという敵対する企業の図式と見えなくもない。ただ「黒船」襲来が目前となった今、しのぎを削って切磋琢磨することは当然として、協力出来るところは協力して市場全体が発展するようお互いに知恵を
絞っていくべきである。牽制し合ううち最終的に市場がすべて米国ネット企業に独占されてしまうような事態は間違っても避けなくてはならない。こうしたコンセンサスを確認出来たことは、実に大きな収穫であった。

  ポイントは、ハイブリッドとソリューション機能
 ここで提示された視点で興味深かったのは、電子書店、オンライン書店、リアル書店のそれぞれが三位一体となって、刺激し合っていくビジネスモデルのビジョンであった。日本の出版文化は、全国に隈なく存在する書店の存在があってこそこれまで維持されてきたが、その意義は大きい。日本の書店数は約1万5千店なのに対して、アメリカの書店数は国土が日本の25倍以上あるのに約9千店である。また2010年の日本の1人当たりの年間出版物購入額は約1万5千円であり、アメリカの約8,300円の2倍近い。こうした点も日本の出版文化、ジャーナリズムを支えてきた。日本独自のビジネスモデルの探求は、最終的には出版業界だけでなく、読者のためにも、国益のためにもなるはずだ。
 電子出版の役割として挙げられていたソリューション機能という見方も興味深かった。イタリアの図書館人 アントネッラ・アンニョリ氏は『知の現場 図書館と自由』(みすず書房)の中で、市民の一人ひとりが一体何を求めているのかを対話によって突き止め、市民のあらゆる質問に答えられるような場に図書館がなるべきだと提案している。人々が書店や図書館に足を運ぶ目的のひとつである漠然とした“課題”に対して、それを“解決(ソリューション)”するという役割である。
 電子出版は、求める人に求められるコンテンツを、時間や空間を超えて瞬時に提供することが可能である。“課題”を“心の渇き”と言い換えても良い。それを充足させることが人々の出版コンテンツに求める重要な要素であり、出版文化の存在意義
でもある。
 こうしたソリューションの役割を実現するため、複合的な検索エンジンの活用や、対話的な機能を持つソーシャルメディアなどをクロスさせることが重要なのだ。既存のリアルメディアもデジタルメディアも、求める「読者」に届けられる環境が整えば、市場全体も成長拡大していける。市場の拡大だけではなく出版文化そのものの発展につなげていく。こうした姿こそが、理想的な日本型のビジネスモデルであるといえよう。


2011年5月18日のセミナー「電流協が考える電子出版の未来像」よりセッション2「電子出版ビジネスモデルのあるべき姿」

(作業者注:ページ上部コラム)
池田敬二[いけだ・けいじ] 
大日本印刷(株)電子出版ソリューション本部
1994年東京都立大学人文学部卒業後、大日本印刷に入社。
入社以来、出版印刷の営業、企画部門を歴任。“混迷の時代こそ面白い”がモットー。趣味はジャズと空手。JAGAT認証クロスメディアエキスパート。日本電子出版協会クロスメディア委員会委員長。JPM認定プロモーショナルマーケター。



*作成:青木 千帆子
UP: 20110920 REV:
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