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『国家と犠牲』

高橋 哲哉 20050830 日本放送出版協会,238p.

last update:20110621

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■高橋 哲哉 20050830 『国家と犠牲』,日本放送出版協会,238p. ISBN-10:4140910364 ISBN-13:978-4140910368 \966 [amazon][kinokuniya] ※ h06 9807oe 7307ts 0006iy mw 0504tt2 s03

■内容

内容(「BOOK」データベースより)
戦没者を「尊い犠牲」として顕彰することで、悲惨な実態を覆い隠し、国民を新たな戦争に向けて鼓舞する。これこそが、国家の本質に関わる重要な課題ではないか。近代西欧の思想書・歴史書から自衛隊のイラク派兵問題、そして靖国問題まで、様々な言説に共通する国民動員の巧妙なレトリックを分析し、“犠牲=サクリファイスの論理”を乗り越える方途をさぐる。この国の現状を批判的に検証する試みであると同時に、犀利な思考に基づいた、野心的な国家論でもある。

内容(「MARC」データベースより)
近代西欧の思想書から靖国問題まで、戦死者を「尊い犠牲」とする巧妙な論理を分析し、国家と戦争のカラクリを明かす野心作。国民動員の巧妙なレトリックを分析し「犠牲=サクリファイスの論理」を乗り越える方途をさぐる。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
高橋 哲哉
1956年福島県生まれ。東京大学教養学部教養学科フランス科卒。同大学大学院哲学専攻博士課程単位取得。専攻は哲学。東京大学大学院総合文化研究科教授(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

■目次

はじめに

T 「犠牲」の論理とレトリック
 第一章 靖国と「ホロコースト」――何のための「尊い犠牲」か
  「尊い犠牲」というレトリック
  戦死を正当化する効果
  「犠牲」という語の起源
  イサク奉献の物語
  復活したホロコースト
  靖国参拝から実験動物慰霊式まで
 第二章 「英霊」顕彰の過去・現在・未来
  大阪・台湾訴訟の背景
  植民地獲得戦争の記録
  「台湾理蕃」と「尊い犠牲」
  「靖国の論理」は回帰する
  イラク派兵を正当化する「論理」
  「国民精神」の意味
  自衛隊員の死者はどう顕彰されるか
 第三章 ヒロシマ・ナガサキと「尊い犠牲」――抹消される責任への問い
  国から顕彰される原爆死没者
  原爆死没者も「尊い犠牲」?
  浦上の聖者
  「原爆=神の摂理」説
  「燔祭」というメタファーの効果
  アメリカの戦争犯罪が抹消される
  「聖断」神話への貢献
  昭和天皇の戦争責任をめぐる問い
 第四章 「戦死者の大祭典を!」――国民動員のレトリック
  『時事新報』論説の意義
  「戦死者にこそ注目を!」
  哀しみから喜びへ――聖別のプロセス
  現実化した「大祭典」
  「靖国の論理」の舞台裏
  戦時中のみならず現代においても

U 国民・犠牲・宗教――「祖国のために死ぬこと」の歴史
 第五章 犠牲に結ばれた「国民」―フィヒテとルナン
  「国民の論理」としての犠牲の論理
  敗戦国民に向けた二つの講演
  「日々の人民投票」か「言語」か――対象的な国民定義
  「自己犠牲の精神」としての祖国愛
  「国民」概念の誤解
  哀悼は義務を課す
  共通要素としての「犠牲の論理」
 第六章 哀悼と忘却の共同体
  なぜ「忘却」が重要なのか
  悔悟するゆえのnation
  『敗戦後論』の主張
  国民の側からの「哀悼の論理」
  哀悼共同体が排除するもの
 第七章 神話化される戦争体験――近代ヨーロッパの「英霊」顕彰
  第一次世界大戦後の英霊顕彰
  哀悼と自尊心の混在
  「靖国の論理」との共通性
  戦争体験の神話化と汎庸化
  神話化はいつ始まったのか
 第八章 〈真の犠牲〉から〈堕落した犠牲〉へ――カントロヴィッチの場合
  ユダヤ人のドイツ・ナショナリスト
  英霊顕彰と殉教の関係
  「尊い犠牲」の淵源
  中世における変化
  「祖国」に代わるもの――封建制度とキリスト教
  世俗国家が宗教的価値を帯びる背景
  神秘体としての国家
  自己犠牲の堕落
 第九章 英霊の血とキリストの血――「殉国即殉教」という論理
  仏教徒による「靖国の論理」
  「尊い血」の意義
  媒介としての「血の論理」
  殉国即殉教
  「国家教」の普遍性

V 「犠牲の論理」は超えられるか
 第十章 「正戦」と犠牲――ウォルツァーの場合
  聖戦論が注目された背景
  「戦争の正義」と「戦争における正義」
  自衛戦争は犠牲を正当化する
  常備軍とは何か
  一割の犠牲を正当化する論理
 第十一章 抵抗と顕彰――韓国の英霊
  侵略と抵抗に共通する論理
  ベトナム民間人虐殺問題
  忠烈台と靖国橋――記念の政治学
  「五月の英霊」――光州事件の記憶
 第十二章 デリダと「絶対的犠牲」
  犠牲なき国家と社会はありうるか
  人は絶対的犠牲から逃れられない
  戦争――犠牲のパラドクスの極大化
  犠牲の廃棄への欲望

引用・参考文献
あとがき

■引用

■書評・紹介

■言及



*作成:樋口 也寸志
UP:20110621 REV:
ホロコースト holocaust ◇『<日本人>の境界――沖縄・アイヌ・台湾・挑戦 植民地支配から復帰運動まで』 ◇『日本医療の原罪――人体実験と戦争責任』 ◇『記憶と忘却の政治学――同化政策・戦争責任・集合的記憶』 ◇戦争と医学/731部隊・文献 ◇『戦後責任論』 ◇国家/国境身体×世界:関連書籍 2005-2009  ◇BOOK
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