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『嗤う日本の「ナショナリズム」』

北田 暁大 20050225 日本放送出版協会,269p.

last update:20111120

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北田 暁大 20050225 『嗤う日本の「ナショナリズム」』,日本放送出版協会,269p. ISBN-10:4140910240 ISBN-13:978-4140910245 \1071 [amazon][kinokuniya] ※ wm06 rr01 s03 c08 s

■内容

内容(「BOOK」データベースより)
若者たちはなぜ右傾化するのか。皮肉屋の彼らはなぜ純愛にハマるのか。70年代初頭にまで遡り、アイロニカルな感性の変容の過程を追いながら、奇妙な「ナショナリズム」の正体をさぐる。あさま山荘事件から、窪塚洋介、2ちゃんねるまで。多様な現象・言説の分析を通し、「皮肉な共同体」とベタな愛国心が結託する機制を鋭く読み解く。気鋭の論客、渾身の書き下ろし。

内容(「MARC」データベースより)
若者たちはなぜ右傾化するのか。皮肉屋の彼らはなぜ純愛にハマるのか。あさま山荘事件から、窪塚洋介、2ちゃんねるまで。多様な現象・言説の分析を通し、「皮肉な共同体」とベタな愛国心が結託する機制を鋭く読み解く。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
北田 暁大
1971年神奈川県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程退学後、東京大学助手、筑波大講師などを経て、東京大学大学院情報学環助教授。博士(社会情報学)。専攻は理論社会学、メディア史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

■目次

序章 『電車男』と憂国の徒――「2ちゃんねる化する社会」「クボヅカ化する日常」
 アイロニーのコミュニケーション空間
 感動と皮肉の共同体
 『GO』から『凶気の桜』へ
 二つのアンチノミー
 本書の課題

第一章 ゾンビたちの連合赤軍――総括と「六〇年代的なるもの」
 1 「総括」とは何だったのか
  集団リンチと敗北死
  暴走する反省システム
 2 方法としての反省
  反省と近代
  自己否定の論理
  立ち位置をめぐる左翼のジレンマ
  高橋和巳の自己否定論
 3 反省の極限へ――ゾンビとしての兵士たち
  「自己批判」と「総括」のあいだ
  自己否定の極限にゾンビが生まれる
  共産主義化とは何か@――「自己否定」の思想化
  人は形式主義に従属する
  共産主義化とは何かA――死とゾンビ的身体
 4 「六〇年代的なるもの」の終焉
  自己否定の「脱構築」としてのウーマン・リブ
  女性解放運動の二つの道

第二章 コピーライターの思想とメタ広告――消費社会的アイロニズム
 1 抵抗としての無反省――糸井重里の立ち位置
  「総括」のあとに
  糸井重里の屈曲
  「ウンドー力」と「コピーライター」のあいだで
  「言葉の自律性」と「パロディ」
 2 「メディア論」の萌芽――伝達様式への拘泥
  赤軍と『あしたのジョー』
  マンガ論争と「左翼」的感性
  メディア論とマス・コミュニケーション論の代理戦争
  ピンク・レディーをめぐって
  記号論的感性――津村と糸井の共通認識
 3 消費社会的アイロニズムの展開――メタ広告の隆盛
  「ヘンタイよいこ新聞」の言語空間
  アイロニカルな共同体の誕生
  西武‐PARCOの戦略
  メタ広告の背景
  アイロニーの倫理と資本主義の精神
  多元主義の左翼的肯定――アイロニズムの定義
 4 新人類化とオタク化――消費社会的アイロニズムの転態
  パロディとしての類型化
  さらなる共同体主義

第三章 パロディの終焉と純粋テレビ――消費社会的シニシズム
 1 抵抗としての無反省――田中康夫のパフォーマンス
  糸井重里と田中康夫の差
  津村喬の『なんクリ』評価
  NOTESはどのように捉えられたか
  NOTESの戦略
  抵抗の対象そのものをやりすごす
  『なんクリ』のポジション
 2 無反省という反省――川崎徹と八〇年代
  アイロニズムからシニシズムへ
  ユーモアから(ア)イロニーへ
  『ビックリハウス』終焉の意味
  『元気が出るテレビ』のメディア史的意義
  純粋テレビに外部は存在しない
  つねにアイロニカルであれ!
 3 消費社会のゾンビたち――「抵抗としての無反省」からの離床
  ベタの回帰としての『サラダ記念日』
  アメリカ的「動物」と日本的「スノップ」
  二種類のゾンビの違い
  島田晴彦の逡巡

第四章 ポスト八〇年代のゾンビたち――ロマン主義的シニシズム
 1 シニシズムの変容とナンシー関
  ナンシーのためらい
  純粋テレビの弛緩
  感動の全体主義
  受け手=視聴者共同体への批判
  純粋テレビ批判という困難に挑む
  八〇年代とポスト八〇年代のあいだで
  反時代的思想家としてのナンシー
 2 繋がりの社会性――2ちゃんねるにみるシニシズムとロマン主義
  ギョーカイ批判と戦後民主主義批判が結びつく
  純粋テレビと2ちゃんねるの共通性
  「巨大な内輪空間」の誕生
  テレビと馴れ合いつつ、テレビを嗤う感性
  内輪指向とアイロニズムの幸福な結婚
  コミュニケーションの構造変容
  アイロニズムの極北でロマン主義が登場する
  小林よしのりの軌跡――市民主義批判
  形式主義者たちのロマン主義
 3 シニシストの実存主義
  「思想なき思想」の再現前
  レフェリーなきアイロニー・ゲーム
  世界の中心で「自分萌え」を叫ぶ
  人間になりたいゾンビたち
  ナンシーのアンビバレッジ

終章 スノッブの帝国――総括と補遺
 議論の「総括」
 スノップの帝国・日本?
 純化するスノビズム
 「あえて」の倫理
 ローティ的アイロニズムの背景にあるもの
 共同幻想への信頼を調達せよ

注釈
あとがき

■引用

■書評・紹介

■言及



*作成:樋口 也寸志
UP:20111120 REV:
Weber, Max ◇Rorty, Richard ◇国家/国境 ◇共同体主義 communitarianism ◇社会学 sociology  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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