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『セルフヘルプ社会――超高齢社会のガバナンス対応』

田尾 雅夫 20071115 有斐閣 370p.

last update: 20131129

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■田尾 雅夫 20071115 『セルフヘルプ社会――超高齢社会のガバナンス対応』,有斐閣,370p. ISBN-10: 4641163022 ISBN-13: 978-4641163027 \3255 [amazon][kinokuniya] ※ b

■内容

(「amazon.co.jp」より)
高齢社会をいかに生き抜くのか──互助をめざすセルフヘルプ集団が重要視され,社会にその仕組みを定着させることが不可欠となってきているなかで,セルフヘルプの意味,その集団の特徴・発展過程・効用と限界・管理などについて,はじめて包括的に解説する。

(「BOOK」データベースより)
高齢社会を生き抜くために、互助をめざすセルフヘルプ集団が重要視され、社会にその仕組みを定着させることが不可欠となってきている。本書では、セルフヘルプの意味、その集団の特徴、発展過程、効用と限界、管理について、統合的・包括的に解説する。

■目次

■引用

何のためにこの集団はあるのか。自分のためにある。その自分を変えたいと願って、他人とすすんで関わることになったのである。自分を変えてくれるために、他人が仲間になる。その期待を他人でありながら仲間同士である人たちが共有することでセルフヘルプ集団が成り立つ、というきおとは、他人が仲間となって互酬的な関係に至るということであるただし、自分を変えるというのは、何かに困っているなど、ある程度の深刻さを前提にしている。小銭に困っている人に借りるようなことではない。何かを変えなければ、困っているという状態が改善できない。そして、そのためには他人の支援を必要としている。したがって、できれば変えるための仲間として、関わってほしいという願望がある。セルフヘルプであるからには、私から発する。したがって、それが互助至ってもセルフヘルプ集団であるというのは、とにかく私を何とかするために他人がいるのである。私が積極的に関わることで、そのような私も含めた他人が集まるところにセルフヘルプ集団ができあがる。困った、変えたい、何とかしたいという熱意が、この集団を支えるのである(p.52)。
セルフヘルプ集団は、その働きを持続させるためには大きくはならないという、規模の制約がある。日々互いに助け合うというのは、例えば100人以上の規模では困難であり、1000人以上にもなるというのはあり得ないことである。スケール・メリットもあり得るが、その効用は限定的である。メンバーを増やすことで資源がいくらか増えても、信頼の希薄さを生じさせれば、その効果は相殺される。逆にフリーライダーを闊歩させることになる(p.159)。
セルフヘルプ集団は、概してサイズが小さい。互いが気心を通い合わせるためには、少人数であるのは当然である。自生的な集まりは、まずお互いがお互いを支え合うというセルフヘルプの特徴をもち、そのなかでサービスの資源の剰余ができれば、外の社会に提供するようになり、サービス提供組織に転化することもあり得る。グラースルーツであり仲間内のことを優先的に考える範囲では、通常、小規模である(p.176)。

セルフヘルプ集団の定義を、三つのビジョンで捉えることがある(Borkman,1999)。

  1. 治療的ビジョン(therapeutic vision)
  2. 代弁的、支援的な働きをいっそう重視するビジョン(advocasy vision)
  3. コミュニティ構築に向けたビジョン(the community vision)

Moos & Moos(2004,2005)は、アルコール中毒患者について、AAに加わっている限り効果は持続的であるという。それに参加している限りということは、それから外れると元の木阿弥になってしまうのである。しかし、本来は集団による効果であるから、そのこと自体は集団の限界とはいえない(p.217)。

当事者であることの限界
・素人であることへのこだわり

素人主義へのこだわりが、プロフェッションやプロフェッショナリズムへの反感となって、専門知識に対して拒否的になるほど、自分たちで何でもしなければならない、何でもできるという過剰ともいうべき信念を凝集させるようなことにもなる。

・過剰な同質性
Powell & Cameron(1991)は、まず互いが異質であることを了解すべきであると指摘している。それぞれ特有の問題を抱え、それぞれ違った環境から集まってきており、さらに、それぞれが違った集まりであり、違ったシステムの下で活動しようとしている。ここでは、少しでも少ないカテゴリーに集約しよう("lumper")とする傾向はよろしくないとされる(p.224)。
・信頼関係への過度の依存

奥村(1998)によければ、一緒にいるから互いはわからなければいけない、わかり合えないところがあれば、わかり合うべきだという規範に引きずられて、ありもしない「理解の過剰」に苦しむことになる。

・自己閉鎖的関係

互いが信頼できる仲間であるかどうかこそが重要であり、特にピア・グループであることを原則としているので、気心の知れない有象無象の入会は好ましいことではない。したがって規模が大きくなることは避けようとする。しかし、避けようとするほど、メンバーの新規参入を考えようとしないほど、自閉的になりやすい。

・視野の狭窄
・我慢、そして無力感
セルフヘルプの枠のなかだけで、信頼関係を前提に、自閉的に調達しようとすれば、乏しい資源で我慢する以外ない。(pp. 223-229)
セルフヘルプ集団でもっとも危惧されることは、フリーライダーが出る可能性が高いことである。このことは繰り返し論じてきた。互いが少ない資源を持ち寄ることで集団が成り立つ。互いに、少ないながら、公平で平等な利得を経験させるようにすることが、集団としての、まず取り組むべき課題である。どこにも、例外はないであろうが、一生懸命働いている人の脇で、多少は手を抜く人が出てくるものである。社会的な手抜き現象(Latane et al., 1979)である。網曳きゲームにたとえれば、だれもが、一生懸命、網を曳かなければ勝てないはずである(p. 330)。
見えないところで、資源の提供を少なくしているような人がいることがある。その気分が蔓延すると、セルフヘルプ集団のなかで、たとえ少なくても、同じ程度のコスト負担になるように、できるだけ多くの貢献をさせることが重要である。平等負担に徹するように仕組みを構築しないと不満が生じる。集団に対する貢献が平等であることと、コストの負担を平均化することは必ずしも同じではない。しかし結果の平等よりも、貢献の平等に気遣わなければ、助け合いの集まりを維持できない(p. 330)。

■書評・紹介

■言及



作成:鹿島萌子 更新:中田 喜一
UP: 20080621 REV: 20091208, 20131129
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