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『医療訴訟のそこが知りたい――注目判例に学ぶ医療トラブル回避術』

日経メディカル 編 20100628 日経BP社,292p.

last update:20111105

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■日経メディカル 編 20100628 『医療訴訟のそこが知りたい――注目判例に学ぶ医療トラブル回避術』,日経BP社,292p. ISBN-10: 482226128X ISBN-13: 978-4822261283 \3990 [amazon][kinokuniya] sjs


■内容紹介


「日経メディカル」に好評連載中の『医療訴訟の「そこが知りたい」』が1冊の本になりました。
「横浜市立大・患者取り違え事件」「都立広尾病院事件」「川崎協同病院事件」「杏林大・割りばし事件」「福島県立大野病院事件」・・・などこの10年の主要な医療裁判を網羅。判例を詳説し、深刻化する医療訴訟への対応策を伝授します。
医療訴訟のトレンドは、医師・患者関係の移り変わり、医療技術の変遷、医療提供体制の変化などの影響を受け、刻々と変わっていきます。2000年代は患者の権利意識の高まりなどにより医療機関の訴訟リスクが増大し、それが現在の医療崩壊の一因となりました。
本書は、数多くの医事紛争にかかわってきた経験豊富な弁護士7人が、47例に上る判例を詳しく解説、この10年の医療訴訟のトレンドや紛争への対応策を探りました。さらに、今後普及が期待される裁判外紛争解決(ADR)についても解説。訴訟リスクが深刻化する中、その予防策を考えるヒントが満載です。
■内容(「BOOK」データベースより)
「横浜市立大・患者取り違え事件」「杏林大・割りばし事件」「福島県立大野病院事件」…。10年間の医療訴訟トレンドと、新時代の訴訟対応ノウハウ。


■目次


発刊にあたって

第1章 この10年の医療訴訟のトレンド
1. 医療訴訟件数の推移…2
2. 判決・訴訟内容の傾向…6
3. 民事の最高裁判例について…12
4. 今後の見通し…19
5. 医療機関の今後の対応…23

第2章 『47の裁判事例に学ぶ』
注目裁判を読み解く…31
・「横浜市立大・患者取り違え事件」
 患者取り違えに気付かず手術 予防体制次第では無責の余地
 (最高裁2007年3月26日判決)…32
・「都立広尾病院・注射器取り違え事件」
 異状死基準で注目の判断 「医療過誤なら届け出」は誤解
 (東京高裁2003年5月15日判決)…37
・「杏林大・割りばし死事件」
 「割りばし事故」で医師無責 刑事・民事で過失判断に違い
 (刑事事件:東京地裁2006年3月28日判決、
 民事事件:東京地裁2008年2月12日判決)…42
・「福島県立大野病院事件」
 胎盤剥離で産婦が失血死 「医学的準則」から医師無罪
 (福島地裁2008年8月20日判決)…47
・「川崎協同病院事件」
 家族の要請で呼吸器取り外し 有罪ながら最も軽い刑罰適用
 (東京高裁2007年2月28日判決)…55
・「軽井沢町軽井沢病院事件」
 医療事故は「信頼を裏切る行為」 交通事故より高額の慰謝料認定
 (東京地裁2006年7月26日判決)…60

治療・処置関連…65
・イレウス手術で“植物状態” 責任は担当医より麻酔科医に
 (札幌地裁2002年6月14日判決)…66
・因果関係ないのに損害賠償 患者に対する温情措置か
 (東京地裁八王子支部2005年1月31日判決)…71
・健診の採血で神経損傷 安易な過失判決に疑問
 (仙台高裁秋田支部2006年5月31日判決)…76
・頭部手術の遅延で医師に過失 疑問点多い不可解な判決
 (福岡高裁2006年10月26日判決)…81
・大腸ポリープ切除でショック死 輸血量不足に「有責」と最高裁
 (最高裁2006年11月14日判決)…86
・カテーテル感染の処置に過失 余命短くても高額な賠償金
 (東京地裁2006年11月22日判決)…91
・暴れる精神病患者に鎮静剤 「問診足りない」と医師敗訴
 (京都地裁2006年11月22日判決)…96
・ミスによる障害の治療受けず 治癒可能性放棄で賠償減額
 (高松高裁2007年1月18日判決)…101
・血栓溶解療法で脳出血死 指針に照らして治療適用なし
 (福岡高裁2008年6月10日判決)…106
・添付文書上は禁忌でも 医師の過失は認めず
 (大阪地裁2009年3月23日判決)…111
・全身・局所麻酔時に患者死亡 過剰投与との因果関係を認定
 (最高裁2009年3月27日判決)…116

診察・診断関連…121
・検査を拒否した患者が急死 医師の説得はどこまで必要か
 (札幌地裁2001年4月19日判決)…122
・抗菌薬で患者がショック死 医師の指示不足が過失に
 (最高裁2004年9月7日判決)…127
・膨張する「説明義務」の範囲 適応ない治療法にも説明要求
 (高松高裁2005年6月30日判決)…132
・乳児のヘルペス脳炎を疑わず 「先進性」「専門性」理由に有責
 (名古屋高裁2006年1月30日判決)…137
・開心術後に腸管壊死で死亡 診断・治療の遅れに過失認定
 (最高裁2006年4月18日判決)…142
・チーム医療の総責任者に 直接の説明義務なし
 (最高裁2006年4月24日判決)…147
・健康診断で肺癌を見落とし 「5年生存率低下」に400万円
 (東京地裁2006年4月26日判決)…152
・入院の勧め足りず医師敗訴 カルテ加筆疑いで心証悪く
 (東京地裁2006年10月18日判決)…157
・動脈瘤の手術合併症で患者死亡 一見十分な患者説明に落とし穴
 (最高裁2006年10月27日判決)…162
・患者に適切に告知すれば 近親者への説明義務なし
 (名古屋地裁2007年6月14日判決)…167
・転医指示せず開業医に過失 胃癌鑑別のための検査勧めず
 (名古屋地裁2007年7月4日判決)…172
・HCV検査勧めるも患者受けず 医師の説明・説得に過失
 (大阪地裁2007年7月30日判決)…177
・カテーテル誤挿入で醜状痕 過度に求められた説明義務
 (京都地裁2007年11月22日判決)…182
・疾患の鑑別前に患者が死亡 他科への併診指示の義務なし
 (東京地裁2008年2月22日判決)…187
・心タンポナーデ措置に遅れ 理解しがたい過失判決
 (京都地裁2008年2月29日判決)…192
・専門外の疾患で患者死亡 医師に診療契約上の過失なし
 (東京地裁2008年9月11日判決)…197
・典型症状欠く肺塞栓症で死亡 検査義務争われるも医師無責
 (大阪地裁2008年11月25日判決)…202

行政・法律解釈関連…207
・患者が薬物犯罪者と判明したら 通報は「正当な行為」と最高裁
 (最高裁2005年7月19日判決)…208
・診療録の開示請求権を否定 自主的な紛争解決が前提に
 (東京地裁2007年6月27日判決)…213
・宿日直を通常労働と認定 割増賃金の支払い命じる
 (奈良地裁2009年4月22日判決)…218
・混合診療の原則禁止は適法 一審と控訴審で判断分かれる
 (東京高裁2009年9月29日判決)…223

看護関連・その他…229
・事故調査報告書の作成に注意 裁判所が提出を命じるケースも
 (東京高裁2003年7月15日決定、広島高裁岡山支部2004年4月6日決定)…230
・セクハラ疑惑の医師が逆提訴 名誉棄損など認められず敗訴
 (東京高裁2006年8月31日判決)…235
・若い医師がうつ病で自殺 病院に安全配慮義務違反
 (大阪地裁2007年5月28日判決)…240
・勤務医の過失で患者死亡 病院より医師の責任重く
 (盛岡地裁2007年6月5日判決)…245
・おにぎり誤嚥し患者死亡 見守り不十分で過失判決
 (福岡地裁2007年6月26日判決)…250
・医療裁判の報道で名誉棄損 医師が自力でテレビ局に勝訴
 (東京地裁2007年8月27日判決)…255
・入院患者がベッドから転落 医師や看護師に過失なし
 (大阪地裁2007年11月14日判決)…260
・迷惑な長期入院患者 通院可能と判断し退院命じる
 (岐阜地裁2008年4月10日判決)…265
・身体拘束に「適法」判断) 最低限の受傷防止策と最高裁
 (最高裁2010年1月26日判決)…270

索引…000
執筆者一覧…000


■執筆者一覧(五十音順) (「奥付」より)


 石黒敏洋(いしぐろとしみ) 札幌アライアンス法律事務所
弁護士。東大卒、1988年弁護士登録、札幌医療事故問題研究会代表。医師側、患者側双方の依頼を受ける。著書に『現代裁判法体系』(新日本法規出版、共著)などがある。

 北澤龍也(きたざわたつや) 北澤龍也法律事務所
弁護士。1987年青山学院大卒、中小企業金融公庫、東京地方裁判所勤務を経て、96年弁護士登録。2005年に北澤龍也法律事務所を開設、医療者側に立った弁護士活動を行っている。

 桑原博道(くわばらひろみち) 仁邦法律事務所
弁護士、東邦大客員教授、順天堂大客員准教授。1993年明治大法学部卒。専門は医療トラブル(医療者側)。著作には「Q&A医療トラブル 対策ハンドブック」(セルバ出版)などがある。

 田邉昇(たなべのぼる) 中村・平井・田邉法律事務所
医師、弁護士。1984年名古屋大医学部卒、東大法学部卒、都立病院、旧厚生省を経て、2001年弁護士登録。自ら診療を行う傍ら、医師の視点で医療訴訟の弁護活動を行っている。

 平井利明(ひらいとしあき) 中村・平井・田邉法律事務所
弁護士、立命館大法科大学院教授。1985年立命館大法学部卒。91年、中村隆法律事務所(現、中村・平井・田邉法律事務所)に入所。主に医療訴訟(医療機関側)、企業法務などを扱う。

 蒔田覚(まきたさとる) 仁邦法律事務所
弁護士。裁判所書記官を経て、1996年司法試験合格。2001年仁邦法律事務所に入所。医療者側の弁護士として、医療訴訟を専門に弁護活動を行う。

 水澤亜紀子(みずさわあきこ) 皆川・水澤法律事務所
医師・弁護士。1989年東北大医学部卒、基幹病院内科勤務を経て、99年弁護士登録。2004年に仙台市で皆川・水澤法律事務所を開設、医療者側に立った弁護活動を行っている。


■SJSに関連する部分の引用



(pp12-15)
3. 民事の最高裁判例について
 この章では、裁判所の「論理」の深化を検討するために、2000年以降における民事医療訴訟の最高裁判例を検証したい。
 医療訴訟において、医療過誤による民事賠償が認められるためには、患者に悪い結果が発生したのみならず、@医師などの過失A悪い結果と過失との因果関係―の証明が必要になる。ただし、医療過誤がなくても、説明義務違反がある場合には民事賠償が認められるケースがある。
 こうした「論理」については、従前からの最高裁判例の集積により構築されていたが、2000年代に入り、最高裁判例においてさらに「論理」が深化している。
(1)過失について
 「過失」とは注意義務に違反することをいうが、医療訴訟における「注意義務」の基準は、臨床医学の実践における「医療水準」とされる(医療水準論)。このような「医療水準」に反した医療行為が行われた場合、初めて「過失」があるとされる(最高裁1982年3月30日判決)。
 医療訴訟における「過失」に関して、最高裁が2000年代に判決を下した主な判例をまとめたのが表5である。IV(127ページ)、 VI(14、142ペー[p14>ジ)、VII(86ページ)は第2章でも取り上げているので参照されたい。以下では、各判例を大まかに分類して解説する。なお、これらのほか、医療過誤に関する過失とは若干異なるが、身体拘束に関する最高裁判例もあり、これは第2章で取り上げている(270ページ、最高裁2010年1月26日判決)。
〔早期診断・治療を示唆した最高裁判例(表5のI・III・VI)〕
 まずIとIIIは、それぞれ重傷外傷と、食道癌の術後の患者について、感染症など将来起こり得るリスクを想定し、その徴候が現れた際には早めに手を打つことを求めた判例である。
 また、VIは心臓血管外科の術後患者について、開腹手術をするリスクと、開腹手術をしないリスクとを比較しつつも、早めに手を打つべきことを示唆した判例である(142ページ)。
〔薬剤添付文書に関する最高裁判例(表5のII・IV)〕
 従来から、最高裁は医療水準について、薬剤添付文書の記載を重視する姿勢を示していたが(1996年1月23日判決)、IIはさらに踏み込み、薬剤添付文書の記載をどのように解釈して診療に当たるべきかについて言及した判例である。
 IVも、抗生物質の薬剤添付文書の記載を念頭に置き、アナフィラキシーショックをはじめ、院内において急変した事態に対して、どのように物品を用意して人を集めるかについて、あらかじめ決めておくことの重要性を示唆した判例である(127ページ)。
〔意見書の評価に関する最高裁判例(表5のV・VII)〕
 医療訴訟においては、患者・医療側それぞれから第三者の医師による意見[p15>書が提出される。V、VIIは、裁判官が意見書を「論理」的に評価する際は、意見書の結論部分を重視するのではなく、その内容を精査すべきとした判例である。
(2)因果関係について
 「因果関係」とは、上記のような「過失」によって患者などに悪い結果(死亡など)が発生したことをいう。「過失」がない場合、同様の結果が発生しても医療者は法的責任を負う必要がないので、「因果関係」に関する医療訴訟上の「論理」も重要になる。「因果関係」が認められるには、「過失」によって悪い結果が発生したという「高度の蓋然性」(高い可能性)が従来から求められていた(最高裁1975年10月24日判決)。

(pp13-14)
表5 「過失」に関する2000年代の最高裁判例
日付 事案の概要 判決の骨子
(I) 01.6.8
 事案の概要:両手圧挫創の傷害を負った工員が、デブリドマンなどの術後、緑膿菌感染に伴う敗血症により死亡した。
 判決の骨子:重症外傷を治療する際には重篤な細菌感染症を発症する可能性を考慮する必要があり、多量の黄色滲出液、発熱の遷延などがある場合、早期に細菌検査を行った上で、抗生物質を選択すべき義務がある。
(II) 02.11.08
 事案の概要:精神障害の入院患者について、フェノバルビタールによる副作用として過敏症が出現し、さらにスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)を発症し、失明した。
 判決の骨子:添付文書の副作用として記載のある過敏症とSJSとは、相互に移行し得るので、過敏症の出現を認めた場合には、十分な経過観察を行い、軽快しないときは投薬を中止するなどの義務を負う。
(III) 03.11.14
 事案の概要:食道癌の術後患者について、経鼻気管チューブを抜管した直後に、喉頭浮腫に伴う気道閉塞から心肺停止となり、植物状態となった。
 判決の骨子:本術式では、術後に高度な喉頭浮腫が起きる恐れがあり、実際、抜管後に喉頭浮腫を認めているのであるから、胸腔ドレーンの逆流とともに、努力性呼吸、しわがれ声などがあった時点で、気道確保を行うべきであった。
(IV) 04.9.7
 事案の概要:S状結腸癌の術後患者について、抗生物質を投与したところ、アナフィラキシーショックで死亡した。
 判決の骨子:投与後の経過観察について適切な指示を行い、アナフィラキシーショックに対する迅速かつ的確な救急処置を取り得る医療体制を確保すべき義務があった。
(V) 06.1.27
 事案の概要:高齢で脳梗塞を発症した入院患者が、MRSA感染などに伴う多臓器不全により死亡した。
 判決の骨子:「過失があったとはいえない」と結論付ける意見書も提出されているが、国立病院などのマニュアル、ほかの意見書、鑑定書の内容を含めて、その内容を検討すると、過失なしと判断することには疑問がある。[p14>
(VI) 06.4.18
 事案の概要:冠動脈狭窄に対するバイパス術後に、腸管壊死により患者が死亡した。
 判決の骨子:開心術後であっても、腸管壊死の可能性が高いと判断された場合には、特段の事情がない限り、開腹手術をすべき義務があった。
(VII) 06.11.14
 事案の概要:上行結腸ポリープ切除後に大量下血を来たして死亡(出血原因は多発性胃潰瘍の合併) した。
 判決の骨子:輸血の実施について高裁は、医療側提出の意見書を根拠として過失なしとしたが、患者側意見書との比較検討が不十分であり、過失なしとすることには疑問がある。


(pp101-105)
ミスによる障害の治療受けず 治癒可能性放棄で賠償減額
 手技上のミスにより患者に障害が生じましたが、その障害を治療するための手術を、患者は合併症のリスクなどを理由に希望しませんでした。裁判所は、患者が治癒する可能性を放棄したとし、賠償金を減額しました。(高松高裁2007年1月18日判決)

事件の概要
 患者(当時60歳、女性)は、2002年2月6日、A病院で大腸癌検査の前処置として高圧浣腸を受けた。その際、〈看護師の手技上のミスで、直腸後壁の穿孔が発生した〉(このケースでは、看護師の処置のミスは自認されており争点となっていない)。その後、患者は6月10日まで同病院に入院し、直腸穿孔の閉鎖術などを受けたが完治せず、B医大病院に転院した。
 B医大病院の主治医は、保存的治療で治癒するのを待ったが改善しなかったため、10月24日、患者の直腸穿孔部位を切除し、腸管を吻合した。その際、腹腔内に強い癒着が認められていたことなどから、縫合不全などの発生を考慮し、〈一時的に人工肛門が造設された〉。術後経過は問題なく、患者は12月1日に退院した。
 しかし、人工肛門を閉鎖する予定となっていた03年2月、患者がB医大病院を受診したところ、直腸肛門側断端に縫合不全による新たな穿孔および慢性膿瘍腔が確認された。そのため、〈人工肛門閉鎖術は施行されず、経過観察が継続された〉。
 退院から約2年後の注腸検査では、小さな穿孔が依然として存在することが確認され、さらに1年後の注腸検査が予定された。しかし実際には、患者が検査時の苦痛に耐えられないなどの理由で、1年後に予定していた注腸検査は実施されなかった。
 また、このころには穿孔の完全閉鎖の可能性が認められたものの、人工肛[p102>門の閉鎖については、患部の高度癒着による手術の困難さ、術後の縫合不全や穿孔部のトラブルの可能性、全身麻酔では脳梗塞・心筋梗塞発症の可能性が比較的高いことなどの事情があったため、〈患者は人工肛門閉鎖術を受けず、人工肛門のまま生活していくことを選択した〉。
 そこで患者は、人工肛門を付けた状態で症状が固定したとして、後遺障害の残存を主張し、A病院の開設者を相手取り、慰謝料や休業損害などに対する賠償を求めて提訴した。

判決
 一審では、病院の過失による休業損害や入院・退院費用、慰謝料などを認め、合計約1300万円の損害賠償を命じた。しかし、後遺障害に関する損害は認めなかった(高知地裁06年3月3日判決)。
 その理由として高知地裁は、「後遺障害を認定するためには、症状が固定していることが必要である」という前提に立ち、「(患者が苦痛を理由に予定されていた注腸検査を受けていないため)人工肛門閉鎖術の施術による具体的リスクがどの程度であるかも証拠上明らかであるとはいえないことから、原告がその意思によって、人工肛門閉鎖術の施術を受けないこともやむを得ないと認めるに足りず、(中略)、原告の症状が固定しているものと認めることはできない」と判示した。
 これに対して、控訴審は「“症状固定”とは、旧労働省労働基準局監修[p103>『労災補償障害認定必携』に示されている『傷病に対して行われる医学上一般に承認された治療方法をもってしても、その効果が期待し得ない状態であって、かつ残存する症状が自然的経過によって到達すると認められる最終の状態に達したとき』を意味する」とした。
 そして、「慢性膿瘍腔が完全に消失していると医学的に認められるか否かにかかわらず、患者が人工肛門閉鎖術の施術を受けることに同意することはもはや期待できず、患者に同施術を受けるのを強いることは、医学的にみても法的にみても酷であると評価できるから、上記の要件を満たすのであって、症状は固定したと判断できる」として、後遺障害等級9級に相当する程度の後遺障害と認定し、それに基づく損害賠償を肯定した。
 その上で、人工肛門閉鎖術を希望しないとした患者の態度は、「〈自ら手術を受けて治癒する可能性の機会を放棄したものと評価することができる〉」として、後遺障害にかかる損害分について20%の限度で減額した(高松高裁07年1月18日判決)。

解説
 損害賠償制度は、社会に発生した損害(損失)を誰に負担させることが社会的に公平かという観点に基づく制度です。例えば、加害者の故意や過失により損害が発生した場合、加害者に損害を負担させることは、社会的に公平ということです。
 では、被害者側にも落ち度がある場合はどうなるのでしょうか。このような要素を全く考えないのは、公平とはいえません。例えば、民法722条2項は「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」としています。この概念を「過失相殺」といいます。
 過失相殺は、加害者と被害者間の過失割合のバランスを調整する必要性が考えられるケースで、広く応用されています。例えば、発生した損害に関連してさらに損害拡大が見込まれるときには、被害者にも損害の拡大防止義務があると考えられています。従って、損害拡大の防止が可能な場合に、被害者の不注意で損害が拡大した場合には、加害者側は拡大した損害の責任を負担しないか、あるいは減額されることとなると考えられています。[p104>
 本件は損害拡大の防止ではなく、損害を縮小させる方向での行為が問題となっていますが、根本的な考え方は同じです。このケースの場合、患者が手術を受けないことに対しては、医学的に妥当であると考えられており、裁判所もそれを認めています。しかし一方で、後遺障害から回復する可能性もあり、患者がその可能性を放棄して後遺障害を自ら固定した、という考え方もできます。
 医療行為は医療者と患者の双方の協力関係が前提ですので、患者が協力しないのに医療者側がすべての責任を負うことは公平ではありません。〈治癒する可能性を自ら放棄したものと評価できる場合、損害賠償額が減額されるという今回の裁判所の考え方は、損害賠償の基底にある公平の観念に合致しています〉。20%という数字については、特に根拠が示されていないので妥当性を判断することはできませんが、考え方としては、医療裁判のあるべき方向性を示した判決といえます。
 なお、患者が治療を拒否した場合は、患者の意思確認を十分行うことが必要で、可能な限り家族などにも説得に当たってもらうことも重要です。その際には、治療を行わない危険性などを家族に十分に説明しなければなりません。家族が事態をしっかり理解した上で患者を説得したか、およびその結果はどうだったかは重要なことなので、家族による説得にはできるだけ医師自身が立ち会って、かつ内容をカルテや看護記録に記載することが重要です。
 このような例があります。スティーブンス・ジョンソン症候群で入院していた患者に対して、処置をしなければ命にかかわることなどを説明したものの、患者が「死にたい。どうなってもいい。何もせんでいい」などと述べて、医師の処置を拒否したケースです。裁判所は、「患者の言動は、苦痛を伴う治療を受ける患者によく見られる言動と同様の性質のものであって、その真意は治療を拒絶し死をすら願っている意思の表明ではなく、医療行為による苦痛の除去を強く嘆願している意思の表明であると解され、医師の手段を尽くした対応が要請される局面であった」として、医師側の責任を認めました(福岡高裁02年5月9日判決)。
 また、カルテや看護記録に書いてあることしか認定しないと公言する裁判官が、いまだに存在しますので、そうした記録は重要性を持っています。しかし、カルテの電子化とともに、このような出来事の記載量が減っていることが懸念されますので、注意が必要でしょう。[p105>

Q&A 3分でわかる判決のポイント
 Q:患者が治療に同意せず、患者に損害が発生した場合、医師が免責される場合はあるのでしょうか?
 A:あります。ただし、十分な説明と説得がなされていることが前提です。例えば、このような事例があります。
 交通事故に遭った患者が病院に搬送されてきました。肝損傷の可能性があり、CT検査などを行う必要があることを再三説明し、また患者の家族や警察からも説得させましたが、患者は「俺がどうなろうと大きなお世話だ。殴られたくなかったら、ごちゃごちゃ言わずに早く帰せ」と言って検査を受けず、その後死亡しました。
 このケースについて裁判所は、遺族からの損害賠償請求を棄却しました。その理由として裁判所は、「患者の状態が診察、検査を続行し、経過を観察すべきであると判断される場合には、診察、検査を受けることを拒んだとしても、人の生命および健康を管理すべき業務に従事する者として、医療行為を受ける必要性を説明し、適切な医療行為を受けるように説得することが必要である」と示した上で、「必要な説明、説得をしてもなお患者が医療行為を受けることを拒む場合には、医師らに診察・検査を続行し、経過を観察すべき義務があったということはできない。なぜなら、医療行為を受けるか否かの患者の意思決定は、患者の人格権の一内容として尊重されなければならないのであり、最終的に医療行為を行うか否かは、患者の意思決定に委ねるべきだからである」と判示しています(札幌地裁2001年4月19日判決、122ページ)。(平井利明)


*作成:植村 要
UP: 20110920 REV: 20111105
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