HOME > BOOK

『ルポ貧困大国アメリカ』

堤 未果 20080122 『ルポ貧困大国アメリカ』,岩波書店,207p.


このHP経由で購入すると寄付されます

■堤 未果 20080122 『ルポ貧困大国アメリカ』,岩波書店,207p. ISBN-10: 4004311128 ISBN-13: 978-4004311126 735  [amazon] p06

■著者(同書より)
 東京生まれ。著書に『空飛ぶチキン』、『グラウンド・ゼロがくれた希望』、『報道が教えてくれないアメリカ弱者社会―なぜあの国にまだ希望があるのか』 (黒田清・日本ジャーナリスト会議新人賞受賞作)

■目次
プロローグ
第1章 貧困が生みだす肥満国民
第2章 民営化による国内難民と自由化による経済難民
第3章 一度の病気で貧困層に転落する人々
第4章 出口をふさがれる若者たち
第5章 世界中のワーキングプアが支える「民営化された戦争」
エピローグ
初出一覧
あとがき

■引用
プロローグ
 サブプライムローンとは、社会的信用度の低い層向けの住宅ローンだ。2001年1月にアメリカ金融監督当局が出した通達によると、具体的には以下の4項 目のうちのどれかに当てはまる者が対象となる。
(1)過去12か月以内に30日延滞を二回以上、又は過去24か月以内に60日延滞を一回以上している。
(2)過去24か月以内に抵当権の実行と債務免除をされている。
(3)過去5年以内に破産宣告を受けている。
(4)返済負担額が収入の50%以上になる。
 その利率は一般のプライム(優良顧客)と比べて非常に高く、最初の2、3年は利子が低いがその期間を過ぎると急激に10〜15%に跳ね上がる。(1- 2)

 連邦政府のデータによると、2007年1月から6月までの半年間に差し押さえられた物件数は全米で約57万3400件で、前年より58%増加している。
 この債権を担保としたサブプライム担保証券は一般の住宅ローンを担保にした証券よりリスクは高いものの金利自体が高いために利回りが大きく、ヘッジファ ンドや銀行が飛びついた。住宅価格が下がり貸し倒れが増えると、日米欧の中央銀行は銀行間の決済が滞りパニックになるのを防ぐために、巨額の資金を市場に 供給し始めた。
 2007年7月にアメリカの大手格付機関がこれらのサブプライム担保証券の格下げを発表すると株価は大きく動揺。さらに翌月フランスの大手銀行である BNPがファンドの一部凍結を実施したことでヨーロッパ市場からアメリカ、東京まで株安の波が拡大し、世界中の株式市場を大パニックに引き入れた。(5- 6)

 だが「サブプライムローン問題」は単なる金融の話ではなく、過激な市場原理が経済的「弱者」を食いものにした「貧困ビジネス」の一つだ。この言葉はもと もと生活困窮者支援のNPO法人「もやい」の事務局長である湯浅誠氏が生みだしたもので、貧困層をターゲットに市場を拡大するビジネスのことを指す。
 アメリカで中流階級の消費率が飽和状態になった時、ビジネスが次のマーケットとして低所得者層を狙ったシステムである「サブプライムローン」。
 連邦政府が発表した2005年のデータによると、同年、国内でアフリカ系アメリカ人の55%、ヒスパニック系の46%がサブプライムローンを組んでい る。白人はその人口に対してわずか17%だ(Federal Reserve Data 2005)。(6-7)

第1章 貧困が生みだす肥満国民
 アメリカ国勢調査局の2006年度における貧困の定義は、四人家族で世帯年収が2万ドル(220万円)以下の世帯を指し、その家族の子どもを「貧困児 童」とする。同局が発表したデータ(US. Census Bureau 2005)によると、2005年度のアメリカ国内貧困率は12.6%(約6人に1人)で、2000年から2005年の間に11%上昇した。これは5年間で 新たに130万人の貧困児童が増えた計算になる。
 レーガン政権以降、国内の所得格差を拡大させている市場原理主義は、中間層を消滅させ、下層に転落した人々が社会の底辺から這い上がれないという仕組み を作り出し、60年代に連邦政府が貧困層救済の目的で打ち出した数々の社会保障政策を徐々に縮小していった。
 たとえばブッシュ政権が打ち出した、2009年までに保育援助資格を有する低所得家庭のうち30万世帯を保障範囲から削減する「保育援助基金の5年にわ たる凍結」は、今後さらに国内の貧困児童を急増させ、「無料-割引給食プログラム」は、そういった子どもたちの健康を著しく悪化させ、医療費を高騰させる ことになる。(14-15)

 1966年に始まった無料-割引給食プログラム(National Lunch Program)は、もともと貧困地域と長時間通学を余儀なくされる地域の生徒を対象として始まった連邦事業だ。
 1971年には共働きと貧困家庭生徒の栄養改善を目的に対象範囲が拡大され、1975年にはすべての学校が任意で参加できる現制度に改正された。
 無料-割引給食プログラムに登録するには、家族年収が連邦政府が設定した貧困ラインの130%までの生徒が対象となる。フードスタンプの資格基準と同一 であり、州によってはフードスタンプの受給が認められた家庭に高校生以下の子どもがいると、自動的に無料-割引給食を受ける資格がある旨が記載された手紙 が郵送されるところもある。
 たとえばこの基準表によると五人家族で年収総額が3万1099ドル以下だと割引給食(国から一部補助が出る)を受けとることができ、2万1853ドル以 下の場合、無料で給食を受けることができる。
 アメリカ農務省のデータによると、2005年の時点でこのプログラムに登録した生徒の数は全米で3002万6000人、前年より38万1000人増加し ている。(20-21)

 学校側は少ない予算の中でやりくりしようとするため、人件費を削減し、調理器具は老朽化しても買い替えず、メニューはどうしても安価でカロリーが高く、 調理の簡単なインスタント食品、ジャンクフードになってしまう。(22)

 現在アメリカでは国民の肥満率上昇が深刻な社会問題となっているが、「国際肥満協会」は、このままいくと2010年までにはアメリカ国内児童の半数以上 が肥満児になるだろうと警告している。(23)

 ジョージ・ブッシュ政権は2007年度、6億5600万ドルの無料食料援助予算削減を実施、この結果約4万人の児童が無料給食プログラムから外された。 (23)

 貧しさの象徴である不健康な肥満は、子どもだけでなく成人の間でも深刻だ。
 「アメリカ疫病予防管理センター」が2000年に国内の成人30万人を対象に行った調査によると、アメリカ国民の肥満率調査で、肥満の人が州人口に占め る割合はルイジアナ、ミシシッピ、ウエスト・バージニアがそれぞれ30%と最も高く、コロラド、コネチカット、ハワイ、バーモントで最も低いことがわかっ た。(24)

 受給資格を持ちながらそれを知らずにいる人口が全体の4割だという。また、ちゃんとした職につきながらも家族を食べさせられない、いわゆるワーキング・ プアの数も年々増加する一方だ。国勢調査局の発表によると、2006年、国内で貧困ライン以下の生活をしている国民は3650万人にのぼる。(25)

 アメリカ農務省のデータによると、2005年にアメリカ国内で「飢餓状態」を経験した人口は3510万人(全人口の12%)、うち2270万人が成人 (全人口の10・45%)、1240万人が子どもである。
 「飢餓人口」と定義されるこれらの人々の大きな特徴は、(1)6割が母子家庭である、(2)子どものいる家庭の飢餓人口数は子どものいない家庭の二倍で ある、(3)ヒスパニック系かアフリカ系アメリカ人が多い、(4)収入が貧困ライン以下、の4つである。(28)

 世界的な経済学者のポール・ゼイン・ピルツァーは、著書『健康ビジネスで成功を手にする方法』(Paul Zane Pilzer, The Wellness Revolution)の中で、120兆円規模の食品産業が貧困層をターゲットにいかに巨額の利益を得ているかを指摘している。加工食品のマーケティング は、肥満と栄養失調が深刻な問題である貧困国民の嗜好を研究し、彼らが好む有名人をCMに使うなどしてピンポイントで狙い打ちするという。貧しい国民ほど 安価で手に入るジャンク・フードや加工食品に依存してゆくからだ。経済的弱者がそれらの産業を潤わせるアメリカで、「貧困」と「肥満」は同義語になりつつ ある。(30-31)

第3章 一度の病気で貧困層に転落する人々
 アメリカの国民一人当たりの平均医療費負担額は、国民皆保険制度のある先進国と比較して約2.5倍高く、2003年のデータでは一人当たり年間5635 ドルになる。
民間の医療保険に加入してもカバーされる範囲はかなり限定的で、一旦医者にかかると借金漬けになる例が非常に多い。(67)

 2004年の医療保険の掛け金は前年より全米平均11.2%アップで4年連続二桁台上昇している。このため医療保険の加入を維持できなくなった従業員 25人以下の会社が急増し、2006年の時点では、四人家族の掛け金は平均で年額1万1500ドルに上昇、そのため国内で保険を提供しているのは全企業の わずか63%になってしまった。(68)

 全米294の都市のうち、その地域の保険市場の50%以上をたった一社が独占している都市は166あり、その地域で競争相手がいない保険会社は保険料を いくらでも値上げできる状態になっている(Associate Press Data 2006)。(68)

 2006年12月に『JAMA』(Journal of American Medical Association)誌が発表したデータによると、家族と生活している人のうち保険の掛け金を含む医療費の個人負担分が家計所得の10%を超えていた 人数が1996年には1170万人だったのが2003年には4880万人(19.2%)に増加している。(70)

 アメリカには日本のような一律35万円の出産育児一時金がなく、すべて民営化による自己負担のため、所得による格差のしわ寄せが妊婦たちを直撃する。入 院出産費用の相場は1万5000ドルだ。(71)

 2007年1月の時点でアメリカ国内には4700万人の無保険者がおり、そのうち900万人が子どもである。(73)

 2008年の連邦予算案では、低所得層向け医療保険予算を今後5年間で78億ドル削減し、さらに児童向け医療保険制度も大幅削減されることになってい る。(73)

 入院日数の短縮も患者を苦しめている。たとえば一日100万ほどかかる脳卒中の場合、平均入院日数は7日を切っている。総費用のうち実際の医療にかかる 分を低く抑えるために、保険会社が病院や医師に病名や手術ごとの治療における「標準」を示しているからだ。
心筋梗塞の手術に対して入院は4日まで、乳がん手術なら2日まで、というように細かく決められている。(73)

 高すぎる医療費に加えて産科医不足も深刻な問題だ。訴訟大国であるアメリカの産科医は収入の半分が損害賠償保険の掛け金として消えることも珍しくない。
 アメリカの医師たちが訴訟に敏感になったきっかけは、1970年代にさかのぼる。70年代初期、急増する医療訴訟と賠償金額の高騰により、多くの保険会 社が身を守るために医療損害保険から撤退したり、掛け金を大幅に増額したりした。その結果、収入の3割が医療損害保険料に消えるようになった医師たちは大 きなダメージを受けた。
 特にひどかったのは医療過誤訴訟のリスクが高い救急外科や産婦人科の医師たちで、中には年間5万ドルだった保険料が22万ドルを超したために廃業に追い 込まれた医師も少なくなかった。(75)

 1965年。メディケア設立法に署名した第36代リンドン・ジョンソン大統領は、今後はアメリカの医療状況の未来は明るいものになるだろうと宣言し た。……
 高齢者のための公的医療保険である「メディケア」は、「ソーシャル・セキュリティ・タックス」と呼ばれる社会保障税を10年以上支払うと65歳で受給資 格を得ることができる仕組みだ。受給者は毎年100ドル支払うと、医療費の20%を自己負担するだけでよくなり、60日までの入院は一律800ドルを納め ればよいことになっている。(77-78)

 このようにメディケアは心臓病や糖尿病などの慢性的に薬を必要としている人には負担が大きい。アメリカでは処方薬が非常に高価だからだ。
 アメリカの公的医療保険制度にはこの政府負担の「メディケア」(高齢者医療保険制度)と、政府と州が半分ずつ負担する「メディケイド」(低所得者医療扶 助)の二種類があるが、どちらも高すぎる医療費と保険会社が支配するアメリカ医療システムの中で連邦政府と州政府の両予算を圧迫し、非常に問題になってい る。
 2005年のメディケア受給者数は4230万人、2000年に比べ6・6%増で、連邦政府の支出額は2946億ドルとなっている。
 一方、メディケイドの受給者数は5340万人で、2000年からの急激な貧困層の増加に伴い50・4%もの増加率となり、連邦政府の支出額は1980億 ドルであった(Office of Management and Budget 2006)。
 2006年10月に国の人口が三億人を超えたアメリカで、貧困世帯の増加は国民の6人に1人が公的医療支援に頼り州の財政を圧迫する結果を生みだしてお り、今では財政支出全体の20%がメディケイドに当てられている州さえある状態だ。
 また、メディケアの全支出の約50%は老人ホームなどの長期ケア施設費用に充てられており、これも財政難を悪化させる原因となっている。
 この制度のもうひとつの問題として、医師や病院側がこの「メディケア」患者を受け入れないことがある。理由は医療費が制限されていること、そして病院側 が診療後メディケアにその医療費を請求しても、審査により請求金額が認められないケースが多いことなどだ。
 1983年、レーガン政権はこれらの問題を解決するために出来高払いから定額支払いのDRG(診療群別定額支払い制)と呼ばれる新方式をメディケアに導 入した。
 DRGとは、全疾患を468の診療群に分類し、その群に応じて実際にかかったコストとは無関係に政府が病院側に定額を支払う制度だ。
 出来高払いだった時にはサービス量を増やすほどに病院側の収入が増えたのに対し、このDRG定額支払い制度では医療サービスの量を減らすほど病院側の収 入は増えることになる。(79-81)

 医療サービスコストを切り詰めることで病院の利益が増えるDRGシステム、目的は入院ケア費用の切り詰めだった。……
 実際、このシステム導入の一年後にメディケア患者の平均在院日数はそれまでの9・6日から7・4日と二割以上減り、回復期患者のケアは一般の病院からリ ハビリ施設や在宅医療などへ移行していった。……
 平均在院日数だけでなく入院数自体も減少した。DRG導入年の1983年に120万床だったベッド総数は1996年には86万床に減り、現代の全米平均 稼働率は全ベッド数の62%だ。その結果、DRG導入はアメリカ全土の病院数まで減少させた。1983年には5843だった一般病院は1996年には 5160となり、これは13年間で9施設中1施設が廃業したことになる(American Hospital Association 1996)。(81-82)

 企業が加入する保険は、各企業と保険会社が保険料やサービス給付について個別の契約を結ぶ仕組みになっているため、心臓や腎臓移植を受けて元気になった 被雇用者が再び職場復帰したいと申し出ても、会社側から拒否されることが多い。移植後は免疫抑制剤等で高額の医療費がかかり、その従業員一人のために会社 全体の保険料が上がってしまうことを避けようと、会社側が復帰させることを躊躇するのだ。(83)

 「市場原理」が競争により質を上げる合理的なシステムだと言われる一方で、「いのち」を扱う医療現場に導入することは逆の結果を生むのだと、アメリカ国 内の多くの医師たちは現場から警告し続けてきた。
競争市場に放り込まれた病院はそれまでの非営利型から株式会社型の運営に切り替えざるを得ず、その結果サービスの質が目に見えて低下するからだ。
その顕著な例の一つに、1990年半ばに全米一の巨大病院チェーンに成長したHCA社がある。同社は現在、全米350の病院を所有、年商200億ドル、従 業員数は28万5000人を超える世界最大の医療企業だ。
同社はコスト削減のために、採算が合わない部門や高賃金の看護師などを次々と切り捨て、患者には高額な請求をして利益を上げてきた。
同社が所有する病院に課した営業ノルマは利益率15%だが、各病院の平均利益率はそれをはるかに超えた18%という驚異的数字を達成している。(83- 84)

 株式会社経営のしわ寄せは、最終的には患者を圧迫する。
 「ニューヨーク・タイムズ」紙のデータによると、薬品や医療機器を安く購入したりすることによって、HCA社は他の病院に比べ1・5倍の削減結果を出し ている。だがそれは必ずしも患者に還元されるわけではなく、患者は逆に他の病院よりも平均で8%高い金額を請求されていたことが発覚した。
  「ニューヨーク・タイムズ」紙は内部告発した従業員の証言をもとに調査を続けた後、同社が他の病院に比べ法外に高い請求をしていることを捜査当局に通 報。この事件はスキャンダルとして大きく報道された。(87-88)

 1999年末、アメリカ国内の主要医療機関は患者の最も大きな死亡要因の一つが「医療過誤」であることを明らかにした。
 患者の病気そのものや健康状態に直接起因せず、病院側の医療管理によって健康を損なうことを「医療事故」と呼ぶが、アメリカでは年間3360万人の入院 患者の2・9〜3・7%が入院中に起こる「医療事故」の犠牲になっている(Linda T. Kohn, Janet M. Corrigan, and Molla S. Donaldson, To err is human: building a safer health system, National Academy Press, 2000)。
 国立医療研究所(国立科学アカデミーの一部門)が1999年11月に発行したレポートによれば、医療過誤により毎年アメリカの病院で死亡する患者の推測 数は4万4000人から9万8000人だという。これは平均で年間7万1000人が医療過誤で死亡していることになり、800万回に一階の民間の航空機事 故や、年間約4万人の自動車事故と比べると、より深刻な社会問題となっている(同右)。
 また、同年 「ニューヨーク・タイムズ」紙に掲載された報告によると、入院患者の5%、年間約180万人が入院中に感染症にかかっている(New York Times, Nov.9, 1999)。
 アメリカ疾病予防管理センターの調査では、医療感染が直接原因で死亡する入院患者の数は毎年2万人を超え、これに外来患者の7万人が加わっている。同セ ンターの報告によると、この医療感染対策のための国の出費は45億ドルにのぼるとのことである。(88-89)

 CIA(アメリカ中央情報局)が発表しているランキングでは、アメリカの乳児死亡率は2002年に増加に転じ、死亡率は乳幼児1000人中6・3人で あった。世界で乳幼児死亡率が最も低いのはシンガポール(乳幼児1000人あたり2・29人)で、日本は4番目に低い(3・9人)数字を出している。 (90)

 アメリカ医療制度の最大の問題点は、これまでも見てきたように増加する無保険者の存在だ。医療保険未加入者の数は2007年の時点で4700万人、この 数は毎年増え続け、2010年までには5200万人を超えると予想されている。
 無保険者が増え続ける最も大きな理由は、市場原理導入の結果、医療保険が低リスク者用保険と病人用保険に二分されてしまったことだ。
 ウォールストリートの投資分析家たちは、医療損失が85%を超えると配当が期待できないとし、投資対象としての保険会社に対して医療損失が80%以下で あることを期待する、投資家たちから見離され株価が低下することを最も恐れる保険会社は、医療損失を減らすためになるべく病人を保険に加入させないように する。
 保険会社が企業と契約し、就労可能な「健常社員」の方を優先して加入させた結果、国民は健康な間は会社を通じて安い医療保険に加入できるが、一度病気に なり会社で働けなくなった途端、高額な自己加入保険か無保険者になるしか選択肢がなくなってしまう。
 メディケイドに加入するという最後の選択肢を使うには、貯金をすべて使い果たし「貧困ライン」以下のカテゴリーに入らなければならない。(90-92)

 アメリカ合衆国全体で医療サービスへ支払われる金額は年間1兆7000億ドルで、アメリカ国内総生産の15%以上を占めている。医療品の購入金額も世界 一で、一人当たり年間728万ドルを医療品購入に費やしている。だが2000年にWHOが出した世界医療ランキングではアメリカの医療サービスレベルは 37位と非常に低い(日本は10位)。
 医療の市場化が進むにつれて、低所得の人が病気になった場合の経済的負担が年々拡大し、医療費が払えないという理由で自己破産する人口が急増するように なった。ハーバード大学のエリザベス・ワレン教授によると「医療費負担」は、「クレジットカード負債」に次いで自己破産の直接原因第2位だという。さら に、病気が原因の失職など、間接的なものまで含めると、その原因の半数以上が「医療費負担・疾病関与」が理由である。こうした人々は無保険者となり、その 数は年々増えている。
 現在、在日米国商工会が「病院における株式会社経営参入早期実現」と称する市場原理の導入を日本政府に申し入れているが、それがもたらす結果をいやと言 うほど知っている多くのアメリカ国民は、日本の国民皆保険制度を民主主義国家における理想の医療制度だとして賞賛している。(92-93)

 1993年、クリントン大統領が日本式国民皆保険制度導入案を提示したが、共和党議会のつよい反対で実現しなかった。
 「市場原理とは弱者を切り捨てていくシステムです」
 そう言うのは、平等な医療ケアのために戦う「全米医学生協会」(American Medical Student Association AMSA)のジェイ・バット会長だ。
 「それがどういう結果をもたらすか、圧迫されている私たち医師や看護師、そして中でも一番しわ寄せを受けている患者たちは知っています。自由を信奉する この国では、一見、自由な医療システムが存在しているように見えるかもしれません。ですが実は政府の介入がないことによって医療費は増大し続け、不安定な 医療供給が行われているのです。民主主義の国において、市場原理を絶対に入れてはいけない場所、国が国民を守らなければならない場所は確かに存在するので す」
 AMSAは、医療現場で起きている不平等な現実についての認識を広め、保険会社の不当な独占体制にノーを言える責任ある医師を育成している。
 1950年に創設され、現在全米に6万8000人の会員を持つこの組織は、2006年11月にワシントンDCで大規模な「製薬会社不介入キャンペーン」 を開催し、市民の前で会員たちが製薬会社からの贈賄拒否宣言をした。
 「製薬会社が使う広告費、販促費および医師への贈賄費用の合計は年間8億ドルで、中でも贈賄費用は医師一人につき1万ドルです。これにノーを言う医師を 増やすこと、民営化された医療保険システムに反対する医師を増やし、政治家たちや一般市民に呼びかけていくことが、市場原理保険制度にノーをつきつける一 つの手段であると、私たちは信じています」(93-94)。


UP:20080304 REV:
貧困  ◇BOOK
TOP HOME (http://www.arsvi.com)