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『医療事故の根絶を目指して――眼科医療と訴訟事例より』

岩瀬 光 20060115 文芸社,194p.

last update:20111105

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■岩瀬 光 20060115 『医療事故の根絶を目指して――眼科医療と訴訟事例より』,文芸社,194p. ISBN-10: 4286007251 ISBN-13: 978-4286007250 [amazon][kinokuniya] sjs


■内容(「MARC」データベースより)


医療事故・医療訴訟を防いでゆく考え方を、総合的な見地からまとめ、各事案別の細かい例について検討を加える。法律と医学、2つの視点で医療トラブルに挑む、法学部出身の眼科医による現代医療への提言。


■目次


はじめに…3

第1章 私の「医療事故に対する立脚」
 @私が複雑な進路を歩んだ理由…12
 A医療事故根絶への活動の開始…13
 B医療事故、医事紛争の分析の意味…15
 C医療事故、医事紛争を分析するときの私の視点…16

第2章 医療問題について−総合的な見地から
リスクマネジメント…18
インフォームドコンセント…20
 @インフォームドコンセントの概念…20
 A手術に関するインフォームドコンセントを示した判決…21
 B合併症についての説明…21
 Cインフォームドコンセントの意味…22
 D医事紛争予防策としてのインフォームドコンセント…24
医療水準…26
 @「医療水準」とは何か…26
 A従来の「医療水準」に関する最高裁判所判決…27
 B新しい「医療水準」を示す最高裁判所判決…28
 C新規治療法についての対応…30
 D新しい「医療水準」を示すもう一つの最高裁判所判決…31
 Eさらに新しい最高裁判所判決…33
 F新しい「医療水準」への対処…35
未確立治療の「医療水準」と「インフォームドコンセント」との関係…38
事故が起こってしまった時点の対応…45
 @基本的な考え方…45
 A具体的対応法…47

第3章 医療問題について−事案別に
白内障手術−特に術後眼内炎について…54
 @白内障術後眼内炎に関して医師側の過失を認めた判決…54
 A白内障術後眼内炎に関して医師の過失を認めなかった判決−東京地方裁判所判決と比較しながら…66
屈折矯正手術…77
 @屈折矯正手術を進めてゆくに当たり眼科専門医に求められること(清水公也氏との共著)…77
 ALASIK手術で医師の過失を認めた最初の判決…83
 B3種の屈折矯正手術に対する医療過誤裁判の比較検討と今後への教訓−RK・PRK・LASIK…90
糖尿病−法律的問題も含め、眼科医といかに連携をするか…101
 @糖尿病性網膜症と内科医のかかわり…101
 A糖尿病性網膜症による血管新生緑内障に関する最初の判決の教えるもの…     115
眼内ガス注入後の笑気麻酔手術による失明事故…127
 @眼内ガス注入後の「笑気(N2O)使用全身麻酔手術」による失明事故の問題点−法律的問題と事故防止策…127
全身疾患から突然の失明−全身疾患から急激に両眼失明する事例の法律的問題…139
ステロイド大量投与による事故…150
コンタクトレンズの問題点…160
その他の眼科医療事故…172
 @緑内障関係の医療事故…172
 A角膜疾患の医療事故…175
 B網膜疾患の医療事故…178

特別寄稿
 医療事故と人間関係・信頼関係〜刊行に寄せて〜…181
コラム1 乳幼児の眼球打撲の法律的問題…184
コラム2 白内障術中破嚢の法律的問題…187
論文初出一覧…190
おわりに…192


■著者プロフィール(「奥付」より)


岩瀬光(いわせこう)
1952年 群馬県に生まれる
1977年 東京大学法学部卒業
1984年 東北大学医学部卒業
医師国家試験合格
東京大学医学部眼科学教室人局
1991年 東京大学より博士号取得
1992年 開業


■SJSに関連する部分の引用



(pp31-37)
D新しい「医療水準」を示すもう一つの最高裁判所判決
 以下に、医療水準について述べた最高裁判所の判決を示す。

判例
ペルカミンS事件―最高裁判所平成8年1月23日判決
〈事実の概要〉
 麻酔剤ペルカミンS(一般名:塩酸ジブカイン)の添付文書に、「注入後10〜15分間は2分ごとに血圧測定をすべきである」と記載されていたにもかかわらず、当時の医療慣行として一般的に行われていた5分間隔の測定をした結果、患者に重篤な後遺障害を与えたことが、医療側の過失になるかどうかが問われた。[p32>
〈最高裁判所判決の内容〉
 医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものでなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない。
 「医師が医薬品を使用するに当たって文書(医薬品の添付文書)に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるというべきものである」

 これは、平均的医師が現に行っている「医療慣行」が「医療水準」とはいえないことを明示したものとして画期的判決である。これにより、常に医師は現状の「医療慣行」に留まることなく、新知識を求めて研鑽を深める義務があることになる。また、「添付文書」を読むことの重要性が示されたといえる。[p33>

Eさらに新しい最高裁判所判決
 その後に示されたさらに新しい判決があるので紹介したい。

判例
スティーブンス・ジョンソン症候群事件−最高裁判所平成14年11月8日判決
〈事実の概要〉
 症例は18歳男性X。幼児期に交通事故にあった影響で精神発達は十分ではなかった。昭和61年1月末より「心因性のもうろう状態」になり、2月7日A病院B医師よりフェノバール(一般名:フェノバルビタール。催眠、鎮静、抗けいれん作用)他の薬剤を投与された。3月半ばごろよりXの顔面に発赤、手足に発疹が生じ、3月20日には身体全体に発赤が生じた。
 投与された薬剤のうち、テグレトール(一般名:カルバマゼピン。抗てんかん作用)の中止はしたが、他の薬剤はそのままで、皮膚症状も改善しなかった。[p34>
 3月29日、Xが大声を上げる等の「不穏」の症状が出たことから、フェノバール2錠(60mg)から4錠(120mg)に増量になり、その後症状が落ち着いて同剤3錠(90mg)に減量した。
 4月8日、皮膚粘膜症状が悪化し、チアノーゼ(皮膚や口唇,爪等が紫色になること)様、悪寒の症状が出、4月15日には38℃を超える発熱があり、全身が浮腫・紫斑様を呈し、顔面も浮腫状で、落屑が認められた。
 4月15日、他医が診察して「薬疹」と診断した。B医師は4月18日より本件フェノバールを含むすべての薬剤を中止し、強力ミノファーゲンC(一般名:グリチルリチン)、抗生物質等を投与したが、Xは高熱が続き、皮膚症状は改善されず、眼症状も出て右眼失明、左眼0.01(矯正不能。以下「矯正不能」はn.cと記す)となった。
〈最高裁判所判決の内容〉
 精神科医は向精神薬の使用に当たり、最新の添付文書を確認し、必要に応じて文献を参照する等可能な限り最新情報を収集する義務がある。3月20日の添付文書前段にある「過敏症状」としての発疹を確認[p35>したら、添付文書後段のスティーブンス・ジョンソン症候群(以下SJS)に移行することを予見し、回避のため直ちにフェノバール等のすべての薬剤を中止する義務があり、すぐに中止しないことでSJSを生じさせ、失明に至った結果につき責任があると判示した。

 この判決は、まず医師に薬剤の使用につき可能な限り最新情報を収集する義務があることを明示した。そして、添付文書前段の「過敏症状」を確認したら、添付文書後段の「SJS」まで予測し、回避する措置を講ずる義務を認めたことに意味がある判決である。
F新しい「医療水準」への対処
 では医師は、この新しい「医療水準」にいかに対処してゆくべきであろうか。私は以下のように考える。
○基本的な考え方
 新しい医療水準も、すべての医師に最先端のレベルを要求しているのではない。日々研鑽をしてゆくこと[p36>で獲得可能な水準を満たしていけばよいのではないかと考える。
○研鑽の具体的内容
 厚生労働省が出す情報(研究班報告書、薬の副作用情報)、学会等による診療ガイドライン、薬剤の添付文書、代表的な教科書、主要医学雑誌、専門領域での学会報告等を定期的にチェックして、常に知識を新鮮なものにするのが大事である。
○添付文書の確認
 特に薬剤の添付文書は「ペルカミンS事件最高裁判所判決」や「SJS事件最高裁判所判決」がある以上重要で、日ごろ使用する薬剤の添付文書はまとめてファイルし、必要な時にいつでも参照できるようにしておくことが求められる。薬剤師等との協力で整備するのが望ましい。
○他院への転医義務
 情報として新しい治療法が存在することが分かっていても、設備等の関係で自らは新しい治療法を実施できないのであれば、新しい治療法を実施している医療機関に転医を促す義務も存在する。[p37>
○診療録への適切な記載
 自分の行った医療行為の正確な記載、患者への説明の内容と同意の有無、その病気の治療法について得ている情報内容、転医を含めた治療計画、予想される副作用や合併症等を正確に記載することが、自らの頭の整理にもなり、自分の身を守ることになる。
 ただ、もちろん日常の臨床に忙しい医師が、すべての患者のカルテをここまで書くのは無理である。問題が起こりそうな、トラブルが起きそうな事案に限ってでもよいと思う。問題が起こったとき、詳細なカルテ記載があれば、事故の防止につながり、仮に事故が起こっても紛争の防止に役立つと考える。


*作成:植村 要
UP: 20110920 REV: 20111105
スティーブンス・ジョンソン症候群 (SJS)  ◇BOOK 
 
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