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『人生の王道――西郷南洲の教えに学ぶ』

稲盛 和夫 20070925 日経BP社,263p.

last update:20140224

稲盛 和夫 20070925 『人生の王道――西郷南洲の教えに学ぶ』,日経BP社,263p. ISBN-10:4822244997  ISBN-13:978-4822244996 \1700+税 [amazon][kinokuniya]  ※


■内容

内容紹介
かつて日本の社会のいたるところに、上質な人間がいました。
たとえ経済的に豊かではなくても高邁に振る舞い、上に媚びず下には謙虚に接し、自己主張することもなく、他に善かれかしと思いやる---そんな美徳をもった日本人がたくさんいました。
また、そのような人々によって構成された集団も、自ら高い品格を備えていました。
たとえば、ものづくりの現場には、自分がつくった製品でお客さまに喜んでいただけることを誇りに思い、品質管理を強制されずとも、自分が手がけた製品の品質や出来映えに、万全の注意と細心の心配りを払い、手の切れるような上質の製品をつくる人々が存在しました。
それは、商品を売る店頭でも同様でした。駆け出しの店員であろうと、一生懸命にお客様の身になって尽くしました。その上質のサービスも決して上司にいわれたからではなく、またマニュアルに書いてあるからでもなく、もちろん売らんがためでもなく、思いやりに満ちた優しい心から自然に発露してくるものでした。
日本の企業が、そのような上質の人間に支えられていたからこそ、今日の日本経済の発展があるのだと思います。
ところが近年、世の中を見渡せば、以前にはとても考えられなかったような、ひどい出来事が続いています。(中略)
今こそ、日本人一人ひとりが、精神的豊かさ、つまり美しく上質な心をいかにして取り戻すかを考えなければなりません。年齢を問わず、すべての日本人が改めてその品格、品性を高めることが出来れば、日本は世界に誇る上質な国民が住む国として、再び胸を張れるようになるはずです。私は、それこそが、真の日本再生であると考えています。

(プロローグより)
内容(「BOOK」データベースより)
かつて、とびきり美しく温かい心をもった、ひとりの上質な日本人がいた。魂を揺さぶる西郷の思想と行動を、混迷の時代に蘇らせた渾身の1冊。西郷の「遺訓」をもとに、経営者としての経験から、また一人の人間として、七五年間の人生から、著者が学んだことを伝える。

■目次

プロローグ 上質な日本人、上質な日本であるために
       人間が正しく生きていこうとするうえでの普遍的な哲学
第一章 無私
第二章 試練
第三章 利他
第四章 大義
第五章 大計
第六章 覚悟
第七章 王道
第八章 真心
第九章 信念
第十章 立志
第十一章 精進
第十二章 希望
西郷隆盛 略年譜

■引用

◆今こそ、日本人一人ひとりが、精神的豊かさ、つまり美しく上質な心をいかにして取り戻すかを考えなければなりません。年齢を問わず、すべての日本人が改めてその品格、品性を高めることができれば、日本は世界に誇る上質な国民が住む国として、再び胸を張れるようになるはずです。私は、それこそが、真の日本再生であると考えています。/…かつて、とびきり美しく温かい心をもった、ひとりの上質な日本人がいたことを思い起こすのです。/それは、西郷隆盛です。/西郷の生き方、考え方こそが、日本人が本来持っていた「美しさ」「上質さ」を想起させるのです。[2007:14]

◆トップに立つ人間には、いささかの私心も許されないのです…常に会社に思いを馳せることができるような人、いわば自己犠牲を厭わないでできるような人でなければ、トップになってはならないということを、西郷の教えにより、私は確信するようになりました…そのように「無私」の姿勢を貫き通すことは、…多くの人の上に立ち、集団を統率していくためには、何としても身に付けなくてはならない、リーダーの条件であろうと考え、それを自分に課してきたのです。[2007:28-29]

◆成功すればするほど、偉くなればなるほど、謙虚に振る舞うようにならなければなりません。さらには、自らが率先して自己犠牲を払うべきなのです。自分が最も損な役を引き受けるという勇気がなければ、上に立ってはならないのです。自己犠牲を払う勇気のない人が上に立てば、その下に位置する人たちは不幸になってしまいます。…今こそ、立派な人格、立派な人間性を持った人、つまり自分というものを捨ててでも、世のため人のために尽くせるような「無私」のリーダーが求められているのです。[2007:32]

◆私は、組織をつくるのは、城を築くようなものだと考えています。/素晴らしい城をつくろうとすれば、まず、しっかりした石垣を組まなければなりません。しかし、巨石つまり優秀な人材だけでは石垣は組めません。巨石と巨石のあいだを埋める小さな石が必要になるのです。要所要所に巨石の間隙を埋めるような小さな石がなければ、石垣は脆く、衝撃があればすぐに崩れてしまいます。/つまり、巨石として優秀で功を立ててくれるような人材を外部も含め登用する一方、古くから会社のために献身的に努力してくれた人材には、巨石と巨石のあいだを埋める貴重な石として働いてもらうべきなのです。小さいけれどイブシ銀の働きをする小さな石を捨て去ってはいけません。縁の下の力持ちのような古い人たちが残ってくれてはじめて会社は強くなるのです。[2007:37-38]

◆逆境とは、自分自身を見つめ直し、成長させてくれるまたとないチャンスなのです。逆境をネガティブにとらえて悲嘆にくれるのではなく、志をより堅固にしてくれる格好の機会ととらえて、敢然と立ち向かうのです。試練を通してこそ、志は成就するのです。[2007:45]

◆つまるところ、「上に立つ者は率先垂範せよ」ということを西郷はいっているわけです。…上に立つ者は、心を乱したり、卑しくなったり、怠惰になったりしてはいけないのです。自分の行いを正しくして、贅沢を戒め、社員の手本になる。何よりも、一生懸命に努力し、社員がその働きぶりをみて気の毒に思うようでなければ、トップの指示は徹底されず、会社の仕事もうまくいかないのだというわけです。[2007:48]

◆少しばかりの成功に酔いしれ、傲慢になっていく人は、最後には自分自身の欲の深みにはまって沈んでいく。謙虚さを忘れた経営者が舵を取る企業が、長く繁栄を続けた試しはありません。/試練とは苦難だけをいうのではありません。成功もまた天が人に与える試練なのです。一時の幸運と成功を得たとしても、決して驕り高ぶらず、謙虚な心を失わず、努力を続けることが大切です。[2007:52]

◆「己を足れりとする」、つまり自分に自信があるというところから一歩退いて、謙虚さを持つことが大事です。部下を含め、いろんな人から意見を聞き、自分の考えをまとめていく、そういう謙虚さが必要であるといっているのです。[2007:53-54]

◆…強烈なリーダーシップを持つと同時に、一方ではそれを否定するような謙虚さを兼ね備えていなければならないのです。いわば「独裁と協調」「強さと弱さ」「非情と温情」という相矛盾する両面を、トップである社長は持ち合わせていなければならないのです。…個人の人生でも企業経営でも、その矛盾をどう調和させ、どのように生かしていくことができるか、それが成功と失敗の分かれ目になります。[2007:56-57]

◆欲を離れること、誠を貫くこと、人に尽くすこと。それこそ、病める現代の処方箋です。これは、人間が正しく生きていくための哲学であり、真の道徳といえます。[2007:64]

◆人間はもともと、世のため人のために何かをしたいという善なる思いを持っています。そのような家族のために働く、友人を助ける、親孝行するといった、つつましく、ささやかな個々の利他行が、やがて社会のため、国のため、世界のためといった大きな規模の利他へと地続きになっていくのです。/この自己の欲望を抑え、他を利するという考え方は、西郷南洲の「敬天愛人」という教えの核心です。[2007:65-66]

◆人間というものは、放っておけば、心の中に常に欲望が湧き起こってきます。その欲望は、創造主が人間に本能として与えてくれたものです。人間は生きていく限り、常にこの煩悩をもっています。それは人間が肉体を維持していくために必要不可欠なものです。…欲望、怒り、愚痴の三つは、煩悩の中でも一番強いもので、仏教では「三毒」といわれています。…/この煩悩を抑えることこそが、克己なのです。克己とは、心の中に常に湧き起こってくる煩悩、特に三毒を自分の意志の力で抑えつけることなのです。…欲にまみれた自分自身と葛藤し、その自分自身に克つことができるかどうかで、物事が成就するかどうかが決まる…。[2007:69]

◆経営でも、政治でも、学問の世界でも、成功したことが偉いのではありません。成功に驕らず、謙虚に、自分を律する強い克己心を持ち続けられることが、人間としての本当の偉さなのです。…自分を抑えるということは、頭でわかっているだけではなく、常日頃、どんなことに対しても、自分の意志をもって、己の欲望や邪念を抑える訓練をしておかなければならない。さらには、欲望、邪念を抑えることが、自分の性格にまでなっていなければならない。…/自分の性格、いわば自らの血肉となっていなければ、いざというときに、自分を抑えようと思っても抑えられるものではない。そのために、かねてから自分を抑える努力、欲望を抑えるトレーニングを絶えず積んでいなければならないのです。[2007:75-77]

◆自分が自分が、という利己ではなく、相手のため、従業員のため、社会のためと、考え方を利他に変えれば、他の人からの信頼と協力が得られ、事業だって人生だって、必ずうまくいくはずです。/さらには。「他によかれかし」と考え、そのような行動に努めていけば、周囲にとどまらず、天もまた味方し、「天佑」を授けてくれる。だからこそ事は成就するのです。[2007:84-85]

◆西郷の思想を端的に述べたのが、「敬天愛人」です。…天を敬うとは、自然の道理、人間としての正しい道、すなわち天道をもって善しとせよ、つまり、「人間として正しいことを貫く」ことであり、人を愛するとは、己の欲や私心をなくし、人を思いやる「利他」の心をもって生きるべしという教えです。[2007:92]

◆…他社をどうこうする前にまずやるべきことは、とにもかくにも自分の会社を強くするため、脇目も振らずに努力に努力を重ねることです。…ただ一生懸命に自分がすべきことを貫けばいい。他人のことをあれこれと意識することなく、己の誠を貫くこと、それがすべてなのです。[2007:102-103]

◆…リーダーと呼ばれる人が第一に身につけるべきは、…純粋な心であると確信しています。…真の偉業というものは、高潔で清らかな思いがあってこそ、多くの人の協力を得て成し遂げられるものなのです。[2007:106]

◆求められているのは、半年や一年という短期の時間軸ではなく、「国家一〇〇年の大計」、日本というこの国をひとつの時代にあたり、どういう方向へと進めていくのかという明確な方向性です。すべての施策は、そのような確固たる目的や目標があってこそ、そこに向かって収斂していきます。大計なく、思いつきでいかにも対処療法的な施策を打っていると、国の将来は危うい…。[2007:115]

◆一国の宰相だけでなく、私たちにもやらなければならないことがあります。それは、「日本を知る」ということです。この国がどのようにして成り立った国なのか、我々の先祖がどういう生き様で国をつくってきたのか、素晴らしいことも過ちも、自分たちの国が歩んできた道のりを知ることです。…日本の成り立ち、特に近代になってからの世界の中における日本の位置づけを教育の現場できちんと子どもたちに教えるべきです。そのうえで、これからの日本がどういう道を歩んでいったらよいのかを考えるべきではないでしょうか。[2007:121]

◆これからの日本に求められるのは、お釈迦様が説かれた「足るを知る」という生き方ではないでしょうか。…/経済を例にとれば、GDPの総額は増えなくても、常に新しい産業が芽生え、古い産業が衰退していくという新陳代謝が行われる、たとえパイは拡大しなくても、健全でダイナミックさが決して失われることがない、そのような経済社会をめざすべきだと思うのです。/そして、その活気を持ち続ける経済力を生かして、また「徳」に基づく国家施策を通じて、世界の国々と協調し共存し、助け合っていくような国家をつくりあげるべきではないかと思うのです。/私はまた、そのような徳に基づく善き国家施策により、世界中の人にも尊敬され、信頼される国家をつくることは、日本に素晴らしい未来をもたらすものと考えています。[2007:129-130]

◆本来、国の富とは、我々国民が持っている富のことなのです。国民が持っている富を増やしていき、そこから税金であがってくるものこそが国を潤わせていくのです。国民を虐げ、その富を搾り取って国を運営していくことは、自分で自分を蝕んでいくようなものです。/…国民を富ませる努力こそが、国を本当に豊かにし、税制を確立することであるはずです。[2007:146]

◆国の内政も外交も、基本となるのは正道を踏むことです。策略をもって相手を貶めようとすれば、同じ仕打ちがこちらにも返ってきます。力をかさに着て我を通せば人の心は離れます。相手の顔色をうかがい迎合すれば信用は得られません。それは国と国の関係でも同じことです。毅然とした態度で臨み、正道を踏むことによってこそ、本当の信頼関係を築くことができるのです。/西郷がいう「正道」とは、我が国にとって正しい、また自分にとって正しいということではなく、天に恥じることのない、人間として正しい道という意味です。[2007:154]

◆人種、民族、歴史、制度が違う、主義、主張、イデオロギーが異なる外国との関係は、いまも昔も変わらず難しいものです。そこでそれぞれが国益を持ち出せば、まとまるものもまとまりません。…/しかし、相互の違いばかりが際立つ世界にも万国共通のものがあります。正義、公正、公平、博愛、誠実等々、人として最も基本的な価値観であり、道徳律です。…国を治めるリーダーが、忠孝、仁愛、教化の三つの徳を信条にするなら、お互いに分かり合うことも難しくないはずです。[2007:160-161]

◆現在の殺伐とした世相にあっても、人は利害得失や欲望だけによって動くものではない、純粋な心こそが一番強いものだということを、私も強く信じています。[2007:170]

◆…人間の真心には何百年にもわたって後世に語り継がれ、多くの人々の心を感動させるような力があります。才能や知識だけでは、人の心を共鳴させることはできないのです。人はカネのためでなく、名誉のためでなく、権勢欲のためでもなく、真心によって突き動かされたときにこそ、どんな困難にも負けることなく、最大の力を発揮して立ち向かうことができるのです。[2007:173-174]

◆ルールや制度をつくり、いくらそれを守らせようとしても、その網の目をかいくぐろうとする人間が必ず出てくるでしょうから、決して不正行為が根絶することにはならないはずです。ルールや制度ではなく、人の心に焦点を当てなければ、問題の根本的な解決にはならないのです。[2007:184]

◆残念ながら、誰しも持って生まれた性格は完全なものではありません。だからこそ、後天的に素晴らしい哲学を身につけ、人格を高めようと努力する必要があるのです。…/身につけるべき素晴らしい哲学とは、歴史という風雪に耐え、人類が長く継承してきたもので、人間のあるべき姿、持つべき考え方を明らかにし、我々によき感化を与えてくれる聖賢の教えのことです。ただし、留意すべきことは、知っていることと実践できるということは違うということです。/…そのような教えも、知識として持っているだけでは価値がないのです。リーダーにとって必要なことは、そのような人間のあるべき姿を示した素晴らしい哲学を繰り返し学び、それを理性で理解するだけではなく、常にその実践をはかるようつとめることです。/そうすることによって、自分がもともと持っていた性格の歪みや欠点をはじめて修正することができ、新しい人格、いうならば「第二の人格」をつくりあげることができるのです。つまり、素晴らしい哲学を繰り返し学び、自らの血肉としていくことにより、はじめて人格を高め、それを維持することができるようになるわけです。…そのためには自分の行いを日々振り返り、反省することも大切です。学んできた、人間のあるべき姿に反したことを行っていないかどうか、厳しく自分に問い、日々反省をしていく。そうすることによって、人格を維持することができるようになるのです。/人格を高め、それを維持するためには、繰り返し繰り返し、素晴らしい哲学を学ぶと同時に、自らのあり方を日々反省する。[2007:188-189]

◆人間は生きていくために、いろいろな知識を身に付ける必要があります。しかし、そのような知識を持つだけでは、実際にはほとんど役に立ちません。知識を「こうしなければならない」という信念にまで高めることで、「見識」にしなければいけないのです。しかし、それでもまだ不十分です。さらに、その見識を何があろうが絶対に実行するという、強い決意に裏打ちされた、何事にも動じない「胆識」にまで高めることが必要なのです。/私はその胆識をもたらすのは、勇気だと考えています。[2007:204]

◆どんなことでも、まず強く「思う」ことからすべてが始まるのです。「そうありたい」「こうなりたい」という目標を高く掲げて強く思う。それも、潜在意識に浸透するほど強く持続した願望でなければなりません。寝ても覚めても途切れることのないくらい、強いものであってはじめて、先人の教えを実践の場で生かすことができるのです。[2007:210]

◆…自分が正しいと思う道を踏み行っていくのだから、事がどうなろうとも、一生懸命に道を踏み行っていることを楽しむくらいの境地にならなければ、正道を貫き通すことはできないというのです。いくら逆境に立たされようとも、その逆境を楽しむように気持ちになろうではないか。そうでなければ、正道を踏み行っていくことはできない。[2007:215]

◆「正道」とは、人間の小賢い考えが入っていない、いわゆる天の摂理のことです。表現するとすれば、正義、公平、公正、誠実、謙虚、勇気、努力、博愛、そして西郷がいう無私というような、人間が生きていくにあたり規範となるべき、基本的な徳目のことです。または、「うそをつくな、正直であれ、人を騙すな」といった…人間としてやっていいこと悪いことという道徳律のことです。…この社会を少しでも良きものとするためには、私たち一人ひとりが、「正道を踏む」ということの大切さを改めて理解し、その実践を心に刻むことです。そのような基本的な倫理観の確立こそが、法令順守よりも先にあるべきなのです。[2007:219-221]

◆西郷はこの「有意注意」と同様に、迅速にかつ正しく判断するためには、どんな状況にあっても、どんな些細なことであっても、漠然と行うのではなく、研ぎ澄まされた鋭い感覚で常に真剣に、気を込めて取り組みなさい。そのように、普段から集中して取り組む鍛錬をしていないと、考える習慣が身についていないから、大きな問題が起こったときに浅くて薄い考えしか出てこない…。[2007:228]

◆高邁な志を持って、ひたむきに努力を続ける人の周りには、自然と志を同じくする人が集まってきます。そのようにして末広がりに仲間が増えていくことで、はるかに多くの石が積めるようになります。そうして、やがて当初想像もできなかった偉大な成功を実現することができるのです。[2007:234]

◆勇気をもって自分の過ちを認め、改めていく。「自分が間違っていた。悪かった」といさぎよく反省したあとは、同じことを繰り返すことのないよう注意をして、次の一歩を踏み出していく。間違ったことをいつまでも悔い悩んでいることは、百害あって一利なし、先へ進めばよい、と西郷はいっているわけです。[2007:236]

◆私は、人生をより良く生きるために、「六つの精進」ということを自分自身でも心がけ、またよく人に話もしてきました。…
1.誰にも負けない努力を日々続ける。
2.謙虚にして驕らず。
3.反省のある毎日を送る。
4.生きていることに感謝する。
5.善行、利他行を積む。
6.感覚・感性を伴うような悩み、心配事はしない。[2007:237]

■書評・紹介

■言及




*作成:片岡稔
UP:20131224 REV: 20140220 0221 0224
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