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『うつろ舟―ブラジル日本人作家・松井太郎小説選』

松井 太郎 著 西 成彦・細川 周平 編 20100813 松籟社,328p.
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last update: 20101029

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『うつろ舟―ブラジル日本人作家・松井太郎小説選』

■松井 太郎 著 西 成彦・細川 周平 編 20100813 『うつろ舟―ブラジル日本人作家・松井太郎小説選』,松籟社,328p. ISBN-10: 4879842850 ISBN-13: 978-4879842855 \1995 [amazon][kinokuniya]

■内容

内容説明
日本からブラジルに渡り、70余年。手強い大地・気候と格闘してきた老移民が、還暦を契機に小説の執筆を開始。遠く離れた故国の言語で刻み込むようにして作った物語は、いま日本国内で書かれ・読まれる小説とは異質の強さ、新鮮さをもつ――集英社「すばる」'08年8月号で紹介され、大きな反響を呼んだ孤高の移民作家・松井太郎、その代表作を編んだ待望の作品集。
内容(「BOOK」データベースより)
若き日にブラジルに渡り、かの地で生き抜き、言語的孤立のなかで日本語で書き続けてきた孤高の作家・松井太郎。その代表的作品を編んだ待望の作品集。大河が流れるブラジル奥地を舞台に、日系移民二世の力強い生を通して、日本人が「日本人」でなくなる臨界点を描いた表題作のほか、4つの短編を収録。
■目次 ■引用

■書評・紹介

◇川村 湊「リベルダージ――ブラジル小紀行」(2010年10月17日 日本経済新聞朝刊(32))で紹介

◇2010/10/21『京都新聞』朝刊:9
日本を超える日本語文学――「到達点」「画期的」と高い評価

今年93歳になるブラジル移民1世の男性が書いた小説が、京都の出版社から刊行された。現地の日系人社会の同人誌などで発表されてきた小説が、日本で単行本として刊行されたのは初めて。作品は日本語で書かれながらブラジル社会に土着化していく2世の人生を描き、構築した京都の研究者らは「日系移民の文学のひとつの到達点」と評価、新聞や書評誌でも取り上げられるなど話題となっている。

京の出版社から刊行――西成彦、細川周平両教授が編集
 松井太郎さん著「うつろ舟」。1917年生まれの松井さんは神戸市出身で、36年に一家で移住。サンパウロ州奥地で農業に従事していたが、還暦を機に息子に課業を譲り、長年の夢だった文芸の道に打ち込んでいる。これまで発表した20以上の作品は、ワープロ打ちの原稿を印刷し、装丁や箱までを自作した「作品集」にまとめていた。
 「二日続いて尾鋏鳥の群れが南方に渡っていった。鳥たちの旅立ったどこか遠い地は、天候が変わりはじめているのかもしれない。……」と始まる表題作「うつろ舟」は、88年から94年にかけ同人誌「コロニア詩文学」で連載された長編。主人公の日系2世「神西継志」は、ふとしたことから妻に暴力を振るい、親が農場を失う。奥地の辺境で「マリオ」と名乗り、猛威を振るう自然の中で出会いや別れ、親子のきずなのはかなさに直面しつつも、運命を受け入れタフに生きる。
 刊行は、国境を越える世界の文学を研究する西成彦・立命館大教授が2002年、サンパウロに滞在した際に松井作品を知ったことがきっかけで、一昨年のブラジル移民百周年を機に、ブラジル日系人文化のフィールドワークで知られる細川周平・国際日本文化研究センター教授と計画。松井さんを訪ね快諾を得た。手紙によるやりとりを繰り返し編集、表題作ほか4編を収録した。
 細川教授によると、日本語の話し手が現在で数万人規模というブラジル日系人社会では職業作家は成立せず、書き手は同人誌や農業誌などに発表、投稿している「日曜作家」だ。細川教授は一昨年、ブラジル日系人の詩歌などの文芸についてまとめた「遠きにありてつくるもの」(みすず書房)を刊行、日系人の「郷愁」について論じた。「ブラジルには多様な民族社会があるが、これだけ書くことへの情熱が強いのは日系社会の特徴では」と話す。
 若いことから本の虫だったという松井さんの書斎には、岩波文庫から哲学書、村上春樹までが置かれていた。松井さんの小説は、心理描写は少なく、人物の行動がストレートに展開。人間関係の微妙な空気の描写を特異とする日本の文学とは対照的で、緊張感あるドラマが持続する。印象的なのは、マリオが釣りの取材で訪ねてきた日本人に対し、日本語が分からぬ迷信深い漁夫のふりをして案内を断る場面。作品は日本語で書かれているが、作中でマリオが話しているのはポルトガル語だということが強烈に明かされる場面だ。
 編集した両氏は松井さんの作品について「主人公が、著者自身とは境遇の異なる2世であったり、ポルトガル語圏の口承文学の手法を取り入れるなど、想像力豊かで幅広い」と評する。刊行後、書評誌で「うつろ舟」をとりあげた文芸評論家の川村湊・法政大教授は「バルガス・リョサ『緑の家』などに連なる、ラテンアメリカの森や自然を舞台としたピカレスク(悪漢小説)的な要素を感じる。南米の日系人文学はこれまで知られていなかっただけに、刊行は日本文学史にとって画期的だ」と評価する。
 ブラジルへの移住事業は71年に終了し、日本語で書く1世は高齢化が進んでいる。細川教授によると松井さんは「いずれ日系社会もブラジルの中に溶けてなくなるだろうが、それを嘆いてもしょうがない」と語っていたという。松井さんの小説はまさにそれを地で行くようだ。「移民による日本語文学が、ついに日本という国を度外視するところまできたひとつの到達点」と西教授。ブラジル移民開始から1世紀、日本からみてちょうど地球の反対側の地から、思いがけない贈り物がもたらされた。
 「うつろ舟」は松籟社刊、1995円。
  (岩本敏朗)

■言及



*作成:片岡 稔
UP: 20100827 REV:20100921 1019, 1029
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