HOME > BOOK >

『言語的近代を超えて――〈多言語状況〉を生きるために』

山本 真弓・木村 護郎クリストフ・臼井 裕之 20040910 明石書店,329p.


このHP経由で購入すると寄付されます

■山本 真弓・木村 護郎クリストフ・臼井 裕之 20040910 『言語的近代を超えて――〈多言語状況〉を生きるために』,明石書店,329p. ISBN-10: 4750319708 ISBN-13: 978-4750319704 \2940 [amazon][kinokuniya]

■内容
「MARC」データベースより

朝鮮語は日本語の「方言」だった!? ことばができる、できないとは、どういうこと? 具体的事例や論理的思考を駆使しながら、「一言語、一国家」をはじめとする言語的近代の根幹を成す言語イデオロギーを検証する。

■目次 ■引用

言語的近代とは、なにか?

 近代という単語は、「化」や「的」といった接尾辞をつけ加えることで、「近代化」「近代的」という使い古された日常用語のようになっていますが、言語的近代という用語はあまり耳慣れたものではないでしょう。ヨーロッパ近代は人間とことばとの関係がそれ以前のものと大きく変化した時代でしたが、そののち世界に波及した言語的近代の真っ只中を生きている〈われわれ〉にはその実感はありません。それというのも、〈われわれ〉は昔からたったひとつの、確固たる日本語というものを話してきたかのような錯覚のなかで暮らしているからです。
 けれども、近代以前のヨーロッパでは、ラテン語だけが文法と文字を兼ね備えた「れっきとした言語」であって、それ以外のものは、決まった文法も書き方ももたない「話しことば」でしかない時代が続いていた、と言うと、ヨーロッパから遠く離れた「極東」に住む〈われわれ〉の多くは、びっくりすることでしょう。〈われわれ〉が多くの労力を払ってその習得に努めている英語も、わたしより上の世代の日本人にとっては学問するために避けて通れない言語であったドイツ語が、このほかにも〈われわれ〉の言語観を支えている言語イデオロギーには、次のようなものがあると言えるでしょう。 (pp. 9-10)

■書評・紹介

■言及



*作成:三野 宏治
UP: 20100113 REV:
多文化主義/多言語主義  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
TOP HOME(http://www.arsvi.com)