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『臨床社会学ならこう考える――生き延びるための理論と実践』

樫村 愛子 20091120 青土社,358p.


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樫村 愛子 20091120 『臨床社会学ならこう考える――生き延びるための理論と実践』,青土社,358p. ISBN-10: 4791765184 ISBN-13: 978-4791765188 2520 [amazon][kinokuniya] ※

■著者略歴

青土社ホームページより
 1958年京都生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科社会学専攻博士課程満期退学。現在、愛知大学文学部人文社会学科教授。専門はラカン派精神分析の枠組みによる現代社会・文化分析(社会学・精神分析)。著書に、『ネオリベラリズムの精神分析』(光文社新書)、『ラカン派社会学入門』 『「心理学化する社会」 の臨床社会学』(以上、世織書房)。共著に、『ネオリベ現代生活批判序説』(新評論)、『ジェンダーと社会理論』(有斐閣)など多数。

■目次

T 基礎
0 はじめに
   1 ネオリベ主体批判
   2 「再帰性/恒常性」、「心理学化」、「脱文化化」(文化の身体化)、「ケア関係」
   3 臨床社会学の可能性

U 理論
1 ポストモダン的 「民意」 への欲望と消費
    転移空間としてのテレビにおいて上演される 「現実的=政治的なもの」
      特権的シニフィアンとしての 「民意」
   1 「制限選挙」 と 「世論調査」 から排除される 「政治的なもの」
      「現実的なもの」 の頻出と即席政治としての 「民意」
      世論のマクドナルド化と政治のポストフォーディズム化
      「世論なんてない」
   2 神経症的テレビは、シニシズムとウラ探しとしての 「不平政治」 に明け暮れる
      「欲動化」 するテレクラシー
      ジャーナリズム界の、そして 「民意」 を盾にした政治権力の、専門界への侵犯
      「戦略型報道」 が生む政治的シニシズム
      ポスト(モダン)・エモーションを伝達するテレビ
      テレビにおいて行われるバッシング、またテレビ(やらせ、捏造)バッシングにおける 「民意」
   3 「政治的なもの」 の美学と可能性
      ラクラウにおける 「民意」
      ランシエールによるブルデュー批判
   4 儀礼としての日本の民意――日本における 「輿論」 と 「世論」 の混在

2 「資本主義の言説」(ラカン) と 「新しい心理経済」(メルマン)
   1 「評価」 の時代の 「質を失った人間」(ミレール)
      「主人のシニフィアン」 としての 『評価』 の系譜
      「主人のシニフィアン」 の単純化/スピリチュアル化
   2 「見せかけの現実界」(ラカン)
      衝動の肥大化による 「居心地の悪さ」
      「シーニュの経済」
      「現実界」 に食われる主体と世界
      消費者が現実界化させられる例
   3 「主人の言説」 の解体変形版としての 「資本主義の言説」
      「主人の言説」 の解体
      「資本主義の言説」
   4 「新しい心理経済」(NEP:la nouvel le economie psychique)の分析へ向けて

3 現代社会における構築主義の困難
      はじめに
   1 グローバル資本主義社会における構築主義
   2 構築主義の言語論的限界と精神分析理論の唯名論化(バトラー、ジジェク)
   3 否定神学的精神分析理論が排除している構造生成
   4 自閉症から見える、他者先行的主体形成

4 ジェンダーと現代の精神分析
   1 「性」 と 「身体」 の 「脱自然化」――フェミニズムと精神分析
      「性」 の 「ヒステリア」 と 「パラノイア」
      「非主体」 「非言語」 「身体」 の脱自然化
      「自然化」 の再生産
   2 イマジナリーと攻撃性――他者を通じた自己形成
      女たちの絆と 「亡霊」――無意識的欲望の支配
      コーネルの母のイマジナリーと尊厳――「理想自我」 としてのフェミニズム
      幻想の構築性と倫理性――イマジナリーの両義性
      性的犯罪者のイマジナリー――無意識の性幻想
      性と攻撃性
      フェミニズムが排除した攻撃性
   3 メランコリーと同一化――主体のラディカルな再構成
      フェミニズム映画分析――同一化をめぐる議論へ
      フェミニストによるマルヴィ批判――女性観客経験の記述
      ヒッチコックにおける過剰的同一化――女性主体の世界を描く映画
      メランコリーと同一化――失われた対象への同一化
      「ミメーシス」(反復強迫)――新たな表象空間の可能性
   4 まとめ

5 ポストモダンにおけるメランコリーと倒錯
   1 スピノザ的主体のマクドナルド化――精神分析の心理学化的剥奪
      再帰的主体のマクドナルド化
      精神分析の心理学化
      欲動の可塑性と暴力
      些細な差異のナルシシズム
   2 「例外」 的生としてのメランコリー
      鬱とアディクション
      「例外」 的主体としてのメランコリー
      同一化とメランコリー
      アディクションと他者
      バトラーとメランコリー
   3 pere-version
      文化フェティシズムと倒錯
      ポルノグラフィと倒錯
      ゲイにおける 「同一化精神分析」
      自我と倒錯

V 実践
6 「リアリティショー」 の社会学的分析
   1 リアリティショーの倫理性
      リアリティショーに見る再帰的能動性
      リアリティショーという非日常空間
   2 公私と現実/フィクションの境界の消滅
   3 ローカルなテレビ文化の系譜とリアリティショー
   4 リアリティショーの社会学

7 脱文化化と移行のない 「移行空間」
    宗教の脱文化化(「無知聖人」)と若者の 「teuf」(飲んで騒ぐこと)の事例に見る
   1 宗教の脱文化化(「無知聖人」)
      「脱領域化」 「脱文化化」 「純粋」 化する宗教
      エスニシティ化する移民宗教の移行空間性
      宗教の均一化と 「新原理主義」
      宗教の世俗化は宗教の脱文化化を帰結する?
      脱文化化の背景としてのグローバリゼーション
      脱文化化のその先は?
   2 「teuf」
      「teuf」 をする若者とは
      teufのもつ意味
      自分の世界にいながら繋がるテクノ
      「極端な経験のカルト」
      移行のない移行空間

8 ケアの社会学的考察
      はじめに
   1 ケア概念
      ケア概念の定義
      社会学における 「ケア」 研究の位置
      ケア研究への精神分析的アプローチ
   2 ケア概念がもつ再帰化・心理学化
      「ケア」 される対象(「依存者」)とは誰か、「ケア行為」 とは何か
      ケアは労働か愛情か
      「感情労働」
   3 ケアと公共性、社会
      なぜ人はケアを引き受けるのか
      ケアと親密圏
      喪の過程としてのケア
      ケアにおける関係の自由
   4 まとめ

9 フィンランドモデルを超えるために
    「境界地」/教師の欲望/ヴィゴツキー的 「現実界」
   1 「教育の個人化」
      「スーパー教師」 待望
      フィンランドモデルは最適なのか
      他の専門界からの落ちこぼれ/「準専門職」 としての教師
   2 教育の再文脈化と教師の欲望
     (1)教育の再文脈化       「ジルーモデル(批判的教育学)」 と 「レイヴモデル(LPP)」
      教育の再文脈化
      「社会的なもの」 と教育
      教育空間と臨床心理空間の重なり
      教育と文化の接合と自律
     (2)教師の欲望
   3 ヴィゴツキーの現場(「現実界」)

10 教育の心理学化
    あるいは mediation としての幻想と転移の倫理学
   1 狭義の 「教育の心理学化」
   2 アメリカ教育のアクティングアウトとしてのコロンバイン
   3 「failure to hold」(「抱えること」 の失敗)
   4 mediationとしての公共性
      mediationと他者
   5 広義の 「教育の心理学化」 における転移と他者
   6 家族と労働はいかに教育と接合するか
   7 ミドルクラスの防衛的行動様式

■書評・紹介・言及



*作成:永田 貴聖
UP:20100405 REV:
樫村 愛子  ◇身体  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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