『障害のある子の保育・教育――特別支援教育でなくインクルーシブ教育へ』
堀 智晴 20041013 明石書店,480p.
last update:20140214
■堀 智晴 20041013 『障害のある子の保育・教育――特別支援教育でなくインクルーシブ教育へ』,明石書店,480p. ISBN-10:4750319899 ISBN-13:978-4750319896 3000+ [amazon]/[kinokuniya] ※ e19
■内容
(「MARC」データベースより)
「障害のある子の保育・教育についての実践研究」をテーマにして書かれた論文を一冊にまとめる。「障害のある子の保育実践研究」等、6章で構成する。実践に始まり実践に還るという原則のもと綴られる研究の歩み。
(紀伊国屋HP 出版社内容情報より)
「障害がある」とはどういうことか? インクルージョンの視点から「障害」の本質を問い直し、排除・分離教育からの転換を迫る。
■著者略歴
(「BOOK著者紹介情報」より)
堀 智晴
1947年三重県四日市市に生まれる。大阪市立大学教員(生活科学研究科)。専門分野はインクルーシヴ教育(障害のある子の保育・教育)、障害者福祉、人権保育・教育。橿原市在住(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
■目次
はじめに
1章 障害のある子の保育実践研究
1 ダウン症児の就学前教育に関する一研究
2 障害児統合保育実践の分析――障害児の意思表示行動の検討
2章 「障害のある子の教育」を考える
1 「障害児」教育についての一考察
2 健常児の障害者理解を深める授業に関する一研究
3 奪還としての学びと生き方――障害児の教育から解放教育を考える
3章 「特殊教育」「特別支援教育」を考える
1 養護学校とは何か
2 特殊教育が「社会参加」と「自立」の「支援」を阻んできたのに
3 ノーマライゼーションに反する「特別支援教育」
4章 「インクルージョンをめざす教育」へ
1 インクルーシヴ教育へ挑戦――障害児教育の脱構築
2 キーワードは〈共に考える面白さ〉――インクルージョンをめざす教育
3 子どもの中に自立への芽を見る――障害児保育・教育の研究を通して
5章 障害のある子の親の生き方に学ぶ
1 人間観と人生観を問い直す――「障害児」の親の生き方に学ぶ
2 「人間が人間を育てる」意味を考える
3 子どもの発達と地域社会――障害児と地域社会
6章 障害とは何か、自立とは何か
1 「障害児」の生活と教育――目の前にいる子どもの教育
2 ケアと子どもの意思
3 「自立」と「依存」の関係を考える
初出一覧
あとがき
■引用
(紀伊国屋HP 出版社内容情報から転載)
はじめに
本書はこれまでに私が書いてきたものを選んで一冊の本にしたものです。私の研究の歩みが分かっていただけるかと思います。自分が書いてきたものを読んでいくと、まだまだ、不十分、不徹底だなと感じます。はずかしいとも思います。しかし、私はこのように自分のペースで現場の実践から学んできたんだなと改めて思います。
私の大学での研究テーマは、「障害のある子の保育・教育についての実践研究」でした。しかし、私自身は、障害のある子の教育と障害のない子の教育は基本的には何ら変わらないと考えます。障害のあるなしにかかわらず、子どもを一人の子どもとして尊重すること、また、どの子も民主主義社会をになう一人の主体として育ってほしいと考えること、さらに、教育の場では子ども同士の育ち合い学び合いを大切にしたい、と考えること、このように考えるようになってきました。障害のある子どもの教育を考えることは同時に障害のない子どもの教育を考えることになります。
このような私の考え方は、現場での実践を拝見し実践者との共同研究をする中で少しずつ明確になり変化してきました。それは変化させられてきたと言った方がいいかと思います。私は、自分の障害しかし、それ以上に、目の前の実践に接すると、目の当たりに展開する実践の内容は簡単にことばだけでは表現できないのです。実践の内実はもっと豊かで、問題がいっぱい詰まっているということを感じてしまうのです。
子どもは一人ひとり異なる存在です。その子なりの世界を持って生きています。目の前で展開する実践の流れの持つ意味は多様であり多義的です。実践はまさに生きものです。偶然を契機に急展開し、あっという間に消滅していきます。そのような実践の場に立ち会うということは、一つのドラマを拝見するのと同じだと思っています。これが実践研究の醍醐味なのですが、私はそれに嵌ってしまって、なかなかそれを捉えることができないのでした。
いつも現場の実践は私の研究にとって刺激的で挑発的です。
そのような実践の場で出会った障害のある子どもたちやその親、家族からはことばでは言い表すことのできない貴重なことを多く学びました。もちろん障害のない子どもとその親からもですが。
日々の実践をコツコツと地道に創り出している実践者との出会いは、時代と社会がきびしい中で、これからどうしていけばいいのかを考える上での私の支えでした。現場では、まさに「に関する一研究」は、小学校での授業研究です。3の「奪還としての学びと生き方――障害児の教育から解放教育を考える」は、障害児・者と接していると、彼らの方が自立と共生への思いが健常児・者以上に強くその思いが切々と伝わってくるのを感じていたので、それを動機にまとめたものです。
3章の1の「養護学校とは何か」は、知的障害養護学校の教師とそこに学ぶ子どもの親とに応えてもらったアンケートの分析をもとに書いたものです。養護学校の在り方について私なりの問題意識が表れています。2の「特殊教育が『社会参加』と『自立』を阻んできたのに」と3の「ノーマライゼーションに反する『特別支援教育』」とは、改革が進行中の「特別支援教育」への疑問と批判を書きました。
4章の1の「インクルーシヴ教育へ挑戦――障害児教育の脱構築」と2の「キーワードは〈共に考える面白さ〉――インクルージョンをめざす教育」とは、インクルーシヴ教育への私なりの理解と期待を書きました。3の「子どもの中に自立への芽を見る――障害児保育・教育の研究を通して」は、障害児の問題は決して障害児だけの問題というより、現代の子どもたちの問題でもあるという問題意識で書きました。 現代学生の自立観と障害者の自立観をもとに、社会的自立について考えたものです。
本書を、これからも現場の実践に学びながら、自分なりに進んでいく上での一里塚にしたいと考えています。読んでいただいた方からの厳しいご批判をお願いします。
■書評・紹介
■言及
*作成:矢野 亮