>HOME >BOOK
『ケアってなんだろう』

小澤勲 編 20060501 医学書院,300p ISBN: 4-260-00266-X 2000


このHP経由で購入していただけたら感謝


小澤 勲 編 20060501 『ケアってなんだろう』,医学書院,300p. ISBN: 4-260-00266-X 2000 [amazon][boople] ※,

 *白石正明さんより

書 名: ケアってなんだろう
編著者: 小澤 勲(種智院大学客員教授)
仕 様: A5版、縦組、300ページ
定 価: 2100円(本体2000円+税)
発行日: 2006年5月1日 ISBN4-260-00266-X


自閉症研究の先駆者、反精神医学の旗手、認知症を文学にした男……そんなさまざまな顔をもつ小澤氏に、“ケアの境界”にいる専門家、作家、若手研究者らが、「ケアってなんだ?」と迫り聴きます。

第T部は、田口ランディ(作家)、向谷地生良(べてるの家)、滝川一廣(精神科医)、瀬戸内寂聴(作家)という多様なバックグラウンドをもつ各氏との対談。
第U部は、西川勝(看護/臨床哲学)、出口泰靖(社会学)、天田城介(社会学)という気鋭の学者3氏による踏み込んだインタビュー+熱烈な小澤論。
さらに、小澤氏自身による講演録と、書き下ろしケア論も付いています。

「医学か生活か」という二項対立でしか語られなかった認知症ケアを《医療も生活も》と語り直し、「技術かやさしさか」という不毛な議論に《技術としてのやさしさ》という論点を持ち込む――
がんという病いを抱えながら感情労働を知的労働に変換しつづける小澤氏は、ケアの世界をますますおもしろく、スリリングにしてくれるようです。


少し長いまえがき

「私が若いころ「反・自閉症論」ともいえる『自閉症とは何か』という分厚い本を書いたとき、「なぜ、こんな考え方をするのかわからない」と鋭い批判をいただいた児童精神科医の滝川さんとの対談。おそらく、「このような考え方は論理的であるかもしれないが、臨床的にはなんの役にもたたない」ということだったと思います。私自身もこれが自分の実践から生まれたものではなかったと反省し、以後、「自分の言葉」を探すことにしたのです。それが見つからないうちは書くまい、と思い定めました。<0013<
 ただ、少し弁解すると、当時、私は「自閉症児を普通学級へ」という運動に参画しており、自閉症というカテゴリーを解体したいと考えていたのです。」([12-13])

第T部
・ケアと異界 田口ランディ(作家)×小澤

 小澤「スウェーデンでもどこでも、欧米では、人はどんなに重いハンディを背負っても自立に向かって努力しなさいという感じが強いです。人権という言葉の裏には、当然そういう義務みたいなものを要求されます。ぼくは正直いって、努力はするけれども、めちゃめちゃしんどくなっても「自立に向かってがんばれ」なんて言われるのはちょっと勘弁してよ、と思う。そういう気持ちがぼ<0031<くらのどこかにシありますよね。
 だから人権という視点からみると、認知症の人を一人の人間としてみる必要はあります。けれども「一人の人間」としてしか見ないと、彼らはなんで生きているのか、なんでケアしているのかという話になってしまう。」([31-32])

 小澤「私は、この世にあらざる人たち、なじまない人たちとの、あらざる関係みたいなものが、ようやく自分を支えているという感じがあるんですよ。
 だから、ほんとうはマニュアルやテクニックとして提示しなければいけないところでも、ぼくはなかなかそうしきれませんね。」([33])

・向谷地生良(べてるの家

 小澤「いまわれわれに求められているのは、たとえば心理検査や検査技術のように、学会で発表するような抽象度の高いものと、事例報告との中間みたいなものじゃないでしょうか。いろいろな事例を体験しながら、抽象化しすぎない範囲で、現場で活かせる物事の考え方を見つけていく作業ですね。」([61])

・情動・ことば・関係性 滝川一廣(精神科医)×小澤

 小澤「むかし「反自閉症論」ともいえる本を私が書いたときに――かなり政治的な背景があって書いた本だったのですが――、滝川先生に「こんなことを考えても、臨床的に何の役に立つんだ?」と批判されたのです。それが私にはだいぶこたえてね。以来、自分の臨床体験にもとづかない文章は書くまいと思ったんです。そういう意味で滝川先生にそういっていただいたのが、私のひとつの転換点でした。
 ただあえて弁解をすれば、以前、滝川先生が、反社会性人格障害について書かれていましたようね。先生のお考えは、犯罪をおかした人を「人格障害」というカテゴリーに押し込んで安易<0068<に精神医学科するのではなく、むしろ「社会」に差し戻すべきだ、ということだったと思います。[…]あれを自閉症に置き換えて語ったという感じがあります。あの当時、何人かのひばらしいお母さん方が、普通学校の普通学級でいろいろな子どもたちと交流させたいという気持ちでいわゆる就学闘争、そのあとは市役所などへの就労闘争がありました。私自身がそれに噛んでいたということもあるでしょうね。治療とか障害とか病気というより、つまり医療に取り組むのではなくて、むしろ教育の畑で考えたいという気持ちがあったのかもしれません。」([68-69])

 小澤「あのころは自分の言葉というよりは、運動のなかで「どういう文章を書くべきか」という発想が非常に強かったですね。だから、あんなことになったのだと思いますね。
 滝川「あれは最初『精神医療』という雑誌に載せられておられましたね。それを私、コピーを取りながら一生懸命に読んだのですがが、最後に手を入れられて『自閉症とは何か』にまとめられた。それこそ一気に読ませていただきました。とてもよくわかったんです。
 ただあのご本は、それまでのさまざまな自閉症論のマイナス点ばかりを全部拾っている。ご批判されたとおりのことがたくさんありますけれども、私はそれをちょっとひっくり返してみたかったんですね。」([71])

 小澤「認知症を「老いの一つのかたち」だと考えてもぜんぜんかまわないんですけどね、「アルツハイマーは病気だ」という言い方を私がしているのは、……変な話ですが、そうでないとアリセプト(認知症改善薬)も使えませんしね。「どうしても病気だ」と強く言い張ろうとは考えていませんが、やはり病気、障害として見定めるということをしておかないと、介護保険もうまく使えないということもあります。
 そういうポリティカルな、あるいは実利的な問題もありますが、やはりその衰え方が違う。認知症には特有の不自由もありますから、ケアに工夫が要求されるという課題もあります。それに、認知症が進むとどんどん身体を巻き込んでいって、ときにはけいれん発作まで起こして姿勢反射も失われ、立てなくなるということもあります。アルツハイマー病をかかえた人と、かかえていない人の生命予後は、統計的にも明らかに違いますから。」([76])

 「小澤――個体のほうへ求めすぎるのでなく」ということですね。それまで本人のさまざまな問題だけを追究してきたけれども、その人がどういう暮らしをしているかによって、不自由のあらわれ方が全然違うんじゃないかと。
 滝川――反精神医学の場合、本人の外にある環境の捉え方が少し狭いという感じがします。政治的環境、あるいは経済的環境といったものに限定しすぎているので、それを推し進めていくと窮屈な一種の倫理主義になってしまったり、政治主義になってしまって、身動きがとれなくなってしまう。
 小澤――そのとおりです。
 滝川――私たちのこころの働き自体が、社会的・共同的なもので、その社会的・共同的な模気をヒトという個体が脳の中で一生懸命やっているわけだから、そこにはやっぱり無理もある。その無理の結<0078<果として精神障害という、ある”在り方”が生じてくる。そういうふうに広げて考えたほうが、いいんじゃないでしょうか。」([78-79])

 「――小澤先生は冒頭で話題にあがった本を書かれていたころは、個別性と共同性は二項対立的な感じでしたか。
 小澤――はっきりと二項対立てきとしてもっていたわけではないけれど、やはり運動に巻き込まれていると「社会が変われば人間も変わる」というような感じが強かったのかもしれませんね。でも、ほんとうにそんなふうに思っていたのかと言われると、わかんないですよね。だからもう一度臨床に沈潜して、基本的なものごとから考え直さないと、「とうていこのままではやっていけないな」と、どこかで感じていたんですね。」([79])

 「小澤――言葉についてもう一つ言うと、私が『痴呆を生きるということ』を出したときに、医者たちから「あんなの文学作品や。科学でもなんでもない」と言われてね。ぼくは、文学作品やと言われることについては褒め言葉だと思うことにして(笑)/ただ科学じゃないと思っているわけじゃなくてね。」([91])

 「小澤――それまでは精神医学に対して「こんなことを考えていたら、患者さんのこころからどんどん離れていくじゃないか」と思っていたんですが、中井先生の本を読んで「こういうふうにていねいに見て、それを言葉にすることが本人へのやさしさに結びつくんやなあ」と思ったんです。
 ぼくが洛南病院にいたときに、週一回、みんなで集まって読書会をしていたんですよ。最初は『反精神医学』だとかクーパーだとかを読んでいたんですが、あるとき中井先生の本を読んで、そのあたりからだいぶ気持ちが楽になりましたね。」([93])

・病いを得るということ 小澤×瀬戸内寂聴

 「小澤――ええ、医者の評価は高くはないのですが、介護なさっている方にあれを読んで少し元気づけられましたと言っていただくのが、いちばんうれしいですね。」([101])

第U部

・「私はどこにいるのか」西川勝×小澤

 「ぼくは滝川先生との対談(→p.068)のなかで、認知症を病気、障害であるというのは、けっきょく社会的な見方だろう、という話をしました。でも一方で、いまの世の中でわれわれは生きているのだから、やはり病いであり障害であると思っているのです。しかもその大半は回復が非常にむずかしい。そういう点ではたしかに諦めといえば諦めなんですが、それを基盤に起こっているさまさまな出来事、つまり周辺症状はなんとかなると思っています。ぼくだけでなく、スタッフもみなんそう思っていましたよ。「一〜二週間、長くて三週間、ともかくがんばれば、まあなんとかなるわ」という感じがありましたね。」([122])

・なんてわかりやすい人たち 出口泰靖×小澤

・具体の人、小澤勲 出口泰靖

・治らないところから始める 天田城介×小澤

 「小澤――[…]当時はやはり精神医療改革の運動に身を置いていましたから、その運動のなかで考えるとしたらこういう書き方になる、というのが正直いってあった。だからいま思うと、ほんとうの臨床に根ざして、そこから自分の考えを自分の言葉で書くということができていなかったので、いまそう言われるとすごく恥ずかしいです。」([190])
 「天田――療法の否定と、療法がときとして意味をもつということ。そのへんをどうやって言うかがテーマですよね。どうしても「リハビリいるか、リハビリいらないか」の単純な図式でしょう。
 小澤――目の前に困った人がいれば、やっぱり助けるために動く。だけど、それが場合によってはその人を傷つけているかもしれないということはつねに念頭においておく。」([197])

 「――[…]いろいろな軸が同時に立っている。
 小澤――それはそうかもしれない。いい加減なんや。
 ――そのいい加減さを聞きたいのです(笑)
 小澤――臨床家というのはだいたいそんなもんやね。折衷というか、使えるものは何でも使ってみようとするのです。」([200])

 「天田――[…]一見矛盾するこの二つの事柄が並列的に接続している。それは単に臨床家としてプラグマティックにやってきたからというだけでもないのではないかと思っているのですが。
 小澤――それはわからないなぁ……。」

 「天田――[…]規範の内部で起こるあれこれに対してはひじょうにクールなまなざしをされていますよね。であるにもかかわらず、規範に呪縛されざるを得ない人たちへは「寛容」であり、多元的な価値を許容することろがありますね。それは何なのだろうかというのが読んでいてもよくわからなかった。
 小澤――何なんだろうな。ぼくもようわからん。ただ、そうも言っていられないことがあってね。サテライトの外来でやっているとうつ病の人もたくさん来るんですよ。そうすると嫌いやとか、なんだこいつらはと言うわけにもいかないのてすね。」([202])

 「天田――ただ先生、いくつかの価値が同居しつづけるためにはそれなりの足場があるのかなと思うんです。
 小澤――足場ねえ。わからないけど、やはり生涯、ずっと現場に居つづけたということでしょうかね。」([203])

 「小澤――そうかもしれないけど、うーん。やっぱり自分ではわからないな(笑)」([204])

第III部 認知症を生きるということ――公開講座より

 「認知症にはさまざまな原因があり、種類があって、それによって治療やケア、経過や予後も違うのです。/[…]そのような違いを無視して語られる予防論も多く、とてもうさんくさいのです。/いずれにしても、私は予防の話が嫌いです。予防論に<0240<は、どこか認知症を絶望的な病いとする雰囲気があります。また、認知症を生活習慣病とする考えた方からすくと、現在、認知症をかかえて生きておられる方は、間違った生活習慣を送ってきた人なのでしょうか。その結果、いわば自業自得でいまの病いをかかえられるように難たのでしょうか。私は、決してそうは思いません。」([241])


■紹介・言及

◆立岩真也 2006/06/25 「『ケアってなんだろう』」(医療と社会ブックガイド・61),『看護教育』47-06(2006-06):-(医学書院)
◆立岩真也 2006/07/25 「『ケアってなんだろう』・2」(医療と社会ブックガイド・62),『看護教育』47-07(2006-07):-(医学書院)◆立岩 真也 2008 『…』,筑摩書房 文献表



UP:20060424 REV:0427,28 0528
小澤 勲  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK

TOP HOME(http://www.arsvi.com)