『電子書籍の衝撃――本はいかに崩壊し、いかに復活するか?』
佐々木 俊尚 20100415 ディスカヴァー・トゥエンティワン,303p.
last update:20100811
■佐々木 俊尚 20100415 『電子書籍の衝撃――本はいかに崩壊し、いかに復活するか?』,ディスカヴァー・トゥエンティワン,303p. ISBN-10:4887598084 ISBN-13:978-4887598089 \1100+税 [amazon]/[kinokuniya] ※ eb
■内容紹介
『2011年 新聞・テレビ消滅』!? では、本はどうなる!?
キンドルに続き、アップルiPad 登場。それは、本の世界の何を変えるのか?
電子書籍先進国アメリカの現況から、日本の現在の出版流通の課題まで、
気鋭のジャーナリストが今を斬り、未来を描く。
本が電子化される世界。
それは、私たちの「本を読む」「本を買う」「本を書く」という行為に、
どのような影響をもたらし、どのような新しい世界を作り出すのか?
■内容紹介(「BOOK」データベースより)
『2011年 新聞・テレビ消滅』!?では、本はどうなる!?キンドルに続き、アップルiPad登場。それは、本の世界の何を変えるのか?電子書籍先進国アメリカの現況から、日本の現在の出版流通の課題まで、気鋭のジャーナリストが今を斬り、未来を描く。
■内容紹介(著者後書きより)
私は年に数百冊も本を購入し、たぶん百冊以上はちゃんと読んでいる活字中毒者です。
そして同時に、年に四~五冊も本を出している書き手のひとりでもあります。
その意味で、キンドルやiPadのような電子ブックリーダーが出てくることによって、
本の世界がどう変わっていくのかは自分にとっても切実な問題としてとらえています。
本文中で何度も書いていますが、間違えてはならないのは、
「電子ブックの出現は、出版文化の破壊ではない」ということです。
何千年も同じような活字形式で人々に愛されてきた本は、そう簡単には崩壊はしません。
そこがたかだか数百年の歴史しかない新聞や、
あるいは登場してから数十年しか経っていないテレビとは違うところです。
でも活版印刷が十五世紀に発明されて本の流通と読まれ方が劇的に変わったように、
電子ブックも本の流通と読まれ方を大きく変えるでしょう。
■目次
第1章 iPadとキンドルは、何を変えるのか?
*姿勢と距離から見る、コンテンツとデバイスの相性
*キンドルの衝撃
*これ以上ないほど簡単な購入インターフェイス
*物理的制約を離れ、膨大な数の書籍の購入が可能に
*ハードカバーの約3分の1という戦略的低価格
*複数のデバイスで読書が続けられる仕組み
*「青空キンドル」? 日本語の本はまだだが……
*「ヌック」「ソニーリーダー」……百花繚乱のアメリカ・ブックリーダー
*アマゾン・キンドル最大の対抗馬、アップルiPadの登場
*iPadが有利なこれだけの理由
*iPadが不利な三つの点
*決め手は、プラットフォーム
*電子ブックによって本は「アンビエント」化する
*ここまで進んでいる音楽のアンビエント化
*そして、情報のマイクロコンテンツ化へ
*本のアンビエント化の先にあるものは?
第2章 電子ブック・プラットフォーム戦争
*ベストセラー作家が電子ブックの版権をアマゾンに
*電子ブック、ディストリビューターの広がり
*出版社の勝算なき抵抗
*そして、アップルiPad の参入
*マイクロソフトから始まったプラットフォームビジネス
*音楽のネット配信、テクノロジー業者とレーベルとの戦い
*アップルiTunesミュージックストアの登場と勝利
*音楽業界におけるアップルのプラットフォーム戦略を完全にコピーして挑んだキンドル
*アマゾンのホールセール契約を覆させたアップルのエージェント契約戦略
*アップルは出版社にとって、ホワイトナイトか? トロイの木馬か?
*メディア同士のアテンションエコノミーの戦いの中で
*グーグルブック検索の参入
*グーグル和解問題は、日本の出版業界でも大騒動に
*グーグルは何を狙っているのか?
*出版社連合の電子ブック・プラットフォーム構築の失敗
*わずか二年で失敗した、日本の「電子書籍コンソーシアム」
*著作権二次使用権の問題
*取次中心の業界のしがらみから脱却できず
*そして、書き手の参入へ
第3章 セルフパブリッシングの時代へ
*アマゾンで、だれでも書き手の時代到来!?
*ISBNコードを取得する!
*アマゾンDTPに、アカウントを登録!
*原稿をアップロードする!
*電子書籍は「出版文化」を崩壊させるのか?
*アマゾンでのセルフパブリッシング、オンデマンド印刷も
*プロモーションはどうするか? マーケティングの新しい潮流
*楽曲のセルフディストリビューションに挑むまつきあゆむさん
*マスモデルはゆるやかに崩壊へと
*記号消費――モノですべてを語った時代
*記号消費の時代、音楽シーンで起こっていたこと
*記号消費の終焉へ
*ネット配信が音楽の好みの細分化を加速させる
*従来のアーティストの収益モデルの崩壊
*ソーシャルメディア時代を生きるスキル
*有名人気アーティストも
*セルフディストリビューションは、音楽をいかに変えたか? セルフパブリッシングは、出版をいかに変えるか?
*マイスペースで、三週間で二〇〇〇万人! 無名ロックバンド、「ハリウッド・アンデッド」の場合
*巨大レーベル主導から零細ミュージックカンパニーへ
*音楽業界の主流は、三六〇度契約へ
*電子ブック時代の出版社は?
第四章 日本の出版文化はなぜダメになったのか
*若い人は活字を読まなくなったのか?
*ケータイ小説本がなぜ売れたか?
*ケータイ小説は、コンテンツではなくて、コンテキスト
*それは、ヤンキー文化と活字文化の衝突だった!
*流通構造の問題を探る。再販制のはじまり
*いまも引き継がれる流通プラットフォームの問題点
*一九九〇年代まで出版界が好調でいられた本当の理由
*壮大なる自転車操業と本の「ニセ金化」
*「出版文化」という幻想
*守られるべきものとは何か?
終章 本の未来
*電子ブックの新しい生態系
*書店の中にコンテキストをつくった往来堂書店、安藤哲也さん
*電子ブックは、結局ベストセラー作家だけが売れる?
*食べログとミシュラン、あなたにとって有益な情報は?
*マスモデルに基づいた情報流路から、ソーシャルメディアが生み出すマイクロインフルエンサーへ
*すでに始まっているマイクロインフルエンサーによる本のリパッケージ
*多くのマイクロインフルエンサーと無数のフォロワーが織りなす未来の本の世界
*本と本の読まれ方はいかに変わっていくか?
*コンテンツからコンテキストへ。ケータイ小説が読まれる理由
*ソーシャルメディアの中でのコンテキスト構築がこれからの出版ビジネスの課題
*そして、読書の未来に
あとがき
■引用
「まず用語について、最初に説明しておきましょう。
電子化された本は、英語圏では「ebook」と呼ばれています。(中略)<4<
この本ではわかりやすく分けるため、従来の紙の書籍を「本」と表記し、電子書籍のことは「電子ブック」と記します。
また、本を書く人のkとおは一般的には「作家」「著者」と呼ばれていますが、この本では無名のブロガーなども本を書くようになることを想定し、作家や著者という呼称は使いません。本を書く人はすべて「書き手」と表現しています」(3-4)
「コンテンツは、それに適した「姿勢」と「距離」が用意されていないと、じっくりと楽しんだり取り組んだりできません。(中略)<18<
このように考えると、書籍はどのようなデバイス(電子機器)で読まれるべきなのかが見えてきます。
まずパソコンはオン(作成者注:コンテンツを楽しむだけでなく、自分からも積極的に参加したり、情報を発信する姿勢をオンとしている)なので、書籍を読むのには適していません。机の前に座ってデスクトップパソコンの画面で書籍を読むのは本当につらいですし、ノートパソコンでもちょっと重くて疲れてしまいます。だいたい二つ折りのあの形状は、片手で持つのには適していません。<19<
ケータイだと書籍と同じオフ(作成者注:コンテンツを楽しむ姿勢、頭がオフになっている状態をオフとしている)なので、かなりいい線です。しかし紙の書籍にくらべると画面があまりにも小さく、紙の本になじんだ普通の読者にはちょっと受け入れられないでしょう。特に三〇代後半から上の世代には、抵抗感が大きいと思います。
ただ二〇〇八年にブームになったケータイ小説は、ケータイの小さな画面で読まれています。中には紙の書籍にして上下二分冊になっているような長いものもあるのですが、ケータイを使いこなしている一〇代から二〇代半ばぐらいまでの若者にとっては画面の小ささはあまり気にならないようです。(中略)<20<
とはいえ、いまのところは本を読む層の多くは紙の書籍の読者層とオーバーラップしているため、ケータイが書籍のリーダーとして定着することは現時点ではないでしょう。そこで、「画面が大きくて距離が近く、リラックスして読めるオフのデバイス」の必要性が浮上してきます。
これこそがタブレットサイズの電子ブックリーダーです。ソファやベッドで寝転んだ状態でも読める手ごろな大きさと軽さで、しかも紙の本の大きさと同じぐらいの画面と読みやすさを備えていること」(16-20)
(作成者注:24-29ページより。キンドルが画期的だった四つの理由の説明のまとめ)
(1)パソコンがいらない。データ通信機能が内蔵されているから。
(2)膨大な数の書籍が購入できること。発売当初9万点、2010年3月時点で42万点。
(3)本の価格が驚くほど安い。通常2500円前後が9.99ドルに。
(4)ネットワークを意識していること。キンドルで本を購入すると、パソコンやiPhoneのアプリにも自動的に表示されるので、ケーブルに接続してコンテンツをコピーしたりする必要がない。どこまで読んだかなどの情報も全デバイス間で同期。
(作成者注:32-34ページより。2009年末に発売されたバーンズ&ノーブルの電子ブックリーダー「ヌック」についてのまとめ)
・キンドルにそっくり
・違っているのはキーボードではなくタッチスクリーンが配置されていること。
・また無線LANを内蔵している点。
「そしてついに登場したiPad。
しかしこれは、キンドルとはかなり異なる電子ブックリーダーでした。最大の違いは、キンドルが書籍しか読めない専用機であるのに対し、iPadは「汎用機」であること。つまり、電子ブックリーダーとしてだけでなく、動画や音楽、ゲームなどを楽しめる多用途のデバイスだったのです」(38)
(作成者注:39-40ページより。iPadがキンドルに比べて有利な三つの点のまとめ)
(1)汎用機としての魅力。パソコン、ケータイに次ぐ三番目のデバイスになる可能性も。
(2)iPadはiPhoneをベースにしていること。三万点以上あるiPhoneのアプリケーションを使うことが可能
(3)iPhoneユーザーが世界で三〇〇〇万人以上いること。iPadをすぐに使い始められる。
(作成者注:iPadがキンドルに比べて不利な三つの点のまとめ)
(1)サイズと重量、バッテリー持続時間などのスペック。一週間以上もつキンドルに比べ、連続10時間しかもたない。
(2)バックライト付き液晶画面であること。イーインクを採用しているキンドルと比べて眼が疲れやすい。
(3)価格。キンドル259ドルに対し、iPad499ドル。
「しかし、「どちらの製品が高性能なのか:「どちらの製品が画面が見やすいのか」といったモノそのものについての議論は、実のところあまり意味はありません。たくさん売れれば価格はどんどん低下していくでしょうし、画面にしてもイーインクは近くカラー化し、数年後には動画再生可能なレベルにまで向上させるとアピールしています。そのころには、キンドルもiPadもそれってイーインクを採用しているかもしれません。(中略)<43<
だから重要なのは、そのような製品としての出来不出来ではありません。
ではいったい何が、電子ブックリーダーの戦争のゆくえを決めるのでしょうか?
それは「プラットフォーム」です」(42-43)
「では、電子ブックで求められるプラットフォームとは、どのようなものでしょうか。
それは次のようなものです。
多くの人気書籍をラインアップできている。
読者が読みたいと思う本、あるいは本人は知らないけれど読めばきっと楽しめる本をきちんと送り届けられる。<44<
そうした本をすぐに、しかも簡単な方法で入手できて、その時々に最適なデバイスを使い、気持ちよい環境で本が楽しめる」(43-44)
「「アンビエント」という言葉があります。「環境」とか「遍在」と訳されたりしますが、私たちを取り巻いて、あたり一面にただよっているような状態のことです。
iTunesは、音楽をアンビエントにしました。
それまでは音楽を聴こうと思うと、CDプレーヤーに音楽CDをセットしたり、あるいは外に持ち出そうと思うとカセットテープやMDにコピーしたりと、面倒な手間が必要でした。
ところがiTunesによってそうした手間のほとんどは消滅し、いつでもどこでもどんな場面でも、自分が音楽を聴きたいと思った瞬間に手元のデバイスから魔法のように楽曲をひきだすことができるようになりました。これがアンビエント化です」(45)
「iTunesが引き起こしたのは、音楽のマイクロコンテンツ化でした。
マイクロコンテンツとは何でしょうか。<53<
それはいま、メディアの各場面で起きている現象です。わかりやすく言えば、新聞記事や動画、音楽などのコンテンツがバラバラに細分化され、断片化してしまって流通するようになるという意味です」(52-53)
「これはある意味で、ひとつひとつの楽曲が単体で存在することの意味がなくなっていって、その楽曲を包括する音楽空間、あるいは音楽を取り巻くコンテキストそのものに人々が接続されていくような世界なのです」(55)
「アンビエント化がそのような本に与える最大の影響はマイクロ化ではなく、リパッケージ――つまりいまあるパッケージをはぎ取られて、別のかたちに再パッケージされることです」(58)(作成者注:「はぎ取られて」の部分は漢字であったが、環境依存文字であるため、平仮名で記した)
「キンドルやiPadのような電子ブックは、単なる単体のデバイスではありません。デバイスとキンドルストアという販売サービス、それに購入した電子ブックを管理するシステムが一体となったネットワークです」(71)
「そして、このiPadが二〇一〇年一月下旬にどうも発表されるらしいという噂が年末に流れはじめ、しかもアップルは電子ブックの販売手数料を三〇%に抑える交渉を出版社と行っているらしいという情報も出てきました。
キンドルストアはベストセラーと新刊以外は、六五%のマージンを取っています、つまり一〇〇〇円の本だと六五〇円をアマゾンが取るという契約なのですが、アップルは「うちは三〇〇円の取り分でいいよ」と出版社に持ちかけたということなのです。
こうした情報に対して、年明けからアマゾンは矢継ぎ早に対応策を繰り出しはじめました。最初に行ったのは、手数料をアップルと同じ三〇%にまで引き下げるという戦術です。ただし、単なる引き下げでは、アップルに対抗できません。そこで、「九・九九ドル未満二・九九ドル以上の電子ブックの場合だけ」「紙の本より二〇%以上安い価格で電子ブックを売る場合だけ」「音声読み上げなど、キンドルストアで用意されているすべてのオプ<76<ションを受け入れること」「他社(つまりアップル)よりも安い値段に設定した時だけ」といった条件を加えて、この条件をクリアした時にだけ三〇%を受け入れる、ということにしたのでした。
これはトラップだらけの実に巧妙な戦術です。アマゾンのしたたかさには、舌を巻くしかありません。
(中略)
<77<さらに、「音声読み上げなどキンドルストアで用意されているすべてのオプションを受け入れる」という条件。これについてもさっきの『fladdict』(作成者注:iPhoneのアプリケーションの開発者として有名なプログラマーが書いているブログ)は「「個人的にはこの条文が毒入りケーキの毒の部分。この条文を受け入れた瞬間にいろいろなものにサインすることになる。将来キンドルがオンデマンド印刷や全文検索、書籍前半三〇%の無料試し読みをしようが、すべて同意したことになる」と書いています。
恐ろしいですね。アメリカのネット企業は、なんとしたたかなのでしょう」(75-77)(強調部分作成者)
(作成者注:キンドルのアプリケーションについて)
「さらに電子ブックも、アプリケーションと組み合わせればより高度なものを作ることができるようになり、たとえば検索機能付きの旅行ガイドやレストランガイド、双方向クイズ機能付きの教科書、音声の出る電子ブックといった「エンハンスドブック」(拡張された本、という意味です)と呼ばれるようなコンテンツの出現も予想されているようです」(78)(強調部分作成者)
(作成者注:日本の電子書籍コンソーシアムについて)
「コンソーシアムには、日本を代表する大手出版社の大半が参加していました。文芸系、ノンフィクション系、エンターテインメント系など各社が持っている膨大な数の書籍コンテンツをデジタル配信できれば、電子書籍はすぐにビジネスとして立ち上がるのではないかと、参加したメンバーは漠然とイメージしていたようです。
ところが実際に配信を始めようとしてみると、どの出版社も作家から電子ブックでの出版の許諾を得ていないことが発覚したのです。許諾の交渉をコンソーシアムで進めようという計画も浮上しましたが、各出版社の事情が違いすぎ、そんなことはまったく不可能でした。つまりは出版社が膨大なコンテンツ使用権を持っているというのは、まったくの幻想だったわけです」(124)
「この電子書籍コンソーシアムには、ほかにもいろんな問題がありました。
本当はインターネットを経由して電子ブックをどう流通させるかという枠組みまで検討するはずだったのですが、本の卸売を行っている取次が参加していたことから、「書店を中抜きしたら困る」という話になり、結果としてネット配信ではなく書店に端末を置くという変なしくみになってしまいました」(125)
「ソニーはLIBLIé(リブリエ)という電子ブックの発売に合わせて「タイムブックタウン」という電子ブックの販売サイトを開設しましたが、パソコンからいちいちUSBケーブルで転送しなければならない面倒さに加えて、なんと購入した本が六〇日間しか読めず、六〇日間を過ぎると自動的に消えてしまうというひどいしくみを採用していました」(126)
「松下が発売したΣBook(シグマブック)という電子ブックリーダーも似たり寄ったりでした。このΣBookの販売台数はわずか数千台、さらに後継のカラー化されたWords Gear(ワーズギア)という製品に至っては、わずか二〇〇〇台しか売れなかったと言われています。
この時、松下の広報担当者はITメディアというウェブのニュースサイトの取材に「専用端末の大きさや重さがユーザーに受け入れていただけなかったのだろう」と語っています。
しかしこのコメントは大いに間違っています。Words Gearは重さ三二五グラムで、一五二×一〇五×二八・四ミリ。それに対して世界で三〇〇万台売れているキンドルは重さ二九二グラムで、一九一×一三五×一八ミリ。重さや縦横サイズはほとんど変わりません。
売れなかったのは大きさや重さではなく、消費者に快適と感じられる心地よいネットワークを作り上げることができなかったからなのです」(127)
「ソニーや松下が失敗した背景には、日本のメーカーが「いいものを作れば売れる」という根拠のない信仰にあいかわらず囚われていて、デバイスのインターフェイスの使い勝手<128<やネットワークに無頓着であることが大きな原因になっていますが、加えてもうひとつの要因も忘れてはなりません。
それは、日本の本の流通システムが硬直化してしまっていることです。
日本では、多くの場合、本は出版社から取次に卸され、取次が全国の書店に配本しています。取次が流通のプラットフォームとして確立しているわけです。
しかし、もし電子ブックが普及して出版社や書き手が直接電子ブックのプラットフォーマーやディストリビューターとやりとりするようになってしまうと、取次は存在意義をなくしてしまい、書店も潰れてしまいます。
これは取次にとっては決してあってはならない展開で、だから二〇〇〇年の電子書籍コンソーシアムでも電子ブックをネットで流通させず、「書店の店頭でダウンロード」のような変なシステムに無理矢理変更させてしまったのです」(127-128)
「そもそもいまの出版業界自体がそういう「良い本」をきちんと作って販売できるような状況になっていません。
つまりは「良い本が読者に届けられる出版文化」という前提自体が、一九八〇年代のニューアカデミズム・ブームのころを最後に崩壊してしまっていて、いまの出版業界はその残滓を食い尽くしながら、一方で生き残りのために自己啓発本をはじめとする一般に受ける本を量産しているにすぎないのです。<145<
こういう自己啓発本中心の文化を「守るべき」と考えている人は、日本の出版人にはほとんどいないでしょう。だったらみんな、何を守ろうとしているのでしょうか?」(144-145)
「この「出版文化」って、いったい何のことを言っているのでしょうか?
銀座の文壇バーで書き手と酒を呑む文化のことですか?<239<
それとも、大手出版社で社員編集者に支払われている高い給料でしょうか?
情報が出版社やテレビ局、新聞社に独占されていて、過剰な富がもたらされていた時代のなごりにしがみつき、その時代に蓄積された富で飽食し、惰眠を貪るのは自由です。しかし、そうやって文壇バーでどうでもいい噂話にうつつを抜かしている間に、本のプラットフォームは土台から崩壊しはじめていることに彼らは気づいていません。
守るべき「出版文化」なんていうものは、そもそもが幻想でしかないのです」(238-239)
「最も大切なのは、
「読者と優秀な書き手にとっての最良の読書空間を作ること」
です。決して出版業界の給料を高止まりさせたり、雇用を維持することを目的にしてはならないのです。
逆に言えば、出版業界の現状維持を目的にしてしまった結果、従来の劣悪な読書空間が放置されるというのは、読者にとっても書き手にとっても不幸な事態でしかありません。
そしてこの不幸な事態を、ついに登場した電子ブックが突破してくれる――いまやそういう期待が高まってきているのです」(244)
「健全な出版文化とは、マニアックな本、特定分野に特化した本、全員に読まれる必要はないけれどもある層の人たちにはちゃんと読まれたい本、そういう本がきちんと読者のもとに送り届けられるような構造をいいます。ベストセラー優位の構造だけではダメなのです」(260)
「さて、私の見通す電子ブックの円環は、これでついに完成しました。
キンドルやiPadのような電子ブックを購読するのにふさわしいタブレット。
これらのタブレット上で本を購入し、読むためのプラットフォーム。
電子ブックプラットフォームの確立が促すセルフパブリッシングと、本のフラット化。
そしてコンテキストを介して、本と読者が織りなす新しいマッチングの世界」(300)
■書評・紹介
■言及
*作成:櫻井 悟史