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『子どもが減って何が悪いか!』

赤川 学 200412 ちくま新書,217p.


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赤川 学 200412 ,ちくま新書,217p. ISBN: 4480062114 735 [kinokuniya][amazon] ※ b p02

■内容
(「BOOK」データベースより)
少子化が進んでいる。このままでは日本が危ない。そう危ぶむ声もある。これに対し、仕事と子育ての両立支援などを行い、男女共同参画社会を実現させれば少 子化は止まる、と主張する人たちがいる。本書は、こうした主張には根拠がないことを、実証的なデータを用いて示してゆく。都市化が進む現代にあって少子化 は止めようがなく、これを前提とした公平で自由な社会を目指すべきだと主張する本書は、小子化がもたらす問題を考える上で示唆に富む一冊である。

■著者略歴
(「BOOK著者紹介情報」より)
赤川 学
1967年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科社会学専攻博士課程修了。博士(社会学)。現在、信州大学人文学部助教授。近代日本のセクシュアリ ティーの歴史社会学、ジェンダー論などを研究(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

■目次
序章 世に溢れるトンデモ少子化言説
第1章 男女共同参画は少子化を防げるか
第2章 子どもを増減させる社会的要因は何か
第3章 夫の家事分担は子どもを増やせるか
第4章 男女共同参画は少子化対策ではない
第5章 少子化の何が問題なのか
第6章 少子化はなぜ止まらないのか
第7章 子育て支援はいかにして正当化さ
第8章 子どもが減って何が悪いか

◆ 赤川『子どもが減って何が悪いか!』(追加)(文責: 安部彰)

 本書の問題意識は標題――「子どもが減って何が悪いか」――に尽きている。すなわち、「少子化の弊害に対して子どもを増やすことで対応するのではなく、 少 子化と人口減少をすでにある事実・与件・前提としたうえで、選択の自由と負担の分配に配慮した制度を設計していくこと」(赤川 2004: 25)――本書が訴えるのはこのことである。むろん、それには理由がある。それは、「男女共同社会が実現すれば、少子化は防げる」「女性の労働力率が高い ところ〔国や地域〕では出生率も高い」といった(「トンデモ」))言説が近年人口に膾炙し、主要な少子化対策として政策言説化しつつあることである。しか し、こうした言説を支えるデータ―/統計解釈は、リサーチ・リテラシーの観点から吟味したとき問題がある。それがいかに問題なのかについての分析/詳細は 本書に譲る。以下、本書の論理の骨子にのみ焦点をあてる。
 本書の主張を要すれば、次のようになる。男女共同参画と少子化の問題はそもそも相互に関連のない別の問題である。そうであるのに現状では、そこには因果 関 係があるかのように認知され、男女共同参画の実現が少子化の歯止めとなると語られているのが問題なのである。ゆえにまた、少子化の歯止めとならないならば 男女共同参画や子育て支援には意味がないとされる、議論の横滑りが問題なのである、と。その主張を分節化すれば、かくしてこうなる。@少子化が問題である のは事実である。Aだが男女共同参画の実現は少子化対策として何の実効性ももたない。Bもたないがゆえに少子化には別に何らかの対処が必要である。Cまた 実効性をもたないからといって、男女共同参画が実現されなくてもよいとはならない。それはまた別の理由から必要である。
 少子化が社会問題であるということは、一定の留保付ではあるが、本書も認める(@)。少子化のデメリットは大きく三点ある。第一に、人口減少と若年労働 力の減少により、日本の経済社会の活気が失われ、衰退する。第二に、若年労働力の減少は、新たな労働力の不足という問題を深刻化させかねない。第三に、少 子高齢化が進展すると、現行の年金や医療保険・介護保険などの社会保障費が増大する。以上は、実質的には、A)経済の低成長とB)現行制度の不安定化の二 点にまとめることができる(赤川 2004: 119-132)。まず人口減少社会で総生産量を高めることはむずかしい。また、このようなデメリットにたいし、少子化のメリットを対置させることで相殺 しようとする議論があるが、それもあまりうまくない。そうではなく、「少子化のデメリットを認めた上で、どのような対応が望ましいかを論じること」(赤川 2004: 125)がむしろ重要である。たしかに、男女共同参画の実現が「望ましい」対応として提言されるのも、この同じ認識に立ってのことであろう。しかし本書 1〜3章での分析が明らかにするように、それは役に立たない(A)。
 それでは、我々はどうすればよいのか。「少子化のデメリットを子ども数や若年労働力を増やすことで解消するのではなく、少子化傾向を前提とした上で、人 口 構成の変動に対応した社会を作るべきである」(赤川 2004: 125)。このように本書は、少子化は仕方がないことだとする。そもそもまず、産む/産まないは個人の自由に委ねられるべき問題である。国家がとやかくい うことではない。また、少子化の原因は、世帯あたりの子ども数が減少したことにではなく、そもそも子どもをもとうとしない夫婦やカップルが増えたことにあ る。そしてかれらが結婚せず、子どもをもたないのは、少子化対策がもたらした逆機能であるとみることもできる。「お得感効果を増すような少子化対策を行え ば行うほど、生みたくなくなる」、すなわち「結婚支援や子育て支援が、これから結婚や子育てをしようとする人たちの、結婚や子育てに対する期待水準を不可 逆的に高めてしまい、かえってそれから遠のかせるというメカニズム」が作動している可能性がある。しかも「いったん上昇した期待水準は、ちょっとやそっと のことでは下がらない」から厄介だ(赤川 2004: 145)。さらにいえば、そもそも子育て支援は、現に子をもち育てているがその養育に不都合を感じている人々のためにこそむしろ必要なのであり、なされる べきである。
 それでは、少子化の進行は仕方のないことだとして、B)現行制度の不安定化にどう対すればよいのか(B)。言い換えれば、「少子高齢化がもたらすデメ リッ トを、誰が、どのような形で引き受けるか」(赤川 2004: 132)。これにたいしては、「あらゆる制度を、選択の自由に対して中立的に設計していく必要がある」。そのうえで生じる負担にたいしては、「社会全体で 公平に共有することを考えたらよい」(赤川 2004: 136-137)。たとえば子育て支援への公的負担にかんしては、「すべての子どもが健康で文化的な生活を営む権利を保障するという人権の観点から」 「「子ども」と定義されるすべての人に、親の所得やライフスタイルとは独立に、等価な支援がなされるべきである」(赤川 2004: 182)。またその支援のしかたにかんしては、選択の自由の保障という観点から、「完全に現金(貨幣)で給付する可能性を考えてみてもよいかもしれない」 (赤川 2004: 183-184)。
 それでは男女共同参画の実現はどうなるのか。それは少子化の問題とは関係なく、必要である(C)。ジェンダーフリーの観点から、すなわち「性からの自 由」と「性の自由」がともに実現される社会へこの社会がなるために必要である。そしてこの観点に立ったときにも、現在の少子化対策は問題であるといわねば ならない。それは、「産む自由」のみ、仕事と家庭の「両立ライフ」のみを支援する、すなわちある特定の生き方/生のモデルを推奨しているからである。その ような偏った思想と、それにもとづいた制度設計は、むしろ男女共同参画の理念に反しているといわなければならない。


UP:20070507 REV:20070717
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