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『徴候・記憶・外傷』 中井 久夫 20040401 『徴候・記憶・外傷』,みすず書房,404p ■中井 久夫 20040401 『徴候・記憶・外傷』,みすず書房,404p. ISBN-10: 462207074X ISBN-13: 978-4622070740 3990 [amazon] ※ b ptsd ■内容(「BOOK」データベースより) 人間の「記憶」が意味するもの。その深層に、臨床の現場から、さらには哲学、文学、心理学、認識学、犯罪学などさまざまな学問分野を横断しながら迫った精神科医・中井久夫、新世紀の代表作。 内容(「MARC」データベースより) 人間の根源的な能力ともいえる「記憶」とは、一体どのような意味を持つのか。この巨大で困難な問題に、臨床の現場から、さらには哲学、文学、心理学、認識学、犯罪学など、様々な学問分野を横断しながら迫る。 ■目次 1 徴候 2 記憶 3 外傷 4 治療 5 症例 6 身体 ■引用 3 外傷 統合失調症とトラウマ 「アメリカにとって一九六〇年代は力動精神医学が中心でしたが、ケネディ大統領は、精神病院の病床を五十万床から十五万床に減らすことを一気に三年で行います。大統領の任期が四年ですから二十年計画でやるとういことはアメリカではあり得ません。精神病院を小さくする代わりに各地に精神保健センターをつくるという計画でした。しかし精神保健センターには患者さんは来ませんでした。カーター夫人が一九七七年に世界精神保健連盟(WFMH)の総会で、これは失敗であり、患者はセンターに来なかったということを話していました。実際、大部分がホームレスになったり、あるいはギャングに生活保護費のウワマエをハネられる存在になったといいます。<0129< 現在アメリカではどうなっているかというと、メンタルヘルスセンターはとうとうレーガン大統領の時代には廃止されてしまったということです。」(中井[2004:129-130]) 「ケネディ政権以来、力動精神医学はうさん臭いと言われだします。ケネディのお姉さんが精神病でさっぱり治らなかったところが、クロルプロマジンを飲むとずいぶんよくなったのです。一九五二年にフランスで初めて使われ、日本でも一九五五年−一九6〇年までの間に普及した向精神薬第一号です。大統領やその親戚の病気が非常に医学を左右するということがアメリカではよくあります。ポリオの研究が非常に進んだのは、ルーズベルトがポリオだったからです。アルツハイマー病研究が非常に進んだのもレーガンのアルツハイマー病発症と関係があるかもしれません。 そこで診断基準を力動精神医学でつくることを止めます。」(中井[2004:131]) 5 症例 統合失調症の精神療法――個人的な回顧と展望 「統合失調症に対しては百の精神療法よりも一の薬物をという、さる名言がすべてを物語っているように、今は統合失調症の精神療法の秋である。私は、生涯の重要な部分を統合失調のの治療に宛てて今人生の秋に開く者として感慨なきを得ない。 しかし、いささかは懐疑もある。一つは、抗精神病薬はそんなに単純一義的に効きますか、という懐疑である。[…]第二には、精神療法の無効を宣言してもよいほど、多くの患者に対して適切十分な精神療法が行われたかどうか、という懐疑がある。」(中井[2004:244]) 「私は、一九六六年に精神科医となった。このことには、かなりの意味がある。一九八六〇年に医師となってすぐ精神科医になっていたならば、私はかなり違った精神科医になっていたであろう。一九六六年に精神科医になったということは、精神療法家としては、たとえば、いきなりロジャーズの洗礼を受けずにすんだということである。薬物療法的には、プチロフェノンをフェチノアジンと同時に使用しえたということである。おそらく、私は、ハロペリドールの大量使用を行った初期の精神科医の一人であろう。私は、もしキノフォルムのような副作用がこの薬物に発見された時の自分がとるべき出処進退を考えてから、かなり大胆にこの薬物を使用して、かなりの効果を収めたと思っている。同時に、私は主治医としては電撃療法を一度も行っていない[…]主義としてしないというよりも、しなくてすんだというほうが当たっているであろう(たまたま私の勤務したところは先輩に電撃をし<0247<ない方針の医師が必ずいた。ついでながら、電撃療法は、患者にとってはおのれの回復の筋道[ストーリー]を辿り直しにくい点で、薬物療法よりも精神療法から遠い。ことに、陽性転移感情の存在下では、ゼウス的処罰の意味を持ちうると私は思う。」(中井[2004:247-248]) あとがき 「私が「ああそうだ」とその世界を生で感じたのは、犯罪被害死を遂げた人の家族たちとの会合である。犯罪被害者支援の集まりの後の夕食会であった。被害者家族たちの食卓には他の誰も座っていない。一席だけ空いているところに私は座った。 その卓だけ明らかに何かが違っていた。新たに被害者になった人たちに対して長く被害者家族でありつづけていた人たちが話しかけていた。今のあなたがたは自分たちがとおってきた道の初めの方にいる、時間だけが救いが、被害者同士しかわかりあえない、などなど。 それはしめやかな雰囲気などでは全然なかった。家族たちは大声で語り、笑い、ビールの杯を重ねた。それと語る内容との大きな開きが異様であった。それが呼吸に努力を要するほどの「空気の薄さ」を生んだ。隣の卓の学者同士の談話が遠い遠いものに聞こえた。 それは「基本的信頼」を失った痛々しい傷跡だった。ふつう、行きあう人間は何ごともなく行きあう。私たちの日常である。たいていはそれで済むのだが、それがいきなりそうでなくなった人たちである。それからその後に来るもの。世界ががらりと変わる。 考えてみれば、私たちの「基本的信頼」には根拠がない。」(中井[2004:399-400]) 「不条理の最大は死である。私たちが死期を知りえないために死はひとごとになっている。戦場さえ、ある旧海軍の掃海艇長は「自分は死なない」という確信の下に生きていたと私に語った。私たちの「希望」はしばしば不確定な将来の先送りである。だから希望を奪われている死刑囚だけにはこの基本的信頼がない。死刑という刑罰の核心はそれかもしれない。」(中井[2004:401]) ■言及 ◆立岩 真也 2008 『…』,筑摩書房 文献表 UP:20071219 REV: ◇中井 久夫 ◇精神障害 ◇心的外傷後ストレス障害(PTSD) ◇身体×世界:関連書籍 ◇BOOK |