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清水哲郎「人間の尊厳と死」

2006 医療教育情報センター [編] 『尊厳死を考える』,中央法規

last update:20100615

■内容

◆はじめに ≪尊厳ある死≫と≪尊厳死≫:
日本では、「尊厳死=徒な延命治療をせずに、死ぬことを許容する」もしくは「尊厳死=消極的安楽死」という図式で語られる。しかし、尊厳死の元となった英語表現「death with dignity」はアメリカのオレゴン州(尊厳死法)では「医師による幇助自殺」を指し、他の表現「dying with dignity」は「尊厳ある最後の生」を指し、ケアが死に向かいつつある人に提供しようとするあり方を意味していると指摘。そもそも死自体には尊厳が伴うことも伴わないこともなく、人に尊厳が伴う・伴わないものであるから、「尊厳死」という表現自体が問題あるものと主張。

◆<尊厳>ということ:
日本語の<尊厳>の意味と、「尊厳ある死」の「尊厳」の原語である<dignity>の意味を確認する。

●日本語辞書における<尊厳>の意味:
「尊厳=尊くおごそかで侵しがたい・こと(さま)」

●Cobuild英語辞典における<dignity>の三つの意味:
(1)「dignity=威厳ある振舞いや見かけ」
… 日本語辞書の<尊厳>に対応。しかし、「尊厳ある死」の「尊厳」ではないと指摘。

(2)「dignity=尊重に値するという性質」
… 尊厳を備えると語られるものに対する周囲の者たちの振舞いについて規定する表現。すなわち、「Xには尊厳がある」=「Xを尊いものとして大事に遇しなければならない、Xを弄んではならない」という意味。尊厳の主体である当の本人が主観的にどう思うかとは独立に、尊重に値するというあり方を失うことはない。世界人権宣言に見られる尊厳はこの意味で用いられていると指摘。

(3)「dignity=自らを価値ある/有意義な存在と感じる自尊感情」
自尊感情としての尊厳は主観的なものであり、(2)の用法と異なって失われることもある。「尊厳ある死」の「尊厳」が基本的には自尊感情に当たるということを指摘。(ただし、以下の議論では、「尊厳ある死」の「尊厳」が(2)と(3)の用法の意味で使用される)

◆「尊厳に反する生」の拒否と「尊厳なき生」の拒否:
「尊厳ある死」の「尊厳」には2通りの意味がありうると主張し、以下の二種に区別して議論を展開。

(1)尊厳に反する治療をしないこと
「尊厳=尊重に値するという性質」という意味で、人の生命を弄ぶ・冒涜するような過剰な延命措置を行なわない・中止すること。

(2)尊厳が失われたので治療をしないこと
「尊厳=自尊感情」の意味で、本人の尊厳意識がなくなったら延命措置を行なわない・中止すること。

→ 「尊厳=自尊感情」の場合の尊厳死は本人の尊厳意識に基づくものであるが、この言説の線上にも関わらず、他者が勝手に「このような状態になったら生きることは無意味だ」と判断する恐れがある。これは「尊厳」の意味の混同であり、厳しい状況にある患者への無言・有言の圧力になると主張。また、「尊厳=自尊感情」の場合であっても、本人の判断が全てではなく、価値観の変容の可能性を考慮に入れながら(志の共有と相互の意思の尊重を両立しつつ)ケアがなされるべきと主張。

◆尊厳をもって死に到るまで生きる:
<dying with dignity>=<尊厳をもって死に到るまで生きる>という言説の文脈では、患者は「尊厳をもって死に到るまでの生を目指した生き方」を選択し、ケア提供者は「患者当人が自らの生を肯定的に見つつ、自尊感を持ちつつ、生きることができるような支援」を目指す。この過程では、当人が「もはや私の尊厳は失われた」と言っても、ケア提供者は「死を許容するような選択」をせずに、「人はどんな状況になっても、尊厳を保つことが可能である」と仮定した上で、「どのようにしたら尊厳(自尊感)を回復できるか」なすべきケア(当人が紡ぎ出す自らの人生についての物語の終章を語り終えられるように、身体状態の適切な維持や気持ち・社会の中での自らの位置・人間関係などについて必要な支援)を見出せばよいと主張。また、「徒な延命治療」は「人の尊厳に反する働きかけ」であるから、このような考えは「徒な延命治療」を横行させるものではないと主張。

◆「徒な延命治療はしないで」という思いのあやうさ
「尊厳死=徒な延命治療をしないこと」という日本の現状の考え方には以下の3つの問題点があるものと指摘。

(1)「回復可能性があるのに、家族の思い込みによって積極的治療が拒否されてしまう」という問題

(2)医療の不確かさに付随する問題
… 救命・治癒の可能性があるので治療したが、回復可能性が失われて結果的には延命医療になってしまうというケースや、逆に、意識の回復が不可能と判断して治療しなかったために、遷延性意識障害が悪化してしまうケースなど。

(3)事前指示に付随する問題
… @事前指示を作成する段階での患者の予想は実際の状況を十分に理解したものとは限らない、A事前指示時点での患者の意思と認知症などになった後の患者の意思が食い違うことがある、などの問題から事前指示の適切な作成が必要であり、事前指示を絶対視しないことが重要であると指摘。「こうなったらこうして欲しい」ということも「患者が死に到るまで尊厳を持って生きられるようにケアする」という文脈の中で位置づけられるべきで、「こうなったら、こうする」という結論だけが独り歩きしてはならないと主張。

■引用


■言及



*作成:坂本 徳仁 
UP:20100615 REV:
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