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『精神病院の改革に向けて――医療観察法批判と精神医療』

富田 三樹生 20110223 青弓社,270p.


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富田 三樹生 20110223 『精神病院の改革に向けて――医療観察法批判と精神医療』,青弓社,270p. ISBN-10: 4787233254 ISBN-13: 978-4787233257 [amazon][kinokuniya] ※ m.

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内容(「BOOK」データベースより)
医療観察法批判と民間精神病院医療という相剋する立場をかかえながらも、それらを乗り越えて、精神医療改革のために奮闘する病院長の提言。

■著者

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
富田/三樹生
1943年、新潟県生まれ。新潟大学医学部卒。佐久総合病院勤務をへて、東京大学精神科医師連合に参加。東京大学精神医学教室をへて多摩あおば病院院長。日本精神神経学会法委員会委員長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

■目次

序章 ボロメオの輪――医療観察法問題と精神病院改革
 
第1章――精神病院改革と医療観察法
1 精神科医療の改革
2 精神医療・病院の改革と病床削減――その政策転換を求めて
3 いま、医療観察法を廃止し、精神科医療の抜本改革をおこなうときである

第2章――医療観察法を批判する
1 心神喪失者等医療観察法を批判する
2 再犯予測問題と医療観察法ガイドラインの論点

第3章――精神医療の経験
1 精神病院の事件・事故について
2 ノーマライゼーションの動向と刑事責任能力――特に統合失調症について
3 東大精神科自主管理病棟のM君と私
4 夏の死
5 物語
6 東大精神科自主管理闘争の私的回顧

初出一覧

■引用


序章 ボロメオの輪――医療観察法問題と精神病院改革

 「第六に、障害者権利条約での法的能力問題の検討である。有力な当事者団体は、精神障害者の法的能力の共有の原理から非自発的入院の不当性を主張している。
 それは、近代社会の法的骨格を転換する思想性を持っている。しかし、そこに、社会的公平さを損なう新自由主義的原理主義が潜んでいると私には感受される。法的能力の享受が現実のものとなれば、ポリスパワーによる拘禁が一挙に拡大することにならないだろうか。それでよしとするなら、刑務所は巨大なコミュニティーとなることを覚悟しなければならない。かつての反精神医学の△039 一つの潮流の再来であり、アメリカでの現実の一端である。それは、パターリズムによる収容主義の反動から、ポリスパワーによる無効な収容へと向かうことになるだろう。」(富田[2011:39-40])

 「第四の転換は、宇都宮病院事件を契機にした一九八七年の精神衛生法改正から精神保健法の制定に置くことができる。持ちこたえてきた七〇年代の運動がようやく実を結ぼうとするものであり、この間の経緯についてはすでに述べてきた(16)。しかし、成果もあったが、運動としては、半分は敗北だったといわなければならない。敗北とは、政府によって運動のさまざまな理念(開放処遇の原則化、入院者の通信面会の自由、不服申し立て制度の導入、手続きの厳密化など)が、法的手続きの整備(適正手競きの導入)に置き換えられてしまったことである。それは「書類上の人権」と揶揄される収容主義の延命でしかなく、医療や人権の実質的向上と直ちに結び付かない行政権限の肥大化であった。書類さえ整備されていれば、実質は問われないからだ。しかしそれによってゆっくりと、その後の精神科医療の流れを変革する土壌が全国規模で用意されていった。△059
 第五の転換は、一九九五年の精神保健福祉法への法的枠組みの変更だった。これによって、精神障害者福祉が法的に位置付けられた。この時期の精神科療養病棟入院基本料の導入は、精神病院の経営にとって大きな意味があったと思われる。大局的にどう評価すべきかどらかは筆者には十分な検証はできないが、少なくとも私たちの多摩あおば病院はニ〇〇〇年に病院の建て替えに伴ってこれを取得し、後に退院促進の拠点病棟にすることができた。これが、医療改革に着手するための体カをもたらしたといえるだろう。熊谷彰人(17)によると、日本精神科病院協会資料で九八年と〇六年を比較すると、看護三対一(患者数と看護者数の比率)が二百三十九病院から六百五十八病院(二七八%)へと増加する一方、四対一が二百三十五病院から百九十八病院(八四%)に、四対一末満が六百八病院から百九十五病院(三二%)に減少した。急性期包括はその間、三十五病院から百五十六病院(四七三%)に、療養Tは二百病院から七百二十二病院(三六一%)に増加している。これに見られるように、方針を明示した診療報酬の改定が、病院改革の動機を高めたことは明らかである(18)。
 第六の転換は、医療観察法が実施されたニ〇〇五年七月以降ということができる。医療観察法によって年来の課題たった保安処分問題が決着したことは、精神科医療にも大きな影響を及ぼした。この時期、〇四年に「改革ビジョン」と「グラソドデザイン」が相次いで公表されている。〇六年十月からグランドデザインの具体化である自立支援法が一部実施され、〇七年四月から全面実施された。
 渡辺雅也は、民間病院ぷ長期在院者を抱え込む主要な原因は地域移行計画を推進する経済的インセンティブがないだけでなく、積極的に退院させれば空床を生むだけで経営破綻をもたらす医療費△060 体系にある、と指摘している(19)。このような単純で明快な事実を渡辺が敗北感に満ちて述懐しなければならないところに、民間病床がほぼ九〇%を占めるわが国の精神科医療の倒錯したありようが端的に表れている。私たちの運動は、巨大な産業としての民間精神病院とそれを収容主義構造として維持しようとする日本社会の変革に肉薄するカを持ちえなかった、というほかない。それが現実てあり、私たちが出発すべき基礎的条件である。しかし、医療保険による公的診療報酬によって医療費が決められ、医療施設の基準などが法的に定められているのだからこそ、精神科医療の理念とそれに基づいた政策決定がおこなわれれば、民間病院の構造変革も可能であるのだ。渡辺は、同じ論考で、地域移行の実現には、病床利用率を一〇〇%近くに確保したうえでの話である、と述パてレる。現在、全国の病床利用率は平均で九〇%程度である。空床を増やす要因になりやすい退院促進をあわせておこなっていくことになれば、一〇〇%という数字がいかに不可能に近いかを、渡辺自身よく知っているのだ。
 後述のように、私たちの病院では退院促進をある程度達成した結果、ニ〇〇七年度、〇八年度の回転率がほぼ三五〇%となり、かつ病床利用率は九八%となった。渡辺が不可能な数字として例示したものをほぼ達成したのである。他方、これを達成するなかで、私たちは病院改革が経営危機のリスクと表裏一体の関係にあることを強く自覚させられてきた。退院促進とともに回転率を高めようとすれば、そのための組織改革がさらなる困難につきあたり、病床利用率の転落の可能性が一気に進み、病院組織の疲弊によって病院経営が崩壊するリスクも大きくなる。職員の意欲と生活を支えながらこの課題に取り組んでいくといら解決手段は、長期的には個別病院の手にはないのである。△061
 大規模病院院は、病床の大半で長期在院者を抱えながら、一部病棟で救急・急性期の医療改革に挑むことが可能である。したがって、中小病院に比較すれば、危機を先送りして状況を見極めることも可能だ。現に、現状のような精神医療の危機にあっても、大規模収容型精神病院に有利な医療政策がいまだにとられているのである。
 退院促進、地域移行、病床削減の三つをともに実践するということはどのようなことか、次節では私たちの経験に即して語りたい。」(富田[2011:59-62])

(16) 「精神衛生法改正と処遇困難者専門病棟の回顧」、前掲『東大病院精神科の30年』二一六−二七九ぺ一ジ
(17) 熊谷彰人/木村朋子/富田三樹生「座談会 精神科病院と地域生活支援の”いま”」、前掲「精神医療」第四次第四十八号、ハ−三五ぺージ
(18) 富田三樹生「保安処分の歴史年表と問題の所在」、「精神医療」編集委員会編「精神医療」第四次第二十六号、批評社、ニ〇〇二年、六〇−八五ページ
(19) 渡辺瑞也「開放化運動のその後」、前掲「精神医療」第四次第三十三号、三二−四三ページ

 第3章 精神医療の経験
 「一九七四年の臺教授退官に際して、連合でも自主管理闘争の終結か継続かが討論された。若手世代を中心とした継続の意見が結局、連合の意見を集約した。医学部当局の精神科管理は、七四年八月に高安久雄医学部長、石田正統病院長、土居健郎精神衛生学教授、逸見武光同助教授の四者体制となり、その後、七五年四月に五者(酒井文徳学部長が交代して入る)体制へと移リ、さらに学部長交代(吉川政巳医学部長)を経て佐藤寄男精神科科長代行となり、七九年一月に土居健郎教授、八四年四月に原田憲一教授と変遷した。当時、自主管理側は、肇教授の松沢病院時代の人体実験、佐野圭司脳外科教授の鎮静的定位脳手術、白木博次脳研究所元教教授が赤レンガで四九年におこなった「生体解剖」死などを、医局講座匪制の引き起こした事件として取り上げ糾弾していた。」(富田[2011:261])

 参考資料「白木糾弾――東大脳研教授白木博次の犯罪性を暴く――白木博次糾弾共闘会議」一九七五年 (富田[2011:265])

■書評・紹介・言及

◆立岩 真也 2013 『造反有理――精神医療現代史へ』,青土社 ※

◆立岩 真也 2018 『病者障害者の戦後――生政治史点描』,青土社


UP:20131019 REV:20150426, 20180626
富田 三樹生  ◇精神障害/精神医療   ◇病者障害者運動史研究  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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