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『自死という生き方――覚悟して逝った哲学者』

須原 一秀 20080125 双葉社,285p. ISBN: 4575299987 1890


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■須原 一秀 20080125 『自死という生き方――覚悟して逝った哲学者』,双葉社,285p. 1890 ISBN: 4575299987 ISBN-13: 978-4575299984 [amazon] ※ b d01 s01

■出版社/著者からの内容紹介
著者は立命館大学の哲学講師。06年4月、自死を遂げるが、そこには一冊分の完成原稿が残されていた。自殺の意味と理由、方法、哲学的背景、そして決行日に向けての心理分析と行動録…淡々と描かれる「積極的な死の受容」の記録がここに。


■目次

解説 浅羽通明 この死者を見よ――『新葉隠』との対話
新葉隠――死の積極的受容と消極的受容
はしがき
1章 三島由紀夫、伊丹十三、ソクラテス、それぞれの不可解
2章 なぜ彼らは死んだのか?
3章 「未練」と「苦痛」と「恐怖」
4章 死の能動的受容と受動的受容
5章 自然死と事故死と人工死
6章 武士道と老人道
7章 弊害について
8章 キューブラー・ロス―キリスト教徒の苦境
9章 補助的考察
10章 雑感と日常
あとがき
注記
最後に――父の自死について 須原純平



■引用
「いずれにしても、人間は自然界で唯一「自らの死」を思慮する動物である。しかも、「病気」や「災害」を自然からの暴力として、それらを何とか制御できる範囲内におさめようとしてきたし、かなりおさめることにも成功してきた。そして結局、現代人は全くの人工的居住空間で生活しつつ、ほとんどの「自然」を公園か動物園レベルにまで調整してしまったのである。しかし、なぜ最大の自然の暴威である「死」だけは制御することに躊躇するのだろうか。
 既に、尊厳死や安楽死という人工死の様式は先進諸国では認められる傾向にある。したがって、安楽死の範囲は徐々に広がって行くことは間違いないはずである。
 とにかく、「死」の問題を人工的な調整の範囲内に閉じ込めようとする傾向は止めることはできないはずである。そして人々は、気力も体力も失せ「看護人と医者」の「善意と技量と注意力」にのみ委ねられた状況は絶対に避けようとするであろうし、医療の発達と安楽死容認の世界的傾向を見ても、自然死ではなく人工死を求めるのは未来の人類の普通の傾向となるはずである。154>>155
 とすれば、「人工死が望ましい」という気持ちは必ずしも病的なものとは言えないようにも思える。人間は進化してきたし、ある部分では退化もしてきた。いずれにしても、それぞれのレベルでいろいろと工夫して順応もしてきた。人間には可塑性があるのである。
 そして、現代は全体としては良くなってきているはずである。それは昔のように、寄生虫でもがき苦しみながら若死にして行くことも、近くの部族と悲惨な殺し合いもしなくてすむようになってきているからである。
 「本来の人間らしいあり方」などという退行的神話はもう捨てて、未来を見すえなければならないのではないだろうか。そのための一環として、日本人はまず自分たちの伝統である「武士道」について再考すべきではないかと思うので、それを次章で取り上げたい」(pp.154-155)

「つまり、清教徒にとっての「神」が「西洋型個人主義」を育んだように、日本人にとっては「武士道」が集団主義的社会の中における「日本型個人主義」を育んだのである。
 したがって、問題は服従でも盲従でもなく、まさに「個人的主体的行動」であり、池上英子氏の言う「名誉型個人主義」の発露でもあるという点が肝心要なのであるから、日本人であるならば、最低限そのことだけはしっかりと認識し、外国人に説明できるのでなければならないと私は考えるし、この点に関しては、正に『葉穏』がその真髄を体現しているので、これこそ日本人の読むべき聖典であると言いたいのである」(p.173)

「いずれにしても、もともとは奴隷や家畜が勝手に自殺すれば主人は怒るはずであるから、神のしもべである人間も勝手に自殺すると神は怒るはずだなどというプラトン的キリスト教的伝統によって育まれた自殺嫌悪の風潮に無反省に従うことなく、またそれ以外の宗教や思い込みに流されることなく、「武士道」の近くに身をおく日本人は、単なる社会からの逃避でしかない自殺と、この種の有意義な「共同体の価値に殉じる自決」とはしっかり区別しておく義務があるのではないだろうか。
 なぜなら、「自尊心と主体性」はいかなる共同体もその構成員に承認かつ要求すべきものであり、それを承認も要求もできない構成員(犯罪者、脳死患者、乳幼児、乳幼児と同等の老人)には排除か保護しかないとすれば、「自尊心と主体性」は共同体の認める中心的な価値かつ徳であるからである。したがって、そのために殉じる自死の文化を定着させ、二十一世紀の世界共同体に範を示す役割は日本人をおいて他にはないと考えている」(p.191)


■言及・紹介
◆福嶋 聡(ジュンク堂大阪本店) 200802 「本屋とコンピュータ(75)」
 http://www.jimbunshoin.co.jp/rmj/crmaf75.htm


UP:20080221 REV:
作成:野崎泰伸
  ◇自殺  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK 

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