生命倫理より派生した分野として、脳(神経)倫理(Neuroethics)がいま世界の注目を集めている。記憶力を高めたり、「賢い」脳をつくること、あるいは他人の脳の中を覗くことなど、脳科学の進歩がもたらすであろう新しい倫理・道徳の問題を考えようとするもの。2003年に命名された用語で、本書は世界で最初のこの分野の本である。著者は、スペリーと並んで左脳・右脳の研究で有名な神経科学者、ガザニガで、彼自身2001年より「大統領生命倫理評議会」にこの分野の研究者として初めて参加することで、この本は誕生した。
すぐに「どちらかに軍配が上がる」といったものではなく、ガザニガも悩みつつ率直に意見を述べ読者に判断をゆだねている点が、ホットなテーマたるところ。各章の最後に必ず「今後の展望」が述べられており、脳科学が将来なにを可能にしようとしていて、そこでどのような倫理・道徳と直面するかまとめられているところが、特に読みごたえがある。
ある意味では、このテーマはかつてはSFのテーマだったのだが、それが現実の問題となってきたということ。哲学・心理、倫理・法学などの人に読んでほしい。
「『ニューヨークタイムズ』紙のコラムニスト、ウィリアム・サファイアが「脳(神経)倫理学 (Neuroethics)」という新語を作り、「人間の脳を治療することや、脳を強化することの是非を論じる哲学の一分野」と定義した。この意味で考えるなら、脳神経倫理学は生命倫理学から枝分かれしたものと言える。」(p. 15)
「私は脳神経倫理学をこう定義したい――病気、正常、死、生活習慣、生活哲学といった、人々の健康や幸福にかかわる問題を、土台となる脳メカニズムについての知識に基づいて考察する分野である、と。」(pp. 15-16)
「どんな薬物にも欠点はつきものだ。みんなそれを知っているのに、なぜか薬で精神を変化させる話となると、それが人間の状態にとってどんな意味を持つのかという大きな倫理問題が持ち上がる。ただたんに記憶力を高めるだけでも、世間からは不安を訴える大きな声が聞こえる。知能を操作する薬に対しては、なおさら風当たりが強い。薬で認知能力を変化させることに、なぜこのような抵抗を覚えるのだろうか。」(pp. 111‐112)*作成:松枝亜希子 植村 要