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『遺伝相談と心理臨床』

伊藤 良子 監修 玉井 真理子 編 20050930 金剛出版,245p.

last update:20101027

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■伊藤 良子 監修 玉井 真理子 編 20050930 『遺伝相談と心理臨床』,金剛出版,245p. ISBN-10:477240886X ISBN-13:978-4772408868 \3570 [amazon][kinokuniya]

■内容

・「BOOK」データベースより
遺伝子の解析によって次々と遺伝性疾患が明らかになり、予防や治療法も発見されている。だが、患者・クライエントは、何が病気の原因なのかよりも、なぜ自分が病気になったのか、その理由を知りたがる。その“私”の思いをどう受け止めるのかが、心理臨床的遺伝相談の本質となる。本書は、遺伝相談の現場に従事する臨床家らによって、遺伝相談の本質と遺伝臨床の現場における心理臨床的なアプローチの多様な側面を描いたものである。本書では、ハンチントン病などの慢性的で確実に死に至る遺伝病や遺伝性癌、知的発達障害などケースについて、事例レポートとともに医学的な解説がなされ、遺伝相談とかかわりの深い周産期、不妊、法的問題、セルフヘルプグループなどについても多くのページが割かれている。患者本人や親とともに生命について聞き、語る。そうしたカウンセリングや心理療法で遺伝性疾患が治るわけではないものの、病を抱えて今を生きる助けにはなる。本書は、そんな遺伝相談の新しいスタンダードを示したものである。

■目次

序 (古山 順一)
まえがき (伊藤 良子)

【第1部 総論】

第1章 遺伝医療と心理臨床 (伊藤 良子)
 T.はじめに
 U.遺伝医療をめぐる心理臨床の課題
 V.ヒトゲノム解析研究の成果
 W.遺伝子と病気
 X.「化学の文字」による遺伝情報の伝達
 Y.遺伝子から学ぶ――遺伝子の次元と心の次元における情報の伝達
 Z.おわりに

第2章 日本における遺伝相談と心理士のかかわり (玉井 真理子
 T.日本の遺伝相談の歴史
 U.「カウンセリング」と「カウンセラー」
 V.「遺伝カウンセリング」という用語をめぐる混乱
 W.カウンセラーとサイコロジスト
 X.医学・医療における「遺伝カウンセリング」の定義
 Y.対話を通した情報提供の心理カウンセリング的効果
 Z.アメリカにおける「遺伝カウンセラー」という専門職
 [.日本の遺伝医療とコメディカル・スタッフ

第3章 リエゾン・カンファレンスから見たチーム医療の課題 (乾 吉佑)
 T.はじめに
 U.リエゾン・カンファレンスとは
 V.リエゾン・カンファレンスに提出される問題点
 W.リエゾンから見たチーム医療の課題――とくに,医療スタッフ側の課題
 X.実際的な対応に当たって
 Y.おわりに

【第2部 実践】

第4章 遺伝相談における心理臨床の実践 (駿地 眞由美)
 T.はじめに――遺伝相談に求められる心理臨床の視点
 U.遺伝相談の体制と臨床心理士
 V.臨床心理士の活動の実際――京大病院遺伝子診療部を例に
 W.遺伝相談における臨床心理士の役割
 X.おわりに

第5章 子どもの先天異常と遺伝 (川目 裕)
 T.先天異常
 U.先天異常の頻度・医療におけるインパクト
 V.先天異常の成因と遺伝
 W.先天異常に関する用語について
 X.先天異常の診断のプロセス
 Y.先天異常の診断の意義
 Z.先天異常の医療とその特殊性

第6章 高IgM血症の子どもたちと家族――X家の20年を振り返る (浦尾 充子)
 T.はじめに
 U.X家の状況
 V.長男誕生から心理カウンセリング室とつながるまで――母親Xさんによる語りを中心に
 W.心理カウンセリング室そして遺伝カウンセリング室のかかわり――面接経過を中心に
 X.第1期から第6期の振り返り――Xさんのコメント
 Y.考察
 Z.最後に
 [解説]高IgM血症1型 (石井 拓磨)

第7章 ミトコンドリア病児の母親との面接 (山田 祐子)
 T.はじめに
 U.ミトコンドリア病(Mitochondrialdisease)
 V.事例
 W.考察
 [解説]リー脳症 (後藤 雄一)
 →ミトコンドリア病

第8章 成人期発症の遺伝病 (片井 みゆき)
 T.成人期発症の遺伝病とは?
 U.成人期発症の遺伝病に対する遺伝医療
 V.まとめ

第9章 発症前遺伝子診断を受けたハンチントン病家系の男性 (玉井 真理子
 T.はじめに
 U.事例の概要
 V.面接の経過
 W.考察
 X.むすびにかえて
 [解説]ハンチントン病 (吉田 邦広)

第10章 遺伝性癌と人生と物語り (岸本 寛史・井上 かおり)
 T.はじめに
 U.事例
 V.人生という物語におけるFAP――考察に代えて
 W.終わりに――相反する思いを抱えること
 [解説]家族性大腸腺腫症 (岸本 寛史)

第11章 出生前診断という医療 (宗田 聡)
 T.出生前診断とは
 U.出生前診断の方法
 V.出生前診断のガイドライン

第12章 確定診断が得られないまま妊娠継続して出産した事例――出生前診断例にかかわって (渡邉 通子)
 T.はじめに
 U.事例
 V.考察
 W.さいごに
 [解説]染色体異常と出生前診断 (松本 雅彦)

第13章 出生前診断で児が病気とわかって出産した事例――筋強直性ジストロフィーの例 (浦野 真理)
 T.はじめに
 U.事例
 V.考察
 W.おわりに
 [解説]筋強直性ジストロフィー (斎藤 加代子)

【第3部 近接する心理臨床の領域から】

第14章 周産期と心理臨床 (永田 雅子)
 T.はじめに
 U.周産期という時期の特殊性
 V.わが子の疾患を受け止めるということ
 W.臨床心理士としての活動
 X.目の前にいる子どもとの出会いを支えるということ
 Y.おわりに

第15章 不妊カウンセリング (伊藤 弥生)
 T.はじめに
 U.不妊治療の現在
 V.不妊治療施設における心理臨床の実際
 W.不妊治療における心理臨床から考えること

【第4部 遺伝相談をめぐる法的・社会的問題】

第16章 障害児を避けようとする出産選択と裁判――「望まない障害児出産訴訟」にみる議論の様相を中心に (服部 篤美
 T.はじめに
 U.妊娠後における障害児の出生回避を目的とする出産選択利益――中絶の選択
 V.若干の解説
 W.避妊による障害児の出生を回避する出産選択利益
 X.むすびにかえて

第17章 ハンチントン病の当事者団体を支援して (武藤 香織
 T.はじめに
 U.JHDNができるまで
 V.誰のための組織?
 W.心理臨床とのかかわり
 X.おわりに

第18章 染色体異常の会からの発信――18トリソミー児をもつ父母への心理的サポート (櫻井 浩子
 T.18トリソミーの現状
 U.18トリソミーの告知とこころのケア――アンケート調査より
 V.私たちの経験
 W.何よりも命の尊厳が基本

あとがき (玉井 真理子
執筆者一覧,略歴

■引用

・「序」
 異色の書籍が上梓される。臨床心理士の資格を持つ方々が監修と編集された遺伝カウンセリング(遺伝相談とほぼ同義)関係の書物は類を見ない。筆者が序の執筆を求められた際の企画書には,「遺伝医療,とりわけ遺伝をめぐる外来相談領域に,心理士が参画する例が少しずつではあるが増えている。…(中略)…本書は,そうした遺伝相談,遺伝カウンセリングに対する心理臨床的なアプローチをまとめたものである。…(中略)…読者は,基本的には,遺伝のみならず医療領域での心理臨床活動に興味のある心理士,研究者,学生,そして遺伝医療にかかわる医師・看護士・ソシアルワーカーなどの医療者を想定するが,遺伝相談外来を利用する側である一般市民にもある程度分かる内容にする」となっている。
 わが国全体の科学技術を俯瞰し,各省より一段高い立場から,総合的・基本的な科学技術政策の企画立案及び総合調整を行なうことを目的として,2001年1月,内閣府に総合科学技術会議が設置された。第10回同会議(2001.9.21)において科学技術予算の戦略的重点化が取り纏められ,ライフサイエンス分野ではヒトゲノムの解読が完了しポストゲノム研究が重要領域の一つと明示された。ポストゲノム研究のキーワードの一つ,SNPs(ヒトの32億対のゲノム配列の中で千に一個の割合で一塩基が異なる多型)は疾患易罹患性や薬剤反応性に関わる遺伝子を探索する多型マーカーとして精力的に研究が推進されている。このように個人のゲノムの特異性が容易に同定されうる近い将来にあって,遺伝子医療情報の充実,遺伝子医療施設の整備と遺伝子医療に従事する人材の養成が急がれている。ヒトのSNPs情報を入手するためにはヒトゲノム・遺伝子解析研究が不可欠である。3省(文部科学省,厚生労働省,経済産業省)の「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(2001.3. 29・見直し2004.12.28告示)」には同研究の実施に当たって研究責任者が研究計画書に試料提供者に対する遺伝カウンセリングの必要性およびその体制を記載することが求められているし,試料等の提供が行われる機関の長は,必要に応じ,適切な遺伝カウンセリング体制の整備又は遺伝カウンセリングについての説明及びその適切な施設の紹介等により,提供者及びその家族又は血縁者が遺伝カウンセリングを受けられるよう配慮しなければならないとされる。同指針の用語の定義によれば遺伝カウンセリングは「遺伝医学に関する知識及びカウンセリングの技法を用いて,対話と情報提供を繰り返しながら,遺伝性疾患をめぐり生じ得る医学的又は心理的諸問題の解消又は緩和を目指し,支援し,又は援助することをいう」とされている。また遺伝カウンセリングの実施方法においては,「遺伝カウンセリングは,遺伝医学に関する十分な知識を有し,遺伝カウンセリングに習熟した医師,医療従事者等が協力して実施しなければならない」とされる。個人情報保護法の完全施行(2005年4月)に伴い,厚生労働省は「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」を定め告示(2004.12.24)した。その中で,遺伝情報を診療に活用する場合の取り扱いの項において「医療機関等が遺伝学的検査を行う場合には,臨床遺伝学の専門的知識を持つ者により,遺伝カウンセリングを実施するなど,本人および家族等の心理社会的支援を行う必要がある」とされた。経済産業省も「経済産業分野のうち個人遺伝情報を用いた事業分野における個人情報保護ガイドライン(案)」の中で個人遺伝情報取扱事業者は遺伝情報を開示しようとする場合には,医学的又は精神的な影響等を十分考慮し,必要に応じ,本人が遺伝カウンセリングを受けられるような体制を整えることを求められている。以上のように行政レベルで遺伝カウンセリングの重要性が指摘され実施が求められているが,本邦の遺伝カウンセリング体制の現状は必ずしも充実して十分であるとは言い難い。わが国の遺伝カウンセリングは今日まで医師が担当してきた。米国のように遺伝カウンセラー(2,307名)による遺伝カウンセリングは行なわれていない。筆者が主任研究者を務めた平成10年度〜平成16年度厚生労働科学研究が契機となり臨床遺伝専門医制度(平成14年4月1日発足・認定専門医総数:559名)が誕生した。また同研究の成果として平成17年度にはわが国で初の認定遺伝カウンセラー制度が発足し,10月には第1回の認定試験が実施される。
 3省指針の遺伝カウンセリングの定義に謳われている遺伝性疾患をめぐり生じ得る医学的又は心理的諸問題の解消又は緩和を臨床遺伝専門医と認定遺伝カウンセラーのみで支援又は援助できるとは考えられない。遺伝カウンセリングの実施者の医療従事者の中に臨床心理士が包含されるべきである。
 序文の筆を擱く寸前,「臨床心理士」と「医療心理師」の国家資格法案が国会に上程されると報道されたが,関係団体の現段階での法制化反対があり,再度調整のため法案提出は断念された。両資格の並存がネックと指摘されているが一本化に向けての調整が小田原評定にならぬことを願う。

・「まえがき」
 本書は,遺伝医療の場における心理臨床について,実践に携わっている臨床心理士らによって,事例を中心にして執筆されるとともに,そこに臨床遺伝専門医等による医学的な理解を深める説明,さらに,チーム医療,不妊治療や周産期の心理臨床,法学やサポートグループ,親の会等,さまざまな角度からの視点が加えられて,まとめられたものである。
 心理臨床にとってこの道は端緒についたばかりであり,それを一冊の書物として公にすることは,時期尚早ではないかとの懸念が,監修を依頼された筆者にはあったが,今,改めて本書を通覧して,ここに収められたクラエントの方々の貴重な言葉を,広く多くの方に受けとめて頂くことこそ,今日の時代にともに生きるわれわれ人間のあり方を模索する大いなる助けになろうと感じている。
 ポストゲノムと呼ばれる時代を迎え,人間はこれまでとはまったく異なる状況に置かれている。それにもかかわらず,一般には,まだその認識はほとんどないように思われる。遺伝のことは他人事としてしか受け取っていない人が多いのではなかろうか。しかしながら,遺伝医学においては,日々,新たな遺伝情報が得られ,病気に関与する遺伝子がつぎつぎと発見されている。また,それに応える先端医療技術の進歩も目覚ましく,カスタム・メイド医療の可能性も見えてきた。各人に合った薬の処方ということに端的に現れているように,この方向性はたしかに理想的である。しかしそれは,国民総背番号制にも比すような,遺伝子次元の個人情報の基礎資料を作りえる技術が生まれてきたということでもある。
 このような今日の状況は,一方では,将来の治療や予防に役立つという希望を与え,また,自らの運命を主体的に選び取っていく道が開かれつつあると言えるのであるが,他方,病気というものを人間がどのように受け取るかについて,しっかりと腰を据えて考えておかないと,早急に病気を取り除くことのみに目が奪われ,人間存在そのものは置き去りにされることにもなりかねないのである。しかも,分子遺伝学の誕生とその後の驚くべき進歩はここ数十年のことであり,医療実践や研究が先行し,十分な思索が積み重ねられた臨床哲学的な基盤はまだ無いに等しい。
 本書において取り上げられている「遺伝」が提示している問題は,個人が一人で抱えるには余りにも大きく重い。そこには根本的な倫理がかかわってくるからである。この時代に生きる者すべてが,人間の病いをめぐって,今,起こっている状況をともにし,今後の方向性を見出していくことが求められていると思う。
 心理臨床はこのクライエントの言葉をひたすら聴くことから始まる。心理臨床において「聴く」ということは,聴く者自身が全人格をかけて専門性を洗練させて聴くということである。そこから,クライエントの歩みをともにする心理臨床の第一歩が始まる。遺伝医療の心理臨床は,その課題の大きさに比べて,まだまだ未熟である。本書の出版がその第一歩となることを願う。
 末筆ではあるが,この場を借りて,その言葉を公にすることを許可して下さったクライエントの方々に厚く感謝申し上げたい。また,本書執筆者の医師や臨床心理士の多くが所属している日本遺伝カウンセリング学会古山順一前理事長からあたたかい序文をお寄せ頂いた。深謝したい。……(後略)

・「あとがき」
 本書の中では,随所で「聴く」ことの力が語られていた。心理臨床家にとって「聴く」ということは,「単に聞く」のではなく,「ただ聴く」ことである。時間と場所が確保され,「さあ,しっかり聞(聴)きましょう」という心構えさえあれば,こと足りるというものでは決してない。こころの感度をあげ,五感を駆使し,ただ,ひたすら,全身全霊を傾けて「聴く」。力動的な意味を多角的にとらえる複眼と,複眼を使いこなすための感性が求められる。いずれも,洗練された専門性に裏付けられ,同時に専門性によって磨かれたものでなければならない。「鍛えられた主観」とか「訓練された感受性」などと言われるゆえんである。
 声なき声はそこかしこにあり,無言の叫びはあちらからもこちらからも漏れてくる。聞き取れないつぶやき,読み取れない唇のふるえ……。語ることに対する戸惑い,迷い,ためらい……。語りのとどこおり,つまずき,逆戻り……。「今,ここ」での「わたしとあなた」との関係のなかでこそ起きている心の動きは,ときには多弁なクライエントの内界にある沈黙として,ときには寡黙なクライエントから感じられる雄弁さとして立ちあらわれる。
 語られたことの行間を読むのではなく,語られたことと語られなかったことの間にあるものを,場の力動とクライエント独特の時間の流れを斟酌しつつ,「わたしとあなた」との関係性の中に再統合していく。心理臨床家は,「個別性を重視すること」はもちろんだが,「個別の関係性を重視すること」をもって専門性・独自性の一つとしている。
 心理臨床家にとっての「ただ聴く」いとなみは,ものを尋ねるのでもなければ,何かを聞き出すのでもなく,もちろん問いただすわけでもない。心理面接のなかでの対話は,説明でも説得でも,ましてや説教でもない。問診でもなければ,事情聴取でもない。医療者側の枠組みにしたがって聞いているわけではないので,効率よい情報収集とは程遠い。しかし,結果的に心理臨床家はクライエントの様々な物語にふれることになる。たくさんのこと,とくにホンネやそれ近いと思われるような内容を多く話してもらえたことだけをもって心理面接の成功とすべきではない,ということを熟知した心理臨床家がかかわることによって起きる,パラドキシカルな展開がそこにはある。
 われわれ心理臨床家は,「よくぞ聞き出してくださった」と感謝されることがあるかと思うと,「どうやってそこまで聞き出すのですか?」と,秘訣を伝授してほしいとばかりに質問されることもある。心理臨床家との二者関係は,何を語ってもいいというだけでなく,何も語らなくてもいいからそこにいていいという安心と安全と安堵がある場でなければならない。安心と安全と安堵のメッセージを言語的に非言語的に伝えられているかどうか,語ること同様,語らないことにも意味があるという真実に対する謙虚な配慮を体現できているかどうかが,心理面接の維持の基盤である。何も語らなくてもいいからそこにいていいという安心と安全と安堵が与えられてはじめて,語るべき何かがあることに気づき,あるのかもしれないと感じられる。
 とは言え,こころという不可視ではあるが,たしかにそこにあると皆が感じているものを扱い,成果を可視的に呈示することもたやすくはないのが心理臨床である。心理臨床は,「単に聞く」こととしばしば誤解され,「鍛えられた主観」や「訓練された感受性」も,表層的なコツや,逆に神秘的な秘伝のようにとらえられることも多い。「受容」や「共感」などのキーワードとともに語られることもあるが,内的には,それらソフトな語感からは想像もつかないような,ある意味厳しいコミュニケーションが深化していくプロセスをみてとることができる場合も少なくない。
* * *
遺伝相談に訪れるクライエントは遺伝の問題を専門医に相談するために医療機関を受診しているのであり,必ずしも心理的な問題の解決や軽減を求めて来談しているのではない。したがって,遺伝相談における心理臨床は,治療構造が曖昧になる宿命にある。この治療構造の曖昧性を心理臨床の視座から焦点化し,クライエントと心理臨床家いう関係性のなかで曖昧性が治療的に機能しうるように,関係性それ自体を再構成することが求められている。
 そして,遺伝相談を(本文中にも述べた通り)単一の職種では完結し得ない一連の医療的支援のあり方ととらえるなら,多職種による,あるいは学際的なメンバーによるチーム医療が展開されるのは必然であり,そこでは,独立に仕事をするメンバー同士が単に連絡を取り合うのみならず,お互いの専門性を尊重しつつ協働することが求められる。お互いの専門性を尊重することは,自らの専門性を相対化することと表裏一体をなす。
 わたしたちは,自らの限界を知る困難な作業をこれからも続けていかなければならない。遺伝相談の分野は曖昧な治療構造という宿命のなかで,それを続けるためには,わたしたち自身の内部に構造(「よりどころ」と言うべきだろうか)がなければならない。心理臨床としては緒についたばかりの領域であり,書籍化は時期尚早という批判は当然あるだろうが,本書がよりどころを見つける一助になれば幸いである。
 わたしが,遺伝相談にかかわるようになったのは1996年。外来で仕事をするようになったのはその翌年である。以来,迷ったり,戸惑ったり,立ち止まったりしながら,なんとか続けてきた臨床である。現在は,決して多くはないが仲間も増えてきた。これからは,仲間たちとともに,迷ったり,戸惑ったり,立ち止まったりしていくことになるだろう。
 また本書には,遺伝相談にかかわる心理臨床家以外の立場からも,玉稿をお寄せいただいた。それぞれの立場を尊重し,「遺伝相談」「遺伝カウンセリング」,そして「臨床心理士」「心理士」「心理臨床家」という用語に関しても,あえて統一せず,基本的には各著者の意向にそうかたちにした。遺伝医療における心理臨床がさらに深みと広がりをもって発展していくためには,他領域,そして他職種との風通しのいい関係が不可欠である。……(後略)

◆金剛出版のホームページより
http://square.umin.ac.jp/~mtamai/kongoshuppan.htm

・正誤表
p.3  9行目 看護士 → 看護師
p.40  14行目 でもる佐治守夫 → でもある佐治守夫
p.124 10行目 週1〜4回 → (この部分を削除)
p.127 23行目 担当が伝える → 担当医が伝える
p.131 11行目 どのようなかかえかたができないという → どのようなかかえかたができるかという
p.244 4行目 クライエントと心理臨床家いう → クライエントと心理臨床家という
p.246 松本雅彦氏の所属 大阪市都島保健センター → 大阪府立大学看護学部



*作成:岩田 京子
UP:20101027  REV:
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