『パララックス・ヴュー』
Zizek, Slavoj 2006 The Parallax View,MIT Press
=20100210 山本 耕一,作品社,768p.
last update:20120401
■Zizek, Slavoj 2006 The Parallax View,MIT Press
=20100210 山本 耕一 『パララックス・ヴュー』,作品社,768p. ISBN-10:4861822769 ISBN-13:978-4861822766 \7140 [amazon]/[kinokuniya] ※ ki03 e05 bp v02
■内容
内容紹介
「この書こそ私の《magnum opus 最高傑作》」待望の書、ついに刊行!
「イデオロギーの両端に位置する人間をともに挑発し、刺激せずにはおかない」――フレドリック・ジェイムソン
カント、シェリング、ヘーゲルらのドイツ観念論の伝統を基底に、ラカンの精神分析のみならず、脳科学、量子力学を駆使して光彩陸離たる議論を展開するとともに、“死せる”マルクス・レーニン主義/弁証法的唯物論の復活をもくろむ思想的死闘を凝縮した世界的思想家の代表作。
内容(「BOOK」データベースより)
カント、シェリング、ヘーゲルらのドイツ観念論の伝統を基底に、ラカンの精神分析のみならず、脳科学、量子力学を駆使して光彩陸離たる議論を展開するとともに、“死せる”マルクス・レーニン主義/弁証法的唯物論の復活をもくろむ思想的死闘を凝縮した世界的思想家の代表作。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ジジェク,スラヴォイ
1949年生まれ。現在、最も活躍している世界的な思想家の一人。スロヴェニア・リュブリャナ大学で哲学を学び、パリ第8大学のジャック・ラカンの娘婿にして正統な後継者ジャック=アラン・ミレールのもとで精神分析を学ぶ。カント以来のドイツ観念論の伝統、マルクス、レーニンの思想を背景としたジャック・ラカンの大胆な解釈で知られる
山本 耕一
1950年生まれ。現在、駿河台大学心理学部教授。東京大学大学院修士課程修了。哲学・倫理学専攻(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
■目次
シリーズへの前書き
序 迫りくる弁証法的唯物論
第一部 星のパララックス 存在論的差異のわな
第一章 主体、この「内面に割礼をうけたユダヤ人」
くすぐる客体
カント的パララックス
(カントの)アンチノミーの精神からの(ヘーゲルの)具体的普遍の誕生
〈主人のシニフィアン〉とその栄転
風よおだやかなれ…
経済学批判のパララックス
「虚無が自慢の唯一の品」
第二章 唯物論的神学のための建築用ブロック
ひとりの少年が淑女に会う
ヘーゲル主義者としてのキルケゴール
拒絶
純粋な犠牲のわな
カント主義者であることの困難
受肉の喜劇
政治的カテゴリーとしてのオドラデク
生命が多すぎる!
インタールード 1
ケイトの選択、あるいは、ヘンリー・ジェイムズの唯物論
第二部 太陽のパララックス だれでもないことの耐えられない軽さ
第三章 神の糞であることの耐えられない重さ
太陽に灼かれて
なんじの洞窟をえらべ!
コペルニクス、ダーウィン、フロイト……その他大勢
現象のあたらしい科学に向けて
脱呪術化への抵抗
神がめぐってくるとき
ポスト・イデオロギーの脱昇華された対象
危機?どんな危機?
第四章 自由のループ
「前提を措定する」
認知主義者ヘーゲル?
あやまった不透明
感情はうそをつく、あるいは、ダマシオのまちがっているところ
ヘーゲル、マルクス、デネット
物理学からデザインへ?
自由の無意識的行為
誘惑の言語、言語の誘惑
インタールード 2
社会的関連における対象a、あるいは、反‐反ユダヤ主義の袋小路
第三部 月のパララックス 引き算の政治学にむけて
第五章 剰余価値から剰余権力へ
存在的彷徨、存在論的真理
放下?いや結構!
スターリン主義的ミュージカルの理論にむけて
生政治のパララックス
四つのディスクールの歴史性
政治的カテゴリーとしての享楽
われわれは、まだ世界のなかに住んでいるのか?
第六章 イデオロギーのいかがわしい結び目、そしてそれのほどきかた
アカデミックなRumspringa、あるいは、権力とレジスタンスのパララックス
人権対非人間の権利
組み立てられた暴力
ニワトリの無知
だれが大きな悪しき原理主義をおそれるのか?
虹の連合を超えて
イデオロギーの理論家としてのロベルト・シューマン
アメリカのサブカルチャーの砂漠へようこそ
タマゴ、オムレツ、そしてバートルビのほほえみについて
原注
訳者あとがき
索引
■引用
■書評・紹介
■言及
*作成:樋口 也寸志