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『行列のできる審議会――中医協の真実』

新井 裕充 201010 ロハスメディア,352p.

last update:20150720

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■新井 裕充 201010 『行列のできる審議会――中医協の真実』,ロハスメディア,352p. ISBN-10:4990346173 ISBN-13:978-4990346171 1600+ [amazon][kinokuniya] ※ ms

■著者紹介

新井裕充[アライヒロミツ]
ロハス・メディカル論説委員。1967年埼玉県生まれ。1990年、中央大学法学部卒。埼玉新聞の社会部記者として事件・事故、裁判報道などを担当した後、法律関連書籍の企画、編集に従事。2003年、民間企業の法務部で契約審査、紛争処理、内部監査などの業務を担当した後、医療専門誌などの記者を経て現職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

■内容

その凝り性な性格ゆえ、医療業界内で「中医協を誰よりも詳細に報じる男」として知られる著者が、2010年度改定の議論の模様を追いながら、その裏に隠れている本当の問題点に迫った入魂の一作。

■目次

第1章 中医協へようこそ
1 従順な傍聴者たち
2 厚労省に忠実な公益委員
3 弱体化する日本医師会
4 紳士的な病院団体
5 政治力の日本看護協会
6 結束力の支払側
7 御用だらけの分科会

第2章 中医協は何のためにあるのか
1 「上部組織」あり
2 診療報酬で医療機関を誘導
3 全国一律を強制
4 目くらまし
5 補助金頼みにさせて支配する

第3章 これが厚労省のやり方だ
1 餌撒いてハシゴ外す
2 従わなければ脅す
3 逃げる、隠す、開き直る

第4章 中医協は変わるのか
1 政権交代後の新体制
2 厚労省主導は変わらず
3 国民不在
4 利益代表たちの茶番

第5章 議論すべきは何か
1 医療崩壊を阻止できるか
2 厚労省は必要なのか
3 どこまでが医療の分担か
4 国民とは誰のことか

あとがき

■引用

 「DPC(診断群分類包括評価)とは、診断群分類ごとに入院基本料や注射、検査、投薬などに対する報酬を1日あたりの定額払いにする包括支払方式で、高度な医療を提供する「特定機能病院」を皮切りに03年度からスタートした。入院医療費を入院1回あたりいくらという包括払いにする米国の制度(DRG/PPS)をまねたものだ。DPCを導入した理由の一つには、医療費の抑制(医療の効率化)の他、医療の標準化、透明化などの目的もあったと言われる。ただし本家の米国とは、入院1回あたりと入院1日あたりという点で計算方法が異なる。これが後に何度となく出てくるような様々なトラブルの要因になっている。
 厚労省は当初、DPCへの参加を促すため、前年度の収入実績を「調整係数饗」という上乗せの報酬で担保する誘導策を打った。これが「甘い蜜」となって、全国1600の病院に広まった。しかし、そんなオイシイ「調整係数」も10年度から段階的に廃止される。誘導が一段落するとハシゴを外すというのは厚労省の得意技だ。
 現在、DPCを導入している病院では平均在院日数(入院期間)の短縮が進んでおり、厚△056 労省は「効率化」という目的は達成されていると判断している。
 ただ中医協では、長期入院のべッド(療養病床)で経営をややりくりしている「ケアミックス病院」もDPC対象に含まれていることが、いつも話題になる。入院期間を振り出しに戻すためにいったん退院させて再び入院させたり、急性期患者のべッドと慢性期のべッドを行き来させたりして入院期間を操作するような”ズル”があると言われているからだ。
 DPC評価分科会は、急性期の入院医療について専門的に話し合う中医協の下部組織だ。この分科会で承認された後、中医協の基本問題小委員会、総会で正式決定する流れになっている。この日は、DPCの導入によって医療の質が低下していないかが議論された。大学病院の教授らで構成される同分科会には、「ケアミックス病院」を毛嫌いする委員が多い。小山信彌委員(東邦大医療センター大森病院心臓血管外科部長)がこう言った。
 「この(医療の質をめぐる)議論は、基本的にケアミックスがこのDPC対象病院に入ってきた時に議論された。つまり、(出たり入ったりする)キャッチボールで(入院期間が)リセツトされてしまうというのが一番問題なわけです。ですので、やはりこれ(ケアミックス)は別枠で(議論すべき)。ケアミックスが簡単に(再入院などを)できるなら、それに対して何らかの警鐘を鳴らすような調査をする必要がある」△057
 保険局医療課の宇都宮啓企画官は、これに対して「ケアミックスでも急性期をしっかりやっている病院が多いんじゃないか」と擁護した。「ケアミックスといっても、実態として(医療機能の分化を図る観点から)急性期の病院と慢性期の病院が組み合わさったように考えるべきじゃないかというようなお話があって今に至っている」
 「お話」をしたのは、全日病の西澤会長。気を遣うのも当然か。日本のDPCは今後どうあるべきかとか、慢性期医療をどうするかという視点ではなく、団体のトップと厚労省担当者との人間的なつながりなど、その他もろもろで医療政策が決まっていくのだ。
 ところで、小山委員は後に分科会長代理になり、日病協議長にもなった。そのせいか、現在は大学病院の外科部長としての発言ではなく、厚労省や中小病院の立場に配慮するような発言が多くなった。「ケアミックス病院」に対して声高に批判する場面は、もはや見られない。
 中医協の議論というのは、背後に抱える団体や立場によって色々と様変わりする。病院団体は表舞台では常に紳士的に構えている。しかし、その団体数の多さゆえか、水面下で様々な思惑が交錯しているように見える。△058」(新井[2010:56-58])

 「4 国民とは誰のことか
 今日、行政情報の公開が進んでいる。厚労省も審議会の資料や議事録の他、多くの調査結果を公表している。
 しかし、それらはあくまでも官僚の手による”作品”に過ぎない。そして、それをあたか△327 も真実であるかのように国民の目を欺くことに、多くの学者やメデイアが荷担している。

 結論出る前の新聞報道
 10年2月3日、東京都千代田区の九段会館。
 「三浦先生、ちよっとこれを見てくださいよ」
 中医協の開始10分前、記者らが撮影している最中、診療側の鈴木邦彦委員が1枚のコピーを委員に配布している。何だろう?
 厚労省が同日配布した資料に入っていなかったので覗いてみると、「明細付き領収書」「無料発行義務化」「患者団体が要望」「一部医療機関は反対」などの見出しが踊る日経新聞の朝刊だった。6段抜きで大きく報じていた。
 薬害や医療事故の被害者らは、医療費の内訳が詳しく分かる明細書をすべての患者に無料で発行するよう求めている。国立病院など一部の大きな病院では進んでいるが、全国の病院には広がっていない。
 前回の偲年度改定では、支払側委員の勝村久司委員が全患者への無料発行を強く求めたが実現しなかった。△328
 08年度改定に向けた中医協でも同様の一議論が続いていた。まだ結論は出ていなかった。そんなタイミングで、日経がドーン!と書いてきた。
 明細書を全患者に無料で発行することに診療側はまだ賛成していなかったので、「医療側が反対しているから医療の透明化が進まない」という意味かもしれない。
 審議会で結論が出る前に大手のメデイアが報じる場合、「こういう方向でどうでしょう」と誘導する意味もあれば、「こんな方針で決まりですよ」と既成事実化するケースもある。
 確かに、患者にとって医療の内容が詳しく分かることが望ましい。どんな治療を受けたのか、無駄な診察費を取られていないか、患者はそれを知る権利がある。診療側の委員もそういう必要性を否定しているわけではない
 間題は、明細書を見ただけで何の説明もなく理解できるかという点。買い物をしたときに発行されるレシートと違い、医療費の明細書は「外来管理加算」「特定疾患療養管理料」など難しい言葉が並んでいる。
 診療報酬の仕組みは複雑怪奇なので、難解な用語の意味をスラスラ説明することは厚労省の担当者でも難しい。患者からの問い合わせに対応するため、病院の受付に専任スタッフを配置する必要があるかもしれない。そんな事情もあって、診療側の委員が全患者への無料発△329 行を渋っていた。
 そんな矢先、日経が「一部医療機関は反対」と書いてきた。診療側委員は「またか」という感じで苦笑いを浮かべていた。
 結局この日の中医協は、午前・午後とぶっ通しで6時間を超え、午後3時半に終わった。明細書の議論は大揉めに揉め、まとまらなかった。
 トイレに入ると、鈴木邦彦委員と遠藤会長が並んで”連れション”をしていた。「再診料の議論、なかなか入りませんねえ」
 右隣の遠藤会長を見ながら鈴木委員が尋ねた。「事前のレク漬けで疲れた」という声を委員から聞いたことがあるが、いつ、何を議論するのかといった重要な問題は知らせないのだろうか。遠藤会長が笑顔で答えた。
 「あ、やりますよ次回。今週金曜日です」
 言いながら後ろを振り向き、私がいることに気づいた。
 「あ、違いますね、来週です。来週」と言い直した。

 「情報開示のカ」△330
 その金曜日の2月5日、東京都千代田区の全国都市会館3階会議室。
 中医協総会で、笑い声があふれる和やかな雰囲気の中、診療側委員は厚労省が示した明細書のD発行案を笑顔で了承した。
 勝村委員は沈黙したまま、静かに議論の行方を見守っている。
 診療側の嘉山孝正委員は、「それ(明細書)を出した責任を国家がきちっと負うような制度にしていただきたい」と釘を刺しながらも、「全面的に、これ(今回の厚労省案)に対して賛成したいと思います」と述べた。他の診療側委員からも賛成する意見が相次いだ。あれほど揉めた2日前の議論は何だったのだろう。
 診療所の立場を代表する安達秀樹委員も、「個人診療所は一人で(責任を)背負うので、大変つらい話です」としながらも、「この(厚労省案の)趣旨に原則賛成」と笑顔で言った。
 西澤寛俊委員を除く診療側の委員が賛成の弁を述べたところで、遠藤会長が冗談交じりに「どうもありがとうございます。診寮側の委員の皆様から、大変、ご見識のあるご意見が……」と言うと、会場に笑い声があふれた。まるで、何度言ってもきかない子供がようやく自分の非を認めたので、先生ががほめてあげたようなシーンだった。△331
 傍聴していた記者の中には、「反対なら反対ではっきり通せばいいのに」と言う者もいた。私も、どこかすっきりしない気持ちだった。人間、2日でこうも変わるものなのか? こんな急展開は昼のドラマでもめったに見られない。
 「そういうことでありまして、(発行に伴うコストなど)2号(診療)側のさまざまなご意見の内容につきましては、今後検討することを条件にして、22年度からこの(厚労省が示した)スキームを尊入するということこ賛同すると、このように理解してよろしゅうございますね?」
 遠藤会長が診療側委貝に日をやると、一斉にうなずいた。遠藤会長が「はい、ありがとうございます」と謝意を表したところで、ようやく勝村委員がロを開いた。
 「えと……。あの……、あ、ありがとうございます……」
 診療側委員はまるで「望みがかなってよかったですね」とたたえるかのようにニコニコ笑っている。いっもは勝村委員の発言中に目を合わせない委員も笑顔で見つめている。
 「あの……、えと……、まあ、いつも僕たちが言っていたのは……。自分の部屋は非常に散らかっていて片付けていない。だから、お客さんが僕の部屋に入ろうとすると、色々と理由を付けて「入ってくれるな」と言うんですけど、どうしても「入ってくる」と言った時に初△332 めて部屋を掃除する。締麗にしていこうという努力をしていく。そういう情報開示のカっていうのが、きっとあるんじゃないか」
 診療側委員の表情がみるみるうちに曇っていく。会場も静まりかえる。
 「それは、(部屋に)入ってくる人が国民であり患者であり……、本当にそこの主役であるが入ってくるということで、そういう所で……、皆さんが本当に一生懸命やっている所に力になっていこう、一緒に片付けていこう。(個人情報の問題など)いろいろな危惧とか、そういう問題があるのは十分理解できますし、その危惧も患者にしてみたって……、言っていただいているってことなんで、今後の課題ということでは非常にありがたいと思います。ただ、私たちも同じような危倶とか重々、その上で、いろんな呼びかけを始めていっている所をじっくり見てきて、その上で広げていっていいんじゃないかって思っているということもご理解いただけたらと思いますし、あの……。何をやったら完璧ということはないかもしれませんけども、こうい一歩をいただけたことはありがたいと思いますし、あの……、今日出していただいた原案通りで今回始めていただけるということはとてもありがたいと恩います」
 ことろで、この日の勝村医院の発言も、厚労省ホームページの議事録では、「1号側の総意にご理解いただき、感謝申し上げる。我々も明細書発行に伴って発生する問題があれば配△333 慮する必要があると考えているので、今後も検討していきたいと思う」と、たった2行分に編集されている。」(新井[2010:327-334])

■書評・紹介

■言及



*作成:安田 智博立岩 真也
UP:20150720 REV:
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