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『保健医療福祉くせものキーワード事典』

保健医療福祉キーワード研究会(代表:藤井 博之) 20080701 医学書院,260p


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■保健医療福祉キーワード研究会(代表:藤井 博之) 20080701 『保健医療福祉くせものキーワード事典』,医学書院,260p. ISBN-10: 4260006169 ISBN-13: 978-4260006163 \2100 [amazon][kinokuniya] ※ 

■出版社のHPより+α
 http://www.igaku-shoin.co.jp/bookDetail.do?book=30103

 なぜあなたの話は通じないのか!?
 国立国語研究所では、2009年春までに「病院の言葉をわかりやすくする提案」をするようですが、話が通じないのは患者と専門職のあいだだけではありません。専門職同士でも、職種やフィールドが違うとなぜか話が通じません。同じ言葉を使っているのに、いや同じ言葉だからこそ通じないのか――? 
 本書では、ADL、キーパーソン、医療行為、障害の受容など「うなずかれるけど通じない」微妙なキーワードを徹底解説しました。職種による使われ方の「違い」に焦点を当てた初の事典です。

序 文
くせものキーワードとは何か 藤井博之

 介護や医療の現場で、よく使われるキーワードなのだけれど、使う人によって意味がちがうことばがあります。そこにはことばの由来や、使う人の立場が反映されます。この場合の「立場」というのはいわゆる専門性だけでなく、利用者か専門職か、あるいは学界や行政などによる利害のちがいなども意味します。
 本書では、さまざまな経緯で微妙な意味のずれをもつにいたった結果、どの意味が正しいとは一概にいえないことばたちを「くせものキーワード」と呼びます。そして、ときには多義・多重なことばの成り立ちに分け入り、あるいはことばが現場でどのように互いにずれた意味をまとって使われているかをすくい上げながら、解説していきます。

医療・介護の現場に「くせものキーワード」が登場する
 もともと医療と介護で使われることばの間には、ちがいがあります。
 医療の場に目を向けてみましょう。急病や重症で病気の診断や治療に重点がある状態では、医師の役割が大きいぶんだけ医学用語が幅をきかせており、看護師をはじめ医師以外の職種も医学用語を理解する必要があります。
 しかし患者が回復し、生活の場に近づくにつれて事情は変わっていきます。生活のなかでつきあわねばならない慢性疾患の診療・ケアや、障害と生活の折り合いにかかわるリハビリテーション、さらに生活の場での療養を支援する在宅医療などの現場を考えてみましょう。そこでは、医療から介護へと援助の重点が移ります。それにつれてさまざまな職種が援助に参加して、さまざまなことばが飛び交うようになります。
 こうした過程のどの段階でも、状況の評価や判断について職種を越えて共有するときに“要(かなめ)”となることばがあります。これをキーワードと呼びましょう。救急治療や手術などのいわゆる急性期から、慢性期、リハビリテーション、在宅ケアや介護へとサービスの場面が変化するにつれて,キーワードが、医学用語からより多様な由来をもつものへ変化していくわけです。

生活のなかのことばは生きている
 話を医療・介護から生活のなかに移しましょう。暮らしのなかで、もともとことばは生きています。同じことばでも、時代や地域、場面によって意味するところがちがってくる性質があるといわれます。つまり日常生活で使われながら、ことばは柔軟に変化していきます。
 これはいわば当然のことです。生活のあり方を考えてみましょう。子どものころの生活、接していた人、風景、周囲にあった物事や事件を、いまの生活と比べれば、誰でもそのちがいがわかります。それらを表すことばやその使い方もまた変化するはずです。

定義の必要なことばたち=専門用語
 なかには簡単に変化しては困ることばがあります。たとえば法律用語です。法律が制定されたときと意味がちがっては都合が悪いので、それぞれのことばは厳密に定義されます。似たような理由で変化しにくいように定められていることばに、さまざまな専門用語があります。医学用語もそのひとつです。
 医学用語としての「喘息(ぜんそく)」という病名が示している症状は、どの時代でも喘息で悩む患者、それを診療する医者にとって共通のものでなければなりません。同じ患者のひとつの症状を、ある医者は喘息と診断しても、ほかの医者が同じに診断しないようでは、医学そのものの信用にとって不都合です。もっとも、そういうことは別の理由、たとえば誤診によって起こる場合もあります。ちなみに「喘息」には「下気道の狭窄により呼吸が困難になり、喘鳴を伴う状態」という定義があります。
 ただし医学の世界では、ある病気を引き起こすメカニズムの理解の仕方が変化することはあります。喘息でいえば、二〇年ほど前には「気管支壁の平滑筋が異常に収縮する」などと説明されていましたが、一〇年ほど前から「気管支粘膜の好酸球性炎症によって気道が狭窄した状態」といわれるようになりました。疾患の理解の仕方が変化したわけです。それでも喘息で苦しむ患者の症状についての定義は変化していません。そして、説明で使った「気管支」「平滑筋」「好酸球」「炎症」などの用語もまた、医学は厳密に定義しています。
 専門用語には、いくつかの利点があります。くわしく説明すると複雑になる状態を正確にひとことで表現することができ、意味を効率的に伝えることができます。学問や専門職の世界では、こうした効率的な伝達に大きな意義がある場面も多いのです。一般に、ある専門分野が確立されていくなかで、独自の用語体系が整備されていくという傾向があります。

キーワードはなぜくせものになるか?
 しかし、職種を越えて使われるキーワードは、専門的な定義を尊重して使われるとはかぎりません。たとえば医療の現場では、看護師、医療事務、検査技師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、医療ソーシャルワーカー、臨床心理士などさまざまな専門性、立場の人が働いています。特定の分野の専門用語に対する理解の程度は,職種ごとに当然異なります。各専門職がそれぞれの専門用語をもち込むのみならず、世間で一般に使われていることばも入ってきます。
 専門用語はその定義をよく理解している者には便利でも、それ以外の人にとってはわかりにくい傾向があります。医師同士ですら正確に伝わらない医学用語も少なくありません。細かに専門分化が進んだぶん、専門医以外では理解できないことばがたくさん出現しているのです。
 そのような性質をもつ専門用語がキーワードになると、その専門領域以外の援助スタッフもそれを使わざるをえなくなります。意味があいまいなまま使われているうちに、微妙に異なる意味で使われるようになったりもします。結果として、いくつかの意味を併存させたことばが現れてきます。本書ではこれを「多義性」と表現します。
 医療や介護の世界でことばが多義性をもつにいたるメカニズムは、いくつか考えられます。たとえば、本来厳密な定義があったことばだったのに、誤解された用い方がよく使われるようになって(流通概念)、本来の意味と併存するにいたったもの。あるいは、外国語からの「翻訳」によって、いくつかの用い方が生まれたもの。この場合は、原語を生んだ国や地域の文化と日本のそれとのちがいからくる場合、翻訳して日本で使いはじめた人がそれぞれちがう意味を込めた場合などがあるようです。あるいは、学問的なルーツの異なる用語が、それぞれの職域から対人援助の現場にもち込まれたものもあります。
 さらにこうした事情で説明しきれない、日本語あるいはおよそ言語というものが、もともと多義的な意味をもてることによる面もあるように思われます。

カンファレンスと説明で使われることばについて
 専門の異なる人たちが集まって話す「カンファレンス」や、専門家が専門をもたない人と話をする「説明」の場面は、キーワードのくせものぶりが最も鋭く問題になる場面といえます。
 「カンファレンス」は、ここでは特定の患者・利用者について、かかわっているスタッフが集まって、状況と援助の方向性について共有するために話し合う会議を指します。分野によって「事例・症例検討会」「サービス担当者会議」など、さまざまな名で呼ばれています。
 援助のどの段階でもたれる会議かによって、会議で使われることばのなかでの専門用語の扱いは異なります。先に述べたように、救急や手術では医師の診断と治療方針が中心となり、医学用語による正確で迅速な情報伝達が効果を上げます。しかしリハビリテーションや在宅ケアの場面では、必ずしもそういえません。つまり専門用語を使うことがリハビリテーションやケアの全体にとって、必ずしも効果的・効率的でない場合もでてくるのです。
 また,「説明」といえば、医療の場面でいつでも問題になるのが、医師による説明の足りなさです。忙しくて十分説明できないなどの事情もあるでしょうが、医師の説明能力が不足していることも大きな理由と思われます。専門的な内容を正確にわかりやすいことばで説明する能力、いわば専門用語を「ふつうのことば」に翻訳する力が必要なのですが、専門職として力をつけようとする過程でこの点は見落とされがちです。

臨床現場のコミュニケーションは改善されているか?
 たび重なる医療事故に加え、最近では介護現場での事故も問題になりつつあります。その原因のひとつに、現場における情報伝達の不足があげられます。
 正確な情報伝達が必要なことは論を待たないのですが、これまで考えてきたように、専門用語の使用が問題の解決に貢献するかどうか、よく考える必要があります。
 事故の発生状況としては、手術室や救急室など生命の危険と隣合わせの場面で起こることも多いですが、そうでない場面でも増えているようです。たとえば、介護が必要な状態で病院を退院しなければならない人に、どのように援助するかが問題となっています。退院後のケアプランをどうするか考えるとき、急性期病棟から回復期リハビリテーション病棟や療養病棟へ、さらには在宅ケア部門への情報伝達が必要です。その場合、職種間だけでなく同じ職種内でも情報がうまく伝わらないことがあります。患者を送りだそうとする側、それを受けとる側で、立場やときには利害のちがいがあることが関係しているのかもしれません。
 また先にあげたように、救急医療などで最先端の技術を駆使して診断治療を提供する場面では、専門用語を駆使した効率的な情報伝達が図られますが、治療を受けている患者の気持ちや家族の様子、その背景にある暮らしのうえでの事情については、当事者から専門家へ、あるいは専門家同士のあいだで、うまく伝わらない場合があります。
 注目したいのは、伝達されるべき情報は、専門用語で表現される内容だけではないということです。本書であげる「くせものキーワード」が、専門用語ではないものも少なくない事情の一端は、こんなところにあるはずです。

方法論としての「くせものキーワード」
 「くせものキーワード」についての本書の記述は、いずれも専門の異なる者同士の討論を経て書かれています。「保健医療福祉キーワード研究会」という集まりが、おもな討論の場です。
 討論の参加者は、各種の専門家や市民で、その点では臨床現場のカンファレンスと似ています。毎回、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が行われました。このような執筆過程を通じて、多職種が参加するカンファレンスや「事例検討」のもつ豊かな可能性があらためて感じられました。
 何が「くせものキーワード」かについて、一職種からあることばについて問題が提出されると、必ずといってよいほど全体の問題になりました。専門領域ごとの定義を明確にすること、ことばの使われてきた歴史を調べ、考察することも意義深いことがわかりました。
 それ以上に、互いの使うことばに意味のずれがあること、いわば多義性を許容して議論することがいかに有益であるか、痛感させられました。ややおおげさに、異職種間で連携を構築するときの方法として、多文化主義が有効だという意見もありました。
 討論のなかで、「くせものキーワード」は、職種の壁を越えて用いられる共通言語としての性格をもつ一方で、生活につながる生きたことばとしての多義性ももつということが、明らかになっていきました。このようないわば「複眼的認識」は、各項を執筆するときの、再定義の方法=記載方法に反映していきます。

「キーワード」の記載方法
 本書での各キーワードの記載方法は次の諸点からなります。
その1……「事例」の意義と限界
 そのキーワードがなぜ話題になっているかを大まかに紹介したリード文のあとに、「ことばの風景」で、そのことばが登場する日常的な場面を描きました。研究会でそのことばを取り上げたときに出されたたくさんの事例をもとに、創作されたストーリーです。
 このことによって、現場で使われることばとしての臨場感を表現し、その後の解説文を読むときに理解しやすくなる利点があると考えました。
 ただ、ことばのなかには取り上げる事例をひとつにしぼりにくいものもありました。また、執筆者によって事例の傾向が偏る可能性もあります。こうした問題点はおそらく、異職種間での討論をこれまで以上に重ね、事例ごとにことばを共有しようとするなかで、減らしていけるのではないかと思います。
その2……基本概念を定める
 討論や研究の過程で、いくつかのことばについてはそのルーツがほぼ特定できました。
 しかし専門用語の場合、現時点で学問としての正確な定義と、歴史的に用いられてきた内容とは、必ずしも一致しません。そうした事情をすべて正確に調査し記載することは、とても意義のあることと思われますが、本書がその点で十分な仕事になっているとはいえません。
 また、本書の「くせものキーワード」のなかには、そうした専門用語由来でないものもたくさん含まれています。それらを含めて、基本概念を正確にする作業は、今後の課題にしたいと思います。
その3……多義性をすくいとる
 記載方法のなかでいちばんの特徴は、ひとつのキーワードにいくつかの見方を示し(それがカッコで囲まれた小見出しに相当します)、執筆者の信じる特定の定義のみを「正しい」ものとしなかったことです。これは、先に述べた多文化主義的な認識の仕方を反映した記載方法です。
 一人ひとりの執筆者は、自分の専門分野や活動上の立場のみから述べることをいったん離れ、討論のなかで出された多様な意見をもとに、「もうひとつ別の視点」で記載しました。現実で用いられている「キーワード」の多義性が、これによって少しでも立体的に読み手に伝わることを希望しています。

本書のねらいと、これからの「くせものキーワード」研究
 この本をつくるにあたって、「保健医療福祉キーワード研究会」で確認してきたのは、次のような点です。
◆現場の役に立つこと
 これまで述べてきたように「くせものキーワード」は、医療や介護など対人援助の現場で生まれ、広がっていきます。
 その由来や意味を記載することは、そうした現場で役に立つものでなければならないと考えます。
 本書を手にとられた方が、「なるほど、あのことばにはこんなルーツがあったんだ」「あの人はこのことばを、こういう意味で使っているんだ」と思い、カンファレンスや患者・利用者との会話がしやすくなれば、そのねらいは達成されたといえます。
◆専門職教育の課題を提起すること
 本書の執筆には大学の教員や研究者も参加しています。そうした立場からは、いま注目されつつある"Inter Profesional Education"(対人援助のための多職種が参加し、互いに学びあう教育)を進めるうえで、「くせものキーワード」について考えていくことの重要性が指摘されています。
◆援助論研究に、探索子を入れること
 医療、看護、リハビリテーション、介護、社会福祉、心理、教育、保育、国際支援など、対人援助には多くの分野があります。各分野では実践も学問研究もさかんに行われています。
 その一方で、これら境界を越えて実践し、考察する動きもでてきています。
 対人援助という広い社会的活動分野の全体を見渡していくうえで、「くせものキーワード」に注目することは、ひとつの有効な方法ではないかと思われます。

 いうまでもなく、本書で取り上げた「くせものキーワード」は、ほんの少しです。まだまだ多くのことばを、異職種間の討論を経て、多義的な方法で記載=再定義していく必要があると考えます。
 読者の皆さんの忌憚のないご意見を頂戴できればと願っています。

◆目次

くせものキーワードとは何か
01 寝たきり老人 20-26
 寝かせきり老人/寝たきり起こし/寝たきり度/「処遇」概念/寝ていたい老人
02 社会的入院
 特別養護老人ホーム/福祉の医療化/老人病院/療養病床・療養病棟
 老人保健施設/介護施設/長期療養施設/社会的転院
03 インフォームドコンセント
 知る権利/説明義務/パターナリズム
04 障害受容 →田島明子
 リハビリテーション/リハビリテーション心理学/病識の欠如/脊髄損傷
05 ターミナルケア
 ムンテラ/疼痛緩和・疼痛管理/死の受容/告知
06 認知症
 せん妄/意識障害/治療可能な認知症/徘徊
07 カンファレンス
 サービス担当者会議/チームワーク
08 医療行為 77-84
 看護行為/身体介護/吸たん/体位ドレナージ
09 尿失禁
 神経因性膀胱/腹圧性尿失禁/ほかの疾患による尿失禁/機能性尿失禁
10 往診と訪問診療
 定期往診・臨時往診/寝たきり老人在宅総合診療料
 在宅時医学総合管理料/居宅療養指導管理料/在宅療養支援診療所
11 主治医
 一般医・総合医/総合診療/家庭医/プライマリケア医/かかりつけ医
12 呼び寄せ老人と遠距離介護
 集合住宅/ムラから消える老人
13 訪問リハビリテーション
 在宅リハビリテーション/地域リハビリテーション
 理学療法/作業療法/言語(聴覚)療法
14 通所サービスと送迎
 通所介護/通所リハビリテーション/社会参加/介護休養
 外出支援/移動支援/福祉タクシー/介護タクシー
15 問題行動
 異常行動/行動障害/介護への抵抗
16 福祉用具・福祉機器
 介護用品/補装具/日常生活用具/補助器具
 テクニカルエイド/テクノエイド協会/福祉用具プランナー
17 ADL
 バーセルインデックス/FIM
 「できるADL」と「しているADL」/モーニングケア・イブニングケア
18 カルテ開示
 カルテ/プライバシーの権利/レセプト開示
19 感染症
 感染症新法/伝染病/疥癬/MRSA/結核
20 キーパーソン
 保護者/成年後見制度/地域福祉権利擁護事業
21 服薬指導
 訪問服薬指導/居宅療養管理指導/配達/処方薬/一般薬
 医薬分業/薬漬け医療/自己決定/服薬コンプライアンス
22 家族介護
 介護地獄/介護の社会化
23 生活習慣病
 成人病/脳卒中/健康増進法/健康日本21/過労死
24 虐待
 DV/児童虐待/高齢者虐待
25 健康診断
 健康診査/健康診査の指針/集団検診/人間ドック/健康診断書
26 老人ホーム
 小規模・多機能/地域密着型/第三カテゴリー
27 見守り・一部介助・全介助
 要介護度/介護認定審査/生活機能
28 ソーシャルワーカー
 介護支援専門員/医療ソーシャルワーカー
 精神医療ソーシャルワーカー/社会福祉士/精神保健福祉士

文献
あとがき

■引用

「1968年には全国社会福祉協議会の「居宅寝たきり老人実態調査」が実施され、その結果は新聞やテレビなどで報道された。「高齢者問題を初めて本格的に検討した『昭和45年版白書』も、この全社協調査を詳しく紹介」[二木1996]している」22

二木立1996「公的介護保険の問題点」、里見賢治ほか『公的介護保険に異議ありーもう1つの提案ー』ミネルヴァ書房:103-104

「寝たきり老人たちは、はじめ地域の片隅にひっそりと暮らしていた。その実態は明らかでなく、寝たきり老人を「発見」していく運動が必要であったのだ。これらの運動は、隠れた寝たきり老人の存在とともに、在宅医療や生活支援の必要性を示し、参加した保健・医療・福祉関係者や市民・高齢者の行動や発言を通じて、寝たきり老人のことを広く社会問題化した。
「だまってみてはいられない」を合いことばに、1976年から東京の東部下町の6区(足立、葛飾、墨田、荒川、江戸川、江東)で行われた「東部地域ねたきり老人実態調査懇談会(代表・増子忠道)の活動は、その代表的な例である」23

「1990年代から、厚生省(当時。以下略)の示した分類方法(「障害老人の日常生活自立度(寝たきり度)判定基準」=JABCの四段階に分けるもの)が広く使われている。「寝たきり度」は厚生省がこの分類に公式につけた通称である。
実は、一見すると厚生省分類とやや似ており、おそらくその原型となったと思われるADLの分類に、二木立(日本福祉大学教授、元代々木病院リハビリテーション科医長)が脳卒中の早期リハビリテーションにおける予後予測の研究で用いたものがある[二木・上田1992]。
これは脳卒中患者のADLを全介助、床上自立、屋内自立、屋外自立に分類したもので、分類の基準は、先の厚生省基準よりはるかに緻密である。年齢などの因子と組み合わせ、入院して早期に予後を予測するために用いられてきた。
この分類のカテゴリーに「寝たきり」ということばは用いられていない。ADLという客観的な能力障害の尺度を表現するうえで、それは実は当然のことであった。
前述したように、「寝たきり」ということばで表現されているものには、"寝たきりでいる"という客観的な状態と"寝かせきりで置かれてきた"という「処遇」的な状態の両側面がある。その人が寝たきりでいないために必要な介護や器具が何なのかを正確にとらえるために、このふたつの意味は峻別する必要がある。
厚生省のJABC分類は、「寝たきり度」という通称をみずから名乗ることによって、行政のあいまいな姿勢を露呈させたといえる。」24

二木立・上田敏1992「脳卒中の早期リハビリテーション(第2版)」医学書院



*作成:田島 明子
UP:20080726 REV:20080818,0822
身体×世界:関連書籍 2005-  ◇寝たきり老人  ◇福祉・医療の仕事  ◇施設・脱施設  ◇リハビリテーション  ◇介護・介助  ◇医療と社会
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