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『生を肯定する倫理へ――障害学の視点から』

野崎 泰伸 20110630 白澤社,216p.
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last update:20110928

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生を肯定する倫理へ――障害学の視点から


野崎 泰伸  20110630 『生を肯定する倫理へ――障害学の視点から』,白澤社,216p. ISBN-10: 4768479391 ISBN-13: 978-4768479391 \2200+税 [amazon][kinokuniya] ※ ds.

■内容

ロールズやシンガーら現代の倫理学は私たちの生を肯定しているのか? そこに生きるに値する者とそうではない者を分かつ隠された境界線はないのか? 障害者の視点から倫理学を再検討し、生を無条件に肯定する倫理を構想する。(出版社より)

■著者紹介・編集担当者より

著者は森岡正博氏(大阪府立大学)、立岩真也氏(立命館大学)のもとで研鑽を積んだ気鋭の倫理学者。自らも身体障害の当事者として障害者運動に関わりながら、生きにくい者が生きられる社会をめざし「健常者の倫理」を厳しく問い返す。(坂本)

■目次

 序 〈人間〉を問うことの可能性と危うさについて 5

 第1章 障害学の視点 15
  1 障害学とは何か――障害の医学モデルと社会モデル 16
  2 日本の障害者運動の歴史 32
  3 優生思想と障害者差別 50

 第2章 現代倫理学と分配的正義 67
  1 功利主義とリベラリズム 68
  2 アマルティア・センの思想 81
  3 ベーシック・インカムと社会保障 100

 第3章 生命倫理の陥穽――シンガー倫理学批判 117
  1 シンガーの動物解放論と生命倫理学 118
  2 シンガーのグローバリゼーション論――国境を越える倫理 138

 第4章 倫理の別様のかたち 153
  1 「語りえないもの」の倫理 154
  2 他者と正義の倫理 170

 終章 生を肯定する倫理へ――境界の正当化に抗う正義論 189

 あとがき 211

(出版社である白澤社のブログ:http://d.hatena.ne.jp/hakutakusha/

■引用

■書評・紹介・言及


◆立岩 真也 2011/06/30 いわゆる「帯」

その通り、これが「本道」と思いつつ、「敵」はなんと言い返すだろうかとか、そんなことも気にしながら、例えば「救命ボート問題」は問題が間違っている等々の著者の気合いの入った論断を、受け止めてみよう。

◆立岩 真也 2011/06/30 「考えなくてもいくらでもすることはあるしたまには考えた方がよいこともある」
 河出書房新社編集部編『思想としての3.11』,河出書房新社,pp.106-120

 「[…]以上に記したことについて、この三月に刊行された安部彰の『連帯の挨拶――ローティと希望の思想』(生活書院)がある。「身近な他者への共感」(の漸次的な拡張)という(ローティの)路線が検討され、ヒュームを読み直しながら「他者の受苦の経験」が対置される。そこに答を見出せるのかどうか、読んでみてほしい。また、「究極の選択」という問題設定(「救命ボート問題」などと言われる)自体を典型的な「例題」として示してしまうといった(生命)倫理学他の発想自体が倒錯している等々のまっとうな指摘はこの六月刊行の野崎泰伸『生を肯定する倫理へ』(白澤社)にある。合わせてご覧いだたきたい。」

◆早尾 貴紀 2011/07/05 https://twitter.com/#!/p_sabbar/status/88127809213571072

野崎泰伸『生を肯定する倫理へ』(白澤社)を入手。いまこんな時代だからこそ、本当に大切な本のような気がします。みなさんにぜひ買って読んでもらいたい一冊。

◆森岡 正博 2011/07/07 [新刊]生を肯定する倫理へ http://d.hatena.ne.jp/kanjinai/20110707/1310015666

障害学を切り口として、倫理学と哲学に切り込んでいく仕事である。このようなアプローチは意外にも少ないと言える。立岩真也の社会学がもっとも近いように思うが、それよりも哲学寄りであろう。日本の障害者運動を吟味したのち、優生思想、セン、BI、ピーター・シンガー批判、フーコー、デリダ、と思考していき、最後に、著者の言う「生の無条件の肯定」という倫理的命令へと至る。生の無条件の肯定の哲学が提唱されて本書は終わるのだが、その内実の検討は次回作以降に残されたということなのだろう。その先に向けてさらに邁進していくことを願う。しかし、「生の無条件の肯定」が倫理的「命令」だというのはきわめて強い主張だろう。このあたりはけっこうな反感をくらうことになるのではないか。しかしカントの定言命法に比するようなその命令は、現実問題に対する指針を与えず、ただ他者のような到来として信仰のような次元で言われるものであるという。著者の「生の無条件の肯定」の主張はそれが命令として規定されているからこそインパクトをもつわけで、その地点から退却してはならないと思う。つらいでしょうけど、その地点から一歩も引かずに立ちつくすことが倫理なのでしょう。

◆伊勢田 哲治 2011/07/10 「野崎泰伸『生を肯定する倫理へ 障害学の視点から』」
 http://blog.livedoor.jp/iseda503/archives/1656860.html
                「野崎書評つづき」 http://blog.livedoor.jp/iseda503/archives/1656862.html
                「野崎書評 さらに続き」 http://blog.livedoor.jp/iseda503/archives/1656865.html

◆hi0ragi198 2011/07/10 「『生を肯定する倫理へ』」,中村@柊のブログ
 http://d.hatena.ne.jp/hi0ragi198/20110710/1310259956

◆あべ やすし 2011/07/** 第14回「ユニバーサルデザインという理念/まとめ」
 愛知県立大学2011年前期「多文化社会におけるコミュニケーション」
 http://www.geocities.jp/hituzinosanpo/tabunka2011/

「しかし、表面的な「平等」はむしろ不公平なのではないか? 「特別」とよぶにせよ、なんにせよ、必要な配慮はある。このような疑問に野崎泰伸(のざき・やすのぶ)が明確にこたえている。
 野崎は、ベーシックインカムとは「福祉的給付を選別的にではなく、普遍的すなわち一律に行う」ものであるという(のざき2011:110)。そして、つぎのようにのべる。

 確かに衣食住などのニーズは普遍的であろう。誰もが飢えから解放され、暑さ寒さを緩和しながら生活する権利がある。ただし、ニーズはあくまで個別的なものである。私たちは「ニーズを満たす」ということを普遍的に承認し得ても、個々のニーズに関してはあくまで個別的に対応しなければならないはずである(110-111ページ)。
…福祉サービスにおいて普遍主義的な態度を取ることは、人々を平等に扱うことではなく、人々の間にある差異を無視しているにすぎない。福祉(well-being)というものが人それぞれによって違い、どんなニーズを満たせばよいのかが人によって違うならば、福祉サービスは当然のように選別主義であるべきである。人々の差異を調査することをスティグマ化する私たちの社会こそが問い直されるべきなのだ。そして、他人の力を借りて生きることに恥辱を与えない社会が目指されるべきだと言って良い(112ページ)。

 つまり重要なのは、「なんのために線をひくのか」であって、線をひくことそのものの妥当性ではない。線をひいたあとに、なにをするのか。差別するのか、必要な配慮を提供するのか。それこそが検討されなくてはならない」(p.2)

◆石田 智秀 2011/08/22 「いろいろ」 http://chishu.blog.so-net.ne.jp/2011-08-22

「最近はラノベか、よくて『終わらざる夏』とか、
骨太な評論や哲学や思想はまったく読んでなかったので、
あたまがなかなかこっちに向いていきませんが、
これは、すごい本だと思います。

アマゾンのレビューでは哲学書じゃないと言われてます。
でもわたしはこの本が哲学書であることを知っています。
生命学は哲学であり、なおかつ生き方であり、学問でもある。
哲学がなぜ問うのかを無条件に肯定して問いを行う、
それと同様に、生の無条件の肯定が先取りされていても、
それは本書が哲学書であることを無条件に否定するものではないだろう。
なーんて難しそうなことを言ってみたりする。
ただ、立岩氏みたいな書き方がいろいろ随所にあって、難しいですよぅ。」

◆2011/09/01 「(ブックガイド)」,『旬刊出版ニュース』2011年9月上旬号,出版ニュース社
 http://www.snews.net/news/1109a.html

「著者が考えていることは、「障害者にとって『正義』とは何か」ということである。結論から言えば「生の無条件の肯定」という立場が正義であり、これこそが倫理的命令であると述べ、1すべての生は無条件に肯定される、2生のなかには肯定されるべき生と否定されるべき生がある、3すべての生は無条件に否定されるという立場を想定し、功利主義者は「命の質」を論拠に2を正当化するが、1から3までの立場の違いは「線引きの場所」をどこにするのかという問題であると看破する。おそらく2を支持する者はニヒリズム的な立場の3を拒否しながら、1という立場は非現実的だという理由で避け、2を正当化しているだけで、この立場においては、ロールズやシンガーらの現代の倫理学も結論は可能なもののなかから見出しているだけという限界をもつという。日本の障害者運動や障害の医学モデルと社会モデルの解説も。」

◆2011/09/03 「wrongful life」 http://ameblo.jp/endurancer/entry-11006884850.html

◆2011/09/04 「解/決と、未決性。」 http://ameblo.jp/endurancer/entry-11007811333.html


UP:20111010 REV:
立岩 真也 
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