34×29 ■■はじめに  この冊子は、大学をはじめとする高等教育機関で学ぶ視覚障害者の支援についてまとめたものです。視覚障害をもつ学生(以下、視覚障害学生)を支援されているすべての方々に参考にしていただきたいと思って作成しました。  この冊子は、グローバルCOE「生存学」創成拠点★の成果報告の一つとして刊行していただくことになりましたが、このプロジェクトの一つとして、差異と変容を経験している人が自ら研究に参画するための環境作りがあげられています。ここで言う差異と変容にはさまざまなものがあげられるでしょうが、ここでは視覚障害についてまとめてみたいと思います。  視覚障害者の障害とは、医学的には見えない、あるいは見えにくいということになります。全盲・弱視・視野狭窄の三種類があると書かれているテキストもあります。身体障害者手帳の交付も、これらを基準に行われていますが、視覚障害者の支援を考える上で、これだけではまったく不十分です。ひとつに、視覚障害者になった時期の違いがあります。人生の最初から見えない人と人生半ばの病気や事故で見えなくなった人とでは、必要とされている支援の内容がまったく違うということも珍しくありません。また、たとえば同じ視力0.04でも、見え方は人それぞれです。ときどき、「0.04なら、私がコンタクトレンズを外したときと一緒ですね」と言われることがありますが、そういうものではないと思います。そのコンタクトを私が借りても意味がありませんし、他人と眼球を交換するわけにもいきませんから、確認のしようがありません。  しかし、こうした機能障害の違いだけではありません。育ってきた、あるいは現在生活している環境によって、見えない・見えにくいことによる不便さ・不自由さはまったく異なります。公共交通が発達している都市部と、車がないと移動すらできない地方とでは、(そもそも車の運転ができない)視覚障害者にとっての移動の不自由さは異なるでしょう。  視覚障害に限らず、障害に対するとらえ方は、かつては上に示したような機能障害だけに力点を置いたものでしたが、最近では、個人と環境との相互作用によって障害を考えるという視点が一般的になろうとしています。こうした視点から、ここで改めて、視覚障害者の障害について考えてみたいと思います。  視覚障害者の障害は、大きく分けて、情報と移動があげられます。視覚障害のない人(以下、晴眼者)は、何か調べたいこと、興味をもったことがあれば、図書館に足を運び、あるいは書店を訪ねて、目当ての書籍を簡単に手に入れることができます。では、活字を読むことができない視覚障害者が、何かを調べたいと思ったとき、図書館や書店に行ったところで、調べたいという目的は達成されるでしょうか? たしかに、図書館の司書や書店の店員に探してきてもらえば、本を借りたり買ったりすることはできるでしょう。しかし、そこで手にした書籍は、インクの臭いのしみこんだ紙の固まりでしかありません。読める形で情報が提供されなければ意味がないのですが、そのためにはどうすればよいのか、これがこの冊子の主題となります。  もうひとつ、移動の障害があります。視覚障害者は車を運転することができません。移動は徒歩か公共交通を利用することになりますが、これらを安心して安全に利用できる状況にないこともまた事実です。信号が青になれば音やメロディーが流れる信号機が都市部を中心に増えてきてはいますが、音声のない信号の方が圧倒的に多いですし、仮に音声があったとしても、まったく見えない人が人混みにもまれながらまっすぐに横断歩道を渡ることは至難の業です(これは意外と知られておらず、誤解されている方が多いようですが、目を閉じて歩いてみていただけると、お分かりいただけると思います。試される際は、くれぐれも安全の確保にはご留意ください)。点字ブロックもまた、万能ではありません。途があること、まっすぐ延びていることは分かりますが、そこに標識に当たるものはありませんから、たとえば、改札がどこなのか、ホームがどちらにあるのか、ブロックだけでは分かりません。さらに、駅ホームからの視覚障害者の転落事故は後を絶たず、そこへ電車が来た場合など、命を奪われる危険にさらされ続けています。視覚障害者にとって駅ホームは「欄干のない橋」と表象されるほど、危険な場所なのです。  これらは、視覚障害者本人の努力によって克服できるものでも、また、そうすべきものでもありません。見えない人にいくら訓練を施したところで、本を読めるようにはなりません。むしろ、目で文字が読めることを前提とした現在の出版流通システムこそ、問題にされなければならないのではないでしょうか。そこには、見えない・見えにくい人たちを読者から排除する仕組みがあります。見えている人にしか情報を提供しないというのは、差別なのではないでしょうか?  この冊子は、グローバルCOE「生存学」創成拠点と、立命館大学障害学生支援室とが協力して製作したものです。第1章から第5章までは、生存学のメンバーが執筆し、資料編は障害学生支援室に執筆していただいています。簡単にこの冊子の概略を説明したいと思います。第1章では、パソコンとテキストデータを使った読書法、大学で学ぶ視覚障害者の支援としての「テキスト校正」について説明します。視覚障害者にとって情報のバリアがあることは先に簡単に述べましたが、大学で学ぶ視覚障害者を想定して、そこにどういった困難があるのか、どういう支援が可能なのかをまとめていきたいと思います。第2章では、テキスト校正を行う上での注意点として、著作権の問題を取り上げます。視覚障害者が読もうとする書籍や論文にも著作権が存在し、見えないからどんな方法で加工してもよい、ということにはなりません。大学での支援を考える上で注意すべき点を中心にまとめます。第3章は、テキストデータを使った読書法に対する出版社の協力がどのように行われているかをまとめたものです。第4章では、視覚障害者を支援するさまざまな支援技術について紹介しています。そして第5章では、現在立命館大学で行われている障害学生支援、これらが制度化される過程で起きた問題を整理するとともに、スーダンにおける視覚障害者に対する教育支援にこれらをどのように活かすことができるかを検討しています。すでに述べたとおり、見えない・見えにくいことによる不便さ・不自由さは社会や環境によって異なります。今日本で行われている、あるいは行われようとしている視覚障害学生支援を、ただそのまま真似ただけでは、スーダンでの視覚障害者支援はうまくいかないかも知れません。私たちにできるスーダンの視覚障害者教育支援について、考えたいと思います。  資料編は、立命館大学障害学生支援室で行ったテキスト校正の実践をもとに、テキスト校正の方法を具体的にまとめたものです。偶然なのか必然なのか、立命館大学にはテキスト校正の支援を必要とする視覚障害者が多数在籍しています。そのため、支援者の確保から養成まで、さまざまな取り組みを実施してきました。テキスト校正についてはその方法が未だに確立されておらず、ノウハウをまとめたものすらない中、支援者と利用者が協力して、立命館大学障害学生支援室の中に、一定の蓄積ができあがりました。これらを、今後テキスト校正に取り組もうとする大学等に参考にしていただきたいと思っています。  この冊子が、大学で学ぶ視覚障害者の支援を充実させ、視覚障害者の学問・研究へのアクセシビリティ向上に寄与できるのであれば、これに勝る喜びはありません。 2009年3月 青木慎太朗 ■■目次 ■第1章 視覚障害者支援としてのテキスト校正の必要性 青木 慎太朗 1.視覚障害者の文字情報入手の方法 2.大学における視覚障害者支援 3.障害学生支援の考え方 4.パソコンを活用した学習方法とその支援 <資料>「弱視学生が受講するに際し教員が配慮すべき事」についての意見書 ■第2章 視覚障害者への情報支援と著作権法上の課題 青木 慎太朗 1.著作権と情報保障 2.大学での情報保障と著作権をめぐる問題集 3.課題 ■第3章 出版社から読者へ、書籍テキストデータの提供を困難にしている背景について 植村 要 T なぜテキストデータを必要とするのか U 調査方法 V 出版社が挙げた理由 ■第4章 韓 星民 ■第5章 スーダン視覚障害学生支援の現状と課題  1 立命館大学における支援の現状からスーダンでの支援を考える 植村要、青木慎太朗、韓星民  2 スーダンに今必要な技術支援と障害当事者による支援 斉藤龍一郎、植村要、韓星民 協力:スーダン障害者教育支援の会(CAPEDS) ■    異なる身体のもとでの交信――本当の実用のための仕組と思想 立岩真也 ■ ■■第2章 視覚障害者への情報支援と著作権法上の課題 青木 慎太朗  この冊子では、高等教育における視覚障害者の支援、とりわけ情報支援を中心に取り上げているが、第1章で紹介したテキスト校正、より厳密には、テキストデータの作成や頒布に際して、著作権による制限を受ける。視覚障害者の支援のためだからといって、なんでも自由に行ってよいということにはなっていない。支援に携わる人たちは、あるいは支援を依頼する人たちも含めて、このことを知っておくことは重要である。  そこで本章では、著作権とはどういう権利なのか、著作権法とはどういう法律なのか、視覚障害者への情報支援との関わりで整理し、テキスト校正を行う際の注意点をまとめる。 1.著作権と情報保障  ここでは、大学での障害者支援、あるいは情報保障を考える上で問題となる著作権にまつわる課題を整理する。  はじめに、そもそも著作権がどういった考え方を背景にして主張され、あるいは法益として保護されているかという点について、歴史的に検討を加える。その上で、大学における障害者支援・情報保障に関係する我が国の現行著作権法上の問題点について、いくつかの具体的場面を想定しながら検討する。 (1)著作権の系譜  古代および中世において、著作権という概念はそもそも存在せず、写本の複製といった作業は奴隷の労働や修道士によって担われていた(半田,2007)。著作者は原稿に対する物理的な所有が認められたほかは、今日我々が著作権と呼ぶ諸権利はまったく認められず、それを保護する法規は当然存在しなかった。  著作権という考え方が現れ始めるのは印刷技術が発明されて以降である。当初は出版社の利益を保護することがもっぱらの目的とされており、著作権制度というよりも出版特許制度といったものであったが、これが認められるためには申請が必要であることから、特許を与える側は事前に検閲を行うことが可能になるほか、特許料徴収で国庫を満たすことができたという財政上の問題も絡んでいた。おくれて、精神的所有権という概念が現れる。これはロックの所有論の立場を採用したもので、著作物に加えられた精神的労働ゆえにその著作物に対する精神的所有を著作者に認めるという考えである。  その後、各国ごとに著作権制度は徐々に整えられていくが、国際条約として1886年にベルヌ条約(文学的および美術的著作物の保護に関するベルヌ条約)が成立し、我が国は1899年に加盟した。著作権は時代の流れとともに変化し、対象が広がってきている。かつては予め登録しておかなければ著作権が認められなかったり、cマークを付けていないと、出版の瞬間にパブリック・ドメイン、すなわち著作権フリーの状態になってしまったりといった方式主義を採用する国もあったが、今日では創作の時点で原初的に著作権が発生するという無方式主義がほとんどの国で採用されている。ベルヌ条約はかねてから無方式主義を採用しており、我が国においても無方式主義を原則としている。国立国会図書館への納本の義務も著作権法とは関係なく、また登録制度もあるが、これはあくまで(著作権が著作者と分離された場合などにおける)対抗要件として必要になる場合があるにすぎず、権利保護要件としての登録などは不要である。  ときどき、アメリカは著作権をはじめとした知的財産権を強固に認め、保護し、そうした権利を主張するといったことが言われるが、アメリカ合衆国は長年方式主義を採用していた国の代表格であって、著作権表示(cマーク・著作権者名・発行年の3要素すべて)が行われていない場合など、直ちにパブリック・ドメインとみなされていた。アメリカ合衆国がベルヌ条約に加盟したのは1989年のことである。それまで条約への加盟の障壁となっていたのは、方式主義を採用していたことに加え、著作権の保護期間が短かったこと(発行時起算であり、原則28年間を保護期間としていた。更新は可能であったが、死後50年を保護期間とする諸外国に比べ保護期間が相対的に短かった)などがあげられる。なお、今日保護期間を死後70年に延長しようとする動きが各国にあるのは事実であるが、そもそも保護期間を死後70年にするという動きが起こったのは1965年のドイツである。アメリカ合衆国が保護期間の延長を主張したのは1998年に成立したソニー・ボノ法であり、これにより、1978年以降のものについては著作者の死後70年、それ以前のものについては公表の時から起算して95年を保護期間とした。その背景には、1920年代に登場したミッキーマウスをはじめとしたディズニーキャラクターがパブリック・ドメインになるのが目前であり、ディズニー社の莫大なキャラクター収入が得られなくなることを頂点として、他のハリウッド業界などが激しいロビー活動を行ったことなどがあげられており、ソニー・ボノ法は「ミッキーマウス保護法」と揶揄されている(福井,2005)。アメリカがソニー・ボノ法以前に保護期間を延長したのが1978年であり、これはタテマエとしてはなるほどベルヌ条約加盟への準備段階であるとする説は的を射ているであろうが、しかしそれ以前の保護期間(公表時より28年。さらに28年の更新が可能)ではミッキーマウスはパブリック・ドメインへの秒読み状態であったのもまた事実である。したがって、ソニー・ボノ法に限らず、そもそもアメリカ合衆国の著作権法自体がミッキーマウス保護法的な要素を伴っているのではないかといった指摘まであり、早くも2020年頃の再延長が勘ぐられている。 (2)我が国の現行著作権法  我が国の著作権法は、ベルヌ条約への加盟に向けて旧法が明治32年(1889年)に制定され、それから70年の時を経て昭和45年(1970年)に全面改正、昭和46年(1971年)に改正施行されて現在に至っている。ただ、時代の流れとともに、その後もさまざまな変更が加えられている。  現行著作権法において著作者とは「著作物を創作する者」(2条1項2号)とされており、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(2条1項1号)と定められている。我が国著作権法は無方式主義を採用しており、創作の時点で直ちに著作物となる。  そもそも、著作権概念には大きく二つがある。著作権はその発展の過程で所有権として承認されてきたことについてはすでに述べた通りだが、その後においてもなお著作権を財産権として捉えようとする英米法の立場と、著作権は財産権のみならず著作者人格権の要素も包摂したものとして捉えようとする大陸法の立場である(半田,2007)。我が国の著作権法は後者に類する。著作権における財産権は上映権、複製権、翻訳権など、その著作物から財産上の利益を得る権利のことであり、著作者人格権とは氏名表示権、同一性保持権など、著作物に対する人格的利益を保護する権利のことである。著作財産権は所有権であるから、民法206条にある通り、権利者は自由に使用、収益、処分をすることができる。また、財産であるからそれらは譲渡や相続の対象となる。著作者の死後50年間については、財産権は相続人に認められるということである。また、著作権者は第一次的には著作者本人であるが、著作財産権はすでに述べた通り移転が可能であるから、実際には著作を行っていない者が著作権者となることがある。 (3)情報保障についての規定  では、この著作権法では、情報保障についてはどのように考えられているのだろうか。結論を先に述べるなら、情報保障は権利としては規定されていない。著作権の制限(第30条〜第50条)に私的利用のための複製(30条)、引用(32条)、教育目的利用(35条)などと並んで規定があるのみである。  視覚障害関係では、まず点字による複製(37条1項)が認められている(著作権者に対して許可を得る必要はない、以下同じ)。その趣旨は「視覚障害者用の点字による複製は、営利事業として行われる例が少なく、おおむね篤志家の奉仕によって行われ、その部数も比較的少ないことから、視覚障害者の福祉の増進という政策的見地に基づき、これを自由としている」(半田,2007: 160)というものである。さらに、点字データの複製やネットワークを通じた送信が平成12年の法改正によって可能となった(37条2項)。次に録音については、「点字図書館その他の視覚障害者の福祉の増進を目的とする施設で政令で定めるもの」が行う場合に限られてはいるものの、著作物の録音・貸出が認められている(37条3項)。また、これとは別の項目であるが、弱視の児童・生徒のための拡大教科書の作成が平成15年の法改正から可能となった(33条の2)。ただ、これは著作物の教科用図書等への掲載を認めた33条の一部であり、したがって、@「小学校、中学校、高等学校又は中等教育学校その他これらに準ずる学校における教育の用に供される児童用又は生徒用の図書であつて、文部科学大臣の検定を経たもの又は文部科学省が著作の名義を有するもの」に対象が限定されており一般に市販されている書籍等については当てはまらない(したがって、大学で教科書として使用される図書についても拡大教科書には該当しない)こと、A教科用図書を発行する者への通知が必要であることなど、点字による複製に比べ制限的であることは否めない。パソコンを音声ソフトで利用している視覚障害者は多いが、音声ソフトによって読み上げることを目的とした著作物のデータ化については、まったく触れられていない。  関連して聴覚障害関係にも若干触れておく。「聴覚障害者の福祉の増進を目的とする事業を行う者で政令で定めるもの」に限り、「放送され、又は有線放送される著作物」に「音声を文字にしてする自動公衆送信」(リアルタイム字幕)を行うことが認められている(37条の2)。リアルタイム字幕の作成が一定の者に限定していることについて、「リアルタイム字幕は音声を文字化するにあたり、技術的制約により一部要約することは避けられないところから、権利者の利益を不当に害することのないよう字幕作成に一定の能力を有することが必要であるとの要請に基づくものである」(半田,2007: 161)としているが、ここでの「権利者」とは著作権者であって聴覚障害者ではない。多くの聴覚障害者は字幕放送が増えることを望んでおり、さらにはすべてのテレビ番組に対する字幕つけを求める動きがある。要約することで正確さは劣るが、とにかく数を増やしてほしいという声があるのは間違いない。ここで権利者=著作権者を保護するのは、同一性保持権を担保するところにあると考えられるが、そうであるとしても、視覚障害者に対する点字による複製と対比した際、不均衡であると言わざるを得ないだろう。  大学での障害者支援における著作権法上の問題を具体例をあげて検討するに先立ち、同一性保持権について記しておくことにする。 (4)同一性保持権  著作権法には著作権者のさまざまな権利が規定されている。その中でも、情報保障を考える上で重要となるのが同一性保持権(20条)である。情報保障を行うに際しては、音声情報を文字情報に変更するなどの作業がその過程において行われることがほとんどで、こうした改変が同一性保持権の侵害にならないかが問題となる。同一性保持権とは、「著作物の完全性を保持し、無断でこれの変更、切除その他の改変をする者に対して異議を申し立てる著作者の権利」(半田,2007: 121)であって、著作者人格権の一つとされている。小説をドラマ化する場合など、脚色することや上映することにつき著作権者の同意が必要である。同一性保持権が争われるケースとして、パロディに借用する場合などがあり、憲法が定める表現の自由との関連で争点となっている。  そもそも、著作者人格権として同一性保持権を保障したのは、「作品は著作者の分身だから…意に沿わない書き直しをされたら、感情が傷つきます。また、作者は作品によって社会的に評価されるからだという意見もあります」(福井,2005: 74)という理由があげられている。したがって、悲劇の小説をドラマ化に際してハッピーエンドに書き換えるといったことは、たんなるドラマ化の許諾の他に改変についての許諾なくしては認められない。  しかし、「いうまでもなくこの権利は、著作者の精神的・人格的利益の保護のために法的承認を受けた権利であるから、厳密にいえば著作物の改変にあたる場合であっても、それが著作者の精神的・人格的利益を害しない程度のものであるときは、同一性保持権の侵害とはならないと解するべきである」(半田,2007: 121-122)と考えられている。同一性保持権の侵害にあたらないものとして、@教科用図書(教科用拡大図書を含む)や学校教育番組に著作物を利用する場合に「用字又は用語の変更その他の改変で、学校教育の目的上やむを得ないと認められるもの」(20条2項1号)、A建築物の増改築や修繕(同2号)、Bプログラム著作物のバグ修正やバージョンアップ(同3号)が列挙されている(半田,2007: 122)。このほか、同一性保持権の及ばぬものとして、C「著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」(同4号)と規定されており、何が「やむを得ないと認められる改変」かが問題となる。 2.大学での情報保障と著作権をめぐる問題集  著作権法について概観したところで、大学における情報保障の具体的場面にあてはめながら、著作権法との関係について考えてみたい。 (1)レジュメ・講義資料のデータによる提供 【事案1】 視覚障害をもつAはB教授の授業を受講していたが、B教授は毎回プリントを配布する形で授業を進めていた。Aはレジュメや資料のデータによる提供を求めたが、B教授の配布するプリントには、B教授に著作権のない本や資料からのコピーが含まれていたため、著作権法上データでの提供は不可能であると回答した。Aはデータを受け取れないのか?  テキストデータの提供を拒む理由として、それを作成するための手間(データの種類を変更するだけの場合なら簡単だが、この冊子の第1章で述べたように、原本をスキャナにかけ、OCRソフトを用いて活字を抽出し、原本を見ながら校正するという作業)を考えた場合が多いが、この事案においてはあくまで著作権法を理由とした拒否であるという部分のみを問題とする。  まず、B教授が授業で他人の著作物を使用することについては、著作権法35条の問題となる。35条は、学校で授業を担任する者が授業の目的上必要と認められる限度において著作物を複製(コピー)してもよいことを規定している。本事案では、B教授は「教育を担任する者」であり、資料を配付することで著作権者の利益を不当に侵害するといったことがないのであれば、この部分はクリアできる。(この点、たとえば、小学校で使用する副教材として製作された漢字ドリルを教師が人数分コピーして配布するような場合は、たとえその教師が「教育を担任する者」であったとしても、教師の複製・頒布によって児童が自ら漢字ドリルを購入しなくなり、出版元の経済的利益を不当に害すると判断される)  次に、テキストデータ化すること自体における問題について。@視覚障害があるAが使用するためにするデータ化は、それをAが使うことだけを目的としている以上、著作権者の経済的利益を不当に侵害するとは考えられない。他の学生にコピーを配られるのと、著作権者から見て何ら変わらないはずである。A著作者人格権、とりわけ同一性保持権についても問題となるが、「著作物の変更それ自体は個人的利用の範疇に属し、だれにでも自由に許されるのであるから、著作者の同意を要しないことはもちろんである。だが、変更された著作物が複製等によって公に利用されるようになると、それは個人的利用の範囲を逸脱することになり、したがって著作者の同意を必要とする。つまり同一性保持権がその効力を発揮するのは著作権の行使の際ということになる」(半田,2007: 148)といったところから考えると、Aのテキストデータの利用はあくまで個人的なものであって、それを公にしたり他人に渡したりするといったことがない限り、同一性保持権の問題もクリアされる。  本事案においては、B教授の教材の配布が、35条に該当するか否かが問題となること以外、情報保障という点で別段問題になることはない。 (2)教科書のデータによる提供 【事案2】 C教授は自分の著書を教科書として使用していたが、受講していたDは中途失明の視覚障害者で、点字がまだ十分読めない。そこで教科書のテキストデータによる提供をC教授に求めた。C教授は出版社に問い合わせたが、データの提供には応じないとの回答だった。Dはテキストデータを受け取れないか?  現行著作権法は、テキストデータに関しては一切規定していない。したがって、出版社がデータを提供する義務はない。また、そもそも出版社はデータを提供する権利すらもっていない場合が多いようである。出版社がデータを提供する場合、著作権者の了解を得る必要があり、共著等で著作権者が複数いる場合、その全員の了承を得なければならず、それらの労を出版社が負担することとなるが、これが不当であると出版社側は主張する。それは出版社にそもそもテキストデータの提供の義務がないことによる。さらに出版社がもっているデジタルデータはテキストデータではなく、それらのデータからテキストデータをつくるには変換作業が必要なこと、テキストデータでは表現できない漢字や図表を載せることができず、勝手に変換を行うことは同一性保持権が問題になること、データの所有権が出版社ではなく印刷所にある場合があること、などがある。  本事案では、著作権者であるC教授が自ら出版社にデータ提供を依頼しているから、データの提供に著作権者は同意していることになり、著作者人格権としての同一性保持権が問題となる余地はない。したがって、財産権の問題のみとなる。とはいっても、著作権者はテキストデータの提供に同意しているから、著作権者の経済的利益が侵害されることにはならない(というよりも、著作権侵害の申し立てが起こり得ない)。そのため、出版契約における出版社の利益およびテキストデータ作成に必要な負担を誰がするかという二つの問題が残ると思われる。ここで前者については、@原本を購入すること、Aテキストデータの使用を個人利用にとどめることを条件にすれば問題にはならないだろう。実際、テキストデータの提供に同意している出版社も、この二つを条件にしている。とすれば、後者の問題のみということになる。すでに述べたように、出版社にはテキストデータの作成や提供についての義務はないから、そこに発生する負担を強いることは難しい。となると、Dの個人利用ということで大学側が用意することになるだろう。  また、著者であるC教授がテキストデータを所有しているからそれをもらえばよいと誤解されることもあるが、C教授に限らず、原稿を出版社に収める際の最終段階のデータであっても、実際に印刷して出版されるまでには出版社側でさまざまな校正作業が行われるから、そのやりとりの課程で、執筆者のもっているデータと出版された本の中身が大きく異なることは珍しくない。そのため、データ提供の必要性を理解していたとしても、提供を躊躇することがある。さらに、執筆者と出版社の間で著作権に関する契約を交わす際、複製権が出版社側にある旨が明記されている場合も多く、その場合は、たとえ自分の著作物であったとしても、勝手にコピーして頒布することはできない。(こういう契約を交わすのは、出版後に執筆者が別の出版社と新たに契約を結んで出版することにより不利益を受けることを未然に防止するなどのねらいがある) (3)大学における録音図書の製作 【事案3】 視覚障害をもつEは、授業で示された参考文献を録音図書として提供してほしいと考えた。大学図書館、障害学生支援室のどちらに持ち込むべきか?  録音図書については、「点字図書館その他の視覚障害者の福祉の増進を目的とする施設で政令で定めるもの」(37条3項)が行う場合に限り、著作物の録音・貸出が認められている。ここでいう政令とは著作権法施行令第2条のことであるが、これによると、国や地方公共団体、公益法人が設置する点字図書館、特別支援学校(盲学校)の図書館などが該当するが、大学図書館としては、「学校教育法第1条の大学(専ら視覚障害者を入学させる学部又は学科を置くものに限る。)に設置された図書館及びこれに類する施設の全部又は一部で、録音物を専ら当該学部又は学科の学生の利用に供するものとして文化庁長官が指定するもの」(著作権法施行令第2条6号)と規定されており、これに該当するのは筑波技術大学の図書館のみである。  したがって、その他の大学図書館、障害学生支援室、ともにこれには該当しないため、録音図書の製作、貸出を行うことはできない。  ただ、本件の場合は、視覚障害者向けの貸出というよりは、視覚障害をもつ学生であるEの利用に供することが目的である。仮に、Eが友人に頼んで音読してもらうような場合には、友人の本を読み上げるという行為は著作権法38条の口述に当たり、さらに、それを聞きながらEが録音した場合であっても、著作権法30条の私的使用に当たり、いずれも認められる。ただし、口述に関しては「公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない。」(38条1項)とあるように、@営利を目的としていないこと、A聴衆から料金を受けないこと、B口述を行う者に報酬が支払われないことの3つを満たす必要がある。友人にボランティアで依頼する場合はこれに当てはまるが、たとえば、朗読をビジネスで行う者に依頼した場合は@〜Bすべてに抵触するし、E本人から料金を徴収しないとしても、大学から朗読者に対して報酬が支払われる場合には、Bに抵触する。 3.課題  前節で情報保障の具体的場面を想定して著作権法との関係について考えてみたが、もちろんこの他にもさまざまなケースがある。著作物の利用について、我が国の著作権法では、著作権の制限として具体的に定めており、明記されている利用に際しては、そこに書かれてあることに従えばよいから、分かりやすいというメリットがある。その反面、書かれていない事態に直面したときには、利用が妨げられる恐れがある。  我が国の著作権法のような具体的な規定を定めず、一般的な著作権の制限規定をおいている国がある。とくにアメリカ合衆国が採用しているフェア・ユース(fair use:公正利用)の法理が知られている。アメリカ合衆国著作権法107条は、「批評、解説、ニュース報道、教育、研究又は調査等を目的とする著作物の公正利用は著作権の侵害とはならない」(尾崎,2004: 91)としており、@使用の目的および性質、A著作物の性質、B著作物全体との関連における使用された部分の量および質、C著作物の潜在的市場または価値に対する使用の影響を考慮して、公正利用にあたるか否かを判断することになっている。障害者の情報保障という点から考えるなら、こうした一般規定によって制限されている方が、著作物の利用はより容易になる。  フェア・ユースを採用するか否かは措くとしても、我が国の著作権法が障害者の情報保障にとって壁となっていることは事実であり、著作権法の改正をも含めた再検討が必要であろう。もっとも、先に例示したように、現行法の解釈上利用が可能になるものについては、それをまずは試みるべきである。 文献 青木慎太朗,2005,「幸せのカテゴリー――障害はリスク、治療の対象か?」,『福祉のひろば』2005年9月号,総合社会福祉研究所 ――――,2006a,「大学における障害者支援の現状と課題――情報保障を手がかりとして」,立命館大学大学院先端総合学術研究科博士予備論文 ――――,2006b,「大学における視覚障害者支援とテキスト校正」,視覚に障害のある人のサポート入門講座 ’06,立命館大学,2006年6月13日 ――――,2006c,「大学院での遠隔教育と障害学生支援」,日本教育工学会 第22回大会報告,2006年11月,関西大学 伊藤真,2001,「写真の改変――パロディ事件第一次上告審判決」,斉藤博・半田正夫編『著作権判例百選[第三版]』116-117,有斐閣 岡本薫,2003,『著作権の考え方』,岩波新書 尾崎哲夫,2004,『入門 著作権の教室』,平凡社新書 福井健策,2005,『著作権とは何か――文化と創造のゆくえ』,集英社新書 半田正夫,2007,『著作権法概説(第13版)』,法学書院 ■■ 出版社から読者へ、書籍テキストデータの提供を困難にしている背景についての考察 植村要 T なぜテキストデータを必要とするのか  パソコンは、視覚障害があってディスプレイが見えない場合でも、ディスプレイを音声化して出力するためのソフトであるスクリーンリーダーをインストールすることで操作でき、文字を読むことができる。石川は、全盲である自身がどのように活字書(*1)を読んでいるかについて、ボランティアの協力によって作成されるのに数ヶ月を要する点訳・音訳に対して、スキャナーとOCR、パソコンによって文字認識させて読む「ハイテク読書法」を紹介する。そして、「ハイテク読書法」の利点と欠点を、以下のように記す(石川2004)。  利点:@本が手に入ったらすぐに読める。A難解な文章も理解できる。B速読できる。C斜め読みできる。D検索できる。E編集できる。F二次利用するのに便利である。  欠点:@OCRソフトが文字を誤認識する。A読み上げソフトが誤読する。B自分では誤りを完全には校正できない。  この「ハイテク読書法」の技術開発によって、視覚障害者が読書をする上での困難のかなりが軽減されたことは確かである。しかし、その一方で、上記欠点の@とBについて、OCRソフトでテキスト変換されたデータの誤認識を修正するという、けっして少ないとはいえない新たな負担を生じることにもなった(*2)。ここでは、誰がこの負担を担うのが正当かが問題にされなければならない。さらにはこの負担自体が必然なものなのかが疑われる。もとより、出版社には活字書の作成に使用した活字書と同じ内容のデータが保存されているはずだからである。ここに、出版社にテキストデータの提供を請求する根拠がある。  テキストデータを必要とするのは、スクリーンリーダーで音声化して読む場合だけではない。点訳をする場合であっても、テキストデータがあれば、そのための労力は相当軽減される。今日、点訳作業は、多くの場合自動点訳ソフトを用いて、パソコン上で行われている。この方法での点訳の過程は、まず、上記の「ハイテク読書法」の手順でテキストデータを作成し、ここで生じた文字の誤認識を逐一修正する。つまり、欠点の@とBを補完する作業をするのである。続いてこのテキストデータを点訳ソフトで点字データに変換する。この段階で、漢字の読みや、点字表記の細部に誤りが生じるので、これを修正する。現状では、このような手順で行われている。ここに出版社からテキストデータが提供されれば、この手順の前半部は省略され、後半部の自動点訳ソフト上での作業のみを行えばよくなるのである。  テキストデータを必要とするのは、そのデータを音声や点字といった別の媒体に変更して読む場合だけではない。出版UD研究会は、ロービジョン、色弱、肢体不自由、発達障害、学習障害、高齢など、現在の活字書が、すべての人にとって便利であるとはかぎらない多くの事例を紹介している(出版UD研究会2006)。  国立国会図書館は、海外の図書館および国際機関における視覚障害者等図書館サービスの最新状況に関して、2002年度に2件の調査を実施しており、この調査報告書に海外においてテキストデータがどのように位置づけられているかが記されている。これによると、スウェーデンでは、公貸権制度によって、公共図書館・学校図書館での貸出し数に比例して、国がスウェーデン著作者基金に補償金を支払い、作家がその配分を決定するという形態が採られている。これは図書館で貸し出すすべての本についてであり、録音図書も同じ扱いである。著作権法は、製作機関を図書館や組織に限定してはいるものの、「障害のある人の利用を目的とするが、障害のない人も利用できる形態で製作し、ニーズを持つ幅広い層の利用者に提供するもの」というオープンシステムを採る。製作機関として認められているスウェーデン国立録音点字図書館(Talboks-och punktskriftsbiblioteket:TPB)が扱う資料は、設立からの過程で、点字図書のみから徐々にアナログの録音図書、Eテキスト図書およびDAISY録音図書へ拡大し、それに伴って利用者も点字使用者のみから視覚障害者、重度身体障害者、読書に障害のある人へと拡大してきている。また、アメリカは、「障害のある人だけが利用できるように特別な方法で製作し、障害によりニーズを持つ利用者に提供するもの」というクローズドシステムを採る。民間機関のBookshareは、視覚障害、ディスレクシアのような学習障害、運動障害などの読書に障害のある個人やそのサービス機関に対して、オンライン上でアクセシブルなデジタルフォーマットの図書を提供している(深谷・村上2003)。Bookshareは、DAISY3が「障害のある人だけが利用できるように特別な方法で製作」されたものとして位置づけられている点に着目して、音声合成装置、大活字、あるいは点字ディスプレイで読むDAISY3仕様の電子テキストのネットワーク配信の取り組みを始めた(河村2003)。  DAISY3は、当初デジタル録音図書の規格として開発されたDAISY (Digital Accessible Information System) を発展させて、2002年にNGOであるDAISYコンソーシアム(*3)が開発した技術である。DAISY3のコンテンツは、音声ファイル、画像ファイル、HTMLの後継技術であるXML (extensible markup language) でマークアップされたテキストファイル、そして、それらを同期させるSMIL2.0 (Synchronized Multimedia Integration Language) から構成される。ここで注目すべきは、インターネットの標準化団体であるW3C (World Wide Web Consortium) で策定されたXMLとSMILをもとにしていることである。これによって、DAISY3仕様で作成された出版用版下データあるいは電子図書は、点字、大活字、デジタル録音、パッケージ化されたマルチメディア図書、さらにはブラウザに依存しない正確なレイアウト表示でのWebコンテンツとしての公開、ストリーミング配信など、多様な形態の情報アクセス・チャンネルをもつことができ、その選択を一つのファイルで可能にした。DAISY3は米国情報標準化機構(National Information Standards Organization:NISO)で採択された(河村2003)。  DAISY3が普及していない現状において、筆者は、活字書を購入する際、出版社に対してテキストデータの提供を求めている。筆者には視覚障害があり、活字のままではその書籍を読むことができないからである。しかし、一部の出版社・書籍を除いて、多くの場合でその要求はかなえられない。著作権が関係していることは容易に思い当たる。しかし、それだけでは一部の出版社・書籍において可能であり、それ以外において不可能である現状を、十分には説明しえない。本稿は、こうした筆者の経験を調査結果として位置づけ、出版社にテキストデータの提供を困難にさせている背景を探索することを目的とする。  まず、Uでは、調査方法を記し、Vでは、本調査に対する出版社からの返答を記す。Wでは、筆者の調査しえた範囲ではあるが、同じニーズを持つ人の利便に資するという実践的意図から、テキストデータ提供の請求に対する各出版社ごとの対応の可否を図示し、出版社が挙げた理由から、テキストデータの提供がなぜ困難なのかを考察する。そして、Xでは、現にテキストデータを必要とする人がいるという実践的観点から、Wから導出される提案を試みる。 U 調査方法  一つは、2007年8月から12月末までに、筆者が出版社に対して、書籍のテキストデータの提供を請求した際に送受信されたメール、およびそれへの返答として出版社からかかってきた電話での話し合いを元にしている。まず、筆者が出版社に書籍の購入を申し込み、その際にテキストデータの提供を請求する。申し込みは、出版社がHP上に公開しているメールアドレスから行う。あるいは、メールアドレスが公開されていない場合には、出版社がHP上に開設している購入申し込みフォームから活字書の購入を申し込み、その通信欄にテキストデータ提供の要望を記す。そして、テキストデータを提供しない旨返答された出版社に対しては、重ねてその理由を問い合わせることとした。これまでに出版社と送受信したメールの総数は、数百通に及んだ(*4)。  ここで、購入を前提として問い合わせたことと、それに伴って問い合わせをした対象が限られた出版社になったことについて説明しておく。購入が前提になっていれば、出版社は何がしかの返答をしなければならなくなる。テキストデータを提供しない出版社であっても、その旨返答をしなければならない。また、前例がないなどで、社としての方針が決まっていない場合であっても、筆者の申し込みに対する対応として、検討がなされるとも考えられる。購入が前提になっていればこそ、その対応の理由を重ねて問い合わせることもでき、社内でなされた検討について質問することもできると考えたからである。それこそが本稿の目的に適うことでもある。これに伴い、おのずと問い合わせをした出版社数は限られたものになり、しかも、購入するのである以上、筆者の関心に即して偏ることになった。出版社のサブセクターについて佐藤は、自社のターゲットに、大衆的読者を想定するエンタテイメント系の大手出版社である「流通業者志向型」と、限定された読者層、特に自分自身が専門書の著者になる可能性をもつ専門家を想定する専門的な中小の出版社である「生産者志向型」からなる二重構造の存在が、以前から指摘されてきた、という(佐藤2002)。この分類でいえば、筆者が問い合わせた出版社は、社会科学系の書籍を刊行している「生産者志向型」の出版社に偏ることになった。だが、本稿が、背景の探索を目的としたものである以上、そこでは必要に応じた柔軟な問い合わせをすることこそが重視されるのであり、この偏りは、本稿の目的を何ら阻害するものではないと判断した(*5)。  また一つは、2007年9月16〜17日に立命館大学で開催された障害学会第4回大会において、会場に出店していた出版社に対して、インタビュー調査を実施した。対象は、明石書店、人文書院、生活書院、青土社、東京大学出版会、読書工房である。会場に出店していた出版社は他にもあったのだが、筆者がインタビューを実施しているときに接客中であったり、店員が席を外していたりなどのために、それらの出版社に対してはインタビューを実施できなかった。  加えて、注10に記す補足調査を実施した。  次章からは、これらの調査結果をもとに記していく。 V 出版社からの返答  本章では、筆者が書籍テキストデータの提供を出版社に求めた際の返答を、出版社とその関係者ごとに記述する。 〈出版社と読者との間〉  今回、筆者がテキストデータの提供を求めた出版社からの返答のほとんどに記されていたことが、テキストデータは複製・改ざんが容易であること、および、第3者やweb上など外部への流出の危険があるという違法行為についてだった。これは、テキストデータを提供した出版社、しなかった出版社、双方が懸念する点として挙げていた。出版社Aは、これを理由として例外なく断るとしており、出版社Bは、電子商品として開発したもの以外は一切社外に出さないという。また、出版社Cは、視覚障害のあるある大学院生に対して、大学と契約書を交わすことで提供したことがあるといい、出版社Dは、点訳ボランティア団体には提供するというが、両社ともこの違法行為への懸念から個人に対しては提供しないという。一方、テキストデータを提供した出版社であっても、懸念する点としてこの違法行為を挙げはする。出版社Eは、読者からの依頼ごとに著作権法尊守の約定を求めて、個別に提供しているという。  テキストデータの提供を求めている個人が違法行為をしないかの確認に加えて、視覚障害者であるかが確認される。出版社Fと出版社Gは、テキストデータの提供を求めている筆者が、視覚障害者であるなら提供するが、本当に視覚障害者であるかが確認できないとした。これに対して、筆者は身体障害者手帳の複写の送付を提案したりするのだが、メールや電話でやりとりをする過程を通じて、出版社は何がしかの確からしさを感受するようで、身体障害者手帳を示すことなく、両出版社からはテキストデータが提供された。この両社は、読者からテキストデータを求められたことが初めてだったというので、このような手順を踏んだとも考えられる。しかし、同じく初めてのことだったという出版社Hは、そのような確認をすることなく、いわばあっさりと提供をした。これに対して、出版社Iや出版社Jのように「テキストデータ引換券」によって提供する出版社は、活字書の購入を確認するのみで、それを送付してきた個人については何の確認も行っていない。  また、費用の問題がある。出版社Kは、印刷用データをテキストデータに変換する作業に対する費用を、印刷所から請求された。当初、出版社Kは、その費用を自社が支払うことはできず、さりとてそれを筆者に負担させることもできないという判断から、テキストデータの提供を断ってきた。しかし、その費用を筆者が支払うことを提案して再検討を求めたところ、出版社内の関連部署、および印刷所との間での検討を経て、テキストデータが提供されることになった。これに対して筆者は、その額の算定根拠を確認すべく、G-COE「生存学創成拠点」の予算からの支払いであることを理由に、見積書・請求書・納品書の提出を求めた。しかし、そこに記されていたのは、金額だけであった。また、後述するように出版社Lにおいても印刷所から数千円から数万円を請求されたのだが、その支払いは、読者に請求するのではなく出版社Lが行ったという。 〈出版社と印刷所との間〉  読者から出版社にテキストデータの提供が請求されると、続いて出版社は印刷所にテキストデータの提供を請求することになる。しかし、印刷所に保管されているデータは、次章で概説するDTPという技術で組版された印刷用データのみであり、ここからテキストデータを作成するには、単にテキスト形式でエクスポートすればよいというのではなく、文字化けなどを修正しなければならない。この作業は、出版社内でDTPを行っている場合であっても発生する作業ではあるのだが、印刷所はこの作業に対してインセンティブが働かないという。その理由の一つは、この作業が利益を生み出す労働ではない点にあるという。印刷用データを作成する作業は、それが印刷され、製本され、売買されることで、印刷所に利潤をもたらすのに対して、印刷用データからテキストデータを作成する作業は、そのような利益を生み出さないためだというのだ。そこで、出版社もしくはテキストデータを請求した読者に、作業コストとして一定の費用を請求されることがある。出版社Lは、近刊の書籍については数千円、数年前に刊行された書籍については数万円を、印刷所に支払ったことがあるという。この価格は人件費だけなので、どのようにも設定でき、また、日ごろからの付き合いもあるという。また、出版社Mや出版社Gは、無料だったという。出版社Nは、印刷所との間で、買い取り価格のルール化について未交渉であることを理由に、テキストデータの提供を見送っているという。  また、インセンティブが働かないために、利益を生み出す作業が優先され、テキストデータの作成が後回しにされることもあるという。出版社Mから刊行されている単行本Mと月刊誌Mのテキストデータを、筆者が請求した際、印刷所M1でDTPされた前者は数日で作成されたが、印刷所M2で作成されている後者は数週間を要した。  他方、文字化けなどの修正作業が行われない場合もある。出版社Fは、印刷に使用したと推測されるPDFファイルを筆者に提供し、そこからテキスト部分を抽出する作業は、筆者自身が行った。出版社Oは、印刷所から修正されていないままのテキストデータが送られてきたとして、それをそのまま筆者に転送してきた。この両社の対応は、筆者も承諾した上でのことだが、両社とも、修正作業を自社が担うことは余裕がないためできないというものであった。また、出版社Pは、自社にも印刷所にも修正作業をする余裕がないことを理由に、提供できないとした。  インセンティブが働かないというよりもさらに積極的に、印刷所が拒否することもある。それは、印刷所が提供したデータを、出版社が別の印刷所に持ち込んで再販に活用されることを危惧してのことだという。そのように使用されては、印刷所としては、みすみす利益を手放すことになるからである。この傾向は、雑誌の場合にさらに顕著になるようだ。筆者が月刊誌Mのテキストデータを請求した際、印刷所M2は、この理由からテキストデータの提供を拒否したというし、たしかに出版社Mには書籍にして再販する計画があったという。これに対して、印刷所M2と連絡をとっていた出版社Mの担当者が、視覚障害者への提供であることを説明し、理解が得られたことでテキストデータが作成されることになった。しかし、その後、実際に作成されるまでには、上述のとおり日数を要することになった。  これとは逆に、印刷所主導でテキストデータが提供されることもある。テキストデータを請求されることが初めてだったという出版社Gは、他の出版社の対応がどのようなものであるかを筆者に問う一方で、印刷所にも技術的・法的に問題がないかを問い合わせていた。そして、筆者が返事を送信するよりも先に、出版社Gと印刷所との間では話し合いが進められていた。その印刷所には、すでに他の出版社からの同様の請求に応じた経験があったという。出版社Gは、その印刷所の説明を踏まえて自社の対応を判断し、筆者へのテキストデータの提供を行うことにしたという。  そして、データの所有権の問題がある。出版社Nは、印刷用データは作成した印刷所にも権利があるという。一方、出版社Eは、印刷用データは、それを発注した出版社のものでもあるとして、請求書とともにデータの納品を求めているという。 〈出版社と著作権者との間〉  複製物の作成と頒布について、出版社と著作権者との契約内容が問題にされる。出版社Qは、刊行時の著作権者との契約によって許諾を受けた形態以外での複製物を作成して第3者に提供することは、理由の如何によらずできないという。出版社Rによれば、翻訳書については、元出版社との契約も結びなおさなければならないという。他方、出版社Eは、EYEマーク・音声訳推進協議会の推進するEYEマーク運動に応えて、著作権者の了解を得た上で、奥付にEYEマーク(*6)を表示している。これによって福祉目的での著作権の拡大使用について、既に著作権者との間で合意が図られているので、テキストデータの提供に際しても、改めて著作権者に許諾を得ることなく提供可能としている。  これに対して、出版社Pは、著作権者に許諾をとるための連絡をする手間と時間がかかることをいう。著作権者は複数いる場合もある。執筆者が複数の場合はもちろんだが、印刷用データには、図表・記号・写真やイラストなどが入っており、そのそれぞれに著作権者がいる。また、著者の中には、連絡先が不明な著者や、担当編集者でなければ連絡がとれない著者もいるという。そのような場合には、著者との合意を図るだけでも、相当な時間と手間がかかるというのである。  また、出版社Sは、提供したテキストデータが流出した場合、著作権者に対する補償問題に発展する可能性をいう。 〈出版社内〉  テキストデータの請求に対する出版社内における取り扱いについて、社としての方針を定め、それに従って対応しようとする社がある。その一つとして、読者へテキストデータを提供する書籍と、しない書籍との選定の必要性が言われる。出版社Nは、テキストデータの提供を行わない理由の一つとして、この選定をしていないことを挙げる。出版社Bは、電子商品として開発したもの以外は一切社外に出さないことを原則としているという。その上で出版社Bは、今回の筆者の請求に対して、例外を作ることを改めて社内で検討したという。これに対して、出版社Jは、障害のある人だからといって読みたい書籍が障害に関係するものだけというわけではない、という考えに基づいて、自社の刊行する書籍の全てについてテキストデータの提供を行っているという。  また、出版社Cは、前述のとおり、過去には大学と契約書を交わすことでその大学院生に対してテキストデータを提供したことがあるのだが、多くの人から同様の依頼があった場合を想定した対応を決める必要のあることをいう。出版社Eは、近年数年の新刊については全てテキストデータを提供している。それは、活字書が刊行されてから点訳・音訳を行っていたのでは、その書籍が読者の手元に届くまでに数ヶ月を要してしまうため、活字書と同じ時期に読者に届けるためでもあるという。  一方、社としての方針ではなく、筆者からのメールを受け取った担当者の裁量で判断していると窺わせるものがある。出版社Tからは、ホームページに公開されていたメールアドレス宛の筆者の申し込みに対して、電話で、提供できない旨の返答があった。その担当者の態度が、筆者の請求をまったく不当かつ常識はずれといわんばかりの横柄なものであったので、筆者は、今回のテキストデータの請求が調査を兼ねたものであり、G-COEの報告書に掲載されるものであることを告げた。すると、担当者は、その態度をさらに怒気を含んだ高圧的なものに硬化させ、社として検討する、と言った。そして、法務部の連絡先を示し、そこへ筆者から再度連絡するように告げたのであった。結果として、法務部からの返答においてもテキストデータを提供しないという判断が変わることはなかった。  テキストデータを提供した出版社の中にも、それが担当者の裁量であることを窺わせるものがある。出版社Uに対して、筆者はテキストデータの請求を2回行っている。1回目は翻訳書であり、担当者から、このような依頼は初めてのことであり、他社での取り扱いがどのようなものであるかを筆者に問うた上で、テキストデータは提供された。2回目は、著者が日本人のものであり、その提供は容易だとし、その理由として、その書籍の編集を担当したのが自分であるためであることを記していた。  さらに明確に、それが裁量であることを記していた出版社もあった。出版社Gは、前述のとおり印刷所主導で、テキストデータの提供に至った出版社である。そして、後日、筆者が、今後他の書籍についても同様の対応を希望する旨の依頼をすると、今回の提供が社としての判断を仰いでのことではなく、自分の裁量で行ったことであることがあかされた。そして、今後も提供するようにするが、担当者が自分ではないものや、あるいは、担当者が自分であっても印刷所が今回と異なるものについては、提供できない可能性があることを理解してほしい旨告げられた。 W テキストデータの提供を困難にしている背景 W−T テキストデータの提供を困難にしている要素  図1は、筆者の問い合わせに対する出版社の返答から、テキストデータ提供の可否と、その理由をまとめたものである(*7)。出版社が挙げた理由は、言及する内容に基づいて〈法的要素〉〈技術的要素〉〈コスト要素〉〈出版社内のルール〉の4つに大別した。出版社の挙げた理由は、便宜上この4要素の一つに振り分けたが、図1を見てわかるように、それらは明確にわかれるものではなく、互いに関連し重なり合っている。以下では、それぞれを概説する。 図1 各出版社の対応と、その理由   出版社名 する/しない理由 法的要素 技術的要素 コスト要素 出版社内のルール 提供する 明石書店 青木書店 現代書館 人文書院 ナカニシヤ出版 日本教文社 大月書店 青土社 生活書院 青弓社 昭和堂 東京大学出版会 ◇個人利用にとどめることを約定の上で提供する ◇EYEマークを表示して、著作権の拡大仕様について著作権者の了承を得ているので、提供できる ◇ここ数年の新刊については提供可能 ◇印刷所から請求された費用を読者が支払うことで提供する ◇テキストデータ引換券を添付しているものについては、提供する ◇活字書のままでは利用できない人のために、5年ほど前から提供している ◇障害を有するからといって、読みたい本が障害に関係するもののみというわけではないので、全点提供している 〈法的要素〉(*8)  著作権法において、まず著作者は、著作者人格権と著作権を享有することを定めている(17条)。著作者人格権には、次のものが含まれる。公表権(18条1項)、氏名表示権(19条1項)、同一性保持権(20条1項)。また、著作権には、次に記す種類の権利が含まれる。複製権(21条)、上演権及び演奏権(22条1項)、上映権(22条2項)、公衆送信権等(23条)、口述権(24条)、展示権(25条)、頒布権(26条1項)、譲渡権(26条2項)、貸与権(26条3項)、翻訳権・翻案権等(27条)、二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(28条)。  著作者人格権は、著作者の一身に専属するものであり、譲渡することができない(59条)。これに対して、著作権に含まれる各権利は、その全部または一部を譲渡することができる(61条)。また、著作権者は、他人に対して、著作物の利用を許諾することができ(63条1項)、許諾を得た者は、その許諾で定められた利用方法および条件の範囲内で著作物を利用することができる(63条2項)。  出版は、契約により著作物を利用する行為である。著作物を複製する権利を有する者は、その著作物の出版を引き受ける者に対して、出版権を設定することができる(第79条1項)。出版権者は、設定行為で定めるところにより、頒布目的で著作物を原作のまま複製する権利を専有する(80条1項)。これによって出版権者以外が複製を行うことが禁止される。  出版社と著作権者との間で交わされる出版契約書の雛型として、日本書籍出版協会は「出版契約書(一般用)」を公開している。また、同協会は、近年の著作物の形態の多様化にともない、印刷出版以外の著作物についての契約にも用いられるよう「著作物利用許諾契約書」も作成している。これには、書名、年月日、著作権者と出版権者の住所と氏名、両者の権利と責任、契約の有効期間などが記されている。  この場合においても、出版権者が、他人に対して、著作物の複製を許諾することはできない(80条3項)。しかし、著作物の複製については、次に記す特定の目的での使用に限って、著作権が制限される。ただし、この制限は、著作権にのみかかるものであり、著作者人格権にはかからない(50条)。私的使用のための複製(30条)、図書館等における複製(31条)、引用(32条)、教育の場での複製(33〜36条)、営利を目的としない上演等(38条)、そして以下に引用する点字による複製等(37条1項)の規定がある。なお、第37条1項の規定に基づく複製においては、著作物の出所を明示しなければならない(第48条1項1号)。  第三十七条  公表された著作物は、点字により複製することができる。  2 公表された著作物については、電子計算機を用いて点字を処理する方式により、記録媒体に記録し、又は公衆送信(放送又は有線放送を除き、自動公衆送信の場合にあっては送信可能化を含む。)を行うことができる。  3 点字図書館その他の視覚障害者の福祉の増進を目的とする施設で政令で定めるものにおいては、公表された著作物について、専ら視覚障害者向けの貸出しの用若しくは自動公衆送信(送信可能化を含む。以下この項において同じ。)の用に供するために録音し、又は専ら視覚障害者の用に供するために、その録音物を用いて自動公衆送信を行うことができる。  ここで規定されているのが点字と録音に限られているのは、@商業的に作成されても著作物の通常の流通と競合しにくいこと、A部数が少ないこと、Bボランティア等によって行われることが多く、営利事業として複製されるケースがほとんどないこと、などのためである。特に、点字を利用するのは、ほとんど視覚障害者に限定される。そのため、点字の複製に限っては、ボランティアではなく営利で行っても、著作者への通知も、著作権者に許諾を得る必要もなく、また、複製を行う施設についても制限はない。その一方、録音物は、晴眼者にも利用可能なものであることから、第37条1項3号に定める施設にしか作成が認められていない。  また、弱視の児童・生徒の学習のために、教科用図書に掲載された著作物を拡大して複製することができる(33条2項1号)が、この教科用拡大図書を作成しようとする者は、あらかじめ当該教科用図書を発行する者にその旨を通知するとともに、営利を目的として当該教科用拡大図書を頒布する場合にあっては、補償金を著作権者に支払わなければならない(33条2項2号)。ここに、拡大して複製することが認められているのが教科用図書のみであることで、それ以外については禁止されることになる。 〈技術的要素〉(*9)  ここで注目する技術は、活字組版から写植組版、そしてDTPへという大きな変革を続けている文字処理方式の技術についてである。組版とは、その言語の文字表記と一定の組版ルールに基づいて、1ページの体裁を整えることをいう。組版ルールとは、可読性を高めるための約束ごとであるが、絶対的なものがあるわけではなく、美的感性などにも依存している。  長く、文字処理は、金属活字を用いる方法が一般的だったが、1910年ころ、写真植字機が考案され、1924年、石井茂吉と森沢信夫によって発明・実用化された。写植機の機構は、平面上に文字が並んだ文字盤をオペレータが手動で操作して採字し、印画紙またはフィルムに印字して文章を作成するものである。その後、写真植字機とコンピュータとを組み合わせた電算写植の研究開発が促進され、1970年代に入って新聞社、続いて大手印刷企業に導入された。オペレータには、組版知識と組版処理ソフトの習熟を必要としたため、その教育には、多くの時間を要した。1977年には、写研は、「サプトロン-G1」と「サプトロンAPS-5」を開発し、現在のアウトラインフォントの前身である写研の独自フォーマット「Cフォント」を採用した。また、1980年、モリサワは、「Linotron 202E」を開発し、モリサワ独自の組版編集ソフト「CORA」を搭載した。他方では、1978年に、東芝がワープロ「JW-10」を開発した。約3000字もあるキーの配列を覚えなければならない専用システムの漢字キー入力に対して、ワープロには「仮名漢字変換方式」による入力が採用されたこと、加えて、入力結果が画面でモニタでき、加筆訂正が容易であるというワープロのもつ特徴は魅力的だった。そこで、印刷業界では、ワープロデータを各専用システムに対応させるデータコンバートソフトを開発し、ワープロを電算写植の入力機として活用するようになった。これらの電算写植機にはコンピュータが用いられてはいるが、汎用性はなく、機器間の互換性も乏しい。そのため、当時、データやフィルムを出版社が管理するという発想そのものがなく、慣習として印刷所に置かれていた。  この状況が技術の進展に伴って大きく転換し始める。コンピュータの高性能化とダウンサイジングの潮流によって、パソコン上で組版するDTP (Desktop Publishing) が普及し始めたのである。DTPは、1985年にアメリカで開発され、1987年ごろに日本に導入された。このようにパソコン上での組版が可能になったことで、印刷所だけでなく、出版社もDTPを導入するようになっていった。こうしてDTPが一般的になることで、出版社がデータを管理するという発想が芽生え始めた。  ただし、現在刊行されている書籍において、電算写植がまったく用いられなくなったというわけではない。それは、初版を電算写植で組版した書籍では、重版に際してもそれを用いるからである。また、その出版社と古くからつきあいのある印刷所が、今でも電算写植を使用しているためという場合もある。しかし、利便性・汎用性からいって、新刊については、DTPソフトで行うことがほとんどになってきている。  今日、広く用いられているDTPソフトに、InDesign(アドビ)とQuarkXPress (Quark) がある。これらのソフトには、作成した印刷用データをPDFやXML、txtなど、いくつかのデータ形式でエクスポートする機能がある。したがって、印刷用データからテキストデータを作成することそのものは、所定の操作で可能である。しかし、印刷用データには、フォントや段組などの指定、外字やルビ、図表や写真なども入っている。そのため、単純にtxt形式にエクスポートしただけでは、文字化けしたり、段組部分が入れ替わったりなどする。テキストデータを読者に提供できるものにするには、それを逐一手作業で修正しなければならない。 〈コスト要素〉  書籍のテキストデータを読者に提供するには、DTPで組版した印刷用データから意図的にtxt形式でエクスポートする必要がある。しかし、単純にtxt形式でエクスポートしただけでは、文字化けなどが混在している。これを修正する作業は、パソコン上で行うものであり、専用のソフトを必要とするものではない。したがって、この作業のコストは、人件費のみである。  また、初版刊行時の著作権者と出版社との出版契約は、印刷による出版のみを想定したものになっており、テキストデータの提供については含まれていない。そこで、読者へのテキストデータの提供にあたって、改めて著作権者の許諾を得なければならない。この連絡をとることがコストとして取り上げられる。 〈出版社内のルール〉(*10)  視覚障害などのために活字書を読むことが困難な読者に対して、書籍中にその旨明記してテキストデータの提供を行ったのは、筆者の知るかぎり、1999年、石川准氏と長瀬修氏の編集によって明石書店から刊行された『障害学への招待――社会、文化、ディスアビリティ』が最初である(*11)。同書は、編者・執筆者に視覚障害のある石川氏と倉本智明氏がいたことから、ゲラ段階での著者校正に際して、印刷用データから作成されたテキストデータが用いられていた。おりしもこの時期、明石書店は組版をDTPに移行し、しかも印刷所ではなく自社内に導入を図った時期であった。つまり、明石書店内に電子データがあったのである。そこで、石川氏が長瀬氏に提案し、編者二人の希望として、読者へテキストデータの提供をしたい旨出版社に提案した。この提案に対して、明石書店にも、障害者に関する書籍を一つの軸としている出版社として何かできないかという意向があったこともあって、社長、編集者からは快い協力が得られた。そして、各執筆者に対して、テキストデータ提供の許諾の確認が取られた。最初は難色を示す執筆者もいたが、すぐに理解を得て、執筆者全員の合意が図られた。  奥付に「テキストデータ引換券」を添付し、それを読者が出版社に郵送することでテキストデータを提供する方式は、編者と出版社との話し合いの中で決まっていった。ここには、その書籍を読みたいと思ってから音訳・点訳していたのでは、読者の手元に届くまでに数ヶ月を要してしまうが、誰でも読みたいときに読みたいのであり、また読めるべきだという考えが根底にある。しかし、出版社にとって書籍は商品であり、それを無料で提供するわけにはいかない。書籍を購入することが前提である。そこで、奥付に「テキストデータ引換券」を添付し、それを読者が切り取って出版社に郵送することで、購入したことの証拠とする。「テキストデータ引換券」はコピーしたものは認めないとすることで、それを受け取った出版社は、読者が書籍を購入していることを確認できる。こうして、出版社は追加費用なしで、テキストデータを提供するものとしたのである。 W−U 出版社は、なぜテキストデータを提供しないのか  書籍のテキストデータの提供は、組版を電算写植からDTPで行うようになったという、技術の変化によって可能になった。したがって、電算写植やそれ以前の組版技術で作成された書籍についてテキストデータの提供を請求しても、技術的に不可能である。まずは、この技術的制約が前提になる。ところが、DTPで組版された書籍に限っても出版社の対応は一様ではない。以下では、この点に守備範囲を限定して考察を行う。  技術的に可能になったとはいえ、DTPで作成された印刷用データからテキストデータを作成する作業が必要であり、この人件費を、出版社、印刷所、読者の誰が負担するかが問題になる。出版社あるいは印刷所が負担するとした場合、この負担が利益を生み出すためのものではない以上、出版社・印刷所にとってはマイナスでしかない。ならば、読者が負担するとした場合、活字書と同額にするか、全額にするかが問題になる。活字書と同額の場合、活字書とテキストデータの売買における収益率が異なることの是非が問題になる。一方、全額を読者が負担するとした場合、活字書の価格を上回っても全額を負担するか、活字書と同額までにとどめるかが問題になる。また、同じ書籍のテキストデータの提供を請求する読者が、随時二人以上現れた場合の金額が問題になる。この時点では、すでにテキストデータは作成されているので、改めての作業は要しない。すると、一人目のみが費用を負担し、二人目以降は無料でよいのか。あるいは、二人目以降が現れる度に、支払と払い戻しを繰り返して、全員で等分にするなどということをするのか。また、等分した額が、活字書の価格を下回る場合の是非も問題になる。  ほとんどの出版社が危惧する点として挙げたことが、そのようにして作成され提供したテキストデータの複製・改ざんおよび外部への流出であり、これが著作権法に抵触する点についてである。漫画家11人が、漫画を無断でスキャナーで読み取ってホームページに掲載されたとして提訴し、著作権侵害が認められたことが報じられている(読売新聞2007年9月14日 ネットで漫画無断掲載 永井豪さんら勝訴 2000万円の賠償命令/東京地裁)。また、近年、データ交換ソフトWinnyによるデータ流出も度々報じられている。このようにデータの複製・改ざん、外部への流出は、意図的になされる場合もあれば、事故として起こる場合もある。たしかに出版社の危惧は、故のないことではないのである。テキストデータを提供しないとする出版社は、この危惧をその決定要因の大きな一つとしている。  同様の危惧は、印刷所から出版社に対しても向けられている。装幀とも関連して、印刷所によって印刷費用が異なる。そこで、印刷所から入手したデータを、出版社が他の印刷所に持ち込んで、再版や重版に活用することが考えられる。印刷所としては、みすみす利益を手放すことにもなるので、データを出すことを拒むのである。  しかし、これは技術に規定されることであるだけに、今後の技術開発による解決も期待される。既に活用されている技術の一つに、ネットで配信した音楽データの録音・再生する機器や回数などを制限するDRM (Digital Rights Management) がある。ところが、このDRMも、関係するステイクホルダーの利害相反に遭って、その取り組みは一様ではない。すでに著作物のデータのネット上での配信・売買を実行している音楽業界において、アップルのスティーブ・ジョブズCEOは、アップルがDRMを使用するのは、レコード会社が義務付けているからだとして、音楽のネット配信におけるDRM撤廃が消費者利益につながると提案した。記事は、ここには、DRMの規格に互換性がないことによって、「iTunesストア」で購入した曲は「iPod」でしか再生できないというアップルの閉鎖性に対して、欧州で規制の動きが出ていることがあるとしている(読売新聞朝刊2007年3月20日 「ネット音楽にコピー制限不要」アップル提案、米で波紋)。そして、主要音楽会社としては初めて、EMIグループは、販売機会を増やしたいという狙いから、「開放戦略」に転換し、「iTunesストア」から、1曲当たりの価格を上げて販売することを決めた。これに対しては、「DRMを使わない音楽販売は論理的でない」「コピーが増えれば配信数は先細りしていくのではないか」という批判がある一方で、アップルに押されてきた他の携帯音楽プレーヤーメーカーの追い風になる、「iPod 以外の機器でも音楽を再生できるようになることは、消費者のメリットになる」と歓迎する声もある(朝日新聞朝刊2007年4月4日 英EMI、ネットに開放 iTunesストアに「コピー防止」外して30万曲, 読売新聞朝刊2007年4 月4日 英EMI、音楽コピー防止解除 利便性を重視 ネット販売増加に期待)。  これは、著作権者および著作権使用者に、著作物を広範に頒布したいという意向と、それを拒む、相反する意向が併存していることに由来する。しかし、これは著作権使用者を介さない頒布を拒むのであって、著作権使用者を介してなされる頒布は、広範に行いたいのである。それは、日本書籍出版協会が作成した「出版契約書(一般用)」(2005年改訂)と、出版権設定は難しい場合として電子的利用を意識した「著作物利用許諾契約書」(2005年作成) の2種の出版契約書ヒナ型から読み取れる。同協会は、「出版契約書(一般用)と著作物利用許諾契約書の使い分け方法・相違点」を記しており、その一つとして、「電子出版やその他の二次的利用に対する取り決め」を挙げている(日本書籍出版協会2005)。これによると、著作物利用許諾契約書では、第2条および第3条で、出版者に「優先権」と「窓口権」を認め、「この規定によって、出版者は、自ら電子的利用を行うための優先権を得るとともに、著作権者が出版者の頭越しに第三者と電子的利用についての契約を結ぶのを防ぐことができます」としている。しかし、加えて「なお、この条項と同様の規定は出版契約書(一般用)でも、第19条から21条にかけて定められており、法律的にほとんど相違はありません。したがって、出版契約書(一般用)を利用する場合でも、上述の利用における「優先権」「窓口権」は出版者に認められています」ともしているのである。つまり、内容的には同じであっても、電子的利用を強く意識する場合には、よりいっそう明示的に「優先権」「窓口権」を規定しているのである。ここからは「出版者の頭越し」になされることを防ぎたいという意向の強さが読み取れる。電子データは、著作権者から提供されたものであろうが、出版社から提供されたものであろうが、複製・改ざん・流出事態の可能性は等しいだろう。にもかかわらず著作権者からの提供を防ごうとするのは、出版社は、著作物が自身を経由して授受されることで、販売利益を得ているのであり、経由しなければ利益を得られないためと考えられる。  また、出版社に頒布が認められているのは、出版契約書に記された形態においてのみであるために、テキストデータの提供に際して、改めて著作権者の許諾を得なければならない。この連絡をとることが、コストだとされる。これは、現時点では出版社が負担している。しかし、これは、出版に先だつ打ち合わせにおいても、何度となく繰り返されてきたはずのことである。連絡をとるという同じ行為が、テキストデータの提供にあたっては、ことさらにコストとして取り上げられているのだ。ならば、ここで問題にされるべきは、同じ行為がこの場合においてのみことさらにコストとして取り上げられることの方である。ここには、費用対効果に則って、連絡をとるというコストがテキストデータの提供によって回収できるものではないという見積もりが前提になっているためと考えられる。  以上、見てきたように、出版社がテキストデータを提供できない理由として挙げたそれぞれは、いずれも技術的・法的に規定されながら出版社の利益の問題へと回収されていく。ここには、出版社の視点のみで、読者の視点が全く欠落していることが指摘されなければならない。 X まとめと提案  テキストデータが提供されるのは、組版がDTPで行われた書籍に限られる。しかし、出版社・印刷所には、電子データであることによる複製・改ざんが容易であることと、外部への流出など提供後のデータの使途に対する危惧がある。この危惧は、これらが著作権法に抵触するというだけでなく、出版社・印刷所の利益を損なうことへの懸念に裏打ちされている。では、出版社の利益を保全するという枠組に立脚した上で、そこから遡って技術と法に対して、読者の視点を導入した改善策として考えられることを記す。  まず、DRMの使用による著作権および出版社の利益の保護が考えられる。データ形式も、現在のようなテキスト形式だけでなく、XML形式も考えられるべきである。XML形式であれば、章や節といった階層などの構造情報、文字サイズや強調文字などの表現情報など、より多くの情報を含むことも可能である。また、XMLを活用したDAISY 3にすれば、フィルターと称するソフトに限定して読むことも可能である(河村2003)。  一方、DRMを使用しないことで、出版社の増益を図ることも考えられる。前述のEMIの方針転換は、このような考えによるものであった。また、石川は、著作権者の保護の観点から電子データに対するプロテクトを強調する主張に対して、著作権者に膨大な利益を与えてきたのは、大量に複製する複製技術によるものであることを指摘する(石川2004)。出版社が自社の利益を重視するとしても、DRMを使用せず複製を認めるからこそ得られる利益に着目し、方法を考えることも必要だろう。  また、「複製」概念についても再考する必要がある。屋は、著作権法上、著作物を何らかの方法で有形的に再製する全ての場合を複製としているが、活字書を録音する行為が複製に当たるのは、晴眼者において妥当するのであって、視覚障害者には妥当しないとする。それは、複製とは、既に読める状態のものを、別の読める状態にすることをいうのであり、点字化・音声化は、視覚障害者にとって初めて読める状態にする行為であって、複製ではなく、読書の段取りであるというのである(屋1990)。屋が論じているのは、点字と録音についてであるが、これはテキストデータについても妥当する。しかし、現行著作権法では、37条で、点字と録音を「複製」と位置づけた上で、著作権が及ばないものとして制限している。これは、視覚障害者に点字と録音によって読むことを認めている一方で、点字と録音以外で読むことの禁止をもたらしている。37条を改正して制限規定にテキストデータやDAISY3を加えたとしても、それ以外を禁止することに変わりはない。著作権を保護するために、視覚障害など一部の人の文字情報へのアクセス方法を、規定された形式でのみ認めるクローズドシステムは、文字情報へのアクセスが困難な環境を準備する。これが、「読書障害者」を創出するのである。クローズドシステムを採用するのであれば、こうした弊害を踏まえた改正が要請される。さらには、Tで記したスウェーデンのオープンシステムの取り組みも忘れてはならない。  以上に記したどの案も、出版社が挙げた理由の一部は解消するものの、一部の取りこぼしを伴っている。今後、さらなる検討が必要である。  本稿では、Wで示した〈出版社内のルール〉、および電算写植以前の技術で組版された書籍については論及できなかった。また、本稿は、なぜテキストデータを提供できないのか、という問から立論された。しかし、同じ条件下にありながらも提供している出版社もあるのである。これに対して、なぜ提供できるのか、と問えば、また異なる立論が可能になる。ここでは、制度学派組織理論が分析枠組として有効と予想する。これらについては別稿に譲る。 〈注〉  (*1)今日、刊行されている書籍のほとんどは、活字で印刷されたものではない。したがって、厳密にいえば「活字書」ではないのだが、本稿では、一般的な用法にしたがって、印刷・製本されて出版社から刊行される書籍をそのように記す。  (*2)筆者らは、この負担を誰が担うかをめぐって発生した困難の1事例を報告した(植村・青木・伊藤・山口2007)。  (*3)DAISYコンソーシアム(Digital Accessible Information System Consortium)は、チューリッヒ市に事務局を置く、DAISY規格の開発と普及を目的とするNGOである。1995年に日本とスウェーデンの関係者の間で設立準備が始まり、1996年に日本、スウェーデン、イギリス、スイス、オランダ、スペインの6ヶ国で発足し、1997年までに、次世代デジタル録音図書の早急な開発を期待する主要な団体はすべて加入した。設立目的は、「普通の印刷物を読めない障害者」の要求を満たし、かつ全ての人にとっても便利な、持続性のある、デジタル録音図書の国際標準規格の開発を、開かれた標準規格のみで実現することである(河村2003)。  (*4)この方法に対して、研究倫理上の問題が疑われる。それは、出版社にテキストデータの提供を求めるにあたって、筆者が一読者として問い合わせており、調査を兼ねたものであることを告げていないこと、および、そのような問い合わせに対する出版社の対応を、出版社の許諾なく執筆に用いることの2点である。前者については、本調査が、研究目的に基づいて実施されたものではなく、調査に先だって筆者は書籍テキストデータを必要としていたのであり、自身の必要に従って出版者に問い合わせを行う過程で生じた疑問から研究目的が構想されたものであることが挙げられる。加えて、本研究が、同じニーズを持つ人たちに活用しうる資源を集積するという、実践的意図を含んだものであることをもって、その理由としたい。また、後者については、HP、つまり公に公開された購入申し込みフォームあるいはメールアドレスから問い合わせたものであり、それへの返答は、公への社としての態度表明であると解される。したがって、それをどのような目的で扱うかについて問題は生じないと判断した。これらの理由から、テキストデータ提供の可否については、社名を実名で記したが、背景を探索すべく繰り返されたその後の複数回にわたるメールの送受信の中では、筆者が調査を兼ねていることを告げ、またその担当者も「一個人としての意見」とことわった上で記してくださった内容も含まれているため、固有名は一律に匿名にした。  (*5)筆者が購入を希望した書籍は、病・障害に関係する社会科学の書籍がほとんどである。筆者自身が視覚障害者であり、それを理由にテキストデータの提供を求め、しかもその書籍の内容が病・障害に関係するものであるとなれば、これが出版社の対応に影響を与えたであろうことは想像に難くない。しかし、それは両方向のことが考えられる。一つに、前記の理由から、出版社が筆者の希望と必要性に理解を示し、テキストデータの提供をする場合である。また一つは、出版社へのインタビューの中で、ある出版社職員が語ったことである。病・障害に関係する書籍は、かならずしも発行部数が多くなく、出版社としては収益率が低い。そのため、たとえ1点でも、提供したテキストデータが流出や無断頒布されることで、いっそう収益を減じることへの懸念があり、テキストデータの提供には慎重になるとのことだった。繰り返し記しておくが、たとえこのような影響があったとしても、それは本稿の目的を何ら阻害するものではない。  (*6)EYEマーク・音声訳推進協議会は、視覚障害その他の理由で、活字のままの書籍を読めない状態にある人を「読書障害者」とし、その情報環境の改善のために、1992年に発足した民間ボランティア団体である。音訳・点訳・拡大による複製物の制作は、著作権法によって制限されているため、制作には著作権者の許諾を要する。同会は、この許諾を得る手続きに要する多くの労力と時間を削減するために、書籍刊行当初から、その書籍の奥付に「福祉目的の著作権一部開放」の趣旨を明記するよう、著作権者および出版社に働きかけている。そして、「奥付における福祉目的の著作権一部開放の許諾文例」として、以下の2例を示している。  「〔文例1〕営利を目的とする場合を除き、視覚障碍その他の理由で活字のままでこの本を読めない人達の利用を目的に、「録音図書」「拡大写本」「テキストデータ」へ複製することを認めます。製作後には著作権者または出版社までご報告ください。」  「〔文例2〕この本をそのまま読むことが困難な方のために、営利を目的とする場合を除き、「録音図書」「拡大写本」等の読書代替物への媒体変換を行うことは自由です。製作の後は出版社へご連絡ください。」(EYEマーク・音声訳推進協議会)  (*7)図中、各出版社ごとのテキストデータ提供の可否は、2007年8〜12月時点のものである。最新の情報は植村(2007)で更新していく予定である。関連する情報がありましたらwebmaster@arsvi.comまでお知らせ下さい。  (*8)千葉・尾中(2006)および斉藤(2007)を参考に、著作権法(2006年12月改正)を基に記す。  (*9)澤田(2007)とそこからリンクする澤田の著作のページを参考に、筆者の調査結果を加えて記述する。  (*10)本節は、2008年1月の高橋淳氏(生活書院)と石川准氏(静岡県立大学)へのメールによる問い合わせに基づいている。当該部分の草稿を両氏および明石書店へメールで送付し、指摘に応じた加筆訂正、および掲載の許可を得た上で掲載するものである。  (*11)筆者は、出版社もしくは著者から、テキストデータが提供される書籍のリストを作成し、HPに公開した(植村2007)。ここには『障害学への招待――社会、文化、ディスアビリティ』(1999)よりも以前に刊行された立岩真也著『私的所有論』(1997)が挙げられている。しかし、これは、パソコンで執筆した入稿時のテキストデータに、ゲラ段階での著者校正を著者自身が反映させ、それを、著者が提供しているものであり、出版社から入手したものではないことを、立岩氏から確認した。したがって、本稿における考察の対象からは、除外した。 〈参考文献〉 千葉直邦・尾中普子.2006.『六訂版 著作権法の解説』一橋出版. EYEマーク・音声訳推進協議会「EYEマーク・音声訳推進協議会」. (http://eyemark.net/index.htm, 2007.12.12) 深谷順子・村上泰子.2003.「デジタル環境下における欧米の視覚障害者等図書館サービスの全国的提供体制」『デジタル環境下における視覚障害者等図書館サービスの海外動向(図書館調査研究リポート)』1.(http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/report/item.php?itemid=5, 2008.01.09) 石川准.2004.『見えないものと見えるもの―社交とアシストの障害学』医学書院. 河村宏.2003.「視覚障害者等図書館サービスにおける国際協力活動」『デジタル環境下における視覚障害者等図書館サービスの海外動向(図書館調査研究リポート)』1.(http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/report/item.php?itemid=6, 2008.01.08) 日本書籍出版協会.2005.「出版契約書(一般用)と著作物利用許諾契約書の使い分け方法・相違点」. (http://www.jbpa.or.jp/agreement-manual.htm, 2007.09.19) 屋繁男.1990.「視覚障害者の読書(=身体)と著作権 その私法的側面を中心に」『ソシオロゴス』14:179-199. 斉藤博.2007.『著作権法 第三版』有斐閣. 佐藤郁哉.2002.「学術出版をめぐる神話の形成と崩壊―出版界の変容に関する制度論的考察についての覚え書き」『一橋大学研究年報商学研究』43:73-140. 澤田善彦.2007.「澤田善彦 著作集」. (http://www.jagat.or.jp/story_memo_view.asp?storyID=1476, 2007.10.28) 出版UD研究会.2006.『出版のユニバーサルデザインを考える―だれでも読める・楽しめる読書環境をめざして』読書工房. 植村要.2007.「テキストデータ入手可能な本」(http://www.arsvi.com/d/d03.htm) 植村要・青木慎太朗・伊藤実知子・山口真紀.2007.「立命館大学における視覚障害のある大学院生への支援についての1事例(視覚障害学生支援の技法・2 障害学会第4回大会)」於立命館大学. (http://www.arsvi.com/2000/0709uk1.htm, 2008.01.15) (*本稿は、「出版社から読者へ、書籍テキストデータの提供を困難にしている背景について」(『コア・エシックス 4』所収)を加筆補正したものである) ■■目次 大学における情報支援機器の活用 スクリーンリーダー スピーチマシーン(活字読み上げ支援技術) 視覚障害者の読書とDAISYプレイヤー 視覚障害者用拡大読書器(CCTV) 点字ディスプレイ(ピンディスプレイ) 視覚障害者における情報処理特性を考慮した支援技術開発 ■■大学における情報支援機器の活用 ■はじめに  視覚障害学生が大学で学ぶために必要な支援機器には様々なものがあり、学生自身が準備すべきものと学校側が準備すべきものがある。そして、一人の学生が多くの支援機器を使い分けているケースが多く、それらの組み合わせが障害の程度や生活歴によって異なるため、支援対象となる学生の個別性を重視する必要がある。  大学に入学する障害学生にとって、大学という新しい社会に適応するための不安を抱えている場合が多く、可能な限り障害を持つ学生の入学が決定した時点で、支援機器を揃えるためのコミュニケーションが、入学後の様々な不安を取り除くためにも役立つと考えられる。  本報告では視覚障害の事例を主に扱っているが、支援機器の利用には障害種別・個人間で使い方や意味付けが異なることから、ニーズ中心の支援体制が望まれる。  そのため、支援機器の選びには機器を使う主体である障害学生の意見を繁栄させる事が重要である。特にICTに用いる支援技術の一つであるスクリーンリーダーは使いなれたもの以外は使えない場合もあり、必ずどのメーカーのものが必要か確認すべきである。  そして、支援機器になれているユーザーとそうでないユーザーがいるため、どのような支援機器をどのレベルまで揃える必要があるかについて、議論の予知はあるが、支援機器メーカーで点字ディスプレイの開発経験を持ち、筆者自身大学では支援を受ける立場であった経験と、多くの支援危機を活用しながら、情報支援機器について研究・開発を行っている立場として、筆者の考えを述べる。 ■支援機器使用形態から見た、視覚障害を持つ学生の分類  支援機器を使う視覚障害学生は、大きく二つに分けることが出来る。  一つは目では活字文字を確認する手段を持たない学生と、ルーペや拡大読書器などを使用すれば活字が使用可能な学生である。  前者は主に全盲学生が該当し、後者は主にロービジョン学生が該当する。その他点字が読めない全盲学生やあまり支援を必要としない学生、全盲とロービジョン者支援機器両方を使いこなす学生も存在する。  全盲学生は、視覚以外の聴覚や触覚を使用した情報処理手段である音声文字(音字)や点字を使用する必要がある。  教科書やプリント資料などの活字情報を点字や音声に変換する作業が必要であり、支援技術や周辺技術の発展に伴いその方法も変化しつつある。本稿では主に支援技術を利用した方法について記述する。  その他障害学生支援室のノウハウや合理的配慮に基づいた支援が必要とされており、支援工学に基づいた体系的支援が望まれている。  本報告では、視覚障害学生が使用する支援機器の概略を説明し、主な支援機器については賞を改めて説明を行う。 ■使用者別支援機器の使用状況  全盲学生は、活字読み障害者(print disabled readers)とも言われ、教科書や配布資料、掲示板などにおいて活字以外の情報入手手段が必要であり、主に使われる支援機器には情報操作のためのスクリーンリーダーや点字ディスプレイなどが必要である。  活字読み上げ機器があれば、プリントなど一人で内容を確認したりデータを取り込む事が出来る上、点字が読めない学生やパソコンが使えない学生にも有効である。(1)  ロービジョン学生は拡大コピーで本や資料を読んでいたが、支援機器の発展と共に拡大読書機や拡大ソフトウェアなどの支援機器を使用する人が増えている。更に、以前は主に全盲が使っていたスクリーンリーダーなども読み上げの質向上により、人間に近い声になってからその使用頻度が増えている。  ローテクとして、単純に大きなパソコンスクリーンを購入する事により、画面拡大ソフトウェアを必要としない学生も存在する。  弱視者にも全盲者にもあれば、効率的に活字読み上げが可能な機器として、スキャナーで読み取った内容をそのまま読み上げる活字読み上げマシンや、テキスト化作業を行うための高性能スキャナーやOCRソフトウェアなどが上げられる。 ■活字障害者と支援技術  活字へのアクセスが困難な視覚障害者は活字障害者(print-disabled readers)とも呼ばれ、活字へのアクセスを可能にする支援技術(AT: Assistive Technology)は周辺技術(OCRやスキャナー、ICT技術等)の発達と共にその可能性を増している。  視覚障害者が紙媒体の文字情報にアクセスするためには、点字や音声または、大活字に変換する必要がある。  本報告では従来行われたきた人手による点訳や音訳方法ではなく、支援技術やICT技術を用いた活字情報へのアクセス方法について概観し、今後の課題について考察を行う。  視覚障害者が活字情報にアクセスするためによく用いられている方法の一つが、スキャナーで読み取った画像をOCRソフトを使用しテキストデータに変換する作業である。  テキストデータがあれば、パソコンの音声読み上げ装置で読み上げることができ、点字変換ソフトで点字データにすることも可能である。そして、弱視者にとっては見やすいフォントや色、サイズの変更を行うことが可能となる。  視覚障害者用に開発されたOCR付き音声読み上げソフトウェアがいくつか発売されており、その価格と性能がさまざまである。  パソコンが使用できない視覚障害者でも利用可能な、スキャナーとOCRソフトそして読み上げソフトが一つになった「よむべえ」のような、『音声読書機』も開発されている。  弱視者にとってはテキストデータだけではなく、図やグラフ等の資料が必要になることから、PDFファイル形態に電子化する方法も取られている。文字のサイズと色を変換したり、図のみをプリントアウトして拡大読書器で読む作業が行われている。  これらの多様なニーズに対応できる、電子出版やDAISY方式のデジタル録音図書への期待は高い。ただ日本においては著作権問題をはじめ、強制許諾、不正コピーが容易、利用者識別等解決すべき問題が残っている。  読みたい本(活字)を読みたいときに読みたい媒体で提供されることが視覚障害者にとっての『読書権』であり、それを実現するための支援技術の開発が必要である。 支援技術開発の動向と、次章の説明  近年視覚障害者のための支援機器は、急速な発展を遂げており、ICT技術の発展により、視覚障害者の情報リテラシーの重要性も増している。  日常生活用具(福祉制度)の項目に情報機器を扱うためのコミュニケーション支援項目が含まれており、情報コミュニケーションのための支援機器が多いのも特徴である。中でもICT利用のための必要不可欠なスクリーンリーダーや点字ディスプレイ、拡大読書器、音声読書器のデイジープレイヤー、スピーチマシーンについては章を改めて説明を行う。 <資料> A社入社時の筆者の高齢・障害者就労支援基金による支援機器購入リストである。  ブレイルメモ BM24  (非課税) 238,000 点字ディスプレイ  Epsondirect Pro3100      288,000 デスクトップパソコン (WinXP-Pro,Pen4-540J,1024MB,250GB,スーパーマルチドライブ,OfficePro2003)  サムスン SyncMaster 213    178,000 21型TFT液晶  Epson LP-9200C         228,000 A3対応カラーレーザー  Epson GT-X800          48,000 A4対応フラットスキャナ  よむべえ            198,000 音声・拡大読書機  ナイツ VS-5000LCD  (非課税) 380,000 拡大読書機 ハード小計           1,558,000  PC-TalkerXP           38,000 音声化ソフト  95Reader6.0           34,000 音声化ソフト  MYWORDX            88,000 ワープロソフト  MYMAILU            10,000 メールソフト  MYNEWS             20,000 ネット検索ソフト  アドボイスV          38,000 住所録ソフト  ホームページリーダー      15,000 音声ブラウザ  JAWS for Windows 4.5      150,000 音声化ソフト  ZoomText 8.1 Magnifier     58,000 画面拡大ソフト  らくらくリーダー        69,000 活字読上ソフト  ブレイルスキャン        95,000 点字OCRソフト  ラジオリーダーXP        18,000 ネット検索ソフト ソフト小計            633.000 合計              2.191.000 消費税              78,650 送料                8.000 支払総計        2,277,650 参考文献 韓星民 2008/03/14 「視覚障害者のための支援技術――支援機器開発の現状と課題」,北京大学-立命館大学交流デー・研究交流,於:北京大学 韓星民(立命館大学大学院/KGS株式会社)・大河内 直之(東京大学) 2008/10/25-26 「視覚障害者における情報処理特性を考慮した支援技術開発――能動的情報処理特性と受動的情報処理特性を中心に」 障害学会第5回大会(2008年10月25日(土)・26日(日)) 於:熊本学園大学 注  (1)音声読み上げ機器または、活字読み上げマシン、読み上げ拡大読書機等言い方があるが、英語ではスピーチマシンという。詳しくは、スピーチマシーン(活字読み上げ支援技術)をご参照頂きたい。  (2)DAISYプレイヤーは朗読者が読み上げた音源をデジタル化したものであり、詳しくは、視覚障害者の読書とDAISYプレイヤーの章をご参照頂きたい。 ■■スクリーンリーダー ■はじめに  スクリーンリーダーとは、視覚障害者のパソコン操作を支援するためのソフトウェアであり、HPやメールを読み上げるなど、キー操作の内容を音声出力するための支援技術の一つである。そして、スピーチエンジンを制御し、文章ファイルを読ませたり、Windows操作に必要な情報を音声出力させる。  スピーチエンジンは、TTS(Text To Speech)や音声合成ともいわれ、人の声を人工的に作り出す技術である。スクリーンリーダーの初期の音声はロボットのような声であったが、最近のスクリーンリーダーは優れたスピーチエンジンを使用する事により、肉声に近づいている。  支援技術においては、スクリーンリーダーを開発している会社とスピーチエンジンを開発している会社、そして、OSのWindowsを開発している会社それぞれが設計段階からの協力や技術的相互作用が必要不可欠となっている。  そして、スクリーンリーダーの開発にはWindowsのアクセシビリティを考量した設計やプロトコルの開示が重要である。  WindowsのXPバージョンからVistaバージョンの変更の際、ユーザー補助をはじめ、アクセシビリティー関連機能の充実がなされたが、ユーザービリティの向上と高機能実現のためだったのか、操作方法やショートカットキーの変更が生じた。  ショートカットキーを多く記憶し、マウス代わりの操作でパソコンを操る視覚障害者にとってWindowsが提供しているショートカットキーがWindowsのバージョン事に異なったりすると、新しく学習しなければならない問題が生じる。  キーの組み合わせを覚え、その約束ごとでパソコン操作を行っている視覚障害者にとってショートカットキーの変更は、新たな操作性を身に着けなければならないという負担を意味する。  いくつもの支援技術関連ソフトウェアを駆使してICTの活用を行っている視覚障害者にとっては、キーの新たなダブルブッキング問題にも繋がる。  スクリプト作成やキーの変更登録が可能なスクリーンリーダーも登場しているが、キーのダブルブッキング問題などは支援技術開発メーカー同士の協力の必要性を示唆するものである。  特に、スクリーンリーダーと画面拡大ソフトの同時利用にはソフトウェアの相性問題で同時使用が難しい時もあったが、ショートカットキーの重複をなくし、同時使用時にもエラーを起こさせないための努力がなされている。  WindowsのOSが変わるとそのOSに支援技術が対応するためには数カ月から数年かかると言われていたが、マイクロソフト社はMSAA(Microsoft Active Accessibility)の開示し、支援技術ベンダーとの共同開発を進めるなどして、Windows Vista発売と同時にそれに対応するスクリーンリーダーも発売されるまでになった。(1)  本稿では 多くの視覚障害者が使用しているスクリーンリーダーの現状について概観し、全盲者のみではなくロービジョン者においても情報入手のための重要なツールであることを理解した上で、新たに引き起こされている問題点についても考察を深めたい。 ■スクリーンリーダーの役割  視覚障害者は主にキーボード操作でスクリーンリーダーの音声をたよりに、文章作成やブラウジング、表計算、プログラミングなどを行う。  情報障害や活字障害とも言われていた視覚障害者にとって、スクリーンリーダーの開発はICT普及のためのエポックとなった。  スクリーンリーダーは情報入手のために役立っているだけではなく、活字コミュニケーションを可能にした事●→こと●でもその意義は高い。  筆者が盲学校に在学していた20年程前、目が見えなくても漢字カナ混じりの文章が書けるという情報支援機器が導入された。パソコン操作を音声で知らせる事により、画面に表示された文字を耳で確認出来るようになったのだ。簡単な漢字カナ混じり文や自分の名前を打ち込み、プリントアウトした紙を持って感激していた事●→こと●を覚えている。  時代はMS-DOSからWindowsに変わり、キーボードでコマンドを打ち込みパソコン操作していた時代から、画面を見ながらマウス操作する時代へと変化した。  マウスが使えない視覚障害者にとってWindowsは、デジタルデバイドを引き起こすための引き金となったのである。  視覚障害者を取り巻く支援技術は新しい環境になれるまで必然的なデジタルデバイド現象を生じさせた。現在多くの視覚障害者が使うようになったPC-Talkerや95Readerなどの日本語版Windows用スクリーンリーダーが登場し、視覚障害者の情報コミュニケーションに大きな役割を果たした。  現在スクリーンリーダーは情報入手のための最も重要な支援技術の一つとなっている事から、総務省は、視覚障害者の一層のICTの利活用及び社会参加の促進を目指し、情報支援機器の特別予算による補助制度を設け、購入額の3分の2を補助していた。  以下にスクリーンリーダーをはじめとする、ICT利活用のための音声読み上げに係る支援技術に関してその分類を行い、それらが果たしている役割について考察を行う。 スクリーンリーダーとアクセシビリティー問題考察  スクリーンリーダーは現在行っている操作やファイル等を聴覚提示するためのディスプレイとしての役割をはたしている事は前項でも説明したが、問題はすべてのアプリケーションに対応している訳●→わけ●ではない。  特に、グラフィックのような視覚独特の感覚的イメージを聴覚に提示する事は不可能であり、写真や図の場合、タイトルや説明文等を入れる事により、視覚障害者でも可能な限り理解を助けようとするWebアクセシビリティーのための技術が考えられている。  活字へのアクセスが困難な視覚障害者にとってインターネットは情報入手のための大変重要なツールとなっている。スクリーンリーダーはTTSとも言われるスピーチエンジンが搭載されており、テキストファイルの読み上げを得意とする。そのため、HTML言語で書かれたWebファイルはテキスト抽出が可能であり、視覚障害者の情報入手に活用されているのである。  ただ、WebブラウザにはPDFやFlash、JavaScript言語で書かれたファイルも表示されるため、それらのファイルの読み上げに困難をきたす事例が出てきたのである。  電子文章フォーマットのアクセシビリティーの改善のために、アドビシステムズ社のPDF製作ソフトの1.7では、HTMLのように内部で文書の構造を記述する「タグ付けPDF」という規格が採用されている。  最近のPDFの閲覧ソフトウェア「アクロバットリーダー」は、スクリーンリーダーへのプラグインを公開し、マイクロソフト社のSAPI対応音声エンジンで読み上げることが可能である。  ただ、PDF製作ツールやPDFの機能が多様化されているため、PDFの製作方法によってスクリーンリーダーでは読めない場合がある。ホームページ上で公開される、文献や書籍、マニュアル、申請書類、等の情報を含め、改編防止や体裁を保つため、PDFの利用が増えている事を考えると、新たなデジタルデバイドを引き起こしかねない問題となっている。  PDFファイルへのアクセス方法にはスクリーンリーダーを使用する方法とアクロバットリーダーの音声読み上げ機能を使用する方法がある。また、画像データからもOCR処理して音声で読み上げることができる。(2)  視覚障害者の電子データの活用方法はスクリーンリーダーの活用と密接に関わっている事から、PDFや電子文章へのアクセス方法について更なる考察を深めたい。 PDFや電子文章へのアクセス  PDFファイルはセキュリティー機能やレイアウトの保持機能に優れていることから、2005年4月1日に施行されたe-文書法(電子文書法)の要件を満たす最適な文書フォーマットとして注目を集めた。  民間企業における電子データの作成や保存が増えているなか、e-文書法は、ペーパーレスオフィスの実現による業務効率の向上と、紙文書の保存コストを下げる効果にも繋がると期待されている。  PDFファイルのセキュリティー機能には、文書を解析されないように暗号化したり、PDFを改ざんされないように修正制限をおいたり、閲覧パスワードを設定し、閲覧制限をおいたり、重要事項を含んだPDF文書を印刷できないように印刷制限をおいたり、テキストのコピーを制限して流用を防ぐため、コピー&ペースト制限をおくなど、PDF生成ソフトウェアによって様々である。そして、これらのプロテクトは文章の種類や用途によって掛け方が異なる。  セキュリティー向上のための多様なプロテクト機能はPDFファイルを普及させ、世界共通仕様の電子文章フォーマットとして成長させる要因となったが、音声読み上げソフトや画面拡大ソフトを利用しPDFファイルにアクセスしなければならない視覚障害者にとっては解決すべきアクセシビリティー問題にもなっている。  セキュリティーを高めつつアクセシビリティーも高める事は容易ではないが、利用者識別による強制許諾などの方法論が取られる必要性がある。  アクセシビリティーのための利用者識別は一部のバージョンで実施されているが、プロテクトの掛け方によっては無効となるため、アクセス不可能なPDFファイルが多く存在している。音声読み上げソフト使用者にはテキスト情報が必要であり、弱視者にとってはレイアウトを保ったままでの拡大や色の変換が必要である。今後、アクセシビリティ向上のためには、JIS化のような規格化の必要性も検討されなければないないだろう。 ロービジョン者のスクリーンリーダー利用と電子文章へのアクセス方法  弱視者は全盲者に比べ、音声読み上げソフトウェアを使う比率は少ないが、音声読み上げソフトウェアに組み込まれる音声エンジンの聞きやすさの向上により、使用者が増えているのも事実である。  音声読み上げソフトウェアになれている弱視者は、アクセシビリティ対応のPDFファイルは音声で読ませ、必要に応じて図やグラフなどを目で確認する。  弱視者にとってPDFファイルは非常に重要な電子文章フォーマットである。弱視者の見え方は非常に多様であることからその見え方により、PDFファイルの利用方法も多様である。  スクリーン上で、図やグラフを目で確認するために、ZoomTextなどの画面拡大ソフトウェアを使用するケースが多く、市販の画面拡大ソフトウェアは、Windowsに標準で備えられているユーザー補助機能に比べ、色の変換や文字サイズの変更が自由に出来る。  そして、図やグラフ等をプリントアウトし、拡大読書機で読むケースも多い。拡大読書器は、普段、本や新聞を読むときの操作の慣れから文章理解のみではなく、図の理解にもなれているからだ。  拡大読書器で図を見る際、倍率変更やテーブル移動で拡大された一部の短辺図から図全体を理解する認知機構が出来上がっている。  音声読み上げになれていない弱視者にとって電子文章ファイルは非常によく用いられる活字媒体であり、その利用方法は様々である。  代表的な利用方法を述べると、PDFファイルを読むため、文字を拡大する場合と色を変える場合がある。文字を大きくし白黒反転で文字を読む弱視者が最も多いとされているが、文字サイズやフォント、見やすい色などは、目の疾患や特性によって変わる。  弱視者にとってPDFファイルが有効な点も多い。一冊の教科書を拡大文字教科書にすると何十冊になる場合もあり、持ち運びが困難であるが、電子データ化(PDF)にすると、パソコンに貯蔵し、必要に応じて検索機能等を使用し使用することができ、体裁を保ったままの電子媒体は目で確認することもでき大変有効である。  自分自身が電子データ化したものは色の反転やフォント、文字サイズ等を自由に変えながら必要に応じて検索機能を使い必要な箇所を瞬時に探し読書することが出来る。  アクセシビリティ機能が備わっているPDFファイルは文字サイズや色等を自由に変えることが出来るが、レイアウトを保つ事が最もの特徴であるPDFファイルの特性上、文字を読む際、テキスト行のスクリーン画面幅にあわせる事が困難となる。レイアウトを守ったまま、全体拡大機能は比較的によく使われているが、メモ帳の『右端で折り返す』機能やHTMLファイルの自動行変え機能などは使うことが出来ない。  視認性向上のため、限られた画面に文字を大きくする反面、如何に効率的に読むかという操作性が重要な問題となるため、レイアウトを崩すというPDF本来の目的とは矛盾した機能が求められている。大体案●→代替案●としては全盲者と同じように、コピー&ペースト可能な透明テキストを準備し、PDFファイルから直接メモ帳やWebブラウザーで立ち上げる機能が必要である。  メモ帳はテキストファイルのみを扱っているので、内容を読むのに便利であり、ウェブブラウザーは図は標準の大きさに残しながら、文字のみを変更し読むことが出来るため、それぞれ必要である。  メモ帳やHTMLファイルはロービジョンの支援技術使用条件によって多くの設定を行う場合があり、需要なツールでもある。  最近のスクリーンリーダーはオプション機能としてロービジョン者のための画面拡大ソフトが準備されている場合もあり、全盲者とロービジョン者のスクリーンリーダー利用はますます多様化・複雑化されている。  以下に日本で多く使われているスクリーンリーダーについて説明し、開発動向について述べる。 スクリーンリーダーの種類と開発動向  現在日本で発売されているスクリーンリーダーは10種類前後存在しており、操作性と価格面で大きな差異がある。  日本では、PC-Talkerと95Readerのユーザーが最も多く、それぞれ操作性の特徴を持ち、開発思想も異なる。  PC-TalkerはIBMのPro-Talkerをスピーチエンジンとして採用していたが、Pentax社のボイステキスト(VoiceText):VT+をスピーチエンジンとして採用するようになっている。ボイステキストの読み上げは大変滑らかで、映画の副音声の自動読み上げとして使用した実証実験で、英がを見ていた視覚障害者が合成音声であることを気づかなかったという。  スピーチエンジンはもともと、館内放送など毎回人間の声で録音していた作業を自動化・効率化するために開発され、現在はe-ラーニングの音声読み上げや、コールセンターにおける音声対話システム、自動音声応答システム、ゲーム機や携帯電話、ナビゲーションシステムなどに利用されており、その利用範囲が増えている事から高音質な音声合成開発が進み、視覚障害者のスクリーンリーダーの音質向上に貢献している。  95リーダーは、リコー社製のスピーチエンジンを使用しており、マイクロソフトのワードやエクセルを読んだりとPC-Talkerとは異なった支援技術開発を行っている。そして、捜査が大変軽快でビジネスやハードユーザーに好まれている。  SCCJ社の95ReaderはWindows Vistaには対応しておらず、95Readerを開発していた技術者などが新しく設立したSkyfish社のFocusTalkが、スピーチエンジンに富士通社製のFineSpeechを搭載し、Vista対応バージョンを販売している。  FocusTalkは、95Readerに比べると高機能ではあるが、操作の軽快さを失っているのが残念である。そして、クエスチョンマークなどに反応し、語尾を上げる機能などの機能が搭載されているが、それが音声文理解に役立っているかどうかは未知数である。  FocusTalkは、日本でも最も早くWindows Vistaに対応しており、新規参入でありながら、シェアを伸ばしている点は注目すべきであると考えられる。  そして、最後に最も高機能とされるJAWS(ジョーズ)は、アメリカのFreedom Scientific社製で、現在エクストラ社が日本語版を開発し発売している。  大変高機能であるため、捜査が日本製のPC-Talkerや95Readerに比べ複雑化されており、値段も3〜4倍高いため、ユーザーは少ないが、企業や学校になどに勤めている一部のハードユーザーからは強い支持を得ている。  JAWSは、Windowsのログイン画面から読み上げる事が出来、インターネットバンキングなどの仕様にはJAWSを必要としていた時代もあった。その意味では、使いこなせらればもっともスクリーンリーダーという名称に合うソフトウェアである。  ロービジョン者と全盲者ではスクリーンリーダーの使用方法が異なることから、マウス使用と音声読み上げ使用を併用するロービジョン者のニーズにも合わせたスクリーンリーダーの開発が待たれるところである。 スクリーンリーダーと周辺アプリケーション開発  PC-Talkerの開発元高地システム社はマイクロソフトのワードに音声対応するより、PC-Talkerに親和性のある独自のアプリケーションMy Wordというソフトウェアを開発し発売している。その他にも、My MailやMy Fileなど多くのアプリケーションを開発している。  95Readerは出来る限りマイクロソフトのワードやエクセルに、そのまま対応できるような開発を行っている。  ユーザーにとって、意見は分かれるところではあるが95Readerの企業精神が視覚障害者の社会適応力を高めるためには重要とする場合もあるが、皮肉なことに、スクリーンリーダーを取り扱っている販売店からすれば、PC-Talkerを発売した方が便利さを求め次々と関連製品が売れるが、95Readerはマイクロソフトのワードやエクセルに対応しているため、新たなソフトは売れなくなる。SCCJは、そ5Reader対応の特別なアプリケーションは準備していないのである。 スクリーンリーダーの新たな機能と今後の課題  視覚障害者が一人でICTを利活用するだけではなく、PDFのような電子文章フォーマットにも対応するためには周辺技術と支援技術の協力が必要不可欠である。  そして、スクリーンリーダーは点字ディスプレイへのテキスト情報を出すことにより点字表示する重要な役割も持っている。  中途失明者にとって、点字に比べ、スクリーンリーダーは学習が容易であるため、情報入手のための重要なツールであり、晴眼者との活字コミュニケーションを可能にした点では、一般社会への適応力を養い、社会参加の機会を増やすための最も重要なツールとも認識されている。  新たな技術に追い付けず、必然的なデジタルデバイド現象に陥る現状を打破し、シーケンシャルな言語情報を便りに情報処理を行う視覚障害者のユーザービリティー向上のためにも福祉工学分野の盛んな研究成果が待たれる分野でもある。 参考文献 韓 星民 ワンソース・マルチユースシステムを利用した読書に障害のある人へのサポートシステム研究事業研究委員報告書2008資料 注  (1)日本ではスカイフィッシュ社のFocusTalkが、アメリカではGw-Micro社のWindow-EyesがVista発売と同時にVista対応のスクリーンリーダーを発売し、話題となった。  (2)OCRソフトウェアを利用した活字へのアクセス方法に関する詳しい内容は次章を参照されたい。 視覚障害学生支援の技法・3 情報保障のための活字読み上げ支援技術の現状と課題 韓 星民・青木 慎太朗・亀甲 孝一 20070916-17 障害学会第4回大会 於:立命館大学 ・ポスター発表 ・韓 星民(はん すんみん)   所属:KGS株式会社 ・青木 慎太朗(あおき・しんたろう)   所属:立命館大学大学院先端総合学術研究科/羽衣国際大学 ・亀甲 孝一(きっこう こういち)   所属:アイフレンズ株式会社 ■報告要旨  視覚障害者が紙媒体の活字情報にアクセスするためには、視覚の代わりに聴覚や触覚を使う必要がある。点字(触覚)は視覚障害者の文字としてもよく知られているが、本報告では、合成音声技術(聴覚)を用いた活字へのアクセス方法を巡る現状と課題について考察を行う。  スキャナやOCRソフトを使い紙媒体の活字を電子化(テキスト化)する作業は、一般オフィスなどでも活用されている方法であるが、視覚障害者にとっては情報アクセスのための重要な方法の一つである。  テキストデータはパソコンの音声読み上げソフトを利用し読ませる事が出来、弱視者にとっては、文字の大きさや書体を自由に変更する事が出来る。そして、点字に変換する事も可能になる。  本報告では、これらスキャナやOCRソフトなどの周辺技術の進歩と共に現われた支援技術の一つである音声読み上げ読書器についてその歴史と現状を概観し、活字情報へのアクセス方法を巡る支援技術(Assistive Technology、AT)のあり 方について考察を行う。  OCRソフトとスキャナの組み合わせで作られた最初の音声読み上げデバイスは、電子ピアノで有名な米国の発明家レイモンド・カーツワイルが1978年に文章音声読み上げマシーンとして開発した(カーツワイル朗読機)が有名である。  日本では、1983年通産省がNECとアンリツに委託し日本語自動朗読システムの開発を進めたが商品化には至らなかった。その後、OCR技術も進化を遂げ、1992年に、拓殖大学と横浜市立盲学校の協同研究により開発された自動朗読システム『達訓』(たっくん)が初めて商品化された。  達訓の販売を行っていたタウ技研は、同年11月にパソコン用読書ソフト『よみとも』を発売し、性能と価格的に視覚障害者に受け入れられるようになった。  最近発売されている音声読み上げ読書器はスキャナとOCRソフト、読み上げ機能が一つになった『よむべえ』なのも登場し、多くの視覚障害者に受け入れらるようになっている。  これらの支援技術はOCRソフトに音声読み上げ機能を付加したソフトウェアの形と、よむべえのようにオールインワンの機能を持った二つのタイプが進化を続けており、利用方法とニーズに答えられるようになって来ている。  音声読み上げ技術や、OCRソフトの読み取り認識率は日々高まりつつあり、支援技術にとって重要な要因となっている。これらの技術は視覚障害者の活字情報へのアクセスをより一層可能にし、印刷物の読書形態に変化をもたらせる可能性を示唆している。支援技術と周辺技術の共同作業はますます欠かせないものとなるであろう。 ■報告原稿 視覚障害学生支援の技法・3――情報保障のための活字読み上げ支援技術の現状と課題  Key Words: 支援技術、情報アクセス、活字読み上げ、視覚障害、テキストデータ はじめに  視覚障害者には、情報のバリア、移動のバリア、社会的バリアがあるとされており、人間が外界から得る情報の約8割は視覚情報であることから情報障害者とも言われ、情報入手のための支援技術の進歩やユニバーサルデザインによる、情報アクセスのためのアクセシビリティ向上が重要視されている。  インターネットをはじめとするおおくの情報がペーパーレス化されており、情報入手手段にデジタルデバイド減少が生じるようになっているのも事実である。  厚生労働省が平成13年に実施した「障害者実態調査」では、視覚障害者の情報入手手段の第1位は、テレビであり(22万人/30万1千人)、日本盲人会連合が平成16年度に行ったアンケート調査でも、テレビを主な情報源とする視覚障害者は、92.1%(600人対象)であった。(岩井2006)  まだ、1割も満たない利用者数ではあるが、インターネットを通じて情報を得る視覚障害者も増えており、パソコン画面を読み上げるスクリーンリーダーと言われる支援技術はその必要性を増している。  ただ、情報入手の目的から考えると、視覚に障害を持つ学生や研究者にとって必要な情報のおおくは、紙媒体による活字本がほとんどであり、活字本にアクセスするためのいくつかの支援技術を紹介し、それらの支援技術が、視覚に障害を持つ当事者の『現場知』に基づいて開発されたケースがおおい点を注目し、支援技術開発を巡る諸側面を考察する。 活字読み上げのための支援技術  視覚障害者が、紙媒体の活字にアクセスするためには、支援者の手を借りた音訳や点訳等が考えられるが、本報告では、主に視覚障害者自身がスキャナを用いて行える活字情報へのアクセス方法について現状を述べる。  視覚障害者が紙媒体の活字にスキャナを使ってアクセスする方法は主に次の三つの方法がある。  一つ目は、一般オフィスなどでも使われているスキャナとOCRソフトを使用し紙媒体の活字を電子化(テキスト化)する作業である。専門知識の習得や研究を目的とした活字情報へのアクセス方法としてよく用いられる方法で、OCRの認識率が上がってからよく用いられるようになって来ている。視覚に障害を持つ学生や研究者にとってテキストデータがあれば、他の支援機器との連携がスムーズで利用範囲が広がるため、まずは、出版元や著者にテキストデータの提供を依頼し、得られない場合、用いられる手段の一つである。  以前、視覚障害者が研究を目的とした際、活字を読むためによく用いられた方法の一つが、支援者による点訳作業であったが、パソコンのスクリーンリーダーの性能向上で誤読が減ったことや点訳ソフトの変換の正確さが向上したことなどから、テキストデータの有効性が増しているのも事実である。  点字データからかな漢字混じり文を作る事はできないが、テキストデータがあれば、点訳ソフトウェアを使用し点訳ができるのである。そして、スクリーンリーダーがインストールされているパソコンであれば、いつでも読ませる事が可能になる。その上、視覚に障害を持った研究者が論文作成の際に必要な引用文作成などに正確な漢字を用いることもでき有効である。  一般向けのスキャナとOCRを使う方法は、それらの機器が一般向けに売られているものであるため価格が安く、性能は優れているものの、視覚障害者自身がパソコンとスクリーンリーダーの操作に熟知している必要性があり、パソコンが使えない視覚障害者には自ら行う事はできない方法の一つでもある。  現在いくつかの大学では、一般スキャナとOCRソフトを使い、テキストデータを抽出し、校正作業を行ったデータを視覚障害者に提供するという支援が始まっている。活字情報が研究使用の目的であるため、正確な校正を必要とする場合がおおく、テキスト校正にはかなりの時間が掛っている。無償ボランティアだけではこれらの作業を賄う事ができず、有償ボランティア制度を使っている大学も増えている。  活字情報にアクセスするための二つ目の方法は、スキャナとOCRソフトにTTS機能が付加されたソフトウェアを使用する方法である。OCRソフトウェアが視覚障害者使用の前提で設計されているため、使いやすさと音声読み上げ機能を備えているのが最もの特徴である。  スキャナに郵便物や活字本を置くと、パソコンの簡単操作で音声で読み上げが可能であるため、現在もっとも使われている活字読み上げ支援技術の一つである。支援者が常にいない時や、個人情報保護の観点から考えるとたいへん有効な活字読み上げ技術ではあるが、使えるスキャナがメーカーによって制限があったり、パソコンが使えない視覚障害者は、一つ目の方法と同様使えないという課題が残っている。  現在『よみとも』をはじめ、『ヨメール』、『マイリード』、『らくらくリーダー』などが発売されており、それぞれ、特徴を持っている。よみともは英語、ヨメールは簡単操作、マイリードはカラー原稿やチラシ、らくらくリーダーは表形式の印刷物の処理を得意とする(荒川2004)  三つ目は、スキャナ、音声読み上げソフト、パソコンに変わる制御装置が一つのスキャナサイズに収まったオールインワンのタイプである。パソコンが使えない視覚障害者でも郵便物や活字本を読む事ができ、視覚障害者におけるデジタルデバイドの解消に非常におおきな役割を果たしている。  ただ、機器がまだ高額であり、機器購入のための支援制度が確立していないため、潜在需要はおおいが普及率はまだ少ない。『よむべえ』の場合、付加機能も充実しており、DAISY形式の音声図書を聞くことができ、読み取ったテキストを外部モニターに出力する端子(機能)を備え文字サイズが自由に変更できるように設計されている。  最近自治体によっては、日常生活用具の拡大読書器として認められ、購入が認められるケースが増えている。拡大表示機能を付加したのはそれなりの理由もあるようにも思えるが、周辺技術の発展とともに、新しい支援技術も現れており、どこまでを支援技術として認めるかという問題が残されているのも事実である。  特に、『よむべえ』のようなオールインワン音声朗読器は、視覚障害者のデジタルデバイド解消のためには欠かせないものであるが、日常生活用具として認められていないのが現状でもある。 情報保障のための支援技術に果たした視覚障害者の役割  視覚障害者の情報保障のための支援技術は多様化・複雑化しており、情報を得るために支援技術に費やす労力や金銭的負担が存在していることが伺える。  視覚障害者が社会における納税者の一員として認められるためには、情報発信と情報入手がスムーズであることが前提条件とされているため、漢字かな交じり文のリテラシー向上に視覚障害当事者の先見性と開発努力が大きく働いた事が考えられる。  達訓やよみともの開発に新城直が、よむべえの開発に望月優が関わっており、現在合同報告者の一人でもある、亀甲孝一は新たな『よみともライト』というオールインワン音声読み上げ朗読器の開発に携わっている。 活字読み上げ支援技術の展望と課題  レイ・カーツワイルはヒューチャリストでもあり、テクノロジーの発展はムーアの法則で加速しており、遺伝学(Genetics)、ナノテクロノジー(Nanotechnology)、ロボット工学(Robotics)の技術が融合したとき、GNR革命が起きるとし、テクノロジーは人間の予測をはるか超えた方向と速さで進んでいく、技術的特異点(Technological Singularity)があると述べている。  カーツワイルは、テクノロジーに対する、社会的・政治的制御があっても、みんなが求める人間の根源的な欲望に結びついているテクノロジーは発達するとしている。  科学技術と社会のあり方を問う科学技術社会論学会が日本にも誕生して6年目を迎えるが、テクノロジーのあり方に、その多様な解釈を必要とし、市民の関心が高まっていることも事実である。  石川准は、テクノロジーへの障害者の態度はまったく多様であり、「障害を最高の恵みとして」という宣言と「障碍者は機会が与えられれば働ける」という力説の間に多くの障害者がいるとし、克服と肯定を同時に遂行するほうがむしろ普通のことであるとも指摘している。(石川1999)  石川は在学中に自動点訳ソフト『エクストラ』を開発し、視覚障害者だけではなく、点字を知らない人にも恩恵をもたらした。また、カーツワイルは音声朗読器を開発し、活字が読めない視覚障害者のために貢献した。両者は開発者でありながら、テクノロジーの在り方にそれぞれの立場で、社会との接点を作っている。  テクノロジーがムーアの法則で発展を続け、音声認識技術が実用化され、手書きの漢字かな混じり文がスキャナで読み取れる日もそう遠くないだろう。支援技術により、視覚障害学生の活字へのアクセスが十分可能になる日もそう遠くないかも知れない。ただ、支援者と障害学生の間で起こる異文化コミュニケーションから生まれる相互作用が消失する事への、テクノロジー任せに対する批判的視点が存在することも認識しておく必要があると考えられる。 参考文献 荒川明宏, 2004,「ITによる生活の変化」,『視覚障害』191:46-48 石川准, 1999,「障害、テクノロジー、アイデンティティ」、石川准・長瀬修編『障害学への招待――社会、文化、ディスアビリティ』,明石書店 井上英子, 1994,「視覚障害者のための情報機器の現状」『リハビリテーション研究』82:12-13 日本障害者リハビリテーション協会 岩井和彦, 2006,「視覚障害者の立場からの問題提起」『放送バリアフリーシンポジウム 2006 in TOKYO』 PP:5-6 菊島和子,2000,『点字で大学――門戸開放を求めて半世紀』,視覚障害者支援総合センター 佐野(藤田)眞理子・吉原正治,2004,『高等教育のユニバーサルデザイン化――障害のある学生の自立と共存を目指して』,大学教育出版 田中邦夫,2004,「情報保障」『社会政策研究』4:93-118 鶴岡大輔,2005,「障害学生支援の現状と課題」『リハビリテーション研究』122号,日本障害者リハビリテーション協会 冨安芳和・小松隆二・小谷津孝明,1996,『障害学生の支援』,慶應義塾大学出版会 レイ・カーツワイル・徳田 英幸, 2007 『レイ・カーツワイル加速するテクノロジー』, 日本放送出版協会 謝辞:本研究は立命館大学COE(立岩真也代表)の研究補助を得て行われたものでありその謝意を表する。  そして、共同研究者である、アイフレンズ社の亀甲甲一様から本研究に必要なソフトウェアの提供を受けた事に対する謝意を表したい。 視覚障害者の読書とDAISYプレイヤー  DAISY(デジタル音声情報システム)とは、Digital Audio-based Information SYstemの略で、印刷物を読むのが困難な視覚障害者や読字障害者のために作られたデジタル録音図書の国際標準規格である。  DAISYプレイヤーとはDAISY企画で録音・編集された音声図書を聞くための機器やソフトウェアを示しており、本報告では主に機器について説明を行う。  視覚障害者の読書環境を解する上で、DAISY図書について知る事は非常に重要であり、筆者の研究成果を交え、視覚障害者の読書について述べる。  従来視覚障害者の殆どが利用していたテープ図書(テープに朗読者の声が録音されていた音声図書)は多くの視覚障害者に支持され、長年視覚障害者の情報入手のための貴重なツールとなっていた。  時代はアナログ化からデジタル化に移行し、DAISYプレイヤーという国際標準の視覚障害者用デジタル方式の読書機が登場するようになった。  CD一枚に本一冊分の音声データが入ることもあり郵便による貸出を行っている点字図書館にとってはメディアの安さ、管理コストの安さ、郵送の簡便さ等からDAISY導入は大変積極的に進められた。  ユーザーにとっても、高品質な音声を活字本の良さに近い感覚で聞く事ができ、その期待は高まった。音声で本を読む場合、読みたい場所を読んだり参照したり、物理的に現在どのくらいの場所(進み具合)にいるかなど、活字本でなければ得られない情報がDAISY規格では多く解消されることもあり、小説や雑誌などの目的で利用されていた音声読書から学習などにも利用出来るなどその利用範囲は広がっている。  特に、著作権法の改正により、ネットでの音声配信が可能になり、現在は携帯電話に本の音声データをダウンロードして聞けるようになった。携帯電話で聞く場合は、スピード調整が出来ないなどいくつかの技術的課題も残っているが、資格障害者のための読書環境は格段によくなったと言える。  現在日本で最も普及しているプレクスター社のプレクストークはその性能面で申し分のないパフォーマンスを発揮しており、2004年にPTR1が日常生活用具(視覚障害者用ポーターブルレコーダー)として指定されてから、視覚障害者のためのデジタル製品としては例を見ない大ヒット商品となっている。  現在プレクスター社から発売されたPTR2は、重さ約940gという持ち運びには若干不向きであることが弱点と指摘され、小型デイジープレイヤーの登場がユーザーだけでなく図書製作関係者からもしばしばその必要性が唱えられていた。  2008年は小型DAISYプレイヤーがKGS社を始め、エクストラ社から発売され、プレクスター社からも発売予定となっており、小型デイジープレイヤーの元年と言われている。  本報告では、デイジー図書を聞くための4つの方法について述べながら、視覚障害者の音声読書について考察する。 DAISYフォーマットの音声図書を聞くには以下4つの方法があると考えられるが、多く用いられているものから先頭に記述した。 DAISY対応の音声読書機(DAISYプレイヤー)で聞く  Plextor社 (日本)   PLEXTALK PTR2   PLEXTALK PTN1  HumanWare社 (New Zealand)   Victor Reader ClassicX   Victor Reader Wave   VictorReader Stream   *「ビクタリーダー」、以前ビジュエイド社(カナダ) ネットを利用して聞く   Net-PLEXTALK(びぶりおネット、ストリーミング方式)   携帯電話で聞く(ダウンロード方式) ソフトウェアを使用し、パソコンで再生することが可能  Lp Player  AMIS MP3プレイヤーの活用   IPODやMP3プレイヤー、ICレコーダー等で聞く(聞くのみ) デイジーの特徴  人間が情報処理を行う際、情報の入力・貯蔵・検索が最も重要な3要素であるが、人間の記憶やパソコンの情報処理などはその3要素から成り立っている。  点字ディスプレイ項目で述べているが、点字電子手帳も点字という触覚情報を入力・貯蔵・検索する事で、視覚障害学生が多く利用するようになっている。  音声情報の最も弱点は、最後に述べる受動的情報処理過程で情報処理を行う事と、検索に劣っている事である。  特にアナログ時代のテープレコーダーの検索効率は大変悪く、一方的に流れる情報を聞く場合に向いていた。  視覚障害者の読書環境は変化し、音声で小説などのエンターテインメント性のあるものを流し聞きするのみではなく、中途失明者に取っては学習用としての用途も出ている事から、DAISY図書の役割は大きいと言えよう。  DAISY図書の場合、聴きたいページや章へ瞬時に飛ぶ事が出来、戻せる事が出来る。聴きたい情報が簡単にすばやく取り出すことができ、拾い読みが可能になったのである。  その上視覚障害者の念願でもあった、外出先や通学・通勤時に音声読書が可能となったのである。2008年に発売されたデイジープレイヤーは重さ50gから100g代まで、超小型化が進み、視覚障害者の読書環境を格段に向上させており、音声による能動的情報処理(1)も可能にさせられる希望まで出て来た。  DAISYプレイヤーは、基本機能である、図書や音楽再生、録音機能だけでなく、テキストデータの読み上げ機能(TTSエンジン搭載)も可能になりつつあり、テキストデータをパソコンを使わず、小型デイジープレイヤーで再生可能になる予定である。  また最近開発が進んでいるマルチメディアDAISY企画では、音声・点字・テキスト・画像・ハイライト機能などが実現する予定で、読字障害(学習障害)者にも期待されている。 DAISYプレイヤーの重要機能  小型DAISYプレイヤーが登場する以前に、ICTなどの電子機器に慣れている視覚障害者の一部は、市販のMP3プレイヤーなどを利用し読書を行っていたが、最もの問題点と指摘されていたのが、スピード調節が出来ない事であった。  スクリーンリーダーも同様であるが、視覚障害者はかなり速いスピードの音声を聞き取れる能力を持っており、普通の人には聞き取れない音声スピードで聴覚情報処理を行っている。  そのため、スピードは実測2.5倍以上出せる機器が望ましく、ピッチコントロール機能(2)がある方がよい。  小型デイジープレイヤーの場合、送られて来たCD版デイジー図書をデイジープレイヤーに転送する必要があるため、専用のCDドライブが付属する機器が望ましい。プレクスター社は既存のPTR2に接続し小型デイジープレイヤーにデータ転送できるよう設計しているとの事であり、パソコンが使えない視覚障害者でも使える設計が必要である。  点字図書館側も小型デイジープレイヤーの普及に伴いSDカードでの図書配信を検討しており、ますます視覚障害者の音声読書環境が改善されようとしている。  以下に機器の重要機能に関して箇条書き 使用上の特徴 ・再生スピードの変更機能 ・ピッチコントロール機能 ・図書の章レベルでの移動ができ、ページ、フレーズ、ブックマークでの移動が可能 ・読みたい場所に簡単に移動出来るブックマーク機能 ・各キーの役割を音声で知らせる音声ガイド機能 ・お休み前などにセットするスリープタイマー機能 ・再生やキー操作を行わない時の自動電源オフ機能 デイジー再生以外の重要機能 ・音楽再生やボイスレコーダー機能 ・パソコンの外付けメモリとして使用可能 ・CD版のデイジー図書も再生可能  (専用のCD-ROMドライブやプレクストークPTR2などに対応) ・メモリカードが利用可能(SDカードや、CFカード等に保存されたコンテンツの再生) 注  (1)能動的情報処理と受動的情報処理に関する説明は、後半の「視覚障害者における情報処理特性を考慮した支援技術開発――能動的情報処理特性と受動的情報処理特性を中心に」を参照されたい。  (2)ピッチコントロール機能とは、スピードを上げても聞きやすくする機能で、デジタルならでは機能である。テープレコーダーを再生状態で早送りした際、高音になるのは、実測値2.5倍を超えると取りにくくなるとされている。 参考文献 韓 星民 「視覚障害者が快適に学習する環境を目指して」パネリスト国立更生援護施設理療教育課程5センターと研究所の共同研究成果報告会、http://www.rehab.go.jp/rehanews/japanese/No294/9_story.html 視覚障害者用拡大読書器CCTV(Closed circuit television)(1) はじめに  「拡大読書器」とは、ビデオカメラで写した本や新聞などの映像を接続されたテレビや液晶モニターに高倍率で拡大表示するための支援機器である。  原理は監視防犯カメラや書画カメラ(OHC)(2)に似ている。過去数年間日本で最も人気のあった拡大読書機は監視防犯カメラーや書画カメラを製造するメーカー(ELMO社)のものである。  拡大読書機は携帯型と卓上型(据置型)に分ける場合が多いが(詳しい分け方は下記参照)本報告においては、卓上型に焦点を当てて説明を行うが、最近携帯型拡大読書機の貸し出しを行う大学が増えている事から携帯型拡大読書機についても記述する。  ユーザーにとって携帯型拡大読書機はセカンドで買う場合が多く、短時間利用に向いているため、大学図書館等で本を読む際には据置型が適しており、資料を探す際などには携帯型拡大読書機が必要となる。 拡大読書機  拡大読書機は1972年(特注型読書器)オプチスコープ CCU-D/C(木製)をミカミ社が開発し、翌年の1973年から発売を開始した。現在は視覚障害関連支援機器市場において活発な市場参入と撤退が栗されている品目なっており、需要が多い機器である事を伺わせるものである。  1993年日常生活用具に拡大読書機が198,000円で指定されてから当時40〜50万程していた拡大読書機は開発コストを抑えるための開発形態と変わった。その理由なのか、日本における据置型拡大読書機はモニターを別売にした、本体のみの開発が進んだ。その反面海外製品には一体型が多いのが特徴である。  ところが、使用者の立場から考えると画面はテレビや液晶、大きさやコントラストがはっきりしたモニターなどを別途選ぶ事ができ、技術が完成する前の時期において、市場戦略的に考えると、日本方式が周辺技術と開発コスト削減面で相応しい道を辿った感がある。  拡大読書機の特徴は、慣れると長時間読む事が出来、書類そのままの状態で、読み書きが出来るため、学校や会社などでの業務遂行に適している。  そして、拡大読書機とパソコンを物理的に近い場所におくことが重要である。それぞれ置かれていたのでは、デスクワークやレポート作成に支障を来たすからである。パソコンには仮面拡大ソフトのZoomtext(3)が入っている事が望ましく、可能であればパソコンがネットで繋がっている事も重要である。  ロービジョン者のための拡大方法には、網膜像を拡大する方式として、ルーペや光学式レンズ、拡大コピー、拡大写本、大活字本なども考えられるが、拡大読書機は、楽な姿勢で、拡大率やコントラスト、色反転など自分の目の状態に合わせて両眼で文字を読む事ができるため、その有効性は高い。  また、平均2倍〜50倍まで拡大率を変えながら、本や被写体全体の様子を確認したり、複雑な漢字など一文字のみを画面いっぱいに拡大するなどルーペに比べ、自由に拡大率を変更する事が出来る。  ルーペは短時間値段確認などには小さく大変有効であるが、楽な姿勢で本を読む場合には適していない。  さらに最近の拡大読書機には、オートフォーカス機能、筆記に便利な照明切り替え機能、目の眩しさを押さえるための照明採用、特定色のコントラスト調節機能、内容を読み上げる機能、内容を一行ずつ表示する機能(従来のマスキング機能の発展バージョン)、遠近両用に使える機能、カラー選択機能、写真・地図・新聞などを見やすく写す機能、スプリット機能(モニターの半分又は一部にコンピューター内容を写し、ICTと連携し業務遂行の効率を高めようとする機能)、など大変選択肢が増えて来ている。  ただ、『拡大読書機』という言葉が示している通り、いかに、読みに便利な(適した)ものを選ぶかが重要であり、拡大読書機は読み書きのためのものである事も忘れてはならない。 拡大読書機の3大構成要素  拡大読書機は基本的に、カメラ部、モニター部、テーブルから構成されている。  天板やアームの有り無しその様子が異なるため、天板やアームを入れて5大構成要素ともいえる。 以下は拡大読書機の分類について箇条書きし、説明を行う。 拡大読書機の分類 据置型(卓上型)  一体型  基本型(分離型、天板型)  アーム型 携帯型(小型)  一体型  基本型(分離型)  アーム型(無天板型) 据置型拡大読書機  拡大読書機は大きく、据置型と携帯型に分ける事ができる。据置型は14インチ以上のテレビや液晶モニターを使用しX-Yテーブル動かしながら読むのが基本である。  据置型拡大読書機にはモニターと本体が一体となっている一体型と、モニター別売りで液晶やテレビ又はサイズなど目の状態に合わせて購入可能な基本型に分ける事が出来る。基本型は分離型や天板型との言われ、現在最も多くの拡大読書機が基本型であるが、液晶の性能が向上し、価格が下がって来ている事から、液晶モニターをセットにした開発が増えている。特に軽い液晶モニターの特徴を利用した、アーム型拡大読書機が増えているのも注目すべき点である。  アーム型は画面の向きや位置を上下左右変える事ができ、拡大読書機の老舗メーカーであるNeiz社も2008年アーム型を次世代拡大読書機として発売を開始した。   携帯型拡大読書機  4インチ前後の液晶モニターをセットにした重さ200〜300グラム前後の製品が人気となっており、10万円代で発売されているため、据置型拡大読書機の代2選択として購入するケースが増えており、市場規模は年々増加の一途を辿っている。  携帯型拡大読書機はテーブルを持たないのが特徴で、カメラ部の下にローラがついているケースが多い。90年台始めは、は液晶モニター、カメラ部、バッテリーパックを合わせ5kgするものが登場したが、周辺技術の発展とともに20年近く経った現在はカバンの中に入れて手軽に持ち運べるサイズとなった。  携帯型拡大読書機はカメラ部とモニターをセットにした一体型が主流だが、カメラ部分をマウス形態に設計し、ノートパソコンの画面に映し出すものや、アーム型設計で、遠近両用として使え、小型テーブルをセットにした製品も登場している。 参考文献  韓 星民(立命館大学/KGS株式会社)2008/10/11 「ユーザー歴25年のマニアが語る拡大読書器の在り方――マルチモーダルにおける情報処理過程を中心に」 第111回月例ロービジョン研究会特別講演(http://www.cis.twcu.ac.jp/~k-oda/lvmeet/lowvism111/lowvism111.html)於:国立障害者リハビリテーションセンター学院 注  (1)CCTVは一般に閉回路テレビと訳される。英語では、Video Magnifierと呼ぶ場合もある。  (2)紙に手書きや印刷された資料をスクリーンに映し出すための機器で大学の授業等で使用される。  (3)ZoomtextとはNEC社が発売しているパソコンの画面を拡大表示するためのソフトウェアの商品名である。 点字ディスプレイ(ピンディスプレイ) はじめに  点字ディスプレイとは、視覚障害者のICT利用を可能にするため、パソコン画面の内容を点字に表示するための支援機器である。  点字ディスプレイは、点字という触覚を用いてパソコン内容を読み取るもので、初期のものはパソコンに接続し,アウトプットの一つとして機能していたが、最近はPCやPDA機能を備えた点字ディスプレイが登場し、視覚障害者のためのノートPCの役割を果たしている。  表示部は、8ピンで構成されたセルを横に数マスから数十マス並べ、ピンを電機的に上下させ、点字の凹凸を表現する触覚ディスプレイである。  触覚ディスプレイには、点字ディスプレイや点図ディスプレイなどがあり、これらはプラスチックや鉄などから出来たピンのオンオフ状態により文字や図形を触圧覚的な物理刺激で与える方式で、あるが、感覚代行研究分野では、電機刺激を皮膚に与えるための研究が長年なされている。  最近はパソコン画面の様子を触覚グラフィックで表示する機器(点図ディスプレイ)というものが日本で開発され発売されているが、高額なため、個人ユーザーは少なく、理工学系の視覚障害学生、企業・研究機関に勤める視覚障害者が主に利用している現状である。  本報告では一般的に使われている点字ディスプレイといわれている支援機器と点字電子手帳について記述する。 点字ディスプレイの機能と用語  機能や使い方が変わることにより、点字ディスプレイを示す言葉も変化しており、点字ディスプレイに関する用語の整理とその原理について記述する。  点字ディスプレイは、少ない電力、高密度で安定した駆動をさせることが可能な圧電素子であるバイモルフという小さな板の上に乗ったピンが上下する事により点字となる凹凸を形成している。  ピンの材質はプラスチック製が多いが、ステンレス加工の鉄で出来ているものもある。一文字を現す点字の一マスは6点からなるが、点字ディスプレイの多くは8点からなっている。残りの2点は漢字を表す点字に使用したり、位置を示すカーソルとして使用するためである。  紙ベースからピンベースになった間もない頃、視覚障害者らはこの点字ディスプレイをピンディスプレイと呼んでいた。  点字は点字盤や点字タイプライターを使用し点字紙に凹凸を付け手で読むものであるが、紙の特性上、一度書いたものは再利用できず、硬い紙に凹凸を付けるため、分厚く教科書一冊分がカバンに入らない問題を抱えていた。  それに対し、点字ディスプレイは、紙を必要としないため、『Paperless Braille』と呼ぶ。そして、点字ディスプレイは何度も点字を作り出す事ができる事から、海外では再生可能な点字ディスプレイ『refreshable braille display』と表現する場合もある。  日本ではKGS社が1984年にセル開発に成功し、1985年からは『視覚障害者用コンピュータ点字表示端末機』という名前で点字ディスプレイの発売を開始した。  その後アメリカからは『ブレイルライト』という商品が発売され、日本でも60万円前後で売られるようになった。ブレイルライトは既存の点字ディスプレイに点字入力のための6点キーを備え、点字入力・貯蔵・検索・閲覧が可能な一体型情報処理端末機として視覚障害学生にとっては大変魅力的な商品であった。60万前後という大変高額なものにも関わらず、大学生を中心に大変重要な情報処理機器として認識され、使用者が増えた  2000年にKGS社が、『点字電子手帳』というタイトルで『ブレイルメモ16』(4)をブレイルライトに匹敵する機器として発売を開始した。アメリカ製のブレイルライトに比べ、20万円という安価で安定した性能が評価され、盲学生や教員を含め多くの人が購入するようになった。(1)  点字電子手帳という言葉が示しているように、既存のアウトプットのためのディスプレイとは、大きく異なる特徴をBM16は備えていた。パソコン画面のテキストを点字表示するための機能に加え、インプット・アウトプットが単体で出来るようになったのだ。BM16に備え付けられた点字キーによりノートテイク・点字の編集・貯蔵・検索・閲覧などの機能を持つようになった。  アメリカでは点字電子手帳を授業や講義のノートを取ったり、入力可能な製品になったことから『ノートテイカー』と呼んでいる。  日本ではKGS社製の『ブレイルメモ』シリーズが多くのユーザーに使われており点字でメモを取る意味も込めて、点字電子手帳をブレイルメモと表現するユーザーも多い。(2)  点字電子手帳の次世代製品としては、エクストラ社から新たに『ブレイルPDA』と言われる高機能点字電子手帳が発売されている。既存の点字電子手帳の機能に比べ、PDAの機能を付加しており、単体でメールやインターネットを点字で使用でき、墨字文章の作成・編集なども出来、メモリ容量が数十GBのパソコン並みである。  ブレイルPDAは、視覚障害者に必要な録音図書を再生するための機能や、授業や講演会など、メモ代わりの録音を取ったりと、まさにオールインワンとして活躍が期待されている。  エクストラ社から2008年8月に発売された『ブレイルセンスプラス』は、音声・点字携帯情報端末とも言われ、拡張性のあるPDAに点字表示や音声出力の機能まで備えた製品を発売するまでになった。  視覚障害者業界から日本産ブレイルPDAの必要性も示唆されているが、開発コストやユニバーサルデザインが普及した日本においては使いやすさを重んじる傾向もあり、マルチタスクで高機能なブレイルPDAの開発には時間がかかりそうである。  60万円のブレイルライト後の20万円のBM16革命のように、70万のブレイルセンスから低価格の日本製のブレイルPDAが待たれるところである。 点字ディスプレイ・点字電子手帳の大学での利用  点字ディスプレイは、点字印刷や教科書が32マスで印刷される場合が多いため、点字ディスプレイも32マスを超えるものが望ましい。  そして、パソコンに接続し、点字表示する場合、スクリーンリーダーや自動点訳ソフトなどが必要となるため、スクリーンリーダーの説明を参照されたい。  点字電子手帳(ブレイルメモ)やブレイルPDAの場合は32マス前後のものが持ち歩く事ができ、点字ディスプレイとしても使えるため、効率的であると考えられる。  視覚障害者は点字盤を使い授業のノートを取り、試験や文章作成などの速さが求められる場合は点字タイプライターを使っていた。ところが、点字盤や点字タイプライターは、硬い紙に物理的に凹凸付ける方式で講義室に響き渡る音が問題となった。周りもそれを使う本人も気になるところであった。点字タイプライターの下に布のような下敷きを置き、ノートを取る時代もあった。  2000年以降、点字電子手帳(ノートテイカー)を持ちいる事により、静かな音で、点字タイプライター方式の6点入力が可能となり、速く打つ事が出来た。書いた文章の編集も可能となり、現在は多くの大学生が用いる支援機器となっている。  現在数カ国の点字ディスプレイが日本で発売されており、上で述べたような、点字ディスプレイのみの機能を持つものから、点字電子手帳、ブレイルPDA、音声・点字PDAまで多くの種類が登場しており、使い方や値段にかなりの幅があり、支援技術専門家の意見や当事者のヒアリングの上に機器を選ぶ必要があると考えられる。 参考文献 韓星民 2007/07/14 「情報保障のための触覚機器開発の現状と課題」 立命館大学グローバルCOE・「生存学」創成拠点主催(代表:立岩真也)、科学研究費「患者主導型科学技術研究システム構築のための基盤的研究」(代表:松原洋子)当事者主導型アシスティブ・テクノロジー・プロジェクト企画(本人発ATP) 注  (1)KGS社の場合、点字電子手帳に比べ安価を売りとした、BT46という点字ディスプレイのみの機能を持った製品も発売している。  (2)ブレイルメモ16はBM16ともいい、日本産点字電子手帳の初誕生であり、その後、機能を強化した製品BM46、BM24、BMPK等が発売されており、多くの学生が必要とする製品となった。因みにBM16/46/24の数字は表示部の点字マス数を表している。 点字ディスプレイ(ピンディスプレイ) はじめに  点字ディスプレイとは、視覚障害者のICT利用を可能にするため、パソコン画面の内容を点字に表示するための支援機器である。  点字ディスプレイは、点字という触覚を用いてパソコン内容を読み取るもので、初期のものはパソコンに接続し,アウトプットの一つとして機能していたが、最近はPCやPDA機能を備えた点字ディスプレイが登場し、視覚障害者のためのノートPCの役割を果たしている。  表示部は、8ピンで構成されたセルを横に数マスから数十マス並べ、ピンを電機的に上下させ、点字の凹凸を表現する触覚ディスプレイである。  触覚ディスプレイには、点字ディスプレイや点図ディスプレイなどがあり、これらはプラスチックや鉄などから出来たピンのオンオフ状態により文字や図形を触圧覚的な物理刺激で与える方式で、あるが、感覚代行研究分野では、電機刺激を皮膚に与えるための研究が長年なされている。  最近はパソコン画面の様子を触覚グラフィックで表示する機器(点図ディスプレイ)というものが日本で開発され発売されているが、高額なため、個人ユーザーは少なく、理工学系の視覚障害学生、企業・研究機関に勤める視覚障害者が主に利用している現状である。  本報告では一般的に使われている点字ディスプレイといわれている支援機器と点字電子手帳について記述する。 点字ディスプレイの機能と用語  機能や使い方が変わることにより、点字ディスプレイを示す言葉も変化しており、点字ディスプレイに関する用語の整理とその原理について記述する。  点字ディスプレイは、少ない電力、高密度で安定した駆動をさせることが可能な圧電素子であるバイモルフという小さな板の上に乗ったピンが上下する事により点字となる凹凸を形成している。  ピンの材質はプラスチック製が多いが、ステンレス加工の鉄で出来ているものもある。一文字を現す点字の一マスは6点からなるが、点字ディスプレイの多くは8点からなっている。残りの2点は漢字を表す点字に使用したり、位置を示すカーソルとして使用するためである。  紙ベースからピンベースになった間もない頃、視覚障害者らはこの点字ディスプレイをピンディスプレイと呼んでいた。  点字は点字盤や点字タイプライターを使用し点字紙に凹凸を付け手で読むものであるが、紙の特性上、一度書いたものは再利用できず、硬い紙に凹凸を付けるため、分厚く教科書一冊分がカバンに入らない問題を抱えていた。  それに対し、点字ディスプレイは、紙を必要としないため、『Paperless Braille』と呼ぶ。そして、点字ディスプレイは何度も点字を作り出す事ができる事から、海外では再生可能な点字ディスプレイ『refreshable braille display』と表現する場合もある。  日本ではKGS社が1984年にセル開発に成功し、1985年からは『視覚障害者用コンピュータ点字表示端末機』という名前で点字ディスプレイの発売を開始した。  その後アメリカからは『ブレイルライト』という商品が発売され、日本でも60万円前後で売られるようになった。ブレイルライトは既存の点字ディスプレイに点字入力のための6点キーを備え、点字入力・貯蔵・検索・閲覧が可能な一体型情報処理端末機として視覚障害学生にとっては大変魅力的な商品であった。60万前後という大変高額なものにも関わらず、大学生を中心に大変重要な情報処理機器として認識され、使用者が増えた  2000年にKGS社が、『点字電子手帳』というタイトルで『ブレイルメモ16』(4)をブレイルライトに匹敵する機器として発売を開始した。アメリカ製のブレイルライトに比べ、20万円という安価で安定した性能が評価され、盲学生や教員を含め多くの人が購入するようになった。(1)  点字電子手帳という言葉が示しているように、既存のアウトプットのためのディスプレイとは、大きく異なる特徴をBM16は備えていた。パソコン画面のテキストを点字表示するための機能に加え、インプット・アウトプットが単体で出来るようになったのだ。BM16に備え付けられた点字キーによりノートテイク・点字の編集・貯蔵・検索・閲覧などの機能を持つようになった。  アメリカでは点字電子手帳を授業や講義のノートを取ったり、入力可能な製品になったことから『ノートテイカー』と呼んでいる。  日本ではKGS社製の『ブレイルメモ』シリーズが多くのユーザーに使われており点字でメモを取る意味も込めて、点字電子手帳をブレイルメモと表現するユーザーも多い。(2)  点字電子手帳の次世代製品としては、エクストラ社から新たに『ブレイルPDA』と言われる高機能点字電子手帳が発売されている。既存の点字電子手帳の機能に比べ、PDAの機能を付加しており、単体でメールやインターネットを点字で使用でき、墨字文章の作成・編集なども出来、メモリ容量が数十GBのパソコン並みである。  ブレイルPDAは、視覚障害者に必要な録音図書を再生するための機能や、授業や講演会など、メモ代わりの録音を取ったりと、まさにオールインワンとして活躍が期待されている。  エクストラ社から2008年8月に発売された『ブレイルセンスプラス』は、音声・点字携帯情報端末とも言われ、拡張性のあるPDAに点字表示や音声出力の機能まで備えた製品を発売するまでになった。  視覚障害者業界から日本産ブレイルPDAの必要性も示唆されているが、開発コストやユニバーサルデザインが普及した日本においては使いやすさを重んじる傾向もあり、マルチタスクで高機能なブレイルPDAの開発には時間がかかりそうである。  60万円のブレイルライト後の20万円のBM16革命のように、70万のブレイルセンスから低価格の日本製のブレイルPDAが待たれるところである。 点字ディスプレイ・点字電子手帳の大学での利用  点字ディスプレイは、点字印刷や教科書が32マスで印刷される場合が多いため、点字ディスプレイも32マスを超えるものが望ましい。  そして、パソコンに接続し、点字表示する場合、スクリーンリーダーや自動点訳ソフトなどが必要となるため、スクリーンリーダーの説明を参照されたい。  点字電子手帳(ブレイルメモ)やブレイルPDAの場合は32マス前後のものが持ち歩く事ができ、点字ディスプレイとしても使えるため、効率的であると考えられる。  視覚障害者は点字盤を使い授業のノートを取り、試験や文章作成などの速さが求められる場合は点字タイプライターを使っていた。ところが、点字盤や点字タイプライターは、硬い紙に物理的に凹凸付ける方式で講義室に響き渡る音が問題となった。周りもそれを使う本人も気になるところであった。点字タイプライターの下に布のような下敷きを置き、ノートを取る時代もあった。  2000年以降、点字電子手帳(ノートテイカー)を持ちいる事により、静かな音で、点字タイプライター方式の6点入力が可能となり、速く打つ事が出来た。書いた文章の編集も可能となり、現在は多くの大学生が用いる支援機器となっている。  現在数カ国の点字ディスプレイが日本で発売されており、上で述べたような、点字ディスプレイのみの機能を持つものから、点字電子手帳、ブレイルPDA、音声・点字PDAまで多くの種類が登場しており、使い方や値段にかなりの幅があり、支援技術専門家の意見や当事者のヒアリングの上に機器を選ぶ必要があると考えられる。 参考文献 韓星民 2007/07/14 「情報保障のための触覚機器開発の現状と課題」 立命館大学グローバルCOE・「生存学」創成拠点主催(代表:立岩真也)、科学研究費「患者主導型科学技術研究システム構築のための基盤的研究」(代表:松原洋子)当事者主導型アシスティブ・テクノロジー・プロジェクト企画(本人発ATP) 注  (1)KGS社の場合、点字電子手帳に比べ安価を売りとした、BT46という点字ディスプレイのみの機能を持った製品も発売している。  (2)ブレイルメモ16はBM16ともいい、日本産点字電子手帳の初誕生であり、その後、機能を強化した製品BM46、BM24、BMPK等が発売されており、多くの学生が必要とする製品となった。因みにBM16/46/24の数字は表示部の点字マス数を表している。 ■■異なる身体のもとでの交信――本当の実用のための仕組と思想 立岩真也  私たちは、グローバルCOEプログラム「生存学」創生拠点(2007年度から2011年)の研究の三つの柱の一つとして「学問の組換」を、その中の三つの一つとして「教育研究機構の構築」を掲げている。また、2008年度から新たに募集が始まった科学研究費の「新学術領域研究(研究課題提案型)」に、「異なる身体のもとでの交信――本当の実用のための仕組と思想」という研究企画案を提出し、採択された(2008年から2010年)。  この冊子は、そのさっそくの成果の一部であるとともに、これから作っていこうとするものを作っていくための準備の一部でもある。そこで、COEの応募書類の該当箇所(これはごく短い)と、それから新学術領域研究の応募書類を一部省略して、掲載する。  ただ、この冊子が主題とするのは、視覚障害に関わり、文字情報の入手に関わる部分であり、他は別途ということになる。その理由はまずは簡単な理由であり、現在3人の大学院生が立命館大学大学院先端総合学術研究科に属する大学院生であり、COEのメンバーであることだ――2009年度には、少なくとももう一人、増えることになる。その人たちにとって、文字情報の入手はどうしても必要なことである。一人(植村)はそれを自身の研究のテーマにしているわけではないが、本はたくさん読む人であり、読まねばならない人だから、スキャナを使ってテキストデータ化された文字を最も読む人でもあり、テキストデータを提供してくれないかと出版社にかけあってもきた人である。その副産物のようなものとして、論文を書いた。本冊子に収録された第◆章は、それをもとにさらに書き足して出来た。また一人(韓)はずいぶん前に韓国から日本にやってきた人であり、大学院生であるとともに、おもに視覚障害のある人のための機器を開発し販売している会社の社員でもある。そして一人(青木)は、まさに障害学生支援・情報保障を研究の主題にしている。  別途の部分について、簡単に説明しておく。一つは、聴覚障害の人の交信関係である。手話、そしてノートテイク、パソコン要約筆記などと呼ばれている方法が使われているのだが(後二者は現在は実際にはそう違わないやり方がとられてもいるようだ)、すこし前から使えないかと考えているのは音声認識ソフトで、すこし試し始めている(試用期間を経て、2008年度の予算で、とても高額なAmi Voiceというソフトを購入した。)あまりうまくいく感じが今のところしない。けれど、どこでもそしていつまでも人力で、というわけにもいかないとすれば、この方法がうまく行くように、企業の人にもがんばってもらえるように、こちらでいろいろと試してみようと思う。  もう一つは、身体が動かない人の交信の関係である。以下に引用する書類にいくらか記されているので、それを読んでいただければだいたいのところはわかっていただけだろう。そして、既に幾つか大学院生の研究成果もある。2009年度には、それをまとめたものを発表する予定である。  書類の引用・紹介の前書きの最後に、視覚障害の人の関係にもう一度戻す。第◆章・第◆章を読んでいただいてもわかるように、問題は、具体的で細々とした技術の問題であるとともに、あるいはそれ以前に、社会の仕組みの問題てである。いまどきの本のもとになっているのはもちろんコンピュータのファイルであり、それは容易にテキストデータにできる。いったん紙に印刷されたものを読み取ってテキストデータにするよりも当然手間がかからない。しかし、第◆章・第◆章からわかるように、技術的には簡単なそのことがそう簡単にいかない。どうしたらよいか。このことについても、行政・出版・研究の分野にいる人たちの小さな研究会(座長:松原洋子)を組織し、関係者からヒアリングを行ない、集中的に検討している。それをまとめ、提言を2009年度内に発表する。  これらの経過、成果は、すべて私たちのHPhttp://www.arsvi.comに掲載される。もちろん、この媒体が――使い方を間違えなければだが――アクセシブルな媒体であるからでもある。ときどき見ていただきたい。 ■グローバルCOE「生存学」創成拠点――障老病異と共に暮らす世界の創造・申請書類(2007.2提出)より ◇拠点形成計画の概要より  U 差異と変容を経験している人・その人と共にいる人が研究に参加し、科学を利用し、学問を作る、その場と回路を作る。当事者参加は誰も反対しない標語になったが、実現されていない。また専門家たちも何を求められているかを知ろうとしている。両者を含み繋ぐ機構を作る。◇障害等を有する人の教育研究環境、とくに情報へのアクセシビリティの改善。まず本拠点の教育・研究環境を再検討・再構築し、汎用可能なものとして他に提示する。また、著作権等、社会全体の情報の所有・公開・流通のあり方を検討し、対案を示す。その必要を現に有する学生を中心に研究する。◇自然科学研究・技術開発への貢献。利用者は何が欲しいのか、欲しくないかを伝え、聞き、やりとりし、作られたものを使い、その評価をフィードバックする経路・機構を作る。◇人を相手に調査・実験・研究する社会科学・自然科学のあり方を、研究の対象となる人たちを交えて検討する。さらにより広く研究・開発の優先順位、コストと利益の配分について研究し、将来像を提起する。 ◇6.研究活動の計画→@ 研究活動の具体的な達成目標より  U【学問の組換】1[教育研究機構の構築]障害等を有する人が研究するための機構・体制作り。@とくに情報へのアクセシビリティ。まず組織内でできることは何か、これまでの試行を踏まえ、研究し試行を繰り返す。その成果として、実現可能な機構を作り提案する。A著作権・特許権等、規範的な問題についても調査、検討、提言。切実な必要を有する3名の学生が中心となる。2[技術開発支援]本拠点自体は開発を行わない。利用者は何を欲しているのか、何を欲しくないかを伝え、聞き、やりとりし、作られたものを使い、その評価をフィードバックする経路・機構を作る。このことをもって自然科学研究・技術開発に貢献する。例:動作を支援する工学技術。例:遺伝子医学への期待にどう対するか。3[研究技術倫理]人を相手に調査・実験・研究する社会科学・自然科学のあり方を、研究の対象となる人たちを交えて検討する。さらにより広く、研究・開発の優先順位、コストと利益の配分について研究し、将来像を提案する。 ■科学研究費・新学術領域研究(研究課題提案型)「異なる身体のもとでの交信――本当の実用のための仕組と思想」申請書類(一部略、2008.5提出)より □A−@.研 究 の 全 体 構 想  本研究の革新的・独創的な点がわかるように工夫しながら、研究の全体構想を説明してください。説明は、文章(1000字以内)と概念図(複数でも可)の両方により行ってください。また、本研究を特徴づけるキーワードを提示してください。  なお、本調書A項目部分はマスキング審査に付されます。A項目全体を通じて、以下の点に留意してください。  @特定の個人を識別する個人情報(氏名や所属機関等)に関する内容について記述しないでください。  A記述する必要がある場合、「研究者氏名」については、「研究代表者」「研究分担者@」「研究分担者A」・・・、「所属機関」については「A機関」「B機関」・・・などのように容易に特定できないよう工夫して記述してください。  今は誰もがバリアフリーやユニヴァーサルデザインという言葉を知っていて、誰も反対しない。しかし特にコミュニケーションについて、実現されてよいことが実現されていない。そして問題の多くは技術自体ではなく、文化的・社会的・制度的な領域に存在する。情報の交信と共有に不具合を生じる身体とコミュニケーションの技法/技術をめぐる問題系は、福祉工学・社会福祉学・情報学・神経科学といった既存分野を超えた斬新な課題設定のもとで再編され、学術的検討に付される必要がある。本研究では、社会学・大脳生理学・哲学といった異なる専門領域で、視覚障害・聴覚障害をもつ当事者を含む先端的業績を上げてきた研究者たちが中心となり、この課題の提示と新領域創成に向けた研究に取り組む。  具体的な研究内容は以下の通りである。  □T交信の仕組  ◇1見えない人にはコンピュータ可読ファイルが便利だが、その流通が妨げられている。その要因を調べ、著作権など法的な問題の検討も行ない、供給の仕組を作る。  ◇2手話を使わない聞こえない人に対して、人が音声をその場で文字化していくPC要約筆記が使われるが、それをどこまで普及させられるか、ソフトにより音声を文字化する仕組みの採用・併用の可能性について、技術を開発し製品を提供している企業とも協議し、検討する。  ◇3動かなくなる身体の人との交信について。ここでは一つ、身体の微細な動きへの対応、時間とともに変化していく身体に対する個別の対応が必要である。その支援の歴史と現在について調査研究し、これからの仕組みを構想し構築する。さらに脳波や脳血流を用いた送信法について、その現状と可能性について調査し研究する。  □U身体と装置の思想  ◇1どこまでも感覚・交信のために身体を変容させ機械を装着することが認められてよいのか。聾者の手話を守るために音の聞こえる子を産まないことを認めるべきだといった主張も含め考察する。  ◇2技術や制度による補填には遅れが伴う。また費用を社会的に負担することにしても負担は均等ではない。例えば日本手話と日本語のバイリンガルは一つの案だが、健聴者は二つを習得したりはしない。しかも日本語の方は相対的にうまく操れる。補助技術が進むことでかえって自己責任が問われることもありうる。どう考えるか。  ◇3むしろ多数派が合わせるべきだという主張もある。例えば知的障害の人からの「わかるように」という要求にどう答えたらよいか。とくに学問の領域ではそれは無理難題とも思われる。しかし何かはできるのだろう。それは何か。  ・キーワード:情報へのアクセビリティ/言語と身体/障害 □A−A.研究目的 本欄には、全体構想にもとづいて、本研究の具体的な目的を説明してください。なお、記入にあたっては、冒頭にその要旨を記述した上で、適宜文献を引用しつつ記述し、特に次の点については、焦点を絞り、具体的かつ明確に記述してください。 @研究の背景(本研究に関連する国内・国外の研究動向及び位置づけ) A着想に至った経緯、あるいは研究の必要性 B研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか。 C期待される結果と意義、及びブレークスルーの可能性 D研究の革新的・独創的な点及び従来の分科・細目区分では採択されにくい挑戦的な点。 @研究の背景  研究教育機関における視覚障害等をもつ学生・院生への対応は、喫緊の課題である。だが今の状態では例えば文字情報を得るのに困難がある。また学会の大会等で聴覚障害者のための情報保障を行なう。たが今の仕組みはかなり大がかりなもので、保障を使命と考える一部の学会以外はその体制を用意しない。  そして、こうした仕組みの必要と不在とは、むろん研究教育の場面に限らない。例えば神経難病の人はその身体の微細な動きを使って交信するが、そこでは個々人の差や身体の変化に応じる必要がある。その必要に少数の熱心なボランティアが対応してきた。しかしそれは多くの人たちが沈黙のもとに置かれてきたということでもある。  さらに私たちは、基本的に技術とその普及に期待しているが、そこに様々考えるべきことがあることも感じてきた。例えば、どうしてもできないことは残りそうであり、またできない人は常に存在する。他方、脳機能を含む身体の改変・変更は、なぜ、どこからが制約されるのか。その方面の研究は世界的にも端緒に着いたばかりである。また狭義の応用倫理学的・科学社会学的な接近だけでは足りない。より原理的な、同時により実践的な研究が必要である。 A着想に至った経緯、あるいは研究の必要性  研究代表者は大学院で実際の必要にはそれなりに対応してきた。例えば研究科やプロジェクトのHPに可能な限りのデータを収録・掲載し視覚障害者他の利用に供してきた。学会や講義で人が音声を聞いて即時にコンピュータで文字にするPC要約筆記等の情報保障体制をとった。また、音声を文字に自動変換するソフトを開発販売している(情報保障のための利用を当初想定していなかった)企業と学会大会等における実用化に向けてのやりとりを始めた。また大学での情報保障を研究する院生、出版社によるテキストデータ提供について研究する院生、視覚障害者の情報機器を開発販売する企業に勤めその研究をする院生(いずれも視覚障害者)と研究を進めてきた。同時期、大学が障害学生支援室を置いて活動が始まり、その支援室との共同研究も始まっている。  また、研究代表者と連携研究者Aは、神経性難病の人たちのコミュニケーション支援に関わるプロジェクト研究に従事してきた。文字盤やPCにつなげるスイッチを実際に使う人、その使用を支援している人たちに聞き取りを行なったり、本人同士の遠隔交信環境を作り実際に交信することを支援しつつそのあり方を研究してきた。このような研究活動から、より大きく研究を展開し、どこでも使える仕組みを考案し提案していることが必要であり、またその実現可能性はあると考えるに至った。  これらとまったく同時に、考えるべきことに直面してきた。文字と点字、文字と音声というだけでは相互の変換自体にはそう深刻な問題はない。しかしまず習得に関わる負担を巡る問題は残る。それを、いつか技術が十全に発達すれば解決するとして考えずにすますことはできない。機械の性能の問題は大きく、それを使う場合の不利は実際には解消されない。また、例えば複数の交信手段を習得することはよいとして、実際には少数派だけがそれを強いられ、そのことに関わる不利も解消されない。研究分担者Aは、聴覚障害児の教育に長く関わり、現在は大学教員をしながらそれを研究してきた。私たちはそれらを巡って議論してきたが、さらにそれをより一般的な問題として考察するべきであると考えるようになった。  研究代表者は、分担研究者Bと連携研究者A、複数の視覚障害者や障害者支援に関わる専門職を含む多くの院生とともに、多様なプロジェクトを展開してきた。本研究は、こうした個別的・各論的研究実践の経験と成果を基礎とし、関係する理論的・実証的研究業績を発表し社会的活動を展開してきた有力な研究者、なかでも視覚障害や聴覚障害をもってその研究・活動を行なってきた分担研究者C、分担研究者D、連携研究者B、大脳生理学者であるともに医療社会学の業績のある分担研究者Eを加えて、既存の研究分野の枠組みでは扱えない新たな問題系と課題を提示し、研究を遂行するものである。 B研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか  基本の目的は、仕組みを考案し実用化し普及を加速させることにある。一つ、まず学会大会や大学大学院での授業等で使える情報保障の仕組み。一つ、文字情報の供給・入手の仕組み。一つ、身体が容易に動かない人の交信の仕組み。これ自体が研究だが、それは全ての研究の条件を整備する研究でもある。どんな研究を推進するにせよ、その前提として、身体の状態がどうあれ人が研究に関われる体制をとることは当然のことであり、その当然のことを実現する。  そのために、事態を難しくしている、また改善につながりうる制度的・社会的要因を調べ、取り除くべき部分を取り除くこと、また付加すべき部分を付加することを提案する。著作権など法的な問題とされるものが本当に問題なのかも確認されていない。複数の選択肢がある場合、また各々に付される条件を変えることができる場合、それぞれにかかるコストと得られる便益とを比較考量し、最善・次善の解を示す。また現実に使用可能な社会資源・知識を整理し提示する。一つひとつは細かなことの積み重ねであり組み合わせであるが、それがなされなかったために、可能であるにもかかわらず実現していない状態がもう長いこと続いている。その状況を打破するための活動を行なう。  以上で技術は、使えるなら肯定される。だがそれだけでいかない部分がある。まず技術的な解決が少なくとも当面難しい領域がある。例えば日本手話と日本語など二つ以上の言語がある場合。これは多文化主義・多言語主義の問題としても考えられてきた。また翻訳(不)可能性の問題として論じられてもきた。前者では多言語状況は基本的に肯定され、バイリンガリズムが推奨される。しかし実際には多数派は手話を学ばない。そしてそれですんでいる。となれば両者の不均等はやはり存続する。とした場合にどうすればよいか。これはなかなかに困難な問題である。これからの社会を実際にどうするのか、またできるのかという視点から検討する。そのために、身体に対する付加・補足・変容の技術の歴史を明らかにすることも行なう。 C期待される成果と意義、及びブレークスルーの可能性  可能であるはずであるにもかかわらず実現しなかったことを実現させる。  ◇一般書籍の相当部分について、出版社との調整を行ない、その提供を行なう組織の運営に協力し、ひとまず現行法の許容範囲内で、テキストデータの提供を実際に可能にする。その延長線上に(画像としてのではなく)文字データの蓄積・公開の方法・方向を提示する。  ◇授業や学会などでの情報保障について、音声→文字への自動変換技術の可能性も含め、もっとも合理的・効率的な方法を提案する。使用できる資源・情報をパッケージとして提供する。これも音声情報全般の(音声だけでなく文字としての)集積の仕組みの構築につながりうる。  ◇身体のわずかな動きを用いる発信について、それを誰もがどこでも使えるような人の配置、制度的仕組みが提案される。さらに、この技術の利用を東アジアに広げる。  ◇思想的社会的主題がここにあることは理解されるようになっているが、世界的に見ても、現実の問題に即した考察・研究はなされていない。本研究の理論的な成果は、まず日本語の書籍として刊行され、ついで英語書籍として刊行される。 D本研究の革新的・独創的な点及び従来の文科・細目区分では採択されにくい挑戦的な点  社会福祉学また教育学の一部でも研究はある。工学の一分野として福祉工学がある。それぞれ重要な研究がなされている。しかし第一に、研究機関や企業による今までの研究成果を利用しながら、その実用化・普及を妨げている要因を点検し、問題点を解消・軽減し、技術と人と仕組み・制度をつないで、実際に使えるものにしていく研究は従来の区分の研究ではなされてこなかった。障害学の領域とも言えるが、これも分科・細目区分には存在しない。またICT活用における障害者交信の制度的バリアの研究も、情報学や複合新領域の細目には該当しない。  技術はおおいに実用化され普及してほしいが、第二にそれだけですまない問題、むしろ新たに生じる問題がある。それは生命倫理学やニューロエシックスの主題でもあるが、現在のところ、問題の社会的性格を踏まえた研究業績は多くない。問題の社会的倫理的側面を知る大脳生理学者も加わり、社会科学・人文科学の研究者と協働して研究を進めていく必要と意義がある。 □A−B.研 究 計 画 ・ 方 法  本欄には、研究目的を達成するための具体的な研究計画・方法について、冒頭にその要旨を記述した上で、平成20年度の計画と平成21年度以降の計画に分けて、適宜文献を引用しつつ、焦点を絞り、具体的かつ明確に記述してください。ここでは、構想を具体化するための研究手法等について述べるとともに、研究計画を遂行するための研究体制について、研究代表者及び研究分担者の具体的な役割(図表を用いる等)についても述べてください。また、研究体制の全体像を明らかにするため、連携研究者及び研究協力者(海外共同研究者、科学研究費への応募資格を有しない企業の研究者、大学院生等)の役割についても必要に応じて記述してください。 ○概要 ◇ 以下に列挙する研究課題の多くについて、大学、大学院、大学の障害学生支援室、学会大会の実行委員会、障害者難病者の日常的な交信、国際的な集会、等の実際の運営を自らが行ないながら、その現場において研究を遂行し、その結果を次に生かす形で研究活動を進める。 ◇ 多くの主題・課題について大学院生・PD(日本学術振興会特別研究員とCOEの資金で雇用しているPD)のテーマ・問題意識を活かし、教員が協働して研究を進める。研究分担者とはメーリング・リストとHPを利用し連絡をとりあいながら研究を進める。 ◇ 研究の刻々の成果、得られた情報で公開可能なものの全てを、現在のところ最もアクセシブルなメディアである研究代表者所属研究機関のウェブサイト(収録ファイルへの全アクセス数は年間700万超)で公開し、あらゆる人の利用に供する。 ○平成20年度  ○T交信の仕組  ◇1おもに視覚障害の人に  @現在、スキャナにかけ、OCRソフトで文字コードにし、人が校正してファイル化するという手順で文献のテキストデータを入手、拡大文字や音声にする方法がある。手間がかかるうえ、基本的に利用者単独の使用に限られる。製版用のファイルをテキストファイルにできるからそれを使えばそのコストは本来不要だが、一冊の本を読むのに10万円近くかかることがある。出版社側に提供を困難している事情を聞く。提供している出版社に実情を聞く。  A著作権の問題について、現行の法令のもとで問題はないのか、あるとすればどのような変更が必要なのか調査する。文献を検討する他、専門家から意見を聞き、方針を確定する。  B出版社と契約を結び、テキストファイルの読者への提供と代金の受け取りを行なう民間組織が立ち上がろうとしている。この企画に当初から関与し、実用化を目指す。  C学術論文はすでにオンラインでの提供がかなりなされている。ただアクセシビリティについてはあまり考えられていないことが多い。現在あるものに加え、あるいはそれを補って、何を行なうのが最も効果的あるのかを検討する。  D大学の障害学生支援室と連携し、この年度内に、文字のテキストデータ化のためのマニュアルと全国の障害学生支援概要を調査した結果の報告と合わせた冊子を作成し、全国の大学・研究機関等に配布する。  ◇2おもに聴覚障害の人に @既存の音声→文字化ソフト(国会・地方議会の議事録作成などに使われている)を講義・講演・学会報告で即時に実用的に使用することができるのか、研究の状況を調査、既に商品化されている製品について現状と改善の可能性について研究し、広範な利用の可能性を追求する。 APC要約筆記を提供する全国各地の団体の概要、活動の実態を調査しまとめる。多くはボランティア団体として発足しているが、現在は支払いがなされることも一般的である。需要の増大に対応できるのか、要約筆記の仕事が有給の仕事として成立しうるのか、等を調査する。  ◇3おもに不動の身体の人に @身体障害、神経難病の人たちについて、文字盤、顔や手足の筋肉の動きを使うスイッチ、視線やまばたきを使用するコミュニケーション手段がある。1970年代から、壁に大きな文字の表を貼り、それを見る視線を追って読み取るといったことがなされてはいた(その資料の一部は、既に患者自身によるHPに掲載されはじめている)。その時期からの様々な試み・営みについて、手記などを含む文献を用い、また長年その活動に携わってきた、日本ALS協会近畿支部他の人たちに聞き取りを行ない、まとめる。技術開発の側によって、過去、とくに過去の失敗が文字化されることは多くない。他の主題についても歴史を調査しまとめることを本企画の一環として行なう。 Aこのような手段を用いる場合、個々人の差がとても大きく、また身体の状態が短い間に変化することもある。個々人とその変化に合わせた支援の体制をどのように作るか。日常的な介助にあたる人、スイッチの提供や調整に当たってきた人などに聞き取りを行ない、支援技術を有する人を増やし、どこでも使えるようにするためにどんな仕組みが必要かを調べる。 BSkypeなどのインスタント・メッセンジャー機能を利用した交信の場を設定し、あるいはそこに参与し、その日常的・安定的な利用に向けた研究を2006年度から連携研究者Aとともに開始している。それを継続し、より実用的なシステムとする C脳血流や脳波を用いる発信技術もある。ならば脳が動いている限り原理的には交信が可能ということになる。ただ、この手段しかなくなってしまった後にこの技術を習得するには困難もあるようだ。実際にこの技術を使っている人にとってこの技術がどんなものなのか、調査は困難だが、調査する。実際に使う人が増えるための条件について検討する。  ○U身体と装置の思想  ◇1境界・限界について  どこまでも感覚・交信のために身体を変容させ機械を装着することが認められるか。本人が決めるというのが一つの案ではあるが、では子はどうするのか。聾者の手話を守るために音の聞こえる子を産まないことを認めるべきだといった主張があり、この是非が議論されたことがある。それは認められないと思う人が多いはずだが、認めよという主張の側にも理はある。関連する議論を参照し、検討する。例えばニューロエシックスと称される領域での議論はどこまで有効か、検証する。そしてその考察のためにも、身体の変容や機械の装着の経験が当人に何をもたらすのかを調査する。  ◇2残される不利について  それでも様々が行なわれるだろうし、行なってよいだろう。しかし技術や制度による補填には遅れが伴い、模倣は模倣の対象には届きにくい。少なくとも今のところはあまり使えないものが推奨され、使われるのだが、結果は芳しくないことがある。  またかかる費用を社会的に負担することにしたことしても、負担は均等ではない。例えば、手話が言語であることがようやく認められ、その使用が頭ごなしに否定されることは少なくなった。だが、依然として聴覚障害者は不利な立場にいる。日本手話と日本語のバイリンガルが一つの案なのだが、健聴者はこの二つを習得したりはしない。しかも日本語の方は相対的にうまく操れる。少数派だけがコストを引き受けつつ、多数派の言語を多数派ほどできない。補助技術が進むことでかえって自己責任が問われることもありうる。結局少数派に不利な状況は変わらない。このことをどう考えたらよいか。どのようなあり方がありうるのか。 多文化主義・多言語主義と「同化」を巡ってなされてきた議論をも参照しながら調査・研究する。  ◇3多数派への要求について  自らの側を変化させる、あるいは自らの身体に補うという方向(1)に行っても解消されない部分をどうするかという問題(2)への答の一つは、「あなた方がこちらに合わせればよい」というものである。例えば知的障害・学習障害・発達障害等の人が「私たちにわかるように言ってくれ、書いてくれ」と要求する。  とくに高等教育・研究の領域では、それは無理難題だとも思われる。しかし、何かはできるのではないか。それは何か。あるいはその要求を拒否できるとしたら、どうしてか、拒否できるのはどのような場面においてか。これらについてもまた考えてみる。 その考察・研究のために、知的な障害があるということ、また新たにそれを経験するということがどんなことであるのかを、これを知ること自体に難しさがあるのだが、描く必要がある。  注記:本企画は新しい課題を提示するものであり既存の研究業績は少なく、しかもその多くは本企画に 関わる研究者のものであるため、匿名性の確保のためここに記すことができない。ともに研究を進めてきた(代表者・分担研究者・連携研究者以外の)若手研究者の論文名のみ、ここでは視覚障害に関連するものに限り、以下例示する。  「出版社から読者へ、書籍テキストデータの提供を 困難にしている背景について」  「視覚障害学生支援と著作権――視覚障害学生への情報保障をてがかりとして」  「変容する身体の意味づけ――スティーブンスジョンソン症候群急性期の経験を語る」  「障害者が『なおる』ことを考えるとき――失明と手術による視力回復を経験した一女性のライフヒストリー」 ○平成21年度以降  以上の研究を継続し、着々と成果を発表していく。以下、21年度以降における実験を兼ねた企画と、とくにその発表の場について、成果を公開する方法とについて記す。  平成21年度  ◇研究代表者の所属機関が2009年(平成21年)の障害学会第6回大会の開催校となる。2007年の第4回大会も同じ会場を用い、手話通訳とPC要約筆記を配置した。そのときの準備・実施の記録がある。最初の対応でなく二度目の対応になった時、開催側の負担は軽減されるだろう。両者を比較する。そしてそこから、開催主体と別組織が情報保障をパッケージとして提供するという形態の可能性を検討し、実現可能と判断されたら、その準備にはいる。  また音声→文字ソフトを用いる仕組みが実用可能であるのかを事前に検討し、可能性があると判断すれば、PC要約筆記と並行させて、実施する。そしてその両者の結果を比較検討する。  ◇2006年度から開始している国内での企画で得た知識技術を活かし、2008年から2009年にかけて、民間の財団の助成も得て(申請中)、日本・韓国・台湾・モンゴルの神経難病の人とその関係者の会議を、日本と韓国とを会場として行なう。それ以外に、それぞれの地域をインターネットで結んで打ち合わせ、会議を行なうとともに、報告書を刊行する。が、その報告書においてもコミュニケーションは重要な主題として取り上げられることになる。   平成22年度  ◇2008-9(平成20-21)年度の視覚障害、聴覚障害の人々への情報支援に関する試行・研究の成果として、すくなくとも学会大会やシンポジウムその他において、効率的・合理的な方法で情報保障を行なう方法を提案する。  ◇神経難病の人々との東アジアネットワーク形成および技術の検討をすすめ、最終報告書を刊行する。  ◇多文化主義・多言語主義、同化主義、脳科学、ニューロエシックスといった言葉とともに様々に語られてきたことを整理し、それと私たちの調査研究とをつき合わせ、理論的に詰めた論文を集録する論集を企画・編集し、書籍として刊行する。  ◇以上の成果については、随時HPhttp://www.arsvi.comをはじめとするウェブサイトで発信する。 A−C.人権の保護及び法令等の遵守への対応(公募要領6頁参照)  本欄には、本研究に関連する法令等を遵守しなければ行うことができない研究(社会的コンセンサスが必要とされている研究、個人情報の取り扱いに配慮する必要がある研究及び生命倫理・安全対策に対する取組が必要とされている研究等)を含む場合に、どのような対策と措置を講じるのか記述してください。なお、該当しない場合には、その旨記述してください。  本研究は、人文社会系の方法により実施し、身体への直接的侵襲を伴う実験等は行わない。聞き取りやフィールドワークにおける研究対象者の保護については、障害をもった人々など弱者の研究参加について特に配慮する。研究対象者には、事前に研究計画について説明し、適切な方法により参加への承諾を得る。必要に応じて学内倫理委員会の審査を受ける。 A−D.研究経費の妥当性・必要性  本欄には、「研究計画・方法」欄で述べた研究規模、研究体制等を踏まえ、次頁以降に記入する研究経費の妥当性・必要性・ 積算根拠について記述してください。また、研究計画のいずれかの年度において、各費目(設備備品費、旅費、謝金等)が全体の 研究経費の90%を超える場合及びその他の費目で、特に大きな割合を占める経費がある場合には、当該経費の必要性(内訳等)を記述してください。  ◇初年度に音声認識ソフト一式を購入する。2007年夏から幾度か説明を受け試用しているものであり、実用化の可能性はあると判断した。ただ今の製品のままでは音声と同時の文字表示を実現するのは困難なようであり、その限界を確認し、他の方法との併用――基本的にはこのソフトを使いつつ、人が介在して修正を加えていくなど――を検討しながらの使用となるはずである。  ◇他は、上記のソフトの試用・使用も含め、音声データ→文字データ、(活字・墨字の)画像データ→文字データへの様々な手順による加工作業に関わる人件費、聞き取り調査に伴う費用、専門的知識の提供に対する謝礼、データの収集、得られたデータの整理・集積・HPへの掲載のための人件費が大きな部分を占める。よって人件費の占める割合が高くなる。 A−E.設備備品費の明細 [略] A−F.消耗品費の明細 [略] B−@.今回の研究計画を実施するに当たっての準備状況等  本欄には、次の点について、焦点を絞り、具体的かつ明確に記述してください。 @本研究を実施するために使用する研究施設・設備・研究資料等、現在の研究環境の状況 A 研究分担者がいる場合には、その者との連絡調整状況など、研究着手に向けての状況(連携研究者及び研究協力者がいる場合についても必要に応じて記述してください。) @現在の研究環境の状況  立命館大学生存学研究センターおよび人文社会リサーチオフィスに事務局を置き、研究に伴う実務的支援を受ける。スタッフは優秀でありまた経験を積んでいるので、助成開始から支障なく、研究者は研究に専念することができる。生存学研究センターは資料室・研究スペース・事務室を備え、研究に関する基礎資料および各種IT機器、マイクロリーダーやネットワークが整備されており施設上の問題はない。同研究センターはグローバルCOE「生存学」創成拠点に2007年度に採択されたが、本拠点の研究資金は若手研究者を育成し成果を生産するための基盤形成に活用する。本研究は、実績のある研究者チームによる先端的課題の検討に特化し、生存学研究センターの施設を活用して事務スタッフ支援のもとに展開する。 A研究分担者との連絡調整状況  天田(社会学)、小泉(哲学)は、研究拠点となる立命館大学大学院先端総合学術研究科の教員であり、立岩(社会学・研究代表者)とともに共同研究の成果を蓄積してきた。上農(言語学)は、『たったひとりのクレオール――聴覚障害児教育における言語論と障害認識』の著作をもつ大学教員かつ聴覚障害児教育の実践者であり、聴覚障害、言語教育の領域で中心的な役割を果たすことになる。  福島(教育学)と星加(社会学)は東京大学先端科学技術研究センターの教員であり、バリアフリー部門の研究を進めている。福島は盲聾の、星加は視覚障害の本人でもある。星加の著書『障害とは何か――ディスアビリティの社会理論に向けて』は2007年の損保ジャパン記念財団賞を授賞した。立岩はそのセンターの「公共システムのバリアフリー化に関する研究」に協力、また東京大学教育学研究科での福島の授業に招聘されるなどしてきた。  また美馬(大脳生理学)は医学者であり京都大学附属病院でパーキンソン病等の人に接しながら、医療社会学の著作、論文を多く発表しており、立岩の所属する研究科のALS患者遺族でもある院生をシンポジストとするニューロエシックスの企画を開催、雑誌上などで小泉・立岩との対談を行なってきてもいる。  さらに、連携研究者の石川(社会学)は多くの著作を発表するとともに、コンピュータを存分に利用しながらの研究教育活動を先駆的に行なってきた視覚障害をもつ研究者として知られる。視覚障害者のためのソフト開発も行ない通商産業大臣表彰を受賞している。立岩と石川は20年ほどの研究上の交流があり、ともに障害学会の理事も務める。もう一人の連携研究者の松原(科学史・科学技術社会論)は、2006年度よりALS患者のITコミュニケーションプロジェクトを展開し、2008年度には電子通信普及財団の研究助成金を獲得して、湘南工科大学の研究者と共同で工科系教育と障害者のIT支援をつなぐプロジェクトを開始している。また立岩、小泉、天田との共同研究の蓄積があり、美馬とニューロエシックスに関する対談を公刊している。  このように本研究に最も適していると考えられる人材を配した。各分担研究者・連携研究者は互いの研究をよく知り、これまでの研究で引用・参照している。  日常の通信手段としてはメーリング・リストを使用する。またHPhttp://www.arsvi.comは常時、本企画の進行を互いが確認しながら前進させていくためのメディアでもある。 □B−A.研 究 業 績  本欄には、研究代表者及び研究分担者が最近5カ年間に発表した論文、著書、産業財産権等、招待講演のうち、本研究に関連する重要なものを選定し、現在から順に発表年次を過去にさかのぼり、発表年(暦年)毎に線を引いて区別(線は移動可)し、通し番号を付して記入してください。なお、学術誌へ投稿中の論文を記入する場合は、掲載が決定しているものに限ります。  [略] □B−B.研究費の応募・受入等の状況・エフォート [略] (1)応募中の研究費 [略] (2)受入予定の研究費 研究内容の相違点及び他の研究費に加えて本応募研究課題に応募する理由  グローバルCOEプログラム(H19〜H23)「生存学」創成拠点  グローバルCOEで行うとしたの3つの1つに「学問の組み換え」があり、その一部は本応募研究の課題につながっている。COEは大学院生、PDなど若手研究者の育成に力を注ぎ研究成果を出させることを主目的とする。それに対して本応募研究は、既に研究の蓄積を有する研究者がさらに先導的な研究を推進するものであり、その中に若手研究者の貢献を組み込んでゆく。双方によって研究を推進し成果を生産していく。 (3)その他の活動 [略] ■■ 立命館大学障害学生支援室 テキスト校正ガイドブック 目次 1.はじめに 2.テキスト校正作業の流れ 3.校正作業マニュアル 4.OCR作業マニュアル (資料-1)OCR前→OCR後(未校正)→校正後サンプル集 5.スタッフ養成 (資料-2)講座内容例、使用教材、ポスター例、講座の様子の写真 6.体制 (資料-3)各種書式等 1.はじめに (マニュアルに入る前に・・・) 1-1. なぜきれいな「テキストデータ」が必要になるのでしょうか? 視覚に障害のある学生は、紙媒体の教材を、 ・ 音声化して読む ・ 拡大して読む ・ 点字にして読む ためです。このすべての過程で、テキストデータがあれば大変便利です。たとえば、点字にして読む学生にとって、きれいなテキストデータの入手は点字化に向けた第一次校正物になります。 また、大学院生の研究活動では、大量の文献を読みこなす必要があるため、書籍をテキストデータ化することが欠かせません。あるいは、学部生であれば、毎回の授業で配られる配布資料をデータ化することが中心となるでしょう。ここから、レポートや試験に関わる箇所など、繰り返し確認したい重要な箇所のみピックアップして点字プリントすることも可能です。あるいは、上肢障害のある学生など、紙媒体の情報にアクセスしにくい状態にある学生にとっても便利なものになります。 1-2. なぜ「校正作業」が必要になるのでしょうか? OCRによる文字の誤認識を修正するためです。「ハイテク読書法」(石川2004)=スキャナ、OCR、PCを使った読書法の利点は、点字とは異なり、@本が手に入ったらすぐに読める、A難解な文章も理解できる、B斜め読み、速読、検索等が可能ですが、欠点として、@OCRによる文字の誤認識、A音声ソフトの誤読、B自分で誤りを完全に校正できないということが挙げられます。そこで、目を使って視覚的に誤認識を修正する手作業が必要になります。立命館大学障害学生支援室では、この手作業を支援スタッフにお願いしています。 1-3. きれいなテキストデータ完成までの作業フロー 紙媒体の原本    ↓ スキャン(画像データに変換)    ↓ OCRソフト(活字データに変換)    ↓ テキスト校正作業    ↓ 校正済テキストデータ  =   点訳第一次校正    ↓                     ↓      音声ソフトで読む        自動点訳ソフト(点字データに変換)                          ↓                       点訳校正作業                          ↓                          点字物 2. テキスト校正済データが完成するまでの流れ 2-1. 書籍とレジュメ・配布資料によって完成までのルートが異なります。図に表すと以下のような作業フローになります。 【作業開始まで】 2-2. 紙媒体の原本の持ち込み(担当:障害学生支援室) 利用学生が紙媒体の原本を障害学生支援室に持ち込んだとき、確認する事項は以下の3点です。  1.内容概略、印刷状態、欧文、図・表・グラフ・イラスト有無の説明  2.優先箇所の確認  3.締め切り日(目安として、書籍は1ヵ月後、レジュメは1週間後) 原本別では以下の点に留意して対応します。 ・ 一般書籍の場合・・・ コピーの状態(原稿が荒い、手書き箇所の有無など)、欧文混在かどうか(英語、ドイツ語、アラビア語など)、図・表・グラフ・イラスト等の割合。  ・本学教員による執筆原稿かどうか・・・ 執筆されている教員ご本人に直接データ提供が可能かを問い合わせる、あるいは、学内研究所等の担当者に問い合わせる。  ・紙媒体の配布資料・・・ URL上に同じ情報がないか、各省庁のページ等をチェックする。  ・新聞記事・・・ 論文・記事検索データベースから検索、場合によっては有料記事検索を活用。 これらの確認は、@データ化する元データの情報をユーザーと共有し、A作業時間の見積もりをするために、大切なプロセスです。  授業担当教員が原本を持ち込んだ場合も、まずユーザーとなる学生の意向を確認したうえで、上記の確認作業を進めます。 2-3. 依頼の管理(担当:障害学生支援室)  原本の持込があった時点で、「テキスト校正依頼管理シート」※資料_3各種書式を参照 に依頼内容を入力します。 2-4. 学生スタッフへ依頼するまでの準備(障害学生支援室)  1.書籍、プリント等の原本のコピーを取り、原本は作業が終了するまで支援室にて保管。  2.スキャナ・OCRソフトにかけ、未校正データを作成する    ※OCR作業マニュアルを参照 3.ページ数をカウントし、「テキスト校正アルバイト費申請書」を作成する  ※ページ数のカウントフォーマット、および、申請書フォーマットは、資料_3 各種書式を参照。  このように、「紙媒体の原本コピー、未校正データ、アルバイト費申請書」の3点がセットになれば、依頼前の準備は完了です。 2-5. テキスト校正班への作業依頼(担当:学生コーディネーター)  3点セットが整い次第、学生コーディネーターに連絡をし、障害学生支援室まで原本の状態や締切日設定などの確認に来てもらいます。ここで、一人あたりの作業分量など、学生スタッフの力量、依頼時期(試験間近/長期休暇前など)について学生の立場から助言をもらい、適宜調整を図ったうえで、最終的な依頼内容を決定します。  作業依頼は、学生コーディネーターがMLを使って流します。メール本文の必要記載事項は、  ・書籍名  ・ユーザーの所属、氏名  ・ページ数(できれば内訳も)  ・〆切日 です。たとえば、依頼の書き方例としては以下のようになります。 みなさま  ○○です。  新しい校正作業の依頼が○件来ていますのでお知らせします。  詳細は以下です。  @『  』○ページ  A『  』○ページ  B『  』○ページ  利用学生:○○所属○○さん  〆切日:○月○日 引き受けてくださる方は、ML宛に連絡をお願いします。 各スタッフからのML宛の返信を待って、どの依頼を誰にお願いするのかを職員が決定します。その後、各スタッフが障害学生支援室までセットを引き取りに来て、作業が開始されます。 【作業中】 2-6. 各スタッフによる校正作業  3点セットを受け取ったスタッフは、自宅あるいは大学内のPC自習室などで作業を開始します。作業の過程で不明な点があれば、そのつどMLに投稿して、ユーザーや学生コーディネーター、スタッフ、職員などからのアドバイスを待ちます。  視覚的な情報である傍点をどのように処理するのか、ローマ数字を音声ソフトはどう認識するのかなど、細かな不明点をMLを通して確認し、場合によってはやりとりの内容をマニュアルに随時反映させていきます。 【作業終了後】 2-7. 学生スタッフから校正済みデータの受け取り(障害学生支援室)  校正済みのデータは、障害学生支援室のメールアドレスまでデータ添付(ワード形式)で送付してもらいます。職員は、受け取り確認のメール送信後、完成データをチェックします。  チェック事項  ・誤字脱字がないかどうか  ・省略箇所は適切かどうか  ・校正者注は適当かどうか  残りの原本と申請書は、障害学生支援室まで持参してもらいます。原本はユーザーへ返却し、提出された申請書をもって支援室での謝金処理を開始します。 2-8. 利用者へ校正済みデータの送付(障害学生支援室)  チェックと修正が済み次第、利用者へデータを送付します。  データ送付時の書き方例 ○○様 ○○です。 先般依頼のありました『  』の校正済みデータをお送りします。 ご査収ください。 原本の引き取り及び個人利用誓約書の提出をお願いします。 何か不都合があればお知らせください。 2-8. 個人利用誓約書の提出(ユーザー)  支援室にて書類を準備し、ユーザーに署名(代筆)および捺印をもらう。 ※ 個人利用誓約書については、資料_3 各種書式を参照。 3. 校正作業マニュアル 3-1. 校正にあたる際の心構え  ユーザーは、私たちが校正したデータを音声ソフトにかけて使用します。校正にあたる際は、音声ソフトにかけたらどのように読まれるのか、常に念頭において作業をしましょう。  また、ユーザーは、これらの文献をただ読むだけではなく、使用して論文を書くこともあります。したがって、論文に正しく引用することができるよう、また、書名、著者名、ページ数など正しい情報が提供できるよう、原本に忠実な校正作業が要求されます。校正にあたる際の大原則は「原本に忠実に」です。 3-2. テキスト校正の基礎 1.文字単位の校正  OCRソフトでスキャニングしたデータには「誤認識(文字化け)」が含まれています。特に、漢字や英数字は文字化けしやすいので注意してください。また、画数の多い漢字や部首が同じ文字は似た形の文字に変換されている場合があります。これらひとつひとつを確認し、校正して正しい文章に直してください。 <よくある誤認識> −(マイナス)/―(ダッシュ)/―(長音)/一(漢数字の「いち」) 者/老 日/目 図/圏/園/国 など 2.段落の校正  段落は基本的に原本に忠実に挿入してください。  まず、段落の頭は1マス空けます。原本で1マス空けていないところ(文章がつながっている、段落分けをしていないなど)はそのまま文章を続けて下さい。  文章が続いているのに改行コードがついている場合は、改行コードをはずしてください。 3.ルビがある場合の校正  原本の文章中にルビ(よみがな)がふってあるところは文字化けしやすくなっていますのでよく注意して下さい。  ルビがふってある箇所は以下のように校正してください。 <ルビがある箇所の校正> 幸せの範疇(カテゴリー) → 幸せの範疇(カテゴリー)  また、人名は音声ソフトでは正しい読みがされない場合があります。そのような場合でもこの校正方法は有効です。 4.語句が強調されている場合の校正  傍点や太字、斜体等で語句が強調されている場合は、強調されているということを括弧書きで付け加えます。一文全てに傍点がついていたり太字になっていたりする場合は、間を省略して、一文の始めと終わりだけを示します。 <語句に傍点がついている場合の校正> テキスト校正 → テキスト校正(校正者注:「テキスト校正」傍点) <語句が太字になっている場合の校正> テキスト校正 → テキスト校正(校正者注:「テキスト校正」太字) <語句が強調のために斜体になっている場合の校正> テキスト校正 → テキスト校正(校正者注:「テキスト校正」斜体) ※強調のためではなく、特別な意味がなく斜体になっている場合(固有名詞であるため等)は、括弧書きを付ける必要はありません。斜体を標準文字に直して校正してください。 テキスト校正 → テキスト校正 <一文全てに傍点がついている場合の校正> 立命館大学障害学生支援室テキスト校正班次回ミーティングは、9月末に行います。 →立命館大学障害学生支援室テキスト校正班次回ミーティングは、9月末に行います。(校正者注:「立命館大学〜行います。」傍点) 5.ページ番号の挿入  校正データには必ず原本のページ数と同じページ番号を挿入します。まず、ページ番号を書く行のひとつ上の行を一行空けて下さい。そして、ページ数を「p○○」とすべて半角英数字(半角)で記入して下さい。 ページを記入した次の行から本文を開始してください。  この作業は、パソコン上の「検索」機能を使って、データを利用される障害学生の方が探したいページ番号にすぐにたどり着けるようにするために行ないます。必ず「p○○」の形と一行空けることを忘れないようにしてください。  文章が次のページにまたがる場合は、文章の途中でも新しいページ番号をつけ、その後文章の続きを書き込んでください。  ページ数がローマ数字(@、A、T、Uなど)で表記されている場合、ローマ数字は音声ソフトで読むことができますので、そのままローマ数字で校正してください。アラビア数字(1、2など)に書き換える必要はありません。 6.英数字の校正  文章中に英数字が出てきた場合は、すべて半角英数字を使用してください。半角・全角が混合してしまうと、検索時にヒットしないことがあります。  また、下記のような誤認識には十分注意してください。 <英数字によくある誤認識> 0(数字のゼロ)/O(ローマ字の「オー」)/o(小文字の「オー」)/○(記号の「まる」) 1(数字の「いち」)/I(ローマ字の「アイ」)/l(小文字の「エル」)など パソコンでは表示できない、英語以外の言語で書かれているテキストの場合(例えばドイツ語の人名や書名など)、表示範囲での校正で構いません。 7.図・表の省略  原本中に出てくる図や表は基本的に割愛します。ただし、表の一部には文章化できるようなものもありますので、その場合は文章化してください。(利用される障害学生の方の依頼内容に左右されます) <図・表の省略の仕方>  図・表の省略を行なった後は必ず「どの図・表を省略したか」を記入してください。 例:「○○○の統計」省略 8.注釈の校正  基本的に原本に忠実に行なってください。注がついている言葉のすぐ後ろに(1)や(※)を書くなどして、注釈の番号と揃えておいてください。  注釈は本文に比べ、さまざまなパターンのものがあります。以下、よく校正者が迷うパターン例を挙げておきます。   <特殊記号が使用されている場合> †、‡等の特殊記号が使用されている場合、これは音声ソフトで読むことができないので、(注1)等に置き換えてください。   <特殊文字ではない記号が使用されている場合> 特殊文字ではない記号、例えば☆や△、□等が使用されている場合、これは音声ソフトで読むことができるので、そのままの記号で校正してください。   <縦書きの文章の最後に横書きの注釈がついている場合> 文章は縦書きであるが、注釈のみ横書きである場合、注釈が裏表紙の方から始まる形になります。この場合、注釈のページ送りがp255→p254→p263といった様に逆送します。この様なテキストについては、ページ送りは逆送しますが、文章の流れにしたがって校正するようにしてください。 <注釈や参考文献が英文テキストの場合> 注釈や参考文献で、ほとんどが英文のテキストの場合、日本語メインでOCRソフトをかけたデータと、英文メインでOCRソフトをかけたデータの2つを渡します。それらのデータをコピー&ペーストしながら校正作業を行うと、比較的負担が軽減します。  9. 目次について  ・目次のOCR(スキャナ取り)は原本レイアウトの関係で完璧には取れません。 校正がしやすいようにページ数をスキャナ取りしない場合もあるのでその場合は自身でページ数を打ち込んでください。 ・どのような目次でも項目の後にページ数が掲載されていますが、レイアウトが原本によって色々なためページ数の前に「―」、「――――」、「…」、「………」、「 」(スペースのみ)と空間の長さがまちまちな場合がありますが、それぞれ原本に合わせて「―」、「…」、「 」一文字分でページ数をいれるようにしてください。 ※ 目次のこの部分に限っては原本に忠実な長さにする必要はありません。 ※ また原本の中央に文字がレイアウトされていても校正時は中央揃えする必要は ありません。 〈例:原本〉 2007さぽーとフォーラム ―考えませんか?障害学生支援のこれから。― 目次 はじめに………………………………………………………………………… 1 2007さぽーとフォーラム……………………………………………………… 3 第1部 パネルディスカッション………………………………………………5 はじめに:各大学の取り組み紹介          テーマディスカッション:障害学生支援について考える ・独自の支援体制について ・支援の課題 ・離れたキャンパスをつなぐには ・質疑応答 フォーラム座談会 〜パネリスト'sQ&A〜……………………………………37 コラムさぽーとフォーラムの情報保障…………………………………………47 第2部 交流会……………………………………………………………………52 コラム みんなが参加できる交流会を作るまで………………………………58 おわりに……………………………………………………………………………66 〈校正後〉 2007さぽーとフォーラム ―考えませんか?障害学生支援のこれから。― 目次 はじめに…1 2007さぽーとフォーラム…3 第1部 パネルディスカッション…5  はじめに:各大学の取り組み紹介  テーマディスカッション:障害学生支援について考える  ・独自の支援体制について  ・支援の課題  ・離れたキャンパスをつなぐには  ・質疑応答 フォーラム座談会 〜パネリスト'sQ&A〜…37 コラムさぽーとフォーラムの情報保障…47 第2部 交流会…52 コラム みんなが参加できる交流会を作るまで…58 おわりに…66 10.その他 (1)原本自体の表現が間違っている →原本の文章には、極まれにスペルミスや誤字脱字など、日本語が通じていないものなどが含まれることがあります。この場合は自分で訂正せず、あくまで原本に忠実にしてください。 (2)書籍によって「、」「,」が異なる →原本が使用している記号を使ってください。 ● 便利な機能 ・編集記号を出す  編集記号を出すと、スペースや改行をどこで使ったかがわかりやすくなります。 (編集記号の表示/非表示の切り替え方法) ツールバーの【編集記号の表示/非表示】ボタンをクリックします。表示/非表示が切り替えられます。      ・置換作業で一括変換 「置換」機能を利用して同じ文字化けを一括で訂正することができます。[編集]→[置換]を選択し、検索する文字と置換後の文字を入力します。(フォントが異なるところを置換変換する場合はオプションを使うと一括で直すことができます) 作成日…2007年11月28日 文学部 山ア志保 第1回改訂…2008年8月26日 第2回改訂・・・2008年9月29日 法学部 伴佐和子 【参考】青木慎太朗(2006)テキスト校正の基礎  立命館大学障害学生支援室主催講習会資料 4. OCR作業マニュアル  ここでは、テキスト校正作業に適したOCR作業の手順について概説します。立命館大学障害学生支援室で使用している機器は下記です(各1)。 使用機器:  OCRソフト e-Typist v.11.0 スキャナ canon DR-9080c TWAIN 4-1. e-Typistの使い方 e-Typistの使い方の大きな流れは以下のとおりです。 1.e-Typistを起動する   ↓ 2.画像を読み込む(スキャンする)   ↓ 3.画像の修正   ↓ 4.レイアウト解析   ↓ 5.文字認識   ↓ 6.認識結果をファイルに保存する 1.e-Typistを起動する デスクトップの e-Typist v.11.0 をクリックし立ち上げる。 2.画像を読み込む(スキャンする) @字のある方が上になるように原稿をスキャナにセットする。 ファイル(F)→スキャナの選択→canon DR-9080c TWAIN に合わせてOK A スキャナから画像を読み込みます をクリック モード 白黒 用紙サイズ スキャンする用紙のサイズに合わせる (B4より大きなサイズは最大サイズを選ぶ) 解像度(DPI)  出来るだけ600で取る ※「DPI」とは、スキャンした画像の解像度を示す。数字が大きくなるほど画像がきれいになり、認識率も上がる。ただし、数字が大きくなるにしたがって、スキャニング時間も長くなる。   ※分厚い本などで元原稿のコピーの片ページが極端に斜めになっている場合特に。低い解像度でスキャンすると見開き手動補正が出来ない場合がある。 詳細設定 をクリックし文字方向検知にチェック?を入れる フィルタ をクリックし孤立点除去、ノッチ除去、黒枠消しにそれぞれ チェック?を入れる OK をクリック Bスキャンする→スキャン結果が画面に出る 3.画像の修正 認識枠を取る前に・・・ ★「見開き手動補正」を行う   スキャナ画面の 回転→見開き自動補正→補正実行 スキャナ結果で片ページが極端に斜めになっている場合は(分厚い本などはコピー時にどうしても歪んでしまう)、「見開き手動補正」で1枚ずつ直すこと(この作業は複数ページを一度にすることはできない)。ゆがんだまま作業を進めると、文字認識をした時に片方のページが全て文字化けし、後の校正が非常に大変なことになる。 コピーの中央が歪んでいるときは中央線も移動させること。  ★黒地に白抜きの文字は黒白反転しておく   スキャナ結果画面で 範囲設定 を 画像修正 にし、範囲をマウスで決めてから   反転表示をクリックする。 ★「認識属性」を決めておく 左から領域種別、言語、段組、改行コード挿入指定、空白文字挿入指定、 データ区切り、認識字種別設定、ルビ認識。 ○領域種別   文章領域→普通の文章   表→表になっているものや目次、索引など   図→図は取らないのでほとんど使わない ○言語の設定   日本語、英語、日本語(欧文混在)、など。設定する言語に?を入れる。 1.元原稿が縦書きで途中に英語(横書き)が混じっているページ →日本語で認識すると英語部分は全て文字化けする。 明らかに英語の部分の方が多い場合は、原稿を回転させて 英語で認識してしまう方が良い。(校正時、日本語を入力する方が楽なので) もしくはスキャンするときに2重取りする。(日本語取りと英語取りの2種類) 2.原稿が横書きで途中に英語が混じっている場合 →言語の日本語(欧文混在)にチェック?を入れる。 (ただしこの場合、英文の単語は全て繋がって認識されるので校正時に単語と単語の間にスペースを入れ込む必要がある。) 全て英文のときは英語にチェック?を入れる。 (この場合はスペースが入って認識される。) ○段組→自動にチェック。 縦書きの文章に絵や図のキャプションが横書きで入っている場合などで あまりに細かい場合は段組を指定する。   ○改行コード→文章に合わせて…毎行改行、自然改行を選ぶ。本文などは自然改行にするとよい。   ○空白文字挿入指定→空白出力にすれば段落はじめの一段落とす空白を認識する。   ○データ区切り→文章領域の下線削除に? ○認識字種別設定→認識文字種すべてに? ○ルビ認識→「文章中に挿入」にするとほぼルビ部分を(  )内に入れて認識する。 ただし本文中の傍点(例:その結果)はすべて(へへへへ)と認識する。 4.レイアウト解析 方法1.手動でひとつずつ(こちらがオススメ) ・マウスのクリック&ドラッグで認識枠をひとつひとつ設定していく。 方法2.自動で一気に スキャン結果を全て選び、 自動レイアウト解析 をクリック。    ※この方法で一気に認識枠をとることもできるが、原稿内のページ数や黒くなってしまった部分まで認識してしまい、後の校正がやりにくいことがある。文字化けも多い。 5.文字認識 全ての認識枠を取ってから、画像リストのところで「全て選択」にし 文字認識を実行します をクリック →認識結果が画面に出る 6.認識結果をファイルに保存する  認識結果をフィルに保存します をクリックし、デスクトップに名前を付けて保存する。 ※ 保存はテキスト形式です。 その他(日欧混合の場合) e-Typistは日本語の縦書きの文章中に出てくる英語(欧文)を正確に認識できません。縦書きの日本語文章中の欧文については、英語の部分がすべて文字化けしてしまいます。  そこで、欧文の割合の多い原稿の場合は、@日本語設定での認識→A英語設定での認識の2段階を踏ませることで、日本語認識版、英語認識版の二つの認識データを作っておくと、校正者の作業が楽になる場合もあります。 作成日・・・ 2008年7月31日 共通教育課 岸本麻里 5.スタッフ養成方法  テキスト校正サービスの利用者(大学院生)とテキスト校正班の学生コーディネータに講師となってもらい、パソコンを使った実習型の講座を年に2回程度実施しています。重要なのは、ユーザーに講師としての協力をしてもらうことです。講座の受講生たちは自分が作業したデータが、誰にどのように使われるのか、また、ユーザーの使いやすさのためには何に留意すべきなのかを、講座の場で体感することができます。  テキスト校正の作業自体は、自宅やPC自習室などで個人で行う単調な作業のため、養成講座の機会に完成物の用途についての具体的なイメージをもつことは、とくに大切だといえるでしょう。 概要 頻度:年に2回程度 場所:情報処理実習室、ノートパソコン数台を借りてセッティングした教室など 講師:利用者(大学院生)、学生コーディネーター 内容:第1部として、テキスト校正の基本的な知識を「テキスト校正とはなにか」「どのように役立っているのか」についての講義、第2部として、パソコンを使った校正作業の体験 2008年度の講座のコンテンツは以下。 1、 あいさつ 障害学生支援室 二階堂 2、「テキスト校正ってどんなもの?」   講師…立命館大学大学院 総合先端学術研究科所属 植村 要 3、テキスト校正班紹介  4、校正作業解説・実習   講師…立命館大学法学部現代法専攻3回生 伴 佐和子 5、音声データを聞いてみよう!!  「テキスト校正はどのように活用されるの?」  利用者である大学院生にはどのようにデータを使って読書をしているのかを自身のPCに入っている音声ソフトを稼動させて実演してもらいます。学生コーディネーターには、テキスト校正の作業マニュアル、作業の流れについてのレクチャーと、テキスト校正班の運営についての説明をしてもらいます。  講座は、情報処理実習室など受講者ひとりひとりにPCが行き渡る環境を整え、一定時間、実際に作業してもらいます。実習時間中の細かな質問は、アシスタント(学生スタッフ)が応える体制を組みます。 6.立命館大学障害学生支援室 テキスト校正サービスの体制  立命館大学では2006年9月に障害学生支援室が設立され、テキスト校正サービスは2007年4月から本格始動しました。テキスト校正サービスは、聴覚障害学生へのノートテイクサービスとは異なり手本となる支援方法や支援体制が見当たらなかったため、常に模索しながらの歩みでした。そんななか立ち上げ当初から大切にしてきたのは、支援を使う/支援を担う学生に深く関与してもらいながら運営していくこと。そこで、障害学生支援室の職員が直接学生スタッフに業務を振り分けるのではなく、テキスト校正の養成講座を受講したメンバーから成る「テキスト校正班」を形成し、この運営を利用者と学生スタッフにある程度任せることで、関与するメンバーのサービスの使いやすさ/作業のしやすさを丁寧に拾い、実際の運用に反映させてきました。ここでは、テキスト校正班の運営を中心に、現在の立命館大学の体制を紹介します。 6-1. 概要 利用者数:大学院生4名、学部生2名 学生スタッフ数:大学院生2名、学部生 名 職員体制:全体マネジメント(専門契約職員)2名      OCR/校正作業等担当(派遣職員)1名 週5日午後のみ 学生コーディネータ(有償)の設置:ミーティングやMLの運営、講座の講師、作業依頼の打診、フォロー等を行う学生スタッフを1名配置 謝礼(出来高制): A 註、参考・引用文献部分:200円/1ページ B A以外の部分:80円/1ページ 6-2. テキスト校正班の運営 テキスト校正班は、ミーティングの実施と、メーリングリスト(以下ML)の活用の2つの方法が核となって運営されています。ミーティング、MLともに、ユーザーが参加し、意見交換を行っています。 1 ミーティング 1-1. ミーティングの概要  テキスト校正班スタッフが行うミーティングは、以下の3つが挙げられます。   @定期ミーティング(月1回、スタッフ・職員・ユーザーが参加)   A臨時ミーティング(不定期、スタッフ有志・職員が参加)   B運営ミーティング(定期・不定期、学生コーディネーター・職員) @定期ミーティング  定期ミーティングは、通常本学の大学開講中の平日の月1回、昼休みの30分間を使って行われています。  主な目的は、スタッフへの依頼分担・依頼の到着状況の説明、作業後の感想を元に新たなマニュアル作成に向けた意見交換、ユーザーによるスタッフへの作業要望、スタッフとユーザーの交流、職員からのスタッフへの指示などです。現在本学のBKCキャンパスでも、文章校正スタッフの活動を始めたため、学生コーディネーター・職員が参加して、BKCでスタッフミーティングを行っています。  日程調整・ミーティングの司会・議事録作成は、全てコーディネーターと職員の共同作業となっています。なお、定期ミーティングは以下のような手続きを経て、開催されます。 毎学期初にミーティング開催希望日をMLで確認(学生コーディネーター)       ↓ スタッフからの返信  ※学生コーディネーターが意見を集約       ↓ 定期ミーティングの開催日決定 ※学生コーディネーターが参加可能な日を選択。職員も決定に関与。       ↓ 開催日1週間前にMLにミーティング開催日通知(学生コーディネーター)  ※学生コーディネーターが当日までにレジュメを作成。   重要な議題はあらかじめMLに記載することもある。      ↓ 定期ミーティングの開催  ※ユーザーも参加。スタッフがユーザーの意見を直接聞ける良い機会になっている。       ↓ コーディネーターによる議事録作成とMLへの配信 ※ミーティングに同席した職員のチェックを経た後、MLに配信される。MLに携帯しか登録していないスタッフにも配慮して、txtファイルで議事録をメール添付する。 A臨時ミーティング 分量の大変多い作業依頼が一時にがあった時、これまでとは全く違う形式の作業を求められた時、新規スタッフの募集に関する相談は、スタッフ有志・職員が集まって臨時ミーティングが行われます。現在では、作業ごとにワーキング・グループを作って、特殊な業務にあわせた作業のルール作りを行っています。定期ミーティングと同様、議事録に関してはMLを通して配信することで、欠席したスタッフへの周知徹底を図っています。 B運営ミーティング  定期ミーティング前、スキャナや障害学生支援室のシステムの変更、ユーザーからの依頼のスタッフへの割当、新規加入スタッフのフォロー、学生コーディネーターの業務引継ぎなどの場合に開催されます。基本的に、学生コーディネーターと職員のみで行います。 1-2,ミーティングの意義 ここでは、さきほど述べたミーティングを実施する意義について整理してみます。 @定期ミーティング a,現在の組織の問題点がスタッフ・職員・ユーザー間で共有される。 b,スタッフ間の作業方法の改善要求が提示され、課題が職員・学生コーディネーターに認識される。 c, ユーザーの視点から、テキスト校正班スタッフの作業の改善が可能になる。 d,ユーザーの参加によって、スタッフのモチベーションの向上、作業の意義の実感につながる。 e, 作業の割当を効率よく行える。もしくはあらかじめ作業を引受けてくれそうなスタッフの見当がつけられる。ユーザーへの予想引渡し期間を告げやすい。 f,スタッフ・職員間の連帯感が高まる。   A臨時ミーティング   a,メンバーを固定することで、定期ミーティングよりもスタッフ間の連帯感が高まる。また職員・学生コーディネーターも作業参加者1人1人に目が行き届き安くなり、フォローが手厚くなる。   b,スタッフ有志が参加するために、問題意識・方向性が明確になり、作業がはかどる。   c,議論をMLに流すことで、さらにスタッフの結集を図れる。    B運営ミーティング   a,学生コーディネーター・職員間での情報の共有が可能になる。   b,定期ミーティングでの議題が明確になる。定期ミーティングの円滑な運営が図れる。   c,代々の学生コーディネーターのノウハウの伝達の場となっている。   d,定期ミーティングで出た議論・問題点を追及する機会となっている。   e,文章校正作業のルール作りの場となっている。 1-3,ミーティングの課題  @ミーティング参加者の固定化。   →「スタッフ有志」と定期ミーティング参加メンバーの同一化が進んでいる。    活発な議論や、スタッフ全員の状況把握が困難になっている。  A他キャンパスとの提携   →BKCスタッフが2008年12月から加入したが、学生コーディネーターはKICに1名がいるのみ。職員が週2回BKCに出向いているが、KICスタッフと比較すれば、スタッフ同士の交流、作業のフォローは手薄に。KIC・BKCの交流が絶えないように今後対策を考えていく必要がある。  Bユーザーの参加を増やすこと   →原則としてユーザーもミーティングに参加してもらうことになっているが、なかな      か日程を合わせることが難しい。ミーティング以外にもユーザーとスタッフの交流の機会を設けていく必要がある。  Cスタッフの回生のバランス   →現在主に活動しているスタッフは、3回生が中心である。就職活動等で活動できなくなるなど、スタッフの回生のバランスを良くすることは、文章校正スタッフの活動を円滑にするため、スキルの伝達をうまく行うために重要な課題である。 2 MLの活用 2-1,MLの概要  MLでは、作業依頼の受諾、作業に関する質問の受付などが行われます。先に述べた通り、テキスト校正班スタッフの作業は、ミーティングとMLが運営の核となっています。ここでは、テキスト校正班スタッフのML活用について説明します。 @作業依頼の受諾  スタッフへの作業依頼は、ミーティングの時に決定することもありますが、主としてMLによって作業者の決定がされます。作業依頼のMLの文面は前述の通りです。基本的に先着順で作業者が決まります。 A作業に関する質問の受付  作業に関する疑問・質問は、通常MLで受け付けます。これはスタッフが各種ミーティング以外になかなか顔を合わせる機会がないというこのサービスの特徴からくるものともいえます。 また、大きな特徴としてこのMLには、ユーザーが参加している点が挙げられます。ユーザーの視点から校正作業へのアドバイスをもらうこともでき、ユーザーのMLへの参加は、校正作業へのルール作りにかかせない要素となっています。 2-2,MLの意義  @作業依頼の受諾   a,作業者の都合の良い時間に、作業の受諾を決められること。   b,MLに返信することで、未受諾の仕事の一覧がわかりやすいこと。   c,誰が作業をしているかユーザーに「顔」が見える。   A作業に関する質問の受付 a,MLで議論した内容が残り、マニュアル作りの際に参考になること。   b,MLの議論は、いつでも誰でも参加しやすいこと。   c,スタッフの議論がわかることで、ユーザーにも改善点が提示しやすい。   d,頻出する疑問点は、新規スタッフへのスキルの伝達の際に参考になる。 以上 ■■第5章 スーダン視覚障害学生支援の現状と課題  1 立命館大学における支援の現状からスーダンでの支援を考える 植村要、青木慎太朗、韓星民 ◆要旨 T 目的  障害児への教育の取り組みには、長い歴史がある。堀は、障害者問題についての諸説を社会的な問題として捕らえなおし、歴史的変遷から障害児教育のパラダイムについて考察している(堀 1994)。中村・荒川は、ヨーロッパと日本における障害児に対する公教育の歴史的変遷を記述している(中村・荒川 2003)。  これらの記述の中に、ほとんどといっていいほど登場しない地域が、アフリカである。では、アフリカでは、障害児教育に対する取り組みがなかったかというと、かならずしもそうではない。亀井は、フォスターという人物に注目して、今日の西・中部アフリカ諸国におけるろう者への教育と手話・コミュニティのあり方が、いかなる経緯で形成され、現在に至ったかを歴史的に明らかにした(亀井 2006)。では、アフリカにおける視覚障害児教育は、どのように行われているのか?また、これらのほとんどは、初等学校における公教育を対象にしている。それでは、障害児の高等教育は、どのように行われてきたのか?  途上国の障害者の開発について、森は、近代の成長モデルでは、障害者は開発の外に置かれて、慈善の対象にされてきたが、途上国の障害者への援助においては、先進国と同じ道を行って、同じ課題を抱えることのないように行わなければならないこと、また、途上国の障害者は、障害の問題だけでなく、非障害者と同じく貧困・失業・差別の問題の両方にさらされていることに注意が必要であること、などを指摘する(森 2008)。この指摘を踏まえて、本報告は、視覚障害のある学生・院生が大学で学習・研究を遂行するために必要とする支援を充実させるために、日本とアフリカの現状を捉え直し、今後の取り組みに向けての課題を整理するものである。  アフリカの現状としてはスーダンを取り上げ、CAPEDS(Committee for Assisting and Promoting Education of the Disabled in Sudan:スーダン障害者教育支援の会)の活動を事例とする。国際援助機関の取り組みが人道援助・復興支援を重視するのに対して、見過ごされがちな障害者への教育の充実を目的に活動するのがCAPEDSである。その中心メンバーは、ハルツーム大学を卒業後、日本の大学に留学している3人の視覚障害のある学生である。このCAPEDSの活動から明らかになるスーダンにおける視覚障害のある学生への支援の現状を整理する。  日本の現状としては、立命館大学の取り組みを事例とする。2007年の障害学会第4回大会では、立命館大学における障害学生支援を題材に、4つのポスター発表が行われた。報告者らは、視覚障害のある学生が必要とする支援とその技術を整理し、立命館大学において生じた問題の一つの事例を報告した(青木・植村・後藤・成松・韓 2007、韓・青木・亀甲 2007、植村・青木・伊藤・山口 2007)。また、後藤・二階堂は、教育機関である大学における障害のある学生に対する「支援」が、結果として現状の社会に順応する(無批判な)主体の再生産を担っていることを指摘した(後藤・二階堂 2007)。  スーダンの現状については、本報告と連続する報告である斉藤・植村・韓(2008)において報告する。そこで、本報告では、日本の現状を紹介する。こうして整理された課題を通じて、視覚障害のある学生・院生への支援のさらなる充実に向けての提案を試みる。 X スーダン視覚障害学生支援への提案  視覚障害をもつ学生への紙媒体の文字情報へのアクセスの支援には、設備費・人件費・人材養成費のための財源と、作業とコーディネートを担う人材が必要である。しかも、これは十分な両が継続的に確保されなければならない。加えて、学習支援と研究支援の両者にわたる制度設計が必要である。  さらに、大きな枠組として、視覚障害者の紙媒体の文字情報へのアクセスに要する「作業」と「費用」の負担の分配がいかにあるべきかを検討する必要がある。 <注> (*1)本節は、立命館大学障害学生支援室ホームページを要約したものである。 (*2)本節は、先端研院生会が、2008年度に先端研教授会に提出した要望書を要約したものであり、草稿段階で、先端研院生会の指示に従って必要な修正を加えた上で、掲載の許可を得て掲載するものである。 <参考文献> ・青木慎太朗・植村要・後藤吉彦・成松一郎・韓星民, 2007, 「視覚障害学生支援の技法・1――情報保障の方法と課題」障害学会第4回大会ポスター発表. ・CAPEDS(Committee for Assisting and Promoting Education of the Disabled in Sudan:スーダン障害者教育支援の会) http://capeds.org/default.aspx ・後藤吉彦・二階堂祐子, 2007, 「大学の障害学生「支援」についての一考察」障害学会第4回大会ポスター発表. ・韓星民・青木慎太朗・亀甲孝一, 2007, 「視覚障害学生支援の技法・3――情報保障のための活字読み上げ支援技術の現状と課題」障害学会第4回大会ポスター発表. ・堀正嗣, 1994, 『障害児教育のパラダイム転換──統合教育への理論研究』柘植書房. ・石川准, 2004, 『見えないものと見えるもの――社交とアシストの障害学』医学書院. ・亀井伸孝, 2006, 『アフリカのろう者と手話の歴史』明石書店. ・森壮也 編, 2008, 『障害と開発――途上国の障害当事者と社会(研究双書No.567)』日本貿易振興会アジア経済研究所. ・中村満紀男・荒川智, 20031020, 『障害児教育の歴史』明石書店. ・日本学生支援機構学生生活部特別支援課, 200806, 「平成19年度(2007年度)大学・短期大学・高等専門学校における障害学生の修学支援に関する実態調査結果報告書」 ・立命館大学障害学生支援室 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/ac/kyomu/drc/index.html ・斉藤龍一郎・植村要・韓星民, 2008, 「スーダン視覚障害学生支援の現状と課題――スーダンに今必要な技術支援と当事者による支援」障害学会第5回大会ポスター発表. ・植村要, 2008, 「出版社から読者へ、書籍テキストデータの提供を困難にしている背景について」『Core Ethics』4:13-24. ・植村要・青木慎太朗・伊藤実知子・山口真紀, 2007, 「視覚障害学生支援の技法・2――立命館大学における視覚障害のある大学院生への支援についての一事例」障害学会第4回大会ポスター発表.  2 スーダンに今必要な技術支援と障害当事者による支援 斉藤龍一郎、植村要、韓星民 協力:スーダン障害者教育支援の会(CAPEDS) 問題意識 ・昨年3月、スーダンから日本へ留学している視覚障害者が中心となって「スーダン障害者教育支援の会(CAPEDS)」を立ち上げた。 ・障害当事者が母国の障害当事者を対象とした国際協力活動が記録される機会は貴重と考える。 ・CAPEDS、ハルツーム大学障害を持つ卒業生の会との共同研究も視野に入れた取り組みを検討したい。 スーダンにおける視覚障害者支援の現状 ・首都ハルツームに、唯一の盲学校がある。 ・この盲学校は、私立学校で初等課程のみ。 ・在校生は、100人程度。 ・多くの視覚障害者は、地域の小学校へ就学する。 ・ハルツーム州教育省は、視覚障害者を対象とした教育支援の中核校を設置し点字教育のできる教員を配置するという取り組みを行っている。 ・他州では、取り組みがなく、地域の小学校へ就学した視覚障害者が点字を学ぶ機会はない。 ・スーダンでは、1990年代半ばに小学校7年、高校3年、大学へと教育制度が変わった。 ・視覚障害者の高校進学率も高まっている。 ・1990年代後半、CAPEDSメンバーがハルツーム大学に進学した頃、すでに60人ほどの障害者が在籍していた。 ・大学入試は、全国統一試験のみ。 ・障害者の受験にあたっての特別な支援の仕組みはない。視覚障害者は、協力者が読み上げる試験問題に口頭で回答し、それを協力者が記述する形で受験している。 ・大学は、入学手続き時に、障害者の入学希望を初めて知る。 ・CAPEDSメンバーの一人は、入学時に特別な支援を求めない旨の誓約書提出を求められた。 IT技術による視覚障害者支援の可能性 ・日本では、近年、急速に発達したIT技術を利用した音声読み上げソフト、点訳ソフト、点字プリンター、点字ディスプレーなどの視覚障害者支援機器が、広く利用されるようになった。 ・CAPEDSメンバーも、日本へ留学して、IT技術を利用することができるようになった。 ・アラビア語圏でもPC利用は広がっており、アラビア語の音声読み上げソフトも開発されている。 ・ハルツーム大学では、視覚障害者学生団体の要求に応じて障害者支援室と音声読み上げソフトがインストールされたPCが用意された。 スーダンにおけるIT技術利用の現状と課題 ・ハルツーム大学の障害者支援室と音声読み上げソフトがインストールされたPCは学生が自由に利用できる環境になかった。 ・障害を持つ卒業生の多くは、IT技術を習得しておらず、就労に活用できないでいる。 ・IT技術に触れ学ぶ機会の拡大が必要。 ・高価なPCを利用できる環境整備が必要。 ハルツーム大学における障害当事者の活動 ・約16000人の学生が在籍するハルツーム大学には、60人ほどの障害学生が在籍し、障害を持つ卒業生の会も存在する。 ・2000年ごろ、ハルツーム大学在学の視覚障害者たち自身による学生団体が結成され、大学に障害学生支援を訴えた。 ・その結果、障害学生支援ボランティア募集のための取り組みが始まり、障害者支援室と音声読み上げソフトをインストールしたPCが使用できるようになった。 ・ハルツーム大学による障害学生の就職支援は行われておらず、障害学生の就職率は低い。 CAPEDSの取り組み ・発足前に、点字板を贈る取り組み。 ・昨年8〜9月に、スーダンを訪問したメンバーが、卒業生の会、中核学校教師らと面談を行い、ブラインド・サッカー講習会を開催。 ・今年8月、アラビア語スクリーン・リーダー5セットの使用権を卒業生の会に提供。 ・大学内に卒業生の会が用意したPCを設置した支援室が設けられ、発足式が行われた。 アフリカ障害者の10年と障害当事者による支援 ・アフリカ連合(AU)は2000年〜2009年を「アフリカ障害者の10年」に定めている。 ・2002年から、(独法)国際協力機構(JICA)、DPIに本会議による「アフリカ障害者の地位向上研修」が実施されている。 ・2004年から南アに「アフリカ障害者の10年」事務局が常設されている。 ・アフリカ障害者の10年の取り組みは、まだアフリカ諸国の全てに及んでいない。 ・境遇、経験に共通項の高いハルツーム大学在学者が留学先の日本で立ち上げたCAPEDSの取り組みは、アフリカ障害者の10年にとっても貴重なモデルとなりえる。 共同研究の可能性 ・CAPEDS、卒業生の会という障害当事者による問題解決を図る意欲と調査・研究能力を持つ団体が存在する。 ・ハルツーム大学における取り組みを見て、さらに多数の障害当事者が在籍する大学での取り組みを求める声がある。 ・新しい調査・研究の方法が見いだされる可能性がある。