世界で一番寿命の短い国々が南部アフリカに集中している。ジンバブエ34歳、スワジランド35歳、ボツワナ36歳・・・。目を疑うような数字の背景にHIV/AIDS問題がある。これらの国々では成人(15〜49歳)のHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染率は35%を超えており、毎年多数の人々がエイズ(後天性疫不全症候群)に起因する病気で亡くなっている。
第1章で詳しく述べるように、サハラ砂漠以南アフリカ諸国には、エイズのために両親が動けなくなったり、亡くなったりしたために学ぶ場から離れなければならない、毎日の食事にもことかく子どもたちが1000万人以上いると見積もられている。
数種類の抗レトロウイルス薬(ARV)を組み合わせた治療法が開発された1996年以降、先進国では、エイズによる死亡が激減した。しかし、多数のHIV感染者/エイズ患者がいるアフリカ諸国でARV治療が広く実施されてこなかったために、これまで、エイズによって毎年200万人を超える人々が亡くなり続けてきた。
先進国のHIV/AIDSと共に生きる人々(PLWHA: People Living With HIV/AIDS)と途上国のPLWHAの生死を分けたのは、一人当たり年間一万ドルを超えるARVの価格であった。21世紀に入るまで、多くが国民一人当たり所得500ドル(約5万円)に満たない貧しい国々であるサハラ砂漠以南アフリカ諸国においては、ARV治療はごくごく限られた人々のみに実現可能な「夢」だったのだ。
今、そうした貧しい国々でもARV治療が開始され、急速に広がりつつある。アフリカ諸国でARV治療をうけることができた人は、2002年には4万人だったが、2004年には32万5000人に急増した。アフリカ日本協議会(AJF)メンバーが2001年秋、ケニアのPLWHAグループ・KENWA(Kenya Network of Women With AIDS)を初めて訪問した時には、KENWAにはARV治療を受けているメンバーはいなかった。つい先日届いた連絡によると、世界エイズ・結核・マラリア対策基金の支援を受けて500人がARV治療を受けているとのことである。大多数が貧しいシングル・マザーであるKENWAのメンバーも、ほんの5年前までは「夢」でしかなかったARV治療にアクセスし、元気で活動しているのである。
「夢」を現実にしたものは、何だったのか? なぜ、21世紀に入ってからのごく短い期間で貧しい国々でもARV治療が実施されるようになったのか?この資料集が、歴史的な変化を呼び起こしたPLWHA当事者運動への注目、そしてさらに多くの人々を対象としたエイズ治療実現のためにクリアしなくてはならない知的財産権、国際的な資金メカニズムなどの課題への関心につながればと願っている。