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『ハンセン病・薬害問題 プロジェクト 作為・不作為へ』

山本 務・熱田 一信 200705022 本の泉社,439p.


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■山本 務・熱田 一信 編 200705022 『ハンセン病・薬害問題プロジェクト作為・不作為へ』,本の泉社,439p. ISBN-10:4780703220 ISBN-13:978-4780703221 \2800 [amazon][kinokuniya] ※ lep

■本の泉社のHPより http://www.honnoizumi.co.jp/cargo/shop/03221.html

「傍観は黙認であり、黙認は支持であり加担である」
形を変えて生き続ける「作為・不作為」の現代を問う

作為・不作為を記憶の歴史的枠組みから解明する
「当事者−支援者−研究者」による初の試み

被害に遭った当事者が、人々に語りかけている。被害に遭っていることさえ分からない人々を代表して。本書は、「作為と不作為」をキーワードとして、現代進行中の日本の諸現実を主に「ハンセン病と薬害問題」を通じて浮上させる試みである。(はじめにより)

■目次

はじめに

第1部
第1章 第1回公開学術シンポジウムに寄せて
第2章 九州看護福祉大学第1回公開学術シンポジウム報告
第3章 看護実践における看取りと語り
第4章 作為と不作為のパラダイム転換へ向けて 山本 務

第2部
第1章 在日とハンセン病
第2章 ハンセン病の国家隔離政策に対する国家賠償訴訟、和解、およびその後
第3章 薬害C型肝炎の当事者として
第4章 ハンセン病訴訟が明らかにしたもの
第5章 ハンセン病問題を闘って

第3部
第1章 「らい予防法」とは何だったのか
第2章 疫学の課題と実践
第3章 救命緊急医療における不作為問題と解答への実践
第4章 作為・不作為を臨床する

おわりに

■執筆者

山本 努(やまもと つとむ)
1948年高知県生まれ 九州看護福祉大学准教授
阿蘇品スミ子(あそしな すみこ)
熊本県生まれ 九州看護福祉大学教授
志村 康(しむら やすし)
1933年佐賀県生まれ ハンセン病国賠償訴西日本原告団副団長
国本 衛(くにもと まもる)
1926年韓国全羅南道生まれ ハンセン病市民学会共同代表
島田宗洋(しまだ むねひろ)
1939年兵庫県生まれ 前・多摩全生園医師、救世軍清瀬病院副院長
出田妙子(いでた たえこ)
1958年熊本県生まれ 薬害C型肝炎九州訴訟原告
徳田靖之(とくだ やすゆき)
1946年大分県生まれ 弁護士、ハンセン病訴訟西日本弁護団代表
石村久美子(いしむら くみこ)
1957年愛媛県生まれ 岡山県立大学准教授
森村尚登(もりむら なおと)
1960年東京都生まれ 帝京大学准教授・横浜市立大学客員教授
二塚 信(ふたつか まこと)
1939年熊本県生まれ 九州看護福祉大学学長
熱田一信(あつた かずのぶ)
1941年長春市(旧満州国・新京市)生まれ 九州看護福祉大学教授

■引用

◆山本 務 200705022 「作為と不作為のパラダイム転換へ向けて」,山本・熱田編[2007:103-139]

■書評・紹介

http://www.toshijuku.com/wadai_ka/000244.php

■言及

◆立岩 真也 20140825 『自閉症連続体の時代』,みすず書房,352p. ISBN-10: 4622078457 ISBN-13: 978-4622078456 3700+ [amazon][kinokuniya] ※

◆立岩 真也 2008/11/01 「争いと償い・2――身体の現代・5」,『みすず』50-11(2008-11 no.566):- 資料,
 「☆02 […]山本・熱田編[2007]は九州看護福祉大学のプロジェクトから生まれた本であり、様々な文章が収録されているのだが、編者が意図したのは、なすべきことをしなかったこと、「不作為」の罪・責任を問うという態度から、ハンセン病や薬害を検証しようということだ。そこで山本務は、作為/不作為と他者危害/他者支援とを分けた上で、他者危害という作為をもっぱら問題にすること、他者支援の不作為をそれより軽いものとすることが一般的だが、それではよくないと主張する(山本[2007])。
 ここでの私の主張もこうした議論に関わるところ、共通するところがある。作為としての加害・不作為としての加害についてその責任を追及すること、それとともに、また別に――それを「他者支援」と言うかどうかはさて措き――生活が支えられるべきであるとする(それをなすことは作為でありよいことであり、なさないことは不作為でありよくないことである)。そして後者が前者――と同じだけ考量されるべきだとは言わないとしても(それ以前にどのように比較するのかという問題がある)――おおきく軽んじられてよい理由はないとする。
 その上で、私は、一つに、「他者支援」がなにか特別の「困窮」に対してなされるべきことであるとは、基本的には、考えない。人々の十分な暮らしが、この世で生産されるものを分けることによって可能なのであれば――可能であると考える(立岩[2008a]第3章「犠牲と不足について」、より簡略な記述を含むものでは立岩[2008b]――実現されるべきであると考える。また一つ、本文に記すように、(作為であれ不作為であれ)他者危害の批難・追及と、生活・生存の保障とを、まずは別にした方がよいだろうと、またうまく行くだろうと考える。そして一つ、後者を行なうべきは(行わないことをするべきでないのは)特定の人ではなく「社会」であると考える。」


*作成:櫻井 浩子 
UP:20080819 REV:20081014, 20140825
ハンセン病  ◇身体×世界:関連書籍 2005-  ◇BOOK
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