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『完全従事社会の可能性――仕事と福祉の新構想』

福士 正博 20090430 日本経済評論社,272p. 

last update:20110215

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■福士 正博 20090430 『完全従事社会の可能性――仕事と福祉の新構想』,日本経済評論社,272p. ISBN-10: 4818820520 ISBN-13: 978-4818820524 \4200+税  [amazon][kinokuniya]

■内容

社会にとって家事や育児、コミュニティ活動など無給の仕事をどう評価するのか。完全雇用社会が行き詰まるなか、豊かで人間らしい生活を営める社会を構想する。

■著者略歴

東京経済大学経済学部教授(地球環境問題、コミュニティの経済学担当)。1952年北海道生まれ。東京大学農学系研究科大学院博士課程修了。農学博士(東京大学)。 東京大学農学部農業経済学科助手、国立国会図書館調査及立法考査局調査員を経て現職。

■目次

はしがき

I.完全従事社会――仕事と福祉の新構想
1. 完全従事社会の構想
2. 完全従事社会の背景
(1)公式化、商品化、グローバル化命題批判
(2)社会的承認
3. 完全従事社会の条件
(1)必要条件:自由、豊かさ
(2)十分条件
4. 完全従事社会の成立要件
(1)労働者の権利から市民の権利へ:社会的包摂
(2)有給雇用と所得との分離
5. 社会参加の障害と「補完的自助アプローチ」
(1)インフォーマル経済活動と社会的・経済的不平等
(2)社会参加の障害
(3)「補完的自助アプローチ」

II.エコソーシャル・ウェルフェアと完全従事社会
1. はじめに
2. 持続可能な発展とエコソーシャル・ウェルフェア
3. エコソーシャル・ウェルフェアと脱生産主義
(1)脱生産主義
(2)自律
4. エコソーシャル・ウェルフェアと完全従事社会
5. 市民セクター(コミュニティセクター)の台頭
(1)社会的経済
(2)利他的利己的主義
6. おわりに

III.社会的質が問いかけるもの――社会的経済の視座から
1. 問題の限定
2. 社会的質をめぐる研究状況と背景
3. 社会的質とは何か:構成的相互依存性と「社会的なるもの」の具体化
(1)社会的質の定義
(2)「社会的なるもの」の構成(構成的相互依存性)
(3)「社会的なるもの」の具体化
4. 「社会的なるもの」の機会(構成的要素)
(1)社会的質の客観的条件(機会)
(2)主観的条件
5. 「質」とは何か
6. むすびにかえて:若干の展望

IV.参加所得構想の意義
1. はじめに
2. リバタリアニズムとベーシックインカム構想
(1)ベーシックインカムの定義
(2)ベーシックインカム構想の社会的背景と位置
(3)ベーシックインカム構想の目的:「万人のための真の自由」
(4)ベーシックインカム構想の根拠:雇用レント論
(5)リバタリアニズムとベーシックインカム
3. コミュニタリアニズムと参加所得構想
(1)参加、シチズンシップ、共通善
(2)参加所得
(3)参加所得の構造
(4)権利と義務の互恵性
(5)ニーズ
4. 完全従事社会と参加所得
(1)社会福祉の長期的目標
(2)個人の潜在能力の発揮
(3)完全従事社会と福祉のエコロジカル・モデル

V.コミュニティの急進理論――もう1つのコミュニタリアニズム
1. はじめに
2. ベーシックインカム構想の問題点
(1)労働市場の分極化
(2)労働時間の短縮とワークシェアリング
3.コミュニタリアニズムの問題点
(1)自己像:人間主体の断片化
(2)価値の断片化
(3)価値の創出過程:間主観的共同的価値
(4)権力分析
4. コミュニティの急進理論の解釈、理解、社会的構築
(1)意味のコミュニティ
(2)解釈
(3)社会批判
5. コミュニティとは何か
(1)R.M.マッキーヴァー『コミュニティ』
(2)エイドリアン・リトルのコミュニティ論
6. ウォルツァーの「複合的平等論」とヤングの「差異の政治学」
(1)「差異化された普遍主義」
(2)複合的平等
(3)差異の政治学

VI.経済的シチズンシップの可能性――揺らぎ始めたシチズンシップ
1. 課題
2. シチズンシップとは何か
3. 経済的シチズンシップとは何か
(1)経済的権利:定義
(2)仕事の意味
(3)「市民が安心して生活を営むことのできる状態」
4. 経済的シチズンシップの背景:社会的シチズンシップの限界
(1)再帰的近代と社会的シチズンシップ
(2)社会的シチズンシップの限界
5. 経済的シチズンシップ:自律
6. 経済的シチズンシップと市民的公共性
7. むすびにかえて

VII.社会政策と時間――「複合的資源自律性」によせて
1. エコロジカルな福祉モデル
(1)脱生産主義
(2)自律
2. 複合的資源自律性とは何か
(1)複合的資源自律性の定義
(2)自律と他律
(3)時間圧力格差
3. 自律と自由:センのケイパビリティ・アプローチをめぐって
(1)市場と自律
(2)センのケイパビリティ・アプローチ
(3)センの自由概念と自律
4. 脱生産主義国オランダ:福祉モデルの比較分析
5. むすび

VIII.コ・プロダクション――タイムバンクの基本理念と実態
1.  はじめに
2.  コ・プロダクションとは何か
(1)コ・プロダクションの前提
(2)コ・プロダクションの基礎概念
(3)コアエコノミー
3. タイムバンクの実態
(1)タイムバンクの仕組み
(2)タイムバンクの実態
4. ケーススタディ:ラシュレー・グリーン Time Bank の事例
5. タイムバンクと社会的排除
6. おわりに

IX.地域内乗数効果概念の可能性――NEFの活動から
1. はじめに
2. 地域経済の活性化とは何か
(1)灌漑
(2)「濡れ口を塞ぐ」
3. 地域内乗数効果とは何か
4. 地域内乗数3(LM3)
(1)ECO
(2)LOCAL
5. LM3をどのように活用するか
6. むすびにかえて

参考文献
索引
初出一覧



■引用

  
はしがき

 市民運動の経験から設立されたイギリス・ロンドンにある研究団体ニュー・エコノミックス・ファウンデーション(NEF)は、2005年に、 研究所の中に設けたコ・プロダクションチームによる『完全雇用の欠点』(The downside of full-employment, 2005)と題する報告書を発表している。 この報告書の中で、老朽化が進む公営住宅に住みながら、2人の子供を育てている28歳のシングル・マザー、サンドラの例を挙げながら、 完全雇用の持つ欠点が指摘されている。
 サンドラは、現在失業中で、子育てのかたわら求職活動を行う一方、公営住宅の改修に奔走し、週末には無償で地域の集会場や若者クラブの運営、 コミュニティガーデンの立ち上げに協力している。有給スタッフを雇わなければ集会場を維持できない自治体にとって、彼女のような協力してくれる者は貴重な存在である。 警察の話では、彼女が行っている活動によって、地域の防犯意識が高まり、無駄な自治体予算の支出を抑えることに大きな貢献をしているのだという。
 [……]NEFは、以下のように問いかける。
「我々はここで問題を立ててみたい。雇用政策が成功し、サンドラのような母親が有給雇用に就く以外方法がないという状況は、 社会が成功している指標と言えるのだろうか。完全雇用――純経済的意味ではなく、労働年齢にある全ての人が有給の仕事に就くという意味で――ははたして、 サンドラのような人びとが地域からいなくなることを補償するだけの経済的貢献をしてくれるのだ > v > ろうか」。
 NEFがここで言おうとしていることは、サンドラが有給雇用に就くことを否定しようということではない。全く逆である。NEFは、 サンドラが安定した職業に就くことができるような政策の重要性を強調しながら、その一方で、「有給雇用に就いていない多くの人びとが、 彼らのコミュニティで、有意義で、生命力に溢れた活動を担っている」ということをしっかりと見据えること、 すなわち「有給雇用の外で多くの人びとが行っている仕事をきちんと評価する方法を政府は探究しなければならないのではないか」という点にある。 サンドラが行っている無給の仕事は、市場で簡単に供給できるものではないし、置き換え可能なものでもない。[……]NEFがこの報告書で問題にしたのは、 有給雇用を優先することで、有給雇用と家事や育児、コミュニティで行われている無償の活動とのバランスが崩れ、個人にとっても、地域にとっても、 自治体にとっても、有益な結果をもたらさないという現実についてである。
 この問いかけから我々が学ぶべきことは3つある。第1に、仕事を再定義する必要性である。仕事は有給雇用だけに限定されるわけではない。その他に、 無給で行われている家事・育児などのドメスティック・ワークや、コミュニティにおける様々な活動など、公式統計に表れない「非公式の」仕事が広範に行われており、 それらを取り入れた仕事の再定義が求められていることである。人びとが行う仕事は多様であるという認識から出発するならば、 仕事を有給雇用に限定することは無理が生じる。このことは第2に、 有給雇用と家庭や地域で行われている無給の仕事をバランスのとれた形で行うことができる仕事の配分が政策的に求められていることを意味している。 有給雇用を一面的に強調することは、このバランスを崩す結果になりかねない。したがって、一方で、失業者や非正規労働者、 そして労働市場にアクセスすることが難しい女性が安定した仕事に就くことができるように時短やワークシェアリングを実施しながら、 他方でこれまであまり顧みられることの少なかった「非公式の」仕事を行うことができるような補完的措置が必要になる。第3に、 仕事を総合的に定>vi>義することと合わせて、これらの仕事を評価する概念装置と方法論を発見することが必要になる。 とくにアンペイド・ワークの評価は欠かすことができない。この報告書は、第2次大戦後先進国が追求してきた完全雇用が行き詰まるなかで、 有給雇用だけを一方的に追求することは、その欠陥を再生産するだけで、袋小路からますます抜け出せなくなってしまうことを訴えている。
 本書の課題は、サンドラのような人物が行っている仕事を評価し、社会の底辺に沈むことなく、社会の重要な構成メンバーの1人として、豊かで、 人間らしい生活を営むには、どのような社会構想が考えられるのかを問うことである。本書が提起する構想は完全従事社会(full-engagement society)である。本書は、 完全雇用(社会)が理念的にも政策的にもその意義を失っている現実を明らかにするとともに、 それに代わるものとして完全従事(社会)の可能性と意義を追究しようとしている。[……]大事なことは、生き方(働き方)を、強制することではなく、 自由に選び取ることができるようにすることである。
 本書が取り上げる完全従事社会は、NEFが言う新しい報酬や認識の形態を具体化した、完全雇用社会に代わる社会として構想されている。本書では、 どのように生き方を形成していくかという問題を、働き方を見つめるという視座から考えようとしている。(pp. iv-vi)

 完全従事社会という言葉が私の直感に響いたのは、おそらく3つの点で触れ合う部分があったからだと思う。第1に、生産、消費、 廃棄が大量に行われる経済成長を明確に批判し、それに代わる発展概念を提示できる構想であること > viii >(経済領域)、第2に、 再帰的近代に新しく登場してきた社会的排除に対して、それを克服するために社会参加の意味を内在化した構想であること(社会分野)、第3に、 エコロジーの立場から脱生産主義を明確にしている構想であること、である。完全従事社会は、雇用社会の終焉を目指しているのではない。 有給雇用にあまりにも重心を置いた社会システムが、ワークとライフのバランスを崩し、コミュニティを崩壊させているという反省から、 その再編成を企図した構想として提示されている。(pp. vii-viii)

  
I.完全従事社会――仕事と福祉の新構想
1. 完全従事社会の構想
 経済協力開発機構(OECD)による「多元的経済」や、ウルリヒ・ベックの「多様な活動社会」、 イワン・イリイチのシャドウワークなど、これまでも多くの論者が、完全雇用政策の行き詰まりや、 非公式な雇用を超えた活動の重要性を指摘してきた。しかしその指摘を、仕事と福祉の新しい構想にまとめて体系的に提示した論者は少なかった。その意味で、 本書が取り上げる完全従事社会(full-engagement society)という構想を最初に提起したC.C.ウィリアムス(現在イギリス・シェフィールド大学) の功績は非常に大きいと言わなければならない。完全従事社会とは、簡単に言えば、諸個人がそれぞれのニーズに合わせて働き方を選択し、その結果、 有給雇用など公式の仕事と、家事・育児などのドメスティック・ワークやコミュニティで行われている相互扶助活動など非公式の仕事を組み合わせ、 多様な形で所得を確保しながら、それらに完全に従事することができるという社会である。完全従事社会はこのように、 広範な広がりを持つ仕事の中から自分に合った仕事を市民が自由に選択し、それに従事することを目指す社会である。「二足(あるいは多足)の草鞋を履く」というように、 選ぶ仕事は1つでなくてもかまわない。完全雇用社会が、労働能力があり、労働する意思がある者であれば、どのような形であれ、 有給雇用に就くことができるというように、国民経済のあり方をマクロな形で示すのに対して、完全従事社会は、諸個人が「どのように生きるか(どのように働くか)」 という選択の幅をミクロやメゾレベルで問題にするという点で、異なる視座に立っている。ウィリアムスは、完全従事社会を次のように定義している。> 002 >
「市民に基本的な物質的ニーズと創造的可能性の双方を満足する手段を提供することができるように、仕事(雇用と自助との両方)と所得が十分に確保されている社会」
 完全従事社会は、貨幣取引が行われている公式経済の他に、市場経済にはなじまない非公式経済も含め、人間の活動領域を総体的に見ようとする。カール・ポラニーは、 自己調節的市場が成立したことによって、社会が経済を取り込んでいた関係から経済が社会を包摂する関係へ逆転したことに近代の本質があると指摘している。 この逆転の結果、近代は、貧困や失業など内在的に抱える社会的諸問題を、経済領域を拡大(すなわち経済成長) することによってでしか解決することができなくなっていた。経済成長が雇用の拡大や生活水準の向上の前提であり、必要条件であると考えられてきた戦後システムは、 そうした近代システムを適用したものと考えることができる。しかし、 1970年代前半の低成長時代への突入とともに始まった労働集約的で素材転換型の産業構造から労働節約的で資本集約的な産業構造への転換(いわゆる脱工業化)は、 経済が成長してもそれと並行して雇用が拡大しない事態を惹起した。しかも労働市場における流動性の拡大は、様々な非正規雇用を増大させ、 その意味で失業問題は景気循環にともなう一時的現象ではなく、近代が抱えた構造的問題ととらえなければならなくなった。 雇用社会としての近代が陥ったこうした袋小路は、近代のシステムに根本的欠陥が生じていることを物語っている。
 完全従事社会は、この問題に対して、人間の持つ潜在能力を十分に発揮できるように、活動領域を雇用から仕事へと広げ、生活に一体化することを目標としている。 雇用が生活の糧を得るための手段にすぎず、人間の本来的な生の営みと分断されがちなのに対して、完全従事社会は、それを一体化すること、 あるいは仕事が生の営みの一部として組み込まれることを目指している。
 完全従事社会が成立するには、先の定義からもわかるように、諸個人が、豊かで、自由に生きることができるよう、仕事と所得が十分に確保されていなければならない。 (pp.1-2)

  
VII.社会政策と時間――「複合的資源自律性」によせて
2. 複合的資源自律性とは何か
(1)複合的資源自律性の定義
グッディンによれば、自律とは、「自らの法則を形成し、それに基づいて行動する能力」のことである。(p.175)

[……]グッディンは行動条件の1つに時間を挙げ、「人が自分自身の時間の使い方を選択する統制力を持つこと」、すなわち「選択とそれに基づいて行動する能力 (時間の場合、どのように時間を使うか)」という時間的自律(temporal autonomy)が確立していなければ、自律自体も確立しているとはいえないと指摘している。 (p.176)

 時間に対する関心が増大してきた理由は、第1に、戦後先進国が追求してきた完全雇用政策が行き詰まりを見せる中で、新しい福祉のモデルが求められてきており、 その中で、ワークライフバランス論やワークシェアリング論に見られるように、雇用と生活の時間配分をめぐる問題など、 時間を反映した政策展開が求められるようになってきているからである。第2に、トニー・フィッツパトリックが「有意義な時間に対する権利は基本的な人間の権利である」 と述べたように、時間が生活の質を規定する重要な要因となっているという認識が高まってきており、時間利用調査などに基づいた時間研究が「生活の質論争」 に大きく貢献する可能性があるからである。しかし第3に、彼が同時に、「時間は社会政策の実施、運用、効果性にとって決定的な意味を持っているにもかかわらず、 時間の意味を理論的に問題ないものとして扱われてきた」と述べなければならなかったように、社会政策研究ではこれまで、 時間の意義があまり掘り下げられてこなかったからである。
 ここで注意しておかなければならないことは、グッディンが指摘する複合的資源自律性が脱生産主義を基礎としていること、したがって時間に対する関心は生産主義や、 市場の論理からいかに解放されているかという視点から掘り下げられなければならないことである。ワークシェアリングが本来の「仕事を分け合う」という意味を離れ、 賃金抑制の手段として使われてしまう危険性をともなっているように、所得と時間の分配が「市場の力や企業のみの都合」から行われるだけならば、 「働く側の個人的な時間の設計力を増すこと、そして、生計を稼ぐ生業としての雇用労働とそれ以外の非労働と考えられてきた他の労働との間を、 できるだけ自由に融通をきかせて移動できるように流動化すること」などとうてい覚束ないことになる。その意味でも、働く者が個人的に自 >178>  分の人生時間の設計を行う権利を持つという時間主権を確立することが重要となる。時間主権とは、 「社会的に必要な他律的労働と個々人の自由な自律活動との新たな調整様式を模索する過程」、「必要と剰余の時間総体に対する自己決定権の回復」のことであり、 その確立は市民による時間配分に対する権利の獲得を意味している。(pp.177-178)

■書評・紹介


■言及

北村 健太郎 2010/03/20 「子育ての政治社会学――子育てをめぐる論点の概括」
 『研究紀要』33:37-54.姫路日ノ本短期大学,p.63

cf.
グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点院生プロジェクト
 「労働問題・不安定生活・保証所得をめぐる国際的研究 」2008年度、2009年度、2010年度
青木 千帆子  ◇角崎 洋平  ◇小林 勇人  ◇中倉 智徳  ◇能勢 桂介  ◇橋口 昌治  ◇村上 潔  ◇村上 慎司


*作成:北村 健太郎
UP: 20110215 REV:
後藤 玲子  ◇齊藤 拓  ◇武川 正吾  ◇日暮 雅夫  ◇宮本 太郎  ◇山森 亮  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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