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『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ――人類とウィルスの第一次世界戦争』

速水 融 20060226 藤原書店,474p.


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■速水 融 20060226 『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ――人類とウィルスの第一次世界戦争』,藤原書店,474p. ISBN-10: 4894345021 ISBN-13: 978-4894345027 \4410 [amazon][kinokuniya]

■内容
(「MARC」データベースより)
関東大震災の5倍近くの死者をもたらしながら、「スペイン風邪」と称され、被害の実態も十分把握されないまま忘却された、90年前の史上最悪の「新型インフルエンザ」について、各種資料を駆使し、その詳細を明かす。
著者からのコメント
【「スペイン・インフルエンザ」から何を学ぶか】
《新型インフルエンザの脅威》

新型インフルエンザ流行が叫ばれている。すでに、東南アジアやトルコでは、鳥インフルエンザの感染によって死者が出ている。今のところ流行は鳥から鳥の間で、たまたまその鳥に触れたヒトが感染するにとどまっているが、感染者の死亡率は50パーセントと非常に高い。

ウイルスは、遺伝子が不安定なRNAなので、変異しやすい。変異によってウイルスは、ヒトの細胞のにとりつくようになる。そうすると、インフルエンザはヒトからヒトへ感染し、大流行が起こる。すでに、鳥インフルエンザ・ウイルスの持つタンパクが、かなりの程度ヒトにとりつきやすいように変異したという情報もある。

そもそもインフルエンザ・ウイルスの表面には、H突起とN突起があって、その組み合わせは144種類にもなる。鳥類は、これらのウイルスのすべてを持っているといわれている。しかも、鳥によっては、たとえばカモやアヒルは、ウイルスを消化器に持つので、その生命には異常がない。ただ、その排泄物のなかでウイルスがしばらくは生きているので、他の鳥類にうつる。ニワトリは呼吸器に持つので、ウイルスをうつされると死んでしまうし、ヒトにもうつす。インフルエンザ・ウイルスを持ったニワトリが発見されると、何百万羽もが処分されるのはヒトへの感染の可能性があるからに他ならない。

《二十世紀最悪の人的被害》

過去において、インフルエンザの流行は何回か見られたが、世界中を巻き込み、甚大な被害をもたらしたのは「スペイン・インフルエンザ(1918-20)」であった。第一次世界大戦の死者は約一千万人と言われているが、実にその四倍(約四千万人)の人命を奪った。しかもこのウイルスは、乳幼児や高齢者以上に、普段健康な壮年層(20-40歳)に襲いかかった。これは二十世紀最悪の人的被害であり、記録のあるかぎり、人類の歴史始まって以来最大のものである。

それはアメリカの兵営に発し、アメリカ軍の欧州派遣に伴って世界に拡大していくのだが、そもそもそこへウイルスがどのようにして持ち込まれたのかは現在分かっていない。渡り鳥が運んできて、附近の鳥かブタにうつし、遂にヒトにとりついたのではなかろうか、というのが有り得る話である。

もし原因が渡り鳥だとすると、われわれには防ぐ手立てはない。渡り鳥は、国境を越え、世界中を飛びまわっている。そうなると、インフルエンザの発生は、一種の「天災」だということになる。われわれにできるのは、せいぜい「減災」であり、起こってしまったらその被害をいかに最小限に食い止めるか、である。

《「タミフル」やワクチンは万能でない》

最近におけるインフルエンザ対策の一つに、新しい薬品の開発がある。現在では、「タミフル」と呼ばれる薬品が効き目があるとして、世界中が競ってそれを備蓄している。日本も「タミフル」を貯めこむことばかりに励んでいる。

しかし、そこには重大な落とし穴がある。「タミフル」は確かに有効に使えば威力を発揮する。「有効に」とは、インフルエンザ罹患後48時間以内に服用する、ということである。しかし、われわれは、自分がインフルエンザに罹患した時間を正確に判るだろうか。したがって、この薬品の投与は、ビタミン剤を飲むのとは違い、専門医による指示を必要とする。早すぎると薬効が消え、遅すぎるとウイルスが繁殖し、もう抑えることができなくなる。

さらに副作用についての警告もある。日本では「タミフル」がすでに用いられているが、副作用と思われる症状がいくつか報告されている。そういうことから、たとえばカナダでは、「タミフル」の備蓄と同時に、それを患者に投与する専門医のネットワーク作りが進んでいる、といわれている。日本の場合、いわゆるハコモノだけを作って、ソフト面の充実を怠っているような気がする。

もう一つの予防策として、ワクチン接種が勧められている。WHOが、春に前年の状況などを参考に今年流行すると思われるインフルエンザの種類を予測し、そのワクチンを準備することを各国に要請する。しかし、一つのワクチンに含められるインフルエンザは、せいぜい三種類であり、もし予想が外れたら役に立たないのである。

《関東大震災の五倍の死者》

「スペイン・インフルエンザ」に際して、日本では直後の調査報告書で38万人、筆者が行った新しい推計では45万人の死者を出した。この数は、記録のある限り最大の病死者数である。罹患者数ははっきりしないが、おそらく当時の人口5500万人のうち、半分はかかっただろう。インフルエンザは恐ろしい病気であり、決して「風邪」ではない。人々は、これを「スペイン風邪」と呼んだこともあり、インフルエンザが通り過ぎると忘れてしまった。直後の関東大震災(死亡者は最近の研究で10万人くらい、と下方修正されている)は大正時代の出来事として皆知っているが、「スペイン・インフルエンザ」はその五倍近い人的被害を出しながら近代史のどの本にも出てこない。

《現在でも防ぎようのない「天災」》

では、「新型インフルエンザ」に対してどうすればいいのか。個人レベルでは、どうすることもできない「天災」のようなものである。しかし、「スペイン・インフルエンザ」のときの教訓を学ぶことはできる。

あの時、政府は極端にいえば、「手を洗え、うがいをせよ、人ごみに出るな」といった呼吸器病流行に際しての注意を喚起しただけだった。しかし、これらのことは、今でもわれわれがなし得る唯一の「対策」であることに変わりはない。90年近く前の「スペイン・インフルエンザ」流行当時、確かに医学、公衆衛生の知識は現在よりはるかに低く、有効な予防ワクチンも「タミフル」もなかった。しかし、それだけで現在のわれわれの方が有利な状況にあると言えるだろうか。

いまやジェット機時代であり、昔は何日もかかって遠くからやってきたウイルスは、ほとんど同時的に世界中に広がる。国内でも、交通手段は、当時走っていた鉄道に比べれば何倍も速い新幹線や航空機がヒトもウイルスも一緒に運んでしまう。もはや距離は感染症にとって壁ではなくなった。さらにウイルスは、せきやくしゃみで吐き出された組織や飛沫の中で何分間か生き延び、それを吸った者が感染する。俗に言う「空気感染」である。満員の通勤電車やエレベーターで罹患者がせきやくしゃみをすれば、周りの者は全員感染してしまう。普通の風邪は、手で鼻をこすったりすることで感染する「接触感染」であって、この点でインフルエンザの伝染力は比較にならない。

《日本を襲った三つの波》

ところで「スペイン・インフルエンザ」は日本に三回やってきた。

第一波は大正7(1918)年5月から7月で、高熱で寝込む者は何人かいたが、死者を出すには至らなかった。これを「春の先触れ」と呼んでいる。

第二波は、大正7(1918)年10月から翌年5月ころまでで、26.6万人の死亡者を出した。これを「前流行」と呼んでいる。大正7年11月は最も猛威を振るい、学校の休校、交通・通信に障害が出た。死者は、翌年1月に集中し、火葬場が大混雑になるほどであった。

第三波は、大正8(1919)年12月から翌年5月ころまでで、死者は18.7万人である。

「前流行」では、死亡率は相対的に低かったが、多数の罹患者が出たので、死亡数は多かった。「後流行」では罹患者は少なかったが、その5パーセントが死亡した。

このように、インフルエンザは決して一年で終わらず、流行を繰り返し、その内容を変えている。来るべき「新型インフルエンザ」もそうだ、とはもちろん言えないが、このことはよく知っておくべきであろう。

《人間同士が争っている暇はない》

十九世紀後半、人間は細菌を「発見」し、それが原因となる流行病をほぼ撲滅した。しかし、ウイルスが原因となる流行病はまだまだ解明されていない。人間同士の愚かな戦争はもう止めて、ウイルスのような「天敵」との戦いにもっと備えなければならない。

(速水融−はやみ・あきら/慶應義塾大学名誉教授)
■目次
    序章 “忘れられた”史上最悪のインフルエンザ

    第1章 スペイン・インフルエンザとウイルス

      なぜ「スペイン・インフルエンザ」か?
      インフルエンザ・ウイルスの構造と特徴
      新型インフルエンザ発生のメカニズム
      ウイルス発見をめぐるドラマ
      ワクチンも「タミフル」も万能ではない

    第2章 インフルエンザ発生――一九一八(大正七)年春―夏

      三月 アメリカ
        記録に残る最初の患者/第一次世界大戦の戦況とインフルエンザの発生/無視された「春の先触れ」

      四月―七月 日本
        台湾巡業中の力士の罹患/ウイルスはどこから来たか?/軍隊での罹患者の増大

      五月―六月 スペイン
        八〇〇万人が罹患/「スペイン・インフルエンザ」という名称の誕生

      七月―八月 西部戦線
        西部戦線の異状/『京城日日新聞』のスクープ/両軍の動きを鈍らせたインフルエンザ/軍隊から市民への感染拡大

      「先触れ」は何だったのか?
        アメリカ西部の兵営を起点に拡散/予防接種的な役割を演じる/三週間で世界中に

    第3章 変異した新型ウイルスの襲来――一九一八(大正七)年八月末以後

      アメリカ
        港町で変異したウイルス/欧州派兵とウイルス/ディベンズ基地で猛威をふるったウイルス/米軍戦没者の八割はインフルエンザによる病死か?/当時の状況を描写した詩文/文学に記されたインフルエンザと体制への憎悪/アメリカ国内での感染の拡がり/流行は一九一八年に限らない/少なめに算出された死亡者数/パニックに陥ったアメリカ社会/戦勝気分に酔うその足元で/貧富の違いによる被害の違い

      イギリス
        最大の被害をもたらした第二波は六週間でイングランド全土に/突出した壮年層の死亡者数/三つの流行拡大のパターン

      フランス
        アメリカ軍、フランス軍、イギリス軍の順に感染拡大/「アポリネール症候群」

      補遺

    第4章 前流行――大正七(一九一八)年秋―大正八(一九一九)年春

      本格的流行始まる
        前流行と後流行/従来の記録よりも多い実際の死亡者数/スペイン・インフルエンザ・ウイルスはいつ日本に襲来したか?/軍隊・学校が流行の起点に/三週間のうちに全国に拡大

      九州地方
        初期の報道――「ブタ・コレラ」、海外の状況/罹患者の急増/死者の急増/都市から周辺部への感染拡大

      中国・四国地方
        一〇月末以降、死亡記事が急増/「予防心得」、氷の欠乏、医療体制の不備、新兵の罹患/比較的軽かった中国地方での被害?

      近畿地方
        被害の大きかった京都・大阪・神戸/地域によって異なる流行の再発

      中部地方
        大都市より中小都市・郡部で蔓延/一一月に入り、死者増加/後になるほど悪性を発揮/被害が大きかったのは製糸業地帯/「鶏の流行感冒」/人口一〇〇〇名中、九七〇名罹患、七〇名死亡の村も/生命保険加入推進のチャンス

      関東地方
        新聞は意図的に報じなかった?/初発以来数十万人が罹患/インフルエンザと鶏卵の不足記録に残された五味淵医師の奮闘/前年秋を乗り切った人々が罹患/東京府・東京市の対応/報道にみる被害の実態

      北海道・奥羽地方
        他地方より遅れた初発、その後の状況の悪化/鉄道が伝染経路に/郡部で長引く流行/被害が比較的軽かったと言われる北海道/一村全滅の例も

      小括

    第5章 後流行――大正八(一九一九)年暮―大正九(一九二〇)年春

      後流行は別種のインフルエンザか?
        前流行と後流行の症状の違い/前流行と後流行の間の状況

      九州地方
        後流行の初発/「予防の手なし」

      中国・四国地方
        罹患者の二割が死亡/地獄絵を見るような一〇日間/軍隊内での流行

      近畿地方
        最大の死亡者を出した地域/年が改まり、死者がさらに増大

      中部地方
        抗体をもたない初年兵に多い罹患/二月に死者増大のピーク/郡部で猛威をふるう

      関東地方
        初めは軍隊から/地獄の三週間/一割強の死者/鉱山町での大きな被害

      北海道・奥羽地方
        軍隊が流行の発生源/秋田県で最小、福島県で最大の被害/交通の要衝地での感染拡大/北海道での惨状

      小括

    第6章 統計の語るインフルエンザの猖獗

      国内の罹患者数と死亡者数
        低く見積もられた『流行性感冒』における患者数と死亡者数/超過死亡(excess death)による試算

      全国の状況
        死亡者数の合計/月別の死亡者数/死亡率の男女差/年齢別死亡率

      地方ごとの状況
        地方ごとの月別インフルエンザ死亡率/都市のインフルエンザ死亡率/府県別インフルエンザ死亡者数/府県別インフルエンザ死亡率

    第7章 インフルエンザと軍隊

      「矢矧」事件
        最高級の資料/上陸許可後に直ちに罹患/緩慢な病勢進行と急速な感染拡大/すでに罹患していた「明石」の乗組員/マニラ到着直後の安堵/死者続出の惨状/階級による差/症状に関する克明な記録/同じように襲われた他の軍艦・商船/「矢矧」の帰還/ピーク後も未感染者に活動場所を見出すウイルス

      海外におけるインフルエンザと軍隊
        地中海派遣艦隊を襲ったインフルエンザ/シベリア出兵とインフルエンザ

      国内におけるインフルエンザと軍隊
        陸軍病院の状況/各師団の死亡者数/海軍病院の状況/新聞報道

      小括

    第8章 国内における流行の諸相

      神奈川県
        豊富な資料/流行の時期/流行の初発/死者の増大/いったん終息、その後再発/後流行の猛威/与謝野晶子が感じた「死の恐怖」/二つの貴重な統計/僻地で高い罹患率/都市部と農村部の違い/郡部で罹患者死亡率の高かった後流行/前流行と後流行の相関関係/一九二〇年一月における死者の激増

      三井物産
        『社報』も語る死者の増大/社員家族を襲った悲劇

      三菱各社
        流行期に上昇している社員の死亡者数/鉱山など生産現場に多い犠牲者

      東京市電気局
        罹患者の多かった「春の先触れ」

      大角力協会
        「角力風邪」/「先触れ」で免疫を得た力士

      慶應義塾大学
        民間における青年・壮年層の被害の実態

      帝国学士院
        罹患と外出忌避による欠席者の増加

      文芸界
        犠牲者/文学作品

      日記にみる流行
        原敬日記/秋田雨雀日記/善治日誌

    第9章 外地における流行

      樺太
        漁期に流行/最も高い対人口死亡率/先住民にも多くの死者

      朝鮮
        内地と同時に流行/死亡率の高い後流行/行政は何をしたのか?/免疫現象の確認/統計資料の問題/朝鮮での前流行の犠牲者は約一三万人/朝鮮での死者の累計は約二三万人/三・一運動とスペイン・インフルエンザ

      関東州
        本地人により大きな被害/関東州でも死亡率の高かった後流行

      台湾
        台湾中に拡がり先住民も罹患/台湾でも軍隊を起点に流行/本地人と内地人(日本人)の間の被害の差/死者は多いが、短期間で過ぎ去った流行/先住民の被害

      小括

    終章 総括・対策・教訓

      総括
        内地四五・三万人、外地二八・七万人、合計七四万人の死者/日本内地の総人口は減少せず/流行終息後の第一次「ベビーブーム」/なぜ忘却されたか?

      対策
        人々はインフルエンザにどう対したか?/謎だった病原体

      教訓

    あとがき

    資料 1 五味淵伊次郎の見聞記

    資料 2 軍艦「矢矧」の日誌

    新聞一覧

    図表一覧
■引用

■書評・紹介

■言及



*作成:三野 宏治
UP: 20100422 REV:
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