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『アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか』

濱野 智史 20081027 エヌティティ出版 352p.


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■濱野 智史 20081027 『アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか』,エヌティティ出版,352p. ISBN-10: 4757102453 ISBN-13: 978-4757102453 \1995 [amazon][kinokuniya]

■内容

内容紹介
ウェブから生まれた新世代の社会分析。
本書ぬきにニコニコ動画は、そして日本社会は語れない。
東浩紀

ミクシィ、2ちゃんねる、ニコニコ動画、ケータイ小説、初音ミク……。日本のウェブサービスは固有の形に進化している。他の国にはない不思議なサービスの数々は、なぜ日本独自の進化を遂げたのか。
本書は日本独自の〈情報環境〉を分析し、日本のウェブ社会をすっきりと見渡していく。
ゼロ年代を代表する最注目の若手論客による、日本の〈情報環境〉を検証する決定的一冊。

内容(「MARC」データベースより)
ミクシィ、2ちゃんねる、ニコニコ動画、ケータイ小説、初音ミク…。他の国にはない不思議なサービスの数々は、なぜ日本独自の進化を遂げたのか。ウェブから生まれた新世代の社会分析。

著者について
濱野智史(はまの・さとし)
1980年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。同大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。専門は情報社会論。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員を経て、現在、株式会社日本技芸にてリサーチャーを勤める。情報環境系の研究者として高い注目を集めている。初の著作。
ニュースサイト『Wired Vision』にて「情報環境研究ノート」を連載中。

■目次

第1章 アーキテクチャの生態系とは?
第2章 グーグルはいかにウェブ上に生態系を築いたか?
第3章 どのようにグーグルなきウェブは進化するか?
第4章 なぜ日本と米国のSNSは違うのか?
第5章 ウェブの「外側」はいかに設計されてきたか?
第6章 アーキテクチャはいかに時間を操作するか?
第7章 コンテンツの生態系と「操作ログ的リアリズム」
第8章 日本に自生するアーキテクチャをどう捉えるか?

■引用


■書評・紹介


■言及

ネットのことを「メディア」として捉えるのではなく、「アーキテクチャ」として捉えていきます。アーキテクチャとは、英語で「建築」や「構造」のことですが(その語源はギリシャ語の「始原(アルケー)」の「技術(テクネー)」です)、筆者はこの言葉を、ネット上のサービスやツールをある種の「建築」とみなすということ、あるいはその設計の「構造」に着目する、という意味で用いています(p.14)。

オライリーは、「ウェブの基盤はハイパーリンクである」と説明したうえで、「ユーザーが追加した新しいコンテンツやサイトは、その他のユーザーに発見され、リンクを貼られることによって、ウェブの構造に組み込まれる。脳のシナプスのように、これらの繋がりは反復と刺激によって強化され、ウェブユーザー全体の活動に応じて、有機的に成長してく」と述べています(p.42)。

グーグルの検索結果が優れているのは、あくまで人がウェブ上から情報を探し出し、それをリンクによって指しているという行動結果(協力結果)に基づいているからです、たしかにグーグルは、ウェブ上のリンク構造という人々の行動結果を自働的に解析している。その意味では、人の手は介在していません。あるいは、「直接的」には人の手を借りているわけでもありません。しかし、もしウェブ上のリンクが、人の手によって一切張られることがなくなってしまったら、おそらくグーグルの検索精度を高める仕組みは根底から崩れてしまうでしょう。つまりグーグルは、「間接的」に見れば人の手の協力を借りているともいえるわけです(p.44)。

ブログがソーシャルウェアとして成長した原動力となったのは、あくまでそのアーキテクチャ上の特性(ブログのパーマリンクとグーグルのページランクの相性)だったということです(p.56)。

検索エンジンは、的確な検索結果を導き出すためにリンク構造を利用している。このため、適切なタイミングで、大量のリンクを生み出すブロガーは、検索結果の生成に重要な役割を果たすようになっている。また、ブログ・コミュニティはきわめて自己言及的であるため、ブロガーが他のブロガーに注目することで、ブロガーの存在感と力は増幅していく。(ティム・オライリー「Web 2.0:次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル(前編)」、2005年)(pp. 57-58)

「進化」という概念は、あくまでこうしたアプリオリな価値観が入り込むことを許しません。もともと進化論は、「ある長期的な期間にわたって、多様な種類への分化がなぜ生じるのか」を説明したものでした。つまり進化とは、「より良きものへの変化」ではなく、「より複雑なものへの分化」を指していると藤本氏は指摘します(「複雑なもの」の定義として、「その構成部分が偶然だけで生じそうにないような具合に配置されているもの」というドーキンスの解釈を引いています)。そして進化論のポイントは、その多様性や複雑さというものは、神のごとき超越的存在の意図によって設計されたのではなく、ほとんど「偶然」の積み重ねによって―生命であれば、遺伝子のランダムな組み換えによって―生じてきたものなのだ、とみなすところにあります(p.71)。

2ちゃんねるの管理人である西村博之は、二万字を超えるインタビューのなかで、次のように自らのコミュニティ運営者としての「思想」を語ったことがあります。コミュニティ運営の大前提となるのが、コミュニティがどれだけ盛り上がっていたとしても、数年も経過すれば衰退していくという事実です。それはなぜかといえば、一度形成されたコミュニティは、その内部における結束を高めれば高めるほど、新たに外部からやってくる者から見れば、その結果が逆に「障壁」となってしまうからです(p.90)。

2ちゃんねるという空間は、単に自己目的的な「おしゃべり」を続けるにはあまりに巨大すぎる。そこでの空転しがちなコミュニケーションを可能な限り持続させ、その「繋がり」の強度を高めていくには、定期的に「ネタ」が必要になります。こうしたあり方を、社会学者の鈴木健介氏は「ネタ的コミュニケーション」と呼んでいます。それはスレッドのなかの発言でも、ブログでも、朝日新聞でもなんでもいい。ある対象を「ベタ」に(字義通りに)捉えるのではなく、たとえば朝日新聞であれば「またサヨが何かいっている」といったパターン認識をかけることで―いわば「2ちゃんねらー的色眼鏡」をかけることで―、常に「メタレベル」から解釈のズレを差し挟み、アイロニカルな「嗤い」(相手を見下すような「笑い」のこと)を誘っていく。これが北田氏や鈴木氏の捉える2ちゃんねるのコミュニケーション作法です(p.97)。

アメリカのように、人的流動性の高い社会では、不確実な環境のなかでも、よりよい交渉や協同のための相手を探すために、まずは見知らぬ他者の信頼度を高く設定しておいて、いざその相手が「信頼」にたる人物かどうかを、後から細かく判断・修正するほうが効率的だからです。こうした相手の信頼度を検知するスキルのことを、山岸氏は「社会的知性」と呼び、そのようなスキルが社会成員に渡って広く発達(進化)している社会のことを、「信頼社会」と呼んでいます(p.110)。

藤本氏は、トヨタに代表されるような日本の自動車産業の強さの源泉を、次のように説明します。そもそも自働車という工業製品は、設計段階で構想した機能を、そのままモノ(自動車の場合は主に「金属」など)に〈転写〉することが難しいという特性を持っている。つまり自動車の製造にあたって、「最高速度が上昇すればタイヤの摩耗が問題になる」といった具合に、何か性能を突き詰めていこうとすると、部品間の相互依存関係(相互に影響が出る度合い)が問題になりやすいということです。これは裏を返していえば、部品間をばらばらに切り離して設計・開発することが難しいという意味で、「モジュール度」(分割可能性)が低いと表現できます。こうしたモジュール度の低い製品を高いレベルで完成するためには、地道に根気よく各部門や部署間での調整・協議を行なうといって、いわゆる「すり合わせ」のプロセスが必要になる。そして日本の自動車産業が「強い」のは、日本の企業・組織文化が、こうした「すり合わせ」のプロセスと相性が良かったからではないかと藤本氏は分析しています(p.115)。

はてなダイアリーでは文中のキーワードから、同じ言葉を使ったサイトにリンクがいわば勝手に作られるので、意識しないでも他人と関係が成り立つ仕組みになっています。知らないうちにこっそりとリンクをつけてあげている、という形なので内気な日本人に向いています。結果的にこのあたりの微妙な『間』が、日本のユーザーに受け入れられている理由の一つだと思う。」(近藤淳也「和製ブログサイト」の先駆者、日本一の秘密―近藤淳也はてな社長)『NIKKEI NET』二〇〇四年)(p.118)

「儀礼的無関心」という言葉は、こうした論争に新しい視覚を持ち込むものでした。それはこういうものです。あるところに、ひっそりと書かれていた日記サイトのようなものがあったとする。そしてまた別のとある人が、「この日の日記が面白いんだよ」ということで(無断で)リンクを貼って誰かに紹介する。すると、そのリンクされたことに気づいた側は、ひっそりと書いていたつもりなのに、たくさんの人に読まれるのはいやだということで、その日記を消してしまう。あるいはサイトを閉鎖してしまう。…こうした無断リンクをなるべく控えるという作法が必要なのではないか。「儀礼的無関心」論争の発端となった問題提起はこのようなものでした。こうした「無断リンクを控える」という作法を、この論争の火つけ役となったライターの松谷創一郎氏は、社会学者アーヴィング・ゴフマンの「儀礼的無関心」という言葉では、人は互いに目線を合わせない(合ってもすぐにそらす)というように、「互いが互いに関心を持っていないんですよ」というポーズを儀式的に取っていることを示したものです〜中略〜こうした「儀礼的無関心」の作法が、ウェブ上にも必要なのではないか、というのが松谷氏の問題提起でした(pp.130-131)。

ミクシィのアーキテクチャは、ちょうどこの「シャッター音」と同じ役割を提供しています。それは「足あと」機能のことです。ミクシィでは、ログイン後のサイト内でのユーザーの行動をトレースすることで、誰が自分のページにアクセスしたのかをしたのかを知ることが出来ます。この機能によって、リンクされた側(アクセスされた側)がすぐさまリンクされたという事実に気づくことができるだけではなく、「儀礼的無関心」的アクセス、つまりリンクを貼らずに直アクセスすることで安全に覗き見するという行為すらも、事実上不可能にすることができるようになります。いうなれば、ミクシイは「足あと」機能というアーキテクチャ上の仕掛けによって、「儀礼的無関心」という規範的な振る舞いを、「強制的関心」―誰が誰かに関心を示しているのかを全て明らかにしてしまう―へと変換してしまうわけです(pp.133-134)。

オープンピーネは「ミクシィを複数の帰属集団に応じて使い分けたい」という人々のニーズに応える形で登場した。いいかえるならば、オープンピーネというアーキテクチャの新規性は、その機能やインターフェイスといった点にではなく、それを複数に分散させることができるという点にこそ見出された、ということを意味しています(p.153)。

そこには「数多くのユーザーがそのSNSを利用すれば利用するほど価値が高まる」という「ネットワーク外部性」への志向性だけではなく、「場に応じてSNSを使い分け、それぞれを分断させておく」といった「アンリンカビリティ」への志向性が見られるのです(p.154)。

ウィニーは、自分がダウンロードしたいと意図したわけではないファイルであっても、ソフトウェアを起動しているだけで、自働的=強制的にキャッシュを蓄積・解放するという挙動を見せます。もし、あるユーザーが、ウィニーを使って著作権的に見て問題ないファイルだけを落としていたつもりであっても、そのユーザーが気づかぬうちに、周囲で人気を集めているファイルをキャッシュとして蓄積し、他のユーザーへの転送に加担してしまう可能性が高いわけです(pp.186-187)。

ウィニーにおいては、もはやユーザー同士がなんらかの規範意識を共有する必要はありません。そこには、「神」と「くれくれ廚」のカーストは存在しない。それどころかウィニーは、「ただ検索して待っているだけ」という怠惰な態度のまま、ファイルをダウンロードすることができるというメリットをユーザーに提供する。そのメリットを提供することとひきかえに、ウィニーは「キャッシュ」という名の協調関係の下に、ユーザーたちを無自覚のまま組み込みます。さらに、その協調関係から逃れて、ウィニーへのフリーライドを目論むユーザーに対しては、「『キャッシュ』を保持すればもっとファイルが落ちやすくなるよ」とでもいわんばかりに、さりげない説得工作が仕込んである―こうした用意周到なウィニーの仕組みを、筆者は「アーキテクチャ」による社会秩序を実現した重要なケースとして、評価したいと考えているのです(p.190)。

その(ツィッター)の新しさは、同期と非同期の両立という点にあります。いわゆる同期的なコミュニケーションは、電話にしてもチャットにしても、同じ時間を実際に共有しなければ(たとえばPCの前に向かって常にキーボードをたたき続けなければ)、物理学的に成立することがありませんでした。しかしツイッターは、字数制限や他のメディアとの連携といったさまざまなアーキテクチャ上の特性によって、各主体が「非同期的」な状況に置かれたまま、局所的かつ突発的に同期的なコミュニケーションを生気させているわけです(p.207)。

ニコニコ動画は、実際には「非同期」になされている動画に対するコメントを、アーキテクチャ的に「同期」させることで、「視聴体験の共有」を疑似的に実現するサービスであるということができます。この特徴を、「疑似同期」と呼んでおきましょう。そしてこうしたニコニコ動画の特徴は、先ほど記述したツイッターのそれときわめて類似しています。著者は、ツイッターについて、〈基本的には「非同期的」に行われている発話行為を、各ユーザーの自発的な「選択」(の連鎖)に応じて「同期的」なコミュニケーションへと一時的/局所的に変換するアーキテクチャ〉と説明しました。ツイッターもニコニコ動画も、ともに〈客観的〉な時間の流れから見れば、利用者の間のコミュニケーションは「非同期的」に行われているけれども、各ユーザーの〈主観的〉な時間の流れにおいては、あたかも「同期的」なコミュニケーションがなされている〈かのように〉見えるということ。この点においては、あたかも「同期的」なコミュニケーションがなされている〈かのように〉見えるということ。この点において、ツイッターとニコニコ動画は共通しているということができます(pp.213-214)

セカンドライフは、そのコミュニケーション空間上に参加する主体が、同じ現在(時間の流れ)を共有する意味で同期型のコミュニケーションサービスといえます。つまり、それはインスタント・メッセンジャーやチャットなどと同列に並べることができるということです。この特徴をここでは、ツイッターの「選択同期」、ニコニコ動画の「疑似同期」と比較するために、「真正同期」と呼んでおきましょう(pp.218-219)

こうした「真正同期」の特徴は、非同期型のそれよりも「機会コスト」が高い、と表現することができます。「機会コスト」というのは、「ある人とチャットをするということは、他のことをするチャンス(機会)が失われてしまう」ということです。つまり、他の人との「同期的コミュニケーション」が成立しない可能性が高いということです。(p.220)

あらためて確認すれば、「真正同期型」である以上、セカンドライフは「閑散としている」風景を完全にメタバース上から抹消することはできません。セカンドライフは、その「広さ」という観点で見ればたしかに大規模な仮想空間ではありますが、「人口密度」という点で見れば貧弱であり、それゆえ必然的に「閑散としている」風景を生み出してしまうのです(p.221)

「同期的体験」というものは、「非同期的体験」に比べれば、経済学的にいえば「有限」で「希少」なものです。なぜなら、人は誰しもが「二四時間」という限られた時間しか有してないため、ある一つの社会において、「皆で一つの体験を共有する」という同期的体験の規模は、必ず有限になります。逆に非同期的体験は、各人が好き勝手にコンテンツを楽しめばいいわけですから、基本的にはほとんど無限に細分化することができます。これに対しニコニコ動画は、同期的体験という希少な資源を、アーキテクチャの効果によって「複製」しているわけです(pp.226-227)。

ニコニコ動画での「ネタ的コミュニケーション」(鈴木健介)は、おおよそ次のようなパターンを取ります。たとえば、画面中のどこかに、なんらかの「ネタ」が埋め込まれているとしましょう。そしてそのネタの存在がユーザーの目に明らかな場合(顕在的ネタ)、ニコニコ動画のユーザーは、ほとんど脊髄反射的にキーボードの「www」を連打し、改行キーを叩くことで「笑い」(w)のリアクションを画面上に投入していきます。あるいは、ネタの存在が一見見ただけではわからない場合もあります(潜在的ネタ)。その存在は、「ツッコミ」に相当するコメントによって発見(顕在化)され、それに引きずられる形で「笑い」(w)が起こっていく。このように、「ネタ」(→「ツッコミ」)→「笑い」という一連のチェーンが、ニコニコ動画におけるコミュニケーションの基本的な構成要素となっています(pp.232-233)。

ニコニコ動画という「疑似同期型アーキテクチャ」においては、常にコンテンツ(動画=ネタ)とコミュニケーション(コメント)は同一画面上に重なって表示されます。つまりニコニコ動画上のアイロニーゲームの共同体は、「動画」という基底層とシンクロすることで、すべての参加者にとって常にリアルタイムなものとして現前しています。裏返していえば、ニコニコ動画は、コミュニケーションの文脈を分断させる「非同期性」(時間のズレ)を、アーキテクチャの効果によって疑似的に抹消しているのです(p.237)。

ニコニコ動画では、まさにその効果によって、2ちゃんねるに比べてコミュニケーションが空転・拡散・暴走するリスクが相対的に低く抑えられているように思われます(p.238)。

作品の中では、残念ながらそうしたケータイについて「ちょっと距離を置いて考えてみる」といったような、いわば〈メタ的な操作ログ〉が記述されることはありません。むしろ徹頭徹尾、ケータイをどう操作したのかに関する〈一次的〉な水準の記述しか現れないのです。その意味において、たしかにこの作品には「内面≒反省」はロクに描かれていません(p.289)。



*作成:中田喜一
UP: 20090818 REV:
身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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