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『水俣病誌』

川本 輝夫 20060201 世織書房,773p.

last update:20100707

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■川本 輝夫(著) 久保田 好生・阿部 浩・平田 三佐子・高倉 史朗(編) 20060201 『水俣病誌』,世織書房,773p. ISBN-10:4902163217 ISBN-13:978-4902163216  \8400 [amazon][kinokuniya] ※ m34

■内容

◇内容(「BOOK」データベースより)
公式確認から半世紀にいたる水俣病が、二〇〇四年最高裁判決が裏付ける通り未だに終わり得ないのは何故か。被害地に生まれ闘いの下で生涯を閉じた著者の全軌跡の中にその解がある。
◇内容(「MARC」データベースより)
水俣に生まれ育ち、父の非業の死や自身の水俣病発病を契機に加害責任の追及と患者救済の実現に奮闘し、水俣病政治決着後も未認定問題と取り組み続けた川本輝夫の、水俣病に関する著述や講演、日記帳などを整理した著作集成。
◇著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
川本 輝夫
1931(昭和6)年、熊本県水俣市生まれ。県立水俣高校中退後、漁業手伝・建設作業員・チッソ臨時工などを経て病院勤務。寝たきりの父を介護しつつ准看護士資格を取得する。父の死や自身の発病を契機に水俣病の潜在患者発掘を開始。1971(昭和46)年、行政不服審査請求の裁決で患者認定を得ると補償要求の自主交渉でチッソ東京本社に座り込み。1973(昭和48)年、勝訴判決の訴訟派患者とともに画期的な補償協定を勝ち取る。自主交渉時に受けた刑事訴追は、検察の起訴自体を不当とする「公訴棄却」で決着。以後も未認定患者運動の先頭に立ち、被害実態の解明と行政責任の追及に生涯を捧げた。水俣病患者連盟委員長を二二年間、水俣市議会議員(無所属)三期。1999(平成11)年、肝臓癌のため六七歳で逝去

久保田 好生
東京・水俣病を告発する会、水俣に産廃処分場?とんでもない!全国の声、高校教員

阿部 浩
茨城・水俣病を告発する会、大学生協職員

平田 三佐子
東京・水俣病を告発する会

高倉 史朗
ガイアみなまた(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

■目次

序 ドキュメント自主交渉
 1 俺と親父と精神病院の中で泣いたぞ!
 2 そんなに違ってよかですか? 同じ父と母が

第1部 通史・わが水俣病(川本裁判供述書)
1 自主交渉闘争にいたる半生
 1 出生
 2 父の死
 3 行政不服審査請求
 4 自主交渉開始
 5 東京本社坐り込み続行
 6 判決、そして補償協定調印
2 不知火海に広がる未認定患者の運動
3 反弾圧と国家責任追及
4 政治決着を超えて

第2部 水俣病とは何か
《社会論》
何が患者を封じ込めたか――水俣病への偏見・差別考
《医学論》
患者からみた水俣病医学
 1 水俣の漁村とその生活
 2 奇病の発生――共同体の崩壊
 3 父の発病とその死
 4 政府公害病認定と潜在患者の掘り起こし
 5 認定制度の矛盾――医学の壁
 6 行政不服審査の申立と環境庁裁決
 7 熊本大学第二次研究班の実態調査と第三水俣病問題
 8 真の水俣病医学とは何か
認定はどうあるべきか――水俣病の疫学と病像
 1 はじめに
 2 水俣病発生の四つの素因について
 3 水俣病認定では真の疫学が無視されている
 4 行政及び水俣病認定医学の恣意によってつくられる「認定棄却患者」並びに「潜在患者」について
 5 水俣病とハンター・ラッセル報告例の有機水銀中毒症は別のものと考えなければならない
 6 患者に対する医師の偏見
 7 むすびにかえて
《随想》
ささやかな自主交渉の闘い
若き闘士、トム・キージック君へ
奪われたくらしは同じ
カナダ再訪問記
石原長官訪水異聞
三里塚訪問記――権力の暴虐を見にあびて
戸村一作さんを悼む
"らくちん"選挙で十日間
夢原・無限の相思社と同行十年
坪段
わが水俣病雑考
《日記》
自主交渉日記――1971〜73年
闘病日記――1999年
《証言》
水俣病の汚染について――1984年4月23日 大阪地方裁判所
《議論》
認定審査を問い質す(その一)――1985年2月26日熊本ライオンズ会館
認定審査を問い質す(その二)――1987年10月7日熊本ライオンズ会館
水俣湾を世界遺産に――1998年11月30日水俣市議会

資料編
文献
 熊本県水産課技師の復命書――1952、57年
 保健所の患者確認第一報――1956年
 見舞金契約――1959年
 水俣工場第一労働組合の大会決議――1968年
 厚生省による公害認定――1968年
 環境庁裁決と事務次官通知――1971年
 第一次訴訟/熊本地裁判決要旨――1973年
 認定患者の補償協定――1973年
 魚の水銀規制値とその根拠――1973年
 川本裁判/東京高裁公訴棄却判決(抜粋)――1977年
 狭められた認定基準――1977年
 棄却取消訴訟/熊本地裁判決(抜粋)――1986年
 水俣市長の慰霊式式辞――1994年
 政治決着に際しての首相談話――1995年
 関西訴訟/大阪高裁判決(抜粋)――2001年
 関西訴訟/最高裁判決全文――2004年
 行政責任確定後の新対策――2004〜05年
 産廃処分場建設問題――2004〜05年
患者数
年表・水俣病事件運動史+川本輝夫個人史
参照文献・初出一覧
《解説》
映画で出会った川本輝夫との三十年――土本典昭
本書を編んだあとに

■引用

■書評・紹介

■言及



*作成:岡田 清鷹
UP:20100707  REV:
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