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『聖芯源流――難病と共に生きる風景』

山田 富也 20090201 七つ森書館,222p.

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last update:20160116

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山田 富也 20090201 『聖芯源流――難病と共に生きる風景』,七つ森書館,222p. ISBN-10:4822809838 ISBN-13:978-4822809836 1800+ [amazon][kinokuniya] ※ md. ms. n02

■目次

多くの魂から生きる意味を教えられ
第T章 桜、私の心の友
「詩」透過
桜、私の心の友
虫も同じ仲間
葦簾
松島の花火
ホーキング博士
マツタケ
野良猫
鳥の声
新年のカレンダー
真っ白な新雪
子・ヌもたちの世界
笑い
手紙の返事
次はいつ帰れるの…
西病棟
夢日記
人工呼吸器
水を飲む量
印鑑
いじめ
初めての辛い出来事
来客多数あり
一日の終わりと最初
老い

第U章 ありのまま舎らしく
「詩」一滴
ありのまま舎らしく
自己決定と自己責任
一生懸命
自立ホーム十周年
専従のドクター
スタッフの給料日
車椅子の青春
街頭に立つ阿部君
ありのまま舎に関わった時期
二十年来の友人
焼いも
散髪
懐かしい資料
同志としての活動
受賞のお知らせを
絵の構想
そら豆の赤ちゃん
会いに来てくれる日まで
ポピパの話
ありのまま記録大賞の幕
和やかな出版記念会
病気を楽しむ
普通学校入学
望む場所生活できること
小さな小さな声でも
沖縄
嘱託殺人
日常の死
チェ・ゲバラ
平和な時代

第V章 生と死と信仰のはざまで
「詩」ひと息
私にとっての原点
私にとっての原点
継続は力なり
仲間がくれた時期
水への感謝
生かされている私の運命
命がふわふわしている時
いったい何度死んだことだろう
生きているうちに感謝できる人生
生きていくときの支え
「北の国から」を観る
母の笑顔
母の背中
子どもたちの成長
父の日
旅立った父
次兄、六月生まれ
光を見出していた兄たち
娘の帰国
母を送る
祈りの会
重ねられていく悲しみ
自分たちには構わずに行け
孤独との最後の闘い
死への戸惑いと恐怖
残していくもの
齊藤久吉理事長の生き方
眠ることが怖かった
解き放たれる
セミの生き様が心にしみる

■引用

 「車椅子の青春
 新年度となり、二十歳そこそこの若さあふれる新人スタッフがありのまま舎にも入舎した。
 ただ立っているだけでもまぶしい年頃である。ありのまま舎に夢と期待を持って関わり始める彼らの姿をいとおしい思いで眺めた。私が、同じ年齢の頃何をしていただろうか。約三十年前のことだ。
 ちょうど、詩集『車椅子の青春』を出版した頃がそうだった。十代、二十代の若さで、次々に同病の仲間がこの世から去っていく。病院生活で感じた、現実への憤りにも似た思いがこの詩集の編集という行動に私を走らせていた。
 病気になってしまうことは誰のせいでもない。そのことに疑問を感じた訳ではなく、どうして、他の病気のように治療法が研究されてないのかということへの疑問だった。たくさんの人が罹る病気の治療法の研究は、一挙にた▽099 くさんの人の生命を救えるだろう。効率的なことなのかもしれない。しかし、だとすれば、例えば筋ジスのように絶対数が少ない病気はいっまで経ってもその対象からはずされ続け救われないことになる。
 現実に、患者数が多くない「珍しい病気」は、名前がつけられたぐらいのもので、ほとんど治療法の確立はされていない。
 そしてその哀しい現実は三十年経った今でもほとんど変わっていない。今、再び詩集を出すことで世に訴えたいと強く思う。当事者しか感じられない思い、当事者だから書ける作品は、たくさんの人の心に直接訴えてくれることと確信している。
 ありまま舎の活動の原点ともいえるその活動を、今年度の仕事の手始めとしたいと思う。活動を始めた頃の思いを私も忘れずにいたい。新人スタッフのはつらつとした姿に励まされる思いで。
                       (01年4月)」(山田[2009:142-143]、初出は2001年4月)

 「チェ・ゲバラ
 兄たちと過ごした病院での生活は、私の青春時代だった。
 中学を卒業し入完した病棟はすべてが時間で決まっており、毎日がそれの繰り返しでしかなく、刺激など何もなかった。
 当時は、学生運動が盛んな頃でもあり、病院には数人の学生らが出入りしていた。彼らとのふれあいは、私にとってまさに外の世界との出会いであり、大きな刺激であり、青春だった。学生たちの下宿に泊まり、ギターを片手にフオークソングを歌い、夜を徹して理想の社会を語9合った。
 話はいつもキューバ革命を起こしたフィデル・カストロ・ルス氏や共に戦っていたチェ・ゲバラ氏に及んだ。現体制と戦い自ら理想を求め、ついには一国を作り上げるにいたった彼らの革命は、まさに私たちの希望であり、英雄だった。
 ▽143 誰からも忘れ去られていた私たち重い障害や難病をもった者の日常。私たちがこの現状から抜け出し、動けない私たちの発想が活かされる理想の社会を作り上げることができる日が来るのではないか、そんな思いを支え続けていたのは、彼らの成し得た革命だった。
 同病の仲間たちの詩集を出版したり、写真展を開いたり、エッセイを出版したりという、まずは自分たちの現状を伝えていく運動になり、そしてたくさんの人たちに支えられ、障害を持つ人たちの生活の場になる自立ホームや難病ホスピスを作り上げることにつながってきた。
 チェ・ゲバラは四十一年前、ボリビアで三十九歳で亡くなったが、最後まで自らの理想のために戦い続けた。
 私もその思いでいたい。
                       (08年3月)」(山田[2009:142-143]、初出は2008年3月)

 「「北の国から」を観る
 二十一年間続いていたテレビドラマ「北の国から」が先日の放送を以て終了した。
 東京暮らしの家族が離婚を契磯に、母は東京、父と子らは北海道の富良野に移り住む。そこで子どもたちは、これまでの生活との違いの中で悩みながらも成長していく姿を綴ったものだ。
 このドラマが放送され始めた頃、私はそれまでの家族を失い、実家の裏にある家へと引越し、介護に慣れていない学生ボランテイアと共に薄暗い部屋でそれを観ていた。時同じく、活動を共にしていた学生たちは卒業の時を迎え、各々の道へと進み、私は日々の介護者の確保に必死にならなければならなかった。
 生活環境が急に変わり、それまで考えなくてもよかったことだけに追われ▽171 る生活は、心身共に私を追い込んだ。空しく寂しかった。初めての挫折だった。
 二十一歳で病院を出て以来数年間、仲間の詩を集めて出版した詩集はたくさんの方に支持され、ドキュメント映画・劇映画を撮って賞をもらう等、何をやっても自分の思う以上の結果を残すことができた。私の人生で一番自信に満ちていた時期だったと思う。
 それが一転し、倣慢だったであろう自分は打ちのめされた。その苦悩から抜け出すきっかけを作ってくれたのは、聖書であり、温かい人々の思いに他ならなかった。「感謝」という気持ちを初めて持つことができ、それは、私に生きるカを与えてくれたように思う。
 新しい家族との歴史、多くの理解者とスタッフに支えられているありのまま舎の歴史、それらのことをドラマを観ながら考え、思い出し、大きなカをもらった気がした。
                      (02年9月)」(山田[2009:170-171]、初出は2002年9月)

 「次兄、六月生まれ
 私の呼吸管理を二十四時間してくれている人工呼吸器が、普及するようになって十年余り。当時、今のような状況であったなら、若くして亡くなった多くの仲間たちも、もっと長生きできただろう。二十二年以上前に亡くなつた私のふたりの兄も例外ではない。
 次兄は三十四歳で逝ってしまった。次兄の最後の数力月は息苦しさとの闘いだった。私がこうして人工呼吸器のおかげで生きていられることを思うと、尚更悔しさがこみ上げてくる。詩人として生前三冊の詩集を作り上げた次兄は、詩を通じてもっと多くの人と触れ合うこともできただろうし、もっと多くの詩を残したに違いない。
 次兄は、二十五年間病院で過ごした。人生のほとんどを病院で暮らしたことになる。遺されたノートには、小さい文字でびっしりと、たくさんの詩が書いてあった。
 ▽183 六月、雨の季節。雨音はなぜか、亡くなった人のことを思い出させる。六月は次兄の命日の月でもある。
  六月生れは移り気
  黄いろのバラがよく似合う
  車の窓に流れる雨だれにあなたのロぶえがよく似あう
  いつしか年老いた時
  あなたのやさしさと
  そのほほえみを暖めているでしょう
  やさしいだけでは疲れます   山田秀人
 先般、遺稿集が出仮され四冊目の詩集となった。天国でも次兄は詩を書き続けていると信じたい。
                     (05年6月)」(山田[2009:182-183]、初出は2002年9月)

 「眠ることが怖かった
 ニ十四時問べッド上の生活となった私の部屋には動く置物が増えた。温度の上下で水中の錘が浮き沈みする温度計。地球の磁力と光で回り続ける地球儀等、少しずつ変化し楽しめる。「シュパーッシュパーッ」私の生命をつなぐ人工呼吸器の音も、今では二十四時間途切れることがなくなった。
 この器械を練習し始めたのは十二年前。七年前に大きな心臓発作を起こし、心肺停止状態になってからは、一日中使うようになった。そうして私を生かし続けてきた人工呼吸器も、先日三台目となった。
 これを使い始めた頃は、眠ることが怖かった。就寝中は呼吸回数が減り、筋力がなく呼吸が浅い私たちにとって、それは息をしていない時間が増えることを意味する。
 ▽205 息苦しく汗びっしょりになって目覚め、あえぎながらやっとの思いで何度も浅い深呼吸をする。眠ってしまったら再び目覚めることがないような恐怖……。
 鼻を覆うマスクを通して定期的に空気が送られてくる。まるで器械に合わせて呼吸をするようで、こんなものに慣れるのか訝しかった。ところが使い始めるや、息苦しさから解放された。もし、息苦しさの中であえいでいた兄たちや病友たちにこの器械があったなら、もっと長生きできただろう。
 最初は一日一時間だった使用時間も進行に比例して増え、今では手放せなくなった。けれど私は生かされている。
 壁にかけられた十字架を見上げる。これは動くことはないが、私の心に休むことなく語りかけ、感謝の気持ちと、安らぎを与えてくれる。すべてに惑謝。
                      (07年5月)」(山田[2009:204-205]、初出は2007年5月)

■言及

◆立岩真也 2014- 「身体の現代のために」,『現代思想』 文献表


*作成:安田 智博立岩 真也
UP:20160116 REV:20160123
筋ジストロフィー 病・障害  ◇「難病」  ◇ありのまま舎  ◇身体×世界:関・A書籍  ◇BOOK
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