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『トラウマとジェンダー――臨床からの声』

宮地 尚子 編 20040305 金剛出版,274p.

last update:20110625

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宮地 尚子 編 20040305 『トラウマとジェンダー――臨床からの声』,金剛出版,274p. ISBN-10:4772408150 ISBN-13:978-4772408158 \3990 [amazon][kinokuniya] m ptsd

■内容

「トラウマ」と「ジェンダー」。どちらも概念としては新しいものだが,人々の行動に深く影響をおよぼし,心理学,哲学や文学,人類学や社会学などにおいて繰り返しとりあげられてきたテーマである。これら2つが交差する領域は広くかつ深く,検討すべき理論もさまざまな分野にわたり,はてしない作業となる。その膨大な作業の端緒として,ここではトラウマをめぐる精神医学や心理学の臨床に,ジェンダーの視点を導入することに最大の重点をおいた。
本書では,トラウマとジェンダーが重なる問題として,対人的なトラウマ,それも親密な関係における長期反復的なトラウマであるドメスティック・バイオレンスや性暴力,児童虐待の事例が多く取り上げられ,議論されているが,これらは社会的にも対応に危急を要するテーマでもある。臨床にすぐ役立つ,ジェンダー・センシティブなアプローチの要点が提示され,さらに,臨床現場にトラウマとジェンダーの視点をとり入れることで,具体的にクライエントの何を見,どのような働きかけをし,どんなことに気を配るかが事例検討で明らかにされている。
ジェンダーを問うことは,日頃意識化していないことをさせられ,これまでよりどころにしてきた価値観が問われるなど,自分自身が揺らぐ経験になるが,同時にクライエントへの新たな気づきが確実に増え,臨床の枠が広がり奥行きが出てくるだろう。トラウマを負った人により良質なケアを提供するために,こうした視点が臨床の現場においていかに必要となり,また助けとなるかを,第一線で活躍する各執筆者が真摯に論じた。最終章では中井久夫氏が,自身の濃密な臨床経験に引きつけて「トラウマとジェンダー」を語っている。これまで手を着けられてこなかった領域に鋭く切り込んだ,画期的な書である。

■目次

はじめに:宮地尚子

第I部 語られてこなかったことを語る
 第1章 総論:トラウマとジェンダーはいかに結びついているか:宮地尚子
 第2章 性暴力被害のセクシュアリティにおよぼす影響とその回復過程:白川美也子
 第3章 男性の性被害とジェンダー:岩崎直子
 第4章 中絶のトラウマ・ケア:嶺 輝子

第II部 既存の理論を再考する
 第5章 心的トラウマと子どもの臨床――母性というジェンダーの文脈:紀平省悟
 第6章 非行・犯罪領域におけるジェンダーとトラウマ――非行少年の被害体験とDV加害者の対象関係を中心に:中島啓之
 第7章 解離性障害,外傷性精神障害における性差はあるのか?:大矢 大
 第8章 事例検討1――トラウマとジェンダーの視点からのアプローチで改善をみせた女性:島郁代
 第9章 事例検討2――DV被害後,精神科を受診した2人の女性:清野百合

第III部 異なる立場から見る
 第10章 法とジェンダー――ある少女の事例から:後藤弘子
 第11章 フェミニスト・カウンセリングの現場から:周藤由美子
 第12章 解離性同一性障害当事者から:かなえ,M.
 第13章 中井久夫氏インタビュー――トラウマとジェンダーを語る―:聞き手 宮地尚子

編者あとがき:宮地尚子


■引用

嶺:トラウマの癒しの具体的な工程は以下の通りである。1.話すこと、2.恐れの見極め、3.怒りの解明、4.赦し、5.受容。6.統合。 一見、「黙っていること」は「話すこと」に比べなんらエネルギーを使う作業のようには見えない。多くの人は「黙っているほうがらくだ」と思っているだろう。しかし、「黙っている」という行為は、実は自分の思いを「押し込めている」ことになり、ここには膨大なエネルギーが消費されている。「話すこと」自体はそんなにエネルギーを使う作業ではない。p.86

・心的トラウマと子どもの臨床:紀平省悟
疾患概念とは、臨床家の頭の中の、ある病気についての考えをまとめた説明モデルのことである。「母性」はこの病気の説明モデルに織りこまれていて、この説明モデルにそって臨床行為は遂行される。こうして首尾よくゆけばその勝因は「母性機能」に、しくじれば敗因は「母性機能欠損」へと帰される。「母性と病気の因果論」は専門家から母親、家族、社会へと手渡されリサイクルされるのである。たとえば障害児の母親たちのいかに多くが、わが子の障害の原因を自らに返してしまうことか。「母性と病気の因果論」は、とおい昔から変わらない気がしているが、実はそうではない…この因果論の主な部分は比較的新しく、科学的な装いをもって登場してきたのである。p.109 母性の研究者は、ボンディング理論は母性剥奪理論と愛着理論の両者を拡大解釈したにすぎない、と捉えている。1980年代後半にボンディング理論をめぐる議論への終止符は打たれたようだ。すなわち、「感受期」の実証性が否定されたのである。また、諸文化における母性行動を比較すると、あまりに差異が大きいことが分かった。このことは、早期の母性行動(いわゆるボンディング行動)を、むしろ文化が決めていることを示す。このように、ボンディング理論は化学的根拠を欠いたものであったが、Klausらが提案した母性への具体的配慮には、たしかに歴史的意義があった。p.110
母性的保育の喪失(deprivation of maternal care)という言葉を使ったのはBowlbyであるという。Bowlbyは、有名なWHO委託研究(1951年出版)の意義を後年こう振り返った。「親しみ、愛している人物から引き離されたと知った時の激しい苦痛に注意を喚起した」。Bowlbyのこの回想からもわかるように、明らかに初期の母子研究は、問題の本質を「母親からの分離」ととらえていた。研究対象になったのが施設収容児(Spitz)であり、戦争孤児(Bowlby)だったからだろう。そしてこの「母子分離」のテーマは、Klausらによるボンディング理論として、70年代のNICUに復活したのである。現在では、問題の本質は母子分離ではなく、「養育の貧しさ」に帰着すると考えられている。p.111
一方、「母子分離」はもうひとつ別の意味で関心をひくことになる。保育園における「複数の養育者」の問題がそれである。1948年にWinnicottは「ケアする人が複数である時には、連続性をうまく提供することができない」と懸念を表明していたのだが、保育園は時代の要請であった。…産業化によって女性の就労が進み。「剥奪された母性」を共同保育でなんとか補わねばならないニーズが、他国にまで範を求めたのだろう。現代の発達心理学においては、問題は養育者の複数性にあるのではなく、養育者の質である、という決着がついている。p.111 日本におけるボンディング理論の影響は。むしろ専門家の意識に直接訴えた点にある。その背景には…1970年代の「養育と母性」の分野を眺めてみると、特筆すべき変化が2つある。「母子保健システムの確立」と「発達障害観の成立」がそれだ。母子保健とは狭義には母子保健法(1965年制定、1994年改正)にもとづくサービスのことであり、保健所の活動がその中心である。p.111
この70年代は、母性に“近代的”な光があたった時代ではあった。それは、女性としての身体性の復権や、中絶の自己決定権をめぐる覚知をよび醒まし、日本独自の深く思索を促しさえしたという。だが同時に、「母性の客体化」が急激に進んだ時代でもあったと筆者は思う。専門システムによる徹底した管理を受けるにつれ、母性が主体の位置を失ったという意味である。p.112
早期の愛着がその後の病理を決めるという根拠は、本当に新奇場面法から導かれるのだろうか?もっともラディカルな批判は、新奇場面法で評定されるような関係性パターンなど本質的に可変であって、家庭環境や保育体制という文脈に依存したものにすぎない、とするものであろう。愛着理論はこのような批判に耐えうるだろうか?p.115

浅野千恵  2000 「(無)意味と暴力」『現代思想』28:176-185
河合隼雄 1976 『母性社会日本の病理』、中央公論社
紀平省悟 2002 「自閉症児の早期養育者面接――説明モデルの共有と障害受容」『発達障害研究』24:293-303
中井久夫 2002 「発達的記憶論――外傷性記憶の位置づけを考えつつ」『治療の聾』4:3-23
Stern DN The Interpersonal World of the Infant=1989 小此木敬吾 ほか訳『乳児の対人世界(理論編)』岩崎学術出版

宮地:「サリヴァンが「恐怖」を重視していながら、あえて恐怖については書かなかった。…一番大事だけど、危ないことは書いていないのですね」
中井:「妄想や幻覚を語るのに患者には深刻味がないということが、あのころ本に書いてあったり、精神科医も言ってましたね。僕はすぐにわかった。幻覚や妄想は恐怖にくらべれば、たいしたことないというわけなんです。恐怖というのは世界全部を覆っちゃったから、逃れようがないわけです。だけど、幻覚にしろ妄想にしろ対象化されたものは、世界の全部ではない。世界の一部です、妄想や幻覚の対象は。」p.242
中井「恐怖には何で対抗するかというと、恐怖をもって制する。恐怖に対して恐怖、別の恐怖。恐怖を人工的に作り出す。つまりスリルを求める。…もうひとつ、恐怖に対抗できるのは、血の通っている温かな存在が傍になんとなくいることですね。それは災害のときもそうでしょう。…PTSDという障害名は、そのかなたにあるものには目をつぶろうということでもあるのですね。PTSDの向こうがわにあるものがある、それこそ非常に重要なものなんだと思いますね。PTSDは症状の集合でしょう。…けれど、それは考えないことにしている。ベーシック・トラスト(基本的信頼)という言葉があるけれども、これはほんとうは「いわれのない」という形容詞をつけなければいけないわけです。この信頼感は無根拠なわけです。」p.243


■書評・紹介

■言及



*作成:山口 真紀
UP:20110625 REV:
精神障害/精神医療  ◇PTSD  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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