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『68年5月とその後――反乱の記憶・表象・現在』

Ross, Kristin 200405 May ’68 and its afterlives,Univ of Chicago Pr (Tx) ,238p.
=20141029 箱田 徹 訳,航思社,478p.

last update:20141125

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■Ross, Kristin 200405 May ’68 and its afterlives,Univ of Chicago Pr (Tx) ,238p. =20141029 箱田 徹 訳 『68年5月とその後――反乱の記憶・表象・現在』,航思社,478p. ISBN-10:4906738095 ISBN-13:978-4906738090 4300 [amazon][kinokuniya] ※ s03

『68年5月とその後―‐反乱の記憶・表象・現在』表紙イメージ

■内容

世界的な反乱の時代を象徴する出来事、「68年5月」。50年代末のアルジェリア独立戦争から、21世紀のオルタ・グローバリゼーション運動に至る半世紀のなかで、この反乱はいかに用意され、語られてきたか。フランス現代思想と社会運動を俯瞰しつつ、膨大な資料を狩猟して描かれる「革命」のその後。

■著者略歴

クリスティン・ロス(Kristin Ross)
ニューヨーク大学比較文学部教授。19世紀・20世紀フランス文学・文化・思想。
邦訳された共著に『民主主義は、いま』(以文社)。未邦訳の著書に、Fast Cars, Clean Bodies: Decolonization and the Reordering of French Culture, The MIT Press, 1996; The Emergence of Social Space: Rimbaud and the Paris Commune, Verso, 2008 など。ランシエールの英語訳でも知られる。

■訳者略歴

箱田 徹(はこだ・てつ)
京都大学人文科学研究所研究員。社会思想史。1976年生まれ。
著書に『フーコーの闘争』(慶應義塾大学出版会)、訳書にジャック・ランシエール『アルチュセールの教え』『平等の方法』(ともに共訳、航思社)など。

■目次

はじめに

第T章 ポリスによる歴史
  社会学とポリス
  棍棒
  アルジェリア人のフランス

第U章 さまざまな形態、さまざまな実践
  専門化批判
  「ベトナムはわれらが工場内に!」
  虎穴に入る
  表象の幻想

第V章 違う窓に同じ顔
  報復と審判
  反第三世界主義と人権
  テレビ哲学者たち

第W章 コンセンサスが打ち消したもの

日本語版補遺 いまを操ること
  アメリカナイズされるフランスの「五月」
  イスラエルというフィルター

■訳者あとがき

 敢えて専従者をおかずに、各人ができる範囲で分担することを選んだ。それがいくらかでも、自分たちの築こうとする人間関係や、目指す文化に近づく道だと考えたからだ。この選択は運動の性格を決めるうえで、きわめて重要なものだったと思う。
 フランス文学者の鈴木道彦は、二〇〇七年に刊行した回想録『越境の時』で、一九七〇年前後の金嬉老裁判の支援運動での経験をこう振り返っている。サルトル、ファノン、プルーストの翻訳で知られるが、行動する知識人でもあった鈴木氏は、各人が「できる範囲で分担する」という自覚的な方法論上の選択が、自分たちが目指す人間関係や文化のあり方と不可分であり、それが運動の性格を規定すると記す。社会の何かを変えることを目指す運動とは、そこにかかわる人々どうしの関係と同時に一人ひとりのあり方をもまた変えること、そして同時にあらたな文化の創出を目指すことでもある。社会運動には実存的―当時ならおそらくそう表現されただろう―側面があることを、またそうした運動の持続が、たいていの場合きわめて難しいことをも思い起こさせる表現だ。平等な社会、理念としての平等の実現を目指すためには、自覚的な方法論として平等が選択されなければならない。しかしそれはどのようにして可能なのか。それはかつての運動ではどのように目指されていたのだろうか。
 本書『六八年五月のその後―反乱の記憶・表象・現在』は、フランスの「六八年五月」の根幹にあったのが、そうした「平等」の主題であると論じる。この国では一九五〇年代半ば以降、スターリン批判、ソ連のハンガリー侵攻、そして植民地独立問題(主には第一次インドシナ戦争、アルジェリア戦争)といった一連の事態を通して、共産党中央は保守的で愛国主義的な態度をあらわにした。そうした党の方針に見切りをつけた人々が、急進的な立場を理論的・実践的に追求し始める。「左翼主義gauchisme」とは、こうして登場した議会外左翼勢力の総称である。伝統的には、独自路線を歩むトロツキストを指して「左翼反対派」の意味で用いられた言葉が、それ以外の毛沢東主義者(毛派)*1、アナキストなどさまざまな潮流を指すものとして用いられるようになったのだ。日本において、共産党六全協(一九五五年)と六〇年安保闘争を大きな契機として登場した政治勢力が「新左翼」と呼ばれるようになるのと同時代的な現象といってよい。*2
 それではフランスの左翼主義運動はどのような展開を遂げたのだろうか。著者のクリスティン・ロス氏はこの問いに答えるため、一九六八年五‐六月の出来事を軸に据え、五〇年代後半のアルジェリア戦争時代から「六八年五月」が二〇周年を迎える八八年までの時期を、社会運動と思想の関係の変遷という角度から考察する。そして、インタビューを一切行わず、公開された文書や資料、映像だけを用いるという独自のアプローチで、「六八年五月」の記憶をめぐる元活動家の有名人やメディアの表象戦略と、かれらが作る公式(オフィシャル)な歴史のいびつさを巧みに描き出す。だがそれだけではない。そうした隠蔽や書き換えの動きに注目し、「六八年五月」の何がそれほど敵視されるのかに迫ろうとし、探偵さながら「謎解き」に挑む。本書の大きな特色はこの作業にあるだろう。
 たしかに本書には学術的な「分類」が難しい面がある。本を書けばそれぞれ一冊になるだろう(実際になっている)多くの主題が、これでもかと盛り込まれているからだ。たとえば、反植民地主義と第三世界主義(アルジェリア、ベトナム、中国)が左翼主義運動に占めた位置、植民地本国人と植民地の人々とのあいだの暴力の非対称性、戦後フランス社会における国家と極右の暴力、労働運動と学生運動の協働の成功と失敗、六八年五月における労働運動と映画制作、「五月」の日々の活動における平等の実践、民衆と歴史をどう描くかという問いを、雑誌づくりを通して探究した左翼研究者の活動、メディアと有名知識人がつくりだす「六八年五月」論、またそれとは似ても似つかない運動参加者の語りと人生―こうした「六八年五月」にまつわるさまざまなテーマについて、本書はその表象、記憶あるいは忘却のありようをたどっている。
 とはいっても「六八年五月」にまつわる主題の網羅的なリストが作成されるわけではない。むしろ、そのようなかたちで出来事の外延を定めようとはしないからこそ、著者は表題でもある「六八年五月」という表現を使って一つの時代を捉えようとするのだ。言い換えれば、著者の目的は「六八年五月」についての「決算報告」を出すことではなく、この時代を過ごした個人と集団の思想と実践を、今に通じるものとして問い直すところにある。したがって本書の大半は、運動の出来事性―参加者が共有する、何かが「起きた」という経験の社会的・思想的な意味―を探究することに費やされている。たとえば本書は、一九六八年五‐六月の状況を詳しく追う代わりに、占拠した学内で労働者や学生、市民がどうビラやポスターを作っていたかを取り上げる。雑多な人々が慌ただしく行き交うさまは、日常的な社会的分業体制―一人ひとりに役割を割り当て、その忠実な実行者になることを求める体制。著者が「社会学」と呼ぶものもその一つ―を打破する経験として興味深い。
 しかしロス氏はそうした「事実」を描くことから一歩踏み込む。活気あふれる運動現場のシーンと並べるようにして、約二〇年後、ある活動家が当時使っていた道具を偶然見つける回想録のシーンや、有名ジャーナリストになった元男性有名活動家の恋人女性が精神を病む過程を描いた探偵小説のシーンを引用する。これらもまた「六八年五月」の「その後」である、そう考えてのことだ。著者は複数の箇所で、学問ジャンルを横断するようにして、記録と体験、あるいはフィクションとノンフィクションをさまざまに重ね合わせ、離れた時間どうしを意図的に短絡させるし、そうした実践を紹介もする。そうすることで「六八年五月」が参加者の生を変えてしまった「何か」であり続けるだけでなく、かれらに息づく記憶や感覚が、ステレオタイプな語りとも、華麗に転身した元有名活動家の「世代論」とも別種の複雑さを備えていることを浮き彫りにするのである。
 「六八年五月」は、しばしば政治から倫理への転回として語られる。集団性への関心は薄らぎ、消費主義的な個の精神的(スピリチュアル)な変革が持てはやされる一方、革命運動や労働運動はアイデンティティの政治やエコロジーといったシングルイシュー型の新しい社会運動に取って代わられる、そんな物語だ。だがそうした「倫理的転回」の語りに対抗するように、理念としての平等は運動というかたちをとってときおり噴出する。人々を「しかるべき場所」へと押し込める社会的・道徳的秩序は切断され、束の間ではあれ人々のあいだに平等の経験がもたらされる。それが本書のいう「平等」の力だろう。しかし組織化と協働の作業を欠いた社会運動はありえない。その意味で本書は、自然発生性と政治の技術の緊張関係―人はどのようにして活動家になるのか―という古典的な主題を改めて提起する。別の言い方をすれば、運動体や組織を、そして社会を「平等」に構成しようとするのなら、誰が誰を黙らせ、無視できるのかに絶えず敏感でなければならない。それが「黙って従え」という体制に否を唱えるならなおのことだ。
 本書の議論を敷衍していえば、フランスで一九七〇年代半ばに登場した新哲学派は、反全体主義や収容所(グラーグ)を合言葉とすることで、社会運動にとって本質的なそうした緊張関係をほどいたということができるだろう。「六八年五月」の国際主義的な性格を否定し、第三世界主義を咎めたてるパフォーマンスは、植民地主義と暴力という問いを解消すると同時に、植民地の人々を独立や民主化を目指して戦う主体から、天災や戦乱にさいなまれる無力な犠牲者へと描き直す。反共主義と軍事介入を組み合わせた新哲学派のマッチョな「人道」主義がスキャンダラスなのは、国民主義的で自由主義的な語りのなかに、歴史も現在も押し込めつつ、自分たちの居場所をそのなかにしっかり確保するからだ。こうした回収の動きのなかに、そしてそれにあらがう知識人の動きのなかに、いわゆるフランス現代思想の思想家たちの名前を認めることができるだろう。
 本書は第W章の後半で、一九九五年冬の大規模ストライキと知識人の反応を取り上げ、そこに「六八年五月」の新たなその後(アフターライフ)を見てとると同時に、二〇〇〇年前後のオルタ・グローバリゼーション運動との共振を示唆して幕を閉じる。現在、日本や世界で起きているさまざまな動きは「政治から倫理」という軸を「政治」に引き寄せるものなのか、それとも「倫理」の枠内で政治を行うものなのか、それともその対立構図を変える別の何かを生み出すのか。私たちの生きる「その後」は、どのようなかたちで未来の「その前」になるのか。それを考えるためにも、未来に向けて過去の反乱をいまここで想起する作業は欠かせない。本書はその一助となってくれる。(以下、略)

*1 一九六〇‐七〇年代当時のフランスで「毛沢東主義者」は大きく分けて二つに分かれる。一つはもともと共産党の古参党員・幹部で第三世界主義的傾向を持った反ソ連派の人々、もう一つは共産党の学生青年組織である共産主義学生連合(UEC)の除名・脱退組と、高等師範学校(ENS)のアルチュセール派(ユルム・サークル)など第一のグループより若い人々(当時二〇‐三〇代)である。代表的な組織でいえば、前者はフランス・マルクス‐レーニン主義共産党(PCMLF)、後者は青年共産主義者連合マルクス‐レーニン主義派(UJC‐ml)とプロレタリア左派(GP)である。次を参照。« Prochinois » et « maoïstes » en France (et dans les espaces francophones), Dissidences 8 (Lormont: Le Bord de l'Eau, 2010), p. 10.

*2 なお、フランスでいう「新左翼(nouvelle gauche)」は、共産党外の左翼勢力という意味では日本と同じだが、七〇年前後は統一社会党などの構造改革派を主に指した。また七〇年代後半には、社会党とフランス民主主義労働同盟(CFDT)の一部が「第二左翼(deuxi&eaggrave;me gauche)」を旗印にするが、これは脱マルクス主義(いわゆる「全体主義批判」)と自主管理社会主義を掲げた左翼現代化路線の呼び名である。

■引用・紹介

◆2014/10/20 https://twitter.com/ritsumei_arsvi/status/524448296912166912
「生存学研究センター@ritsumei_arsvi 本研究センター客員研究員の箱田徹さんの翻訳したクリスティン・ロス『68年5月とその後――反乱の記憶・表象・現在』が刊行されます。クリスティン・ロス『68年5月とその後――反乱の記憶・表象・現在』(航思社)http://www.koshisha.co.jp/pub/archives/476 …」

◆2014/10/30 https://twitter.com/libro_jp/status/528051502313521152
「リブロ@libro_jp 【新刊台より】クリスティン・ロス『68年5月とその後 反乱の記憶・表象・現在』(航思社) 世界的な反乱の時代を象徴する出来事「68年5月」。フランス5月革命が起こったこの年の出来事は、いかに用意され、そして語られてきたか、「革命」のアフターライフ。(池袋本店T)」

◆2014/11/02 https://twitter.com/KinoShinjuku/status/529087018324615168
「紀伊國屋書店新宿本店@KinoShinjuku 【3階人文】新刊、クリスティン・ロス『68年5月とその後』(箱田徹訳、航思社)入荷。フランス五月革命…この叛乱はいかに用意され、主張され、語られ、確立されてきたのか? 「5月」に関する、社会的記憶と忘却/捏造を具体的に表すものの歴史を辿る一冊。3F-F28 [西洋思想]棚へ。YO」

◆2014/11/25 https://twitter.com/supertramp51022/status/537465182419566593
「スーパートランプ@supertramp51022 【告知】丸善名古屋栄店人文書コーナーで『68年5月とその後』(航思社)刊行を記念してブックフェアを開催してます。僅かではありますが当時のパリの状況がわかる写真もパネルにして展示してます。是非、ご来店下さい。

『68年フェア写真』イメージ 『68年フェア写真2』イメージ 『68年フェア写真3』イメージ

◆2015/01/16 「週刊金曜日」新刊紹介 (2015年1月16日)

■書評

◆塚原 史 2015/01/05 「書評 「記憶の管理」を退ける――右から左までの「政治屋」を拒否する明確な意思表示」,『図書新聞』書評 (2015年1月5日) > 図書新聞・書評掲載『68年5月とその後――反乱の記憶・表象・現在』
http://www1.e-hon.ne.jp/content/toshoshimbun_3189_1-1.html

■言及



*作成:安田 智博
UP: 20141125 REV: 20141125
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