HOME > BOOK >

……



■■第9章 新薬開発:貧しい人々を除外すべきか?

 *なおしてみた版

Chapter 9: 新薬開発:貧しい人々を除外すべきか?
p. 221
9.0 はじめに[Introduction]
 およそ1800万人の人が、毎年、予防や治療や処置が可能な疾患による避けうる死を迎えている。これは一日5万件の死であり、すべての人間の死の3分の1を占めている(注136参照)。さらに何千万という人々が、こういった病1 でひどく苦しめられている。くわえて何千万の生命が、その家族の早すぎる死や重い疾病によって打ちのめされている。これらの疾病はまた、多くの貧しい国々・コミュニティ・家庭、の経済に過大な負担をかけており、それによってその貧困を永続せしめており、結果としてその構成員の健康が損なわれることに寄与している。
 この高い死亡率と罹患率は決してランダムに分布しているわけではない。さまざまな社会的事由により、有色人種の成人および子どもたちが不釣合いに深刻な不健康[severe ill health] 2に苦しんでおり、さらにその範疇の中でも女性と女児がとくにひどい状態にある3 。この[偏った]分布を決定付ける最も重要な原因となる因子は貧困である:ほとんどすべての避けうる死亡や疾病は、貧しい国々の、それもとくに最も貧しい住人の間で起きている4。 この巨大なグローバルな疾病の重荷[global burden of disease ] [sm2](GBD)に制度改革[reform]を通じて 戦いを挑むさまざまな方法がある。4章から8章で探求したアプローチは深刻な貧困の撲滅に焦点をあてる。これまで見てきたように、比較的マイナーで現実的に達成可能な制度改革― グローバルな所得分配の1%以内を移転させるのみに過ぎない?が世界全体の深刻な貧困を終わらせるのに十分である。全人類の所得の下半分の人々は、グローバルな生産[product]のわずか3%以下で十分生活してゆくことができる。しかし、残りのわれわれが(自分たちの)不健康状態をかわすための助けとしている、適切な栄養や安全な飲料水・適切な衣類や住居・基本的な衛生・蚊帳などといったものへのアクセスが可能になればもっとよい(生活が送れる)275。
 避けうる多大な死亡や疾病に対処するもうひとつの方法として、医学的介入―ワクチンや、治療や処置−へのアクセスの改善を保証してゆくやり方がある。この問題にアプローチしてゆく2つの方法は相補的である:まさにひどい貧困を撲滅することはGBDを非常に減少させる。さらにGBDを必須薬のアクセスの改善によって減らすことは、ひどい貧困を多大に減じることにつながりうる。貧しい人々が自らの経済状況をよくできるように働ける能力および自己管理能力と0を強化することによって、276。後者のアプローチの例示としてこの章では、いかにしてGBDの劇的な減少の決定的な一阻害要因を取り除くことができるのかあらましを述べる。
 既存の製薬に関する知的所有権の制度は道徳的に極めて問題である。国際的な保健衛生の専門家277間では長らく認知されてきたことだが、この事実は貧しい患者の死活に関わるニードを、製薬会社の研究や(新薬)開発への投資の回収というニードと競わせたエイズ危機の結果としてより広く理解されるようになった5。とはいえ、いまだこの広範囲の理解が簡単に政治改革に転換278されているわけではない。一部の人々は、ウィストン・チャーチルの民主主義のように、既存のシステムは、他のすべてを除けば、最も悪いものだと信じている。他のより改革に親しみを感じる人々は、何がまさに既存のシステムの欠点であるのかに同意はせず、さらに、代換えとなる改革案をごちゃごちゃに並べて提唱する279。
 
 われわれは、関連する事実や、科学・統計・医学・公衆衛生・経済・法・道徳・政治哲学からの洞察によってもたらされた十分な情報に(基づく)具体的かつ特定の改革プランを必要としている。この計画は、実行に移す準備があり、政策立案者や健康問題に取り組む280機関や組織,メディアや一般大衆に対して、明確な焦点を供しうるようなレベルのものでなくてはならない。実行に移される機会を得るためにはこのようなプランは政治的にも実現可能であり、現実的でなくてはならない。実現可能であるためには、それがいったん実行に移されると、それ自身が自ら政府や製薬会社や一般大衆(これら3つの鍵となる支持層を改革後の体制下に見られるであろうとみなして281)から支援されるものでなくてはならない。政治的に現実的であるためには、その計画に倫理性があり282、かつ政府や製薬会社や一般大衆(これら3つの支持層が現存する制度下で今あるそのままとみなして283)に対して分別あるアピールを有している必要がある。この両方のレベルにおいての動議づけが矛盾無く適合できないような284改革案は決して成功しない。ひとつの重要な含意は、われわれが、われわれの共通の避けえぬゴールであるところの必須薬へのユニバーサルアクセスに製薬会社との協調で到達しうるか、あるいは(製薬会社との協調なしに)全くありえないか、ということである。285
 この章では現実的で、実現可能、政治的にも実際的な、現在の国家的およびグローバルな秩序の改革案を描出する。製薬業界が世界中の貧しい人々の深刻な健康問題に取り組もうとするゆるぎない信頼の置ける財政上のインセンティヴをあたえられるような。もし適用されたら、このプランはヘルスケア[システム]が全世界規模で費やしているすべての費用にたくさん付け加えるものではない。実際、総決算では、現存するGBDによって多大な経済的損失がもたらされていることに注目すれば、改革は実際コスト削減になりうる。さらにいえば、それは地球規模の医療費の消費を、国々において、世代間において、また、健康を楽しんでいる幸福ものと、思い病状で苦しんでいる不幸なものの間で、より公平なヘルスケア資源の分配がなされうる。
 こういった計画を実行に移すかどうか、また[移すとして]どのように行うかということの決定は、挙国一致政府286、およびそのWTOおよびWHOなどのような国際的な組織しだいである。しかし、結局のところ、これら政府は彼らが代表している人々に対し説明責任を有しており、つまりはこういった人々が順繰りに最終的な決断の責任を負う。それは広く共通した責任であり、現在の制度的取り決めによって生み出されかつ再生産されている莫大な疾病負荷の減少にむけた、より見込みのある改革オプションをアセスメントし探査するという緊急のタスクである。
9.1 The TRIPS Agreement and its aftermath:TRIPS合意とその余波 
 この15年間というもの、合衆国および他の富裕な国々は、知的財産権の堅固で一定の保護をグローバルな貿易システム[global trading system]287の基本構造に組み入れようと懸命に働きかけ、成功してきた。この第一歩には、WTO設立を導いたいわゆるウルグアイラウンドでの「知的財産権の貿易関連の側面に関する協定288 Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights ;TRIPS Agreement」が含まれる。(この体制)は"TRIPS-plus"など追加の条項を含む、次々の連なる自由貿易の双務協定によって維持されている。追加の条項は、特許所有者に彼らの専売権をTRIPS Agreement6で護られる20年間を充分に超えて延長、または”不朽"のものとし、また、他のたとえばデータの排他的供給7、および強制実施権の有効な使用に対して制限や政治的圧力をかけるなどといった、さまざまな方法でジェネリック薬の製造を妨げ・じゃまし遅らせている。
 知的財産権は音楽や、映画・絵画・詩・散文といった創造的な仕事が、無許可の改変から護られること、またその作者が彼らの作品の再生産からの印税や使用許可料といった収入を受け取れることの保証を支援する。ソフトウエアに対する権利と、特に生物組織(食供物となる植物の種などといった)、医学的に有用な分子、新薬開発に必須な製薬研究の道具8などといったにかかる専売特許はこういった著作権よりもさらによりゆゆしいものである。こういった種類の特許は、直接的にせよ、間接的にせよ、全世界において、貧しい人々の基本的な食物や必須薬へのアクセスを妨害しているというかぎりにおいて、道義上289[きわめて]問題である。この問題の緊急性は、地球規模の栄養不良や疾病の頻度でおのずと明らかになってきている。思索による生産物の素晴らしいところは、その受益者の数と[製作]費用が独立しているところにある。小説を創り上げる知的労働は、何百万の読者が居る場合でも、全く一人もいなくてもまったく同じだけである。音楽やソフトウエアの構築、新種の動物や植物の開発、新しい型の医学的に有用な分子の発見といったことも同様である。何百万人もがこういった知的労作から、新たな費用を加えることなく恩恵を受けることができる。たしかに、多くに恩恵の/[を与える]ためには 知的達成は典型的に、物理的に複数のコピーに変換されなければならない。書籍にCDに、種に、DNA分子のトークンに、錠剤に、あるいはワクチンに。290このような知的創造と発見の物理的例示は追加のコピーが作られるにつれて―典型的には減少率で―あがるコストがある291。しかし、こういった物理的な再生産は、費用を全く加算することなく知的創造労働292から分離可能である。物理的再生産への知的創造労働の構成要素は、限界収益点.においては全くコストフリーである。よって、貧しい人々は少なくともこういった知的創造労働にたいしてはただでアクセスできるべき、すなわち物理的再生産(要求に見合ったつきかの複製を製作するのに必要な市場価格のみを支払うべき)といった考えが浮かんでくる。
 すでに近年の知的財産権のもったいぶった293 首唱は、まさにその逆方向に進んでいる。その推進力となる考え方では、知的達成294によって派生した利益は、だれによってもどこであっても、支払われなければならず、未払いで得た利益はいかなるものであっても、窃盗、著作権侵害、偽造、それらよりもさらに悪いものを構成する、とされる。たとえ、その追加で乗ることが完全にコストフリーであっても、フリーライドは決して許されない―たとえ彼らが絶望的に貧しくても、どんなにそれを必要としていても9 。この基本的な考え、独占的な価格設定のパワーを認めるということで実行に移すと、知的財産部分を含む商品の価格を非常に押し上げることになる―製薬の場合は10〜30倍となる。
 限界収益点において、全くコストがかからない商品から人々を締め出すことが理にかなう場合もある。いくつかの場合、こういった商品へ、他の人々が全くアクセスできないとすると、より価値がありより賞賛されることになりうる。たとえば、新しい強力なコンピュータソフトの場合、投資銀行にとっては大きな価値のあるものとなりうるが、それも所詮、そのライバルが同様のプログラムへのアクセスを欠いている期間にかぎってのことである。人目を引くハンドバックのデザインはそれをもつ人に、かなりのプライドと喜びを与えうるがそれも彼らが少数派集団でいられる限りである。このような場合では、アクセスの拡大―開発の労苦に全く何も付け加えないのだが―はこういった(アクセスが拡大されなければ、)開発の恩恵に独占的であることで得ている人々にコストを課することになるので、排他性の強制も意味をなしている。
 この合理性はアクセスの拡大が総じてポジティヴな外部効果をもたらす新薬開発の場合は欠落している。いかにも、他の人々が疾病に陥り、病者でありつづけ、早すぎる死を迎えているとき、われわれが恩恵を得ているrespectsがある295。しかし、そのいやらしさからは切り離されて、こういった恩恵は、コストによって小さく見せられ、結果として経済的負荷と公衆衛生への危険をもたらすことは明白である。貧しい人々が、新薬開発(の恩恵)から締め出されるよりもむしろ、自由な供給を受けた場合、全体としては、裕福な人々たちでさえも恩恵を受ける。われわれには天然痘のような危険であり、、エイズのような貧しい人々への多大な重荷であり、全人類への脅威である疾病を、自分たちの周りに維持したいと思うよりはむしろ大幅に削減したい、根絶したいと欲する理由がある。296 であるならばなぜ、知的財産所有者への法外な使用料を全世界に強要することを主張して、貧しい人々を新薬開発の恩恵から除外しようとしなければならないのか。
 2005年以前、インドの法律では、特許は(創作)過程にのみで、その産物には全く認められていなかった。結果として、インドのジェネリック薬製造産業は繁栄しており、良く知られていてあちこちで特許をとっている薬の新しい製造過程を開発して、こういった薬剤を世界の貧しい地域の人々に廉価で提供していた。
しかし、1994年にインドが世界貿易機構の知適材債権に関する条約にサイ ンしたとき、2006年1月までに生産物にも特許をかけることが要求された。 この規則は自由貿易にはほとんどほとんど関連無く、アメリカとヨーロッパの製 薬業界からの政治的圧力に関連付けられるものだった。インド政府は以後の新し い薬物の模倣を効果的に終わらせうる規則を制定した。世界の貧しい人々にとって これは2重の衝撃でありえた―入手可能な薬剤の供給が断たれること、および新 薬の価格低下をもたらすジェネリック薬との競合が取り除かれてしまうこと 10。
 いったい何がインドの製造業者が世界で最も貧しい人々への命を救う薬物の供給を断つことを正当化しうるというのだろう?この挑戦に対する応答のひとつとして、どの発明者であっても自らの発明の利用法を自分でコントロールする自然権を主張するものがあるだろう。しかしこの主張は重大な困難に直面する。そのうちの4つをこれからここで明示しよう。
 困難の一つは、なぜこの開発者の自然権が、TRIPS/TRIPS-plus合意や国家の法律による履行が正確にそれに合致するように大事にされなくてはならないのか、ということ、なぜこの自然権がすべてを覆い、知的達成のみが、現在特許占有、著作権や商標によって法的に保護されなければならないのかを説明することである。なぜこの自然権の適応範囲と期間が、WTOの保護の下に、今正確に世界化されなくてはならないのか?国家レベルで、さまざまな知的財産権に関する体制が存在しており、だとするとこのうちのどれでもが、さらにはそれ以外たくさんのありようが世界化されることもありえたはずである。このような制度は開発者の利益と潜在的な恩恵とのバランスにどのように影響を与えるかという点でことなっている。特許の寿命は長いものも短いものもある。どのような条件下(値段で297)で権利を侵害することになるのかということを決定する余地はたくさんあり、その条件とこの条件が尊重するものの差異は、開発者・開発されたもの・それを利用する人々・利用の仕方、によって形づくられるものかもしれない。
 もう一つの困難は、特に植物の種や製薬に関連することだが、この開発者の自然権というものを、(食物や薬を欠く)貧しい人々の生きる権利をそれに合致するよう切り詰めるべき、というほど重んじているところにある。その反対ではなくて11 。その産物[薬/食物]が、政府の資金援助や、税制上優遇されている大学や公的研究所で行われた基礎研究にかなり依存している場合、それらのより広い、周囲の社会的生産基盤への信任および前世紀の人類の知的尽力298に触れることなく12、この自然権が、製薬会社を唯一の知的財産権の受け手であるとえこひいきすることを示すこともまた、困難である。
 しかし、まず、開発者が自分の発明をすべて制御しうる、ことを正当化する[という]自然権のより根本的な困難に焦点をあてよう。右派リバタリアンのいう、もっとも財産に親和的な説明においても、有形の対象物の革新的創造が、をそのもののみならず、同じ型のすべての対象物についての開発者に所有権があるということの説明は困難である。これらの説明は、原材料から何かを生産した人は、合法的にその生産物を他人が使うことを拒否する権利とともに所有するというロックの説に訴えており、また、この生産物に対する労働の他者のニーズへの勝利としての権利は、他者のニーズがどれほど絶望的なものであったとしても、なかば公理とみなしている。それに応じて、ロバート・ノージックは、医学研究者は、たとえそれが生存に必要な薬だったとしても、自身が発明した薬を与えずにおくこともありうる、と主張する。この見方に応じて、ノージックは特にロック学派の条件づけ299に訴える。
 “医学研究者は、自身が私物化したものを奪うことによって他者の状況を悪化させたりはしない。他者も彼が私物化したのと同様の物質を容易に所有することができる;研究者の化学物質の私有化もしくは購入は、ロック学派の条件付けを侵すように、その化学物質を枯渇させたりはしない13。”
 、この線にそった考えでは、医学研究者に、他の人々が合法的に所有している化学的原材料から彼の活動を複製することを拒否する権利を有している、と合理的に結論付けることはできない。いかにもノージックは特許を是認している。彼は、特許は他者がそれなしにいたときの状態よりさらに悪くするものではないと書き、それぞれの特許が同じ発明を独立して成し遂げたことを立証できる場合を除外している14。しかし、これらの判断は、彼の論において、全く論拠のあることではない。他者を悪い状態にしない、という獲得はその有効性において、必要条件ではあるが、充分条件ではない。それは どのような形で人が所有できるかということ:つまり、合法的に所有している材料を組み合わせて(何かを創作した)ひとが、どのように、それに関して、他者が合法的に所有している材料でやろうと思うことに対する拒否権を獲得できるのか、といったようなことを説明する方向にはまったくない。ある日ジョンが、料理にすこしだけ樹の皮を加えたほうがさらに好みであることを発見したとして、彼は、樹の皮が含まれたタイプの料理の所有者であると宣言したとしよう。あいにく、樹の皮が入った料理をだれも好まなかったので、ジョンが主張した拒否権でだれも悪い状態にはならなかった。とはいうものの、ジョンの自然権の主張は正当化されぬままである:なぜかれは他者が自分の料理に樹の皮を加えることを拒否できるのだろう?ノージックの理論はこのような権利のなんの支援にもなっていない。
 実際、ノージックの理論は、発明が他者にとって有益であるという、より当を得た場合にこういった権利に対抗する理由を与える。はっくりさせるために先の事例の樹の皮をきのこに置き換えてみよう。きのこを料理に加えることは大部分の人々にとって、おいしさを増すことになる。この場合、ノージックの説はジョンがきのこ類を加わえた料理の所有者だといい同様の料理の作成の拒否権を伴うジョンの自然権に対して不利に作用する。
こうすることで、ジョンは他の人々を悪い状況においやる可能性がある。かれは同意も保証もなしに、他人の所有権を一部奪うことになりうる。かれは、彼らの財産権の行使に厄介な条件を一方的に押し付ける。つまり、彼らは自分たちの料理に自分たちのきのこを加えることをひかえなくてはならないか、またはそれを行う特典のために、ジョンに[彼の]言うがままの料金をしはらうか、あるいは、料理にきのこを加えるという思い付きを彼らはジョンとはまったく独立して到達したということを証明するしかない。ジョンにこのような一方的な強制を行いうる自然権があるというのは、ばかげておりリバタリアンの考え方でもない.15 353
 これらすべてを医薬品に適応するにあたり、ノージックが、結果として多くが死ぬことになるとしても自分自身で合成した医薬品そのものを医学研究者が保持したり法外な値段で売ったりすることができるという、権利に結びつけた要件について思い返してみよう。ノージックによると、研究者は他の人々を悪い状態に追いやったりその物質の欠乏を引き起こさしたりしないのでそうする権利がある、とされていた。ノージックが論ずるところの自分自身の化学物質で合成した医薬品実体に対する権利を主張する研究者にとってはどれほど真実でありえるとしても、その型に対する権利を主張するような研究者は間違っている。300後者の場合、その研究者は他者がそれを全く独立になしえたということを証明することなしに、その医薬品を開発する他者の機会を奪うことによって、彼らをより悪い状態へ追いやることになる。さらに彼のみがその財産の他者利用を許可しうると主張することによってその物質の欠乏状態を生み出している。第一の研究者の権利を護るためにノージックのいったことはそのまま、第二の研究者の権利要求を打ち砕く。
ノージックの議論は単に後者の要求を支持するのに失敗するだけではなく、さらに、他者は後者の発明のために自由に複製できるようにしておくべきであるということをも要求する。研究者は彼の知識と医薬品をたとえその結果で多くが死ぬことになるとしても、すべて自分自身のものとして保持することはできるだろう。また、それを、分析したり再生産したりしないと契約して約束したひとびとに法外な値段で売ることもできるだろう。しかし、たとえ先行する発明について聞いたとしても、あるいはなくされたり、破棄されたサンプルを見つけた場合でさえも、自分たち自身で同じタイプの医薬品を合成しようという第3者に対して拒否権を獲得することはできない.16
 ある一定のタイプの医薬品の知的財産を支持するには程遠く、ノージックのようなリバタリアンの義務論的説明はこのような財産権に意義をとなえる。すなわち、ある特定の、一定量の医薬品(トークン)の占有は、その所有が他者の(自らできるなら)同じ型の医薬品を生産する自由を妨げないならば、その限りにおいてのみ可能である。その物質の種類を自分たち自身で私物化しようとするものは、他者に充分な良いものを残しておくというロックの前提条件に違反する17 。

9.2 The argument from beneficial consequences:利益をもたらす帰結からの合意
 知的財産権の保護を(道徳的な)自然権に訴えてゆくのは、圧倒的に困難なので、進行中の知的財産権の主唱のほとんどの擁護者は、かわりに、このような法的権利が知的開発を促進するという、われわれが聞かされているところの、知的達成の財産権を保護することの恩恵を主張する。近年の経験からは、植物の種や医薬品における知的財産権は、模倣やぎりぎりの駆け引き―規則の制定に影響しようと試み、さらにその規則につけこんで不正に得しようという試み18をかなり扇動している事が示唆されている。いまだ、知的財産権は純粋に新しい種や薬物を生み出す研究活動を奨励している。よって、恩恵ある帰結という論点を退けるわけにはいかない。
 この主張を評価するためには、われわれは[次のように]問うてみる必要がある。<この知的財産権制度のグローバル化は、どのように多彩な人口集団それぞれの満足のいく状態(安寧)に具体的に関与しているのだろうか?> この質問を吟味するためには、このはじまっている体制をうけいれるのか、あるいは開発のすべての望みを放棄するのかというあやまった二分法19を避けることが非常に重要である。ほとんどの富裕な国々で知的財産権が法的に認められているが、より貧しいほとんどの国では認められていないかあるいは同じような文脈ではないという、第三の可能性がごく最近例証されている。第3の可能性の存在には2つの含意がある。第一に、現在の体制についての結果論に基づく議論は、知的財産権がどこにも全く存在しないということよりもこの体制が望ましいということを示すだけに過ぎず、成功しえないことを意味している。第二に進行中の知的財産権の主唱についての結果論に基づく議論は、(特許で保護された種や医薬品へのアクセスの減少によって)貧しい人々にもたらす損失が富んだ人々にもたらす利益よりも大きいならば、失敗に終わる。どんなに妥当と思われる、貧しい人々の満足いく状態を富んだ人々より軽んずることのないことをふまえた説明であろうとも、新しい全世界規模の知的財産制度はより分化されていた先行制度よりも劣る。
 このことをみるために4つの主な関連集団の立ち位置からこの移行を考えてみる。
1)製薬・生体工学企業の潜在的な開発者およびその出資者と研究者
2)実際のあるいは潜在的な患者としての富裕な人々
3)ジェネリック薬製造会社およびその出資者と研究者
4)実際のあるいは潜在的な患者としての貧しい人々
 製薬・生体工学企業の潜在的な開発者はその出資者と研究者とともに、製薬における知的財産権のグローバルな施行によって恩恵を受ける:彼らはいまや法を使って特許を得た薬剤の製造や販売を地球上、どこであってもやめさせることができる。地球規模でその占有をこのように行ってゆくことによって、特許所有会社は、患者をより廉価の無免許で創られた薬から切り離すことができ、結果として販売量および正式な薬の価格を押し上げることができる。
 実際のあるいは潜在的な患者としての富裕な人々にとっては、入り混じったものとなる。一方では、彼らが必要とする無免許の安い薬を買う機会を失うことになるのだが、もう一方では新薬開発へのインセンティヴが高まることを通して、彼らに提供されうる、より進んだ医学的兵力をもたらす製薬革新を期待できるようにもなる。この、より強い開発へのインセンティヴをとおして第二のグループに恩恵を与えるということが、進行中の知的財産権の主唱の理由と信じられている。安いジェネリックからより高価な正式薬に強制的に切り替えさせられる少数の高齢の富裕な人々は新薬開発のコスト分担に責任をもつことによって正味の損をうける人々となりうる。しかし、若い(よって新薬開発のペースにより影響を受ける)、健康な(現在は特許薬を必要としていない)あるいはジェネリック薬に反対する、あるいはジェネリック薬で得をすることができない、大部分の富裕な人々とって、より強力な開発へのインセンティヴの有利さは決定的であろう。
 特許による占有の世界規模での施行はジェネリック薬の生産者とおよびその出資者、研究者にとっては後退を意味する。彼は特許薬の無免許バージョンを単純にそれよりも高い認可特許薬を賄いきれない貧しい人々と同様、節約しようとする富裕な人々に販売する機会を失う。しかし、これらの企業は自分たちに課された新しい規制に順応することができる。特にインドでは、多く[の製薬会社]はいち早く裕福な人々の慢性的な疾患にたいする研究や新薬開発に[切り替えること]によってより富裕な国々の患者たちに奉仕する自分たちの[体制]を再編成してきている20 。
 貧しい患者と患者予備軍が第4の関連する集団である。新しくグローバル化された特許体制は、それが彼らに賄いきれないものにすることによって、彼らのためにその薬品を購入する国家の医療体制・国際開発機構・非政府組織の購買能力を著しく弱めることによって、最新の必須薬から彼らを切断してしまう。AIDSや他の処置可能で治療できる疾病による何百万もの死はジェネリック薬の取引や製造への抑圧のためである。これら、普及している専売価格で医薬品を賄えない人々は、富裕な人々より、数で大幅に勝っておりより危うい状況にある。現在の締め付けのきびしい知的財産権体制は―貧しい人々の利益が裕福な人々のそれよりも軽んじられることはないというあらゆる率直な説明に基づき―社会的害で判定されるべきことは明白である。自分たち自身と選挙民に恩恵を与える新薬開発を強化するために、世界の最も富裕な人口集団の代表者たちは、かなり多くの、非常にまずしい人々(および彼らの代理として働いている諸組織)が市場の競争価格で売ろうとしている供給者から、安い医薬品を購入する機会を破壊しているのである。
 もし、知的財産規則を強化することが新薬開発を促進するのだとしたら、貧しい人々もまた、結果として恩恵を受けられるではないか 、という応答がありうる。強要される20年間の遅延は、富裕な人々が享受しているアクセスに関してはそのままにさせるだろう。しかしこの遅延は貧しい人々が前TRIPS体制下で持ちえたものに関しては減少させるだろう301。よって 知的財産権規則の強化は、新薬開発を20%促進させると仮定し、もしそうであるならば、次の100年間では、前TRIP体制下での120年に相当するだけの新薬開発がもたらされるだろう。20年間の遅延に関わらず、120年後のまずしいひとびとは、前TRIPS体制が継続した場合とまさに同じくらい恵まれた状態であろうしている302だろうし、さらに多くの未来の貧しい人々は、そうなり得なかった場合よりも順境にあるだろう。 
この反応は特許が失効するまでの間に、病原菌が開発する[その薬剤に対する]耐性の増加によって、いくつかの薬剤はその治療薬としての価値をかなり失ってしまうという事実を無視している。さらに何百万という人々の生存や健康がその医薬品に今アクセスすることに依存しているという事実に直面するとき、この反応を明瞭に表現するのはさらに困難なことである。とはいえ、それは、われわれにこのセクションで考えてきた2つの体制―TRIPS/TRIPS-plusの創生と、より分化していたその先行制度―新薬開発がそれに支払う患者主導で行われるときには、貧しい人々の既存薬へのアクセスと彼らの健康問題を製薬会社の研究計画に含めることはトレードオフである。ーを超えてわれわれに示唆する真の洞察を含んでいる。次のセクションではこの点にまた戻る。
 しかしまず第一に、もし新体制が全世界の貧しい人々にとって、そんなに悪いことなのだとしたら、なぜ彼らはそれに賛成したのか、WTOへの加入は、結局のところ任意であり、これらの貧しい国々も署名することを選んだ。そして[サインしたひとびとは]彼ら自身の利益をわれわれアウトサイダーよりも信頼でき、より正当に判断するのではないのか?と問うてみよう。
この不服申し立てがなぜうまくいかないかを理解するためには、次の3点に留意する必要がある。第一に、WTO合意に先立つ折衝およびその結果としての修正時において、貧しい国々の代表者たちは、“ノウハウを欠いており、もたついていた。多くはウルグアイラウンドで署名することが[自分たちにとって]どういうことであるか、ほとんど理解していなかった21 。” Back then、貧しい国々の代表者たちは、“緑の間”[White House の 2 階にある部屋]での、最も強力な国々と貿易圏の間での排他的な協議で起草された28000ページにもおよぶ、条約の 草稿に直面していた。最も貧しい国々の代表団はたぶん、富んだ国々への市拡大へアクセス拡大を希望して彼らが条約にサインした条約の包括的な意味づけや含蓄についてはおそらく完全には理解できなかっただろう。
 第二に、最も貧しい国々は賦課に抗するために必要な交渉力を欠いていた。西側諸国すべての自由貿易の美辞麗句にもかかわらず、貧しい国々は高い代償を支払ってわれわれの巨大な市場にアクセスすることを強制される。どの貧しい国であっても、かれらの市場を富裕な国々の企業や銀行により広く開くことを要求され、およびその、知的財産権の高くつく施行の約束を求められる。世界知的所有権機関(The World Intellectual Property Organization :WIPO)は国連の特殊機関であるが、貧しい国々の知的財産権の施行を”助ける”という任務を課されている。この施行努力にかかるコストは政府の基本的社会サービス支出を減少させる。すなわち、“貿易の手続きを改善し、技術的および知的財産権基準を確立させようという公約の履行は、最も貧しい国の一年間の開発予算よりも費用がかかる”22。そして外国企業への特許料の搾り出しはまた貧しい国々での[食物の]種や必須医薬品に課された値を含む物価の上昇をもたらす。もし、外国の知的財産権の履行の押しの強さが不十分だとみなされると、そういった国々は合衆国貿易代表 US Trade Representativeのいわゆる301報告書に選抜され、現時点でおよそ40ヶ国が 懲戒の引き合いに出され、貿易制裁の実施/可能性に晒されている(www.ustr.gov) 23。外国企業への特許料の搾り出しの履行に充分押しの強さを発揮しているとみなされた貧しい国々は貿易制裁を免れている。しかしそれでも彼らは、関税や割り当て数・ダンピング防止義務・輸出信用保証・国内産業への巨額な助成金[といったしくみ]で強固に保護され続けている、富んだ国々の市場にフルアクセスなどまったく行えていない。 こういった保護貿易論者の手法は布地、履物、農作物といった、まさに[こういった規制がなければ]貧しい国々が最も競争できる分野で最も厳しい。定期的に、全世界貿易システムの最高位の役員に嘆かれる303こと24で、このような富んだ国の保護貿易主義は貧しい国々に年間およそ1万億ドルの貿易収入の損失をもたらしている25。
 第3点として留意しなければならないことに、貧しい国の政治権力は典型的にはきわめて偏って分布しているということがある。たとえ国際条約が、[自国の]大部分の貧しい人々に災厄をもたらすものだとしても、それでもなお、富裕な国々に申し込まれたとおりに条約に署名することがその国の政治経済エリートにとっては都合が良い場合がありうる。それは、彼らに貿易の機会を提供するとか、政治的支援や外交上の承認を勝ち取るとか、武器へのアクセスを強化するとか、かれらの思慮深い外国への資産移動ならびにその維持能力を保護するとか他のさまざまなやりかたで、彼らにとっては有利なことになるかもしれない。そういうわけで、統治エリートの合意は一般住民の利点の有効な指標にはならない。この点は実際にWTO合意に署名した諸国の統治者のリストを見ると鮮明になる。その中には、ナイジェリアの軍事独裁者 Sani Abacha、ミャンマーのSLORC(State Law and Order Restoration Council)評議会、インドネシアの泥棒政治家Suharto、ジンバブエのRobert Mugabe、ザイールのMobutu Sese Seko、および、良く知られていないが同様の腐敗した残虐な暴君たちがみられる。こういった統治者の合意が自分たち自身の利益にとっては合理的であったとしても、その合意が彼らに抑圧されている主体にとっての最善の利益にしたがっているなどということはありえない。
 第3点の反映はまた、もうひとつの通俗的な世界経済の新しい規則の防御について物申す。この防御は、人々が前もってその統治に自分たち自身で合意していたのだとしたら、彼らにとって不利な状況の統治に人々をとどめておくことは不当ではない、と指摘する。Volenti non fit iniuria―やられる気があってやられたことは不当行為ではない304。この防御に伴う問題点は、とどのつまり、国民の合意が統治者の署名から推論されうる限りにおいて現状を正当化する、ということである。しかし、リストにあげたような国々では、国民が彼らの統治者に同意していると考えることが妥当だとは思えない。軍事力をもって国民を従わせることに成功した暴君がどのようにして彼が抑圧している人々の代表として合意する権利を与えられるというのだろう?どんな信頼できる[ような]合意についての説明があったとしても答は否である。統治者が彼らの代理として合意するということのいかなる道徳的立脚点を欠く場合、われわれは現在必須薬から除外されている人々のその統治者の先立つ合意への異議申し立ての訴えを無効とすることはできない。そして、統治者がいくばくかの道徳的立脚点にあるとしても、富んだ国々のと敵財産権によって確保された必須薬のアクセスが奪われてしまった―影響を受ける大部分である子供を含むー彼の臣民の奪うことのできない人権をやはり彼[統治者]の合意で放棄することはできない。
 しかし、それはその国で人々の代表として働く権利を与えられているとして効果的に権力を行使している人々に受け入れられている原理ではないだろう?もちろん。そのとおり。権力を持つ人物/集団であれば―(その権力を)どのようにして得たか、どのように実際行使しているかにはお構いなしに―だれでもが、その国の資源を売り、得た収益を処理し、国家の名の下に借り、それによって割賦償還.義務を生じさせ、国家のかわりに条約にサインしそれによって現在および未来の住民を束縛し、国費で国内制圧の手段を購入する、ことができるように[その国を]承認することが現在の国際的な常習的行為である。この承認の常習的行為はわれわれにとって―主としてわれわれが必要としている自然資源への合法的な権利を、たまたま有効な権利を有しただれかから得る場合に―たいへん重要なものである。この常習的行為は貧しい国々の統治者・エリート・軍司令官などともまた密接に関連している。すでにこの国際的な常習的行為が世界の貧しい人々の絶望的な状況に影響を及ぼしている。(第4章、第6章を参照)つまり、もっとも腐敗した違法な評議会や独裁者でさえも自らの地歩を固められるように仕向けている。このような統治者は、人々のより良い統治への努力を外国から購入した武器で暴力的に抑圧できるだろうし、人々の自然資源を外国人に売った資金で支払えるだろうし、人々の将来を外国の銀行や政府の抵当にいれることもできる。著しく高められた事実上の権力の報酬でこの常習的な行為はしばしば隣接国の日和見主義的な軍事介入が引き金となった、クーデターや市民戦争を促進する。そして多くの(に資源の豊富な)国々ではこの特権により、どんなに民主的に選出された善意の指導者であっても国家財源の着服を制御するのは不可能である305。つまり、軍人を法で押さえ込もうというどんな試みも危険をはらむ。なぜならこういった軍人たちは、クーデターが彼らの国家財政へのアクセスを回復し、より促進することを、そしてその国家財政はクーデターの後でも資源の販売で再び満たすことができ、国内制圧の手段と交換可能であることを良く知っているから。新しくグローバル化された知的財産制度が世界の貧しい人々に害をなしているという告発への抗弁には程遠く、現在の常習的行為である国際的承認はこういった害悪のさらなる例である。
 われわれは、社会的便益 についてのどんなもっともらしい説明でも、富んだ国々の知的財産の主唱は、命を救う特許薬から断絶させ、世界の貧しい人の間により多くの追加された早すぎる死を引き起こしていると予期される、誤った方向に進んでいることをみてきた。貧しい国々のジェリアック[薬の]生産者はこういった薬を、世界中の貧しい地域で使えるように。より安く製造することができたが、彼らはもはやそれを許されず、こういった薬は(長期の)製造の限界費用よりも典型的にはものすごく高い専売価格でのみ入手できないのである.26。
9.3 Toward a better way of stimulating research and development of essential
medicines:必須薬開発と研究を刺激するより良い方法論へ
 しばらく、裕福な人の利益を貧しい人々のものより重んじることなしに、世界規模の新薬開発の図式のデザインについて思い巡らして見る。われわれは救命に必要な食物の種や医薬品に埋め込まれている知的達成については貧しい人々にただで提供したいと思う。しかし、このような無料配布は、[じつは)TRIPS 合意の前は標準だったのだが、2つの大きな問題を抱えたままである。ひとつは、多くの貧しい国々の医療システムは、まったく開発がおくれており、たとえ必須薬が安くあるいはただで入手可能であったとしても、
それに貧しい人々を有効にアクセスさせることができない。
 もうひとつの問題は、貧しい人々が裕福な人々の間ではきわめて稀な深刻な健康問題に直面しているという事実から浮かび上がる。この特異な健康問題はさまざまな貧困関連因子による:世界中の貧しい人々は、最低限の適切な栄養摂取、きれいな水、最低限の適切な衣服、住居、衛生設備、充分な睡眠や休養、最低限度の健康関連の知識や助言/を得る機会を欠いている。(疾病を媒介する病害昆虫や、寄生虫、危険な汚染などなどといった)危険な環境を制御することは―同じような気候と地理環境にある富裕な地域(南フロリダなど)では成功裡に撲滅されてきているが、貧しい人々が暮らしている地域では、ほとんど行えていない。
 世界中の貧しい人々たちに特異的な健康問題が、地球規模の疾病負荷(GBD)の実質的な部分をなしているわけだが、製薬会社に新薬研究開発の費用を支払い可能な患者に対してからのみ埋め合わそうと強制する体制の下では予想されるとおり無視されている。このような体制は予見できるように、製薬研究というものの方向性を富裕な人々の健康問題に向わせ、より大きな貧しい人々の医療ニードから去らせてしまう。よりたくさんのお金と発明の才が、 多くの貧しい人々を殺している疾病に対する効果的な医薬品の開発よりも、脱毛やにきびの治療薬の発見に、あるいは新しい異常の発明やその治療の方法に投資されている。たとえ、いわゆる10/90ギャップ27が今となっては言いすぎだとしても、問題はたしかに現実である:マラリア、肺炎、下痢、結核、これらをあわせると地球規模の疾病負荷GBDの21%を占めているが、健康関連研究に投入されたすべての公的/私的資金の0.31%を受けているに過ぎない28。加えて、熱帯地方に限局される疾病が一番無視されがちである:1975年と1999年の間に認可された1393種の新薬のうち、13が熱帯病に特に適応とされたものであり、この13のうち、5が獣医学研究の副産物であり、2つが軍に指示されたものだった。さらにそれに加えて、3種類の結核適応のものだった29。次の5年間には163種類の新薬がもたらされたが。うち5つが熱帯病で結核用のものはひとつもなかった。熱帯病と結核で前疾病負荷の12%を占めている30。
 安全で有効な新薬を市場に発表するのには、研究開発作業そのものに関連してまた入念なテストやその後の認可プロセスも同様に莫大な費用がかかる31。加えてかなりの比率で、薬物が充分安全ではないとか効果的ではないとか、副作用が出現した、とか他のなんらかの理由で政府の認可が下りないとき時に、このような過程のどこかで失敗に終わることがある。新薬開発を請け負うものは、このように、その投資全部をなくしてしまう相当なリスクを抱えている。
 このように莫大な開発コストとリスクがあたえられている製薬関連の研究活動は、自由市場システムにはほとんど参加しえない。その理由は、開発者がこのような失敗の全費用を負わねば成らず、さらにたとえ成功したとしても、競合者がそれを(開発までの努力にフリーライドして)コピーしたりカスタマイズ[retro-engineer]したりして、その産物の市場価格を長期の限界費用近くまで押し下げられることになって、充分な利益を得ることができない、ことを意味している。これは、医学的開発が市場で供給不足となるところの、集合的非合理性(パレート準最適)306な結果を導く市場の失敗の古典的な例である。
 この市場の失敗の古典的な解決法では、TRIP体制のグローバル化にみるように、特許ルールをもちいて、開発者にその発明について一定期間、典型的には特許申し込みを完了した時より20年間の占有権を認めて、正そうとする。競争相手が開発された新薬を複製し売ることをさまたげられるこの期間、特許保有者はそれを長期限界費用に最大限に上乗せした、しばしば、かなり大幅に引き上げすぎられた専売価格で売ることができる。このやりかたで、開発企業は研究費や諸経費、さらには他の実りのなかった研究開発のコストを埋め合わせている。この解決法で(医学開発の供給不足という)ひとつの市場の失敗は是正される。しかしその専売といった側面は別の失敗を生み出す。特許が有効な期間、利益を最大化した新薬の販売価格は、生産の限界費用にありえないほど上乗せしたものとなりうる32。この膨大な価格差は、死重deadweight lossを引き起こすことによって、会的に害となる。それは、生産費用よりは高く、とはいえ専売価格では買えない潜在的な買い手との商取引、それは売り手、買い手双方にとって恩恵のあることだが、をあらかじめ除外してしまう。もし、修正したルールがこのような潜在的な取引を活性化させるものだとしたら、患者は恩恵を受けるだろうし、製薬会社もまた利益のある商取引が増えることになり、および典型的には規模の経済economies of scaleを通して一単位の生産費用を減少させることが可能となり、恩恵を受ける。
 死場はすべての専売特許に普通に見られる。それは国家あるいは世界の経済にかなりの損を与えている。とはいえ、必須薬の死重は、それがほんとうに致命的deadlyである点で特異事例である。貧しい人々が、限界費用価格あたりであれば買おうと思い、買えるソフトウエアや映画や音楽であっても、そのアクセスが(上乗せ価格で)阻害されているということをどんなに残念に思ったとしても、相互に有利である必須薬の販売を阻害している現行の特許制度がもたらしている、何百万人もの早すぎる死や想像を絶する苦悩と比較されるべくもない。
 私が人間の健康やサバイバルの死活問題となると知られている医薬品、と意味づけている“必須薬”の分類について口をはさませてもらおう。WHOは、すべての政府に対し自国民にアクセス可能にすることを論じつつ、それを期待して必須薬のリストを維持管理している。このリストは費用対効果cost-effectivenessの視点で構成されている。多くの重要だが高価な薬は、貧しい国々が理にかなって供給可能とは思えないので、リストから除外されている。これは、たしかに、現存している特許制度を受け入れ、それが発生させる高い価格を容認するといった文脈では適切であろう。しかし、この章における異なった文脈では、薬の重要性は、価格とは独立して定められる。現在重要な薬へのアクセスをさまたげている高価格という障害をどのように取り除くことができるか、という問いへ鋭く焦点化するために。
きっとこの解明は、占有価格がWHOのリストにある必須薬のアクセスを邪魔することなどめったにないという、現実に何度も繰り返されている、が、ばかげた反論に対して防御するだろう。


9.4 Differential pricing:差別価格設定
 専売価格のパワーに付随する第二の市場の失敗を避けうる2つの基本的な改革戦略がある:異なる価格設定と公共財戦略である。異なる価格設定戦略にはいくつかの変法がある。そのひとつは、最新の医薬品の特許による専売は、富裕な国々でのみ認可・強制され、大部分の貧しい国々には及ばないという、TRIP合意以前の時期に戻るといったようなものである。もうひとつの変法は開発製薬会社自身が特許をとった薬品をそれによって、より貧しい買い手により低い利ざやで売ることなしに、裕福な人々への販売で多大な利ざやが得られることを認識しつつ、異なる消費者に異なる価格で提供する、というものである。第三の変法はTRIPS規則で認められている政府の権利、公共で緊急に必要とされている開発物へ強制実施権を発動することである。この権利を行使することで政府は特許保持者に対し、他の生産者にその所得に対する定められた比率(典型的には10%以下)で[生産を]許可するよう強制し結果として特許の開発品の価格を押し下げるというものである。合衆国は28 USC 1498のもとでこの権利を、特にライセンス発行人が政府機関あるいは政府の請負人である場合33に主張しているが、たぶん、国際的に自国の製薬会社にとって不利益となる先例を作るのをさけるために、医薬品の場合は[この権利に]訴えるのを躊躇してきている。よって、2001年の炭疽菌騒動のとき、合衆国はジェネリック薬を購入することよりバイエルに特許薬シプロフロキサシンを一錠あたり卸価格$4.67を0.95$で売るよう強要するほうを選んだ。カナダはこのとき、強制実施権を発動したが、4日後圧力のため取り下げている(www.cptech.org/ip/health/cl/cipro)。貧しい国々は、特にエイズの大流行のような公衆衛生上の危機に対処するために、強制実施権の権利を主張すべきだ、としばしば示唆されている。たくさんの国々が、強制実施権を発動したが、合衆国や他の富んだ国々からの反対(注361)はそのようなものであり、[結果として]このオプションは最も貧しい国々には役立たない。
 異なる消費者のグループに[同じ]製品が異なる価格で売られているということを見かけるのは普通にあることである。にもかかわらず、異なる価格設定という解決法は特許の専売から引き起こされる第二の市場の失敗を、第一の失敗である供給不足に立ち戻ることなく克服することができない。この理由は2つの因子のきみあわせによる。第一の因子はー相対的および絶対的双方の意味での価格差がかかわる<大きさ magnitude>である。新薬開発を促進するためには、富裕な人びとに課する薬価はかなり高く、すなわち生産の限界費用の何倍ものに設定される必要がある。さらに、世界の貧しい人びとのアクセスを保証するためには、彼らに課される薬価は限界費用にさほど上乗せされない低いものである必要がある。このような巨大な価格差―1月分の治療にかかる費用が、メキシコで100ドルに対し、合衆国では3000ドルというような―を実施するのは困難である。なぜなら、このことは貧しい国々への医薬品を富裕な国々へと流用する(たとえば密輸する)強力なインセンティヴを形成することになるからである。こういったインセンティヴは特に、ブツがその富裕な国々での小売の価値に比して、小さく軽い医薬品では特に強い。こういった流用を阻止するのは困難で、納入業者、小売業者、バイヤーといったさまざまなカテゴリのひとびとがお互い同士、知り合うことを阻止するのは不可能である。貧しい国々への安い販売で追加の利益追求している特許保有者は、流用のために富裕な国々の市場で差し控えた利益よりも、彼らの取り分(いずれにせよ非現実ではあるのだが)たいへんまさることに気づく危険がある307。この危険に注意して、特許保有者は典型的には第二の市場の失敗に対して、自らは異なる価格設定で対応しようとはせず、そうするようにというプレッシャーには抵抗し、彼らに対し強制実施権を施行しようという試みには戦いを挑んでいる。結果として異なる価格設定の手法では、充分な足場を築くことはできず、限界費用よりも上の値段で薬を買おうと思っており買えるたくさんの貧しい患者はこの薬から除外されてしまっている。なぜなら、彼らはそれよりもたいへん高価な専売価格を賄うことができないから34。たしかに、政府が、製薬会社からおよびしばしば彼らの政府からの強力な反対を押し切って、強制実施権の執行に成功したとすれば、転換による正味の損失は単純に特許保持者に負わされることになる。しかし、強制実施権は、特にそれが普通にみられるようになると、第一の市場の失敗である供給不足をもたらす。すなわち、開発の成功、テスト、認可を得られるかどうかと言った不確実性にさらに、開発への投資を回収させる専売の権利を邪魔されず行使できるのかどうか、あるいはどの程度で許されるのか、という予測不見性と組み合わされた場合には、製薬会社は必須薬の探求にはより少なく費やそうという傾向におちいるだろう。

 最期に、そして最も重要なこととして、異なる価格設定による解決法では、富裕な人びとを攻撃することが極めて稀な疾病をおろそかにすることをやめさせられない。異なる価格設定では、その医薬品が存在している場合に限り貧しい人びとに競争価格でのアクセスを与える。さらにその薬は、専売価格で買おうとして、開発への投資が利益を生むくらい、富裕な人びとの間にも充分な要求がある場合にのみ存在することになるのである。 現体制下でおろそかにされている、ほとんどすべての疾病と研究の道筋は、異なる価格設定の体制下でも同様に無視され続けるであろう。
9.5 The public-good strategy for extending access to essential medicines:必須薬配分の拡大のための公共財戦略
 これら深刻な問題に照らしてみれば、異なる価格設定戦略が、現存の制度を実質的に改善する改革案をもたらすかどうかは不確実である。なので、わたしはこれから公共財戦略がより見込みがあり、現存する専売特許の主な弊害を避け、かつその重要な恩恵は温存するような改革案により近づけられる、という想定の元にすすめてゆく。魅力的でものになりそうな改革案を、このもう少し大きな公共財作戦といった領域で考案してゆくのには大きな困難が横たわっている。
 われわれはこのような改革案は3つのコンポーネントで構成されていると思っている。オープンアクセス、代替インセンティヴ、財源。第一に新しい必須薬の開発のためのどんな努力(研究・検査・認可を得ること)からの知的結果308は、公共財として、すなわち開発者へ許可をもとめたり、支払ったりすることなしにすべての製薬会社に提供される。この改革は、新しい必須薬の長期の製造の限界費用近くまで価格を下げうる[市場での]競争の余地をもたらすので、(専売価格のパワーに伴う)第二の市場の失敗を除去しうるだろう。たった一国や2.3の国々での履行の場合、この改革は直ちにわれわれが異なる価格設定による解決法で見られたような問題が発生する。すなわち、薬剤開発が公共財とみなされる国で製造されたより廉価の薬剤が、専売特許制度に固着している国々に浸透してゆき、その国の研究のインセンティヴを崩壊させてゆく。よって改革は世界規模[同時]でなくてはならない、まさにちょうど現在のTRIPS体制がそうであるように。改革の第一のコンポーネントは、新しい必須薬の開発の成功した努力の知的成果は公共財として提供され、どこにある製薬会社であっても、開発者への許可申請や支払いなしに使うことができるということである。
別個に履行された場合、このようなオープンアクセスは、製薬研究のインセンティヴを破壊しうる。この影響を避けるために、開発者はそれにかわる代わりの報酬を提供されなければならない。この改革の第二のコンポーネントは異なった方法で特定されうる。その方法は大まかに“プッシュ”および“プル”プログラムに分類されうる。プッシュプログラムは幾人かの特定の開発者、たぶん製薬会社・または大学あるいは(合衆国におけるNIHのような)健康関連機関などを特定の研究活動を行うよう選び、資金援助する。このアイディアは適切な資金援助を与えることで、選ばれた開発者が望まれた発明を発展させ、その結果は生産のためにはただで競合する製薬会社に提供され、それによって市場競争価格で広い入手可能性を保証する。
それに対して、プルプログラムでは、一番最初に価値ある発明にたどりついただれでもが報酬が与えられる権利があると約束することで、すべての潜在的な開発者が対象とされる。プルプログラムには、プッシュプログラムより関連しあう2つの利点がある。すなわち、決して失敗に終わった研究活動には支払わないことと、より早い成功目指して研究者を懸命に働かせる強力な財政的インセンティヴを誘発することである。この利点の裏面としては、このような真剣な研究努力を引き出すためには、報酬が失敗のリスクも埋め合わせて充分なほど、巨額であることが必要となることがあげられる。このリスクは、二相性である。研究の努力は、追求していた薬剤が達成不可能であること、または他の開発者が一番に成功することで失敗に終わる。潜在的開発者は、成功報酬が失敗の可能性を差し引いても実質的に予期される研究開発の費用よりも大きいと見込めるときのみに新薬開発へのインセンティヴをもつ。この点からプルプログラムは現行体制に類似している。
 たとえば、Cという製薬会社が、ある研究活動につき、25%の確率で費用4400万ドル〜6000万ドルの間で最初の成功者になるか、60%の確率で、1000万ドル〜6000万ドル費やした時点で他の競合者が、一番になるか、15%の確率で2000万ドル〜6000万ドル費やした時点で、これが成功し得ないということがわかる、といった3つの結果の可能性を知らされて上で、判断をするとしてみよう。この3つの支出幅に対し、確率は均等分布されていると仮定すると、この企業は、この潜在的な研究活動への費用見込みは4000万ドルとなる35 。この予想される費用につりあうためには、報酬は1600万ドルである必要がある36。研究活動はリスクとともに合間では企業の財産の喪失ももたらすので、Cは合理的に、報酬が1600万ドルよりもかなり大きい時にのみ研究活動に着手するだろう。この例では、効果的なプルプログラムとして、1/4の費用がかかる研究を誘発するためには、大体2000万ドルの報酬を提供することが必要だろう。プッシュプログラムだと、代わりにひとつの選ばれた開発者に大体6000万ドル支払えばいい。
 このかなりの差にもかかわらず、プルプログラムはプッシュプログラムより、次の3つの理由でより効果的である。1)その問題にとり組むのは、複数の競合する開発者ではなく、たったひとりであること37 2)プルプログラムの場合、それぞれの開発者の試行参加の判断は自分たち自身で、より適した良い動議付けでその許容範囲のアセスメントを行うのに対し、[プッシュプログラムでは]その開発者は部外者の信頼を基礎に選ばれることになる3)選ばれた開発者は、できるだけ早く、費用対効果が高くなるように研究活動を行うというインセンティヴが弱い。[プルプログラムよりも」失敗に終わる可能性が高い、プッシュプログラムの欠点は、前者[プルプログラム]が失敗に終わった研究には一銭も支払わないのに対し、こういった失敗に対してもすべて支払うという事実から複合される。この事実はプッシュプログラムを政治的に維持することをより難しくしている。公共財戦略がプッシュプログラム、プルプログラムどちらによって最もよくすすめられるか、という問いへの一般的なこたえはない。どちらのタイプも異なった文脈でより優れており、公共財戦略がこのどちらのタイプでも描くことができるというところが[むしろ]重要である。わたしは2つの理由からプルプログラムを探査しようと思う。それが、全世界の経済生活にますます浸透してきている民間企業/自由市場魂というものより合致するからと、さらにまた産業界の支援も生成しやすく、納税者のお金を失敗した研究活動には支払わないと確認するので政治的にもより維持されやすいからである。
 目下のところ、プルプログラムの範疇の中でもっともよくあるのが、褒章方式309だろう。これは、特定の要請に見合った医薬品を最初に生産した開発者にあらかじめ固定された褒章をあたえるというものである。賞品は典型的にはまとまった金額か、あるいは、新しい薬品をあらかじめ定められた値段で決められた量だけ購入すると前もった約束などである。このような褒章は、かなり工夫に富んだ記述をなされてきた38 。
それらはあきらかに現存する専売特許制度の報酬の価値ある補完物となりえ、現在おろそかにされている疾病に対する医薬品開発を刺激しうる潜在能力をもつ。
 とはいうものの、褒章制度は4つの重大な欠点を持つ。第一に、政治家や官僚、専門家が、どの疾病が研究されるべきか、どのようにその治療薬の目標が特定されるべきか、このような特定要件をみたす治療薬[の開発]にどれほど[巨額]報酬を支払うべきかの決定に実質的な役割を演じる。研究の方向性を決定することは、これらの決断が、無能力、汚職、特許会社集団や患者集団のロビー活動、賭博などによって 実際的には非能率に終わるということになり得る。理想的には、関連のある企画者が最も費用対効果の良い手法を刺激することを目的とすべきである。しかし彼ら自身のその目的を卓絶したものにしようというインセンティヴは弱い。そして、特定の研究活動に関する開発者のコストに関する情報の質は、潜在的な開発者は費用と彼らの努力にりよるインパクトの両者を誇張する理由があるので、貧しいものになる可能性が高い39。微弱なインセンティヴと乏しい情報をあたえられた担当者の褒章競争の企画は深刻に最適に及ばないものになりがちとなる。この問題は、褒章が過剰な特定条件に関連することより浮上する問題によって、いっそう深刻になる。褒章は正確なゴールラインを規定する必要があり、少なくともどの疾病をその医薬品は攻撃すべきか、最低限どれだけの効果があるべきか(改善の規模や持続期間、患者の%)、副作用がどれほどひどくなりうるか(頻度と程度)どれほど使いやすくあるべきか(さまざまな温度に対する安定性、投与間隔および投与法)。こういった特定要件は問題である。なぜなら、こういったさまざまな側面で褒章の特定化を最適にしてゆこうとするなら、立案者は彼らの褒章をだれが得るのを促進することになるのかという知識にほかならないものを必要とするだろう。こういった知識が前もって欠落しているので、彼らが[定める]の特定要件は、公衆衛生の改善というゴールをひたむきに目指していたとしても、かなり最適以下のものとなりやすい。この次善性は2つの形をとりうる。立案者が少なくともひとつのパラメーターに関してあまりにも過酷な要求をしすぎている場合、結果として、企業は彼らが到達している射程になにか追い求めている解決に近いものがあったとしてもあきらめてしまう。そして、立案者がいくつかのパラメーターに関して不十分な要求しかしていないと、企業は時間と費用を節約するため、もっと良くできるのに、かろうじて褒章を得るのに充分な生産物しか納入しない40。
 報奨制度の更なる不利な点は財源が無計画でケースバイケースのものになりやすいことがある。これは、自由裁量によることと、政治的ファクターが、特定の疾病や介入の型の褒章競争を組織化するにあたっての選択に、避けがたく入る込んでくるからである。さらにまた、全体的な財源の分配も一貫性のないものになりがちである。なぜなら、政府は予算問題に出くわすと褒章競争の計画をとばすか、延期しがちであり、また他のスポンサーの振る舞いも、外的要因(たとえば彼らの広報活動の必要性、とか、今年度控除を維持するためにどれだけの金額を除く必要があるとか)に不都合に影響される傾向がある。
 第4のそしてかなり深刻な褒章制度の欠陥は、それが”最後の一マイル”問題,主に貧しい人びとを冒している、現在おろそかにされている疾病の文脈で特に深刻だが、を取り扱うことに失敗する点にある。新しい必須薬が大量に入手可能かまたは非常に廉価でジェリアック薬生産者が生産できたと言う事実、それのみでは貧しい人びとに真の意味でのその薬剤へのアクセスを与えるわけではない。(注381の記載を参照)この考えは、褒章が完全な意味で、真のプル解決法ではないことを示している。褒章は、開発者を新しい安全で効果的な医薬品の開発またはその大量の生産さえも引っ張る。しかし、それらはその薬品を必要としている患者たちへもたらす残りの道筋までは引っ張ることはないのである41。

9.6 A full-pull plan for the provision of pharmaceuticals:薬物供給の完全プルプラン
 ここでこのような[前述のような?] 4つの欠陥を克服する、プルプログラムの主要点を紹介しよう。基本的な考え方はー既存の専売特許制度の補完としてー、特許の有効期間に、特許保持者が、GBDに及ぼす影響に比例して公債で報酬を得る権利を認めるという、新しい必須薬の世界規模の特許制度のことである42 。このあたらしい“GBD特許”は、外部の専門家や事務官よりもむしろ開発者自身に研究の方向性を任せる、ということではじめの2つの欠陥を避ける。開発者は何を開発すべきかを教えられるのではない。潜在的な開発者はそれぞれ[独自に]GBDの減少にもっとも費用対効果が良く貢献できそうだと自身が信じた研究活動であればなんでもやってみることを奨励されている。完全プル計画の下では、製薬研究は政策決定者の推察や興味ではなくてむしろ、競合する開発者の調整されていない決断によって駆動される。完全プル計画は、競争市場的解決を伴う中央計画解決法を置き換えるものである。
完全プル計画は報奨制度の第3の欠陥を、いったんグローバルな制度体系の中に組み込まれると、不確定の将来の重要な深刻な健康問題を網羅する、系統的で市場構造の解決を提示することで回避する。立法上の占有やあるいは提供者の優先権といったとっぴな考え310からはもっと独立して、この計画単純にそれがどれだけよく機能したかという比率で機能した分に応じて報酬を与える。バイオテクノロジーおよび製薬会社の利益は、それがどれだけ世界中の人間の健康に寄与したかということで決められる。
 完全プル計画は報奨制度の第4の欠陥を報酬を実際に問題となることに基づかせることによって回避する。すなわち実際に観察されたGBDの減少に。この詳記によってのみ、公共財戦略が、現存する特許制度の下では劇的に欠いている、貧しい人びとの必須薬への真のアクセスを効果的にゆるぎないものにできる。完全プル計画は開発者のインセンティヴを大いに望ましい方法で、新しく方向づけるだろう。すなわち:
・どのGBD特許保持者であっても、廉価のジェネリック薬生産者(すでにたとえばインド・ブラジル・南アフリカでは充分に確立されている)の、その[特許]薬のの大量生産努力を奨励し、支持しそしてさらに助成するだけの理由がある。なぜなら、このような生産は、貧しい患者へのお手ごろ価格と入手可能性を高め、それによって、GBDに彼ら[特許保有者?] に好都合な影響をあたえるから。この利益の調和は、現在の制度との鋭い対比をしめす。特許保有者の稼ぎ高が、専売特許料をいかに護り、拡大し延長できるかという彼らの能力によって決まってくる、現在の制度では、ジェネリック薬製薬会社に、その成功した薬剤の特許保持者にかなり強く対抗する意図で、費用がかかり、かなりの無駄な出費を生み出す訴訟で訴訟で戦わせることになっている。ジェネリック薬製薬会社はGBD特許と争う必要はどこにもない。なぜなら、特許薬の複製はそんな申し立てなどなくとも、自由に[ただで]行えるからであり、それがまさにGBD特許保持者が行わせたいことだからである。

より広くいえば、GBD特許保持者は、その薬で恩恵を受ける人びとすべてが真にアクセスできることを確実にしたいというインセンティヴをもつ。このような会社は開発した薬を安く売ることを確実にしようと試みるー、もしかすると、それを必要とする非常に貧しい人びとでさえも入手可能となるように、彼らの限界費用以下で[売るかもしれない] 最新医薬品がよりやすい価格で[売られていること]は貧しい人びと同様富裕な人びとにも同様に恩恵を与える―薬に支払う額、保健 加えて/あるいは彼らの国民健康システム[の経費]を減少させることで。さらにまた、違法に製造したり、効果がなく安全でない可能性のある偽薬を流通させようとするインセンティヴをもかなり減少させるだろう。
GBD特許保持者は、市場での売買の努力を実際にその薬の恩恵を得られる人々のみに制限する理由がある。その薬の報酬は、売られた量または実際内服された量でさえもなく、単に[人々の]健康に与えた影響力 ―もしその薬が適応でなければネガティブの― による。この妥当なインセンティヴは現在の体制には全く欠如しており、特許保有者に彼らの薬を、たとえ[その薬を飲むことで]恩恵がないか害を蒙る蚊も知れない人々にまでその薬の使用を“煽り立てよう”とする強力なインセンティヴを与えている。
既存の特許制度には、新しい処置に関する研究を好み、新しい治癒法やワクチンについてのものには反対するという強力な偏りがある(もっとも儲けにつながる患者は、永久にその[薬の]日々の服用に依存している人々である[から])が、完全プル計画ではこのような偏見は維持されず、潜在的な開発者は単に、もっとも費用対効果の良い方法で、GBDを減少せしめる医薬品の開発に焦点をあてる。このことは、どこであってもより効果的なヘルスケア[システム]の供給を -そして[人々の」より良い健康をも(人々を継続的な服薬から解放するような医薬品[の開発]を通してー導くだろう。どの開発企業にも、その医薬品がもっとも最適に利用されるようーそして広範で効果的な[医薬品の]配備を通して、最大規模の公衆衛生への影響力を与えうるのだが―(服薬量や、コンプライアンス《治療のための生活規制や服薬に患者が従っていくこと》など)患者が充分に指示を受けて適切に供給されていることを確保しようというインセンティヴもまたありうるだろう。このインセンティヴを欠く既存の制度(褒章は救済ではない)の下では、貧しい地域に配給された医薬品の効果は、たとえそれが寄付されたものであったとしてもゆゆしく蝕まれている。43 不完全なコンプライアンスは、貧しい人々およい富裕な人々への疾病の危険性と健康への負荷を著しく増大させうる、薬剤耐性の原因となりまたそれを加速させる(多剤耐性結核はその最重要な例である)。44
貧しい国々を設けにならない市場として無視するよりもむしろそれ以上に、開発企業は、彼らの発明のそこでの影響力を促進するために、それらの国々のヘルスシステムを改善にむけてともに働いて行こうというインセンティヴをもちうるだろう。

これらすべてのやり方で、改革[案]は、開発業者の権益を患者およびジェネリック薬製造業者 ―現行体制では、その権益は鋭く対立し45、報奨制度下でもせいぜいよくて直交する― のそれと提携および調和させうるだろう。改革はまた、開発企業の道徳的であることと自由裁量の権限をもつこととを一直線にあわせるだろう。現制度下では、対照的にこういった企業は、貧しい人々たちの必須薬へのより低価格でのアクセスを奪い、貧困特異的な疾病の研究を避けることによって最大限の報酬を刈り取ろうとする。報奨制度下であってさえも、開発者の報酬を得た発明が健康増進へ影響力をおよぼすことは、彼らの利益の損失である311。

完全プル計画は褒章制度よりもうまく、現状維持の場合に引き起こされる道徳的欠損[による問題]のほとんどを乗り越えられる。つまり現体制では開発企業が、新薬開発を試みるインセンティヴをもつのは、彼らが手にする一時的な専売価格力の価値が、失敗の可能性を割り引いても、開発と特許の全コストよりも大きいと期待されるときのみである。そして、ごくわずかの人々が、長期の限界費用より実質上上乗せした価格で買える/買おうと思うような医薬品を開発するインセンティヴは全くない。完全プル計画は、現在おろそかにされている、深刻で広範囲の疾病に関するこの欠陥を断固として克服しようとする最な[手段]である(注365-8を参照)。それは新薬開発の報酬ととその新薬のGBDへの影響力を結びつけることによって、開発企業[の関心を]関心を、その人類に対する副作用が最も費用対効果がよく減少させられる疾病へ惹きつける。これら、新薬開発[企業]のある特定の疾病に対する戦いに加わろうという新しいインセンティヴ群は、その疾病がより深刻で、よりありふれたものであればあるほど、より強力なものとなるだろう46。
このような新しい報酬制度が、富裕な人々が避けたいと熱望する、(それに関するどんなもっともらしい創案においても)GBDに殆ど付け加えることのない疾病への注目をそらしてしまうことにならないか心配する人々もあるかもしれない。
この心配には、すくなくとも大部分において、改革案への適応を健康や生存に極めて重要な必須薬に限定するということで対応可能である。たとえば、脱毛やニキビ・勃起不全などといった他の医学的症状などの[薬剤]は報酬のインセンティヴが既存の専売特許制度にとどまれば良い。このやりかたによって、短期の調整の問題のみが残る。すなわち、新しい報酬[制度]が紹介されるにつれ、開発者はごくわずかなもうけの機会の非必須薬の開発を、よりもうけのある新しい必須薬の開発の機会のために差し控えるだろう47。しかしバイオテクノロジーや製薬企業は、再度、全ての有利なお金になる機会を利用するために(どこであっても投資機会があればそれに関して)、新しい資本を引きつけおよび研究受容力をくわえるだろう。

 必須薬と非必須薬の区別を改革案に組み入れることは、この区別がどのように定義されるベきかをめぐって恐ろしい政治論争および在る特定の開発がどのようにクラス分けされるべきかをめぐる法廷闘争を生み出す。これらの危険は、開発企業に自分たちの開発を彼らの望むようにクラス分けでき、これら企業が改革案のルール下ではどの開発も、自身で特許を選べるようにし、これら企業がGBDに対して実質的な違いを作れるよう守るように報酬を計画することによって避けられる。

このような選択の自由にはさらに付加する2つの有利な点がある。すなわち、
9.1での論議にもかかわらず、専売特許を要求しうる自然権を信じている人々に適応させることができ、すでに伝統的な専売特許を得ようとするための研究活動を行ってきた企業に正統な期待をあきらめさせることは全くないので、新しい規則の円滑かつ急速な導入を著しく促進する。改革案は、現在ないがしろにされている疾病に対する新しくもうかる機会を、現在彼らが享受しているお金になる研究の機会を失うことなく勝ち取ることによって、および人類にたいする恩人としての彼らの道徳上の名声を復活させることによって、バイオテクノロジーおよび製薬企業に魅力的なものでなければならない。
 この公共財戦略の完全プル変異系の目玉は、開発された薬剤のGBDに与える影響力に比例して報酬が得られるという修正した製薬特許を創設し、伝統的な一時的の専売特許に置き換えるという所にある。この改革は既存の特許制度の大掛かりな再構成は必要としない。既存の製薬特許への申請および報酬[を得るため]の手続きなどはそのままで、ただ、どの特許保持者にも約束された有効なオプションで補完されればいい。このオプションは、世界中の特許薬の製造に関する拒否権を、その薬全世界の[人々の]健康への影響力に比例して支払われる報酬の流れへの称号と引き換えに放棄する。このようにして、慣習的な特許をGBD特許に変換してゆくことで、[特許]所有者は、特許の目玉の知識を、世界中で自由に新訳の一般薬を作るために提供される公共財に換える。所有者は、その開発についての他の全ての所有権は保持する。
 この第2の改革の構成要素として、全世界で、年間459億ドルに達するであろう(より正確な推察は難しい、なぜなら、各年の費用は新規開発された医薬品が、どれだけGBD減少にするかによる提案は、GBDの減少を導く限りおよびその場合のみにかなりの費用がかかる48)新しい必須薬開発への企画されたインセンティヴへの財源確保の方法が必要になる。改革案の第3の構成要素は、この費用を公正で実現可能な、政治的にリアリスティックな分担のありよう開発することである。このような分担を引き受けるにあたって、同意する国々が、GBD減少の一単位につき一定の金銭的貢献を確約する。各々の国の分担額は国民総所得に応じてー頭割りにした国民総所得に応じた累進制をいくらかとりいれることで、非常に貧しい国々を免除しうる。この分担制度は、固有の、強制力のある国際条約によって大切に守られるべきで、それによって最大限の保証を潜在的な開発者に提供する。バイオテクノロジーおよび製薬企業に約束された報酬が実際に実現するかどうかという疑念が生じると、この計画へのインセンティヴ効果を限弱させ、よってその目的をご破算にしてしまう。
 ここで描いた完全プル計画の重大な反対意見は、それが、新規薬剤[の開発]の解決のみに排他的に焦点を当てていることにある。GBD減少に関する、人為的に制御可能な要員はたくさんあり、医薬品へのアクセスは重要とはいえ、その一つに過ぎない。安全な飲料水の確保、適切な栄養[摂取]、まっとうな衛生、保護(蚊帳などの)、病原媒介動物の対策、特許の制限のない医薬品などよりたくさんの因子が[どれも]決定的なものである。他に代案がいろいろあり、たぶん同じ疾患を避けるのにより費用対効果の良い方法もありそうなのに、なぜ我々は新しい医薬品の開発にのみ報酬を支払うべきなのか?

 その答えは、我々は、新しい製薬による解決のみに制限するべきではないし、実際および私がここに描いた完全プル計画はもそれに限るものではない。いったん企業が新薬のGBD特許を取得すると、その報酬はその薬剤がどれだけその目的疾患(適応とされる疾病)に帰する罹病率と死亡率の進展にどれだけ影響するかということによる。新薬の質の他、ほかのたくさんの原因がそのインパクトに影響する。影響を及ぼすたくさんの要因をすべて、信頼の置ける透明性のあるやり方で解きほぐすのは可能ではない。この複雑さをあつかう最も良いやりかたは、新しい薬が提供可能になる前と、目的疾患の罹病率、死亡率の予測に与えるインパクトを評価することである。
 このような方法でGBD特許保有者は、彼らの制御を超える原因?たとえば病原菌を媒介する蚊の発生に影響する気候など、の責任を含有する。しかし、これは熱する石油や庭の家具を開発する企業も同じことである。企業[enterprise]には通常のリスクが存在するが、それは様々な地理的環境や、特許期間の多くの年数にわたって、たいていは合理的に予見可能である。さらに企業は、こういったリスクに関して、たとえば保険を通してなど様々な防御手段をとることができる。GBD特許保有者は彼らが関われる人為的制御可能な因子に関連する責任も担う。たとえば貧しい国々での質の高いヘルスケア[サービス]の提供など。このようなヘルスケア[サービス]の提供を支援することで、GBD特許保有者はその薬の影響力を最大限にすることができ、それは医師や看護師が患者に到達可能であり、薬についての知識があり、入手しており、処方し、患者が最善の用法で、充分な量で実際服用できることを保証し、患者にまっとうな使い方を指導するといったことに強い影響をうける。
医師や看護師へのよりよいアクセスは、関連する人口集団にも、GBD特許薬のより良いそ供給をこえて、他にも一定の望ましい影響も及ぼすだろう。それはとくに、人々に、そもそも病気にかかることに対するより良い保護を可能にする。ヘルスケア[サービス]の供給の改善を支援することにより、GBD特許保持者は目的疾患の発生頻度を、その薬物に関連することなく(その必要を減少させさえもして)減少させるだろう。このような減少は歓迎され、そしてそれが報酬の対象となることに反対する理由はない。そうなれば我々は、GBD特許はその保有者に、目的疾患の展開よりもむしろ、ただ、その特許薬を使うことで直接的に避けられるその疾患による危害のみによって幾分か広い賞金(予測したより、害我ない)を与えると考えるだろう。 改革案の特色については、2つ以上の企業が同じ疾病を目的としたGBDパテント薬を開発する場合(これについては次節で扱う)またはGBD特許保有者の努力が公的機関やNGOによって増強されたり補完されたりする場合など、さらに詳細な検討の必要性はさけられない。
 あるいはGBD特許保有者、主に製薬会社およびバイオテクノロジー会社が、現実世界での、彼らの医薬品へのユニバーサルなアクセスへの障壁を打ち負かしたり、目的の疾患によってどれだけの被害が及ぼされているかに関わる他の原因に取り組むだけの潜在能力があるのか、疑問に思う人もいるだろう。これら企業は現在の構成では、実際、このような問題を考慮することや、扱えるよう彼らの整備を整えようというインセンティヴは全くないだろう。かれらはもちろん、彼らの薬が支払った消費者に及ぼされていた害を避ける効果があるべきだ、トいうことには強い興味がある。しかし現在の特許制度は開発者に彼らの目的疾患の頻度が世界的に減少することを目指すインセンティヴは全く与えない。はんたいに、もし特許保有者の薬が目的疾患を排除できたとすると、それによって自身の市場を破壊したことになる!特許保有者の薬剤が目的疾患の頻度を減少する限り、その薬自身の市場は縮んでゆく。現行の特許制度は特許保有者の利益を2つの因子に結びつける
? 特許保有者は支払った患者(ワクチンプログラムたとえば国家)を目的とする疾病および/または有害な症状からの保護に有効な薬品を保有していなければならない。
そして、
−この目的とされた疾患は盛んでひろがりつづけなければならない。そして、とりわけ特許薬によって衰退したり根絶しにされてはならない。
しばしば言われていることとは反対に、彼らが必要としている薬品を専売価格では支払えない貧しい人口であっても、特許保有者の収益に役たたずで、無関係というわけではない。むしろ、彼らは、特許保有者が専売価格で を売ることができる伝染性疾患を生かし続ける、有用な利益を生み出す機能を供している。もし、マラリアに有効な薬にアクセスできずにいる人々の数がそんなに多いのでなければ、富裕な旅行者はその保護を専売価格で購入したりはしない−なぜならマラリア[の危険]は今のフロリダやイタリア[を旅行するとき]にくらべてより恐ろしいわけでは全くないから。

 現在の制約特許制度はたいへんよこしまな制度であるので、製薬企業の執行部がかれらの株主や従業員に対する信託責任を真剣に捉える限りにおいて、彼らには、非購買者の間での目的疾患の頻度の増加を促進し、減少を阻止するために、法的に、できるかぎりのことを行い怠だれる限りのことを怠る理由がある。この洞察は、こういった企業が彼らの薬へのユニバーサルアクセスを阻む現実世界の障害を乗り越えるためには準備不足で、さらに目的疾患の発生頻度に彼らの薬のインパクトに影響するほかの原因について問題提起するためにも準備不足であるという(かなり正確な)観察の観点につながる。この薬品の目的疾患の発生頻度に対する効果が少なければ少ないほど、その薬の特許所有者が利益を得る機会は大きくなる。製薬およびバイオテクノロジー企業が、彼らの薬のインパクトを拡大するのに準備不足であるのは、これら企業の自然な事実ではなく、彼らが現行の特許制度によってどのように規制され、どのようにインセンティヴを与えられているのかという予測可能な結果である。彼らの無能力性を、この体制の擁護に例示してゆくことは、堂々巡りの議論である。
 企業がいかに邪悪に利益を人々に、健康に、動物の福祉に、環境に、強制しているかということを嘆く声はたくさん上がっている。これらの嘆きは真実ではあるが、たいてい間違った方向へ進んでいる。この邪悪さの根はどのように企業が経営するかというところにあるのではなく、われわれがどのように彼らを規制し、インセンティヴをあたえているかにある。もしわれわれが人々が喫煙すれば企業に巨額の富がもたらされるように市場を構造化すると、企業は人々に喫煙させようと必死で働くだろう。製薬開発業者が目的疾患の繁栄によって失い、その衰退や根絶によってまとまった金額を得るように、特許体制を再構築することはわれわれの責任である。もしわれわれが現在のインセンティヴを逆転させることができたなら、自由な企業体系の計り知れない力が、どこにおいても貧しい人々に早すぎる死や悲惨さをもたらす重大な疾病の数々に抗して結集されるだろう。この自由な企業体系の力は、株式市場の莫大な資本−ファイザーの時価総額1700億ドルは最も貧しいアフリカの24カ国、3870万人49の総所得の2倍近く、および2006年の売上高487億ドルはほぼ半分である−とともに良く制御された利益志向の企業を前提とするとかなり過小評価されており、世界のより挑戦的な環境で彼らに直接関係のある薬剤をもちいた有効な疾病減少作戦を立ち上げる術を知らないのかもしれない。
 わたしが示してきた応答は、反対意見を完全に克服するものではない。たとえば単純な下痢のように、新しい薬剤があまり役立たない疾病もある。なぜわれわれはこのような疾患に注目すること−すなわち、特許切れの薬剤へのアクセスや、清潔な飲料水や衛生を安全にするようなことなど−でGBDを減らしてゆくことも、GBD減少に新薬で貢献する製薬開発者と同様に報酬をあたえることをと考えるべきではないのか?実際、そうすべきだろう。われわれは、製薬開発を統治する規則を改革する現在のプランをより大きなヘルス[ケアシステム]の改革プロジェクトの中心的なモジュールであると考えることができる。いったんこの中心モジュールが完全に明示されると、それはもちろん、同様の方向性にそって、人類の健康に必須のほかの社会的要因にも拡大されてゆく。中心モジュールからはじめることは、それにもかかわらず意味のあることである。その余すところのない詳細な明示は、拡大の可能性に関して有用なパラダイムを提供し、その履行は更なる改革への機動力を提供するだろう。しかし、なぜこの、新薬開発を中心にしたモジュールからすすめるのか?
きれいな飲料水や健康的な栄養補給へのユニバーサルアクセスを目指す世界的なプログラムにそのお金を回したほうが、貧しい人々の健康を護るためによりよくできるのではないのか?たぶんそうかもしれない。しかし何十年もの苦い経験から、とんだ国々は、何千億ドルもきれいな飲料水やはちきれんばかりの木の実に費やそうなどというつもりはないことを示してきている。50そのような世界では、外国での深刻な病気や貧困と戦うためにそれだけの費用を費やすことは、まったくつじつまの合わないことである。この反対意見は、二、三百万をここ、あそこに費やすのであれば考慮に値するが、11桁の総額に関してではぜったいない。対照的に、国内企業を支援するためにそれだけの総額をつかうという考えは、よくあることで、平凡なことだ−実際、富裕な国々は、農作物分野単独でも(海外の貧困をいっそう悪化させる)輸出信用保証や助成金に年間何千億[ドル]も費やしている。
政治的にリアリスティックなすすめ方は、国内企業を支援しまた世界中の深刻な貧困と疾病と闘うという計画を通じてこの2つの目的を一緒に結びつけるということだろう。私が描出してきた完全プル計画はこの記述にあてはまるようにデザインされている。この計画にかかる費用よりもより良いやり方でお金を使う方法はあるかもしれない。しかし、そのような代案は、もし、それに使おうとする財源を動員することができなければ、役立たずである。製薬およびバイオテクノロジー企業の強い利権に調整済みのわれわれの完全プル計画にはより成功の見込みがある。



9.7 Specifying and implementing the basic full-pull idea:基本的な完全プル案の詳細と実行

基本的な完全プル案は十分妥当であると思われるが、実現可能で政治的にもリアリスティックであることを具体的なやり方で示すためには、詳細にされなければならないことがまだたくさんある。なされなければならない明示は、いったん計画が詳細に示されれば、世界の政府は、染めされたとおり実行するだろうという素朴な期待に基くわけには行かない。これら政府は−彼らがこういった計画に全く興味を示すべきであろうか51−は専門家軍団の関与する交渉を長引かせつつ、[計画案を]書き直そうとするだろう。それでもなお、詳細化は概念の証明に重要である。すなわち、少なくとも現実世界の複雑性にうまく対処しうる詳細な計画のひとつのやり方があることをしめすことになる。
 

 成功する改革案の詳細化には、最低限、適切なGBDの測定基準の定義、GBDの減少一単位あたりについての報酬金額、事後のGBDの評価に充分なデータを集める方法の決定、ここ何年かの未来のGBDの見込みの推察のための妥当な基準線の設定、詳細なGBDの減少を貢献したGBD特許保持者間で分配する規則、curbing corruption と賭博に対する適切なメカニズム312、国際的に承認された条約で裏打ちされた報酬の財源のだんどり、段階的に導入する際の詳細な規則などが要求される。
 われわれはこういった問題に対してほんとうに一生懸命働いている。しかし、詳細な準備状況の報告はここでは多くのスペースをを取りすぎる。かわりに改革案が政治的にリアリスティックであるために必要であることに関連して詳細化と実行についてコメントさせていただこう。リアリスティックであるためには、計画は2つの実在する支持者−バイオテクノロジーおよび製薬企業、そして、計画の財源を担うために総所得のわずか1%をの貢献をしなければならない納税者としてのより富裕な人口集団に対して、対立を避けるべきであり実際アピールしなければならない。
 人々は健康や長生きを,ほぼ、ほかの何よりももっと気にかけているけれども、製薬会社はもはやほかよりも愛されたり賞賛されたりはしていない。実際、公の評判によると、大製薬企業はたばこ産業と武器産業とともにまさにまさにそこにある。まずしい人々の評判は実質的な、政治的責任である。不服申し立ては良く知られている。すなわち純粋に革新的な研究が少なすぎること、商業主義や医師たちによるごまかしが多すぎること、専売特許による法外な値での売買が保護されること、貧しい国々での一般薬の生産や輸入や分配に反対する人殺し的傾向のある強制行動など。
 
もっともらしさなしには語られないことだが、各々の製薬会社がこういった不満の解消のために自身でできることはあまりない。これら企業はお互い競いあっており、ぎりぎりの なやりかたより、さらに<ナイス>にふるまったりすると他の競争相手に対する地歩をうしない、究極的には市場から締め出されてしまう。だとすると、想像不可能なくらいの人間の悲惨さや何千万もの早すぎる死の原因となる血染めの利益を切望することは邪悪ではなくなる。原因はむしろ製薬業者もまた害するin terms of 彼らの評判と利益による集合的行動の問題である。私の希望は、貧しい人々の必須薬へのアクセスを奪うバリアを、製薬業界にも同時に恩恵を及ぼすようなやりかたで取りのぞくことである。われわれに必要なのは規制する な改革である。製薬業者の貧しい人々への最新薬へのアクセスを阻むようなインセンティヴよりもむしろ、そのようなアクセスを促進するように企業にインセンティヴを与えるような。
 製薬企業が既存のルールの下では、単独で問題を解決できない一方で、こういったルール改革をとおして、集合的に、問題を解決する助けになる、かなりのことができる。既存のルールの中心的な欠陥は、見てきたように。彼らが用いている専売価格力は、必死薬の場合でさえも製薬研究にインセンティヴを与えている。専売を彼らの単独の報酬としている限り、製薬企業は道徳的に擁護できない立ち位置におかれる。すなわち必須薬の研究と開発を維持するためには彼らは積極的に貧しい人々が必須薬限界費用近くのアクセスを防がなければいけない。この板ばさみの難局は、必須薬の新しい研究開発の報酬を作り出すようなルールの変更を通してのみ克服できる。知的財産から巨額の利益を得ている人々は、既存の知的財産権の改革をパンドラの箱とみなし、空けたがらない。製薬業者は改革案の影で準備することができる。しかし、いったん国内および国際的な政治の場での公開討論会で改革の審議が開始されると彼らの提案が適応される保証はどこにもない。たぶん、物事をあるがままにしておくことがより安全だろうーこの筋道では、現在の体制が負わせている恐ろしい苦痛に耐えている人々もしくはそういったことを気にかけている人々の間に怒りと立腹を生み出すリスクはあるけれども。より重大な改革による用心は、すばらしいTRIPS体制の推進派の一部である他の業界団体:ソフトウエア産業、エンターテイメント産業の、農作物ビジネスに特徴付けられる。これら企業、およびその所有者・執行部は何百もの人々が専売の強制を変更で犠牲になるのをみたくはない。自分たち自身はこういった破滅にそんなには係わり合いにはなっていないとみなしつつも、製薬業界のついのひとびとよりも、こういった犠牲をやめさせるために、過剰に豊富な収入の流れを危険にさらすようなことはしたがらないだろう。
 政治的に成功するチャンスを得るために改革[案]には2つの要素が決め手となる。第一に改革は明確に限られた目的をもつものでなければならない。すなわちそれはーほかの医薬品、ソフトウエア、音楽、映画、肥料さらに種でさえなく−必須薬のみにかかわることである。および、いつでもでんとうてきな特許を選ぶ彼らの自由を残しておくことで製薬開発業者の利益を脅かさない。現在享受している利益を得る機会を失うことなしにすなわち利益が見込め道徳的に緊急性を要する研究開発の機会を新たに勝ち取ることである。第二に関連のある業界、および特に製薬業界に、改革のプロセスがこの限界を認めるであろうということを保証されなくてはならない。第二の要素を供給するのはたいへん困難である。それはおおくの現在の先進薬から貧しい人々を除外してしまうことを耐え難いと感じるたくさんの人々は、必須薬の限界に焦点をあて明確に認識し受け入れようとする一般的な改革の裏側で団結するだろう。製薬業界を超えてひろく世界的な連合に支持させる控えめな改革プランはこの業界に、それの完全な支援がもたらせれる自信を与えうるだろう。このような連合を築くためにはわれわれはごく普通の市民に、たとえそれが公的財源を必要とするとしても−課題については次節で論じる−プランの支持を納得してもらう必要がある。われわれはより急進的な改革者(多くのヘルスケアNGOに顕著だが)にも、専売特許を保持し、製薬業界の利益を拡大しさえする計画でも支持することを納得してもらわなければならない。
 このセクションの結論として、完全プル改革案は、われわれが到達する共通の避けられないゴールである必須薬のユニバーサルアクセスに製薬業界との連合で到達するか全く到達し得ないか、という説得のいかんに元すいている。このような協働体制はまずは詳細にするステージから始まる。完全プル案の規則は、それらが、開発企業の仕事を複雑化し時に重要な研究努力を思いとどませるような避けがたいリスクや不安定要素に加えることのないよう、明瞭で透明性を保つようデザインされる必要がある。前線の医療専門職者や、統計学者にそって、製薬会社は、GBDの減少に貢献している製薬開発者間で報酬を分配する規則作りに特に協力的であろう。これらの規則は第一に、GBDの原因として作用しているさまざまな疾病の境界線を明確に示すことのでき、干渉しあう死亡や疾病の原因および仮定としての原因も同じように取り扱えるような52、妥当と思われる方法を提供しなければならない。そして次にこういったさまざまな製薬開発に貢献による減少を認可する313妥当と思われる規則を供給しなければならない。
この後者の規則は、GBD特許薬が同じ疾患に対して異なる企業によって、代替の介入かあるいは共同の介入(たとえば“薬カクテル”のように現在HIV、結核、マラリアに抗して使われるように)と言った事態に対応しなければならない。このケースのどちらも、公衆衛生の反事実分析が有益だろう。しかし反事実分析それ自体は分配を規定できない。なぜなら(たった一つ理由を名指せば314)それは典型的には、”付加的な解体”すなわち
異なる原因に帰するGBDの減少の反事実的解析は、これら[の原因]が一緒になって達するものを合計のGBD減少には加えない315。この問題を解決する別のやりかたがあり、報酬を先の貢献者とあとの貢献者に分配する別のやり方もある。どの決定も自然でも明白でもなく、そして改革案は、実用主義の地歩の一部としての方法論の申し合わせ[を行うということ]を、目玉とするだろう。

 われわれのチームはもちろんひとつのモデルとなる解決を提供する。しかし完全プル計画のひとつの美点は実際実行される解決が製薬およびバイオテックノロジー業界とともに
答を出してゆけるというところにある。いったんGBD減少一単位に対する金銭的な報酬が詳細化されると、完全プル計画は、割り当ての規則に関する利益の調和を確保する。計画に資金提供している市民はGBできる限り大きなGBDの減少がもたらされるよう成功することを欲する。同様に開発企業も利益を最大化するために付加された理由のために同様である。これら企業は実際上の無知のヴェールの下でいまだ開発されていない医薬品に関して交渉するので、かれらの集合的な利益は彼らの交渉作戦を形作る。彼らは報酬の集合的収穫が最大限になるよう割り当ての規則がデザインされることを欲する。特にかれらは不確実性を減らすためにに、これら規則が明確で透明性のあることを欲するだろう。彼らは彼ら自身の間で強調や共同相乗効果が充分有効に呼び起こされるように インセンティヴが、形作られることを欲するだろう。彼らは、費用のかかる論争を避けることのできる、廉価で信頼の置ける仲裁のメカニズムを設定することを求めるだろう53 。するとそこには、単に計画を施行するのみではなく、すでにその詳細化される―中心的な思いつきはたんに実現可能であるだけではなく、政治的にもリアリスティックであると、主張するためのさらなる支援を添える、かなりの調和が存在することになる。
 
9.8 Justifying the plan to affluent citizens and their representatives:富裕な市民およびその代表者に対するプランの正当化
 
 毎年何百万人もの命を救い、無数の人びとを伝染性疾患から護る改革案は、道義上避けがたいものであると、特にそれにかかる費用が全世界の収入のわずか1%のとき、多くの富裕な国々は、わたしに躊躇なく同意するだろう。しかし、このような改革を政治的に達成するためには、われわれはひとつの特定な、政治的にリアリスティックな改革案に賛成する必要がある。われわれ人間の世界というものは、予想に反するように編成されているので、、大いなる道徳的収穫を少ない財政的費用で約束するたくさんの妥当と思われる改革の筋道が存在する。これはある意味では喜ばしいことで、いったん人間性がそれを行おうと政治的意思の結束を鼓舞すれば、世界の貧困を終結するのは、難しいことでも高くつくことでもない。しかしそれは別の意味では悪くも取れ、ひとつの共通の改革作戦への調整がよりたいへんになることを意味している。
 われわれが改革を追及している不正なルールが存在するのは、他の人びとが彼らの支持を調整できているからである。農業関連産業、ソフトウエア、娯楽、製薬業界は、ともに彼らの政府が世界に強制してきた共同作戦(TRIPS/TRIPSplus)の裏側でかれらの政治権力を効かせるため違いを克服してきた。貧しい人びとの保護を追及している人々は、まぎれもなく、多大なそしてしばしば成功したさまざまな種類の努力を行ってきている。しかしわれわれは共同の政治的戦略を調整するところまでは行えておらず、ゆえに強力で継続的な不正な制度のとりきめによってかなり邪魔され、われわれの努力は消散させられてしまう。かなりの耐えざる努力によって、われわれは不正なルールからの逆風の幾分かが中立化されることを希望し続けることはできる。聡明な政治的動員によってわれわれはこういったルールを改革でき、それによって真に世界の貧困を撲滅できるかもしれない。これまでは、われわれはこの第二の政治の領域についてはほとんど行ってこなかった。われわれは、さまざまな声で語り、多くは、たとえわれわれがその背後で調整可能であったとしても、政治的には非現実的な混沌とした生煮えの改革案の山々を提案してきた。
 ここにわたしの[提示した]案の貧困を永続化させる構造的な不正義を終わらせようと誓った人々への正当性がある。すなわち、製薬会社やバイオテクノロジー[提供]会社の利益に配慮した完全プル案は政治的に他のどの類似の規模の案よりもーはるかに現実的である。その履行は、世界の貧しい人びとの法外な重荷を解消さえるだろう、そしてそれによって、彼ら自身の解放により効果的な同盟を自身にもたらしうる。この案の実行は、さらに、清浄な飲料水、適切な衛生、住居、基本的な教育、最低限の適切な雇用の欠如といった永続する貧困のほかの要因を撲滅するために反復しうるモデルを確立せしめる。完全プル案はいったん立ち上がり、製薬業界で動きはじめると、他の領域での補完的な改革努力の動議付けとなりうる54。
 政府によるこの案の履行を勝ち取るために、われわれは、これが、彼らの選挙民や組合市民に支持されていることを示さねばならないこれまでわたしはこの案がどのように製薬会社バイオテクノロジー企業にアピールするかについては多くを語ってきた。ここでは、どのようにして、この案が、費用面や現実可能性について心配している一般市民に対してどのようにアピール可能であるか考察してみよう。
前述のように、私はこの案の年間費用は、世界中の全ての国々が参加した場合だいたい450億ドル(2005年の世界総生産の0.1%)?900億ドル(同0.2%)で頭打ちになるだろうと予測した。この数字は,貧しい側半分の人々が除外されたとしても本質的には不変である。なぜなら彼らの集計された収入は世界総生産の2%以下であるから(2005年のデータをもちいると、彼らを除外することで、課税標準で45兆ドルが44兆ドルに減少する;無視できる差である)しかし、このパーセンテージはある国々が参加を拒否すると仮定すると上昇する。もし、世界総生産のおよそ30%[を占める]合衆国のみが参加を拒否した場合、他国の納税者は、最大で彼らの総所得のおよそ0.14%?0.28%の貢献をもとめられる。もし、世界総生産を担う半数の国々が不参加の場合、残りの国々の納税者は総所得の0.2?0.4%の、もし2/3が不参加の場合は0.3?0.6%の貢献を求められることになる。こういった貢献を支援するようとくにより富裕な国々の疑い深い納税者たちを納得させるために一体何がいえるだろう?
 この費用は慎重な考慮によって支援しうるだろう。実際この案は貧しい人々に集中して蔓延している疾病に対して、かなりの違いを生じせしめることはたしかである。そのうえさらに、この案はより富裕な人々の間でよく見られる深刻な疾病のほとんどにも範囲が拡大されていく。これにたいしての一つの重要な理由は、完全プル案が成功して、今貧しい人々の大部分の死亡や有病の理由となっている、多大な災厄を弱体化させるとこういった疾病が貧しい人々の間でもより一般的となってくるからである。新薬開発者は、現在、より富裕な人々の間で一般的な慢性疾患(心臓病のような)が貧しい人々の間で更に罹患率増加を伴なって余命が延長している事実を通して、世界中で伝染性疾病が急速に減少していくことを予測できるだろう。そしてこの予測は、彼らに彼らの[開発する]新しい必須薬にGBD特許を選ばせる理由となる。たとえ患者一人当たりの利益はこれまでの特許制度の方が実質的には大きいとしても、多くの場合、GBD特許を選択した方が、よりおおきな対象患者人口を相手にすることにより、新薬開発者は総計でより多くの利益を稼げる。(新薬開発者が、どの特許我より多い利益をもたらすか不確実な限りにおいては,多く[の製薬企業]はこれが経済的に実現可能であるならば、世界の健康への貢献者になりたいと欲し、また、そう見られることを願い、GBD特許を選ぶ方に傾くだろう。)従って,安いGBD特許薬の開発の財源を支援することで、より富裕な国々の納税者自身も,低価格の薬剤・保険の低い掛け金・国家のヘルスケア支出316の減額、と言った形での実質的な恩恵を得られる。いかにも、このような、富裕な国々の中での患者から納税者への費用の移行は、より健康な人々が犠牲になってより健康でない人々が恩恵を受ける[といった仕組みである。]しかしこの穏やかな幸運の効果の緩和は現実的に道徳にうったえる。とりわけ全くあるいはごくまれにしか、先進的な医薬品を利用する必要のない、幸運な人物であってもまた、もし彼らが深刻な病に陥ったとしても、最上の最新医学知識および医薬品にアクセス可能であると知ることから派生する心の平穏を提供しうる製薬研究より恩恵を受けるから。 
 第二の考え深い317理由としては、製薬会社の研究関心を貧しい人びと[の問題]にもむけることによって、われわれは貧しい国々の恐るべき公衆衛生の問題群へのわれわれの関心を明白な方法を示すことなり、これらの国々に、われわれとの親善を組み入れることになる。この論点は道徳上対になっている。すなわち、より貧しい国々での避けうる死亡と罹病の広がりの観点から、貧しい人びとの利益は道徳的に強制される。
 この最期の対の論点はより広い応用性を持つ。改革案は、単に同じ製薬研究を異なった[やり方で]奨励するのみではなく、開発企業が解決を探求する医学的状態の範囲をも拡張する。現行の制度の下では、これら企業は撤退地方の疾病については、無理からぬことだがほとんど興味を示さない。たとえば、たとえ彼らが有効な薬剤を開発したところでその販売や認可を利益に帰ることはできないから。わたしが提案する、われわれの計画した代わりの制度の下では、開発企業は、GBDへの潜在的に莫大なインパクトを与える薬剤の開発で実質的な利益をあげることができる。はしか、マラリア、結核は[それだけで]充分、年間300万人以上の人びとの、大部分は子供の死因となっている。さらに肺炎単独でもそれ以上が命を落としている。新薬はこれらの疾患のインパクトを劇的に軽減しうるだろう。
 さらに3つの考え深い理由が存在する。改革は富裕な国々に一流の医学研究職を創りだすだろう。そしてより強力で多様な医学介入の集積と組み合わされた医学知識の急速な増加がみこまれ、それによって未来の公衆衛生上の緊急事態により効果的に対応できるようになるだろう。さらにくわえて、より良い健康状態の人びとが前ありに増えることは、われわれが直面する侵襲性の疾病の脅威を減少させる。SARSの勃発と鳥インフルエンザ 騒動は最後の2点を明示している。すなわち、危険な疾病は急速に貧しい国々の環境から、産業社会への年へと急速に移行しうる。したがって現在貧しい人びとの医療ニーズをおろそかにすることはわれわれが、突然直面するこういった問題への対処が準備不足の状態に留まっていることを意味する。
 世界中の避けえる苦悩や死の大幅な減少をもたらす、この改革は、さらにまたはるかに費用対効果が良い。そして、近年われわれがおこなってきた、同じように高くつく、巨額の“人道主義的介入”より、およびわれわれの政府と彼らの国際金融機関が、(しばしば腐敗し抑圧的な)貧しい国々の統治者とエリートに拡大しがちな巨額で返済不能な借金よりもはるかに良いものとしてこれら貧しい国々に受け入れられるだろう。最後に、道徳的にわれわれの時代に顕著な問題、、貧困が誘発する恐えうべき、しかし大部分が避けうる発展途上国の死亡と罹患の克服に向って、国際的国内的に他者と協働してゆくことには重要な社会的道徳的恩恵がある。
 最後の点を、ちょっとした道徳計算で強化してみよう。われわれは時々、子供のいのちを救うために小額の寄付を募る広告を眼にする。そういった広告がどれだけ信頼できるかということは脇においておいて、これはすなわちわれわれへの<あなたはまったく見も知らぬ人のいのちを助けるために喜んでいくらさしだせますか?>という挑戦である。非常に保守的な見方をすれば、そのいくらかの額はわれわれが遠くの子供のいのちを救うために喜んで(この言い方が正しいとするならば)確実に犠牲にできる額を実質的に意味する。さて、ここで自国が完全プル案に参加すべきかどうかを問うてみてほしい。とても高い見積もりーこのプランがかなり奏功して、GBDが半分にまでカットでき、かついくつかの富裕な国々が参加しなかった場合―には、あなたの国が参加した場合、あなたの負担分はピークの年で総所得の0.6%ということになる。これを900万の防げた早すぎる死亡数でで除してみると、(年間総所得が15万ドル以下と仮定した場合)、この案を支援することは、一死亡を防ぐたびに100分の1セント支払うことに同意することにほかならないーそしてここには死因となったり、苦悩を負わせている避けうる疾病によるすべての苦痛は数にはいれられていない。いかにも、この計画でGBDが思ったより減らない場合もありうる.しかしその場合でも費用対効果は成功の度合いに関わりなく恒常的である。もし、計画が1/5しか成功しなかったとしたら(GBDを1/10しか減らせない)としても、加算額はその1/5増に過ぎない55。
 この計算では世界総生産の2/3を占める国々が参加を拒んだと仮定している。とはいえ、もし計画が実行に移されたとしたら、それ自身がより多くの参加を生み出すだろう。そしてそれは正しい。すなわち、もし、新薬の利用者や製造業者や開発者計画のへの、および公衆衛生への計画の恩恵が地球規模であるならば、国々はただ乗りすることができる。しかし、それを道徳的に許容でき、政治的にその位置を好都合とみなす国々はほとんどないだろう。特に、GBD特許体制が、非参加国のバイオテクノロジーや製薬やジェリアック製薬会社を除外している場合には。
 合衆国あるいは/およびヨーロッパ連合の支援とともに、多くの先進諸国の参加で完全プル計画はこの10年年間のうちに世界の経済体系の内部で作用しうる。

★339 1 このような疾病は注136に上げたような状況によるものであり、また同様にデング熱やらい・トリパノソーマ症(睡眠病やシャガス病)・オンコセルカ症<回旋糸状虫 《Onchocerca volvulus) によるヒトの感染症で, アフリカ・中南米に分布する; ブユによって伝播され, 皮下組織に寄生するが, 眼内に侵入すると失明することが多い》リーシュマニア症《住血鞭毛虫による疾患》・Buruli ulcer・リンパフィラリア症・住血吸虫症(ビルハルツ住血吸虫)といった他の多くの伝染性疾患による。(Gwatkin および Guillot著, The Burden of Disease.を見よ。)
2 UNICEF, The State of the World’s Children 2005,の表紙の内側で、2003年のデータで5歳以下の小児死亡が1060万人(全人類死亡の19%)を占めていると報告されている。
3 UNDP, Report 2003, 310-30; UNRISD, Gender Equality; Social Watch, Unkept Promises.
4 WHO, Report 2004, pp. 120-25.
5 Barnard, “In the High Court of South Africa.”

6 During the life of its primary patent, the patent holder can take out additional patents on a wide range of often trivial or irrelevant aspects of a successful drug, such as its packaging or dosing regimen. Having been applied for later, these further patents outlast the primary patent. They ensure that, even after the primary patent expires, the patent holder retains the right to be notified by any firm planning to commence generic production of the drug. Once notified, the patent holder can then deter or at least greatly delay generic production by asking for a 30-month stay (multiple such stays were permitted and practiced before August 2003), by paying the first generic patent challenger to “park” its 180-day exclusivity, and by threatening or initiating legal action that, regardless of its merit, can delay commencement of generic production by several years. The pharmaceutical industry’s anti-competitive practices are documented by the Federal Trade Commission in “Generic Drug Entry Prior to Patent Expiration: An FTC Study,” July 2002 (www.ftc.gov/os/2002/07/genericdrugstudy.pdf). See also NIHCM Foundation, Changing Patterns of Pharmaceutical Innovation, May 2002 (www.nihcm.org/finalweb/innovations.pdf); and the GAO report “New Drug Development” (p. 34): “Some analysts specifically highlighted the practice commonly known as producing line extensions ? deriving new products from existing compounds by making small changes to existing products, such as changing a drug’s dosage, or changing a drug from a tablet to a capsule. According to analysts, these changes are typically made to blockbuster drugs shortly before their patents expire.”
7 Such provisions force potential generic producers to run wasteful new trials to document the safety and effectiveness of the medicine they plan to manufacture by preventing them from invoking, even after expiration of the patent, the data originally submitted by the patent holder. See MSF, Data Exclusivity.

8 Among the pharmaceutical research tools for which patents have been granted are expressed sequence tags (ESTs), restriction enzymes, screening systems, techniques related to DNA sequencing, and single nucleotide polymorphisms (SNPs). Such patents substantially impede research and free competition. For details, see Rai and Eisenberg, “Bayh-Dole Reform and the Progress of Biomedicine.”

9 Kevin Outterson has challenged the use of the loaded expression “free rider” in contexts where very poor people enjoy some public benefit at no cost to anyone. He proposes that we speak of “fair followers” instead. See Outterson, “Fair Followers.”
10 “India’s Choice.” Editorial. The New York Times. January 18, 2005, also at select.nytimes.com/gst/abstract.html?res=F10610F8395C0C7B8DDDA80894DD404482.
11 より精巧な知的財産権に対する自然権説批判に関しては Kuflik, “Moral Foundations of Intellectual Property Rights,” および Sterckx, “The Ethics of Patenting,” を参照のこと。
12 This pattern emerged in the US after Congress in 1980, to encourage industry-use of government-funded inventions for consumer benefit, passed the Bayh-Dole Act which enables pharmaceutical companies, professors, and clinicians to cash in on patented applications of basic research done at universities or at the National Institutes of Health. For a brief account with further references, see Rai and Eisenberg, “Bayh-Dole Reform and the Progress of Biomedicine.” Private funding for biomedical R&D has overtaken public funding in the 1990s but public funding remains significant. See Moses et al., “Financial Anatomy of Biomedical Research,” p. 1336; Light, “Basic Research Funds to Discover New Drugs”; Research!America, “2005 U.S. Investment in Health Research” at www.researchamerica.org/publications/appropriations/healthdollar2005.pdf; and Angell, The Truth about the Drug Companies, pp. 7-8, 22-7, 56-76.
13 Nozick, Anarchy, State, and Utopia, p. 181. ロックの条件付けは、一方のみの私物化が許されるのは、他者に対しても“充分かつ良い”だけ残されているばあいに限ってのみである。ロック “An Essay Concerning the True Original,” §27 and §33, and section 5.2 above.を参照。
14 Nozick, Anarchy, State, and Utopia, p. 182.
15多くがジョンがグルメだと知っていて、彼の努力にただ乗りしていたとして、そうでなければ行っていたかもしれない創造的な調理実験をひかえなければならない、と仮定してみてほしい。私はカント、ロックさらにはノージックさえも、このような振る舞いが道徳的に問題であるという充分な理由を与えていないと否定しているわけではない。私の論点は、このようなふるまいは、この3人の思索家すべてがジョンの権利を侵害しているという、より狭い非難を免れうるということである。わたしはまた、ノージックは少なくとも、、ジョンのために彼らの食べ物に自分たちのきのこをまぜることをさまたげられたとしたら、熱望しているただ乗り者たちの権利は侵害されたことになりうるという視点を認めている節があると考えている。 この点を明確化する議論についてAndrew Williamsに感謝する。
16 私は音楽や文学、コンピュータープログラムなどの仕事から引き起こされる特別な論点については別扱いとする。これらはShiffrin,の “Lockean Justifications of Intellectual Property Rights.”で中心的に取り上げられている。
17 ほとんど平行した議論が特別な物質を必要としない医学的発明に関しても行える。たとえば鍼治療。これもまた、開発者はーたとえそれが多くの人々の痛みを防げることであるとしてもーその発見を共有しないというリバタリアン的権利を有している。が、その種類に対する所有権はもちえない。他人が合法的に所有している鍼で、他人の身体に行うことを、一方的に制限することはできない。
18 注344に引用したGAO とFTCの研究結果; a Goozner, のThe $800 Million Pill, の第八章、また Angellの The Truth about the Drug Companies, の第10章を 参照のこと。上流部分での特許が以下に生物医学研究を阻害しているかという討論については、 Rai とEisenberg, の“Bayh-Dole Reform and the Progress of Biomedicine.”が参考になる。
19 たとえば:“特許システムは、新薬を大規模にタイムリーに社会にもたらす唯一の証拠のあるシステムである” (www.pfizer.com/pfizer/subsites/corporate_citizenship/report/good_business.jsp).
20 Cheri Graceの“The Effect of Changing Intellectual Property on Pharmaceutical Industry Prospects in India and China: Considerations for Access to Medicines,” June 2004, www.dfid.gov.uk/pubs/files/indiachinadomproduce.pdf.をみよ。
21 White Man’s Shame. The Economist, September 25, 1999, p. 89.
22 Ibid.
23 This kind of relentless pressure goes a long way toward explaining why poor countries rarely dare issue a compulsory licence for a patented medicine, despite the fact that such compulsory licences are theoretically permissible pursuant to paragraph 6 of the 2001 Doha Declaration. In November 2006 and January 2007, Thailand issued compulsory licenses for HIV/AIDS drugs Efavirenz (Merck) and Kaletra (Abbot), and blood-thinner Plavix (Bristol-Myers Squibb and Sanofi-Aventis), and immediately came under pressure from the US government. To get a sense of how such pressure is exerted, see Congressman Jim McDermott’s speech (June 20, 2006) “A Morality Tale on AIDS” (www.house.gov/mcdermott/sp060619.shtml) and the press release (January 8, 2007) of the Office of the US Trade Representative, entitled “Schwab Announces Results of Chile IPR Review, Cites Deteriorating Performance” (www.ustr.gov/Document_Library/Press_Releases/2007/Section_Index.html).
24 たとえば“Making Trade Work for Poor People,”ニューデリーの the National Council of Applied Economic Research, で2002年の11月28日に行われた前世界銀行主任エコノミスト Nick Stern の演説等を参照。(siteresources.worldbank.org/INTRES/Resources/stern_speech_makingtrworkforpoor_nov2002.pdf).
25 これは貧しい国々が年間official development assistance より受け取るおよそ1千億ドル ($100 billion 2005) と比較される。(www.oecd.org/dataoecd/52/18/37790990.pdf).
26 エイズ薬と結核の第二選択薬が著明な例である。
27 “世界のたった10%の健康関連の研究が、全世界の疾病負荷の症状の説明に寄与している。” (DNDWG, Fatal Imbalance, p. 10; cf. GFHR, The 10/90 Report on Health Research 2003-2004).  この不均衡はとりわけGates Foundationの助成を通して改善されてきている。
28 GFHR, The 10/90 Report on Health Research 2003-2004 (www.globalforumhealth.org/filesupld/1090_report_03_04/109004_chap_5.pdf), p. 122. GBDを計算する手法には、異なるやり方がいくつかある。私としては特定のやり方に固執していない。
29 Trouiller 他 “Drug development for neglected diseases”; DNDWG, Fatal Imbalance, p. 11.
30 Trouiller et al., “Drug development for neglected diseases”; DNDWG, Fatal Imbalance, p. 11.
31ここはある点までは論争の種となっている。製薬業界は薬物開発に関する自らの財政的・知的貢献を大幅に言い立てており、ほとんどの基礎研究は政府によって資金提供されている大学で行われ、製薬会社には無料で提供されている、と断言されている。. Angellの, The Truth about the Drug Companies, ch. 3; Consumer Project on Technology
(www.cptech.org/ip/health/econ/rndcosts.html ); UNDP, Report 2001, ch. 5.を参照 。製薬会社の生物医学研究開発による成果が、有意に減少している:産業報告によると研究開発の147%の上昇(1993年の160億ドルが2004年には40億ドル:物価上昇折込済み)ことを記録しているGAO report (cited in n. 344) documenting the significantly reduced productivity of biomedical R&D in the pharmaceutical industry: a 147-percent rise in industry-reported R&D (from $16 billion in 1993 to $40 billion in 2004, inflation-adjusted) produced only a 38-percent increase in new drug applications (NDAs) submitted to the Food and Drug Administration, and an even smaller 7-percent rise in new molecular entities (NMEs). In particular, “from 1993 through 1995, the number of NDAs submitted for NMEs increased, but declined by 40 percent between 1995 and 2004” (p. 4). Only 12 percent of all NDAs submitted for 1993-2004 were Priority NMEs (p. 17), that is, NMEs providing a significant therapeutic benefit over existing medications
32 特許保有者はその発明の産生に関わるほかのライセンスを売ることもできる。かなりの特許使用料を開発会社に支払うことで、生産者は、[生産物の]価格をに大幅に、たいてい、長期の限界生産費用より信じられないくらい、上乗せする必要がある。この場合もまた、私がこれから論じる第二の市場の失敗―[その発生のメカニズムは]多少違うが、引き起こされる。
33 See www4.law.cornell.edu/uscode/28/1498.html. This right has been litigated in various important cases, producing licensing fees as low as one percent in the case of the Williams patent held by Hughes Aircraft Corporation (for details, see www.cptech.org/ip/health/cl/us-1498.html).
34 See Kanavos et al., “The Economic Impact of Pharmaceutical Parallel Trade in European Union Member States.”
35 予想される費用の総計=$52m .X25% + $35m .X60% + $40m .X15%.
36 Because the probability of winning this reward is estimated at 25 percent, the expected value of this reward is $160m . 25% = $40m. Companies are properly sensitive to when specific expenses or reward payments occur. So we may think of the $-figures in the text as discounted to present value by the company’s internal discount rate.
37 Of course, a push program might assign the same task to two or three innovators. But this would double or triple the cost and thereby dramatically erode the cost advantage over the corresponding pull program.
38 特に Kremer と Glennerster, のStrong Medicine.を参照のこと。
39 This informational deficit ? though not all the other problems with prizes ? can be overcome through a tender system where companies and other capable agencies would name their own prize for a specified innovation. The planners would publish the specifics of the medicine they wish to have invented, and capable organizations would then place competing “bids,” specifying the prize they would expect for producing a qualifying medicine as well as a deadline and a penalty for delays. The planners could then select the organization whose bid seems most attractive overall.
40 この問題に関する卓越した議論についてはHollis:の“Incentive Mechanisms for Innovation,” 14-15.を参照のこと。
41 Advance purchase commitments could be designed to get around this problem. The promise to buy a fixed quantity of a new medicine at a high pre-set price would here be made conditional on this many doses actually being administered to patients. If fewer doses of the drug are consumed, then fewer are paid for. But this formulation of an advance purchase commitment involves a new disadvantage: incentives toward overuse of the medicine in question. If (as in one of Kremer’s numerical examples) the inventor is paid an additional $14 for each dose, up to 200 million doses, for which it finds a buyer willing to pay $1, then the inventor has powerful incentives to induce or entice buyers regardless of whether they need the medicine or not.
42 なぜなら、私たちは、特許が専売価格力を授与されるという考え方に、かなり馴らされているので、ここでの私の言葉の使い方はあてはまらないように思われる。しかし、それは伝統的な(フランス語のletters patent;開封勅許状 [《国王・政府から種々の権利・特権を与える目的で発せられる公的書面で, 開封のまま交付される; 貴族の叙任の場合にも用いられる; 以前は発明に対する特許権を与えるために用いられたが, 現在は廃止》])意味、の特権・権利・公職・称号・財産を授与する文書といった“patent"に一致する。Because we are so used to the idea that patents confer monopoly pricing powers, my use of the word may seem out of place here. But it accords with the traditional meaning of “patent” (from the French, letters patent) as a document conferring some privilege, right, office, title, or property.
43 UNDP, Report 2001, p. 101.を参照。
44 Selgelid,の“Ethics and Drug Resistance.”を参照。
45 This opposition was displayed most dramatically when a coalition of 39 pharmaceutical companies went to court in South Africa in order to prevent their inventions from being reproduced by local generic producers and sold cheaply to desperate patients whose life depended on such affordable access to these retroviral drugs. In April 2001, the attempted law suit collapsed under a barrage of worldwide public criticism (see Barnard, “In the High Court of South Africa”). A somewhat similar suit is currently (January 2007) being brought in the Indian High Court by the Swiss pharmaceutical company Novartis against the Indian government, arguing that the Indian Patents Act is violating international trade law by being insufficiently protective of intellectual property rights. Should the suit succeed, the delivery of Indian generic medicines to Indian citizens and to people in many other poor countries will be further curtailed.
46 These new incentives may not, initially at least, be strong enough to stimulate research into rare (“orphan”) diseases, even when the health impact per patient promises to be large.
47 This short-term effect may be mitigated by the fact that the pharmaceutical industry is currently going through a slow period, caused by patent expirations on its blockbuster drugs, low productivity of its R&D, tightened regulation of its anti-competitive practices, and increased pressure from large drug purchasers. Pfizer, for instance, is planning to eliminate 10,000 positions by the end of 2008 and to reduce its European field force by more than 20 percent (mediaroom.pfizer.com/index.php?s=press_releases&item=142).
48 My rough estimate assumes that, under the reformed rules, the pharmaceutical industry would, at least initially, spend on research toward developing new essential drugs (especially for heretofore neglected diseases) an additional 30 to 60 percent of what it is now spending on all pharmaceutical research (cf. Moses et al. and Research!America, both cited in n. 350, and GFHR, The 10/90 Report on Health Research 2003-2004, p. 112). I also assume that the rewards offered under the reformed rules must not merely match, but greatly exceed these projected expenditures, because pharmaceutical companies will brave the risks and uncertainties of an expensive and protracted research effort only if its expected return substantially exceeds its cost. The figure in the text is a peak estimate. Expenditures under the plan would rise over the first few years as new medicines for heretofore neglected diseases become ready for delivery to patients. And expenditures would fall off again in two or three decades with declines in the remaining burden of disease.
49 PDF版を確認する必要あり!The 26 poorest countries in Africa are Benin, Burkina Faso, Burundi, Central African Republic, Chad, Democratic Republic of Congo, Eritrea, Ethiopia, The Gambia, Ghana, Guinea, Guinea-Bissau, Liberia, Madagascar, Malawi, Mali, Mozambique, Niger, Rwanda, Sao Tome and Principe, Sierra Leone, Tanzania, Togo, Uganda, Zambia, Zimbabwe. Their gross national incomes sum to $95 billion (World Bank: Report 2007, pp. 288-9, 298).
50 Formulated by Andr? Briend, Plumpy’Nut is a tasty high-protein paste. Because it can be cheaply manufactured in poor countries, keeps in an air-tight wrapper for two years without refrigeration, and does not require mixing with (often contaminated) local water, it is highly effective against malnutrition, especially in children.
51 One sign of interest from at least a substantial number of governments is Resolution 24 ? Public Health, Innovation, Essential Health Research and Intellectual Property Rights: towards a Global Strategy and Plan of Action ? adopted at the 59th World Health Assembly in May 2006 (WHA 59.24 ? www.who.int/gb/ebwha/pdf_files/WHA59/A59_R24-en.pdf). Pursuant to this resolution, submissions from experts were solicited (www.who.int/public_hearing_phi/summary/en) and an Intergovernmental Working Group on Public Health, Innovation and Intellectual Property was convened in Geneva.
52 Subjunctive causes are relevant, for example, in the allocation of life years lost. We cannot ascribe all the years of life a person lost to the cause of her premature death if her environment exposed her to other such causes that would have killed her with a certain probability had she not succumbed to her actual cause of death.
53 Costly litigation is a major It is worth noting that patent-2 does exceptionally well in terms of avoiding costly litigation. The existing regime generates a lot of litigation involving generic companies who have strong incentives to challenge the patent-1 of any successful medicine. Generic companies have no incentive to challenge a patent-2, because they are free to replicate the medicine even without such a challenge. The patent-2 regime does no better in regard to rivalrous claims to inventorship. But these constitute only a small fraction of present litigation expenses. I am grateful to Rochelle Dreyfuss for valuable discussion of this point.
54 This brings out a second significance of the word “full.” It signifies not only that medicines are to be pulled all the way to patients, to make them effective in reducing mortality and morbidity. It can also signify that such incentives might ultimately be targeted on all the severe deprivations that constitute the world poverty problem.
★339 55 富裕な国々の市民が、世界のヘルスケアの改善のための製薬研究および他の主唱についての支援のために課税されることをいとわないといういくつかの証拠がある。Woolley, Propst, およびConnelly, “United States Investment in Global Health Research,” pp. 93-4.を参照のこと。
[c1]コンマの後ろのthisが何を指しているか不明です。
[sm2]「ここはカタカナ語よりは<地球規模の疾病負荷(GBD)>とでもした方がすわりがいい気も」


UP:2009
TOP HOME (http://www.arsvi.com)