『これからのゲノム医療を知る――遺伝子の基本から分子標的薬、オーダーメイド医療まで』
中村 祐輔 20090710 羊土社,125p.
last update:20131208
■中村 祐輔 20090710 『これからのゲノム医療を知る――遺伝子の基本から分子標的薬、オーダーメイド医療まで』,羊土社,125p. ISBN-10:4758120048 ISBN-13:978-4758120043 ¥3200+税 [amazon]/[kinokuniya] ※ sjs
■著者プロフィール (*奥付より)
中村祐輔(なかむら ゆうすけ)
東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長。1952年大阪府生まれ。大阪大学医学部卒業。医学博士。専門は遺伝医学。大阪大学医学部附属病院、大阪府立病院、市立堺病院などで外科医として勤務後、渡米。米国ユタ大学人類遺伝学教室助教授、(財)癌研究会癌研究所生化学部長を経て、1994年東京大学医科学研究所教授へ。翌年より同研究所ヒトゲノム解析センター長併任。2005年より理化学研究所ゲノム医科学研究センター長併任。
※ 本書は初版『先端のゲノム医学を知る』、第2版『改訂先端のゲノム医学を知る』、第3版『ゲノム医学からゲノム医療へ』に続く改訂新版(第4版)となります。
■目次
改訂新版 序 3
初版 序 5
巻頭付録 ゲノム研究の歴史 10
本書の構成 14
I部 ゲノム医学の基礎知識
第1章 ゲノムと遺伝子
1 ゲノムとは 16
2 遺伝子とは 16
3 ゲノムと遺伝子 20
4 各細胞で働いている(発現している)遺伝子の数 20
第2章 遺伝子多型と病気とのかかわり
1 遺伝子多型とその歴史 22
1)SNP・RFLP 23
2)VNTR 多型、マイクロサテライト多型、STRP多型 25
3)CNV 25
2 病気と遺伝子 25
3 疾患発症に対する危険因子と決定因子 26
1)病気へのかかりやすさとは 26
2)ゲノム研究による病気の解明 29
4 疾患の決定因子の同定 30
1)遺伝子多型を利用した遺伝性疾患の原因遺伝子の探索(連鎖解析) 31
@ 染色体相同組換え 31
A 遺伝的染色体地図 31
2)連鎖解析の原理 32
@ X連鎖劣性遺伝病 32
A 常染色体性劣性遺伝病 34
B 常染色体性優性遺伝病 35
C 常染色体性劣性遺伝病に対するホモ接合体マッピング 35
D 罹患同胞対法(sib-pair analysis) 36
5 国際ハップマップ(HapMap)プロジェクト 36
1)国際ハップマッププロジェクトの経緯と意義 36
2)ハプロタイプ地図 39
6 SNPを利用した病気関連遺伝子の関連解析法 42
7 アソシエーション(関連)法を行うための理論的根拠=連鎖不平衡 45
8 パーソナルゲノムシークエンス時代に向けて 46
1)454FLX チタニウムタイプ(ロシュ社) 48
@ エマルジョンPCR 48
A ピコタイタープレート 48
B シークエンス反応とデータ 48
2)SOLiD (Sequencing by Oligonucieotide Ligation and Detection, アプライドバイオシステムズ社) 50
@ エマルジョンPCR 50
A ライゲーションによるシークエンス 50
3)Genome Analyzer(イルミナ社) 50
@ Bridge PCR 50
A Reversible terminator 法によるDNAシークエンス 52
4)HeliScope (Helicos 社) 52
5)Single Molecule Real Time (SMRT^TM) DNA Sequencing (Pacific Biosciences 社) 53
II部 ゲノム医療への躍進
第3章 ゲノム情報と薬理遺伝学(薬理ゲノム学)
1 薬理ゲノム学 56
1)"とりあえず型" 医療 57
2)薬剤の選択基準 58
@ トラスツズマブ(商品名: ハーセプチン) 58
A 抗ホルモン薬 58
B アロマターゼ阻害剤 58
3)治療効果と副作用リスクの予測 59
2 遺伝子多型と薬剤の応答性 62
1)遺伝子多型と有効性 62
2)遺伝子多型と薬剤による副作用 68
3)遺伝子多型による薬剤用量の予測 71
4)薬剤の作用の延長線上で説明できない副作用の遺伝的要因 76
3 遺伝子多型と倫理問題 80
第4章 ゲノム情報から医学有用情報、そして創薬へ
1 病気関連遺伝子(産物)を標的とするエビデンスに基づく創薬 83
2 癌に対する分子標的治療法の開発 84
1)分子標的治療薬 86
@ グリベック 86
A イレッサ 87
B ネクサバール 87
C その他のキナーゼ阻害低分子化合物 88
2)抗体治療薬 88
● 抗体医薬の種類 91
3)癌ワクチン療法 92
3 新規分子標的薬剤のスクリーニング法 96
4 遺伝子治療法 98
5 癌に対する遺伝子治療 102
@ 免疫療法 102
A プロドラッグ療法 103
B 脱癌化療法 103
C 化学療法強化法 104
6 細胞療法 105
7 抗生物質耐性菌に対する新規抗生物質開発の戦略 106
8 新規医薬品と患者QOL・医療経済 107
第5章 バイオバンクジャパン計画(第1期2003〜'07年度; 第2期2008〜'12年度予定)
1 遺伝子多型情報の蓄積と整備 110
2 オーダーメイド医療実現化プロジェクト 111
3 個人情報の保護対策 114
4 DNAバンク・血清バンク 117
[Column]
DNA→mRNA→タンパク質 19
国際ハプロタイプ地図計画 38
光順応と遺伝子多型 43
「レディメイド医療」と「オーダーメイド医療」 43
複数の遺伝的要因の病気への相加的・相乗的作用 47
TPMTの多型と副作用 74
癌遺伝子と癌抑制遺伝子(癌関連遺伝子) 95
RNAi(RNA interference: RNA 干渉) 104
アメリカ合衆国におけるバイオバンクとオーダーメイド医療 120
おわりに 121
索引 123
■SJSに関連する部分の引用
(pp76-77)
4)薬剤の作用の延長線上で説明できない副作用の遺伝的要因
図3-27に一見、火傷のように見える重篤な薬剤の副作用である皮膚粘膜眼症候群あるいは中毒性表皮壊死症の患者の写真を示した。スティーブンス・ジョンソン症候群とも呼ばれているが、このような非常に激烈な副作用は日本国内に年間300人ぐらい発生している。原因薬剤は図にあるように抗生物質、鎮痛解熱剤、総合感冒薬(かぜ薬)といった多種多様、かつ、いずれかの薬はほとんどの人が一度は服用したことのある薬である。いわばありふれた薬がこのようなとんでもない副作用を起こすリスクをもっている。今まで私たちはこのような状況を、「残念ですが、特異体質ですから仕方がありませんね」ということで済ませてきたわけである。しかし、ゲノム研究、特に遺伝子多型研究が進み、研究基盤が世界的に整備されつつある今、「残念でした」ではなく、このような副作用を起こす原因を科学的に明らかにして、不幸を避ける方向へ医療を変えていく必要に迫られている。このような研究は、患者―医療従事者―研究者の密接な協力に加え、国家的に情報・試料を収集するための体制整備が不可欠であることは言うまでもない。
実際、2004年には台湾のグループ(Chung et al., Nature)が、カルバマゼピン〔商品名: テグレトール(てんかんの発作予防薬)〕で引き起こされるスティーブンス・ジョンソン症候群にHLA(ヒト白血球型抗原)分子がかかわっていることを報告した。HLA-B1502というタイプをもっている患者さん
図3-27 スティーブンス・ジョンソン症候群
皮膚粘膜眼症候群・中毒性表皮壊死症
写真: スティーブンス・ジョンソン症候群患者会より許可を得て転載
[p77>
では、そうでない患者さんに比較してこの副作用が発生する危険が1,000〜2,000倍高くなっており、この知見は東南アジア諸国でも確認された。われわれは、タイ厚生省の研究者と共同研究を進め、HIV感染症の治療薬として利用されている Nevirapine によって起こされる薬疹とHLA-B3501との関連を見出した。このHLA型をもっている患者さんにこの薬を投与すると100%近い確率で薬疹が出現する。これは推測に過ぎないが、HLA分子は抗原提示をする重要な分子であり、特定のHLA分子に薬剤が結合して、それが誘因となって免疫反応が引き起こされるものと考えられている。これ以外にも、HLA分子が関与する副作用として、表3-4のような報告がある。
1994年の米国での薬剤の副作用に関する調査結果が1998年にJAMA(Journal of American Medical Association)に報告されたが、薬剤の副作用によって入院を余儀なくされた患者数は200万人、死亡した患者数は10万人、副作用により派生した医療費は約700億ドル(8兆円弱)となっている。最近では20兆円に膨らんでいるとの推測もある。わが国の人口1億2千万人は米国の約半分であるので、1994年時点のデータで単純に推測すると4兆円前後が薬剤の副作用のために費やされていると考えられる。治療するために処方され、服用した結果、副作用が起こり、それを治療するためにさらに医療費の10%程度の治療費がマッチポンプ的に費やされる実情をしっかりと理解する必要がある。薬剤による副作用は、患者さんにとっての不幸であるにとどまらず、処方した医師にとっても不幸であることは間違いない。薬に弱い体質と言って終わらせるのではなく、どうすれば不幸を防ぐことができるのかを科学的に解明していく時期にきている。
(pp76-77)
4)薬剤の作用の延長線上で説明できない副作用の遺伝的要因
図3-27に一見、火傷のように見える重篤な薬剤の副作用である皮膚粘膜眼症候群あるいは中毒性表皮壊死症の患者の写真を示した。スティーブンス・ジョンソン症候群とも呼ばれているが、このような非常に激烈な副作用は日本国内に年間300人ぐらい発生している。原因薬剤は図にあるように抗生物質、鎮痛解熱剤、総合感冒薬(かぜ薬)といった多種多様、かつ、いずれかの薬はほとんどの人が一度は服用したことのある薬である。いわばありふれた薬がこのようなとんでもない副作用を起こすリスクをもっている。今まで私たちはこのような状況を、「残念ですが、特異体質ですから仕方がありませんね」ということで済ませてきたわけである。しかし、ゲノム研究、特に遺伝子多型研究が進み、研究基盤が世界的に整備されつつある今、「残念でした」ではなく、このような副作用を起こす原因を科学的に明らかにして、不幸を避ける方向へ医療を変えていく必要に迫られている。このような研究は、患者―医療従事者―研究者の密接な協力に加え、国家的に情報・試料を収集するための体制整備が不可欠であることは言うまでもない。
実際、2004年には台湾のグループ(Chung et al., Nature)が、カルバマゼピン〔商品名: テグレトール(てんかんの発作予防薬)〕で引き起こされるスティーブンス・ジョンソン症候群にHLA(ヒト白血球型抗原)分子がかかわっていることを報告した。HLA-B1502というタイプをもっている患者さん
図3-27 スティーブンス・ジョンソン症候群
皮膚粘膜眼症候群・中毒性表皮壊死症
写真: スティーブンス・ジョンソン症候群患者会より許可を得て転載
[p77>
では、そうでない患者さんに比較してこの副作用が発生する危険が1,000〜2,000倍高くなっており、この知見は東南アジア諸国でも確認された。われわれは、タイ厚生省の研究者と共同研究を進め、HIV感染症の治療薬として利用されている Nevirapine によって起こされる薬疹とHLA-B3501との関連を見出した。このHLA型をもっている患者さんにこの薬を投与すると100%近い確率で薬疹が出現する。これは推測に過ぎないが、HLA分子は抗原提示をする重要な分子であり、特定のHLA分子に薬剤が結合して、それが誘因となって免疫反応が引き起こされるものと考えられている。これ以外にも、HLA分子が関与する副作用として、表3-4のような報告がある。
1994年の米国での薬剤の副作用に関する調査結果が1998年にJAMA(Journal of American Medical Association)に報告されたが、薬剤の副作用によって入院を余儀なくされた患者数は200万人、死亡した患者数は10万人、副作用により派生した医療費は約700億ドル(8兆円弱)となっている。最近では20兆円に膨らんでいるとの推測もある。わが国の人口1億2千万人は米国の約半分であるので、1994年時点のデータで単純に推測すると4兆円前後が薬剤の副作用のために費やされていると考えられる。治療するために処方され、服用した結果、副作用が起こり、それを治療するためにさらに医療費の10%程度の治療費がマッチポンプ的に費やされる実情をしっかりと理解する必要がある。薬剤による副作用は、患者さんにとっての不幸であるにとどまらず、処方した医師にとっても不幸であることは間違いない。薬に弱い体質と言って終わらせるのではなく、どうすれば不幸を防ぐことができるのかを科学的に解明していく時期にきている。
*作成:植村 要