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『住まいと家族をめぐる物語――男の家、女の家、性別のない部屋』

西川 祐子 20041020 集英社,222p.


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■西川 祐子 20041020 『住まいと家族をめぐる物語――男の家、女の家、性別のない部屋』,集英社,222p. ISBN-10: 4087202631 ISBN-13: 978-4087202632 \735 [amazon][kinokuniya]

■内容(「BOOK」データベースより)
家父長が家のすべてをとりしきった「男の家」があった。昼間は不在の男たちに替わって主婦が管理する「女の家」があった。そして、家族それぞれが自分だけの「部屋」を作り、個別の生活を営みはじめた。男の家や女の家があり、やがて性別の希薄な住まいが生まれ、ワンルームの時代へと移りかわる。高齢者や子どもの居場所はどこにあるのか?本書は身近な住まいと街に刻まれている日本近・現代一四〇年の歴史を緻密に読み解きながら、これらの疑問に対して、けっして悲観的ではないアプローチを試みる。

■出版社/著者からの内容紹介
家族の形と住まい空間はどう変わってきたか。
近代日本の家族のあり方と住まい空間の成立と変遷を、いろり端・茶の間・リビングルームに注目して、ジェンダー研究の視点から捉え、戸籍上の家と実際に生活を営む家庭の二重構造を読み解く。

■著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
◆西川 祐子
1937年東京生まれ、京都育ち。京都大学大学院文学研究科博士課程修了、パリ大学で博士号取得。京都文教大学人間学部教授。専攻はジェンダー論および日本とフランスの近・現代文学。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

■目次

第一章 家族と住まいの移り変わり
第二章 複数のアドレス、そしてメールアドレス
第三章 「いろり端のある家」は「男の家」
第四章 長屋には長屋の歴史がある
第五章 旧二重構造の成立――「いろり端のある家」と「茶の間のある家」の二重構造――
第六章 戦争と住宅
第七章 敗戦と住宅
第八章 占領期マンガの女主人公たちのお家―ベビサン、ブロンディ、そしてサザエさん
第九章 公団住宅は「女の家」のはじまり
第一〇章 2DK・団地からニュータウンへ
第一一章 新二重構造の成立
第一二章 ここからは「性別のない部屋」?
第一三章 まとめのマトリックス
第一四章 住むことは生きること
おわりに 教室を開く

主な引用・参考文献と映像資料


■引用
「サラリーマン男性が家族の住まいにたいして疎外感をいだく一方で、専業主婦となった女性には、 社会からの疎外感と住まいに閉じ込められる閉塞感があった。刺繍の針目、織物や編物の糸目から たちのぼるのは、家庭を持った女の所有意識や幸福感だけではない、もっと過剰なものであったか らこそ男たちの嫌悪感や反感をそそったのではなかろうか。女たちが閉塞感を、男たちが疎外感を いだくとしたら、家庭という空間は誰のための空間なのだろう?」(p.15)

「露伴には「家屋」(一八九七年)と題する住宅論があって、そこで彼が主張したのは職住分離、住む ための住宅であった。当時としては画期的提案であり、先駆的な近代住宅論であった。家族と使用人 が共に家業に従事し、オタナ(店)とオク(奥)が一つ屋根の下にあった住居形態からの脱却のすすめに 他ならない。」(p.15)

「しかし、幸田露伴のすすめた職住分離の考えを推し進めるなら、当然のことにやがて「男は会社、女は 家庭」の空間分離にまでいたる。あげくに男性には家庭からの疎外感、女性には社会<016<からの疎外感と家庭 という檻に入れられた閉塞感が生じるのは当然のことであろう。」(pp.15-16)

「一九八〇年代はとくに、内需拡大目的から、政府が持ち家政策を強くうちだした時期であった。サラリー マンが生涯賃金をつぎこんで建てる住宅と土地の値段は高騰し、新しい住宅地は都心から遠くなる一方であった。 家族扶養賃金を稼ぐ人たちの残業時間も延びていった。施主である男性には建築事務所を訪れて打ち合わせを する時間がなかった。最初から妻にまかせて建てた家である。その上、家には寝に帰るだけ。週末の滞在さえ おぼつかないとなれば、住まい空間の全体は妻の管轄となるよりしかたないではないか。」(p.16)

「先の図式から、近代家族の日本型バージョンの特徴を抜き出すと次のようになるであろう。
(1)家族モデルにも住まいモデルにも、政策によるモデル形成お、学校教育と新聞・雑誌を通じて行われた 社会教育によるモデルが実態に先行する傾向があった。
(2)だが、国民はモデルチェンジがあるたびに強制を自発的に受けとめ、しばしばモデルを超える現実を構築した。 モデル伝播の急速度と徹底度が日本型にいちじるしい特徴である。日本型モデルは官民合作と言わざるをえない。
(3)日本型近代家族モデルと住まいモデルは二重構造を繰りかえすことにより、微調整を行い、葛藤の処理は 家族と個人のあいだにまかせた。
(4)日本型近代家族のキーワードは「家庭」である。
(5)「家庭」家族モデルは一九二〇年前後に成立し、その変貌は現実がモデルに追いついた一九七五年前後に 始まる。その間を日本型近代家族が定着してゆく時代と規定することができるのではないか。」(p.23)

◆戦後住宅理論
「ところが同じ年の『建築雑誌』に西山卯三は「住宅の質について」と題した論文を寄せている。西山は住居に 要求されるのは休養であり、休養の質は労働の質によって異なると述べる。高度の労働には高度の休養が要求され、 そして休養の中心は就寝である、と述べている。つまり、労働力の再生産を行うための睡眠の重視であって、のちに 「寝食分離」と「分離就寝」のモ<097<ットーにより広く浸透してゆく西山卯三の戦後住宅理論は、戦争中の国民住居論に おいて、すでに準備されていたのであった。」(pp.96-97)

「西山卯三によって分離就寝が強調された理由は、総力戦のためにフル回転することを余儀なくされた工場が多交代制を とっており、工員には夜勤が課せられていたからであった。」(p.98)

「西山卯三のこの本(『これからのすまい――住様式の話』(一九四七))は、日本住宅史でもある。彼は近世から敗戦まで 続く日本の住宅のコンセプトを「封建的住宅」と規定した。「住宅は家長的な封建的なイエの営みを入れる器であって、 それは家を代表し家を支配した家長の統べる空間であり、家族は家長の営む家生活に奉仕するために、その家の中で寝起き していたに過ぎない」とある。夏の生活本位であることも手伝って「此の家長の支配する家を、家長に従属する『一室住宅』に してしまった」ことを問題視している。」(p.113)

「西山と浜口に共通する戦後住宅理論のキーワードは「封建性批判」であり、接客本位の封建的住宅にたいして住人の私的 生活を重視した「機能性」を言うところも共通している。浜口は封建性を表すものとして床の間と玄関の廃止を大胆に提唱した。 さらに食事を作るのは召使、食べるのは主人であったから茶の間と台所が分離し、台所が一段下の空間とみなされてきたのだ、 と指摘し、両空間の融合を外国の Living-Kitchen を例にとって積極的に提案したのであった。」(p.116)

「一九七五年には勤労者の持ち家取得促進のため、勤労者財産形成促進法が改正され、持ち家融資が積極的に推し進められた。 住宅は、憲法が保証する国民が健康にして文化的な生活をするための空間ではなくて、財産形成の手段とされるようになっている。 使用価値としての住まいではなく、財産つまり交換価値としての住宅という意味づけの変化があったのである。」(p.156)

「夫は会社と家庭の中間に自分だけの空間と時間が欲しいと願い、妻は家庭の外に自分だけの生き甲斐が欲しいと思う。子どもは? 子どもは昼間は学校に、夜は塾に通わなければならない。NHKが持続的に実施している国民の生活時間調査によれば、持ち家の 時代になるにつれて、住人の住まい滞在時間が短縮される傾向がみられる。なんという矛盾。今の住宅にほんとうに住むのは、 高齢者だけであるのかもしれない。ところが入居開始後三〇年、四〇年になった今になってみると、公団住宅もニュータウンも 高齢者のための配慮がほとんどない空間設計なのであった。」(p.158)


作成者:山本 晋輔
UP:20090705
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