HOME > BOOK >

『わたしのリハビリ闘争――最弱者の生存権は守られたか』

多田 富雄 20071210 青土社,172p.


このHP経由で購入すると寄付されます

多田 富雄 20071210 『わたしのリハビリ闘争――最弱者の生存権は守られたか』,青土社,172p. ISBN-10: 4791763629 ISBN-13: 978-4791763627 1260 [amazon] ※ r02

■内容紹介

世界的な免疫学者である著者は、脳梗塞を患って以来、リハビリによって障害と闘いながら、かろうじて執筆活動を続けてきた。ところが2006年4月、厚労省の保険診療報酬改定によってリハビリ打ち切りという思わぬ事態が生じた。現場の実態を無視した医療費削減政策の暴走、弱者切り捨ての失政に怒った著者は、新聞への投書を皮切りに立ち上がった−−。本書は1年余にわたる執筆・発言をまとめた闘争の記録であり、病床と車椅子の上から発せられた“命の叫び”である。

■著者について

多田 富雄(ただ とみお)
1934年茨城県生まれ。千葉大学医学部卒業。コロラド大学留学。74年千葉大学教授、77年東京大学教授を歴任。免疫学の世界的権威。元・国際免疫学会連合会会長。71年に〈サプレッサーT細胞〉の発見を国際免疫学会で発表、国際的に注目を浴びた。この業績によって野口英世記念医学賞、エミール・フォン・ベーリング賞、朝日賞ほか、内外の受賞多数。84年、文化功労賞。能にも造詣が深く、脳死をテーマとした「無明の井」、朝鮮人強制連行の問題を扱った「望恨歌」、アインシュタインの相対性原理を主題にした「一石仙人」など新作能の作者としても知られる。2001年に脳梗塞を患い左半身麻痺と嚥下・発声障害を抱えながら、執筆活動に取り組んできた。また、2006年リハビリ診療報酬改定の撤回を求める運動に立ち上がり、厚生労働省および政府への批判と提言を精力的に執筆・発表。本書はそれらの文章をまとめたものである。主な著書、『免疫の意味論』(大佛次郎賞)『生命へのまなざし(対談集)』(以上、青土社)『生命の意味論』『脳の中の能舞台』(以上、新潮社)『寡黙なる巨人』(集英社)『能の見える風景』(藤原書店)『独酌余滴』(日本エッセイスト・クラブ賞)(朝日文庫)ほか多数。

■目次

はじめに 総括、弱者の人権
1.診療報酬改定 リハビリ中止は死の宣告
2.小泉医療改革の実態 リハビリ患者見殺しは酷い
3.四四万人の署名を厚労省に提出したときの声明文(六月三〇日)
4.リハビリ医療 国は四四万人の叫びを聴け
5.鶴見和子さんとリハビリ
6.患者から見たリハビリテーション医学の理念
7.メッセージ(一〇月二六日、リハビリ日数制限の実害告発と緊急改善を求める集会)
8.コスト削減のためのリハビリ打ち切りは「弱者は死ね」と言うに等しい
9.リハビリ制限は、平和な社会の否定である 111-124
 『世界』二〇〇六年一二月号
10.リハビリ制度・事実誤認に基づいた厚労省の反論
11.リハビリ打ち切り問題と医の倫理
12.ここまでやるのか厚労省 リハビリ患者を欺く制度改悪の狙いは何か

■引用

◆「はじめに 総括、弱者の人権」 :7-42→多田[201707:115-142]

 「急性期、回復期に手厚いリハビリを認めたのに対して、維持期の患者に上限日数<0017<を決めたのは、リハビリを続けても目立った効果が期待できないからと繰り返した。そもそもこの措置が決められたのは、「高齢者リハビリ研究会」の専門家によって、「効果の明らかでないリハビリが長期間にわたって行われている」という指摘があったからだと言われている。これも真っ赤な嘘であったことが後日わかった。
 これは、二〇〇六年一一月二八日の衆議院厚生労働委員会で、社民党の福島みずほ党首の質問で明らかにされたが、厚労省幹部永田邦雄保険局長の、ぬらりくらりとした答弁でうやむやにされた。議事録には書いてない合意があったというが、そんな合意がいつどこでなされたかなど、一切証拠はなかった。またそんな形で都合よく利用されていても、専門家と称する「高齢者リハビリ研究会」のメンバーのリハビリ医は、一言も反対しなかった。腰抜けというほかない。
 この「高齢者リハビリ研究会」は、日本のリハビリ医学の先駆者である上田敏氏が座長を務めている。鶴見和子さんに発病一年後からリハビリを実施し、何とか歩行機能を回復させた功績があるのに、一般患者には、半年で打ち切るという案に合意したとは考えられない。またそんな証拠はどこにもなかった。それなのにこの偽の合意が、このよ<0018<うに患者を苦しめていることに対し、一言も反対の声を上げないのは、学者として、また医師としての良心に恥じないのだろうか。」(多田[2007:17-18])

 「この闘争で、ひとつ気にかかったことは、このような社会問題と化したリハビリ打ち切りに対する、専門家の集団としての学会の態度の曖昧さである。
 「高齢者リハビリ研究会」の官僚べったりの腰抜けの態度については先に述べたとおりだが、こうした反動的意見では、日本リハビリテーション病院・施設協会副会長の石川隆氏の発言が指導的であった。
 急性期、回復期の患者だけを対象とする病院は、慢性期のリハビリ打ち切りで、大きい利益を受ける。石川氏は厚労省に太いパイプを持ち、他方では大手セキュリティ企業のセコムを後ろ盾にした私立の回復期専門リハビリ病院長である。リハビリ上限日数によって、回復期の手厚い診療が保障されれば、彼の思う壺である。<0029<」(多田[2007:29])

◆1.診療報酬改定 リハビリ中止は死の宣告

◆2.小泉医療改革の実態 リハビリ患者見殺しは酷い

◆3.四四万人の署名を厚労省に提出したときの声明文(六月三〇日)

◆4.リハビリ医療 国は四四万人の叫びを聴け

◆5.鶴見和子さんとリハビリ ※多田[201707]には収録されず

◆6.患者から見たリハビリテーション医学の理念 ※多田[201707]には収録されず
 『現代思想』2006-11→多田[2007:82-100]

 「[…]
 理念と実際
 リハビリテーツョンはRe(もう一度)habilis(適する、快適に住まう)というラテン語から来ている。文字通り、人間に適した生活を取り戻すことを意味する。中世のヨーロツパでは法王庁から破門された人間が、再び破門を解かれて、キリスト教徒として復権すること(全人的復権)を指した。
 ▼医学用語となっても、リハビリは単なる機能回復訓練のみであってはいけない。障害を持った個人の、人間としてふさわしい生き方を回復すること、すなわち社会復帰を含めた、人間の尊厳の回復が目的である。全人的復権というのはこの意昧で正しい。
 リハビリ打ち切りを黙認した、厚生労働省の無責任な御用団体、「高齢者リハビリテーション研究会」の文書の「はじめに」にも、「リハビリテーションは、単なる機能回復訓練ではなく、心身に障害を持つ人々の全人間的復権を理念として、潜在する能力を最大限に発揮させ、日常生活の活動を高め、家庭や社会への参加を可能にし、その自立を促すものである。したがって、介護を要する状態となった高齢者が、全人間的に復権△084 し、新しい生活を支えることは、リハビリテーションの本来の理念である」とある。厚生労働省が、今度の改定で参考にしたという、「高齢者リハビリテーツョン研究会」の公式文書である。打ち切りを黙認してしまった現実と、何とかけ離れた主張を、ぬけぬけと書いているものである。▼
 理念は理念として、実際には障害を持った患者の機能回復訓練が、現在のリハビリ医療の中心となっていることは否めない。欠損した身体の代償法、麻痺などで動かなくなった身体機能の改善、障害の二次的拡大の予防、残存機能の維持保全、生活への適応など、患者にとって必要な医療を施す専門科である。
 生体の欠陥部分を再生させる「再生医学」は、まだ視野に入ってはいないし、また欠狽機能を代替する、ロボット工学も、実用化には程遠い。
 失った機能はどんなことをしても、もとどおりになるわけではない。残存機能を強化維持し、いかにして生活環境に適応させるかが重要なミッツョンとなる。その点で、心身に障害を抱えた患者の、クオリテイ・オプ・ライフ(QOL)を上げることを目的とした医療といえるのではないだろうか。その目的のテクノロジー(器具を含む)を開発し、△085 それを個々の患者の病態に適用させるのが治療の大部分を占める。
 リハビリ科の医師は、大別して整形外科のバックを持ったものと、脳神経系医学のバックを持ったものがいる。初めからリハビリ専門家というのは、もっばら四〇歳以下の若い医師である。
 日本のリハビリの歴史は、戦後から始まったといって大きな間違いにはならないだろう。その前は、整形外科や物理療法内科の電気治療や温泉療法的なものがあっただけである
 私が医学生だった昭和三〇年代にはリハビリの講義すらなかった。それが今では、なくてはならない診療科に発展している。東大では、現在診療サービス部門として、リビリテーション部が設けられているが、内科や外科のように、独立した講座や教室があるわけではない。
 こうした事情から、医師の出身の違いによって、特徴が出ると思われる。整形外科の出身者は、運動器など末梢の障害の専門的医療に力点を置くが、脳神経系の出身の医師は、麻痺などの原因となった神経系の問題に、より関心を持つ傾向がある。その二つが△086 融合してリハビリ科を作り上げている。」(多田[200611→2007:84-86])

 「政府には、社会のセーフティネットから落ちこぼれた医療難民を作り出した責任がある。それを「専門家」の意見を聞いて策定したといって逃げている。診療報酬改定の責任は、アドヴァイスした一部のリハビリ医も追及されるべきである。それで恥ずかしくないのかと問いたい。リハビリ医学会は、たとえ一部の人の判断だったとしても、自分で書いたリハビリ医療の理念から逸脱した改定を許してしまったことを、謙虚に反省しなければならぬ。
 再び言う。リハビリ科の医師には、苦しんで死に瀕している患者がいればそれを救うという、「専門家」としてのミッションがある。リハビリ医学会は、それを自ら放棄してしまったのだ。他の医学会や医師会の批判の目に気づかないのたろうか。自分たちの使命を最終的に護るのは、職業団体としての学会の務めである。今回の制度改定に対して、関連学会、協会は、全く態度を鮮明にしていない。むしろ厚労省に加担しているか△099 に見える。これを直視し、謙虚に反省しなければ、学会員の信頼は得られまい。またほかの学会からも軽蔑されることだろう。
 問題が起こったときに、真っ先に声を上げるのは、関連学会の務めである。それを怠ると、必ず内部に亀裂ができる。このような社会問題と化した中での沈黙は、基礎医学の学会運営を長年やってきたものには、到底考えられぬことだ。私は患者としてばかりでなく、同じ医学の研究に携わるものとして、今後も追求を止めることはない。」(多田[200611→2007:99-100])

◆7.メッセージ(一〇月二六日、リハビリ日数制限の実害告発と緊急改善を求める集会)

◆8.コスト削減のためのリハビリ打ち切りは「弱者は死ね」と言うに等しい

◆9.「リハビリ制限は、平和な社会の否定である」(多田[200612→2007:111-124])
 『世界』二〇〇六年一二月号

 「社会科学者の鶴見和子さんは、一一年前〔注=一九九五年〕に脳出血で左半身麻痺となった。一〇年以上もリハビリテーション(リハビリ)の訓練をたゆまず行い、精力的に著作活動を続けていたが、今年になって、理学療法士を派遣していた二ヶ所の整形外科病院から、いままで月二回受けていたリハビリをまず一回だけに制限され、その後は打ち切りになると宣言された。医師からは、この措置は小泉さんの政策ですと告げられた。
 その後間もなくベッドから起き上がれなくなってしまい、二ヶ月のうちに、前からあった大腸癌が悪化して、去る七月三〇日に他界された。直接の死因は癌であっても、リハビリの制限が、死を早めたことは間違いない。<0111<
 その証拠に、藤原書店刊『環』に掲載された短歌に、

 政人[まつりごとびと]いざ事問わん老人[おいびと]われ生きぬく道のありやなしやと

 寝たきりの予兆なるかなベッドより
 おきあがることできずなりたり

 とある。同じ号の、「老人リハビリの意味」という最後のエッセイでも、「これは、費用を節約することが目的ではなくて、老人は早く死ね、というのが主目標なのではないかだろうか。(中略)この老人医療改定は、老人に対する死刑宣告のようなものだと私は考えている」と述べている(『環』二六号、藤原書店)。
 私は、この痛ましい事件の発端となった、リハビリ診療報酬改定の流れをもう一度振り返って、問題点を見直してみたい。」(多田[200612→2007:111-112]、[]内は本ではルビ)

◆10.リハビリ制度・事実誤認に基づいた厚労省の反論

◆11.リハビリ打ち切り問題と医の倫理

◆12.ここまでやるのか厚労省 リハビリ患者を欺く制度改悪の狙いは何か


■言及

立岩 真也 20080201 「有限でもあるから控えることについて――家族・性・市場 29」,『現代思想』36-2(2008-2):48-60→資料
 「[…]これもひとまずは単純に論理的な誤りである。つまり医療やリハビリテーション――と呼びうること――を行うのが有効である/有効でないという区分と、(もとに戻るという意味での)なおる/なおらないという区分とは別のものなのだが、つなげられてしまう。その結果、なおらないが有効である場合にそれを使うことができないことになる☆02。」(立岩[2008:50])
「☆02 近年のことについて多田富雄『わたしのリハビリ闘争――最弱者の生存権は守られたか』(多田[2007])。」(立岩[2008:58])
→立岩 真也 2009 『…』,筑摩書房 文献表

向井 承子 20080201 「超高齢社会と死の誘惑」,『現代思想』36-2(2008-2):101-109(特集:医療崩壊――生命をめぐるエコノミー)
 「なにより残念なのは、重箱の隅をいじりまわすような「操作」でいのちをも奪う制度の倫理性を語る専門家をほとんど知らないことである。
 脳梗塞の後遺症のリハビリを打ち切られようとして指一本の執筆活動で厚労省に闘いを挑んだ免疫学者の多田富雄氏は、医療費削減政策下での診療報酬制度の操作を「まるで『毒針』(『わたしのリハビリ闘争』)と鋭く指摘された「毒針」の意味を歴史を踏まえて分析評価する専門家の登場を、二〇年以上、ただ当事者として書き続けてきた私は待ち焦がれている。」(向井[2008:109]、最後の部分)
→立岩 真也 2009/03/25 『唯の生』,筑摩書房,424p. ISBN-10: 4480867201 ISBN-13: 978-4480867209 [amazon][kinokuniya] ※ et. English

◆「「わたしのリハビリ闘争」に思うこと」
 http://blogs.yahoo.co.jp/spitzibara/36517682.html

◆立岩 真也 20100701 「……」,『現代思想』38-9(2010-7): 資料

◆立岩 真也 2017/07/** 「……」,『多田富雄コレクション』第3巻「人間の復権――リハビリと医療」解説,藤原書店


UP:20071123 REV:20080127, 20100603, 2017
多田 富雄  ◇リハビリテーション  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
TOP HOME (http://www.arsvi.com)