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『脊髄損傷者の語りと心理臨床的援助――障害受容過程とアイデンティティ発達の視点から』

小嶋 由香 20110228 ナカニシヤ出版, 112p.

last update: 20110425

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■小嶋 由香 20110228 『脊髄損傷者の語りと心理臨床的援助――障害受容過程とアイデンティティ発達の視点から』,ナカニシヤ出版, 112p. ISBN-10: 4779505240 ISBN-13: 978-4779505249 \4515 [amazon][kinokuniya] aod

■内容

◇著者紹介
小嶋由香(こじまゆか)
広島大学大学院教育学研究科博士課程後期修了(博士〔心理学〕)。
安田女子大学文学部心理学科講師。
主著・主要論文
脊髄損傷者の障害受容過程―受傷時の発達段階との関連から,心理臨床学研究,22(4),417-428.,脊髄損傷者への心理臨床的援助,心理臨床学研究,25(1),72-83.〔共著〕,からだとのつきあい方の変化からみたトラウマへの援助,精神療法,36(5),75-82.,成人発達臨床心理学ハンドブック(ナカニシヤ出版,2010)〔共著〕。
(本の奥付より)

◇著者の博士論文がもとになっています。

■目次

はじめに  i
第1章 本研究の背景と目的 1
第1節 脊髄損傷による心理的問題  2
第2節 障害受容に関する研究の展望  2
1.脊髄損傷者の心理に関する研究動向  2
2.障害受容と価値転換  3
3.段階理論の提唱  4
4.段階理論への批判と抑うつを対象とした研究  6
5.我が国における研究動向  8
6.障害受容とアイデンティティ  10
第3節 脊髄損傷者への心理臨床的援助 11
1.脊髄損傷者への心理臨床的援助に関する研究動向 11
2.他の身体疾患患者への心理臨床的援助 12
第4節 ライフストーリー研究と事例研究の動向  15
第5節 本研究の目的  17

第2章 アイデンティティ発達の視点から見た脊髄損傷者の障害受容過程と心理臨床的援助 19
第1節 脊髄損傷者の障害受容過程と損傷時の発達段階との関連(研究1) 20
1.目的  20
2.方法  20
3.結果と考察  24
第2節 脊髄損傷者の障害受容過程における心理社会的危機の分析(研究2) 39
1.目的  39
2.方法  40
3.結果  42
4.考察  51
第3節 脊髄損傷者の損傷時期の特性と心理臨床的援助のあり方(研究3) 56
1.目的  56
2.方法  56
3.事例の概要と考察  58

第3章 総合考察
第1節 脊髄損傷者の障害受容過程と心理臨床的援助に関する知見  100
1.脊髄損傷者の障害受容過程とアイデンティティ発達  100
2.障害の重症度と障害受容過程  102
第2節 本研究の限界と今後の課題  104

■引用

◇概要
 本書ではまず,これまでの脊髄損傷者の心理面についてどのような研究や援助がなされてきたのかについて,従来の研究の展望を示した。そして,脊髄損傷者の人生をリハビリテーションの終了や社会復帰といった限定的な期間ではなく,できるだけ長期的な視点でとらえ,面接調査により得た彼らの語りをもとに,損傷後の心理的変化の過程を検討する。また,筆者が実際に担当した面接事例をもとに,脊髄損傷者の心理臨床的援助のあり方について検討していきたい。PA

◇研究の目的
 これまで脊髄損傷者の心理面に関しては,障害受容という概念を中心に,価値変換論,段階理論,抑うつ研究とさまざまな研究が行われてきた。また,これまでの研究は主に,損傷から初期の段階である入院期やリハビリテーション期における心理的な適応を対象としたものであった。しかし,脊髄損傷者の障害受容は退院し,社会復帰をした後にも続く,長期的な問題である。また,現在の医療技術の進歩にともない,治療期間が短縮される傾向があり,治療期間と心理的な適応に差が生じてくることが懸念される。今後,より長期的な視点で脊髄損傷者の障害受容をとらえていくことが重要であると考えられる。
 さらに,脊髄損傷者の障害受容過程をアイデンティティ発達の視点からとらえることで,損傷の時期と障害受容過程の関連を明らかにすることができ,また,障害受容過程を単にアイデンティティの再形成という視点のみでなく,Erikson(1950)の発達分化図式に指摘されている心理社会的自我の強さとの関連からとらえることができると考えられる。
 脊髄損傷者への心理臨床的援助には,ほかの身体疾患患者への心理療法のモデルが多くの示唆を含んでいると考えられる。これまでの研究は対象と距離を置き,客観的・観察的な姿勢でなされてきた。しかし,心理臨床的援助を行う場合,こうした表面的な理解にとどまらず,脊髄損傷者の心にしっかりと寄り添っていくことが重要である。脊髄損傷者への心理臨床的援助を行う者の姿勢そのものを問い直し,今後の援助モデルを作成することが望まれる。今後,医療法制上の問題も含め,発展が望まれる分野である。
 以上のことより,本研究は,脊髄損傷者の脊髄損傷後の心理的な過程を,障害受容過程とアイデンティティ発達の2つの視点から明らかにし,心理臨床的な援助のあり方について検討することを目的とした。本研究は研究1〜3で構成され,研究1,2では,脊髄損傷者の障害受容過程を明らかにし,障害受容過程とアイデンティティ発達の関連を検討することを目的とした。ここでは損傷から10年以上経過した20名の脊髄損傷者の協力を得て,彼らの語りをもとに分析を行った。研究3では,脊髄損傷者への心理臨床的援助のあり方を検討することを目的とした。研究3では,リハビリテーション期にあたる総合病院入院中の脊髄損傷者と,慢性期にあたる施設入所中の脊髄損傷者9名との心理面接を行った。それぞれの研究の目的の詳細は第2章以下に示した。P17-18

◇脊髄損傷者と援助者
リハビリテーション期に脊髄損傷者が体験する多面的な死と再生のプロセスに寄り添うことも心理臨床的援助に重要な視点であろう。失われたものを認めることは,強い絶望感をともなうものであるが,そこに,ありのままに受け止めてくれる聞き手が存在することは,厳しい現実に向き合う支えにもなるのではないだろうか。障害を受け入れるプロセスにおいて,脊髄損傷者がこれまでの人生で築いてきた世界を尊重し,そして,損傷により身体機能はもちろん,心理的,社会的に何が喪失されたのかを援助者が理解することが重要であると考えられる。P69

◇障害受容について
 最後に,本研究の大きなテーマの一つである,障害受容という概念のもつ危険性について触れたい。障害受容という概念は,これまでさまざまな障害を抱える方の心理的な適応を考える際に広く用いられてきた概念であり,多くの研究がなされてきた。しかし,同時に障害受容という概念のもつ是非についてもまた,論じられてきた。これは,障害受容という概念が,障害者本人ではなく,単に援助を行う者に都合のよい概念として用いられているのではないかという懸念である。また,障害受容過程の段階理論については,援助を行う側が,障害者の心理状態を便宜的に段階に当てはめてとらえようとする傾向をもちやすいことが問題視されてきた。本研究で明らかとなった障害受容とは,損傷後の人生の中でさまざまな試行錯誤を繰り返すプロセスであり,非常に長期的なプロセスであった。また,「受容」という状態像は目標とすべきゴールとしてあるのではなく,それもまた通過点であり,その後もさまざまな心の紆余曲折が体験されてもいた。そのため,障害受容という概念を単なる適応の指標として用いることは,障害を負った脊髄損傷者の心理と,概念を用いる側との間に乖離が生じてしまう危険性がある。そうなると,障害受容という概念は,障害を抱えるその人の心理的適応という本質から離れ,概念を使用する側にとってのみ都合のよいものとなってしまう。障害受容という概念を用いて障害を抱える人を理解しようとする場合,とくに心理臨床的援助を行う者にとって,単に障害受容過程の枠組みに心理状態を当てはめるのではなく,目の前にいるその人の現在の心理状態そして背負ってきた人生をありのままに理解しようとする姿勢が重要であると考えられる。P104

◇研究の限界と今後の課題
本研究の結果は,少数の対象者から得られたものであり,年齢や男女比の偏りなどがみられた。また,研究1,2の対象者は,障害の程度が下肢麻痺のみが主であり,脊髄損傷者の中でもとくに社会と適応的な関係を築くことができた方であった。それに対して,研究3では施設の特徴から,損傷理由が労働災害であり,入所中の脊髄損傷者は家庭内での介護が困難な四肢麻痺など,障害の程度が重度であるという特徴がみられた。今後,障害の程度や社会復帰の有無,損傷理由など,より多様な対象者の語りをとおして,得られた結果や仮説の普遍性を検討する必要があると考えられる。
 また,研究3は医師や看護師らの他の施設職員と心理士の連携については本研究では十分に検討することができていない。それぞれのスタッフにそれぞれの役割があり,そのなかで心理士としてどのような援助が可能であるのか,その専門性を今後明らかにしていく必要があると考えられる。
 さらに,本研究では研究1,2において,回想によって「語られた過去」を質的データとして分析を行っており,そのため,以下のような限界があることは,十分に認識しておく必要がある。
 本研究でデータとして用いたような,回想をもとに語られた過去の語りは,記憶の曖昧さや,語り手の主観により,体験された現実が歪められて語られる可能性も生じる。そのため,語られた過去は「現実」に体験されてきた過去と異なる可能性も考えられる。このことから,今後,縦断的研究法によって,本研究で得られた結果を検証していくことは重要であると考えられる。しかし,脊髄損傷者の心の世界,また,活力の回復,アイデンティティの再構築のプロセスは,どのようにその人本人が,自分の歩んできた「過去」を語り,再び組み立て直すのかという点が,より重要な心理的意味をもつと考えられる。近年,医療領域においても,この患者の「物語りnarrative」を尊重する姿勢がナラティブ・ベイスト・メディスンnarrative based medicine(NBM)(Greenhalgh&Hurwitz,1998斉藤他訳,2001)として提唱されている。脊髄損傷者の障害受容および,心理臨床的援助に関しても,この「過去」の語りに注目した研究を,今後蓄積していくことが重要であると考えられる。P104-5

■書評・紹介

■言及



*作成:八木 慎一
UP: 20110425 REV:
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